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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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126頁:かなわない相手からは逃げましょう

 日に日に減っていくストックの残機に結構怯えています。

 マリー=ゴールドは人の心を操るのをあまり好まない。


 しかし、それは決して関わり合うことを嫌っているわけではなく、他人の人生に干渉し過ぎるのを嫌ってのことだ。無意識でも他人に大きく影響を与えてしまう彼女は、それによって起きる事象を掌握しきることができない。


 人を自由に動かせる力があったとしても、やはり人を救うのは難しい。

 救おうとしても手遅れなことがある。

 救ったのに裏切られることがある。

 救ったことで殺してしまうことがある。

 救った一人が後に十人を殺してしまうこともある。


 だからむやみに能力は使わない。

 しかし、やはり目の前で死にそうな人がいれば、黙っていることは出来ない。



「ゲートポイントからも出てきましたか……ゲートからの避難はもう難しそうですね」


 商店街での戦闘と時間を同じくして、強力な戦闘職プレイヤーが通り過ぎたのを待ちかまえていたようにゲートポイントから転移して現れる黒い人型の『何か』が数体。そこから避難しようとしていた非戦闘員のプレイヤー達はパニックになる。


 それを見かねたマリー=ゴールドは扇動の能力を使った避難誘導をやめ、代わりに近くにいた適当なプレイヤーに囁く。



「森へ逃げましょう。あそこなら、食べる物も沢山あるから狙われずにすみますよ。みんなで一緒に逃げれば、あなたが襲われる確率も減りますよ」



 パニックの状態でマリー=ゴールド言葉を吹き込まれたプレイヤーは、それが自身の考えか吹き込まれたものかもよくわからないまま声を荒げる。


「そうだ……森だ! 街はずれの森へ逃げるんだ!!」


 すぐさま動き出す民衆。

 そして、『黒いヒト型の何か』はそれを追おうと動き出すが……


「あら? その反応、もしかして……」


 人々を追おうとする際、やや『森』の方向へ意識が寄っている。


「暗示、あなた達にも通じてるんですか? それなら……」


 マリー=ゴールドはニッコリと笑いかけた。



「避難完了まで、そこでじっとしててください。」



 目の前の逃げ惑う人々を救うため、彼女は街の中央部での足止めに徹した。










《現在 DBO》


 戦闘ギルド『戦線(フロンティア)』は総勢60人程度。メンバーの数だけで考えればゲート攻略で肩を並べる所属人数が三桁に上るギルド『攻略連合』や『アマゾネス』に比べ小規模なギルドだ。

 しかし、『戦線(フロンティア)』は攻略のトップギルドとして真っ先に上げられる。


 その理由は……個々のプレイヤーの戦闘能力にある。



「半分は『黒いヒト型』、もう半分は『デカいやつ』だ!! 人間相手が得意なやつは黒いのをやれ!!」


 ギルドのエースである赤兎が簡易な指示……というより確認の声をあげると同時に、もうすでに各々が状況を判断し、自身のポジションを決めて動き始める。

 攻撃力と回避力が高い赤兎は巨大な敵『イヴ』へ、対人での格闘戦が得意なアイコは『黒いヒト型』の前に立ちはだかる。


 十数体の『ヒト型』に対処するのは8人、『イヴ』の相手は7人。

 周りは壊れたプレイヤーショップの残骸や、まだ原形を保ちながらも耐久力がほとんど尽き壁や屋根に穴の開いた建物、さらには鍛冶屋などから火が移ったのか燃え始めてる建物が立ち並び、まるで『この世の終わり』を象徴したような光景。

 しかし、常に戦場に身を置き『戦線(フロンティア)』を名乗るバトルマニア達は怯みはしない。



 アイコは、『ヒト型』の一体に相対する。

 その名前は〖100111〗。レベルの表記はなし。アイコを前にしても、その裂けた口で木材の欠片を咀嚼し続けている。


「モンスター……にしても、食べてばっかりで気味が悪いね」


 モグモグ……バリバリ……


 『ヒト型』は何も答えない。

 格闘技経験者のアイコは、相手が目の前にいる自分に『食べられる物』以上の興味も持っていないらしい相手に先制攻撃をしかけるのにスポーツマンシップ的に少々抵抗を感じ、代わりにじっくりと相手を観察する。


 全身が真っ黒……近くで見ると、ウナギやナマズの皮膚のような柔軟性のある黒い表皮に身を包まれている。服にあたるものは見当たらず、髪の毛もない。夜に入り始めていて闇の中では全く見えなくなりそうだが、幸いにも燃えている建物の火に照らされているので戦闘にはさほど問題ない。

