137頁:団結は重要です
6月11日の夜。
赤兎はメールで呼び出され、『アマゾネス』のギルドホームへやって来た。
そして、見張り番の弓使いと軽く挨拶を交わすと奥へ通される。
彼はこのギルドのプレイヤー達から助けを乞われてここに来たのだから当然だ。
屋敷の三階へ上がり、奥の部屋へ入る。
そして、開口一番に言う。
「姉貴……何があったんだ?」
部屋にいたのは、山ほどの酒瓶を空にして壁にもたれ掛かるようにして俯いている花火。完全に飲んだくれている。
赤兎が来たのには気付いたようだが、質問には答えずに新しい酒瓶を傾ける。
「ギルドの皆が心配してるぞ……姉貴、パニックになった『時計の街』から帰ってきてから何も言わないし、椿も帰ってこない。一応まだ街に留まってるのはわかってるけど連絡もよこさない。何があったか教えてくれないか?」
花火はそっけなく、吐き捨てるように言う。
「……ほっといてくれや」
「……姉貴が酒飲んでテンション下がるなんて、よっぽどのことがあったんだろ?」
「……」
突然、花火は赤兎に飛びかかり……強く抱きつく。
赤兎は間近で改めてその顔を見て、花火が泣いていることに気付いた。
活発で気の強い花火の幼い頃から滅多に見たことのない表情に、赤兎は困惑する。
そして、赤兎を困惑させたまま花火は絞り出すように言う。
「どないしよ……椿にとんでもないことしてもうた……」
《現在 DBO》
6月13日。
『戦線』のギルドホーム『戦士の村』にて。
「で、花火さんを元気付けるためには一度何かに没頭させるのがいいと思って、いろいろ勧めてる内にいつの間にか最高難易度のエリアボス攻略に連れて行くことになって、それをギルドの方に報告したらマサムネさんには『ギルマスをボス戦に連れ出す約束なんてしおって、万が一があったらどうするつもりだ馬鹿者が!!』って怒られて、取りあえずもうキャンセル出来ないところまで話が進んでたから『ギルド間での協力を推奨して』とかって適当な理由付けて、ついでに『攻略連合』と『大空商店街』も巻き込んで戦力を万全にして安全性を高めてボス攻略って流れになったわけか……勢いでとんでもない提案すんなよ。『犯罪者に妨害される可能性のあるボス攻略に戦力を集中して対抗できるようにすると同時にボス戦の一体感を利用して団結を強め、プレイヤー全体の士気をあげる作戦とはなかなか考えたな……』とか思ってたオレたちがバカみたいだろ。花火さんと椿の関係はこっちで何とかしようと思ってたのに、ややこしくしやがって」
赤兎のプレイヤーホームに招かれて今度のボス攻略で行われる大規模作戦の裏事情を知ったライトはため息をつく。
赤兎はやや申しわけなさそうに頭をかく。
「いやわりぃ、確かにそこまで考えてなかったけどさ……ぶっちゃけ言って、最近オレたちのギルドは結構もどかしかったんだ。ほら、オレたちって戦うばっかりしか能がねえだろ? それなのに妨害とか防衛のために待機しておく人員とか考えると本腰入れたダンジョン攻略もなかなか出来ないからな」
「……まあ確かに、犯罪組織との戦いもそうだが、ゲーム攻略だって重要だからな。むしろにらみ合ったままいつまでもゲームが進行しないならそれこそあっちの思い通りかもしれない。戦争中でも現実世界への希望を途絶えさせちゃいけないしな。悪くない手だと思うぞ?」
そう言いながらも、ライトは少々苦い顔をする。
「ただなあ……『攻略連合』の方については良く協力取り付けたな。あのパニックの後、責任問題で大きく荒れてたって聞いてるが」
「それについては案外あっさり話が通ったぜ? なんかよく知らないけど、丁度オレが昨日『時計の街』で会った中で一番偉そうな人……『駐在軍団長』っていってたかな。その人に話したら『名誉挽回』とか『手柄』とかブツブツ言った後すぐ上に掛け合ってくれた」
「……赤兎、おまえはホントに運いいな。主人公か」
大方、街のパニックの責任を問われた『駐在軍団長』とよばれる立場のプレイヤーが責任をとらされて降格なり脱退なりを迫られそうになっているところに赤兎が話を持ち込んだのだろう。その人物ならきっと保身のためにも全力で協力してくれるだろうが、他のプレイヤーなら勝手に軽はずみな言質を与えればギルドから睨まれるためそこまで速やかに引き受けてはくれなかったはずだ。これ以上状況は悪くならないというポジションだからこその速やかな交渉……赤兎の強運は時に『主人公補正』と揶揄される。
「ま、それで『大空商店街』の方には了解取ったからライトにも手を貸してほしい。」
