乱丁5:大事な話は憶えておきましょう
私は『凡百ぼんぴゃく)』、脇役だ。
特別なことなんてなんにも出来ない。
そんな私がわけもわからず、イザナちゃんの支配するデスゲーム『ヨモツヒラサカ』を必死にクリア出来たのはある種の奇跡だといっても過言ではないはずだ。(これでデスゲームとしての難易度が最低級だというのだからおそろしい)
そして、試練を乗り越え安心したのも束の間だった……ていうか、僅か数秒だった。
突然現れた、見るからに祝福ムードじゃない小学校低学年くらいの二人組……金髪で西洋の女王様みたいなドレスを着た女の子と、黒髪で昔の日本の貴族みたいな和服の女の子。
黒髪の子が言ったのだ。
「軍法会議の時間ですよ……イザナさん」
そして現在……
「きゃー、ちょっ、やめてー!」
「良いではないか良いではないか……ああ凡百さん、いい身体してますねー。羨ましいです、もっと触らせてくださーい」
「きゃー!?」
カポーン
黒髪の女の子と一緒に檜風呂で入浴。
なんかいろんなところ触られて遊ばれちゃってます。
どうしてこうなった……
《6月9日 運営用プライベート空間》
『少し二人だけで話しましょう、キサキさん』
イザナちゃんはそう言って、ドレスの女の子(『キサキ』という名前らしい。)と連れ立って仮想空間に空いた穴からどこかに行ってしまった。
そして、わけもわからず取り残された私は恐縮しながら黒髪和服の女の子にジロジロと見つめられ……
『あなた……』
『は、はい!』
『いい身体してますね。このまま待ってるのも暇ですし、ゲーム直後でちょっと疲れているでしょう。お風呂でもどうですか?』
そして、わけもわからず温泉の脱衣場みたいな所に転移させられて服を脱がされ、浴場に押し込まれて今に至る。
「てゆーかまず誰なのこのユリユリしいロリっ子!? さっきまでのボスっぽい雰囲気どこいったの!?」
「一緒にお風呂に入るっていうのは丸腰で立場を忘れて仲良くするってことなんです! ボスでも関係ないんです」
「立場関係なくっていうか完全に弄ばれてるんですけど!?」
もう洗われ放題、ついでに触られ放題の揉まれ放題。
相手が女の子じゃなかったら完全にアウト……
「……ちょっと待って!!」
「うわあ!?」
肩をがっしり掴んで引き剥がす。ここでは力とかは現実並にされてるみたいで、本気ではがしたら割とあっさり引きはがせた。
そして腕を伸ばして距離を固定。
さり気なくボディーチェック……でも安心できない。
「ねえ! もしかして女の子アバターで中身オッサンとか無いよね!?」
「失礼な!! 私はピチピチの小学生女子です!!」
「ピチピチ過ぎじゃない!?」
ここは仮想空間。
もしかしたら男が女の子のフリをしてセクハラを仕掛けてきてるのかもしれないと疑った(アバターで性別すら偽れるVRMMOでは割とよくある)けど、反応を見る限り本当に失礼だと思ってるっぽい。
でも、油断はならない。
私はこれでもあの嘘吐きと長いことつき合ってきたんだから……念には念を入れて……
「えーい仕返しだー!」
「きゃー!!」
このあと、メチャクチャ触りまくった。
一通りじゃれ合った後、お互いに疲れ果てて一時休戦。
前回のシリアスな空気はどこへやら。
目の前にいるのは、ただの可愛い女の子だ。
今は少しのぼせてきたのを冷ますためか、壁に隠されていた扉から取り出したコーヒー牛乳を飲んでいる。
「えっと……色々わけわからないうちに遊びムード突入しちゃったりしたけど……あなたは、『GM』なんだよね?」
聞くのが怖くて後回しにしていた質問。
それに対して、彼女はあっさりと頷く。
「ゴクッ、ゴクッ、クピッ……そうですけど? ああ、そういえば名乗りがまだでしたね。私は運営者の一人、コードネームは『玉姫』です。さっき一緒にいたのは『飛角妃』。私の右腕、いえむしろ左脳みたいな存在です」
何気にポジションが右から左へ移動した。
ていうか……
「あっさりと答えすぎて逆に怖い……これ、もしかして私消されるの決まってるから何話しても大丈夫なパターンとか?」
「自分の立場よくわかってますね」
「これもうダメなルートじゃん!」
デスゲームクリアしても結局!?
そもそもここ完全にこの子の支配してる空間っぽいし、逃げるのも到底無理!!
あ……これもう詰んでるわ……
「起きてください!! 凡百さん!!」
「……はっ!! あまりの窮地に思考停止してた!!」
「どうしてこんな人がゲームクリアしてしまったんでしょう」
呆れられてしまった。
ていうか、心配されてた?