 体格的にはさほど大柄とは言えない。身長はおそらくアイコと同じくらい。姿勢は直立はせず常に中腰で、身長に対して腕がやや長いので人間と猿の中間のように見える。武器の類は持っていなさそうだが……あの腕は警戒した方がいい気がする。

 顔にあるのは大きく裂けた口とだけ。目や耳はない。

 そして……仕草の端々から見えるのは『敵意』ではなく『食欲』のみだ。


「話が通じるとは思えないけど……街を『襲ってる』って意識がなくてただ食べてるだけなら、どっかフィールドにでも行ってくれると助かるんだけど」


 木材の咀嚼を終えた『ヒト型』は次なる『食べ物』を探すように顔を上げ、初めてアイコにしっかりと意識を向ける。


 そして……


「ガ…ギィ……」


 意思の疎通の可能性を感じさせない『鳴き声』と共にアイコに飛びかかる。

 それをアイコは迷わずに空中でその手を掴み、飛びかかってきた勢いを利用して一本背負いの要領で反対側の地面に叩きつける。


「そぅりゃ!!」

「ゴッ!」


 アイコは地面に叩きつけた『ヒト型』のHPバーを見て、その減りを確認する。


「動きは単純、防御力も低い……それぞれの個体はそこまで強くないのかな?」


 起き上がる『ヒト型』は痛みという感覚がないのか、何が起こったのかよくわからなかったかのように首を傾げる。

 そして、少しは学習したのか今度は一直線に飛び込まず両腕でアイコに掴みかかる。

 アイコはその両手を正面から受け止め、押し返そうとして……驚愕する。


「……力強っ!?」


 アイコはビルド的には筋力、防御力ビルド。しかし、能力的にはどちらかと言えば筋力に重きを置いている。パワー勝負ではそうそう前線プレイヤーにも負けない自信があるが、そのアイコと押し合って拮抗している。

 赤兎かナビキ、あるいはスキルでブーストしたライトと同じくらいのレベルの怪力。

 防御力は低いが……単純な攻撃が強い。


「く……『パワーブースト』!! うぉら!!」


 『気功スキル』で筋力をブーストして押し返し、『ヒト型』の体勢が崩れた瞬間に殴り飛ばして距離を取る。

 相手の防御力が低いとしても、攻撃力が前線プレイヤーレベルとなれば十分に脅威だ。

 周りを見てみれば、他の武器を使うプレイヤー達も痛みを無視して武器を掴んで止めようとして来る『ヒト型』に苦戦している。どうやら『ヒト型』の皮膚はゴムのような柔軟性があり、刃物が食い込んでも簡単に斬れないようになっているらしい。


「まあでも、掴まれないように気を付けてればそれほど危ないわけでもないし、すぐに赤兎達に合流できそう……」


 攻撃力はある程度脅威だとしても知能は低いようだし十数体いるが互いに連携を取っているわけでもないようだし、気を付けながら着実に攻撃を当てて行けば殲滅するのに時間はかからない。そう思っていたが……殴り飛ばした『ヒト型』が偶然に落ちた食料品店の商品を食い荒らしている姿を見て、アイコは絶句した。


「……え、増えてる?」


 アイコが見たのは、先ほどまで戦っていた『ヒト型』の腹が膨れ上がり、それが人の形……新たな『ヒト型』となってその腹から這い出して来るという光景。

 それぞれの名前が〖1001110〗と〖1001111〗となる。

 どちらも分離が終わったすぐそばから足元の食料アイテムを貪り食う。

 それはまるで、子供を産んだ獣が体力を回復するために食べ物を大量に食べるような……そして、出産を控えた獣が精を付けようと栄養を取るような姿。


 そして、その光景は『戦線(フロンティア)』メンバーが相手にしきれず、避難するプレイヤーを追う気配がないからと放置していた『ヒト型』達も同様だった。

 アイコは、目の前の敵の真の危険性を理解する。


「ヤバい……こいつら、無限に増殖していくみたい」




 一方、赤兎と他五人の『戦線(フロンティア)』メンバーはシステム上『プレイヤー』に分類されている巨大な怪獣を前にして巨大クエストボスを攻略するときのパーティー陣形を取っていた。


