138話:戦術も実力の内です
新学期が始まると連載速度の維持が難しいかもしれませんが、出来るだけ頑張るつもりです。
4月のある日。
『戦線』の個人戦闘力ランキングで頂点に立つ赤兎に挑戦するプレイヤーがいた。
「おい、これ本当に『対等な勝負』ってことでいいのか?」
メールでの『果たし状』に応えて決闘場所に赴いた赤兎は冷や汗をかきながら刀に手をかける。
目の前にいたのは、テイムされた馬型モンスター〖オールランナー LV100〗の名馬『滝登り』に乗ったイチロー。
「『他のプレイヤーに頼らない限り、使用する武器、防具、その他の装備品やスキルは自由』そう決めてあっただろ?」
「確かにそうだけどさ……」
「なら戦おう、いざ尋常に、正々堂々とな!」
《現在 DBO》
「ぼくは馬に乗って移動速度を確保しつつ赤兎の間合いギリギリの距離から地味な攻撃を繰り返して、さらに予めフィールドに仕掛けておいた罠とかも使いまくってなんとか決闘ルールで逃げきったんだ。セッティングしたぼくが言うことじゃないけど、あんなのは決闘じゃなかった」
戦いの様子を聞いたライトは納得した。
確かに、これでは強者として名が上がるはずもない。何より、本人が『勝ち』を認めていないのだ。ギルドの外に赤兎の『敗北』が伝わっていないのも頷ける。
「……そんなに後悔するなら、どうして勝負の後に『これは正々堂々な勝負じゃなかった』って言わなかったんだ?」
「言ったさ『馬も使ったし、これは二対一だったから実力での勝ちじゃない』ってな。だけど赤兎は『俺の負けだ』って……『馬に乗って戦うのも技術がいるし実力だろ』って言って結果を取り消してくれなかった……ぼくは別に勝ちたくてあんな戦いを仕掛けたわけじゃないのに」
イチローの表情が暗くなる。
それを見てライトは、その心情を察する。
「反則勝ちで実質『引き分け』にしたかったわけか。赤兎が勝負の後に文句を言って、それで食い下がって……だが、赤兎にはそういう細かい考えはなかったからそのまま勝ったことになっちまったってわけか……本当は、どうしたかったんだ?」
「ただ単に『もっと計画的に戦う必要もある』って伝えたかっただけさ。あいついっつもムチャばっかりして、見てるこっちが気が気じゃないから、もう少し戦い方に工夫したりとかも考えて欲しかった。赤兎は強い、赤兎はすごいけど……ぼくみたいな地味で卑怯な戦い方も認めてほしかった。それだけだ」
「……赤兎に勝てただけでもすごいと思うぞ。オレだって前負けたしさ」
「純粋なぼく単体での実力はアイコさんより下。単純に赤兎と並べるくらいの実力があったらもっと活躍してる。赤兎に勝ったっていうのも、人型エリアボスを倒す時と同じくらいのつもりで計画を立てたんだ。そのためにビルドも調節して専用の武器も練習して……とにかく、ぼくが勝てたのは赤兎『だけ』だったんだ。」
イチローの言葉に頷いたライトは少々考え……
「ちょっと待て! もしかしてエリアボス攻略の時の『戦線』の作戦っておまえが考えてたの?」
「作戦って言ってもボスの見た目とか情報とかで誰を行かせるか決めて、対策のアイテムを手配して配給とかそれくらいだけど」
「本人たちにも気付かれない内に作戦が適応されてるとかどんだけ縁の下の力持ち属性だよ」
「あいつらは変に細かい作戦組むよりアドリブで戦う方が得意だから事前準備だけで十分なんだよ。ぼくは別に感謝してほしいわけじゃないから、みんなに『連絡係』兼『物資配給係』とか思われてるけど、そっちの方がいいと思ってる。その方がみんなの自然体が見れるから実力も得意なタイプも把握できるし、サブマスになったのだってギルド設立のことでマサムネさんと相談することが多かったからなし崩し的にだしさ」
イチローがそこまで話すと、ライトは押し黙り……イチローの目を見て静かに言った。
「つまりさ……イチローはサブマスだがほとんど知名度がなくて、出世欲もなくて、あと童貞ってことか?」
「なぜいきなり童貞が出てきたかはわからないけど概ねその通りだけど?」
「作戦はいつも一人で立ててる?」
「大体はな。別に情報さえ集まったらマサムネさんとか手間取らせるほどのこと決めてないし、承認もらってほぼそのまま実行だ」
「……なら、ちょっと頼みたい作戦があるんだが……やってくれるか? なるべく秘密裏に進めたいんだ?」
「勘違いしないでくれ! ぼくは『戦線』のための作戦を立ててるだけで、余所の作戦は余所で……」
慌てるイチローに、ライトは含み笑いを見せながら言う。
「それなら安心してくれ。発案者は赤兎だ……あいつの思いつきを実行するのに協力してやってほしい」
6月18日。
