135頁:ゲームはルールをきちんと把握しましょう
石器が立派な武器だった時代。
文献などという概念などないような、文明などというものがないような、そんな時代。
時が時なら『氷河期』と呼ばれる極寒の長い冬。
果てしない雪原はあらゆるものを凍てつかせ、全ての命の灯火を消す。
その中では、人を食ってでも生きる鬼だろうが関係ない。草食獣が滅べばそれを食べる肉食獣も滅びるように、やはり人がいなければ人喰いの鬼も生きてはゆけない。
「ぅぅ……」
何代と人間のコロニーを渡り歩き、入り込んで油断させ、飢えれば『狩り』をして次のコロニーへ。『彼ら』はそうやって『自分達だけ』でも飢えを凌いで生き延び、この厳しい環境を乗り越えてきた。そんな生き物だろうと狩り、その集めた食料まで奪ってきた相手である『人間』がいなくなれば、やはり滅びるしかない。
『自然環境』という完全な不可抗力。
逆らうことの出来ない完全な袋小路。
あるいは、自分達が生きるために殺してきた死なせてきた、その『順番』が自分達に回ってきた。それだけの当然の結果。
決して多くない『一族』……いや、唯一にして最後の『家族』を食べてまで生き残る意味もない。
それをしてしまえば種として『詰んで』しまうほど、他の全てを食い尽くしても儚い数だった。
そんなとき……
「よかった……まだ滅びてなかったんだ」
突如雪原が融け、土が何年かぶりに顔を出す。
『彼女』が歩くと雪と氷が消え去り、通り過ぎた跡には霜が残る。
生き残った鬼達は、顔を上げ、異様なそれを目撃する。
すこし大きな『人』の形をした、しかし『人間』ではない何か。
まるで、長らく見ることのなかった、『空から舞い降りる光』とような光を放つ輪を背負い、その身の回りの空気だけまるで火のような暑さを保って、そこにいるだけで周りに『冬』の終わりを……『春』をもたらすような存在。
鬼達は、そんな存在を一つしか知らなかった。
「……太陽」
太陽の光を背負い、雪と氷を退け、霜を従える巨人は心底うれしそうに微笑む。
「おいで、春は目の前だから」
《現在 DBO》
ライトとホタル、それに『攻略連合』の下っ端兵士の三人に取り囲まれて逃げ場を失い、石の詰まった木箱も放棄したように足下に落としたカインに、ライトは語る。
「今回の『ゲーム』、ポイントになったのは言うまでもなく『殺人鬼を量産する能力』……街の『HP保護』を無効化し、同時に精神状態に干渉して『凶暴化』させる能力だ。ある情報筋からこれの能力名は『模倣殺人』と聞いている。詳しい効果の内容は不明だったが、今回のでさらに『プレイヤーからプレイヤーへの伝播』なんてとんでもない効果が発覚して一気にパニックになった。本当に驚異的で脅威的、反則じみた能力だよ」
三人はジリジリと包囲する円を狭める。
諜報活動で身を守るために自身を鍛えているホタルも前線戦闘ギルドのメンバーとして戦いなれた兵士も、戦闘能力は高い。少なくとも、簡単に包囲を抜けることは出来ない程度には。
「だが、ここに来て疑問が生じる。そこまで強い能力なら『何故』、今まで公に使わなかったのか。聞いたところでは一撃入れるだけで相手を乱心させられるそうじゃないか。なら、もっと使いどころはたくさんあったはずだ。相手のHP保護を無効化して殺したい相手を街中で暗殺するもよし、乱心させて信用を落とすもよし。何故そうしない? なんで使わずに温存して、この『パニック』を引き起こすために使い始めた? ……答えは簡単だ、『幽霊の正体見たり枯れ尾花』とでも言うわけじゃないが、それ知られてしまえば一気に恐怖が薄れる欠点があるからだ。だから、一度だけのチャンスで『パニック』を起こして最大効果が出るタイミングまで温存したんだ。ワクチンの無いウイルスはバラまけば何度でもパニックを起こせるが、対処法が確立されたならもう同じ物が来たところで怖くない。」
