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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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129頁:お年寄りは大切にしましょう

 約二年半前。

 

 山奥に隠れるように存在する老人の家……というより邸宅と呼ぶべき住居に、招かれざる客が忍び込んだ。

 いや、忍び込んだという表現はしっくりこない。


 『背の高い女』は、堂々と、まるで隠れようとする意志を見せず、気付いたときには当たり前のようにそこに『いた』のだ。


「この老いぼれに何の用だ?」


 家主の老人は、『背の高い女』の出現に動じることなく、あぐらをかき、新聞を読みながら尋ねる。


「こんにちは。政治、経済、司法その他諸々に通じて、権力を傘に罰を逃れようとする大物に真のジャッジを下すこの国の『影の裁判長』さん」


「ふん、ただ長生きして昔の教え子が偉くなっただけだ。儂はもう一線を退いた隠居の身、ただの老いぼれに何の用だと聴いている」


「ただ長生きしてるだけねえ……『ただの150歳のお爺さん』なんて、冗談も良いところじゃない?」


「馬鹿者め、まだ149だ。それにしても、どうやって入ってきた?」


「安心して、手荒なことは何もしてないから。警備の人たちも叱らなくていいわ。私を行く手を阻むとかまず不可能だから」


「ふん、不法侵入しておいてふてぶてしい。しかも初対面で馴れ馴れしいとは逆に恐れ入る。またぞろ、どこぞの馬鹿が送ってきた殺し屋か何かならさっさと帰れ。ここまで入ってきた褒美に駄賃くらいはくれてやる」


「やっぱり異常に長生きしてると変に狙われたりもしてるわけね。でもそれで動じないあたり、いつでも腹は決まってるのかしら。確か昔は軍人だったこともあったんだっけ? それで頭に弾くらって年を取りにくくなった……で、周りが不気味がって遠ざけられて怖がられて畏怖されて、いつの間にかご意見番みたいなポジションになってた。日本は年功序列の意識強いからね。何世代も前から口だしてたら影の権力者みたいにもなるわ」


「ふん、よく調べてあるな。」


「でも、あなたは本当はそんなものになるために口を出してたわけじゃない。本当はただ単に理不尽や不条理を許せなかっただけ。本当にそれだけで若い新米権力者を叱りつけてる内に偉くなっちゃったみたいだけど、本当はただの正義漢。だからこそ、賄賂や弾圧に揺るがず、心の奥に弱みのある半人前の権力者達に有無を言わさず説教してきた。ただの頑固ジジイ。」


「何が言いたい?」


「……知り合いが近い内に密出国、密入国の罪で逮捕される。その子を不当な責任を押しつけてくる大人たちから守ってほしいの。」


「……何を言うかと思えば、ただのワガママか。くだらんな、そいつは何をした? どうしてもその罪を犯さざるをえなかったのか? それとも、罪を帳消しにして余りあるほどの善行でも積んだか?」


「そうね……密出国についてはほぼ拉致同然だったし、むしろよく日本に帰ってこれたと思ってるわ。善行はそうね……世界を救ったわね」


 老人の眉がピクリと動く。


「大きく出たな。嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ」


「嘘じゃないわよ。むしろ、そのためにこそ私はあの子を世界に放り出したんだから」


 『背の高い女』はまるで周知の事実のように語る。


「2015、ロシアがアメリカに核ミサイルを撃ち込んで核戦争。そして人類滅亡……これはほぼ規定事項、決定した未来だった。それこそ、多少の妨害でルート変更しても必ずその結果に収束してしまうほど、100%に近い運命だったの。でも、それを回避する手段が無いわけじゃなかった。そのために、『予知能力者』が……あの子達が必要だったの」


 老人は『予知能力者』という発言を否定しない。

 長生きしていれば、そのような『よくわからないもの』にも多く出会うから今更驚くことではないのだ。何より、一番よくわからないのは自分自身のことなのだから。


「あの子だけじゃない。世界中の素質のある子達を巻き込んで、接触させて、衝突させて、連動させて……確率と運命をかき乱した。未来を観測できる子達、世界に大きな影響を与える戦力、歴史上の特異点。それらを制御可能なルール上で対立させることで、それぞれにとって都合のいい未来を『奪い合わせる』ことで、世界線(ルート)を大きく変動させた。最終的にはギリギリだったけど、核ミサイルの発射は食い止められた。これは、私なりの戦後処理なの。」


