125頁:脱出ゲームはシナリオに従いましょう
すいません、投稿の順を間違えてました。(ストーリー的にはあまり違和感なかったかもしれませんが、混乱させてしまいすいません)
ナビが目を覚ましたとき、そこは密室だった。
今の『ただの女の子』に近付いてるナビとしては『目覚めたら狭い宿部屋の中で男がいる』という状況は少々警戒心と覚悟を励起するものだったが、それはすぐに場違いなものだと感じた。
ライトがいて……もう一人、中学生くらいの少年がいる。
髪は長めで大人しそうな顔、服装はセーターとジーンズ。ナビの始めてみる顔だ。
対してライトは、困り顔で部屋の中にある物を調べている。
「あ、ナビ。起きたか?」
「ああ、起きたけど……この状況何だ? 簡潔に説明してくれ」
「閉じこめられた」
「……7文字でまとめやがった」
《現在 DBO》
ライトとナビキが本を開いた直後、そこには見知らぬ少年が出現していた。
そして、本がない。部屋にも微妙な違和感がある。
「……とりあえず、『はじめまして』か?」
「……たぶん、はじめまして」
「いや、誰ですか!? 先輩対応が冷静すぎません!? 」
突然現れた少年に対して割と冷静な対応をするライトと、それに突っ込むナビキ。
そして、ライトとナビキが『突然現れた』かのように戸惑いつつも、あまり驚いていないようなやや長髪の少年は静かな口調で二人に話しかける。
「ボクは……適当に『A』とでも呼んで。なんだかわからないけど、キミ達も閉じこめられちゃったんだね」
「「……え?」」
ライトは即座にドアへ移動してドアノブを回すが……開かない。ドアノブは力が伝わっていないかのようにピクリとも動かない。
ナビキはそれを見て、窓へ歩いて行き開こうとするが……こちらも外から打ち付けられているかのようにビクともしない。
入ってきたときは普通の部屋だったのに、まるで空間が外と隔絶されてしまったかのように閉ざされてしまっている。
そして、説明を求めるような二人の視線に対して、少年Aはため息混じりに言った。
「無理だよ。ボクも出ようとしたけど、ここからは絶対に出られないんだ」
壁や扉への攻撃、メールや魔法による外との通信……全て失敗した。このゲームの設定的には意外と『ダンジョンとか地形も攻撃力次第では力業で突破できないことはない』というシステムなのでこれはなかなかに異例の事態だと言える。
そして……
「ふぁ~……あ、すいません。こんな時に……」
「いや、今日はずっと宿を調べて回ってたんだ。疲れててもしょうがないだろ。」
「そこのベッドを使ってください。ボクは眠くありませんから」
閉じこめられているというだけで、密室の中には危険は見当たらない。それに脱出の試みも軒並み失敗し、刺激も少ない。
精神的に疲労をため込んでいたナビキが眠くなるのもしょうがないことだった。
そして……
「ナビキが眠っちまって、入れ替わりにあたしが目覚めたってわけだ。ややこしいことになってんな」
ナビキに代わり目覚めたナビは不機嫌そうに『少年A』の方を向きながら言う。ナビとしては、どうせ閉じこめられるならライトと二人きりが良かったのだ。
「てか、普通に考えて……一番怪しいのそいつだろ!! あたしらを閉じこめたのそいつじゃねぇのか!?」
ナビはあからさまな疑心と警戒心を以て『A』を睨むが、そんなナビにライトが冷静に告げる。
「Aくんは敵じゃないよ。敵意がないし、敵なら一緒に閉じこめられてるのはおかしい。」
「そう思わせてるだけかもしれねぇじゃんかよ」
「違うよ。ボクは、キミ達より前からここに居るんだ。もう、ずっと……ずっと……」
ライトは、喋る少年Aを見て確信を持って言う。
「目が嘘をついてない。彼は、本当にオレ達より前から『ここ』にいるんだ。」
「そんなこと言ったって、ナビキとライトが部屋に入ったときには居なかったんだろ? それとも何か? 居たけど気付かなかったってのか?」