『カイン』はジリジリと後ずさろうとするが、後ろも囲まれている。
「ところで、十日ほど前の時点で、オレはあの『同時多発障害事件』での犯人たちの能力が消えていたことについて仮説を立てた。『量産能力は無尽蔵に増えないように制限がある』、そしてオレが考えた中でも一番有力な候補は『時間制限』と『回数制限』の二つだった。時間なら作戦決行時間で、回数なら別のところでの攻撃で調節して『一回攻撃しただけで効果切れ』っていう状況を簡単に作れるからな。そして、捕まったプレイヤー達の安全は保証され、プレイヤー全体には恐怖感を与えられる。」
周囲は三人の包囲のただならぬ気配を感じ、巻き込まれまいと離れていく。
「そして、今回のこの混乱だ。巻き込まれたプレイヤーの総合的な気持ちとしては『相手が街で人を攻撃できても大勢で囲めば簡単に押さえられると思ってたのに、その押さえ込もうとした方まで暴れ出すなんてどういうこと!?』ってところか。まあ、前のは敢えて簡単に解決させて『間違った対処法』を覚え込ませるためだったのかもな。ただの不意打ちより、『右から来る』と思いこませての『左からの攻撃』の方が心に余裕がある分、精神的にキツいからな。そうやって、パニックを大きくしたんだ。間違った対策マニュアルを作らせて、それと反する状況にする。数さえいれば力業で対処できると思いこませてたから自衛の武器を常備するプレイヤーも増えて、逆に敵味方が簡単に逆転する状況でのパニックが加速した。」
兵士は両手剣、ホタルは鎖鎌、ライトは拳を握る。
「だがここで問題だ、なんで一つの能力で『間違った対策』なんて植え付けられた? なんで今その能力を植え付けられた奴らは凶暴化して暴れてるのに、この前の奴らは作戦決行まで『おあずけ』が出来たんだ? 精神力? それとも命令力か? おそらくどっちも違う。そう、根本が『違う』んだ。使った能力が『違う』。だから前のは伝播しなかったし、今回のは我慢出来ないほど凶暴になった。使い分けてるなら今回は両方混ぜた方が『伝播したときの度合いもランダム』ってなって混乱しただろうから、おそらくお前は『凶暴化』する『極端なタイプ』しか量産できない。だから、オレは今回の『模倣殺人』を前と切り離して初見だと思って考えた。そして、感染した奴をよく観察したらすぐわかったよ……これは、『鬼ごっこ』だってな」
ライトの目はカインを見つめ続け……自身の口から語る敵の『思惑』が正しいことの確証を得る。
「なんてことはない。さっきの予想した二つの片方、『回数制限』の方だ……それも、その回数はたったの『一回』。一回しか使えない代わり、ダメージのやり取りをした相手に能力が移動する……鬼ごっこの『タッチ』だと思えばいい。攻撃された被害者、あるいは誰かを攻撃しようとした加害者を止めようと攻撃したプレイヤー、それが次の『鬼』になる。狂暴化して攻撃してしまったプレイヤーは自分の行動に驚き、状況が理解できないまま武器を持って立ち尽くす。下手をすると正気に戻った瞬間に呆然とした状態で目の前の狂暴化したプレイヤーに反撃され、『鬼返し』がループして両方狂暴化したように見える。