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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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127頁:安易な人助けはやめましょう

 投稿の順を間違えたのでこんらんしてしまうかもしれませんが、125話と繋がってます。

 勘違いされやすいことだが、『性同一性障害』とは精神病ではなく先天的な身体病である。


 発生の原因は胎内で肉体が形成される際、脳構造の性別とそれ以外の部分の性別が食い違ってしまうことで発生し、生後は幼いときから自身の精神と肉体の間の性別の矛盾に違和感を感じ続けることとなる。


 つまり、本人にはどうやっても干渉できない段階に要因があり、本人に落ち度はない。そして、脳構造の問題は一般的な精神治療や現代の医学で解決できることではない。

 しかし、世間はそれを熟知してはいない。

 多くの場合、見た目の性別と振る舞いの異なる人間は『精神的に異常』と見なされ、嫌煙される。


 解決法がないわけではない。

 性転換手術によって精神の性別に身体の性別を合わせることもできるし、軽度であれば精神の性別にあった服装をすることで違和感を緩和できる例もある。


 しかし、周囲からの好奇の目は当然突き刺さる。

 違和感を緩和できても、今度はそちらで精神を圧迫されることになる。



 ある少年は、生まれつき自身を『女』だと認識していた。

 サッカーやドッジボールのようなスポーツよりも、裁縫や人形遊びが好きだった。

 しかも、生来そこらの女の子より気が弱く、すぐ泣いてしまう泣き虫だった。


 好奇の視線に耐えられるほどの図太さはなかった。

 しかし、性別の違和感にも耐え続けることは出来なかった。


 そこで、『彼女』が取ったのはひどく単純な手段。人の目のないプライベートな場所だけで精神に合った服装をして過ごす。それだけでも随分楽になった。

 だが、やはり心に違和感が残る。


 どうして自分は人目を気にして、本当の自分を隠して生きなければならないのか。

 どうして、自分は堂々と生きてはいけないのか。


 そこに現れたのが、仮想現実の技術だった。

 特に、本当の性別を明かさず、見かけ上だけとは言え多くの人の前で性別まで変えられるVRMMOは『彼女』にとって夢のような環境だった。


 それまで抑圧されていた自分を解放できる場所。

 好きなように女の子らしい服を着て、女の子らしく振る舞える場所。

 そこで『彼女』は、初めて自分に違和感を感じずに生きることが出来るようになった。


 そして、もう一つの転機。

 それは、偶然始めたゲームがデスゲームと化したこと。


 デスゲームの開始時点で、プレイヤー達はその容姿を全て現実世界のものと同じにされてしまった。それは勿論、『彼女』の場合も例外ではなく、再び『彼女』は肉体と精神の性別が食い違う不自然な状況になってしまった。


 しかし、『彼女』はまた元のように人目を忍び、人前で自分を誤魔化して生きることは出来なかった。

 戻るには、『彼女』は自分を自由に表現できるVRMMOの世界に慣れすぎていた。仮想現実(ここ)でまた『男の子』のふりをして、したくもない格好をするのは嫌だった。


 そこで、『彼女』のとった方法は……










《現在 DBO》


 『少年A』はスカートに着替えながら、とつとつと自分の来歴を語った。

 そして、完全に服装と髪型を整えると、どこか雰囲気も『女の子らしい』ものになった。


「このゲームに来てからは……あんまり話したくないかな。ちょっと恥ずかしいし」


「なんだよ、もったいぶらずに教えてくれてもいいだろ?」


 ナビが話をいい所で中断されて文句を言うが、少年Aは答えようとしない。


「でも……話してたらいろいろ思い出してきた。そうだよ……不謹慎かもしれないけど、ボクは結構このゲームがデスゲームになって、ずっとこの世界にいることになって少し嬉しかったんだ。ボクはVRMMOの世界が好きだったから。ここなら、自分を押し込めていなくていい。のびのび、なんでもやりたいことができる。だから、本当に楽しかったんだ」


「名前……プレイヤーネームは思い出せたか?」


 ライトは着替え終えた少年Aを見て、目と表情だけで『そっちの方がしっくりくる』という評価を表現する。人間観察が得意なライトからしてみれば、表情や振る舞いで相手の精神の性別を察することなど容易いことだったのだろう。

