128頁:大物を怒らせてはいけません
『イヴ』……規格外の巨体と破壊力、そして数多くの謎を持つプレイヤーだ。
後に『悪夢の6月』の象徴とも呼ばれるようになる。
その姿は商店街の襲撃で多くのプレイヤーに目撃され、恐怖を植え付けた。
体高10m。
これはアフリカゾウの二倍から三倍以上の大きさだ。三階建ての建物の高さに相当する。
内部で何かが蠢いている肌色の壁のような表皮は鉄壁だ。
その防御力は、前線プレイヤーの攻撃でもダメージがHP全体の数パーセント以下。防御特化のプレイヤーがフル装備で盾を構えているのに近い。
その攻撃力は、ただ『歩く』だけで建物を押しつぶしていく。腕を振るえば、最前線プレイヤーを四人同時に軽々吹っ飛ばす程度の破壊力がある。
そして、何より恐ろしいのは……この程度のステータスは、まだその脅威の『表面』でしかないということ。
真の恐怖は……これからだ。
《現在 DBO》
『イヴ』の雄叫びが響いた途端、『黒いヒト型』は急に動きを変えた。
『戦線』との戦闘をやめ、戦闘そっちのけで続けていた『拾い食い』の手も止め、一斉に雄叫びの元へと……『イヴ』の元へと向かう。
「なっ……」
商店街の残骸を貪って増え続ける『ヒト型』の増殖を何とか抑えようとしていたアイコは驚き、同時にその意味を考える。
あの『雄叫び』は、赤兎が戦っている巨大な敵『イヴ』があげたもの。追いつめられたのか、それとも別の理由があるのかは分からないが『ヒト型』を呼び集めたのだ。
ざっと見て、集まっていく『ヒト型』は四十体以上。
それぞれが前線プレイヤーでも手こずる強さを持ち、食べ物でも残骸でも……プレイヤーだろうと食べて増殖するのだ。
「ヤバい……逆包囲になっちゃう」
アイコと他の『戦線』のメンバーは『ヒト型』を追った。
一方、『イヴ』を囲んだ『戦線』の7人と、応援に駆けつけた60人以上の中級戦闘職は、今までされるがままだった『イヴ』の初めてのあからさまな抵抗らしき行動に戸惑っていた。
まさか、今までの状況は『イヴ』が抵抗できなかったのではなく……抵抗『しなかった』だけなのではないか。
そんな動揺への答えは、すぐに示された。
「おい!! 黒いのが集まってきたぞ!!」
ざわめくプレイヤー達。
『イヴ』の雄叫びでその仲間が集まってくる可能性は考えていなくはなかった。
しかし、その数が予想よりもかなり多い。
30前後の『ヒト型』が『イヴ』の元に集まり、その途中にいる邪魔なプレイヤー達を押しのけ、投げ飛ばしていく。
「あいつら……あのデカいのを護りに来たのか?」
「かもな……いや、あれを見ろ!!」
プレイヤー達は予想外の光景を眼にし、言葉を失う。
バクン……擬音をつけるなら、そんなワンアクション。
『イヴ』が、自分を護るために集まったと思われた『ヒト型』の内、自分の目の前にいた数体を周りの瓦礫ごと丸ごとえぐり取るように、その大きな口で一口に呑み込んだのだ。
「あいつ……味方を喰ったぞ」
「化け物が化け物を喰ってやがる」
バリバリという音を立てて咀嚼する。
そして、目を一カ所に集めて『複眼』に戻し、遠方から遠距離攻撃を飛ばしてきた後衛プレイヤー集団を睨む。
「何する気だ……こいつ」
プレイヤー達が警戒しながら見上げる目の前で、『イヴ』はその巨大な口を上へ向け、大きく開けた。
「……!?」
口から何十、何百という物体が打ち出され……それが雨のように後衛プレイヤー集団に降り注ぐ。
「うわあ!!」
「なんだこれ!?」
「残骸の欠片だ!! デカいのも混ざってるぞ!!」
「威力が強い!! 建物の陰に隠れろ!!」
よもや遠距離攻撃が飛んでくると思っていなかったらしい後衛プレイヤー達は慌てて残骸の雨から逃げ出し、足並みが乱れる。
そして、『イヴ』は今度は目の前の前衛、中衛のプレイヤー達を見下ろし、ゆっくりと肘、膝にあたる関節を曲げ、頭を低くしていく。
「な、何をする気だ?」
前方で攻撃の指揮をしていたプレイヤー……草辰は周りのプレイヤー達に警戒のため武器を構えさせるが、『イヴ』の後ろから赤兎が叫ぶ。
「馬鹿野郎!! そいつの正面から逃げろ!!」
その直後、『イヴ』の巨体が地面に亀裂を残すほどの力を一気に爆発させて地面スレスレに前へ『跳んだ』。