逆に加害者を止めようとしたプレイヤーは元々は『味方』のはずだったのにそれが一瞬で『敵』になり、その場合はその『豹変』が印象強く残る。それに、最初に暴れていた方は正気に戻って追撃されるのを防ごうとして応戦して結局戦闘になる。そうやって、『鬼』が増えたように見えるが……所詮は『鬼ごっこ』だ。誰が今の鬼かわからなくて疑心暗鬼になることはあっても、実際の『鬼』の数は増えない。ただ一人……その能力の『原型』を持ってる奴の周り以外ではな」
カインは、一つの気配を感じる。
これは……『鬼』の気配だ。接近して来る。
包囲は三人、一人でも他に気を取られれば抜け出す隙ができる。
「あとは簡単、街の連絡付くプレイヤー達から戦闘が発生してる場所の情報を時間刻みに集めてその動きを見るだけだ。パニックで正気のプレイヤー同士の戦闘も起きているだろうが、そもそものパニックの原因である『鬼』の周辺の方が戦闘の密度は段違いに高いし、パニックを狙うなら人口密度の高い所を狙った方がいいから一つの戦闘の目撃者数も多くて当然だ。『鬼』の周囲の戦闘報告は密度が飛び抜けて高くなるから地図に書き込めばその大体の位置は一目瞭然……だが、『鬼』は移っても増えはしない。それが増える場所があればそれがパニックの元凶……おまえの居場所は特定できる。後はいつも同じ『わかりやすい』格好でいて犯罪者全般から警戒されてる『オレの姿』で過敏に反応して逃げ出そうとしたのを囲んだ。それだけの話だ」
ホタルの背後に、狂気の光を目にたたえた『鬼』が迫り……
バシャ!!
その顔に、横から水が勢いよくかけられた。
『鬼』は驚き、ホタルに襲い掛かろうとするが……途中で動きを止める。
「!!」
「生憎だが、おまえの能力の対抗策はもう発見してある。街中の『鬼』はもうじき鎮圧される。」
ライトは、得意げに笑う。
「友好の印に『アルコール』はどうだい?」
十分ほど前。
『水鉄砲でお酒をぶっかける? そんなのでホントに大丈夫ですか?』
ライトの即席で作った竹筒の節に穴をあけてピストンにした簡単な水鉄砲。攻撃力など一切ない、オモチャみたいなものをホタルに手渡してライトはあたかもうんちくを語るような口調で語る。
『VRMMOの仮想酒はアルコール中毒で倒れることもないし、飲もうと思えば際限なく飲めるだろ? そうなると確実に泥酔しても飲み続けて理性を無くすようなのが出て来る。それを防ぐために、仮想酒には精神状態が極端に平常値から異常をきたしてる時に飲むと精神を鎮静する信号が発されるように設定されてるんだ。仮想酒を未成年が飲んでもログアウトの時に酔いが一気にさめるのと同じ機能。もちろん、並大抵の状態じゃ鎮静効果までは出て来ないだろうが、敵の技で正気を失った奴らの精神値は確実にひっかかるはずだ。それに敵の技がかかってない奴だって酒を浴びたら多少は荒れるかもしれないが、酒で足元がおぼつかなくなれば戦闘能力も下がって危険も減る。』
ホタルは水鉄砲のピストンを確かめてみる。
『こんなオモチャみたいなのでいいんですか? もっと高圧ポンプとホースで吹っ飛ばすとか……』
『こんなオモチャみたいなのだからいいんだ。基本的に攻撃力はないが、ダメージのやり取りがあると「鬼」の能力が移動するからな。それにただパニクッてるだけのプレイヤーもいるし、あからさまに危険がないものを使ってるってアピールした方がいい。別に瓶を振ってぶっかけるとか桶に汲んだ酒を柄杓でかけるとかでもいいが、長い距離飛ばすのは素人には難しい。あんま接近して攻撃受けたら元も子もないし、これなら誰でも扱いやすい。何より……』