『二葉の国』のエリアボスダンジョンにて。
「さて、とうとうここまで来たか……」
「来ちまったな」
ライトと赤兎の目の前には巨大な門。
エリアボス……この国の『王』の居座る部屋の玄関口。
「ボス攻略の四大ギルド、『王』、そして『蜘蛛の巣』……三つ巴の決戦だ」
「『三つ巴』か……ま、変に連戦するより同時に相手した方が気が楽っちゃ楽なんだけどさ。下手すると挟み撃ちになんだよな。」
「まあ、そうなった場合も考えて戦力を揃えたんだ。これでダメならこれ以上小細工してもあんま変わんないと思うけどな」
ライトは後ろを振り返る。
そこには、ボス戦直前の打ち合わせや精神集中に時間を費やすプレイヤー達。
「昨日の下調べではボスは巨大な双竜だった。だからダメージディーラーは三方に分かれて……」
「尻尾はなさそうだが、追い込んだらもう一つくらい頭が出てくるかもしれないから気をつけろ」
『戦線』の一流戦闘職30人。
ギルドの約半数にのぼる人数だ。そして、皆士気は高い。敵がプレイヤーだろうとモンスターだろうと全力で戦えるだけの戦意がある。
『戦線』は一度『飽食の魔女』の攻略で十人が犠牲になり大打撃を受けた。さらに、その時改めて死の危険を実感しギルドを去った者もいた。
しかし、逆に決意を新たに覚悟を決めなおした者達、諦めずにゲームに立ち向かう彼らの姿に心打たれ、その誘いに応じて新たに参入した者達もいた。また、中には縦割りの上下関係より強制されずとも自らの意志で戦うギルドの気風に惹かれて『攻略連合』から乗り換えた者だっている。
自らの意志で戦うからこその一流戦闘集団……攻略のトップギルド『戦線』だ。
「盾は二手に分かれてそれぞれの頭を止める。火炎攻撃もあるようだから防火のアイテムや火傷治しを各自忘れずに準備するように!!」
「我々はこの戦いで見事敵を討ち取り、名誉挽回するんだ!!」
「「「おう!!」」」
統率のとれた隊列の前の上官の指令に応えるのは、前衛中衛後衛で差異はあるものの皆共通したデザイン装備に身を固める『攻略連合』の兵団合計100人。
こちらの指揮をとるのはつい一週間前『駐在軍団長』と呼ばれていた幹部プレイヤー。
彼は『時計の街』でのパニックの責任を取らされる寸前赤兎からの『ボス攻略応援要請』を受け取り、名誉挽回のためにも権限が使えるうちに自分の指揮下にいた駐在軍のプレイヤーの大部分を率いてダンジョン攻略に参加したのだ。その中にはライトの知る『下っ端兵士』『巡回部隊長』『ゲート前関所の所長』などの顔ぶれもある。
彼らは『戦線』ほどの激しい戦意は感じられないが、その代わりに失敗を許さない使命感のようなものが見て取れる。彼らは『時計の街』の防衛に失敗し、名誉や信用、そして力ある者として弱き者へ安心を与えていたという誇りなど多くのものを失った。
彼らは戦士ではなく兵士、ただの戦闘職の集まりではなく『軍隊』なのだ。そして、その本分は『攻め』ではなく『守り』にある。
仲間を増やして攻略の安全性を高めて自分達の命を『守る』。
攻略を進めて現実への帰還を確信させ安心を『守る』。
強いプレイヤーとして犯罪者を制し、弱いプレイヤー達からの支持を『守る』。
ただの高圧的な集団ならば前線攻略ギルドになどなってはいない。その規律に裏付けられた実績があるのだ。
保守的だが着実に攻略を進め、戦力の集め方は強引でもメンバーの安全は保証する。
『戦線』に数で勝りながら攻略速度で後陣を拝しているのは、安全を優先して大人数で鉄壁の隊列を組ながら『進軍』しているから。
そんな彼らにとって、今回のボス攻略はチャンスなのだ。失った信用を取り返し、ギルド内での地位を回復する。彼らのモチベーションは相応に高い。
「行くでみんな!!」
「「「はい!!」」」
花火のかけ声に応えるのは『アマゾネス』の精鋭30人、全て女性プレイヤーだ(最大年齢はヤマメ婆の70以上、最低年齢は十代前半で年齢層が広い)。
その先頭に立つのは鉄バットを肩に担ぐ白の特攻服の花火。いつもはジャージ姿だが、流石にボス戦では戦闘用の装備でないと危険なのでライトと赤兎で頼み込み、ライトが持っていたネタ装備だがかなり性能が高い特攻服を着てもらった。背中の『放火』の刺繍と鉄バットの組み合わせが非常に『番長』っぽいが……彼女のリアル職業はその程度で収まらず、暴力団も一目置く『用心棒』である。
ちなみに、ゲームでの職業はスポーツ系、身体能力上昇系のスキルを複数極めたプレイヤーがなる『アスリート』だが、彼女を知る者は大抵『暴走族か何かだろう』と噂しているという。
