130頁:警備にはプロを使いましょう
『イヴ』のイメージとしては、映画の『バイオハザードV』の巨大ゾンビを二周りくらい大きくして、肌色の皮を被せたようなものです。
(※絵の才能がないので挿絵は入れられません)
ライトとナビが『時計の街』に戻ってきたとき、そこはもはや以前とは別物だった。
破壊された商店街。
死者を悼む人々。
店を失い呆然とする生産職。
そして……メモリから告げられた『イヴ』との戦闘の様子と、ジャッジマンの死。
街には増援に来たが遅すぎたプレイヤーや、敵の脅威を詳しく知るためという意味合いでの前線クラスのプレイヤー達も来ていた。
そんな中、ライトはまず自分に詳細を伝えに来たメモリを送り届けることもかねてギルドマスターを失ったOCCのメンバーの集まっている場所へ訪れた。
「……悪かったな、援軍できなくて」
責められる可能性も考えてナビは少し離れた所に待たせてきた。
しかし……
「かまわねーさ。あのジジイが勝手にやったことだ。」
一人戦闘に参加しなかったキングが代表して応える。
ダメージが大きい闇雲無闇とマックスはジャッジマンの死の精神的ショックもあってふさぎ込んでいるようだが、針山は割と落ち着いている。メモリはアウトプット状態の無感情、キングは何故か平気そうに見える。
ライトには、そのテンションの違いが……まるで、それぞれの気持ちの方向性の違いを示しているように見えた。
ジャッジマンの存在がなくなった今、OCCはどうなるのか……それはライトには予知できない。
OCCと別れたライトは、今回死んだプレイヤーの遺体が並べられている場所に行き……そこで赤兎を見つけた。
「赤兎……草辰、死んだんだってな」
「ああ……」
重い口調で応える赤兎。
俯いて顔は見えないが、精神的ショックは大きいようだ。
「馬鹿なことは……」
「わかってる。前みたいな荒れ方はしねえよ。ただ……今はここにいさせてくれ」
「……ああ」
その時、統率された大勢の足音が近づいてくるのが聞こえた。
何事かと人が集まってくる。
そして、集まった人々に対して……足並みを揃えて現れたプレイヤーの集団の先頭にいたプレイヤーは声を上げる。
「聞け!! これよりこの街は『攻略連合』が警護する!! 一般プレイヤーは我々の誘導に従え!!」
《現在 DBO》
6月9日。
『イヴ』の商店街襲来から一週間が経過した。
死者の弔いも済み、混乱も一応の収束を見たが……『元通り』には程遠い状況だった。
ゲートポイントにて。
「おい、所属と街に来た目的を言え。」
「お、『大空商店街』所属です。素材アイテムの搬入に来ました」
「ならばその箱の中のアイテムを全て見せろ。検閲する」
「は、はい……」
「……おい、これは≪タバコ≫だな。素材アイテムじゃないだろう?」
「これは知り合いから注文があったもので、つ、ついでに運んでました」
「……おまえは『素材アイテムの搬入』と言って街に入った。だが、これは素材ではない、嗜好品だ。つまり虚偽の報告だ。罰として、これは没収させてもらう」
「そ、そんなぁ……」
『攻略連合』のロゴの入った鎧を着たプレイヤーがゲートポイントから街へ入って来たプレイヤーの抱えていた保存用の箱の中から取り上げたアイテムを懐に入れてほくそ笑む。
そして、少し軽くなった箱を抱え上げたプレイヤーはため息を吐いてゲートポイントから離れて行く。
その様子を見て、『戦線』から親友を訪ねてきたアイコは呟く。
「息苦しくなったね、この街も」
一週間前のあの日。
遅れに遅れ、事が終わってから現れた『攻略連合』のプレイヤー達は言った。
『そもそも自己防衛能力がない生産ギルドは、いつかこうなることは予期できていた。しかし、その危険を見逃し、あまつさえ自他のギルドから死者を出した「大空商店街」が自立して十分な運用が出来ていないのは今の現状の通り明らかである。よって、我らは誇り高き戦闘ギルドとして「大空商店街」の復興に手を貸し、以後このようなことのないように持てる力の限り無力なプレイヤー達を守ろう。』
聞こえはいいが、要するに『大空商店街』の弱ったタイミングに付け込んで支配体制を敷いたのである。