 老人の読んでいる新聞には『ロシアの原子力空母が暴走。世界が震撼するも無事停止』という記事が一面で報じられている。


「話を聞いていると、貴様は全てを初めから知っていたような口振りだな。貴様もその『予知能力者』とやらだと考えればいいのか?」


「私は現役引退してるから、未来がわかったとしても、もう自分で『当事者(プレイヤー)』として直接手を出すわけにはいかないんだけどね。あなたと同じご隠居さまよ」


「……ふん、たとえその話が本当だとしても儂には手を貸してやる義理はない。そもそも、儂も隠居の身だ。若い者共のやることに一々口出しする立場ではないな」


「……『その子』が、世界を渡る中でたくさん大切な人の死を経験して、傷心だとしても? 関わった人が次々に死んでいって、それでも生き延びてしまった子だとしても?」


「…………」


「普通の人の倍も生きてるあなたなら、周りの人が死んだときの悲しみはわかってるんじゃない? そんな状態の少女を、あなたは手錠と牢屋で出迎えるつもりなの?」


 『背の高い女』がそう言うと、老人は読んでいた新聞を両手で引っ張り、真っ二つに破いて、陽炎を幻視するような威圧感をまとって呟いた。


「貴様に何がわかる、この小娘が」


「……」


「知ったような口をきくな。小娘に何がわかる。妻にも、子にも、孫にすら先立たれ、友人も知人も自分より先に死んでいく。そんな中、儂はいつまでも変わらずジジイのまま……こんな化け物の気持ちが貴様にわかってたまるか」


 自分の人生の苦しみを軽々しく語った相手に対する怒気と共に放たれる圧倒的な威圧感。

 おそらく、老人がこれまで決して楽な人生を送って来ていないという証であり、同時に老人が周囲から一目置かれ続けている要因。


 だが、『背の高い女』は……それを一笑に付した。



「知ったような口きくんじゃないわよ……千年も生きてないガキが」



 怒気が霧散し、年甲斐もなくキョトンとする老人。

 そして、口調を強める『背の高い女』。


「まず四百年くらい生きて見なさいよ。今は世の中のことに飽きて退屈してても、そのくらいで人生に退屈することにも飽きてくるから。私に説教したいなら、そのくらいになってからにしなさい」


 まるで『それ』を経験してきたような口調に、老人は確信する。


「……そうか、おまえも儂と似たようなものか。だが……そういうおまえは一体どれだけの時を生きたというんだ?」


「そうね……人間達が同じ失敗を繰り返すのを飽きるほど観察する程度の時間は生きてるつもりよ。もう時間の感覚も狂っちゃって、ちょっと寝て起きたら何百年も経ってることなんてよくあるわ。もう……嫌になっちゃうわ」


「おまえは……一体何者なのだ?」


 『背の高い女』は、笑みを浮かべて答える。


「さあ、もう最初の名前なんて忘れちゃったわ。適当に、好きなように呼びなさい」










≪現在 DBO≫


 『大空商社』にて。

 最大の生産ギルド『大空商店街』のギルドマスターであるスカイの前に、金髪でサングラスをかけ、さらに派手なガラのシャツを着た浮ついた格好の少年、ギルド『OCC』のメンバーの一人であるキングが呆れた表情で立つ。


「あんたさ、ギルドマスターならさっさと逃げりゃいんじゃね? どうせ戦闘の役に立たねんだろ?」


「馬鹿言わないで、ギルドマスターが自分を最優先にして真っ先に逃げ出すなんて笑いものじゃない。一応ホタルに周囲の警戒はさせてあるし、本当に危なくなったら逃げ出せるくらいの策は用意してあるわよ」