 ライトの視線が好奇の物ではなく、ただの『女の子』を見る目なのを見て安心したように無い胸をなでおろした少年Aは記憶を探るように目をつぶり……首を横に振る。


「ごめんなさい……まだ思い出せない。でも、話していけば思い出せそうな気がする」


「まあ、話してると記憶が刺激されていく事もあるだろうが……ところで、今の段階で質問していいか?」


「……何? 答えられることなら答えるけど」


 ライトはその目でじっと少年Aの顔を見つめる。


「今日は何月何日だ?」


「えっと……ごめん、よくわからない。記憶がぼんやりしてるから、いつからここに居るかもよくわからないし……この部屋、時間が分かる物何にもないからさ」


「そうか……ところで、さっきは何であんな格好をしてたんだ? 別に他に人がいるわけじゃないのに」


「えっと……あれ、なんでだろう? ボク、一人でいるときは『男の子』の格好なんてあんまりしないのに……いつもの服がなかったのかな?」


「……ああ、きっと服の持ち合わせがなかったんだろうな。思い出しそうになったら教えてくれ」


「……? まあ、いいけど……」


 釈然としない様子の少年Aに、ライトは話の続きを促す。



「このゲームに来てから……ボクは今までできなかったことをしたよ。可愛い服を着たり、知らない人に話しかけてみたり。それにVRMMOは得意だったから、モンスターと戦うのも経験があったんだよ。最初は怖くって逃げ出しちゃったけど。それに、友達もできた……本当に、今までで一番生きてる感じがした時間だったよ」


 その言葉の反面、少年Aの顔は暗くなっていく。


「きっと……ボクは帰れないから。元の世界に帰るまで生きてる自信がなかったから、ボクはこの世界で精一杯生きようと思ったんだね。ボクは泣き虫で弱虫だから、前だけ見てないと……立ち止まっちゃうと、きっと動けなくなっちゃうから。」


 足が震えだす。


「さっきは嬉しかったなんて言ったけど……本当は、やっぱり怖い方がずっと大きかった。死んじゃうかもしれない、モンスターに殺されちゃうかもしれない、誰かに騙されたりするかもしれない……何より、不安に押しつぶされちゃうことが一番怖かった」


 声が震えだす。

 その様子に、ナビが慌てだす。


「おい、大丈夫か!? 顔真っ青になって来てるぞ!!」

「待てナビ。……もう少しだけ、続けさせろ」


 ライトは少年Aから目を離さずに続けさせる。



「怖くて怖くて怖くて……でも、誰にも言えなかった。みんな怖いのは一緒のはずだから、ボクが弱音なんて吐いたら他の人達に悪いから……だから、みんなよりももっと元気に振る舞わなきゃって……足手まといにならないように、迷惑かけないようにみんなより前に出なきゃって頑張ったんだ。でも……」


 少年Aは……『彼女』は、罪を告白するように言った。



「あの時……目の前で人が死んだとき、怖くなっちゃったんだ。『もう嫌だ』って思って……逃げ出しちゃったんだ。それから……ぁあ!!」


 『彼女』は頭痛を訴えるように頭を抱え、倒れそうになる。

 ナビが前に出ようとして……先にライトが抱きとめる。


「お、思い出してきたよ……ボクは逃げ出したんだ。怖くなって、怖くなって、怖くなって……逃げた先で、あの『子供みたいなおじいさん』と会った。それから……いや!! 思い出したくない!!」