ただの突進……しかし、その重量から生まれる破壊力はまるで電車の突進。
プレイヤーが十数人集まって武器を構えた所で受け止められるわけがなく……
『イヴ』は一直線に、正面方向にあったプレイヤーショップを粉砕してぶち抜くまで走り抜いた。
しばし遅れて、ギリギリその『蹂躙』のルートから外れていて、その結果を間近で見たプレイヤーが叫ぶ。
「た、大変だ……何人もやられたぞ!! 」
周囲のプレイヤーが、そして赤兎が一瞬にして破壊の痕となったプレイヤーショップの残骸に駆け寄る。突進に巻き込まれたプレイヤー達はそこで建物に叩きつけられたらしく皆倒れている。
「おい草辰!! 大丈夫か!?」
赤兎が半ばで折られた柱に寄りかかっている草辰を見つけて駆け寄る。
そしてHPバーを見ると……受けたダメージが大きすぎる。直撃時の衝撃で大幅に減ったらしく既に残り少ないが、全身が強力な圧力で潰されて耐久力的に限界が来ているためさらにHPが減って行く。
このままでは……
「おい、これ飲め!!」
赤兎は持っている中で最高級の回復ポーションを取り出すが、草辰はそれを受け取ることすら出来ないので、無理やり口に注ぎ込む。
「誰か早く回復技を!! ポーションじゃ間に合わねえ!!」
赤兎は声を張り上げて回復技が使えるプレイヤーを探すが……他にも致命的なダメージを受けたプレイヤーが多数居る。近くにいる回復系プレイヤーだけでは全員を救うことなどできない。
「……ぅ……赤兎、か?」
「そ、草辰!! ああ、ここにいる!! 少し待ってろ、すぐ回復する!!」
ポーションは一つ使うと一定時間次のポーションが使えない。
戦いに特化し、回復手段を持たない赤兎にはもう何もできない。励ますことが精一杯だ。
草辰は弱々しく、赤兎の目を見る。
「ちくしょう……体中痛ぇ。赤兎……あれは、バケモンだ」
「無理するな!! すぐ回復役が来るから、言いたいことは治ってから言え!!」
「うっせえ……気休め言うな……てめぇも、気をつけろよ。あんなの食らったら、てめぇも……死ぬぞ」
HPバーがポーションの回復を差し引いても着実に減っていく。
回復技を持つプレイヤー達も、手が回りきっていない。草辰へすぐに回ってくる気配はない。
「赤兎……俺は、本当は自分の店だけでも守りたかったんだ。それが……このざまだ」
ハッとして赤兎は店の残骸を見渡す。
そこには武器やその欠片が散らばっている。
ここは武器屋……草辰の店『竜紋屋』だったのだ。自分の店の残骸の中、草辰は自嘲気味に笑う。
「やっぱ……天罰だな。自分のことばっか考えて、結局やられちまう。本当は……自分の店も危なくなってきたから、他のやつも引き連れて出てきたんだぜ? その挙げ句にぼろ負けして店もなくすって……馬鹿でしかねえだろ。けどな……」
草辰は、赤兎に強い口調で言った。
「俺は……俺にはまだ意地だけは残ってんだ……。せめて、最期まで……戦い抜いて……」
『轢き』飛ばされても剣を離さなかった草辰は、腕をわずかに上げ……HPが0になると同時、力尽きたようにその手が地面に落ちた。
そして、赤兎はそれを見て……俯き、ゆっくりと草辰の剣をその手から抜き取った。
「わかった……一緒に戦おう、草辰」
その眼には……一筋の線が光っていた。
それは、前線で戦っていて、幾度となく仲間との別離を経験しながらも慣れない……決して慣れてはいけないものだった。
そこに……
ジリ
「おい!! 黒いのが集まってきたぞ!!」
黒い『ヒト型』が集まってくる。
狙いは新しく食べやすく分解された建物か、もしくは……
「てめえら……仲間の遺体に何するつもりだ?」
一方、『イヴ』は道無き道を切り開きながら……つまり建造物を関係なく破壊して真っ直ぐに進んでいた。
まるで今まではまだ遠慮して『道』を歩んでいたのをやめ、真っ直ぐに目的地を目指しているように見える。
そして、その先には……
「こいつまさか……牢屋の犯罪者が目的か!?」
その巨体を追うプレイヤー達は後ろから攻撃して歩みを止めようとするが、その皮膚の防御力が高く、さらに『ヒト型』が追従して邪魔してくるため大したダメージを与えられない。
