132頁:恐怖支配を予防しましょう
もうすぐ4月、新学期が近いですがストックはちょっとピンチです。
6月3日。
『イヴ』の襲来の翌日。
『時計の街』の商店街の西側は壊滅したものの、東の端、街の中心近くにあったため無事だった『大空商社』にて。
「なるほどね、『中にプレイヤーを閉じ込める本』とは……まんまとやられたわね。」
「ごめんなさい! 大変なときに戻ってこれなくて……」
ライトとの調査の詳細を説明し、襲来の際に防衛に参加できなかったことを謝るナビキと、報告書に目を通しながらそれを聞くスカイ。
ライトはその戦闘能力と探査、調査系のスキルを利用して『イヴ』が破壊した牢屋から逃げ出した犯罪者たちの捜査を行っているため、ナビキはライトの分まで報告をすることになっているのだが……
「で……その『地縛霊の男の娘の正体』についてはライトは詳しいことを教えてくれないってわけね」
「はい……なんでも『個人情報だから本人が決心つくまでは匿名希望』ということで……」
「その『本人』っていうのが実在した被害者自身なんだったらちょっとした幽霊話よね~。普通だったらそんな言い訳されても『ふざけるな』って怒るところだろうけど、そもそもその情報の根拠もライトの本やら部屋やらの情報から思考パターンと人格を逆算して再現するっていう能力だからね~。いっそ降霊術の一種とでも思った方が楽かもしれないわ」
「降霊術ですか……イタコさんみたいですね」
「まあ、イタコっていうより犯罪捜査でのプロファイリングとかの進化系かもしれないけど、繋がりがわかんないくらい進化しちゃったらただの別物よ。いっそ『超能力』とかって説明の方が下手に常識に当てはめないで考えやすい。だからライトは自分の能力を『超能力』っていってるのかもね」
「『超能力』ですか……そんなもの、本当に普通の人間が何かの拍子に使えるようになったりするんでしょうか?」
「……どういうこと?」
「いえ、ただ気になって……『人間』の定義ってなんだろうって少し思っただけです。先輩はもう死んじゃってるらしい人をモデルにしたNPCも立派な人間として尊重していて、私の中の人格のナビも一人の人間として見ていて……でも、誰より自分のことを人間扱いしていません。人間ってなんなんでしょう……私は、人間なんでしょうか?」
ナビキは過去に交通事故で脳を損傷したため脳に特殊なチップを埋め込んで生命を維持しているが、一度は心停止も経験している。
見方によっては『機械で動いている生きる屍』……つまりは『ゾンビ』だとも言える。
ライトはそんなナビキを『同族』と呼んで受け入れているが、同時に人格統合の兆しのあるナビキを『人間に近付いてる』と表現している。
ナビキは、ライトの表現する『人間』の基準がわからないのだ。
スカイはそんなナビキの疑問に事も無げに答える。
「『人間は考える葦である』……なんて言うけど、私に言わせれば植物を遺伝子改造して思考力持たせたところで人間にはならないわ。ま、だからって『これこそが人間だ』なんて言える基準があるわけじゃないけど……しいて言うなら『嘘を言うのは人間だけ』って思ってるかしらね。私の基準では」
「嘘……ですか?」
「そうよ。人間くらい卑怯な生き物は他にいないからね。ま、別に卑怯な嘘ばっかりじゃないだろうけど……たとえば、本当は起きてるのに寝てるふりをして妹を見守る『お姉ちゃん』とかね」
「う……バレてましたか」
「報告書読めばわかるわよ。ナビはここまで書類まとめるの上手くないし、そのわりに起きてたのが『ナビ』だったはずの時のこともしっかりまとめてあるし……これ、ナビキが書いたんでしょ?」
「はい……実は、時々ナビと起きてる時間が重なっちゃうんですが、その時は寝てるふりしてナビを表にしてまして……」
「ま、ナビの方が起きてられる時間が短いから譲ってあげたいのはわかるけど……報告書の筆者偽造はやめなさい」
「はい……」
《現在 DBO》
6月11日。昼頃。
『時計の街』のゲートポイント前にて。
犯罪対策の名目で『時計の街』に駐留している戦闘ギルド『攻略連合』のプレイヤーが街に立ち入るプレイヤーをチェックしている『関所』で、一人のプレイヤーが鎧姿の兵士に尋問……もとい、職務質問されていた。