 主に攻撃を受け止める壁役に、盾と棍棒(メイス)、盾とビッグランスの二人。

 さらにスピードを生かして翻弄しながら攻撃に集中するダメージディーラーに日本刀を装備した赤兎。

 やや距離を取って攻撃する中衛に、薙刀を装備したプレイヤーと長柄のバトルアックスを持ったプレイヤーの二人。

 そして後衛には遠距離攻撃担当の魔法職と、味方の回復や敵の妨害を目的としたサポート役の魔法職がそれぞれ一人ずつ。


 ワンパーティーでの即席編成ボス攻略パーティーとしてはほぼ万全と言える布陣。

 しかし、体高が10m近い怪獣『イヴ』はそれを高みから見下ろす。



 先に仕掛けたのは『戦線(フロンティア)』だった。

 まだ『イヴ』の攻撃が手が届かない距離の内に、遠距離攻撃担当の魔法職が風の刃を飛ばし、同時にサポート役の魔法職が水の魔法で相手の視界を阻害する霧を発生させる。


 『イヴ』はそれを真正面から、避けようともせずに受けた。


「あいつ……やっぱり図体はでかい分素早くは動けないらしいな。動けないならいい的だぜ」


 攻撃した魔法職が手応えを感じて拳を握るが……赤兎は『イヴ』から目を離さない。

 そして、他のメンバーに叫ぶ。


「ダメだ!! 全然効いてねえ!!」


 『イヴ』のHPバーは一本。しかし、仮にも前線プレイヤーの攻撃技が直撃しながらも、その減りは数ドット。


「あの防御力、フル装備のアレックスかよ……遠距離でチマチマやってたらキリがねえぞ!!」


 前衛、中衛は大きく前進し攻撃力の高い近接攻撃を狙う。

 まず盾を持つ前衛二人が先行し、『イヴ』の巨体を支えている両腕にメイスとビッグランスで重たい攻撃をぶつけて反撃や回避の行動を取らせないようにダメージを与えようとするが……


「っ!? 貫けねえ!!」

「くぁ!? 重てえ!!」


 どうやら巨体ははったりでは無いらしい。

 腕というよりもはや柱のように見えるそれの手応えに、壁役二人はそれぞれの戦闘経験から相手の手強さを感じ取る。

 そして、その『感触』にやや困惑する。

 それは、石や鋼の防具や爬虫類系モンスターの鱗のような『硬さ』とは全く異なる、肌色の見た目通りの『皮膚』の感触。防御力の高いプレイヤーは防具なしで直に攻撃を受けてもその肉体としての感触を維持したまま受けた圧力に応じて弾力を増す。大きさも形状も人間離れこそしているが……やはり、『プレイヤー』としての身体。しかも、その防御力は『戦線(フロンティア)』で最高の防御力を有するアレックスと同等かそれ以上。


 そして、その重量感で攻撃を動じずに受け止める。


「皮膚がダメなら目玉ならどうだ!!」

「おりゃあ!!」


 壁二人を踏み台にし、中衛二人が薙刀とバトルアックスを振り上げ、視界阻害の霧で覆われた目玉の集合部……『複眼』を狙う。

 だが……


「……!?」

「は……?」


 二人はその手応えと反応に驚く。

 それは、高レベルプレイヤーでも全身の中で最も柔らかい部分であるはずの『眼球』ではなく、まぎれもなく『皮膚』の手応え。


「こいつ……目まで体と同じ固さなのか?」

「違う、ここ……『目』じゃなくなってるぞ!!」


 攻撃の余波で霧が剥がれると……そこは全身と同じ皮膚で覆われている。

 そして、後ろから赤兎が叫ぶ。


「離れろ!! 攻撃来るぞ!!」


 無数の『目』が、前衛と中衛の四人を見ていた。

 頭ではなく、体中に点々と出現した数十の『目』が自分を攻撃し、そして手の届く距離にいる四人を凝視している。

 視界を阻害し、攻撃の命中率を下げるための霧もその全身は覆いつくせていない。


「■■■ッ!!」


 単純に、蝿でも払うように左腕を振るう。

 それだけの攻撃でも、怪獣のような重量とパワーがあれば非常識な威力となる。

 空中の中衛二人は後衛よりさらに遠い所まで吹っ飛ばされ、前衛二人も踏みとどまることは敵わず押し返される。


 しかし、その瞬間に左脇から赤兎が懐に駆け込む。


 赤兎の長所は高い基礎能力。

 高い攻撃力と、防具を極力減らし自身の防御力を信用した軽装で生み出すスピードは本人の判断で動く遊撃でこそ最大の効果を発揮する。

 『イヴ』の巨体が生み出す攻撃は、確かに驚くべき破壊力を持っているが……逆にそれが隙を作る。二本足で自重を支えきれないらしいその巨体は、攻撃で左腕を振り上げた後、左からの素早い接近には対処できない。