「『予知能力』の素質も『殺人鬼』の因子も皆無。DBOでの平均プレイヤー並みのステータスしか持たず、ゲーム以前は生き抜くために必要な知識や経験、訓練もほとんどしていない。実際に接触して反応を確かめても戦闘センス、精神力、判断力もほとんど人並み。順応性が少し高いかと思ったら思考停止が得意なだけですか……こんな人が単独型のデスゲームを攻略できたなんて、ただの偶然としか思えませんね。まあ、争いの嫌いなイザナさんのゲームは戦闘能力も知恵も必要ないカリギュラ系だったはずなのでありえないとは言えませんが……」
「あ、ちょっと待って! そういえばイザナちゃんはどこに行ったの!?」
「ちょっと落ち着いてください。まず、状況を考えることが何より先です。あなたは、自分たちがなんの『罪』に問われるか、ちゃんとわかってますか?」
私達、つまり私とイザナちゃんの『罪』。
私が消されそうになっている理由……そして現状。
与えられたヒントが少ない分、想像するのは難しくない。
私が消されそうになってるってことは、私をデスゲームに押し込んだイザナちゃんにも何か手が回ってるかもしれない。というより、一番責められてるのは彼女の方のはずだ。
だって、イザナちゃんと私が消されるとしたらその理由は……
「わかってるよ、イザナちゃんが私を『助けた』ことが問題なんでしょ?」
イザナちゃんの立場はデスゲームのNPC。その位置はプレイヤーより運営側にいるはずだ。
しかし、彼女は『黒いヒト型の何か』に囲まれた私を、彼女専用のデスゲームの隔離された空間に押し込むことでその窮地から逃がしてくれた。
それは明らかに私というプレイヤーに肩入れし、命を救ってしまったという『不正行為』。
デスゲームにおいてGMがプレイヤーの命を助けるなんて、本末転倒というものだ。厳罰に処されても……デスゲームを主催する集団については、やってることが人の命を弄ぶ行為であることをかんがえると、その『厳罰』が『死刑』だとしても不思議じゃない。
「なるほど……さすがにそれくらいは考えられますか。まあ、他にもゲームの裏側について喋り過ぎというのもありますが、それについては知られたところでどうしようもない程度の範囲なので弁解は比較的楽でしょうね。でも、固有ゲームの発動権まで利用してプレイヤーの命を助けるのはいけない。それは……プレイヤーの命を『救う』のは、デスゲームのGMが一番やってはいけないこと、公平なルールの上にいるはずのプレイヤーを選別して『命を弄ぶ』ということですから。これはどうやっても無視できないんです」
デスゲーム自体が『命を弄ぶ』行為だという考えを、私は覆す気はない。
でも、彼女が『プレイヤーの命を選ぶ』ことが『命を弄ぶ』行為だということもわからない理屈ではない。
今まで、あんまりデスゲームを始めた人達、そして運営する人達のことはあんまり考えないようにしていた。
考えて理解できる自信もなかったし、理解できようとできまいと状況は変わらない。デスゲームに巻き込まれた者として不平不満を叫び、それを運営者への怒りとする人はたくさん見て来たけど、私はそういうふうにはなりたくなかった。
さっき『思考停止が得意』なんて言われたけど、確かにそのとおりだ。私は、事態が手におえないと理解を拒む。唯々諾々(いいだくだく)と周りに流されてしまうし、見るべきものから目を逸らしてしまう。
イザナちゃんが……それに他のNPCの人達も私達を閉じ込めている『デスゲーム』の一部だということを考えたくなくて、嫌いになりたくなくて、負の感情を持たないように、考えないようにしていた。
でも、今ので少しわかった。
このデスゲームを動かす運営者も、軽い気持ちでプレイヤーの命を好き勝手にしているわけではない。
被害者としての視点と考え方から見たらわからないかもしれないけど、平等なルールと厳密な規則に従ってプレイヤーの命を扱っている。
だけど、今はそれが問題だ。
イザナちゃんはその規則に反して、ルールを破って私を助けて……『救って』しまった。
イザナちゃんは本質的には運営者の一員のはずだから、ゲーム上のNPCとして死んだとしても実際に死ぬわけではないかもしれない。そうでなくても、私を置いて逃げれば五分五分くらいの確率で逃げ切れたかもしれない。
それなのに彼女は私を助けようとして……今、処罰されようとしている。
「どうにかならないの? まさか、今もう既にとかってことは……」
「それは安心してください。彼女はあれでもオリジナルシリーズの一人、かなりの古株ですからそう簡単に処断はできませんよ。今は妃ちゃんと二人で電子上の理論論争でもしているんでしょう。私達と違って、あっちは本質的にAIですから私達に理解できるように言語化しないで数字で合理性を競った方が効率的に論議できます。まあそれでも結構な時間がかかっているあたり、案外あなたの処遇も悪くはならない可能性もありますが……」
何故か安心するような……私を消すことをほのめかしながらも、実のところそうならないと確信しているような表情で語る玉姫ちゃん。
AI同士の論争……確かに、人間の理解できない領域の数式とかデータの話になっていても不思議ではない気がするけど……
「って……え? じゃああなた……玉姫ちゃんは生身の『人間』ってことでいいの?」
「まあ、遺伝子学的分類ではそうなりますね」
「小学生って言ってたけどすごい理性的に話すし、実は『小学生女子』って設定の女の子のAIなのかと思ってたけど……」
だからこそ早々に『見た目は少女、中身はオッサン』って疑いを晴らしたんだけど……早計過ぎたかな?
「すごく失礼なこと考えてますね? まあ、そう思われても無理はないと自覚してますが……私はその辺りにちょっと特殊な事情があるもので」
……あれ?