「隠し通路でも掘ってあるのか? まあいいや。オレ様はただ伝言を伝えに来ただけだからさ」


 キングはOCCの中でも唯一戦闘タイプではないプレイヤーだ。

 普段はギルドの資金の管理や調達、そして今は援軍として駆けつけた先のギルドマスターとの交渉など裏方を担当している。

 スカイも、それを知っていてこの第一人称が『オレ様』の少年を『ギルドの代表』として交渉相手と認めているのだ。


「伝言? 聞くわ」


「『手を貸してやる。ただし多少施設が壊れても文句を言うな』だってよ」


「……報酬とかそういうことに関しては何も言われてないのね。」


「それはオレ様の担当だからな。今はとにかく駆けつけたって感じだ」


 遠めからだが、街を守るために動いたプレイヤー達が苦戦を強いられていることはスカイにも伝わっている。そのため、ダメもとで現状の情報を追加して援軍を要請し……『OCC』がそれに応えて駆け付けたのだ。


「それにしても……よく手を貸してくれる気になったわね? てっきりあなた達は中立ぶって不干渉を決め込んで来ると思ってたわ」


「オレ達は別にあんたらが嫌いなわけじゃねえぜ。ただ単に協調とか派閥とかが嫌いなだけで、人間そのものが嫌いなわけじゃねえ。今回に関してはもう人死にが出てるそうだから、これ以上勝手させるのは我慢ならないと思った奴が何人かいただけだ。ちなみにオレ様はどっちでもいい派だったけどな」


「……まあ、そういうことにしておいてあげるわ。それで、やる気満々で出て来てくれたのは嬉しいけど、実のところ勝算はどんな感じなの? 相手はあの『戦線(フロンティア)』がツーパーティーいてもヤバいらしいけど」


「おいおい、うちの面子なめてもらっちゃ困るぜ?」


 キングは得意げに言った。


「オレ様達は、みんな公式チートの『ユニークスキル』持ちだぜ? そこらのレイドとかと一緒にすんな」







 赤兎は、銀髪の紳士風な青年……針山に話しかけられた。


「赤兎さん、申し訳ございませんが他の方々の救出をお願いできますでしょうか?」


 赤兎は辺りを見回し、そして現れた『OCC』のメンバーを見回して刀に手をかける。


「あいつ……『イヴ』は一筋縄で行く相手じゃねえ。ここは協力した方が……」


 しかし、針山は笑顔で首を横に振る。


「いえ、どうかお下がりください。これはギルドマスターのジャッジマンからの言葉なのですが……」


 針山の声が、おどろおどろしいものに変わった。


「『雑兵が大量にいたところで邪魔になるだけだ。下がらせろ』……ということなのです」


 そして、袖口から短い槍を取り出し……何気ない動きで後ろに投げる。

 投げられた槍は放物線を描き……足を掴まれているプレイヤーの後ろから襲い掛かろうとしていた『ヒト型』の目の前にささり、その動きを牽制した。


「『流れ弾』が当たってしまうことを考えると、私たちも戦いにくいので」


 確かに、OCCの実力なら下手に中途半端なプレイヤー達に加勢されるより自分たちだけでやった方が戦いやすいだろう。それに、ジャッジマンの最初の一撃で半数の拘束は解けたが、まだ動きを制限されて危険な状態の者達も大勢いるし、死んだ仲間の遺体のこともある。

 赤兎達が撤退するなら、掴まれているプレイヤー達を救出し、さらに遺体も回収して下がる必要がある。『ヒト型』の危険を考えるなら、実力があってなおかつ『イヴ』に吹っ飛ばされて消耗している赤兎も撤退に加わるのが最適だろう。


 しかし……


「あいつは本当にヤバいぞ。あんたらだけで勝てるとは思えない」


「そうですか。無闇さんが評価していたあなたがそこまで言うのなら、そうなのかもしれません。しかし、それならなおのこと……」


 針山は、笑顔の裏に歪な殺意を込めて言った。


「雑魚どもはさっさと下がらせなさい。さらに死人が出ますよ?」


 そこには有無を言わさぬ迫力があった。




 一方、キングのテイムしている蛇型モンスター『ポチ』に乗って高速で『イヴ』に接近し、その右腕から伸びた無数の『手』を無力化したジャッジマンは『イヴ』の巨体を見てぼやく。


