139頁:想定外まで想定しましょう
おかげさまでブックマーク500人様を突破しました。感謝感激です。
完結までお付き合いしてもらえるよう、これからも頑張ります。
ボス戦で後ろから奇襲をかける場合、そのタイミングは大きく分けて三つある。
一つ目はボス戦開始直前。
しかし、その利点は奇襲の可能性を予め知られている場合にはほとんど無いと言っていい。なぜなら、この場合敵に迎え撃たれた時にはボスに臨むに足る準備をした戦力に挑みかかることになるからである。
二つ目はボス戦の最中。
この場合、奇襲を受ける側がそれを予期していたとしても戦力は否応なく二分されることになり、知られていたとしてもその効果はある程度保証される。
三つ目はボス戦の後、凱旋の途中だ。
しかし、この場合は前提条件としてボスに挑んだプレイヤー達が『失敗』している必要がある。何故なら、エリアボスの攻略が成功した後には次のエリアへのゲートが開通し、ボスを倒したプレイヤー達には真っ先に新エリアに足を踏み入れる権利が与えられるからだ。それはつまり、『逃げ道』が開かれるということである。
負けていればボス戦で疲弊したプレイヤー達を襲い、最大限の効果を出すことができるが勝っていれば何もできない。
今回のエリアボス攻略に関して、端から見ても『負けようがない』過剰戦力を用意したのはそのため……奇襲のタイミングを制限するためだった。
《現在 DBO》
「アレックス、重傷者が出た!! 運び出すまで二十秒カバーしてくれ!!」
「マックス!! 右側の首のタゲ取れ!!」
「花火さん!! 火炎攻撃が来るから離れろ!!」
「チッ、うっとおしい攻撃やで!!」
『双葉の国』の王〖キング・オブ・グリーンショット〗との戦闘開始から三十数分。
妨害は入らず、ボスとの戦闘は概ね順調に進んでいる。
しかし、油断はできない。エリアボスである『王』はデスゲームにおいてどんなに警戒してもしたりない最大級の難関の一つなのだ。
〖キング・オブ・グリーンショット〗。
直径5m以上の球状の『種』の割れ目から飛び出た、緑色の首を持つ蛇のような双竜。その首の長さは目測で20m、『種』は円形のボス部屋の中心から移動しないが首の届く範囲だけでもかなりの面積をカバーし、しかも時間経過で段々と『成長』しつつあるのか首がさらに伸びてきている。
HPバーは三段、エリアボスとしては少ない方だが、『種』の部分は防御力がかなり高く、さらに双竜は植物としての特性なのかダメージを受けて傷を負っても時間とともに傷が再生していく。『成長』と合わせて考えると、持久戦向きのボスだと考えられる。
特殊攻撃は双竜の口から放出される火炎攻撃と一定ダメージ事に発射される散弾のような種。しかも、種からは取り巻きの子竜〖グリーンショッツ〗が発生し、最初はレベル50程度で弱いが、それらも時間とともに成長してレベルも上昇していく。しかも、成長過程では必ず大本の〖キング・オブ・グリーンショット〗の攻撃圏内にいるから厄介だ。まるで、自分の領域を広げていくような戦い方……ボスモンスターの中でも攻略に苦労する強敵だろう。
実際、今回の過剰戦力だと思われたプレイヤー勢でも三十分かかってようやくHPバーの一本目の半分を削ったところなのだ。
二百人近いプレイヤーが一度にボス部屋に入れば却って互いの行動の妨げになる。
そのため今回のような大人数でのボス部屋では負傷したプレイヤーや後半のために温存しておく予備戦力、物資を護るための戦力やボス部屋の前にプレイヤーを狙って集まってくるモンスターの相手をする戦力などが部屋の外で待機し、五十人前後がボス部屋の中で全力でボスとの戦いに集中する形式をとっている。