表情に陰りが出て来た。もしかして、トラウマとか変に刺激しちゃったかな?
大人び過ぎてて学校で友達ができないとか……うわ、ありそう。
「……そろそろあちらの話も終わるでしょうし、お風呂上がりましょうか」
「う、うん。そうだね」
話を切り上げるつもりらしい。
なんか雰囲気が重い。
ここは一つ、少しは明るくフォローして……
「じゃ、じゃあ100まで数えてから出ようか」
「……」
『皮肉のつもりですか』という表情でギロリと睨まれてしまった。
結局、律儀な玉姫ちゃんと本当に100まで数える内、なんだか熱く感じてきて、数え終えて風呂場の熱気から解放された時には知らず知らずの内にテンションが戻っていた。
そして、脱衣場(さっきの『丸腰』と関係あるのかもしれないけど、メニューが開けないので現実世界と同様に竹編みの籠が並んでいる)で、先程脱がされた服を身にまとう。
その途中……シャツに袖を通した時だった。
シュルシュル
ゾクゾク!
「ヒッ!」
生理的に受けつけない感触!!
袖口から何かが入り込んで、私の肌の上を這って背中の方へ移動してくる!?
「どうしました? 変な声出して」
「あ……玉姫ちゃん、背中に何か……」
『オレのことを喋るな。咬み殺すぞ』
変な感触が首へ移動してる。
そして、若い男みたいな声で耳元で囁いてくる。
「背中……がどうしました?」
「う、ううん。何でもなかった」
首を傾げるも、すぐに興味をなくしたように自分の服(例の和服。一人で着るのは苦労しそうだ)を着るためにそっぽを向く。
その隙に、変な感触の正体が……一匹の『蛇』が首に巻き付いたまま頭だけを持ち上げて私を正面から見据える。
うわぁ……蛇さんだー(思考停止中)
『おい、思考停止すんな。あっちのロリに気付かれないようにそのまま聞け。わかったか? わかったら頷け』
……意識回復。
とりあえず頷く。
これ、多分野生のやつじゃない……ていうか、蛇じゃない。喋ってるし。
蛇のアバターを使ってるだけで正体は人間。
……ってことは……
「私の服の中で何してたのこの変態!?」(小声)
『小声でそこまで感情込めるのはわりと難しいと思うけどすげえな……とにかく話が出来るようになったみたいで良かった。ちなみに、オレのことは人間じゃなくて喋る蛇だと思ってた方が認識的に楽だぞ? そこらへんちょっと事情が特別だからな』
『シュッシュッー』と蛇っぽい笑い声。
そのまま、ネックレスみたいに首に巻き付いてきて自分の尻尾を咥える。
確かに人間型以外のアバターは動かすのが難しいらしいし……NPCなのかな?
追及しても答えてくれなさそうだからとりあえず深く考えるのはやめておこう。
『まあ、風呂入ってる間に服の中に蛇が入り込んでたら驚くよな』
わかってるなら、是非ともやらないでほしい。
『昔、王様が風呂入ってる内に服の懐から不老不死の薬くすねたら死ぬほど激怒してたしな』
そりゃ怒るよ。
不老不死のチャンス潰されたらどんな人だって激怒するよ。
『まあ驚くな、そして怖がるな。別にとって食おうってわけじゃない。あのイザナのゲームをクリアしたってんでちょっと興味が湧いただけさ』
さっき咬み殺すとか言ってなかった?
「じゃあ、そろそろあちらの話し合いも終わるでしょうし、場所を変えましょうか……あれ? まだ着替え終わって無かったんですか? 早くしてくださいね」
あれ?
玉姫ちゃん蛇のネックレスに気付いてない?
『ああ、オレ今あんたの肌に擬態してるから他の奴には見えてないぜ? オレは振動で直接話しかけるから、あんたがオレに話しかけるときには小声でいい』
つまり……この蛇は玉姫ちゃんの仲間ではないと。
「てか、あなた誰? イザナちゃんの友達?」(小声)
『人と蛇が友達になれるかどうかは失楽園の辺りから永遠の課題かもしれないけどな……取りあえず、あいつは嫌いじゃねえよ。だが、敵でも味方でもない。ご想像の通り運営の端くれさ。さっきもいったが、オレはあんたに興味がある。だからちょっとこのままくっついてこのゲームの裏側を説明してやろうと思ったんだ。』
お節介な人……いや、蛇なのかな?