 赤兎は押しつぶされないように走り抜けながら刀を振り上げて『イヴ』の腹を斬り、さらにその左後ろ脚に渾身の一太刀を入れて後ろに走り抜ける。

 そして、確かな手応えを感じる。

 『皮膚』という装甲を越え、刃がその内側まで通った。

 ダメージも、全体の数パーセント程度だが通った。


 そして、同時に感じる違和感。

 『皮膚』の内側に感じた奇妙な手応え。


「これは……」


 赤兎が違和感の正体を確信するまえに、『イヴ』が動いた。

 四足歩行で、地面に転がる瓦礫や店の商品を無視して前に進む。

 まるで山が動き出したような迫力。そして、攻撃を受けたのをまるで気にしていないような振る舞い。

 赤兎たちのことを『敵』だとすら思っていない。まるで『邪魔者』としか思っていないようだ。


 吹っ飛ばされた四人もまた集まり、その進行を止めようとするが……あまりのパワーに押し返すことなど到底できず、攻撃によって怯ませるにはあまりに固い。


「てか、なんだよこいつ! レイドボス並みだぞ!」

「深く入りしすぎるな! 反撃食らったら大ダメージくらうぞ!」

「こいつ……どこへ向かってんだ?」

「下がれ下がれ! 下がりながら攻撃しろ!」

「回復の支援かけるから中衛少しこっち来い!!」

「移動阻害を力ずくでぶち破ってきやがるぞ!!」


 『イヴ』はただ前に進むだけ。それだけで地面が揺れ、足元にある物は石ころだろうが材木だろうが踏みつぶされるだけの威力がある。

 半端な攻撃はその皮膚の装甲に阻まれてマトモなダメージなど与えられない。

 そして、動きは緩慢でもそのサイズに見合っただけの移動速度を持っている。

 全てが桁違い。もはやプレイヤーによる攻撃ではなく蹂躙。敵襲ではなく災害。

 まるで、良くあるモンスターパニック映画のような一方的な破壊。


 人外(モンスター)の進撃が止まらない。

 止めるには……戦力が足りない。



「今だ!! 一斉発射!!」



 それは急なことだった。

 何十という魔法や矢が壊れた店の陰から一斉に『イブ』に降りかかる。

 同時に、何十人というプレイヤーが飛び出し、武器を構えて陣形を取る。


 そこには、赤兎の知る顔もあった。


「草辰!! どういうことだ!?」


 草辰……以前は同じパーティーメンバーだったプレイヤーだ。

 元々は戦闘職だったが、ゲームの初期段階で生産職に転向している。それからも素材集めなどで戦闘はしていたらしいが、戦闘能力では前線には程遠いはずだ。

 他にいるのも、前線で見たことがない顔ぶればかり。装備から見ても、戦闘職の中でも中級程度。

 それが総勢六十人前後。


 その代表のように、草辰は得意げに笑う。


「赤兎、手こずってるみたいだな! 増援に来てやったぜ!」


「その連中はなんだ!? なんで来た!?」


「この商店街には俺の店だってあんだよ! 商店街にだって戦える奴は結構いんだぜ! それに遅れてきたけど戦闘ギルドの援軍だ!」


 どうやら、『大空商店街』が連絡した中規模戦闘ギルドと傘下や、素材集めである程度戦える生産職プレイヤーが徒党を組んだらしい。

 草辰以外にも、プレイヤー達が雄叫びを上げる。


「戦闘ギルドが大手ばっかりじゃないってことを見せてやるぜ!」

「おい野郎ども! あのウドの大木ぶっ倒してやれ!」

「イカレ野郎ぶっ潰して、名を上げてやろうぜ!」

「こんだけの数がいりゃ負けねえよ! やってやれ!」


 一斉に飛来する雨のような遠距離攻撃。

 さらに、『イヴ』の足元に殺到して巨大な手足に武器を振るう中級の戦闘職。一度に多数から、多方向からの攻撃で狙いを付けさせない。

 多勢に無勢、物量攻撃に『イヴ』の進行も止まる。

 一人一人の与えるダメージは小さいが、数が集まれば着実にダメージが蓄積していく。


 『このまま倒せるんじゃないのか』。そんな思いがプレイヤー達の間に広がる。

 正体不明の化け物も、数の力で押し切れる。団結したプレイヤー達の前では、強大な敵もなすすべがない……いつの時代も、数の力がものを言って来た『人間』はそう考える。


 しかし、赤兎はその様子を見て、その明らかな『不自然さ』に焦る思いを募らせる。

 予知の領域に踏み込んだ『第六感』が警報を鳴らす。

 しかし、それを理論立てて説明することができない。

 ただ……


「やめろ……それ以上攻撃するな……そいつはまだ……」

 『イヴ』はまだ本気になっていない……それどころか、赤兎達を『敵』として見てすらいない。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」