『ヒト型』は何体か『イヴ』に踏みつぶされてしまっているが、それで離れていく様子はない。
本気になった怪獣は、誰にも止められない。
その行く先の『指導室』と呼ばれる施設はやっと敵の狙いが収監された犯罪者たちの解放だと察するが、犯罪者たちを他に移す余裕などあるはずもない。
地響きは地下にある牢屋を軋ませ、その到来を告げる。
責任感と恐怖の板挟みになった看守たちはその足音を、まるで死のカウントダウンのように聞く。
そして……
凄まじい破壊音と同時に、『指導室』の屋根がまるでオモチャのブロックの家のように地面から『取り外』され、『イブ』の複眼がその中を覗き込み……
「やっと止まったか、この野郎」
その頭と胴体の接合部分の上方で、『無敵モード』となり、刀にオーバー100の固有技『ドラゴンズフレア』の輝くエフェクトを纏わせた赤兎が呟いた。
目的地にたどり着き、意識に隙のできた『イヴ』の『首』にあたる接合部めがけて、渾身の一刀を振り下ろす。
「……□!!」
声にならない叫びをあげる『イヴ』。
しかし、刀は首の中ほどで止まり切断にいたらない。
そこに、赤兎はもう一刀……背に隠していた草辰の剣を振り上げる。
そして、自身の食い込ませた刀を上から押し込むようにして……
「草辰の仇だ!! 首落としてやらぁあ!!」
『ドラゴンズフレア』の射程拡大も相まって、一息に、完全に……その首を切断し、『胴体』から『頭』を切り離した。
「やってやったぜ……草辰」
地面に着地した赤兎は、手の中の折れた剣を見る。
赤兎のパワーは最前線プレイヤー内でも最上級。まして強力な技の媒体にすれば耐久力は急減する。
『イヴ』の突進を止めようとした時のダメージもあったのだろうが、攻撃を入れた直後に折れてしまった。
赤兎は追いついて来たアイコ達『戦線』メンバーに仲間の遺体を任せ、すぐさま『イヴ』を追い、『指導室』を襲う瞬間を狙ってタイミングを合わせて近くの建物の屋上から飛びあがって全体重をかけて斬りかかったのだ。
狙うタイミングと場所を合わせ、全力を叩きこむのは難しい賭けだったが……見事に成功した。
「……『イヴ』か、なんだったんだろうなこいつ」
赤兎は振り返り、『指導室』の上に落ちた首を見て一人で物思いにふける。
看守たちは首が落ちてくる寸前にギリギリで逃げ出して避難している。犯罪者たちは地下牢にいるからつぶれてはいないだろう。
巻き込まれて死んだプレイヤーはいない。しかし……
「こいつ、『プレイヤー』だったんだよな……」
赤兎はこのゲーム始まって以来、人を殺したことはない。
しかし、この『イヴ』というのがプレイヤーだというなら……赤兎は確かに人の命を奪ったことになる。
「実感わかねえな……まあ、首を落としたから確実に死んだんだろうけど……」
赤兎は『イヴ』の胴体……首を切り落とされた『断面』を見る。
プレイヤーの身体の断面はダメージを受けて切断されても赤い血のような色のエフェクトで視覚的に誤魔化される。しかし、ここまで大きな断面なら、少しは人間の断面らしい見た目になっているかもしれない。自分の一刀の結果を実感するため、『断面』を見上げた赤兎は……絶句した。
「なんだ……こりゃ?」
一方、アイコは仲間に草辰達の遺体を任せ、赤兎の後を追った。
なんとなく……嫌な予感がする。
こういう時は大抵、赤兎が何か無茶をしてピンチに陥っているときだ。いつも赤兎の傍にいるアイコには何となくわかるようになってきた感覚。『虫の知らせ』というかもしれない。何も言わず『イヴ』の後を追った赤兎が危ないと言うのは最初から分かっているが、それをさらに上から確証させるような危機感。居ても立っても居られないレベルの物だ。
その直後……予感は的中した。
「んのわっ!?」
「赤兎!?」
吹っ飛ばされてきた赤兎が、アイコのすぐ側にあった二階建てのプレイヤーショップに隕石のように突き刺さり、さらに貫通して反対側から出て来る。
『無敵モード』のおかげでダメージは受けていないが……その衝撃に悶絶している。
「だ……大丈夫?」
「いってぇ……これ、生身だったら死んでたかもな。あいつ……マジでやばいぞ」
赤兎の視線の先を追ったアイコも……『それ』を目撃した。
