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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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141頁:人質に気をつけましょう

 6月18日夜。

 『時計の街』の『大空商社』にて。


「結局、あれだけの戦力を投入したのに結果的にはボスを横取りされて攻略報酬も皆無。完全な大赤字ね……この赤インク」


「確かに赤系の装備はよく選ぶけど……いやすんません、マジごめんなさい、勘弁してください」


「そうだぞスカイ、いくらなんでもジグザグな石の上に正座させるのは勘弁してやったらどうだ?」


「いや、既に石を抱いて正座させられてるライトに言われても説得力ねえよ」


 ボス攻略失敗の報告をすると同時に予想通りの説教を受ける赤兎とライト。

 作戦の発案者である手前『赤インク』呼ばわりにも全く反論できない赤兎と、赤兎の弁護に失敗して連帯責任で罰を受けているライト。


 店の中にいるのは三人だけだが、街にはボス攻略レイドの他のプレイヤー達も集まっている。今回の攻略で得た情報の分析のためというのもあるが、『イヴ』の襲来で受けたショックから立ち直れていない者が多い。新エリアに踏み出す気分になれず、ギルドホームに帰って上司に見せる顔がないという心境……中には酒に逃げている者もいるが、大抵が花火と慰めに来たマリーの飲み比べに巻き込まれて酔いつぶれてしまっている。