「はた迷惑な巨体だ。もう少し痩せろ」


 『ポチ』は速やかに『イヴ』から離れ、『ヒト型』達の相手に向かうが、ジャッジマンはその場に残る。


 『イヴ』は体高10m近い巨体を持ち、さらにその表面を瓦礫の鎧で包んでさらに身体を大きく見せている。

 そして、ジャッジマンに手元の地面を吹き飛ばされた右手の平からは、中ほどで弾けとんだような標準的な人間尺度の腕が無数に生えている。地面から生えている『手』は、手の平から生えた腕が地面の中を通ってプレイヤー達を掴んでいたのだ。

 おそらく、地面についていて離れない左手からも同じだけの腕が生えている。


「その鎧、はがしてやろう」


 ジャッジマンの大剣《地雷剣クレイモア》は『魔剣』と呼ばれる特殊効果付きの武器。何かを斬ると、同時に爆発のような衝撃波が発生するという効果が付加されている。

 それにより一撃の攻撃でただの『斬撃』ではなく、『衝撃』をたたき込むことができる。


 そしてさらに、ジャッジマンのユニークスキル『制裁スキル』は『倫理に反する行為を行ったプレイヤーへの攻撃』に対してプラス補正がかかるスキルだ。その条件には『武器を放棄した相手への攻撃』『複数人での一人への集中攻撃』などがあるが、最大級の倫理違反は『プレイヤーの殺害』。

 既に複数プレイヤーのHPを全損させている『イヴ』に対しては、最大限にその効力を発揮し、威力を上乗せする。


 ジャッジマンはそれを、『イヴ』の左腕の外側から回り込んで、その腕に振り下ろす。


「はあっ!!」

「■!!」


 その一撃で弾き飛ばされる左腕全体の瓦礫の鎧。

 そこに……


 ヒュ ヒュ ヒュ

「……」


 建物の陰から闇雲無闇が曲射で放った矢が、連続して命中する。


 闇雲無闇の持つユニークスキル『狙撃スキル』は相手の視認できない場所からの遠距離攻撃を強化する。普通ならそれはかなり遠方からの攻撃か一回限りの奇襲に限られるだろうが、目視に頼らない闇雲無闇は見えない位置の相手に一方的に攻撃できる。

 いくら鉄壁の皮膚に守られ、多数の眼を持つ『イヴ』であろうと、鎧に包まれていると思っていた部分をはがされた直後の死角からの攻撃には不意をつかれる。


 さらに、そこへすかさずマックスが駆け込んできて、飛び上がりながら『イヴ』の左腕に手を当てる。


「『グレートスターズ』!!」


 一列に打ち込まれる五つの星形のエフェクト。


 マックスのユニークスキル『逆転スキル』の基本技『グレートスター』は、相手に『星』のエフェクトを打ち込み、星の数に応じて相手の筋力、防御力、速力などの基本ステータスを低下させる。星の最大数は五つ。つまり、最大数の『星』を打ち込まれた『イヴ』の基本ステータスには最大限にマイナス補正がかかっている。


 そして、ステータスが下がって自重を支えるので精一杯になり動きの鈍くなった『イヴ』に、さらに近付いてくる銀髪の紳士……針山。

 彼は、懐から返しの付いた『釘』を取り出し、鎧がなくなり露出した左腕の攻撃された箇所を見ようとして現れた『眼』に投げつける。


「少し、痛いかもしれませんね」

「□□□□!?」


 針山のユニークスキル『拷問スキル』は、貫通攻撃で相手に与えるダメージを減らし、その代わり刺した物が刺さっている間は継続的に残りHPに対して一定のダメージと激痛を与えるというスキル。

 止めを刺すことはできないが、行動を封じることはできる。


 そして、少々離れたところでメモリが詠唱する。


「称号を反転。『古代魔法スキル』、全属性融合魔法『オール・イン・ワン』を発動します。対象以外は退避してください。」


 『イヴ』から離れるOCCの前衛、中衛の三人。

 そして、メモリの頭上に出現する巨大な魔方陣。

 メモリの称号は『遊び人』と『賢者』。この二つは表裏一体であり、『遊び人』でいる間は魔法を使おうとすると高確率で失敗する代わりに、『賢者』に反転したときには他のプレイヤーには使えない強力な魔法系ユニークスキル『古代魔法スキル』を使える。