数百メートル先に佇む、頭と胴体を切り離された『イヴ』の巨体。
その胴体の断面から伸びる、無数の触手のようなもの……いや、中には切断されたものもあるがよく見れば普通の人間に見合う尺度の『腕』だとわかるものが、寸分違わず首の断面に殺到する。
そして、『頭』が持ち上がり『胴体』と連結して傷跡も残らず修復されていく。
「なあに……あれ?」
「どうりで殺したって実感がわかなかったわけだ。一回目に斬った時も違和感を感じたけど、さっき断面を見てようやくわかった。あいつは、ただ単に身体がでかいわけじゃねえ。」
赤兎とアイコの見ている前で、『イヴ』の口の中から伸びた舌……腕の密集したものが地下の牢獄へ侵入していく。この距離では近距離戦特化の赤兎やアイコでは何もできない。
おそらく中で今までに捕まった『犯罪者』達が解放されていくのを苦い顔をして見ながら、赤兎は言った。
「あいつは見た目はただの化け物だが……中身はもっと得体のしれないもんだ」
『舌』を使って牢屋を破壊し終わったらしい『イヴ』は、次に東の方向を向き……遠くを見据える。
赤兎は、瞬時にその意図を理解した。
「あいつ……街まで攻め込む気か」
この『時計の街』は少なくとも二千人以上のプレイヤーが生活している。
そして、その中には少なからずこの街に特別な思い入れを持っているプレイヤーも多くいる。プレイヤーショップが生産職プレイヤーの努力の結晶だとするなら、ゲームの最初から慣れ親しんだ日常の象徴。前線の戦闘職の中にも、活気と安心を求めて本拠地をこの街に定めているプレイヤーがいるほどだ。
『イヴ』はそれを……プレイヤー達の心の拠り所を完全に壊そうとしている。
また一歩、その足を踏み出して……
「撃てぇええ!!」
その直後、『イヴ』を囲うように多方向から魔法や弓の遠距離攻撃が降り注ぐ。
赤兎が辺りを見回すと、『イヴ』を離れて取り囲むプレイヤー達がいる。その顔は、仲間を殺された怒りに満ちている。
「赤兎、生きてるか?」
『戦線』の仲間の一人が赤兎の姿を見つけて駆け寄ってくる。
心配した様子だが、赤兎のHPを見るやすぐ安心したように表情を緩め、すぐに作戦を伝える。
「わりいな、囲むのに時間かかった。だが、いくら奴でもこの人数で囲まれちまえばどうにもならねえよ。なにせ、地の利はこっちあるんだ。卑怯臭いかもしれねえが、ここからは近付かずに奴に合わせて移動しながら距離を保って遠距離攻撃だけで攻め続ける。赤兎達は後衛プレイヤーの警護にまわってくれ。あの黒いのとか瓦礫弾が来たら守りに集中しろ」
瓦礫を口に含んで飛ばす『瓦礫弾』で一度後衛は不意をつかれてしまったが、ならば今度は『瓦礫弾』をやられてもその方向のプレイヤーが引きつけているうちに他の方位からの攻撃を当て続けるという作戦らしい。
遠距離攻撃発射のタイミングもずらし、出来るだけ時間に隙間があかないように攻撃し続けているし、『ヒト型』による別方向からの攻撃にも対策として赤兎達近距離戦タイプを用意している。それに、『イヴ』が移動してもこの商店街に詳しいプレイヤーに話を聞いて先回りして包囲を継続するらしい。
確かに、この作戦ならすぐとは言わずとも着実に『イヴ』のHPを削ることができる。
だが……
「おいあれ!! どういうことだ!?」
そんな甘い目論見が通じる相手ではなかった。
近くのプレイヤーの驚く声に反応して『イヴ』を見ると、奇妙な現象が起きていた。
『イヴ』の周囲の壊された建物の瓦礫が、まるで磁石のように引っ張り寄せられ、『イヴ』に集まって行く。
そして、集められたそれらは体表に貼り付くように『イヴ』の表面を覆い、落ちることなく積み重なる。
まるで鎧。
もはや遠目から地肌は見えず、遠距離からの攻撃は貼りついた残骸に阻まれて全くダメージに至らない。
さらに……
「おい、あっちも見ろ!! 黒い奴らも集まってるぞ!!」
『イヴ』の近くにいた『ヒト型』も瓦礫と共に引っ張られて宙を舞って行く。
そして……
ガブリ
五体の『ヒト型』が一度にその口の中に消えた。
さらに、足下に集まった『ヒト型』の内、二体を見下ろし、両方の『腕』を同時に振り上げ……
地響きを立ててその二体を踏み潰した。