脱衣場に忍び込むのはともかく……
『あと、下着を見れば人となりもわかるしな!』
変態だった!? いや種族が違うなら変態とも言えないのか……
『下着から察するに……あんた普通だな』
「余計なお世話だよ!!」(小声)
シュルシュルと笑う声が聞こえる。
もしかしてからかわれたのかな……
『まあ、気分次第で助けてやるから適当に話聞いとけ。それと……』
私の首に巻きつき、自分の尾を咥えた『蛇』はこう名乗った。
『オレのことは……「ウロさん」とでも呼んでくれ。ウドの大木じゃなくて「ウロ」だから、そこら辺間違えないようによろしくな』
《6月9日 運営会議室》
そこは、イメージに反してあまりに普通だった。
ごく普通のパイプ椅子と机。それにコーヒーメーカーに自動販売機。
それに机の真ん中のバスケットに山盛りになった袋入りのスナック菓子。
「あなたほど普通じゃありません」
「『思ったより普通』って発言は先読みできたっていうのはわかるけど、だからって酷くない!?」
「ここのデザインをした人のセンスですよ。あの人、仮想空間の中でこそ普通っぽいことをするのが一番楽しいって変な人ですからね……」
『シュッシュッシュッ……ま、リアルの環境が一般的な「普通」の奴ばっかりじゃねえからな。仮想空間でもなきゃ「普通」の生活もできない奴だっているさ。』
蛇さん……ウロさんが言葉を添えてくる。
まあ、理屈はわからないではない。世の中にはいろんな人がいるだろうし。
『目の前のロリだってそうだぜ? 何たって父親がギャンブルにはまり込んで酒で家庭ボロボロ、挙句の果てに安全のために親元から引き離されて赤の他人の家へ養子。女にやたら触れたがるのも母親の愛に飢えてるんだろうな』
この娘家庭環境が予想以上に複雑だった!
てかウロさん、玉姫ちゃんの素性に詳し過ぎない?
そういえばさっきのお風呂場も玉姫ちゃんのプライベート空間らしかったのにいつの間にか侵入してたし……この蛇何者?
私がウロさんの言葉に絶句してると、空間に穴が開いて二人の少女が出て来た。
イザナちゃんとキサキちゃんだ。
顔色を見ると……イザナちゃんがちょっと勝ち誇った顔しててキサキちゃんが申し訳なさそうな顔してる。
「さて、二人きりで理論論争してる間こっちでは待機してましたけど……キサキちゃーん、説明してくれるー?」
同じように顔色から論争の結果を察したように不自然な笑顔で尋ねる玉姫ちゃんに、申し訳なさそうにキサキちゃんが頭を下げて答える。
「負けました。イザナさんのゲーム発動のタイミングについては『HP保護設定が機能している市街地での発動なのでギリOK』ということに……」
「そう……ちなみに、敗因は? 相手が仮にも最古参の古株だといっても、場合によっては怒るよ?」
玉姫ちゃんもイザナちゃんを高く評価していたようで結果は予想していたようだが、作り笑顔のまま尋ねる玉姫ちゃんに、キサキちゃんはあえて表情を顔に出さずに平坦に答えるように言った。
「以前モンスターに入ってイベントに干渉したことを突かれまして……」
その答えに、玉姫ちゃんの表情が一気に驚きに染まる。
「え!? あれは内密に処理してイザナさんには知られてなかったはずじゃ……」
「プレイヤー経由で知られていたようです。名指しでばれていた辺りを考えると『予知能力者』かと」
「あー……ごめんなさい妃さん、私のプレイミスってことですね。責めるようなこと言ってホントマジごめんなさい。だから怒らないで、その無表情をやめてください」
なんだかわからないけど立場が一転。
平謝りする玉姫ちゃん……どっかで見たことあるな、あの表情の急変化の仕方。元々から表情が嘘だったみたいな感じ?
そして、その脇を通ってこっちへ歩いて来るイザナちゃん。
「ご無事でしたか」
「う、うん。」
いろいろお風呂で触られたりしたけど。
「聞いての通り、命の危機はなんとか回避できました」
「あれ? 意外とあっさり解決してる?」
てっきりもう一悶着くらいあるかと思ってた。
まあ、AI同士の苛烈な論争があった末なのかもしれないけど……激闘の過程を見ずに結果だけ知らされるって何故かすごく空虚な気分になる。
まあ……私が何の戦力にもならないのはいつものことなんだけど。
「この一件についてはちょっとある方からもらった情報が役に立ちまして……それがなかったら危なかったかもしれません。一応、それがあったからこそキサキちゃんと直接対決に臨んだんですが」
「うん、まあイザナちゃんにはイザナちゃんの考えとかあって頑張ってくれたんだよね。それはわかってる。ただ、わかった上でちょっと虚しくなってるだけだから」
『ま、仮にも最古参の一人だ。飛角妃みたいな若いのに口喧嘩で負けるようなたまじゃないわな』
ウロさんがまた注釈っぽい発言。
だけど、イザナちゃんにも存在を気付かれてはいないらしい。
「あ、あの……それでですね? 一応危機は脱したうえでのご相談があるんですが……」
突然モジモジとし出すイザナちゃん。
何かを言おうとして、やっぱりやめようとして……やっぱり決心するような仕草。
そして、いつしか敗戦処理を終えてこちらに向き直った玉姫ちゃんとキサキちゃんの目の前で、イザナちゃんは口を開き、こう言った。
「私達と一緒に『GM』やりませんか?」
……数秒間の沈黙。
『ジーエム』やりませんか?
それってつまり……え?