「半分正解……かもしれない。オレの推測が正しければ、オレ達が『部屋』に入ったとき、確かに彼は『ここ』にいて、だが同時に『部屋』にいなかったんだ」
ライトの物言いに、ナビは首を傾げる。
「どういう事だ? もっとわかりやすく教えてくれ」
ライトは、ナビの質問に対して決して冗談ではない真剣な口調で答えた。
「ここは、オレとナビキが調べてた部屋じゃない。あそこに置かれてた『本』の中の異空間なんだ」
よく見れば、すぐわかることではあった。
調べ始める前に写真は撮っていたが、それを見れば一目瞭然だ。
調べて『動かした』ものが、『初期配置』に戻っていたのだ。元々散らかっていた部屋だから分かりにくくとも、注意して見ればすぐわかる。
そして、ナビキと一緒に開いた『本』が消えた。
代わりに少年Aが出現した。
これについての解釈は『本が少年Aに変化した』もしくは『本の中に空間があり、そこに少年Aがいた』。出られないという空間的異常と合わせて考えると、後者の確率が高いだろう。
「たぶん、オーバー100相当の固有技だろうな。」
「『本の中にプレイヤーを閉じ込める技』なんて聞いたこと無いぜ。てか、ありなのかそんな技」
「おいおいナビ、そもそもVRゲームは『仮想空間の中に人の精神を隔離して遊ぶ』ってコンセプトなんだから、そこまで不思議がる事じゃないだろ。戦闘能力ばっかりが固有技ってわけでもない。」
『本の中』というのは設定上の話。
ゲームのシステム的には本来の地続きなVRMMOの空間とは別に限定的な仮想空間を作り、そこにプレイヤーを転送させている。それ故に、部屋の外には出られない。何故なら、そこには『部屋の外』という空間が存在しないから。
「つーことは……そいつは何者なんだ? 『これ』の仕掛け人じゃねーなら……」
「オレ達より先に閉じこめられたプレイヤーか、もしくは……」
ライトはその先を言い渋り、結局口をつぐむ。
その先の話は、ライト達の話に『ついて行けていない』彼にはすべきではないと思ったのだ。
少年Aは、ライトの視線を受けて少々身を縮めた。
「えっと……とりあえずお互い出られないんだし、仲良くしよ?」
「……ということで、とりあえず自己紹介と行くか。オレはライト、ギルドへの所属はなし。職業は『無職』だ。」
「あたしはナビ、所属ギルドは『大空商店街』。職業は『吟遊詩人』だ。ちなみに、ライトとは付き合ってる。さっきまで起きてたのはナビキ。なんつーか……細かい説明は省くけどあたしの『姉ちゃん』だ。同じ身体を使い回してるからややこしいかもしれないが、髪型と雰囲気で察しろ」
とりあえず脱出の糸口が見つからないので自己紹介するライトとナビ。
暗黙のうちに自己の説明を求められた少年Aは……
「……ごめん。ボク、名前とか所属とかよくわからないんだ。記憶がぼんやりしてて……」
そわそわと落ち着かない様子。
服の裾をモジモジと動かし、チラチラと視線を動かす。
「「…………」」
「…………」
情報の共有がうまく行かず、会話に行き詰まる三人。
嫌な沈黙が流れる。
そして、やがて気の短いナビがその沈黙を破った。
「てめえ……記憶喪失とか言ってなんか隠してんじゃねえか? さっきからオドオドソワソワ、怪し過ぎんぞ」
「ナビ、そんな攻撃的にならなくても……」
「いいんだよ……ボクにもよくわからないから」
少年Aは、申しわけなさそうに眼を伏せる。
その瞳に涙を潤ませて。
「ごめんなさい……ぼく……ほんとに……ぐすっ……」
そのままポロポロと泣き始めてしまった。
どうやら相当に気が弱いらしく、嘘泣きで誤魔化そうとしているわけではない本当のマジ泣きだ。
その反応は予想外だったらしく、ナビはうろたえるが……ライトの『泣かせたなー』という視線に圧されてヤケになったように声を荒げる。
「な、なんだよ! ちょっと鎌かけただけで泣くなって! 女々しい野郎だな! それでも男か!」
「ぅぅ……そんなこと言われても……」
さらに泣かせてしまう。悪循環だった。