 『イヴ』が雄叫びを上げた。

 衝撃波が爆発し、群がっていたプレイヤー達が一気に蹴散らされる。

 その『雄叫び』は同時に悲鳴のようであり、絶叫のようでもあり、怒声のようでもあった。


 そして、少し離れていた赤兎はその音の濁流の中に微かな『声』を聞いた気がした。

 あるいは声に込められた意志だけを感じ取ったのか、もしくは赤兎がその姿と感情から汲み取った空耳か……しかし、赤兎はそれを感じ取った。



『皆そろって……邪魔しないでよ!!』



 人外(モンスター)を一番怒らせる行為は……大勢の人間による『迫害』だ。










 同刻。


 私は『凡百(ぼんぴゃく)』、脇役だ。


「なんて言ってる場合じゃないよねこれ!」

「分かってるならつべこべ言わず走ってください!」


 私に片手で抱えられながら後ろを見て私を急かすイザナちゃん。


 うわ……今の焦り方からすると、結構近くにあの黒いの来てるっぽいな。

 なんとかイザナちゃん見つけるところまでは来れたけど、なんかあの黒いのいっぱいいて逃げきれない。ていうか増えてる。


 これは本気でヤバい。せっかく助けに来たのに結局一緒に心中することになりそうな流れだ。


 私は凡百……脇役だ。

 ぶっちゃけた話、死んで当然の状況なら本当に死んじゃうような普通の人間。

 今は何とかイザナちゃんの『道案内』の能力でできるだけ黒いのが少ない方へ誘導してもらってるけど……これ、もはやどのルート使っても遭遇が避けられないくらいに囲まれちゃってる。

 さっきあの黒いのが建物を素手で解体して食べてるシーンとか見ちゃったし……遭遇したら私なんかじゃかなわない。即デッドエンドだ。


 これは奇跡でも起きないと生還は無理かも……


「モモさん、次は右へ」

「わかった、右ね」

「あ、待ってください! やっぱり真っ直ぐです!」

「え、ちょっ……」


 突然の案内変更。

 今までになかったパターンだ。ふざけてる声色でもないし……


「ねえ、もしかして……」

「……はい、囲まれました。逃げ道案内、残り0本です」

「とうとう詰んじゃった!?」


 言ってるそばから、正面に敵影。そして、さっきイザナちゃんの言ってた右の道の先にも黒い人影。

 今まで走って来た背後にも気配。

 ここは丁字路。三方向から囲まれたら逃げ道はもうない。


 私の人生……最後は意外にあっけないな……

 しかも、NPCの女の子を助けようと勇んで来て、結局ただ巻き込まれて死ぬだけってかっこ悪すぎだ。

 脇役どころかやられ役。


 でも、せめて……


「イザナちゃん……屋根の上とかどうかな?」


「今までの運動性能を見ている限り、絶対追いつかれますね。どうやら木材より人の方がやっぱりおいしそうに見えるようですし、もう囮に使う食べ物も何もありません」


「そっか……ところで、イザナちゃんなら囲まれてなければ……ここさえ切り抜ければ、一人で逃げられる?」


「それは……可能性はゼロではありませんけど……」


 脇に抱えたイザナちゃんを『高い高い』の要領で抱き上げると、驚いた顔をされた。


「何を……してるんですか?」


「いや、私のスキルじゃ黒い人たち全部回避しながら脱出とか無理だし、イザナちゃんじゃ足止めとか無理でしょ? 一人でも生き残れるならそっちの方が良くない?」


「あなた……自分が何をようとしてるのかわかってるんですか? 死にますよ?」


 もう自暴自棄だよ。

 ていうか、破れかぶれかな。

 もちろん別に気が狂ったわけじゃない。膝だって爆笑してるし。

 でも……



「イザナちゃんには結構感謝してるんだよ。ライトと仲直りできたのはイザナちゃんのおかげだからね」



 イザナちゃんを見捨てたら、多分また絶交されちゃうしね。


「ほら、早く逃げないと黒い人達来ちゃうよ」


 イザナちゃんは少し沈黙した後、覚悟を決めた顔で頷いてくれた。


「……わかりました。でも、一回だけ下してください」


「?」


「お別れの前に……一度だけ、ぎゅってさせてください」


 お別れの儀式的なものかな? まあ、それくらいなら……

 地面に下すと、イザナちゃんはゆっくりと私の後ろに回った。

 そして……


「あなたを信じます……どうか、『私』に殺されないで下さい」

 ドン


 背中を押され……目の前が真っ暗になった。

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