『いや、プレイヤーからデスゲーム運営する側に寝返れって事じゃね?』
ウロさんのご丁寧に噛み砕いた言葉に、逃げ場を失った私の思考回路は本日三回目の本格的な思考停止に入った。
「モモさん、しっかりしてください!!」
「あ……イザナちゃん、おはよう」
意識を再起動……これ多分あれね。最近疲れすぎてて思考が止まりやすくなってるわ。
思えばちょっと前までひたすら闇の中を歩き続けるとかいう精神削ることやってたし。
「本当にこの人大丈夫ですか? いきなり放心状態になるとか、精神弱すぎません?」
『なっさけねーな。それでも人間か?』
蛇さん、人間の精神力を過大評価しないでほしい。
もっと大切に扱ってほしい。
私は普通にデリケートな女の子だから、ガラスのハートだからね。
「えっと……『GMにならないか』って話だっけ? どうやってそこまで話が飛躍したの? 私はただわけもわからずイザナちゃんのゲームに押し込まれて、クリアしたらいつの間にかなんとか生死の境目を乗り越えてて……」
「あの……さっきはとりあえず結果から報告しましたが、実のところ少し問題が生じたもので……そこからお話しします。」
イザナちゃんが頭を下げる。
「『運営者が特定のプレイヤーを助けた』という部分については交渉で何とかなりました。でも、その過程で少々問題が発生してしまい……」
「問題?」
「端的に言いますと……『モモさんにはデスゲームに挑戦するだけの資質があったのか』と追及されまして……」
「資質?」
「私達の個別ゲームは本来、多人数を対象にしたゲームでは計り知れないくらいの資質を持つ人物の能力を調べ、試すためのゲームなのでモモさんにそれだけの資質……わかりやすく言えば『大局への影響力』があるということを示す必要があるのですが……」
大局への影響力……資質……
私から一番縁遠い言葉だ。
それを示すということは、私には不可能に近い条件だ。
でも、既にイザナちゃんのゲームへの挑戦は終わっている。要は、これは事後承諾のためにどうやっても提示しなければならないツケなのだ。
つまり……
「『GM』なら私でも大局に影響を与えられるかもしれないってわけね……でも、そんな簡単になれるものでもないでしょ? それに……」
GMになるということはデスゲームを運用するということ。つまり、大量殺人の片棒を担ぐということだ。
自分が生き残るために他のプレイヤーの死に関わるなんて、私には堪えられる気がしない。
「罪悪感とか気にしてるなら、別にそこまで重く考える必要ないですよ? 舞台裏知ったら、きっとどうでもよくなりますから」
玉姫ちゃんが割り込んで言った。
「でも……玉姫ちゃんはどうとも思ってないの? 間接的にでも、人を殺すんだよ?」
その時、私の言葉が逆鱗に触れたのか、玉姫ちゃんの表情が変わった。
もう、その雰囲気は子供のそれじゃない。
「『間接的に人を殺す』、その意味を本当にわかってますか? 直接殺すより気楽みたいに、知ったふうなことを言わないでください」
口調が強まる。
「あなたが明確に承諾しないかぎり詳しいことは話せませんが、このゲームにかかってる命は七千人そこらじゃありません。冗談抜きで人類の存亡がかかってますから……それに、どんなに綺麗に取り繕っても人が人を殺すのは当たり前のことです。戦争なんてものをしていながら、他人の死に見て見ぬふりをして手を汚さずに倫理観を語る……偽善者」
「玉姫さん!」
「戦争が嫌いな日本神話のご隠居さんは黙っていて下さい。あなたのゲームは……正直生ぬるいんです。そんなんだからこんな腑抜けた人がビキナーズラックでクリア出来ちゃうんですよ……私は、そういう運や偶然で得た『不当な戦果』を当然のように享受する人が一番嫌いです。」
イザナちゃんの前に滑るように移動したキサキちゃんが立ちふさがる。
「第一、一時の情に流されてこんな何にも出来なさそうな人を助けるからこうなるんです。切り捨てるべきは切り捨てて、損耗率を最小限に抑えて最大限の戦果を得る。それが戦争の常識です。いくらあなたが古株だと言っても……ゲームの進行を邪魔するなら『切り捨て』ますよ?」
玉姫ちゃんとイザナちゃんの雰囲気が変わる。
イザナちゃんの髪が逆立ち、顔に不自然な影がかかる。
「まだ若いからと大人しく聞いていましたが……少々調子に乗りすぎじゃありませんか? 仮にも『大先輩』に向かって」
「大先輩? 『お年寄り』の間違いでは? このプロトタイプの失敗作さん」
「……臨戦態勢に入ります」
玉姫ちゃんが懐に手を入れる。
キサキちゃんの『影』が不自然に変形して、足下を中心に前後左右斜めの八方向を向く矢印のようになる。
これ……戦闘開始一歩手前?