少年Aが泣いてばかりで会話が進みそうにないので、ライトがナビを後ろに下がらせて代わりに前に出る。
「悪いな、ナビはせっかちなんだ。最近起きてられる時間も少ないから。怖がらせるつもりはないと思うんだ……少し凶暴なだけで」
「おい、自分の彼女になんて言い草だ?」
ライトの発言にナビがアイアンクローを交えながら突っ込みを交えるのを見て、少し少年Aの顔が弛む。
それを見て、ライトは少し驚いたように呟く。
「なるほど……人は見かけによらないな」
そして、そのまま顔を近づけて行き……
「うわぁ、ちょっと……」
「秘伝技『猫だまし』」
パンッ
少年Aは突然目の前で破裂音が響いたことに驚き、思わず悲鳴を上げる。
「きゃぁっ!!」
その悲鳴を聞き、ナビは首を傾げた。
「……『きゃあ』? なんだよその悲鳴、まるで……」
「ああ、少しでも早くここから出たいから少し強引な手を使わせてもらったが……」
ライトは驚かせてしまった少年Aに謝るように頭を下げ、チェストの上に置かれていた《ワンピース》を広げる。
丁度、少年Aの体格にピッタリなサイズだ。
そして、それをキレイに畳んで少年Aの前に置き、後ろを向く。
「隠し事してたわけじゃなくて、『男みたいな格好』してるのが恥ずかしかったんだろ? オレは目を離してるしナビに見張らせておけばいいから、着替えろよ」
「ライト、どういうことだ? あれは女物の……」
「間違っちゃいないよ。簡単なことだ」
ライトと向かい合うナビの目の前で服を着替る『少年』Aはやっとソワソワするのをやめ、むしろ『安心』したようにナビを正面から見た。
「『性別違和』。あるいは『性同一性障害』の方がわかりやすいか。彼……いや、彼女は精神が女の子なんだよ。」
同刻。
私は『凡百』……脇役だ。
なんて事を言っている場合じゃないかも。
「イザナちゃん、どうして戻って来ないの?」
今、『大空商店街』のある『時計の街』はパニックになってる。
なんだかよくわからないけど、昨日の傷害事件みたいなことがまた起こってるらしい。しかも、今度は犯人が化け物みたいに強いとか何十人もいるとかって話になってる。
今、私達一般のプレイヤーは『大空商店街』の人たちに誘導されて避難してるけど……夕食の買い出しに商店街へ行ったはずのイザナちゃんが帰ってきてない。
私が来たせいで調理中に材料が足りなくなって、私が鍋を見てる間にイザナちゃんが一人で買いに行くという話になってたんだけど……もしかして、あっちで巻き込まれてる?
「あ、そうだ! フレンドの位置表示で!」
避難の列の中、メニューからイザナちゃんの位置を見てみるけど……
うわ……本当に逃げ遅れてるっぽい。
しかも、すごく不規則な動き方してるけど……もしかしてこれ、追いかけられて逃げ隠れしてる?
NPCなら大丈夫……と、思いたいけど、この逃げ方からなんだか必死さが伝わってくる気がする。
これは本気でヤバい感じだ。
でも……
「私なんかじゃ何もできない……」
行ったところで助けられる保証はない。
下手をすれば足手まといになるだけだし、巻き添えを食らえば私なんてひとたまりもない。
それにイザナちゃんは多少人間らしいとしても所詮はAI制御のNPCだ。いつも倒してるモンスターと同じ。私が命をかけるような相手でもない。
そう……そのはずだ。
そう、わかってるはずなのに……
「なんで私、走ってるんだろ?」
居ても立ってもいられず、気付いたらユニークスキルで『NPC化』してプレイヤーの中から抜け出して、西へ走っていた。
私のどこにこんな行動力があったのだろう?
私はいつの間にAIのために命を賭けられるようなご立派な人間になったのだろう?
私はどこまでも『普通』なだけの人間じゃなかったか?
自分でも自分の行動が理解できない。
でも、これだけは言える。
「でも……何もせずにイザナちゃんがいなくなったら、ずっと後悔しそう。」
そうなったら……きっと私の今の『普通』は戻ってこない。