 中でも、『オール・イン・ワン』は最強の破壊力を持つ魔法。

 メモリがこれまでに使用した魔法の種類に比例して威力が上がる。『全ての魔法が混ざった一つの魔法』とされる最終魔法。


 魔法陣から光の柱が解き放たれ……『イヴ』の左腕に命中する。


「□□□□□!!」


 舞い上がる粉塵。

 『イヴ』の苦しむような悲鳴。

 さらに、マックスの『星』はその上から攻撃を当てると誘爆する効果がある。それにより、さらなる破裂音が炸裂する。


 そして、粉塵が収まると……そこには『左腕』を失い、三本足で体を支える『イヴ』の姿があった。



「先ほどのコンボでのダメージが10.6%。事前のダメージとの合計で34.4%です。全体の体積からの損失体積に対するHPの損失が少ないため直前に何らかの対抗措置を取られた可能性が高いと思われます。」


 メモリの平坦な分析が、『イヴ』から距離を取り集まって来たジャッジマン、マックス、針山に告げられる。

 巨大な相手の攻撃の的になるリスクを考えれば密集しすぎるのは危険だが、メモリは『オール・イン・ワン』を使用すると一定時間魔法が使えなくなる。そうなると、メモリは魔法以外に戦闘手段がないため危険なのだ。ある程度の距離はあけていてもすぐに守れる位置には集まった方がいい。


「『五つ星』と『オール・イン・ワン』のコンボでHP損失が一割って……あれ本当にプレイヤーか?」


 マックスが呆れたように言う。


「ただの儂らが見逃していたユニークスキル使い……と考えても説明がつかんが、傷つかんわけでもないらしい。倒せない相手ではない」


 ジャッジマンは『イヴ』を見据え、警戒しながら言う。


 そして、周囲を警戒していた針山が叫ぶ。


「見てください! 黒いヒト型モンスターが……!」


 目の前のプレイヤー達から離れて中心の『イヴ』の所へ集まる『ヒト型』達。それも、何体かは自分の足で走り寄るのではなく、何かに引っ張られるように宙を舞い、『イヴ』の口へ飛び込んでいく。


 バグン


 合計7体の『ヒト型』が食われ、『イヴ』に変化が生じる。

 『イヴ』のHPが回復していき、さらに左腕が再生して身体を支える。


「うそ……だろ?」


 『ヒト型』の妨害がなくなり、『イヴ』の左腕がなくなったことで足の拘束が解けて自由になったプレイヤー達が速やかに解放されていくが……その顔には絶望感がありありと浮かぶ。

 超攻撃、超装甲、そして超再生。

 そんなもの、公式チートどころではない。


 最初に戦っていた何十人ものプレイヤー達は足が自由になるなり撤退していく。

 理解したのだ……『自分たちの勝てる相手ではない』。


 しかし、OCCは『イヴ』を見据え……退こうとはしない。


 何故なら……



「誰かが止めなければなるまい。そうしなければ、あやつは全てを壊しつくすぞ」



 敵は、挑むにはあまりにも大きく……しかし、逃げるのも無意味なほど強大だから。







 ゲートポイントで『黒いヒト型』を足止めするマリー=ゴールドの前に、『黒い翼』を広げた少女が舞い降りる。

 そして、動きを縛られた『黒いヒト型』に『牙』を突き立てる。


「あと……11」


 『黒い翼』と『鋭い牙』を持つ少女は、マリー=ゴールドの静止も聞かず、『黒い翼』を広げ、再び空へ舞いあがる。







 『イヴ』はプレイヤーだ。

 プレイヤーにはプレイヤーとしての様々な制限がある。

 HP、EP、ステータス、スキル、知覚領域……それは、『イヴ』も例外ではないはずだ。

 そして、姿はどうであれ『生身』のプレイヤーならば戦闘が続けば疲労し、動作の精度も落ちる。


 現に、OCCとの戦闘が始まって十数分……接近戦を仕掛けてくるジャッジマン、マックス、針山の三人と蛇モンスター『ポチ』を払いのけようとし、遠距離から攻撃を仕掛けてくる闇雲無闇とメモリの攻撃を鎧を作って防ぐ『イヴ』の動きは雑になって来ていた。


 そもそも、OCCと戦い始める前から赤兎や『戦線(フロンティア)』、それに何十もの中級戦闘職の相手をしていた『イヴ』はステータス的には回復しても消耗していた部分があったのだと思われる。