 その途端、今までになかった変化が起きる。

 部屋のドアが、『外』から叩かれた。ドアの隙間からは光が筋になって漏れ出している。


「おい、ライト!! 外のドアが……」

「待てナビ!! 絶対に開けるな!! むしろ開かないようにドア押さえろ!!」


 ドアノブに手をかけようとしたナビの手をライトが止める。

 そして、痛む頭を押さえながらドアの方へ行こうとする少年Aも自身の体で逃がさないように捕まえて止める。


「出なきゃ……ここから出なきゃ……おかしくなっちゃう」


「……なんで外に出なきゃいけないんだ?」


 少年Aは、何かに取りつかれたような執念でライトを振り払おうとするが、ライトは離さない。


「わからないけど……外に出れば……きっとわかる。そんな気がするんだ……外に出れば、今度こそ胸を張って……」


「……なら聞くぞ。部屋の外は何月だ?」


「そんなのどうでもいいでしょ!! それより先に外に……」


「思い出しそうになったら教えろって言ったろ。思い出すまで離せない」


「ぅう……」

 少年Aは痛む頭を押さえながら答える。



「さ……3月」



 ナビは、その答えに絶句する。

 何故なら……


「今は……6月だ。さっきオレ聞いたよな、『なんであんな格好してたのか』って。セーターとか、この季節にはさすがに暑苦しいよな? そういう意味で言ったんだ」


「え……6月?」


「良く思い出せ……眠たくないって言ってたが、最後に寝たのはどのくらい前だ? 最後に空腹を感じたのは? オレ達と会う前……最後に、『自分の存在』を認識したのはいつなんだ?」


「…………」


 押し黙る少年A……『彼女』は、思い至った事実を認めるのを拒むように首を振る。

 そして、ナビはその意味を薄々察する。


「ライト……本当に『そう』なら、そいつは……」



「ああ……きっと部屋の外には出られない。こいつは、部屋が密室だからこそ、この部屋が外から観測されていない今しか存在できない。ドアが開いた瞬間消えてしまう。だから、絶対に外へは出られない」


 さながら、中で猫が死んでいても箱の蓋が開くまでは生きているという現実が成立するというシュレリンガーの猫のような存在。

 箱の中で生死が不確定でいる内は存在できても、箱が空いた瞬間その中の『真実』に打ち消されてしまう存在。人の目に見えない存在であり、人目にさらされると否定されてしまう非存在。

 あるいは、人はその不確定なものをこう呼ぶのかもしれない……『幽霊』と。


「そんなの……あんまりだよ。ボクは……死にたくない、消えたくないよ。ボクは……外に出て、もう一度……生きたいよぅ……」


 泣き崩れる『彼女』。

 ドアを叩く音は大きくなる一方だ。

 そして、ライトとナビがこの部屋から出ようとすれば……今はきっと簡単に出られる。外から今にも開けられろうとしているドアを開けてやればいい。そうするだけで、この空間は消えるだろう。


 この空間が『本』の中だというのなら、外に出る方法は決まっている。

 それは……物語を最後まで進行させて終わらせること。

 しかし、そのためには……目の前の、ライトの腕の中の『彼女』は消える他ない。この物語は、そういう物語として設定されている。

 『彼女』は、この密室の錠であり鍵でもある。そういう役割を与えられた『登場人物』なのだ。


 泣き崩れる『彼女』に、ライトは優しく語りかけた。



「……外に出たいか?」



「出たいよ! でも、出たら消えちゃう……」


「なら、オレと一つにならないか?」


「……え?」


 ナビがその言葉を聞き、ライトの意図をおぼろげに察する。

 それは、ライトにしかできない方法だ。


「オレの頭には、まだ容量に十分に余裕がある。人格の一人二人問題ないくらいはスペースが空いてる。擬似的にだが、おまえが消える前に人格をコピーして外に『連れ出す』ことが出来るはずだ。こんな男の身体で悪いが、それでも良かったら連れて行ける。おまえが幽霊だと言うなら、オレに憑りついてくれ。」


 ライトは他人の人格を模倣できる。

 それこそ、自分自身の自我が不安定になり、自分が誰だかわからなくなるほどに。

 それを利用すれば、死者だろうと再現できるし……擬似的に他人の魂を自分に『降ろす』こともできる。


「……よくわからないよ。でも、外に出られるなら……一緒に連れて行ってくれる?」


「ああ。ちなみに、完全に取り込もうとすると『オリジナルが生きてる場合』は理由はよくわからないけど必ず失敗するんだ。だからオレは、きっと本当の『魂』ってものを取り込んでるんじゃないかと信じてる。おまえも、そう信じてくれ。その方が楽だぞ」