「おい貴様!! 所属とこの街に来た目的を言え!!」
「オレには所属ギルドはないが、怪しい者じゃない。この街では人と待ち合わせしてる。だからあんまり時間は取られたくないんだ」
「なんだと? プレイヤーの安全を守るための検問だ。我が儘を言うな。取りあえず所属ギルドがないなら職業を見せろ。生産職に紛れ込んで戦闘職が侵入するのを防ぐためだ」
「悪いな、オレは無職だ」
「なぁにい? 嘘を言うな、まだ職業を持っていないプレイヤーなどいるわけないだろう? 何故正体を隠す?」
「悪いが本当に無職なんだ。優柔不断でな。だが信じてほしい、本当に怪しくないんだ。帽子かぶって顔とか見えにくくしてるしあからさまに『大空商店街』の関係者っぽい羽織り着てるのにギルドメンバーじゃないし人の手の形した趣味の悪い杖装備してるしレベルが120超えてるのに無職で身長が180軽く越えててちょっと第一人称が『オレ』だが、本当に怪しい者じゃないんだ。」
「……すまん、改めて言われるとおまえほど怪しい奴は見たことがない。ちょっと屯所まで来い、いや連合のギルド本部まで来い」
「なんでだよ!? あれか? こういうときは黄金色の菓子とかが必要だったのか? 一体いくら払えって言うんだ!! それとももっと別の物を要求する気か!?」
「デカい声で聞こえの悪いこと言うな!! さては貴様、連合の評判を悪くするための工作員だな!!」
「変な言いがかりをつけるな! オレはただ真面目に仕事してる公務員気質の連合の下っ端さんに適当なこと言って反応を楽しんでるだけだ」
「おちょくってんのかてめえ!! もういっそ出てけ!!」
「そうもいかないんだよ。実を言うと待ち合わせ場所がここだから下っ端さんを相手に時間つぶししてんだよ」
「『下っ端さん』を俺の正式なあだ名にすんじゃねえ!! てか誰なんだおまえの待ち合わせ相手!! ここには『攻略連合』の関係者しかいねえぞ!! 嘘だったらキレるぞ!!」
「さっきからオレたちの会話聞いていながら他人のふり決め込んでるそこの部外者の女だよ。知ってるぞ、『攻略連合』には年頃の女性プレイヤーあんまいないだろ。てかおまえもいつまでも他人のふり続けてるつもりだ……『アマゾネス』のサブマスターの『椿』」
「『お忍びの格好で会おう』ってメールで言って来た待ち合わせの相手が『そんな格好』で来たらそりゃ知らんふりしますよ!!」
他人のふりの限界を悟った椿が叫んだ相手は、古い帽子をかぶって空色の羽織りを着ていて、身長が180cmを越える……『女』。
正確には、服装をいつものそのままに『変装スキル』で顔と胸と声だけを女に似せた男性プレイヤー……つまり、女装したライトだった。
『関所』を出た後。
ライトと待ち合わせしていた相手である椿は、隣を歩く『ライトをやたらリスペクトした服装の長身すぎる女性プレイヤー』……という体のライトに不満をこぼす。
「なんでですか? なんで『お忍び』が女装なんですか? しかも百歩譲って正体を隠すのに女装が有効だとして、なんで装備アイテムがまるまるそのままなんですか? そもそもなんで『お忍び』でそんな逆に目立つことしてるんですか?」
女装したライトは、無駄に完璧なメイクで作った美女の顔で、無駄に完璧な女性的な笑みを浮かべて答える。
「まず『お忍び』なのはオレは連合から嫌われてるから奴らの目を誤魔化したかったんだよ。何せ今あいつら治安維持の名目でこの街支配しようとしてるだろ? オレはなんとかギルドメンバーじゃないからって理屈こねてマークされる前に脱出したが、連合の連中には『取り逃がした反乱分子』的な扱いされてるし、だから正体は隠さないとこの街で大きな動きできないんだよ。」
「じゃあなんで女装してるのに装備とか身長そのままなんですか?」
「まず第一に、普段と違いすぎると椿がオレだってわからないだろ? 第二に、『攻略連合』にはオレの情報が行き渡ってる。こう時はむしろ『変装するならここは変えるだろう』って部分をあえて残すことで『変装するならもっと上手くやるはずだ』って思わせたほうが切り抜けやすい。それに、オレだと思っても性別が違えば突っ込みにくいだろうからな。むしろ勝手にファンの人だとでも思ってくれたほうが楽だ。そして最後に……」