そんな花火に付き従うのは戦う『乙女』……かどうかはともかく、男に負けない勇猛さと闘志を持った女性プレイヤー達。数こそ少ないが、そもそも戦闘が目的でなく女性プレイヤーの保護を目的として作られた『アマゾネス』に集まったプレイヤーの中でただ群れて互いに護り護られるだけでなく、積極的に仲間を護るために自分を磨いた有志の戦闘職集団。
中には、男勝りなギルドマスターの花火の姿に憧れて戦闘能力を鍛えたり、サブマスターの椿に頼られたいがため、護りたいがために戦闘の道を極めた者もいる。
花火は前衛だが、『アマゾネス』の主なポジションは後衛の遠距離攻撃。中でも、古今東西和洋混成の弓矢部隊十二人による絶え間ない援護射撃はギルドの代名詞としても知られている。
彼女たちは張り切っている。
今回の戦いは、彼女たちにとっては自分達の愛するギルドマスターとサブマスターを仲違いさせた犯罪者達をあぶり出して捕まえるための罠。あるいは、ギルドマスターを元気付けるための狩りイベントだ。
彼女たちは『アマゾネス』。
今回は椿がいなかったため赤兎と花火に頼られたライトが内部の運用を代行したが、ボス戦への参加はすぐさま有志で埋まってしまった。
女だから男より脆弱という理屈は通らない。
むしろ、テンションが上がると男にはない高い団結力を発揮する。そして、中には花火のように現実世界で体力的に男に劣る女だからこそ、ゲームの世界では男以上に力を奮うことに喜びを覚えるVRゲーマーもいる。
男より逞しく、ただの女の子より遥かに強く。
それが『アマゾネス』の女戦士達だ。
そして、その長である花火はまた違う意気込みを持って今回のボス戦に臨む。
「さ、あたしこのボス戦が終わったら椿に謝りに行くんや。さっさと終わらすで」
「いや姉貴それ死亡フラグだからやめろ!!」
そして、集まったのは戦闘ギルドだけではない。
「武器の整備が不十分な人はすぐこちらへ!!」
「腹が減っては戦はできません、ポーション、兵糧はこっちです!!」
『大空商店街』もまた、戦力を出している。
こちらは戦闘職ではなく、荷車を引いた生産職。武器の修理、飛道具や消耗品の補充や回復のための食料、医療用アイテムを取り揃えた荷車四台、それぞれに生産職2人。
ボス戦は何も戦闘職だけのものではない。
長大なHPや硬い防御力を持ったボスを相手にすれば持久戦になり交代しながら食事や休憩をとりながら戦うこともある。
強力な攻撃を連発してくるボスを相手にすれば、負傷者は引き下がって治療に専念しなければならない場合もある。
毒などの特殊能力を持ったボスが相手なら、対処するために大量の専用アイテムを用意する必要もある。
各々のプレイヤー達も武器の予備や回復アイテムは持っているが、それは非常用だ。戦闘の最中にメニューから必要なアイテムを引き出して使用するのはかなり高度な技術で危険を伴うし、時にはアイテムの残量がなくなっていることもある。そのようなリスクを下げるため、ボス部屋の外から物資の交換や補充を請け負うプレイヤーがいればボスとの戦いも余裕を持って続けることができる。
そのような物資補給係のようなものは戦闘ギルドにも存在しないわけではないが、モンスターの危険やそれから補給のプレイヤー達を守る人員を考えても生産職が補給としてボス戦に赴く方がその場での武器や防具の修理、さらには日持ちはしないが栄養価と回復力の高い料理やボスの技の効力に合った薬の調合などにおいては大きなメリットがある。
戦闘ができなくとも、攻略の大きな力となる。
生産職も、攻略に命をかけているのだ。
そしてさらに、いるのはギルドに属するプレイヤーだけではない。
「準備万端よーし!!」
「早く始めねえか」
「万事任せてくれ!」
前線でギルドに属さずソロからワンパーティーで戦う戦闘職のプレイヤー達が25人。
中にはOCCのマックスもいる。
彼らは四大ギルドからの報酬やボスからのドロップ品を手に入れるため、あるいは純粋にゲーム攻略に協力するためにこのボス戦に参加している。ライトも分類的にはこの中の一人だ。
戦闘職185人、荷車四台と生産職8人。
「いつもは安全率最大まで上げたら100人くらいで平均時間は一時間くらいだったな。さ、ちょっと過剰戦力なくらいだが……どう動くかな?」
同刻。
『時計の街』にて。
こちらは戦闘職が出払っても手薄にするわけにはいかないので、『戦線』の残り半数の大部分、それに『攻略連合』の新しい駐在軍団やOCCのメモリや闇雲無闇も警戒している。
こちらはこちらで戦力を集中し、敵の攻撃に備えているのだ。
そんな中……
「……い、いい天気ですね」
「……結構曇ってんぞ、目大丈夫か眼鏡」
留守を任されたイチローが多少面識のあるナビと会話しようとして緊張しすぎて失敗していたが、それはまた別の話。