『何より?』
『遊び心がある』
『遊び心?』
『パニックなんてものは心に余裕がないときに起こる物だ。なら、遊びにしてただのお祭り騒ぎの雰囲気にしたほうがいい。今回の騒動、実際に敵の技をくらって危険になったのは鬼が増えない以上せいぜい数十人、問題は周りのパニックの方だ。なら、鎮圧と鎮静を同時にやらないと収まりが悪い。水鉄砲も数をもっと作ってパニックから立ち直った有志の奴に持たせてやれ。そうすれば手数も増えるし、テンションも上がって来る。』
『……失敗したら責任はあなたに取ってもらいますからね。あと、使うお酒の請求も』
『酒は経費で落としてくれ!』
そして、ホタルが指示を部下たちに伝えに行くために跳んで行った。
その後、椿がライトの元へ来て小さな声で確認する。
『……なんで嘘をついたんですか? 仮想酒は鎮静効果ではなく、ただの水のように酔っぱらう効果がなくなる「リミッター」形式のはずです。ログアウトとはまた別……本当に効果があるんですか?』
『「酒呑童子しかり、鬼は酒で弱くなる」……確かに教えた理屈は嘘だが、効果は嘘じゃない。オレの知り合いも言ってたしな「彼らはお酒が大好きで気のいい人たちなんです」って。「狂暴化」が殺人鬼の思考パターンの植えつけによるものなら、これで止められるだろう』
『……あなたは、変なことをいろいろ知ってるんですね。私の知らない部分が多すぎて、あまり理解できませんが』
『説明する気がないだけだ。その内必要なときが来たら詳しく教えてやるが、時間がない時は嘘でも適当なことでも言って動き始めないと何もできないからな』
「おまえがオレの長々とした話を聞いてくれている間に、街中の戦闘発生場所に送り込んだ『大空商店街』の水鉄砲部隊と『攻略連合』の保護部隊が大人しくなった『鬼』達を無傷で捕まえてるはずだ。後は『鬼ごっこ』の中で数多の偽物に隠れた『オリジナル』のおまえを捕まえれば事件は完全に解決する。大元で黒なのが確定してるおまえは多少力ずくで捕らえても仕方ないだろうが……平和的に投降してくれるならそれに応じる用意はある。」
「…………」
押し黙る『カイン』。
集まってくる水鉄砲と犯人を無傷で捕らえるための即席アイテム《サスマタ》を構えたプレイヤー達。これでは、突撃して一人や二人に『模倣殺人』を打ち込んだところですぐに鎮圧され、包囲網に穴が開く前に取り押さえられるだろう。
となれば……
「『ブラッディーパーティー』!!」
包囲網の外から突然響いた技名の詠唱。
一斉に視線がカインから離れ、そちらに引きつけられる。ただ不意をつかれて驚いたわけではない。
不可解な強制力によって、周囲の全員の視線がそちらを向かされ……無意識に攻撃の構えを取らされた。
一度に全員が行動し……一番離れていたライト『だけ』が行動する前に叫んだ。
「応援スキル『ヘイトリセット』!! ヘイトを一気に集める技だ!! 攻撃するとカウンターくらうぞ!!」
怒声で戦闘を遮り、自分以外へのヘイトをリセットする技。
音量を強化された言葉に、無意識に攻撃する直前だったプレイヤー達はハッと我に返る。
その先にいたのは……髪の先が地面に届くほど長髪で、ボロボロのコートを羽織った中学生くらいの少女。
その目は怯えながらも反抗するような、そんな光を含んでいた。
何故自分たちはこんな『か弱い』少女に武器を向けようとしたのか?