「最後に……なんですか?」
「数日前、ちょっと彼女に黙って仕事で知り合いの女と会ったのがバレて罰ゲーム。『他の女に取られたら嫌だからむしろお前が女になっちまえ』と。まああと、新しい『入居人』の希望もあって女の肉体にも慣れておかないといけないしな……」
「よくわかりませんが……。惚気ですか、それともウケ狙いですか? どちらにしろ、もっと緊張感を持ってほしいですが……わかってますか? これから何をしなければならないのか、そもそも、あなたが何のために私を呼んだのか」
「ああ、それはわかってるさ」
ライトは帽子をやや上げて遠くを見据えるようにする。
見るのは西の先……破壊された『商店街』の中でもギリギリ破壊を免れた『大空商店街』のギルドホームであり、現在は『復興のための支援部隊』という名目で『攻略連合』上層階級のプレイヤー達が我が物顔で居座っている施設……商店街の『本部』と呼ばれる施設だ。
「相手は前線戦闘ギルド……『攻略連合』だ」
『攻略連合』の基本方針、それはかつての日本の方針であった『富国強兵』に近いものがある。
ギルド本体は500人程度、そこに武器の整備やアイテムの加工などを担当する傘下のギルドが合計で200人程度、あわせて700人前後のそれなりの大ギルド。しかし、その傘下ギルドの内の多くは元々『大空商店街』の下請けだった中小ギルドを吸収したものだ。
ギルド内部は軍隊を連想させる縦割り構造と厳しい規律で統率をとり、さらに外部から戦力を取り込むためには多少強引な手も辞さないことから、一部からは『連合帝国』と揶揄されることもある。
同じ前線の戦闘ギルド『戦線』は少数精鋭、上下関係のほとんどない横並びの構造、そして有志で構成され、自ら戦いを好む気質のバトルマニア達が集まっていることで保たれる高い士気と、それに裏付けられた実績というほぼ全てが相反するスタイルを持つため、『攻略連合』と『戦線』の仲は険悪だ。
特に、ギルド内部での意思統一を強制しない『戦線』と違い、まるで思想まで統一しようとしているかのような厳しい規律を持つ『攻略連合』はその敵対心をあからさまにしている。
『攻略連合』のギルドマスターである『レーガン』は、『プレイヤー全体が軍隊のように統率されることで最も効率的にゲームを攻略できる』と考えているのだ。だからこそ、ゲームや戦闘を『楽しむこと』と考えている『戦線』や攻略への参加より安全な生活を優先する一般プレイヤー達を保護している『大空商店街』とは馬が合わない。
そして、今回の『イヴ』の襲来を機に『戦線』には『戦力を派遣しながら敵を止められなかった』という糾弾を、『大空商店街』には『無力な生産職はやはり戦闘職に管理されなければならない』という主張を始めたのだ。
襲撃を受けた直後で混乱した所につけ込まれ、現在では『大空商店街』の本拠地である『時計の街』に出入りするプレイヤーは逐一連合メンバーのチェックを受けなければならず、また『スパイの疑いがある』という口実で街から追い出されたり尋問を受けたりすることもある。『戦線』が一般プレイヤー達の精神面を考えてあからさまな圧迫をやめるように抗議してはいるのだが、『実際被害を止められなかった者の意見など聞かない』と断固交渉拒否を続けている。
「で、三大戦闘ギルドの最後の一角である『アマゾネス』の私に交渉を頼みたいと……理屈はわかりますが、どの面下げて私に頼みに来たんですかこの獣。ナビキさんの純情を踏みにじっておいて……」
「それはいろいろ裏があってな……まあ、そこら辺はナビキ本人に聞いてほしいんだが、今の状況じゃ会うのも大変だろ。だから先に交渉の方を頼む」
「……『無料奉仕』なんて言いませんよね?」
「おまえが部隊の編成が間に合わない内に花火さんが単独で飛び出ていかないように『大空商店街』からの応援要請を握りつぶしていたのを密告するのを止めるっていうのはどうだ?」
「……さっきの関所の最高責任者、それと巡回部隊の隊長さんにはもう既に『根』を回してあります。あとは『本部』の屯所の責任者のところへ行けば実質掌握できるでしょう」