スカイはそれに反抗し、交渉しようとしたが……残念ながら、あちらは『これは連合の上層で決定したことだ。私に決定権はない』と、交渉の席にすら立つ姿勢を見せなかった。
アイコ達『戦線』も『攻略連合』の主張には異を唱えたが、『少数の他の戦闘ギルドではこの街を常時守り続けるには無理がある。それに、実際今回街を守る役には立たなかったのだろう?』とまともに取り合ってもらえなかった。
確かに現在傘下ギルドも加えれば六百を上回る『攻略連合』ならばこそ『大空商店街』を守りつつ攻略を今まで通りに進める余裕があるというのは正論ではあるが……
「自分たちは結局何にもしなかったくせに……」
『そちらと違い、我らは数が多く隊の編成に時間がかかる。無駄な犠牲者を出さず、確実にならず者を討つための戦力を整えるのにはそれなりの時間がかかるのは当然だろう?』……彼らの代表はそう言ったのだ。
アイコには、それが許せなかった。腹立たしかった。
何より、かつての仲間を失って悲しんでいる赤兎に遠まわしに『犠牲者が出たのはおまえ達の力不足だ』と言っているような、その態度が気に食わなかった。
もう少しで殴りかかるところだった。
しかし……赤兎はそっとアイコを引き留めて、小さな声で言ったのだ。
『やめておけ……これ以上、「味方同士」で無駄な争いをするな。死んだ奴らが浮かばれない』
アイコには……その時の悲しそうな、堪えるような赤兎の声が忘れられなかった。
今も、『警護のため』と称して横暴な行為をしている連合のプレイヤーを見ながら拳を固く握り……呟く。
「待ってなさい……『味方』じゃなくなったら、全力でぶん殴ってやるんだから」
十分後。
「あ、アイコちゃん。どうぞー」
「ナビキちゃーん。お邪魔しまーす」
『時計の街』の宿の一つで、アイコは訪ねてきた親友ナビキに言われるがまま部屋に入る。
ここは、それなりにいいランクの宿の最高の部屋。だが……窮屈な部屋だ。
宿の外には見張りの『攻略連合』のプレイヤーが二人いて、一々断わらないと出入りできない。
『大空商店街』の幹部クラスのプレイヤーは『重要人物』として手厚い見張り……もとい、護衛が配置されているのだ。
しかも、リスクを分散させるためとバラバラの宿に泊まらされている。
実質の軟禁……団結の妨害だ。
『攻略連合』は今回の動きを利用して『大空商店街』を支配し、実質の勢力下に置くつもりなのだ。
「それにしても……ゴツイ護衛さんだったね。装備もそこら辺の巡回兵士と全然違ったし」
「私は一応『戦える』プレイヤーだから、生半可な護衛だと逆に足を引っ張って危ない……らしいよ」
「どーだかねー。で、最近どうなの?」
「『どう』って?」
「聞いたよ。ライトと付き合いだしたって」
「ああ、今日はそのことで話があって呼んだんだよ。時間もそろそろ、起き始める頃合いだし」
ナビキは疑問符を浮かべるアイコに、覚悟を決めるように小さく深呼吸した後……三つ編みしていた髪を解いて、表情まで変えて言った。
「今まで黙っててごめんな。あたしは『ナビ』、ちょっとだけあんたの知ってる『ナビキ』と違うんだ。『姉ちゃん』といつも仲良くしてくれてありがとな」
「?」
よくわからない変化に首を傾げるアイコ。
今のナビキはなんというか……昔、ダンジョンで戦っているのを目撃したときの彼女に雰囲気が近い。
赤兎に恋焦がれていて、その隣にいた少女に嫉妬していた。その時に見ていた顔だ。
入れ替わるように赤兎と組むようになってからも、時々ダンジョンなどでの戦闘中に見てきた顔ではあったが……ただの『テンションの違い』ではなさそうに見えた。
「まーなんつーか、今まで誤魔化してきたことなんだけどさ……あたしら、多重人格ってやつなんだわ。ギルドの幹部とか、赤兎とかライトとかには教えてあったんだけど、あんたはそれ話す前に仲良くなっちまって言いだし辛かったんだ。でも、ライトと付き合い始めたのはあたし……『ナビ』の方だから、『ナビキ』はまだなんだ。だから、あいつの前ではその話しないでやってくれ」
少し遅れて、アイコは目の前の少女の話を理解し始め……驚く。
「えぇぇえええ!! ナビキちゃんの妹さん!? そっくり!!」
「反応がちょっと予想外だ!! てか、多重人格だからそっくりなのは当たり前だろ!!」