その疑問に、思考と行動が止まる。
そして、『カイン』はその隙に動き出す。
「『マーダーズ・バースデイ』!!」
注意が離れた瞬間を狙って石を振り上げ、ホタルに向かって飛びかかる。
それは、『模倣殺人』が目的でない本当に『殺す気』の一撃。
防御力が低くスピード特化したホタルは、危険を察知し、反射的に跳んで避ける。
そして直後に気付く。
敵の狙いは……包囲網を破ることだ。そのためなら攻撃が当たって殺せようが避けられようが結果は変わらない。
「……しまった」
突然現れた少女とカインは屋根の上に飛び上がって合流し、共に走り去っていく。
一同はそれを追跡しようとするが……
「待て!! 周りを見ろ!!」
ライトに言われて周りを見回すと、集まってくる多数の虚ろな目をしたプレイヤー達。
先ほどまで街中で暴れ回ってた者達のような激しさは感じないが……その目には、静かな狂気が見え隠れしている。
それを見て、ライトは『やられた』という表情で呟いた。
「6月2日の判別しにくい『静かな』のタイプの『模倣殺人』か……逃げるときのために温存してたんだな。」
ライトは周囲の操られたプレイヤー達への対処法と同時に、逃げた二人の行き先を考え始めた。
ゲートポイントにて。
関所の所長は、街の封鎖の限界を感じていた。
「おいてめえら!! 俺たちを餌に使いやがったな!!」
「大事なときに役に立たなくて何が警備だ!!」
「早くゲートを開放しやがれ!! そして出てけ!! 」
「てめえらの仲間に殺された奴もいんだぞ!!」
パニック中も『街から出せ』という声は多かった。しかし、その時は『攻略連合』のプレイヤーが剣をちらつかせて脅せば一定以上は近寄ってこなかったのだ。何せ、街のプレイヤー達からは『攻略連合』のプレイヤーこそが危険なのかもしれないと思われていたのだ。下手に逆らうと殺されるかもしれない。そう思っていたからこそ、手元にある情報が少ないからこそ迂闊なことは出来ず、大胆な動きもできなかった。
しかし、パニックが落ち着いてきて『実際の敵はそう多くなく、連合ともグルではない』と分かると閉じこめられていたプレイヤー達の怒りは一気に爆発した。
味方のふりをした敵だったら怖いから大きなことを言えなかったのに、味方だとわかったからその無能を容赦なく攻めるようになるとは皮肉かもしれないが、現場はそんなことも言っていられない。
「みなさん落ち着いて下さい!! 犯人の逃亡を防ぐため、ゲート封鎖はまだ続いていますから、街の外には出られません!!」
バリケードは軋み、連合のプレイヤーは凄まじい気迫で盾を押され、挙げ句には剣を捨てて降参の意を示して話し合いを求める始末。
彼らとて、自分達に落ち度があるとわかっていて安全だとわかったプレイヤー達を攻撃するのは難しいのだ。
しかし、上からの命令は続行中。現場とはつらい立場だ。
「せめて、犯人確保とか伝えられたら収まりがつくんだろうが……ん? なんだ!?」
見えたのは、屋根の上を走ってくる少年少女二人組と、それを追うライトとホタル。
「一般人どけろ!! こいつらが騒動の元凶だ!!」
予めライトから敵が逃げてくる可能性を聞いていた所長はすぐさま部下達に指示し、強引に一般プレイヤーを散らせて迎撃の陣形をとる。
しかし、犯人二人はそれに臆することなく屋根から飛び降り、長髪の少女が叫ぶ。
「『ブラッディーパーティー』!!」
「『魅了』!! あの人の言うこと聞いちゃ駄目です!!」
関所の屋根の上に隠れていた椿が意志の弱い者を操る固有技で『ブラッディーパーティー』を相殺する。
「クッ」
「チィッ」
二人は即座に作戦変更。
真っ直ぐにゲートポイントを囲むバリケードへ走り……少女がしゃがみ、少年がその肩を踏み台にしてコンビネーションで飛び越える。
「な……!?」
そして、バリケード内に侵入するなり、少年がゲートポイントに腕を突っ込んでいる『攻略連合』の兵士に石を振り下ろす。
「グアッ」
「『周りの奴らを襲え』」
兵士は何かスイッチが入ったように手を抜き、剣を腰から抜いて周りの仲間を襲い出す。