下手に動けずにいると、首に巻き付いているウロさんがやや興奮気味に話しかけてくる。
『面白くなってきたじゃねえの。「龍」の姫様とその補佐の「飛角妃」vs「神産み」のオリジナルシリーズ。なかなか見られねえマッチングじゃねえか』
「よくわかんないこと言ってないでなんとかして!!」(小声)
『おいおい、オレは興味本位でくっついてるだけだって言ってんだろ? 自分の蒔いた種だ。自分でなんとかしろ』
「私そんな悪いことした!? 誰でも当然思うことじゃん!? 大体、なんで玉姫ちゃんが怒ったのかよくわかってないんだよ!?」(小声)
『そりゃ、あんたがデスゲームを嘗めてるようなこと言ったからだろ。あいつ、ガキ扱いされるのも嫌いだしな。自分の方がデスゲームに詳しいみたいな態度とられたら……まあ怒ったって当然だわな』
「どういうこと?」(小声)
確かに、さっき私は相手が子供だから……それに、家庭環境も良くなかったらしいからちゃんとした生命倫理をわかってないんじゃないか。そう思ってああ言った。
でも、彼女は……ちゃんと全てを理解した上で怒っているように見える。
どうしてそこまで、ちゃんと『死』ってものを理解していて、その上でデスゲームを肯定出来るんだろうか。
実際にデスゲームをプレイしている私を、それでも『デスゲームを嘗めてる』と思う……その理由は……
イザナちゃんの言葉を思い出す。
『NPCとはNPCの略です』
「まさか……」
『やっとわかったか。あのイザナも、玉姫も……他のGMも皆、デスゲーム経験者なんだよ。元プレイヤーなんだ』
「!!」
私よりもデスゲームをよく知っていて、年齢からは考えられないほどの高い知能。
もし本当にそうならば……納得だ。
「でも……なんで、あんな小さな女の子がデスゲームの攻略なんて……」(小声)
『驚くことか? 「ルールに死が組み込まれている」って定義なら普通に国と国の戦争だって「武力紛争法」ってルールの上でのゲームだぜ? VRMMOでなくてもデスゲームは出来るし、最小規模ならロシアンルーレットも立派なデスゲームだ。そして、このゲームのGMになるための最低限の条件が「最低一つの既定デスゲームの経験」と「そのゲームの結果への重大な貢献」、それに「現メンバーの推薦」だったか。あんたは一人用ゲームの単独クリアだから最低条件は満たしてるな。あっちのロリが認めてなくても、一応立派なGM有資格者だぜ?』
「そんなこといきなり言われても……」(小声)
『ま、いきなりこんなこと言われても驚いて当然だろうけどな……苦難ってのは、大抵いきなり襲ってくるもんだぜ。むしろ、これは苦難じゃなくてチャンスかもしれねえぜ? ここはとりあえずあのロリに謝ってでもGMになっときゃとりあえずDBOで死ぬ心配はなくなるんだ。イザナの奴もそれを見越しての提案だろうよ。どうせ……あんたじゃ「ラプラスの悪魔」には届かないだろうし、悪役として食われることさえできないんだ。案外、あっちのゲームにいるより、こっち側の方が役に立つかもしれねえぜ』
後半は語りかけるというより、独白のような口調だったので意味は良くわからなかった。
でも、その気持ちはわかった。
イザナちゃんと玉姫ちゃん、キサキちゃんの争ってる理由も、ようやく完全に理解できた。
私が戦力にならない……いてもいなくても同じだと思ってるからだ。
イザナちゃんとウロさんはプレイヤーとしての私が戦力にならないから、安全なGM側に移った方がいいって考えてる。
玉姫ちゃんは私がGMとして戦力にならないから、いらないって考えてる。キサキちゃんは玉姫ちゃんの考えに従ってる。
「私のために争ってるのに……皆私に価値がないと思ってる」
私は凡百……脇役だ。
確かに、戦いは人並みだし、頭もそんなによくない。
でも……さすがに『普通』の私でも、押し付け合いされるほど『無能』だと思われるのは嫌だ。特別な存在になりたいと思ってるわけじゃないけど……他人に迷惑をかけてまで、そのままの自分でいようとは思わない。
何より……
「あのさ……三人とも、争う前に私の意見も聞いてくれるかな?」
三人がこっちを向く。
争いの原因が私だったはずなのに、いつの間にか私の存在を忘れていたみたいに、不意を突かれたような反応。
まあ……昔からよくあることだ。印象の薄い私は、いつの間にか忘れられて、いつの間にか話が私を置き去りにして決まっていく。
いつもは決まったことにただ従ってるだけだけど……たまには、ちょっとだけ私の意見も聞いてもらいたい。
「『普通』に考えて……そんな簡単に、仲間を裏切って敵に寝返れるわけないでしょ!!」
あっち側には、一年間苦楽を共にした人達が……そして彼がいる。
OCCの皆や雨森さん、まだ会ったことはないけどゲーム攻略のために命を懸けてる前線の人達もいる。
私はギルドとかには属してないけど、それは派閥とかそういうのが嫌だから。
どこのグループに属してないからって、誰の役にも立ってないからって……みんなを嫌いだと思ったことなんて一度もない。
「イザナちゃんが私を気遣ってくれてるのもわかってるし、このデスゲームを運営してる人たちにも事情とかもっと大きな目的とかあるのもなんとなくわかったよ! でも、それと私の気持ちは無関係……私はプレイヤー。他のプレイヤーを差し置いて一人だけゲームを抜ける気なんてない。」
唖然とするイザナちゃん。
私を凝視するキサキちゃん。
そして……不気味な笑みを浮かべる玉姫ちゃん。
「つまり……あなたは、GMになる気はない。そういうことですか?」
「うん。そういうこと」
「自分はあくまでも、死の危険があってもプレイヤーの立場で……私達の『敵』でいることを選んだ。そう解釈してもいいんですね?」
「う……うん」
なんだか、玉姫ちゃんの笑顔が怖くなってくる。
なんというか、小学生の女の子とは到底思えない迫力というか……なんだか恍惚とした、悦とした表情というか……ネズミを見つけた猫みたいな感じと言うか……
そういえばさっきウロさんが『龍』とか言ってたけど、そんな感じ?