「え、ちょっと待って、つまり……すいません、人違いでした!! 部屋間違えました!!」
「いや、人違いじゃねえし部屋も違わねえよ!! 入って来たときは確かにナビキが応対してたよ!!」
「え、てことは……お湯かけたらナビキちゃんに戻るとか?」
「ネタが古いよ!! てか違う上に失礼だ!! あたしは男じゃねえ!! あんたさっき『妹さん』って言ってたじゃん!!」
「すいません、性別違いでした!! 部屋間違えました!!」
「ループすんな!!」
二人は一連の掛け合いの後、顔を見合わせて呆れたように笑った。
「あははは、ナビちゃんノリいいねー。ナビキちゃんはそういう強いつっこみしてこないからねえ」
「はははは、たっくよー……知られたら嫌われんじゃねえかと思って隠してたのが馬鹿みたいじゃねーか」
二人は、以前からの友人のように打ち解けて笑う。
いや、あるいは実際そうなのだ。ダンジョンの中、ボス攻略の最中、確かにナビはナビキの代わりに友人としてアイコと触れ合っている。
ただ単に、一人の友達が二人になっただけ。
ちょっとだけ、姉妹を勘違いをしていただけなのだ。
「あはは、それにしても……そっかー、ナビキちゃん妹ちゃんに好きな人取られちゃったのかー」
「おいおい、あたしを責めてもいんだぜ? あんたは『ナビキ』の親友なんだろ?」
「親友の妹を責めたりはしないって……まあ、親友としては慰めるくらいはしたいけどね」
「……驚いたり、否定したりしないのか? 『こんな頭おかしい人だとは思わなかった』とか『冗談でしょ』とかさ」
あまりにも自然にナビキの秘密を受け入れたアイコは、はにかんで答える。
「否定も何も、あのライトを好きになる人だよー。頭おかしいのは当然でしょ」
「ひでぇなその評価!! ライトにもあたしにも!!」
「あはは、ごめんね。でも、馬鹿なあたしが馬鹿な赤兎を好きなのと同じだよ。逆にちょっと納得したくらい。あのライトなら、きっとちゃんとナビキちゃんもナビちゃんも受け入れてくれる。実はちょっと不安だったんだよ、なんで赤兎くらいカッコいい人の近くにいたのにわざわざライトに拘ってたのかなー、変な騙され方してるんじゃないかなー……って。でも、ようやくわかったよ。しっかりつり合う、良いカップルじゃん」
「あんたの中のライトのイメージがどんなふうになってるのかは詳しく聞きたいけどさ……ありがとな、祝福してくれて。結構嬉しいよ」
「どういたしまして」
「なあ……あらためてこんなこと言うのもあれだけどさ……」
「?」
「あたしと、ちゃんと『友達』になってもらっていいかい?」
おずおずと尋ねるナビに、アイコは笑顔で右手を差し出す。
「いいよ。あらためてよろしくね、ナビちゃん」
「ああ……ありがとう、アイコ」
ナビキはアイコの右手を自分の右手で握り、固く握手を交わす。
アイコには話していないことがまだある。
それは、ナビがもう人格として長くは保たないこと……つまり、これが『今まで自分の正体を秘密にしていたという心残り』を清算するための儀式だということ。
アイコの純粋な笑顔に……ナビは、どうしようもない申し訳なさを感じるのであった。
そして握手の後、アイコはあることに気がついたように言った。
「あれ? そういえばナビの彼氏さん……ライトはどこにいるの?」
一方ライトは、『自分は商店街の正式メンバーではないから』という屁理屈をこねて『攻略連合』の束縛をふりきり、ある町の空き家に来ていた。
ここは、長らく連絡の取れなかったあるプレイヤーとの待ち合わせの場所だ。
ライトは、少々緊張したようにドアをノックし……『合言葉』を口にする。
「『鬼は内』」
すると、ドアの向こうから返答が来る。
「『福は外』……入っていいよ。ライト」
ドアを開けたのは万が一に備えて赤く染まった刃を袖口に隠して待っていたエプロンドレスの少女『黒ずきん』こと……ジャックだった。
「悪いね。最近ダンジョンに入ってる率が高くて、なかなか連絡取れなくてさ」
「いや、別にいいよ。それより……オレが来た用件はわかってるか?」
「まあわかってるつもり。事情はもう聞いてるからね……そうでしょ、針山」
ジャックの呼びかけに応じたのはOCCのメンバーの一人である針山。
ジャックを『お嬢様』と呼び慕う銀髪の紳士のような様相をした青年だ。