 しかし……それは決してOCCが有利になって来ているとは言い切れない。

 何故なら、追い詰められて手段を選べなくなった時こそが、最も秘められた力が発揮される時なのだから。



「■■!!」


 『イヴ』の短い叫び声に引き付けられるように、あちこちで瓦礫を貪っていた『ヒト型』が『イヴ』の元へ集まる。

 ジャッジマン、マックス、針山、『ポチ』は集まってくる『ヒト型』を警戒して瞬時に『イヴ』から離れて距離を取る。


 戦闘の流れが変わったのを感じたのだ。


 ここまで『ヒト型』は自律的、理性的に行動することはほとんどなく、近くの『より食べやすい物』を求めてうろつき、貪るだけだった。基本的に接近や攻撃をしなければ『戦闘』にはならなかったため、前衛中衛の三人は『イヴ』との戦闘の邪魔にならないよう主に牽制だけをしていた。前衛にとって、一撃で死に至る可能性すらある『イヴ』の攻撃をかいくぐりながら取り巻きまで真剣に相手をしている余裕はなかったのだ。


 もちろん増えすぎると危険であり、無視するわけにもいかないので闇雲無闇とメモリは遠距離攻撃の手段がないらしい『ヒト型』を間合いの外から一方的に攻撃して減らしていたが、それはジャッジマン達の援護射撃の合間を縫ってのことだった。


 しかし、『ヒト型』が『イヴ』に集まり、守りの布陣につくなら戦法を変える必要がある。

 そう思った瞬間だった。


「■……■!!」

「ガガッ!!」


 『イヴ』は集まって来た『ヒト型』の一体を握りしめ……その手を振りかぶって、闇雲無闇が陰に潜んでいた建物へ『投げつけた』のだ。


「…!!」


 『ヒト型』は屋根に突き刺さるように腕を食い込ませて着地して無闇に直接はぶつからなかったが、飛んできたのを気にしないようにそのまま『イヴ』から死角にいた無闇に飛びかかる。

 さらに、『イヴ』は第二第三の投擲を続ける。


「無闇!!」


 マックスが闇雲無闇の隠れている建物に駆けていく。

 無闇は遠距離に特化したタイプの戦闘職だ。接近戦では明らかに不利になる。

 無闇もそれはわかっている。すぐさま隠れているのを諦め、マックスの方へ合流しようと屋根から飛び降りるが……


 ピン


「!!」

 空中で、突然予期していなかった『横方向』の力で……『イヴ』の方へ引っ張られる。


 無闇が『音』でよく探ると、外套に注意しなければわからないような『糸』が貼り付いて引っ張っている。


「……!」


 闇雲無闇は冷静に対処する。

 糸の強度はわからないが、目に見えなくても人一人くらい簡単に引っ張り寄せられる強度があることは確か。おそらく瓦礫を引っ張り集めていたのもこの糸。ならば、切るのは難しいかもしれない。

 そう思い、糸の貼り付いた外套じたいを脱ぎ捨て、地面に着地する。


 その直後……『それ』を待っていたかのように、『イヴ』が大口を開いた。



「■■■■■■■■■!!!!」



 音と共にとばされる衝撃波。しかし、距離があるためか大してダメージにはならない。

 だが、闇雲無闇だけは別だ。

 その『音』自体が、優れた感覚を持ち、普段から外套で身を包んでいる闇雲無闇の全身を襲った。


「……!?」


 耳を押さえ、身体を抱くように蹲る闇雲無闇。

 しかし、その程度で音波は防げない。


「無闇!! 大丈夫か!?」

「………?」


 マックスが駆け寄って声をかけるが、闇雲無闇はそれに気がつかないように周りをキョロキョロと見る。

 それはまるで、閃光弾を直視した直後の人間が視力を失ったような反応だ。


 そしてさらに、周りを『視る』ことのできなくなった闇雲無闇に対し『イヴ』が『ヒト型』を投擲しようとする。

 それは今までの着地を前提としてものではなく、直接ぶつけることで破壊力を生み出そうとする本気の直線フォーム。


 マックスの取る行動は一つしかなかった。


「危ない!!」

「!!」


 とっさに無闇を突き飛ばして代わりに投擲を受けるマックス。まるでビリヤードの玉のように『ヒト型』とぶつかり、派手に吹っ飛ばされる。

 投擲されてきた『ヒト型』はその一撃でHPが全損していたが、幸いにも防御力が高かったため一命を取り留めたマックス。しかし、ダメージは深刻ですぐには戦線復帰できない。