 それだけ、今回の敗北は堪えたのだ。

 この一年攻略に身を捧げていた者としてのプライドが、目の前でボスを倒されてしまったことで砕けてしまった。

 よりにもよって、『犯罪者』に出し抜かれたことが精神的に辛かったのだ。

 『正義の味方』として集結した最大戦力として正面から叩き潰されたことで、心が傷ついた。


 しかし、本当は落ち込んでいる暇などなかったのだ。

 弱っていようと、油断までしてはいけなかったのだ。


 『敵』にとって、それほど付け入りやすい状況は他にないのだから。



「赤兎大変だ!!」

「どうしたイチロー!?」


 『大空商社』に駆け込んできたイチローが叫ぶ。


「マサムネさんが……」









《現在 DBO》


 6月19日。

 『戦線(フロンティア)』のギルドホーム『戦士の村』は騒然としていた。


 ライトとナビも事情を知り、村を訪れたが……何もかも遅かった。


 主のいないチイコの武器工房。

 傷だらけの身体で横たわるチイコのテイムモンスター『ファンファン』の亡骸。

 胸に拳大の穴が空いた状態で発見され……死亡が確認された『戦線(フロンティア)』のギルドマスターであるマサムネ。



「昨日の夜……マサムネさんが殺されて、チイコが拉致された……俺達が早く帰ってきていればこんなことには……」

「言うなイチロー、今はお前がギルドマスターなんだ。お前がしっかりしないと、マサムネだって安心できないぞ」


 自動的に繰り上がりで『ギルドマスター』となったことでマサムネの死を誰よりも早く感知したイチローは簡易的な棺の上に横たえられたマサムネを前に涙する。

 赤兎やアイコ、アレックスをはじめとする他のギルドメンバーも、元は彼の率いるパーティー『TGW』にいたナビも沈痛な面持ちで顔を伏せる。


 彼らの目の前で、マサムネはアバターを維持するEPが尽き、耐久力も失ってとうとうその時を迎える。

 傷口から広がった光のエフェクトがぼんやりとマサムネのアバターを包み、空気中に霧散するように消えていく。これが、死亡したプレイヤーの末路だ。


 赤兎が剣を抜く。

 他のギルドメンバーも同じように武器を取り出す。ナビも鎌を取り出し、普段武器を使わないアイコや本来ギルドメンバーではないライトは拳を握る。

 そして、それぞれが己の武器を棺の縁に軽く当てる。

 これは『戦線(フロンティア)』での弔いの儀式だ。棺に遺体や遺品を入れ、武器を手に宣誓する。


「俺達は仲間の死を無駄にしない。いつの日か必ずこのゲームを攻略する。見ててくれ、マサムネ」


 本来は新しいギルドマスターであるイチローがすべきかもしれないが、赤兎が彼に代わって宣誓する。

 彼以外、その誓いを口にできる者がいなかった。

 状況はそれだけ絶望的だった。








 『新エリア開放』は本来、毎回祝宴が行われるような吉報だ。

 現実世界への帰還に近づく大きな一歩であり、プレイヤーの活動域が広がり新しい物や土地に触れられるようになる重要イベントでもある。


 しかし……


 6月20日。

 『種もみの街』にて。


「じゃ、行ってみる。少し覗いたらすぐ戻るつもりだが、五分経って戻らなければ……」


「変なフラグ立てないでさっさと行ってさっさと帰って来い。何かあったらすぐ戻って教えろ、何もなくてもすぐ戻って何もないって教えてくれよ」


「……了解」


 ナビに急かされたライトはその乱暴な言葉の裏の自分を心配する心を感じて微笑みを返す。


 現在唯一『新エリア』に続く転移ゲートが開けるこの街のゲートポイントの前でライトは深呼吸し、手をゲートポイントに入れる。


「ゲート開放、対象は『切り株の街』だ」


 新エリア『苔の国』の玄関口となる街の名を唱え、ゲートを潜るライト。

 そして、転移した直後……上方から飛んでくる矢。


「!!」


 ライトが矢を避けると、今度は何か鳥のようなものが近くの建物の屋根の上から滑空して襲ってきたため、それを転がりながら回避する。

 その最中、飛んできたものをその目で確認し、舌打ちする。


 それは、黒い翼を広げた『トリ型』だった。


 さらに、ゲート前に待ち受けていたように続々現れる『黒いもの達』。しかも、それとは別に建物の窓や屋根の上から光る鏃や、僅かに聞こえる魔法の詠唱。

 ライトはそれらを確認し……


「やっぱり無理だな」


 すぐさまゲートポイントへ飛び込んだ。


「ゲート開放『種もみの街』へ!」


 本日実に5回目の挑戦、見事に失敗である。




「ダメだ、あいつら交代でゲートに張り付いてる。『黒いもの』も目算で五十はいるっぽいし、門前払いも良いところだよ」


 ライトは『種もみの街』に戻って嘆息する。

 その様子に、ライトの帰還を待っていたナビはライトの無事に安堵するとともに残念そうな複雑な顔をする。


「おう、どうだライト? 隙ついて行けそうか?」


 ゲートポイントの前のテントに控えていた赤兎が声をかける。しかし、ライトは首を横に振る。


「ダメだな。完全にあっちは出てきたやつは誰彼かまわず即撃退って姿勢だし、仲間になりすまして潜り込むこともできない。きっともし仲間が通るってなったらメールで事前に打ち合わせするんだろうな。普通に行ったら袋叩きだ」


「畜生、まさか新エリアが開放されたのに攻略ができないなんて……」


 拳を握りしめる赤兎。

 どんな困難も正面から解決してしまう猪突猛進な彼が挑戦を躊躇している。それは、今の状況が完全に手詰まりになっているということを示していた。



 新エリア開放の時、ゲートポイントには新エリアに踏み出そうとするプレイヤーが殺到した。それは今までも恒例行事であったし、ボス攻略での出来事が伝わるまでは皆、大ギルドの合同レイドがボス攻略に成功したと思っていたのだ。


 そして、赤兎達『戦線(フロンティア)』がギルドマスター急死に混乱している最中、事は起きた。


 新エリアの最初の街『切り株の街』に『イヴ』と大量の『黒いもの達』、さらにプレイヤーに平気で攻撃してくる犯罪者が現れ、新エリアに渡ったプレイヤー達を襲い始めたのだ。

 しかも、救援を求めるメールに『プレイヤーを拘束して連れて行く蜘蛛型モンスターがいる』と書かれていることから、ライトがジャックに見せられたモンスター〖ヒトサライ〗や、他にも見たことのないモンスターがいるらしい。