「まあ、手を貸すのはやぶさかじゃないが……ボスと戦ってる間に後ろから奇襲されたら前門の虎、後門の狼、袋のネズミだ。もしそれでやられれば、攻略の主力がいなくなってゲーム攻略自体が厳しくなる。ボス部屋に入り込んでから後ろから攻めるもよし、ボスと戦い終えて疲弊した所を狙うもよし、ボスに負けて退却してるところを襲うもよし。あっちにとってこれほど攻めやすい条件もないんだぞ。それにあっちには……『イヴ』って規格外の戦力がいる」
ライトは敵の視点に立ってその危険性を説明する。ダンジョン攻略ともなれば気付かれずに隠密に事を運ぶことは不可能。狙われないわけがない。
「ああ、それについては俺にちょっと考えがあるから聞いてくれるか?」
「どうせ大雑把な考えなんだろうがアイデアは悪くないかもしれないし、聞いておくよ。話してみろ」
「実はさ、前戦ったとき……」
その時だった。
「赤兎、客が来るなんて聞いてないぞ。」
赤兎の家に入ってくるプレイヤー。
ライトと赤兎は同時にそちらに目を向ける。
そこにいたのは一人の男性プレイヤー。
背は165前後、背は低く体格は筋肉質ではなく、太ってはいないがインドア系の人間という印象を受ける。そして、その肩や胸、腕や脛などのダメージを受けやすい部分には金属のプレート鎧を装備し、その下には軽さを重視した布服。デザインは中世の騎士のものに近い。
年齢は十代後半、髪は短く整っていて顔つきは真面目そうな好青年に見えるが眼鏡をかけていて少々インテリ系のようなイメージを与える。
そして、その腰には鋭く輝くロングソードが差してある。
『戦線』ではギルドメンバー同士での腕比べや模擬戦などが盛んであるためギルドホーム内でも戦闘服というのは珍しくないし、このギルドに限らず、それ以外でも万が一に備えるためや平時から装備の重さに慣れるために武装を外さないプレイヤーも多いが……ライトにはそのプレイヤーが、少なからぬ警戒心をもってライトを見ているように見えた。
「悪いな、俺の友達だから警戒解いてくれよ。イチロー」
『イチロー』と呼ばれたプレイヤーはライトを一瞥し、指先で眼鏡をクイッと持ち上げる。
「この大変な時期によくわからない奴をギルドホームに入れるな。敵のスパイだったらどうするつもりだ? 警戒してる意味がないだろ」
「そうだぞ赤兎、なんでこんな怪しい奴をギルドホームに入れたんだ」
「なんでライトまで一緒になって責めてくんだよ。てか怪しい奴ってお前自身だし」
「もしオレが実は敵と繋がってて赤兎を暗殺するつもりだったらどうするつもりだったんだ? あっちのイチローってやつの言ったことは概ね正しいだろ。一昨日なんて『模倣殺人』って『殺人鬼の因子』打ち込まれたばっかりだし、知ってる奴だって危ないかもしれないぜ?」
ちなみに、パニックでばらまかれた『模倣殺人』については解除法が発見されて全ての除去が確認されている。
『激しいタイプ』は回数制限と伝播の効果がありこちらを仮に『陽性』、『静かなタイプ』は時間制限があったのがわかりこちらを仮に『陰性』としたが、本人が確認できる能力名はどちらも『模倣殺人』だった。ライトはそこに着目し、『陰性』を持つプレイヤーに『陽性』のプレイヤーの『模倣殺人』を移すと『陽性』は元々の所有者から移動して『陰性』のプレイヤーに移るが、そちらは既に『模倣殺人』を持っているので効果が発揮されず通常の時間制限によってどちらも完全に消滅するとわかったのだ。パニックの時に併用できなかったのにはそのような事情もあったのだろう。
しかし、新しく『模倣殺人』を打ち込まれたプレイヤーが襲ってくる危険は依然として残っている。操られたプレイヤーに奇襲されるという可能性もないとは言えないのだ。
その点ではキリの指摘も、ライトの言葉も正当性があるが……
「勘だよ、俺の勘がライトは大丈夫だって言ってんだ。もし俺が油断しててやられたら……友達だからって信じすぎた俺がバカだった、それだけだろ?」
赤兎はあっけらかんとして言った。
その割り切った態度にライトもイチローも呆れたような視線を向ける。
「ま、赤兎の実力ならたとえ暗殺者の一人や二人来ても負けやしないだろうけどな。てかまず、一対一で赤兎を負かせる奴がいない。」
ライトがそう言うと、イチローが微妙な表情をし、赤兎がややおかしそうに笑みを浮かべる。
「あ、そういや言ってなかったか。ライト、うちのギルドの中で個人戦でのランキングがあるのは知ってるよな?」
「ああ。一応ギルドの外には非公開になってるらしいが、そのランキングでそれぞれが個々で自主的に強くなろうとしてるんだろ? で、その一番上が赤兎じゃなかったか?」
「この前……4月くらいまではな」
「え……それって……」
赤兎は親指でイチローを指し示す。