現在、ボス部屋内のプレイヤー達は『攻略連合』を中心とした前衛の防御力が高いプレイヤー達が双竜と子竜の攻撃を食い止めて防衛ラインを保ちつつ、槍などの長物武器で盾越しに攻撃してHPを削り、さらに『戦線』を中心とした前衛近接型のプレイヤー達が防衛ラインから前に出て敵を翻弄しながら絶え間なくダメージを与え続け、さらに後衛では『アマゾネス』を中心とした遠距離攻撃で援護射撃を放っている。
この連携はそれぞれのギルドの得意分野を生かした合理的なものだったが、久しく行われていなかった。その原因は主にギルド間の不和だったが、しかし実際のところそれはギルド上層部の話だ。
現場で戦うプレイヤー達にとっては、上の都合で連携が取れなかっただけで、本当は安定して戦えるこの役割分担にはとても安心感があり、信頼している。久しぶりだが息が合い、互いに再び背中を預けて戦えることが喜ばしいのだ。
困難な敵を前にしても、負けない自信がある。
着実に敵を追い込んでいく手応えがある。
たとえボスではない『敵』の妨害があったとしても、負ける気はしない。
「おらおらっ!! もっと強いのはおらんかい!!」
「深追いしすぎだぞ姉貴!!」
「『ヒーローフラッシュ』!! もう少し下がってくれないとサポート間に合わないんだけど!!」
「じゃああんたがもうチョイ出てこい、遊園地の時のガキンチョ!!」
……ボス戦に不慣れな『アマゾネス』のギルドマスター花火がその攻撃力で突出しすぎてるのが少し不安ではあるが、赤兎とマックスがサポートしてるからそれほど問題ではないはずだ。
また、中衛には……
「旗スキル『追い風』応援スキル『大声援』拍手スキル『拍手喝采』歌唱スキル『聖霊讃歌』園芸スキル『アロマセラピー』料理スキル『活力スパイス』医療スキル『ポーションボム』消火スキル『断熱霧』指揮スキル『フォルティシモ』武器作成スキル『錬鉄の鐘』……」
固有技で生み出した『枝』を振るい、前衛後衛に次々と支援を飛ばしていくライトがいる。
元々持っているスキルの数が他のプレイヤーから抜きんでているライトは前衛だろうと後衛だろうと、場合によっては生産系だろうとすべてのポジションをこなすことができる。それを最大限に生かすための移動しやすい中間地点だ。
味方の強化、回復、敵の攻撃の対策、武器の修理……直接のダメージは赤兎達に任せ、味方の援護に徹している。
それは、後の『作戦』のために余力を残しておくためであり、同時に別の目的もある。
後衛からは味方への回復、支援技が送られると共に魔法、投擲、そして弓矢などの遠距離攻撃が敵に降り注ぐ。
「一斑、放て!!」
「二班放て!!」
「三班撃てえ!!」
中でも、『アマゾネス』の弓矢部隊は四人ずつ三班に分かれ交代で弓を構え、絶え間なく矢を放っていく。
長弓、短弓、和弓、弩弓、アーチェリー、石弓、ボーガン、クロスボウ、魔弓……様々な弓から、それぞれの射程に応じて予め狙いが分担された矢が放たれる。
そして、放たれるのは木の矢、石の矢、鉄の矢、火矢、毒矢、分裂する矢、回転する矢、見えない矢、呪いの矢……それらが、味方のプレイヤーに中らないように注意深く、しかし高い的中率でモンスターに刺さっていく。
十二人の弓矢攻撃というのは、弾幕としてはそれほどの厚みはない。それよりも、魔法攻撃で範囲魔法を同じ人数で発射した方が瞬間的には広い範囲を同時攻撃できる。
しかし、弓矢には魔法攻撃に勝る部分がある。
それは『連射速度』と『コントロール性』。
魔法攻撃を使うには詠唱が必要で、毒矢などの仕掛けのある矢と同じだけの威力や付加効果を求めれば通常十秒ほどの詠唱時間を要するが、弓矢なら使い慣れていれば三秒もあれば狙いの段階まで進められるし、魔力の生成でEPを消費する魔法よりプレイヤー自身の消耗が少ないため矢のストックさえあれば回復時間もほとんど必要ない。