 そして、最初に投擲された三体の『ヒト型』が実質戦闘不能となった二人に近付いていく。



「ふんっ!!」



 それを大剣で薙ぎ払い、衝撃波で吹き飛ばしたのはジャッジマン。

 二人の様子を見て……苦い顔をした後、近くまで来た針山に強い口調で言う。


「針山! この二人を蛇に乗せてメモリを回収して逃げろ。戦力の三割以上が戦闘不能になったら、もう撤退するしかない」


「……あなたはどうするんですか?」


「背中を見せたらあの投擲でやられるぞ。それに、あれは鈍く見えても脚が長い。全力で移動されたら蛇の背に乗っても勝てん……儂が殿(しんがり)を務めるしかなかろうよ」


「しかし……」


「一人であれを止められるとしたら儂だけだろう。さっさと行け」


 有無を言わさぬ口調。

 針山はその裏に込められたジャッジマンの覚悟を読み取り……慇懃に頭を下げた。


「今まで、ありがとうございました。」


「……さっさと行けと言っとろうが」


 地面を這って来た『ポチ』も、針山と同じものを感じ取ったように頭を下げ、マックスと闇雲無闇を背に乗せて離れる。

 そして、一人残ったジャッジマンは『イヴ』に遠い目を向ける。










『ねえ、ネットゲームとか興味ない?』


『ふん、最近は人気らしいな。それがどうした?』


『今度VRMMOの世界でちょっと面白いことやるんだけど、参加してくれない? 戦闘系とか嫌いじゃないでしょ?』


『どうして儂が参加せにゃならんのだ。儂は作り物の世界なんぞに魅力を感じん。第一本物の戦争だって経験した儂に、何故にそんな偽物の戦場を楽しめと?』


『世界は作り物でも、他の人達は本物だよ。それに、私は別に偽物の戦場なんて用意してない。むしろ、「本物」だからこそあなたを選んだ』


『……裏がありそうだな。』


『まあね。でも、「若い世代の手助けをするために命を懸ける」とかって言い方すればカッコいいかもしれないよ』


『……儂に何をさせたい?』


『あなたの性質は「均衡の維持」と「状態の安定」。肉体だって自然に安定するように生活を調節してるからこそ長持ちするし、あなたが口出しした権力者は長くその地位を維持できる。逆に、不都合な状況のを崩して新しい均衡をつくることもね。だからそれを生かしてちょっとだけうちの個性豊かな子供たちをまとめてほしいの。別に指揮なんてしなくてもいいわ。内部崩壊しない程度の輪郭さえ保ってくれれば。もうリーダーの子は決めてあるから、あなたはそれを少しサポートするだけでいい。言ってみれば、リーダーの子が部長を務める部活の顧問みたいなことをしてほしいの。』


『政治家の顧問すらしている儂に小僧どもの子守をさせようとは、大きく出たものだな』


『政治とか経済とかもう飽き飽きしてんでしょ? そうじゃなきゃこんな隠居暮らしなんてしてないわよ。汚い大人たちの世界が嫌で、こんな世俗を離れたようなところに暮らしてるんでしょ? だったらいいじゃない。そんなに暇なら子供の遊びくらい付き合ってくれても』


『ふん……まあ確かに、時間だけは有り余っているからな。誘いに乗ってやろう。その代り……暇つぶしにもならんようなつまらん内容だったら訴えてやろう』


『安心して。きっと死ぬほど楽しいわよ』










「全くな……思わず童心に帰ってしまうほどには楽しかったよ」


 『イヴ』の目の前まで歩み寄ったジャッジマンは誰に言うともなく呟く。


「ここ何十年か、ろくにガキどもと触れ合う機会なんてなかったからな。本当に、世話を焼かされた」


 『イヴ』が振るう右腕を大剣で受けながしながら、地面に足の側面で線を描きながら踏ん張る。

 パワーの差は歴然。HPが大きく減ってゆく。


「本当に久しぶりだった……立場も権力も関係なく、儂に刃向ってくるガキに夢ばかり見てる坊主、それに大人ぶった小僧……内気なくせにやたら行動的な娘に、機械みたいに融通がきかんくせに言うことも聞かん小娘。いつも儂を馬鹿にしたように勝手に動きおって」