その隙をついて、少女もバリケードに入り込んだ。
「逃げられます!! 誰か捕まえてください!!」
椿が必死に叫ぶが、『凶暴化』した兵士が障害となり、バリケードを守っていた他の連合メンバーは捕まえられない。
そして、少年から先行してゲートをくぐり……
ドンッ……と、何かにぶつかって押し返される。
「にいちゃん、どこに目ぇつけとんのや。」
ドスの利いた脅し文句。
ゲートから現れた女性プレイヤーが少年の胸ぐらを掴んで吊り上げる。
「なんやよう知らんけど……うちのサブマスがあんな必死に止めようとしとんのや。あんたら『悪もん』やろ」
少年は石で殴りつけようとするが、女はその腕を難なく掴んで止める。
少女はその殺気に怯えたのか、腰が抜けたかのようにへたり込んでいる。
女……『アマゾネス』ギルドマスターの花火は、椿に笑いかけて言った。
「で……捕まえたら、どうしたらええんや?」
同刻。
一人のプレイヤーが剣を構えてゲートへ突撃する。
『攻略連合』の誤算の一つは作戦が敵に知られていたことだった。それにより、街の封鎖を逆に利用されてしまった。
しかし、最大の失敗はそこから学ばなかったこと。
『敵に情報が流れている』という可能性から『内通者がいる』という可能性を考えることが出来なかったこと。
パニックの収拾にばかり気を取られ、裏切り者の特定まで手が回らなかったことだ。
ザシュッ
「……!? この!!」
花火は反射的に斬撃を避けながら、驚きに目を見開く。
後ろ……つまり、ゲートから仕掛けられた『攻略連合』のメンバーからの奇襲。
蹴散らし、突破し、平伏させたはずの増援部隊のプレイヤーからの攻撃。
さすがにあからさまな奇襲を受けるほど油断してはいないが……意識が離れ、カインを捕まえていた力が弱まる。
カインはその隙を逃さず……手首だけを使い、自分の腕を掴む花火の腕に《血に濡れた石》をぶつける。
威力はほとんどないが……ダメージが発生し、『鬼』が移る。
「……『屋根の上の女だ』」
カインが《血に濡れた石》を落とし、それを花火が空中で掴む。そして、無意識にカインを手放し……屋根の上の椿の方をみる。
ライトが駆け寄って止めようとするが……間に合わない。
花火は奇襲を受けた直後の意識の隙を狙われたためか、自分を後ろから襲った相手へ反撃するように反射的だといえるほど速やかに……投球のモーションに入った。
椿はそれを見ても、驚きが大きすぎて動けない。
あの花火が、自分を傷つけようとするのが信じられない。
戦闘能力がない椿が戦闘特化の花火の投石など受けたら致命傷になり得る……それを理解してなお、避けられない。
球が投げられる。
そして、それは回転しながら椿に迫り……
その顔に命中した。
「椿ちゃん!!」
ホタルが椿のもとへ駆け寄る。
少年少女二人組はゲートを開き、どこかの街へ消える。
そして、ホタルの確認した椿のHPは……1ダメージも受けていなかった。
驚いて攻撃した側の花火を見ると……その肩に『人の手の形をした杖』が爪を立てて刺さっているのが見える。
「ぐ……間に合ったか」
ライトは、近くの桶にあった『鬼』の鎮圧用の酒を頭からかぶる。
そして、自分の精神状態の変化を確認し、花火の『模倣殺人』が自分へ移ったのを確信する。
『鬼ごっこ』のルールを持つ『模倣殺人』は、ダメージのやり取りがあると移動し、元の方からは消える。
ならば、花火が『椿にダメージを与える前』にライトが花火にダメージを与えて『模倣殺人』を受け取ってしまえば椿にはダメージが届かないはず……そのとっさの考えは的中した。
杖を投擲したが攻撃の開始には間に合わず、『投球』から『着弾』までの間という際どいタイミングになってしまったが、成功した。
しかし……
「あ……あたしは今、何を……」
「花火……さん……なんで……」
裏切り者の兵士が取り押さえられる隣で自分のしたことが信じられないように自分の手を見つめる花火と、ダメージはなくとも痛みと精神的ショックから逃れられない様子の椿。
ライトからは二人の間に、取り返しのつかない傷が残ったように見えた。