そして、魔法の範囲攻撃による弾幕と違うのは敵にだけ的を絞ることができる事。敵味方入り乱れて戦う乱戦状態では、範囲攻撃では味方を巻き込みやすく詠唱中にも状況が変化していくので使いにくい。さらに、自分達と敵モンスターを遮る前衛が射線を遮ってしまうこともある。しかし、使い手の技量に左右されるが、弓矢なら敵を『点』で狙うことができ、曲射によって前衛を飛び越えて攻撃することもできる。
『アマゾネス』の弓矢部隊が十二人しか来ていないのは戦力が少ないからではない。近接型との連携を考え、『同士討ちをしないで敵だけを狙う実力があるメンバー』を選出して、限定した人数なのだ。
弓矢部隊の中でも使う弓や矢の種類が様々なのは、あえて有効な対象や射程範囲をずらすことで何も言わずとも標的が重複しないように調節し、空中衝突などの事故を防ぐため。
本来なら遠距離攻撃は的が大きく狙いやすいボスを集中的に狙うのが普通だが、阿吽の呼吸と鍛え抜かれた技術で取り巻きの相手をする近接型のプレイヤーの援護射撃までこなす、それが彼女たちのスタイルだ。
前衛、中衛、後衛が共に全力でボス戦に挑みながら、互いの呼吸を合わせてペースを調節していく。
戦闘開始から三十分で攻撃、支援、援護の『リズム』が共有され、目で見ずとも感覚で他のプレイヤーの動きがわかるようになってきた。
戦闘の『流れ』は、完全にプレイヤーのものとなっていた。
そして……
「ソムリエスキル『異臭感知』、聴音スキル『ハイパーセンス』ダウジングスキル『微震動探知』……来るか」
『枝』を『糸に吊られた鉄球』に変化させたライトは、その振動を見て顔色を変える。
「赤兎!! そろそろだ!!」
その声を聞いた赤兎は、ボスの首を切りつけざまに叫ぶ。
「『ドラゴンズ・ブラッド』!! みんな下がれ!! オレがタゲを取る!!」
HPを削りながら一定時間ダメージを受けなくなる『無敵モード』を発動する赤兎。
周りの前衛プレイヤー達は事前の打ち合わせ通りにボスへの攻撃をやめ、取り巻きへ攻撃対象を変える。
中衛、後衛のプレイヤー達は取り巻きを攻撃しながら片や各自のストレージに入れておいたアイテムを取り出し、『その時』に備える。
そして、地面を伝わってくる地響き。
巨大なものが迫ってくる気配。
赤兎はそれを自身でも感じ取り……以前戦った相手の気配を感じ取る。
「『イヴ』だ!! 部屋の外は後方警戒!!」
赤兎の声が届かずとも感じる、巨大なエリアボスに匹敵する気配。
振り返ったプレイヤー達の目に映ったのは、ダンジョンの角を曲って、壁や天井に身を擦りながら通路を埋め尽くすように現れる『イヴ』の巨体。その身体には歩きながら破壊した耐久力の高いダンジョンの壁や床を引き付けて作ったらしい『鎧』を纏い、さらに所々シミのように黒い『ヒト型』をくっつけている。おそらくその数は数十体。
「あれが……『イヴ』か。話には聞いてたとおり、本当に桁外れなサイズだが……聞いてたより少し小さいな。ダンジョンの地形に合わせたのか?」
援護系のスキルを連発しながら感知系スキルを混ぜて敵の接近を警戒し続けていたライトは、実際にその全貌を観察する。現在の『イヴ』は体高7m前後。十分巨大ではあるが、10mからは一回り小さい。
しかし……その迫力はやはり桁外れだ。しかも、ボス部屋の前のプレイヤー達を見ても全く速度を緩める気配がない。これはやはり、プレイヤー達を障害とも思わず突っ込んでくるつもりのようだ。
だが……それは、ライトも予想していた。
「陣形変更!! 『門を開けろ』!!」
直前に打ち合わせた動きで、プレイヤー達は一斉に動き出す。
ボス部屋の入り口への道を開けるように左右に分かれ、同時に食料を積んだ荷車をボス部屋の中に押し込む。
近付く『イヴ』の目の前で、ボス部屋で荷車を受け取ったライトが荷車の下に手を入れる。
「秘伝技『ちゃぶ台返し』!!」
盛大に食料をぶちまけながらひっくり返る荷車。
そして、それを合図に赤兎が双竜の懐に入り込み、大技を使う。
「先陣スキル『砦破り』!!」