「……ねえ、最期にどうしても思い出せないことがあるんだ。それを思い出せたら、今ここに居る『ボク』もすっきりしそう。ねえ、教えてくれる? 『ボク』は誰なのかな?」


 ライトはニッコリと笑い、『彼女』の耳元で短く囁いた。


「    」


 『彼女』は、満足そうに微笑んだ。



「そうだった……ありがとう。」









 ほぼ同時。

 ナビ、ライトの二人は本から吐き出され、元の部屋の中に飛び出した。

 なんとか二人とも転ばないように着地する。


「おっと。ラ、ライト……これは?」


 驚くナビに、ライトは冷静に応える。


「ああ……終わらせ方は一つじゃなかったってことだ。幽霊は満足したら成仏するもんだろ」


 ライトが本を手に取り、それを注意深く開く。

 そして、ぺらぺらと流し読みでもするようにページをめくる。



「ある密室の中にとある少年がいた。しかし、彼は記憶がおぼろげだった。彼は部屋から出ることもできず、一人物思いにふけ、自分の人生を回想する……実は彼が少女の心を持っている少年だということ。デスゲームに参加することになったこと。そして、誰よりも明るく振る舞おうとして……ある日ポッキリ心が折れてしまったこと。そして、それから何故こんな部屋にいるのかの繋がりを思い出そうとしたとき、思い出してはいけないような感覚と頭痛に襲われる。それから目を逸らそうとしていると、部屋の外に人の気配。やっと助けが来たと喜んで部屋を出ようと、開くドアに飛び込むが……外から中の様子を見たプレイヤーは『無人の部屋』を見て、誰もいないことを確認する。少年は実は幽霊だったのだ……あらすじを説明すればそんな感じか」


 ナビはそれを聞き、なんとも複雑な表情をする。

 『外から中の様子を見たプレイヤー』というのは、おそらくそれがそのままナビとライトのことになるのだろう。

 先ほどまでいた『少年A』という存在は、大方本の中に作られた空間だけでの存在……NPCだ。

 しかし、確かに……生きていた。きっと、本の内容も完全な創作ではなく、この部屋に実際監禁されて殺されたプレイヤーを元にしているようにナビは感じる。

 それを……ふたを開けてしまったのは自分たちだ。


「たくっ……後味の悪いストーリーだな」


「全くだ。だから……書き換えたよ」


 ライトがナビに本を手渡す。

 その最期のページには……



『少年は……少女は、訪れた二人の話から自分の名前を思い出して存在を取り戻し、部屋の呪縛から解き放たれて自由な霊となりました。そして、彼女の存在はいつまでも記憶として、部屋へ訪れたプレイヤーの心に残り続けます。


「来てくれたのがあなたで良かった。本当にありがとう」』



「これって……」


「さっきのはオレが作者の意図から『予知』で導き出したトゥルーエンド、それはオレ達が干渉した結果のifのエンディングだよ。たぶん、この本の能力は元々相手を閉じ込めるんじゃなくて、こうやって本の中に実際入って物語を直に楽しんだり、内容に干渉したりできる能力なんだ。悪用さえしなきゃ、すごく面白い能力なんだろうけどな。ま、だけど……」


 ライトは自分の胸に手を当てて、穏やかに言う。


「この部屋のほとんどは『こいつ』が閉じ込められてた生前のままだったし、あの本の中の振る舞いだって本人を見たやつが書いたんだろう。だったら、そう悪くはない。こんなところに置き去りにされてた魂を回収できたんだ……もう、寂しい思いはさせないさ」


 ライトは、新しい魂も……人格も胸に抱えて、ドアノブを捻る。



「さあ、時間稼ぎにこれ以上付き合ってる暇はない。早く街まで戻るぞ」










 同刻。

 『時計の街』西側近辺のフィールドにて。


 黒いマント、踝まで届く長い髪。そして、獲物を狙う野生動物のような眼光を以て、少女は目の前の『敵』を見据える。


 相対する『敵』は、フードケープに身を包み顔すら見せないようにしているが、その身体はボロボロの満身創痍。腕や脚の二三本は欠損しているのか、体のバランスも悪い。


 しかし、終わらない。


「クッ……『ブラッディー・パーティー』!!」

「ガアッ!!」


 闇夜に、鮮血が舞う。

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