「おお、仕事が速いな。だが、力貸してもらう立場でこう言っちゃなんだがあんまり多用しすぎるなよ? 便利だからって『能力』に頼り過ぎると大事なものを無くすからな」
ライトがそう言うと、椿は不機嫌そうに髪を揺らす。
椿はスキルや技、香水、薬品などによって調合した『香り』を纏い、その微妙な調節と仕草の組み合わせによって感情を錯覚させ、他人を意図的に『魅了』することができる。そして、それによって相手に『惚れさせる』ことで意のままに操り、自分に都合のいいように誘導する。
催眠術や暗示にも似ているが、彼女の能力が働きかけるのは『性欲』や『恋心』と呼ばれるようなものであり、繊細な代わりに一度術中に陥った相手は長期間また会うことが無かろうと継続して虜にできるため、時間経過で薄れやすい催眠や暗示より深く外れにくい関係……『根』を張ることができる。
しかし、精神面が鉄壁のライトや『愛』に対して細かい制御が利かないホタル、それに既に完全に誰かに心を決めているような……いわゆる『リア充』には、椿のこの能力はあまり利かない。
そしてまた、椿はライトから先ほどのように『あまり使いすぎるな』という注意を受けている。
理由はあまり明言しないが、椿にも大体わかっている。
人を操り過ぎると、その内に人を人と思えなくなる。
愛を偽り続けると、本当の愛もただの道具のようになってしまう。
人道を外れたことばかり続けていると……いつか、『人』でなくなってしまう。
心に根を張ろうとしてもそれが『見つからない』ライトを見て、椿はいつも感じるのだ。
『この人は、行き過ぎてしまったんだな』と。
椿には、本当に想いを寄せる人がいる。しかし、その人物には一度だって自分の『能力』を使おうとしたことはない。
だがきっと……もしそれをやってしまえば、もう後戻りできない。きっと、ライトのようになってしまうのだろう。
「まったく……もし話がこじれたら、しっかり護ってくださいね? 私、戦闘能力皆無なんですから」
「わかってる。その時にはアマゾネスの護衛メンバーのふりして手を突っ込むよ。そのために女装してきた部分もあるし」
「ならその服装をもうちょっとそれらしくしてくださいよ……まあ、そうそう話がこじれることもないでしょう。連合の偉い人にはもう『根』を張った人が何人かいますし、あそこ恋愛禁止だからみなさんたまってて楽なんですよね。手は出してこれませんし」
「恋愛禁止だからこそ色魔に狙われるってのも皮肉な話だけどな。」
「『色魔』とは失礼ですね、『魅惑の乙女』とかってオブラートに包んでください。とにかく、普通に交渉しても理屈的に問題はないはずです。実際のところこんな支配体制みたいなことして徹底した『警備』を行っていてもこの一週間以上、以前の体制では対処できなかったであろう程の大きな問題とかは起きていないわけですし……」
「大変だー!! 人が刺されたぞー!! ダメージだ―!!」
「うわあ!! こいつら、突然暴れだしたぞ!!」
「…………」
「おい、問題起きたぞ」
まるで手を先読みされていたかのような間の悪さだった。
同刻。
私は『凡百』、脇役だ。
今は『攻略連合』の人達のおかげで少し息苦しくなった『時計の街』を本拠地にしてる。
理由としては……ここが一番今回の騒ぎの『最前線』に近いような気がするからかな。
他にも、この街に一年前から住み続けていて離れる決心がつかない人とか、店のある人とか、私みたいに何かできる事がないかと探してる人とかがいて結構な人数のプレイヤーがこの街にいる。(商店街の瓦礫の片づけとか復興も少し手伝ったりしている)
まあ、他の街に拠点を移すにしてもこれといったあてがないっていう人ももちろん多いし、息苦しいと言っても前線の戦闘ギルドに守られてるのは事実だからかえって安全だと居座ってる人もたくさんいる。
そう、不便でも安全が大事なら檻だろうと城と同じ意味合いを持つ。
檻の中が外より安全であればの話だけど……
「きゃー!!」
目の前で起きた出来事はとても『安全』ではなかった。
人が人を……プレイヤーがプレイヤーを剣で刺し、街中なのにダメージが発生した。
何が起こったのか……目の前の光景が何を意味するのか……ただ一つわかることがある。
頼もしい戦士たちに守られた『城』は、今『檻』に変わった。