突破力に特化したユニークスキル『先陣スキル』の、相手が硬くて大きいほど効果を発揮する攻撃技。それを双竜の根本の『種』の部分に叩き込む。それによってボスの二つの頭からの敵意は完全に赤兎へ向いた。
散らばる食料アイテム。
赤兎へ向かうボスの敵意。
接近してくる『イヴ』を誘い込むように動くプレイヤー達。
明らかにこれは『罠』の動きだ。
『イヴ』はそれを見てスピードを緩める。罠に自分から飛び込むのを躊躇するように……ひっくり返った荷車の上に立ち『イヴ』の複眼を臆せず、微動だにせずに正面から見返すライトに逆に気圧されたかのように。
「ガアッ!!」
しかし、そんな『イヴ』とは関係なく、その身体にしがみついていた『ヒト型』達が食料の匂いに惹かれて飛び降りて駆け出す。
「□□!!」
そして、それに慌てたように加速する『イヴ』。
その姿を見て、ライトは笑みを浮かべる。
「気付いたな、オレ達の狙いに」
『多分だけど、あの「ヒト型」と「イヴ」は片方だけじゃ動けないと思うんだ。前戦った時は、あいつは回復するときに「ヒト型」を大量に食べてたしな』
6月13日。
赤兎は、6月2日の戦いから思いついた作戦を語った。
『正直言って、あの「イヴ」のパワーは規格外の反則級だ。オレがあいつが踏み壊していったような建物を通常技で壊そうとしたらかなりのEPを消費しちまう。だがもし、あいつが仮にも「プレイヤー」なら、あいつがやってもそれ相応、同じくらいのエネルギーが必要なはずだろ? どんな方法であんな巨大になってるかは分からないが、パワーを一気に出せるからって、スタミナとか持久力っていうのはまた別の話だ。』
赤兎は、実際に『イヴ』を見て戦った経験から直感的にその弱点を探っていた。
『あいつは「ヒト型」を引き連れて現れて、壊した建物をそいつらに食わせて増殖させて、自分は「ヒト型」を食ってたんだ。多分だけど、あれは単なる仲間割れとか敵味方の判別を間違えたとかじゃない。「ヒト型」は「イヴ」の生き餌として……最終的には食われるために連れてこられてたんだと思う。まるで魚を飼うためにその餌の虫を同時に育てるみたいに。だから、奴が「ヒト型」を連れて現れたらその「生態系」を崩すんだ。』
「釣りスキル『ルアーアンカー』糸スキル『ロールロール』投げ縄スキル『キャッチロープ』……将を討つにはまず馬からだ」
ライトが荷車から引っ張り出すのは細い鎖の束。
それらは散らばった食料アイテムに繋がっている。そして、数十の『ヒト型』は各々が食料に食らいつき、食料アイテムに仕込まれていた返し付きのフック……特大の『釣り針』に引っかかり、そのタイミングでライトが鎖の束を分けて周りのプレイヤー達に投げ渡す。
「赤兎に聞いた話じゃ店の残骸だろうが何だろうが食うらしいが、さすがに金属製の『武器』を食べるのは苦労してたらしいな。しかも本能丸出しだからまるで入れ食い……こんなにも罠にかかりやすい。」
周りのプレイヤー達が鎖を引っ張り、『ヒト型』を部屋の中央から引き離し、取り押さえる。
力の強い『ヒト型』だが、前線のプレイヤーが数人がかりになれば押さえられないことはない。
しかし、まだ殺しはしない。
何故なら……
「■■■■■■■■■!!」
「下手に攻撃して暴れられるより餌に夢中になってくれてたほうが楽だし、やっぱり餌とられたら怒るよな……赤兎、来るぞ!!」
『ヒト型』が『イヴ』にとって必要不可欠ならば、あえて殺さずに『捕まえておく』ことができればそれを解放させるために必ず『イヴ』は飛び込んでくる。そうでなくても、一度勢いづいた巨体はそう簡単に止まれない。
ここまでの大作戦は、ボス攻略と共に『イヴ』を打ち倒すために用意したのだ。
ライトの予想したとおり『イヴ』はボス部屋の中まで突入してきた。ライトはそれを見届けて部屋の中心への道をあけるように荷車から離れる。
そのタイミングで、エリアボスと一人で戦っていた赤兎が急に反転し、エリアボスに背を向けて『イヴ』の方へ走り出した。