「その勇気立派です。とても尊敬しますよ」
「え……ありがとう。」
「だって、『敵陣』のど真ん中で敵対の宣言なんてするんだから、よっぽどのお馬鹿さんでなければ信じられないほどの大物ですよ」
「え……」
なんかヤバい流れになって来てない?
あれ? キサキちゃん、攻撃体勢っぽくない?
イザナちゃん? 何その『NGワード踏んじゃいましたか』って感じの表情?
「なるほど……さてはあなた、プレイヤー側からのスパイですか? こちらのゲームの目的を探って潜入しましたね?」
「なんでいきなり!?」
『ああ、そいつの出身のゲームは戦略系でな。敵味方はっきりさせちまうと容赦なくなるから、トラップの設計でもこいつの作ったのはやたら死亡率が高いのをみんなでこっそり難易度下げたりしてるくらいなんだよ。やっちまったな(笑)』
『カッコ笑い』とか言ってる場合!?
ヤバいこれ、GMになるのをはっきり断わるだけのつもりだったけど……勢い付けすぎた!?
『しっかし面白いなあんた。せっかく偶然にも手に入れたチャンスで自分の保身に走るのも十分に楽な道だろうに、楽な道より「普通」……人道を選ぶってのはなかなか出来ねえぜ。面白い、ちょうど教え子の一人がリタイアしちまってちょっと手を加えたいと思ってたんだ。』
相変わらず意味不明な……
シュルシュル
あれ? 首から離れて行く?
私を置いて一人、いや、一匹だけで逃げる気!?
「まずは捕縛して捕虜にして尋問にかけて……フフフ……」
うわっ……玉姫ちゃん、ジリジリと迫って来てる。
イザナちゃんはキサキちゃんと睨み合ってて動けない。
みたいだし……これ、詰んだかも。
「あらあら、私を差し置いて面白そうなことやってるじゃないの。混ぜてくれない?」
その時、私でもイザナちゃんでもキサキちゃんでも、玉姫ちゃんでもウロさんでもない声が割り込んできた。
私の真後ろに、まるで今この瞬間に『出現』したみたいな気配を感じさせない登場。
私以外の全員の目が驚きに開かれる。
私も……ゆっくり後ろを振り向いて……驚く。
だって……すごく大きいんだから。
振り返った目線の高さに顔がない。胸が大きい……女の人だけど、身長がかなり高い。
服装は古代西洋のトーガと東洋の着物を足して二で割ったような一枚布のシンプルなデザインだけど、電子基板のような模様が全体に刻まれている。
一歩下がって見上げると……顔には光輪をかたどった絵が描かれた輝く仮面。髪型は細長くて、まるで一本の太いケーブルのようにも見えるポニーテイル。
「ミ、ミカ姉!?」
「あ、あなたは……」
蛇が……ウロさんが『背の高い女』の足下へ這い寄って行く。
迷彩能力は解除しているのか、目に見える……しかも、私の首に巻き付いていた時よりずっと大きくなっている。
「ユウちゃん? プライベート空間のセキュリティーがちょっと粗かったわよ? 私の顕現が侵入しても気付かないなんて。そんなザルな防衛じゃ、スパイが入って来たところで文句言えないでしょ。あと、私のことは『お姉ちゃん』って呼んでねって言ったでしょ? 『ミカ姉』でも可だけど……やっぱりユウちゃんは妹属性が一番萌えるんだから」
「う……はい、ミカ姉。でも仮にも『妹』として扱ってくれるならお風呂覗くのはやめてください」
背の高い女の人は、イザナちゃんの方を向く。
「イザナ、あなたは交渉が力押しで雑過ぎ。そんなんだから夫婦喧嘩からそのまま実力行使になって一気に離婚に発展すんのよ。相手を想ってるのはわかるけど、少しは相手の気持ちも考えなさい」
「う……申し開きもございません」
すごい……イザナちゃんと玉姫ちゃんがたじろいでる。
そして、その視線が……私に向けられる。
「さて、あなたの心構え、『不死蛇』のアバター越しに聞かせてもらったけどなかなかいいじゃない。今時の若者にしては肝が据わってて感心したわ。だから私の権限でちゃんとプレイヤーとしてDBOに帰らせてあげる。個別ゲームの対象としてふさわしいかどうかについても、その心意気を認めて適正な処置だったってことにしてあげる。不公平は良くないけど、ゲームの流れ的にまだ死なせない方がいいと思うしね」
「あ、ありがとうございます」
なんか一気に解決された……
この人……一体何者?