「針山、ジャックと一緒だったのか。最近見かけないから心配だってマックスが言ってたぞ。無闇もメールで見かけてないか聞いてきたし」
「そうですか。それはすみません。お嬢様と一緒にダンジョン探索にあけくれていたもので。」
「……前はOCCのギルドホームにもよく行ってたらしいが?」
「あれはギルドマスターであったジャッジマンの方針だったもので、コーヒーブレークはあの場所と決めていただけです。しかし今は、お嬢様の行動に付き従う方がより優先でして……」
「……強制されてたのか? ギルドの一員として振る舞うように」
「いえ、そういうわけではありませんでしたが……あの人の言うことはなんとなく断りにくかったもので」
ジャッジマンは、存在そのものが『楔』であり『秩序』のようなものだった。
だからこそ、ペナルティーも厳格なルールもなく、個性派揃いのOCCはパーティーとして、ギルドとして成立していたのだ。
今は、もうすでにOCCは実質崩壊しているようなものだ。サブマスターだったキングが繰り上がりでギルドマスターになったが、もはや以前のような行動力は期待できない。
OCCのリタイアは……現状ではかなり大きな痛手となる。
だからこそ、ライトは今ジャックと連絡を取り、情報を得ようとしている。
この見事に先手を取られた『蜘蛛の巣』との戦争に勝つために。
「ジャック……二月あたりから、急に連絡が少なくなったよな。前は結構頻繁にしてたのに。何かあったのか?」
席につき、コーヒーが出てきて交渉スタイルが固まった直後、ライトはこう切り出した。
ライトの言うとおり……ジャックは二月初旬、もっと正確に言えば節分からライトやスカイ、その他のプレイヤーとの交流を減らしている。
最近ではダンジョンで寝泊まりしており、フレンド機能でも居場所もつかめないことが多い。ライトとの会合が事件から一週間も遅れたのもそのせいだ。
そして、その真意は……
「何かあったというより気付いたってくらいかな。簡単なことだよ。ボクは裏の世界の住人だ。だから表の世界との関わりを持ちすぎるとボクの身が危険になる。だからだよ」
「違うな」
「え?」
「本当は逆だろ。表の世界の住人を下手に裏に関わらせると危険だから、繋がりを減らしたんだろ。咲ちゃんの二の前を避けるため、一人で裏の危険を排除するために、独自に『蜘蛛の巣』について調べてたんだろ? オレは、その情報をもらいに来たんだ」
ライトの口調に淀みや探りはない。確信している。
『ライトに嘘は通じない』。
ジャックはため息をつく。
「やっぱり、ライトはライトだね。偽物の心配もなさそうだし……じゃあ、教えようか。これを知ったら後戻りできないかもしれないけど……どうせ、それでも聞くんでしょ?」
ジャックはストレージから一冊の『本』を取り出し、テーブルに置いた。
そのタイトルは《ある男のデスゲーム攻略》。
どうやら小説らしいが……
「ボクは最近ずっと犯罪組織のことを調べてたんだよ。その始まりがこの本。咲ちゃんが持ってた……というより、持たされてた本だよ」
世間では公表されていない節分の『殺人鬼』と犯罪組織『蜘蛛の巣』の接触、対立もライトは『ある方法』で詳細を知っている。
しかし、その本については知らない。
ジャックが秘匿し、独自に調べてたものだろう。
「この中には……何が書かれてるんだ?」
すると、ジャックはページをめくり、目次を見せて言った。
「これはこのゲームを舞台にして主人公が悪に立ち向かう小説。でも、本当の内容は逆。システムの裏を突いた犯罪の指南書になってる……これは『“裏”攻略本』だよ。」
同刻。
『時計の街』のあるNPCの家にて。
ここしばらくの間無人だった家の寝室に、突然空間的な『穴』が開いた。
そして、そこから現れたプレイヤーは、精根尽きたようにベッドに倒れこむ。
さらに、赤毛の少女……イザナも続いて現れて、穴が閉じる。
他にはこの二人以外誰もいない。
プレイヤーはただ、スヤスヤと寝息を立てるだけだ。
あたかも、安息の地に辿り着いたかのように。
そして、イザナは深い眠りについたプレイヤーに優しい視線を向ける。
「お疲れさまでした……凡百さん。ゆっくりと休んでください」