 犯罪組織『蜘蛛の巣』は捕まえたプレイヤーから犯行声明のメールを送らせ、『切り株の街』の占領を宣言。ゲートポイントの周囲を取り囲み、転移してきたプレイヤー、逃げ出そうとするプレイヤーを集中砲火で攻撃する体制をとった。


 瞬く間に新エリアに渡ったプレイヤー達は元いたエリアと隔絶され、犯罪者達に追われることとなったが、エリアボス攻略のためのレイドでもかなわない『イヴ』や『黒いもの達』、さらには凶悪なプレイヤー達にはかなわずほとんどが捕まった……実質人質にされたのだ。


「オレ達が責任問題とか反省会とかやってる間に、新エリアが開放されて我先にとゲートを通って行ったプレイヤー達に混じって『蜘蛛の巣』の連中が先行して、あっちの『イヴ』達に合流。そして『戦線(フロンティア)』のギルドマスターを暗殺したのは陽動、大ギルドが警戒して防御姿勢をとって動きが遅くなってる間に『切り株の街』に拠点を作ってゲートポイントを包囲して封鎖。さすがに攻略と防衛のために戦力を割いていたからギルドホームが手薄になってたとはいえ、トップの戦闘ギルドもやられたとなれば一度戦力を集めて防衛の体制を見直したくなるからな。やり方がえげつない」


 ライトは状況を解析し、整理し直して赤兎に説明し、確認する。ナビは他のプレイヤーに話を聞きスカイへの報告メールを作成中だ。


「迂闊に先に進んだプレイヤー達を人質にしてるのは強引に大軍でゲート封鎖を突破されないようにする意味合いもあるらしいが、どちらかと言うと『誘い受け』の意味合いが大きい。今まで何人か知り合いを救出しようとしてゲートを抜けたやつがいるが、漏れなくミイラ取りがミイラ状態に陥ってる。」


 現在ゲート前にテントを設置しているのはゲートから出てくる犯罪者を取り押さえるためでもあるが、勝手に新エリアに乗り込む一般プレイヤーを防ぐためでもある。


「正確には確認出来てないが、今捕まってるのは最少でも40人。見捨てるには多いが、捕まえておくには丁度いい。というより、そのくらいになるように封鎖のタイミングを遅らせて、わざとゲートから追い出したりしたんだろうな。そして、それを餌に自分達に刃向かうプレイヤーを確実に釣る。敵の戦力はわからないが、『イヴ』や『黒いもの達』、他にも人造生物(キメラ)とかがいるらしいことを考えると人数と戦力を繋げて考えるのは危ないかもしれない。特に『黒いもの達』は食料やらモンスターやらNPCやら食べて増えてるだろうから想像するのも怖い数になってるかもしれない」


 ライトが人質の危険も覚悟で何度か行った『偵察』でも、把握しきれない数の『黒いもの達』が確認された。それに、単純な本能で動くモンスターだけでなくプレイヤーも待ちかまえている。接近戦で無数の『黒いもの達』、遠距離からいつでも攻撃を仕掛けられるように万全の態勢で待ち構えるプレイヤー達。挑戦する側からすれば分が悪いというより、悪い冗談のような条件だ。

 しかし……


「だけどさ……あの街を攻略しないと先に進めないんだよな。ゲーム攻略も、奴らとの戦いもさ」


 現在、攻略を進められる新エリアは『苔の国』以外にもいくつかある。しかし、デスゲームは完全にクリア出来なければ現実世界に帰れない。一つでもエリアを押さえられれば、ゲーム攻略の過程で進めるべき様々なストーリーがストップする。

 しかも、新エリアには新しいアイテムやスキル、モンスターなどが存在する。それらはプレイヤーの強化には不可欠なものだ。当然それは犯罪者とて同じ事。それらを独占され、レベルで優位に立たれてしまえば、犯罪組織は今まで以上の脅威になる。