当然、赤兎に攻撃を受け続けて敵意がマックスに溜まったエリアボスは首を伸ばして赤兎の背中を追う。
そして……
「バトンタッチだぜ、『イヴ』さんよ!!」
赤兎は四足歩行で進む『イヴ』の胴体の下を全力で駆け抜ける。
双竜の頭は赤兎を追うが、それには『イヴ』の巨体がその意志と関わらず巨大な『障害物』となって道を妨げることとなる。
赤兎達と敵対していようと、人型からはかけ離れていようと、『イヴ』はシステム的には『プレイヤー』なのだ。『ボスモンスター』にとっては、プレイヤーの派閥など関係ない。
『イヴ』の巨大とエリアボスの巨大な頭が衝突し、互いにダメージが発生した。
「ガアッ!!」
「■■■!!」
プレイヤーショップを踏み壊すほどのパワー。
ボスモンスターへのダメージも並ではない。そして、それによって発生する敵意も赤兎への敵意を塗りつぶすには十分だった。
対して、『イヴ』もまたボスモンスターを無視して攻略のプレイヤー達を襲うわけにはいかない。無視するにはボスモンスターという存在は強力過ぎるのだ。
「ここまでは作戦通りだな」
「ん、大方な。俺のヘイトコントロールも丁度だっただろ?」
双竜をまいた赤兎と合流したライトは、相対する『イヴ』とエリアボスを見る。
「ボス戦の間に後から攻められたら二正面作戦になって不利だ。だから敢えて誘い込んで素通りさせてボスと一騎打ちにさせる。ボス部屋の中まで入ってくるかが微妙だったが……『ヒト型』を誘い込んだらやっぱり釣れたか」
ライトは取り押さえた『ヒト型』達を見る。
力の強い『ヒト型』達だが、前線プレイヤー達の行動阻害技や複数での拘束ではさすがに破れないらしい。
「おい!! こいつらは倒さなくていいのか?」
「下っ端さん、倒してもいいが何体かは残しておいてくれ。そうじゃないと、『イヴ』が逃げるかもしれないし、捕獲して連れ帰って詳しく調べてみたいから」
「ああ、わかった!」
そのやり取りを見た赤兎がライトに尋ねる。
「もしボス部屋まで入ってこなかったらどうするつもりだったんだ? あの『ヒト型』は増殖するし、連れてる分で全部ってわけでもないだろ?」
「その時には追撃戦か持久戦だったよ。むしろ、『ヒト型』さえ押さえられたらなそっちの方が楽だったかもしれない」
「何でだ?」
「あのサイズなら、普通に移動するだけでも消耗は激しいはずだ。サイズに変更がきくとしても、ここはダンジョンの最深部だぞ? 前線プレイヤーが総出で追撃すれば『補給』なしで逃げ切れる保証はない。野外より狭いダンジョンの方がこっちに有利になるしな。ボス部屋の前でにらみ合ってても、これだけのボスを倒すのに十分過ぎる戦力の前では意味がないのもわかってるだろう。なら、とっさに取る行動は『短期決着』。それを利用したのが今の状況だよ」
ライトが指差す『イヴ』とエリアボス〖キング・オブ・グリーンショット〗の対峙する姿は、まるで怪獣映画のワンシーン。
「じゃあ、このまま……」
「それで、『ボスと戦って弱った「イヴ」』を捕まえるんだろ?」
赤兎が当初の計画を先読みして答える。
だが、ライトは苦い顔をする。
「このまま……計画通りに行けばいいと思ってたが、それほど甘くはないらしい。『あれ』はちょっと想定外だ」
ライトの見つめる先……『イヴ』の背中の『鎧』の隙間が少しずつではあるが、開いていく。
そこには……『ヒト型』と同じ真っ黒な皮膚を持つ『何か』が闇のように詰まっていた。
同刻。
「なんであたしがお留守番なの!?」
『時計の街』にて、我慢の限界のようにアイコが叫ぶ。
『戦線』の防衛側戦力としてボス戦から外されてしまったのだ。
「赤兎は『今回は危険な作戦だから』なんて言ってたけど、どうも怪しいな……浮気とかしてないといいんだけど」
花火とアイコの間に嫁小姑問題に近い関係があることは、彼女はまだ知らない。