プレイヤー達が唖然とした……その直後、地面から先ほどの地響きの後に続くように異常な振動が伝わってくるのを感じる。
事態が理解できないまま、『イヴ』を注視するプレイヤー達。
瓦礫の鎧は防御力強化の技だと考えられる。
ならば、今度の地響きの後にも何か起きるのではないか……
最初にそれを察知したのは赤兎だった。
「ヤバい!! 足下だ!! 跳べ!!」
赤兎との連携が長く、近くにいたアイコは赤兎の天性の勘の良さを知っているため、理由を聞く前に跳ぶ。
だが、他のプレイヤー達は反応できなかった。
二人が『ジャンプ避け』を行った直後、地面から生えてきた『手』が『イヴ』を囲んでいた全てのプレイヤーの両足を掴んだ。
「なんだこれ!?」
「地面から生えてきたぞ!!」
「うわっ、ぬるってしてる!!」
「力強え!!」
赤兎とアイコは攻撃を察知していたためか、あるいは『イヴ』の首を落として警戒されていたためか、10本以上の『手』が地面からさらに延びて追ってくる。
アイコは拳を硬く握って迎撃しようとするが……
ヌルッ
「ひっ!?」
手の表面がまるで粘液でも出しているかのようにぬるついていて、しかも関節がないかのように柔軟に動いて衝撃を流されてしまい上手く払い落とせない。
殴った腕にまとわりつくように絡みつかれてしまう。
しかも、腕だけでなく足や頭、全身にまとわりついてくる。
「なにこれ……よりによって何で私にだけこんなたくさん……触手みたいな……」
柔軟なわりに力が強い。
しかも、執拗にまとわりつき、まるで全身を覆おうとしているかのように徹底して巻き付いてくる。
「アイコ!! 動くな!!」
聞こえたのは赤兎の声。
直後、巻き付いていた『手』が切断され、視界が開けて拘束から解放される。
「たくっ!! アイコだけ異様に本数多かったぞ!? 薄い本みたいな展開に持って行く気か!?」
「冗談行ってる場合!? そんなことより、これ状況ヤバくない!?」
両足を掴まれて動きが不自由になったプレイヤー達に近付く無数の黒い影……『ヒト型』。
万全でも厄介な相手なのに、動きを束縛された状態で襲われれば中級者戦闘職などひとたまりもない。
包囲したはずが逆に散らした戦力が徒になった。
このままでは……本気で全滅もあり得る。
「どうする、オレ達で一人一人助けてたら間に合わねえ……」
赤兎の脳裏に『飽食の魔女』を攻略しようとしたときの悪夢のような壊走が浮かび上がる。
せめてアイコだけでも先に逃げさせようかという考えが頭をよぎる。
しかし、他のプレイヤー達を見捨てるわけにも行かない。
かくなる上は、一人で『イヴ』に特攻して一か八か拘束から気を逸らすしかないかと思い始めたとき……
「苦戦してるな、小僧。」
老人の声が聞こえた。
声の方を見ようとした瞬間、巨大な蛇が人を乗せて赤兎の横を高速で通り過ぎていくのが見えた。
そして、『ヒト型』も反応しきらない内に『イヴ』の足下に着いた蛇の上から飛び降りながら、その上にいたプレイヤーは『大剣』を『イヴ』の右手の真下の地面に斜めに突き刺し……その直後、地面が爆発した。
『根本』を断たれ、拘束されていたプレイヤーの半数の拘束が緩む。
さらに、近付いていた『ヒト型』に、予期していなかった攻撃が叩き込まれる。
マントを付けた少年が、ステータスダウンの『星』を叩き込む。
赤茶色の髪の少女が、平坦な詠唱で魔法をばらまく。
深緑の外套に身を包んだ狩人が、建物の上から矢を射る。
銀髪の紳士が、すれ違いざまに槍を次々と刺していく。
赤兎はその『援軍』の名前を叫んだ。
「『OCC』!!」
同刻。
AI『飛角妃』は運営の一人としてデータを管理している。
バクが生じていないか、ルールを破るチート行為が行われていないか、プレイヤー達の肉体に異常が出ていないか……
彼女は本来は将棋やチェスのために造られたAIだが、ここではそういう『本職』以外にも関係なく仕事が割り振られる。
その汎用性こそが『人間性』に繋がるのかもしれない。
そんな中、『飛角妃』は見逃せない重大なデータの動きを見つけた。
「あ、これは……マスターを呼ばないと」
デスゲームでは運営者も、高みの見物とはいかないのだ。