「言っておくが……いくら赤兎でも強行突破は無理だぞ? あいつらは赤兎対策に全方位、高所からの包囲と遠距離攻撃を用意してる。何せ、『黒いもの達』は増やせるし使い潰せる。囲んでくるあいつらを相手にしてる間に奴らごと範囲攻撃連打されるのがオチだ。それに赤兎は強いが、こういうのには向かないだろ。最悪の場合、人質を盾に取られたらどうにもできないだろ?」


「ぐぬぬ……そんなとき、ライトならどうするんだ?」


「オレの弱点知ってんだろ?」


「あ……あぁ。そうだったな」

「?」


 ナビが疑問符を浮かべる隣で赤兎は納得する。


 ライトは『人間の形をした物』を壊せない。

 プレイヤーの人質どころか、NPCの人質でも盾にされたら攻撃できないのだ。


「今まで人質を盾にされたら曲射とか跳弾とか、あと脅し、ブラフ、交渉とかいろいろ使ってなんとか凌いでたが根本的に殺し合いはできないんだ。相手が数人なら拘束技でどうにかするが、数十数百ともなるとお手上げだ。むしろ、だからこそオレが偵察してもあっちは深追いせずに追い返してくれるんだよ。オレとは正面から戦っても泥試合にしかならないから」


 幸いにも、『蜘蛛の巣』はゲートポイントからの侵入に対して人質に危害を加えるというような警告はしてきていない。

 しかし、侵入しても勝てないなら同じ事だ。


「くそっ、こうしてる間にも捕まって怯えてる人がたくさんいるはずなのによっ」


「赤兎、何もチョキちゃんが新エリアにいるとは限らないだろ? もう少し詳しい情報が集まるまで大人しく待て」


「くっ……」


 『戦線(フロンティア)』から拉致されたチイコは現在も行方不明だ。おそらくマサムネを暗殺した時に目撃され、犯人が口を封じるために連れ去ったのだと考えられている。死体がないことや、チイコを守ろうとして戦ったらしい〖ツールマンモス〗のファンファンが殺されていたのが拉致された証拠。

 チイコは『大空商店街』からの派遣職人であるが、『戦線(フロンティア)』の一員のような存在であり、小学生ということもあって皆の娘のような存在だったのだ。


 今回ギルドマスターを殺され、彼女が誘拐されたことは、赤兎達にとっては留守中に押し入った強盗が家族の大黒柱を殺し、さらに一番か弱い娘を奪ったという状況に等しい。


「気持ちはわかるが下手に動くなよ。今、プレイヤー全体に不安の空気が流れてる。今は情報統制してるが、『戦線(フロンティア)』のギルドホームの中でさえ好きにやられたと一般プレイヤーにまで知れたら今度こそ収拾のつかない事態になるかもしれない……」



「大変だ赤兎!! これを見ろ!!」



 その時、テントにアレックスが駆け込んできた。彼はいつも不動の安定感で前衛の壁役として働き、鈍重なイメージがあるが、それを覆すような必死の形相で飛び込んできたのだ。

 尋常な事態でないことは一目でわかる。

 その手には一枚のポスターのようなもの。


「それは……」

「……まさか……」


 アレックスに握りしめられ、皺が入っていたがそこに入っていたチイコの写真で二人はすぐにその内容を察した。


 それは、『蜘蛛の巣』からの挑戦状だった。










 同刻。


 ある街にて。

 針山は最近の状況から街で出歩くのに危険を感じるジャックの代わりに買い出しに来ていた。


「あとは私のコーヒー豆とお嬢様のミルクですか……この世界で頑張っても胸は成長しないと思いますが、つっこんではいけないんでしょうね……」


 大方の買い物を済ませて一息ついたとき……



「おやおや、こんな所で合えるなんて奇遇じゃないか……モルモットくん」



 背後からの声に、針山の顔が強張る。

 疼く首筋の疵痕を押さえ……震えながら振り返る。


「貴様は……」


 その顔には、いつもの柔和な笑みはなかった。

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