 もう、遠方からの援護射撃も、近くからのサポートもない。

 メモリも針山が回収して逃げたのだろう。


「おまけに上の方のはねっ返りどもは、そもそも儂どころか誰の言うことも聞かんではないか。よくあんな面子を集めたものだ」


 ジャッジマンは剣を振るい、『イヴ』の鎧を吹き飛ばすが……致命打にはならない。


「確かに儂は人生に暇はしておったが何もここまでの刺激はいらんと言うのに……年甲斐もなくゲームにはまり込むなど、恥ずかしいではないか」


 周りに『ヒト型』が集まってくる。

 ジャッジマンの口元に笑みが浮かぶ。


「『O(オフィシャル)C(チート)C(クラブ)』とか……儂が冗談でつけた名前を誰も反対しないから、正式名称になってしまったではないか」


 大剣で周りの『ヒト型』を薙ぎ払う。

 しかし、仲間が倒れてもその死体まで貪るような本能的な原理で動く『ヒト型』は、反撃など恐れずに集まってくる。

 そのほとんどを横薙ぎの大剣で薙ぎ払うが……隙が生まれる。


 『イヴ』が左右両の腕を振り上げ、ジャッジマンを真上から叩き潰そうとする。


「……151年。思い返せば、確かにまだまだ短かったな」



 その時、遠方から届いた『光の柱』が顔面に直撃し……『イヴ』両の腕がジャッジマンの左右に逸れた。

 距離が長すぎたのか減衰していたが、確かにその『光の柱』は……『オール・イン・ワン』だ。

 それを放てるプレイヤーは一人しかいない。


「本当に……いつも勝手なことばかりしおるわ」



 ジャッジマンは上半身の支えがなく、自分に倒れ込んでくるようにして近づいてくる『イヴ』の胴体のど真ん中に≪地雷剣クレイモア≫を突き立てた。


「……爆ぜろ、馬鹿者が」


 『イヴ』自らの体重で皮膚を貫き、深々と胴体の中に突き刺さった大剣が……その体内で大爆発を引き起こした。




 そして、ジャッジマンは『それ』を見た。

「……!! そうか、貴様は……」




 次の瞬間……ジャッジマンの胸に、背後の地面から飛び出て来た『腕』の突き立てた『無色透明の刃』が深々と突き刺さり、貫通した。

 尽きていくHPを見ながら、ジャッジマンは一人呟く。


「年寄りは大切にしろ……馬鹿者が」










 同刻。


 ジャッジマンの大剣を間合いギリギリで免れた『ヒト型』が、今まさに命尽きようとするジャッジマンに背後から食いつこうとする。

 しかし、その『さらに後ろ』から、『黒い翼』を生やした少女がまるで落下するかのような急降下で飛びつき、その首筋に『牙』を突き立てる。


 瞬く間に『ヒト型』のHPは尽き……ジャッジマンに触れることなくバタリと倒れる。


 そして、『黒い翼』を生やした少女は『イヴ』に向かって言う。


「もう、終わり。今のが最後の『予備電池』……もう、補充できない」


 『イヴ』はその言葉に、何かに気付いたように複眼で周囲を見回し……沈黙する。


「殺したい……でも、今はそっちが強い。だから……また今度」


 少女の言葉が通じたらしい。

 『イヴ』は地面に腕を突き立て、形を崩してそこに吸い込まれるように姿を消していく。

 まるで、地面の穴から風船の空気が抜けて行くように地表から見える部分が縮んで行き……最後には穴だけを残して姿を消す。


 そして、残された『黒い翼』を持つ少女は立ったままHPが尽きて動かなくなったジャッジマンの前に立ち、手を伸ばして……その瞼を下させる。


「ごめんなさい……おじいさん」


 少女の目許には、薄らと涙が伝っていた。

 今回はガチでシリアスなので死者が出るのも覚悟して読んでください。

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