「ま、元々『プレイヤーがNPCに化けるスキル』の『パンピースキル』は、本来は『NPCがプレイヤーに化けるスキル』を作るとき、それを合理化するために対応させて作ったスキルだからね。スパイ行為の一つ二つは見逃してあげて当然だろうし……うちの教え子たちの友達だっていうなら個人的にも助けてあげたいしね」
「あなたは……一体……」
「ん? 私? そうね……こういう時、名乗る名前がないと困るのよね……まあ、無いと言うより『あり過ぎる』っていうべきかもしれないけど。まあ、こういうときはとりあえず『形』から入りましょうか」
蛇が『彼女』の足から這い上がって、腰に巻き付いてその背の後ろで円を描く。
そして、ケーブルのような髪が腰の蛇の口に入り込み『接続』される。
蛇の身体が透け、眩い光の粒子みたいなものが体内を回転し始め……『蛇』の輪が、瞬く間に『光』の輪に変貌した。
「これ……後光?」
光の輪を背負って悠然と立つ姿はまるで宗教画のような神々しさがある。
眩しすぎて……直視できない。
「世界的には『後光』より『アウラ』って呼び方の方が一般的だけどね。マンガ世代なら『オーラ』の方が馴染みやすいかな?」
「ミカ姉!! こんな密室でそんなの使ったら……ミカエルさん!!」
「マスター、避難しましょう」
「ちょっと待ってください……アマテラス!!」
「え……ミカエル、アマテラスって……」
玉姫ちゃんとキサキちゃんが逃げていくような足音がする。
「ミカエル、アマテラス、ヴィシュヌ、アータル、らー、プロメテウス、霜の巨人、蛇女……いろんな呼び方されてるけど、どれもしっくり来ないのよねー。あ、あと最近では『マクスウェルの悪魔』ってのが割と本質に近いかしらね。あと、あの子のつけてくれた『人類代表』は結構気に入ってるわね、皮肉めいてて。」
言葉の意味を理解しきれない……思考がついていかない。
その正体を理解してしまったら……とてもでないけど同じ空間になんていられない気がする。
「モモさん。落ち着いてください」
後ろからイザナちゃんが声をかけてくる。
「イザナちゃん……この人、一体……」
「この人は『太陽神』……『氷河期』を食い止めた『熱能力者』です。私達とは格が違うデスゲーム攻略者ですよ」
「パイオ……キネシス?」
光が強くなる。
暑すぎる……焼き尽くされそう。
「さて、あなたを送り返すに当たってちょっと私のことは忘れてほしいの。実は現役引退してるから、あんまり公に動くわけには行かない立場だからね。GM側にもプレイヤー側にも肩入れしない中立な立場じゃなきゃいけないから」
「忘れろって言われても……」
「大丈夫。ちょーと精神的に衝撃を与えて前後の記憶を大雑把に削るだけだから。変な夢を見たくらいの認識で済むと思うよ」
光がどんどん強くなる。
もう目を開けてられない。
「光がどんどん強く……なんですかこれ……まるでメモリちゃんの魔法みたいな……」
「魔法? 生憎と私は魔法の才能はなくてね。でも、こういう言葉知ってる? 『超常現象はプラズマで説明できる』ってね。あと、『発展しすぎた科学は魔法と見分けがつかない』っていうのもあるわね」
「プラ……ズマ?」
光が眼を閉じていても耐えられないくらいに強くなる。
まるで、太陽のすぐ近くにいるみたい……
プラズマ……
太陽神……
パイオキネシス……
マクスウェルの悪魔……
マクスウェルの悪魔は確か、極小の世界を観測してエネルギーを移動させて無からエネルギーを作り出す物理学上の架空の存在だったと思う。
そういえば、プラズマを完全に支配すれば人工太陽も発明できるとか……そうだとしたら……まさか……
「健闘を祈るわ。、デスゲームの先輩として。そして、あなた物語の観測者としてね」
次の瞬間、私の意識は焼き尽くされた。
《現在 DBO》
『時計の街』にて。
「へー。で、あの『黒いヒト型』に追いかけられて街の外に逃げ出した後も追われ続けて、ダンジョンに逃げ込んで撒くのに一週間もかかったんだー。ベットで起きたら全くこの一週間のこと憶えてなかったけど、確かにそれならしょうがないかもね」
記憶がとぶのもしょうがないと思うくらいの大スペクタクル劇場をイザナちゃんから聞いた。
記憶にないけど私、すごい大冒険してたんだなー。
「本当に、大変でしたよー。嘘のような大冒険でしたー」
「確かに、なんか暗い中をひたすら何かに追われて歩いたり、すんごい理不尽なくらい強そうなボスが現れたりしたような気がするけど、よく生きてたね私達。」
「そうですね。では、今日は取りあえずゆっくりしましょう。そうだ、最近はこの街も安全じゃないみたいですし、騒ぎが収まるまでどこかの町にでも避難しますか?」
私は凡百……脇役だ。
確かに、私なんかが騒ぎの中にいても巻き込まれるだけだと思うけど……
「いや、もうちょっとこの街にいようかな。あと、雨森さんの行方も気になるし、調べるついでに久しぶりにOCCのギルドホームにも行ってみようかな」
「え……なんでですか? なんでそんな急に活動的に……」
特に論理的な理由とかはない。
ただ、強いて言うなら……
「みんなが大変なときに私だけ傍観者を気取るのは、ちょっと嫌かなーって。なんとなく思っただけだよ」
少しだけ私もゲーム攻略を始めてみよう。
このゲームが終わったとき、誰にも文句を言われないくらいには物語に関わってみよう。
私はまだ『プレイヤー』なんだから。