「今のNo.1……つまり、一対一で俺を負かしたやつなら目の前にいるぜ」
ライトは『戦士の村』から帰る前に、『戦線』の専属武器職人として家を持っている『大空商店街』の派遣プレイヤーであるチイコの工房へ立ち寄った。
「チョキちゃん、本当なのか? 赤兎があのイチローってやつとサシでやって負けたってのは」
あだ名で呼ばれたチイコは慣れた様子で武器を修理しながら答える。今年で12歳になるはずだが、もうその手並みはプロのようだ。
「本当だよ。みんな見てたし」
「その割には噂にも上がらなかったが? それに、そんな実力者にしちゃボス攻略とかで見かけないし」
「イチローさん、ボス攻略とかダンジョンとかってタイプじゃないからねー。いつもモンスターと戦って修行してるかマサムネさんを手伝って事務系のことやってるか、たまにギルドの宴会の買い出し手伝ってくれたりとか……地味なこと得意なんだよねー。赤兎さんとの決闘も地味な削り合いで決着まで何時間もかかってみんな途中から見てなかったし」
「圧倒的地味さ……」
「ちなみに、一応うちのギルドのサブマスターだよ?」
「さらっとすごいこと判明した!! てか『戦線』ってサブマスいたのか!? いないと思ってた!!」
「でもギルドの中でも知らない人いるし」
「地味過ぎてもはやシークレット!?」
確かにどんな条件であり赤亜に勝てる戦闘力があり、さらに事務仕事ができるプレイヤーがいるというならサブマスターには適任だろう。それにそんな重要ポジションなら危険なボス攻略などに来ていないことも頷ける。
しかし、そこまで有能で名が立たないというのは不思議だ。『大空商店街』やマリー、時には『アマゾネス』からでさえ情報を集められるライトが知らないなど、もしかしたら敢えて秘密にしているのでは……
「あと、あたしくらいの子供なら何とか大丈夫だけど、女の人の前ではキョドって全く会話できないから外交系には向いてないんだってさ」
「……そりゃ大変だろな。大ギルドの重役は女性プレイヤー多いし」
なんとなく納得。
ギルドの重役としては、それは身分を隠したくもなる。
ライトがチイコにさらに詳しくイチローの事を聞こうとしたとき……
コンコン
「ライトさん、ちょっといいですか?」
工房の入り口の扉の方から件のプレイヤー……イチローの声がした。
扉には鍵はついていない。
しかし、話を中断させるのを躊躇するように扉越しに声をかけてくる。
それを聞き、チイコは分かり切った声で言った。
「行ってきたら? 本人から聞いた方が早いし」
イチローに連れられ、ライトは人気のない少し大きめの家の裏にやってきた。
ここは一応『戦線』のギルドマスターの家であり同時に執務室なども入っている実質のギルドホームの中心であるが、用事が無いプレイヤーは他の場所でレベル上げなり修行なりをしているためか、人は他にいない。あるいは、騒がしいと事務仕事に差し支えるため人払いがされているのかもしれないが……
「ここなら他に聞かれる心配はないってわけか。確かマサムネさんはスカイのところへボス攻略の詳しい打ち合わせとかしに行ってるはずだし。スパイを締め上げるのも知りすぎたやつをシバいて口止めするのも思いのままと」
「いやいやいやいや、心配しなくてもそんなことはしないから。ただ少し、誤解を解いておきたいだけだから」
「大丈夫だ、『イチロー』が一般的な名前の『一朗』じゃなくて浪人の方の『一浪』なのは誰にも言わない」
「そんなことじゃない! てか、勝手な解釈しないでくださいこのやろう!」
「わかってるわかってる。デスゲームのせいで普通に受験できないからもう一浪は確定してるって。安心しろ、オレもそうだから」
「やめて現実世界の嫌な話するのは! てか、なんか嘗められてる気がするのは気のせいかな!?」
「場を和ませようとするジョークだ」
「むしろ荒れたわ!!」
息を荒くするイチロー。
ライトはそれを見て興味深そうに言う。
「突っ込み慣れしてるな。赤兎のせいか?」
「ああそうだよ! あいつ以上に初見でこんなボケてくるやつがいると思わなかったよ!」
「いや、赤兎に勝ったやつがどんなぶっ飛んだやつか調べてみたくてちょっと試してみたんだ。悪かったな」
「ああそれだよ、それについての誤解を解きたかったんだよ。」
イチローは溜め息を吐き出すように言った。
「ぼくは別に赤兎より強いわけじゃないんだ。あれはただ単にズルして勝っただけなんだって」
同刻。
『イヴ』は孤独に苛まれる。
どこだろう?
どうすれば手にはいるのだろう?
なぜ手にはいらないのだろう?
「私のアダムはどこなの?」
この苦しみを……孤独を終わらせるためなら、彼女はなんだってする。




