124頁:怪獣に気をつけましょう
もうじきブックマークが400越えそうです。
お読みいただき本当にありがとうございます。
場所という概念を無視し、時系列すら無視して、『背の高い女』は饒舌に語る。
「『人外』って概念は、得てして『人害』の意味合いを兼ね備える。人間達が人外を迫害するのはそれらが自分達に牙をむけるのを恐れるから。だからこそ触れるのを避けて遠ざかる。飛び抜けた者が人道をはずれていくんじゃなくて、人がそういうイレギュラーを避けて道を創る。その意味では、『人外』っていうのは何も悪くなくても『そうあるだけ』で孤独になる可哀想な存在だと言えるね。むしろ、『人』って環境に順応できずに取り残されてしまった者をこそ『人外』って呼ぶべきかもしれない。私がいつも大仰に表現する『人外』っていうのは、実のところその程度の物。『人間』が環境に取り残されて独自の進化を遂げた、亜種のようなものね。」
『背の高い女』は、誰に言うでも言われるでもなく話す。
それは独り言や呟きといった不確かなもなのではなく、強いて言うなら『証明』。
曖昧なイメージも、形のない概念も、個人の中にしかない認識も、言葉にしてしまえば『確定』される。名は体を表し、認識は存在を与える。
人間という自分本位な生き物にとっては、『実体』の有無など些細な問題に過ぎない。他人とその『認識』が食い違っていようと、そんなことは雲の形が何に見えるか程度の意味しか無い。
「さて、ここまで偉そうに、さも全てを知ってるふうに講釈をたれてるわけだけど、ここまで来ると当然もう一つ定義すべき物が出てくる。何かわかるかな? わかるよね? 人が喋ってるのに『高々独り言、聞き流してやれ』とか考えてる愚かな人以外は。」
『背の高い女』は、さも『世界の観察者』にでも話しかけるように自答する。
「『何を持って人間と言うべきか』。この答え次第では、見るからに化け物な怪物娘も意外と人間だったりするかもね?」
《現在 DBO》
6月2日。午後7時30分。
襲撃を受ける側のタイミングとしてこれほど『都合の悪い』なタイミングはなかなか無いだろう。
第一に、前のアクションから早すぎる。
前回の事件から丸一日と数時間。対応が早い『大空商店街』にとっても、まだ前回の余韻が残っていて動揺から立ち直れていない頃合いだ。
第二に、ライトがいない。
正規ギルドメンバーではないが、『大空商店街』の関係者で犯罪者への対策に最も長けたプレイヤーはライトだ。しかし、そのライトが敵の挑んできた『ゲーム』によって街から遠ざけられてしまっている。
そして最後の理由として……この『時間帯』。
襲撃を受けるにはあまりに『意外』なタイミングだ。確かに、夜になり始めて間もないこの時間なら闇に乗じて動くには申し分ない。しかし、誰もそこを狙ってくるとは思わない。
何故なら、この時間帯には狩りから帰った戦闘職や『本場』のプレイヤーショップで夕食を食べようと遙々ゲートを通ってきた他のエリアのプレイヤー。果ては昨日の事件について詳しい情報を聞きに来た最前線プレイヤーすら居てもおかしくないのだ。
人が集まり、戦いになっても迎撃できる戦力が整いすぎたこと。それが逆に人々の意識に隙を作った。
誰が予想しただろう。
まさか……
今までコソコソと陰で動き続けていた『犯罪者』が真っ向から最大のギルド『大空商店街』の本拠地に攻め入るなど。
この一年の間に生産職が競うように作ったプレイヤーショップが立ち並び、本当の意味での『商店街』となった『時計の街』の西側地区。
そして、その二つの主な出入り口『ゲートポイント』と『西門』。
怪物が到来したのは『西門』の外のフィールドからだった。
「■■■■■■■■■■■■■!!!!」
人間には意味を理解し得ない雄叫びが『商店街』に響くと同時に、重要建造物として高い耐久値が設定された『西門』の目印である二本の柱が粉砕された。襲撃イベントでもモンスターが壊すのを諦めたように素通りした『安全域』と『危険域』の境界が、打ち破られたのだ。
その音に、そして衝撃に、近くにいたプレイヤーの全てが『それ』に注目した。
店の屋根を挟んですら、その姿は見えた。
一言で言えば、『怪獣』。
どうして今まで気付かなかったのかわからない、闇夜とは言え気付かなければおかしいほどの巨大。
高さにして10m近い、そして形が人の形とは見えない。まるで山のように見える。
近くでそれを目撃した者は、まず『肌色の壁』が現れたと認識した。それも人間の皮膚のような質感で、中で何か蛇のようなものが無数に蠢いている生物的な壁。
そして、やや距離を置いてそれを目撃した者は、まず『人間ではない何か』だと認識した。大きさを差し引いても、人間として見るには歪だったのだ。
構成部位は主に頭、胴体、腕、脚など人間を模しているように見えるが、それらの細部はまるで素人の作ったヌイグルミのような『雑さ』がある。『首』や『肩』、『腰』のような関節部分がなく、胴体から直接体のサイズに対して短く太い手足が生えている。パーツのつり合いとしては生まれたての赤ん坊に近いが、手先は指が親指とそれ以外にしか分岐していない手袋のようになっている。頭も球体の形こそとっているが髪の毛などはなく、鼻や耳といった細かい部位はない。その代わり、口は肌色の表面に開けば馬の一頭くらい丸呑みできそうな裂け目があり、目は普通の人間サイズのものが何十も集まってさながら『複眼』のようについている。
そして、プレイヤー達はその『怪獣』を視界に収め、その足が踏み出したときに発生した地響きを感じてゲームのシステム的にそれを『プレイヤー』として認識する。
そのプレイヤーネームは……『イヴ』。
『攻撃』……その表現は正しくない。
『蹂躙』が始まった。
商店街のなかでは街の中心に近い位置にあるプレイヤーショップ『大空商社』には、いち早く連絡が届いた。
その足の速さを全力で発揮して状況を直接確認して来たホタルの報告にスカイも驚きを隠せない。
「襲撃!? 被害状況は!?」
「西の端からプレイヤーショップを破壊しながら進行してきてます! プレイヤーを狙って攻撃してきてるわけじゃないようなので人に被害はほとんど出てないようですが、自分の店を壊されて呆然としてしまっているプレイヤーも……」
「く……店ならまた作り直せばいいけどプレイヤーは死んだらそこまでよ! あっちは街中でもダメージを与えてくる手段を持ってるかもしれないから、引きずってでも避難させなさい! ゲートから他の街に逃げることも計算に入れて街の中心の方に誘導して!」
『時計の街』の西側……九時方向の大部分はゲーム開始当初荒れ地だった。
それをこの一年の間に生産職達が風呂敷を広げたフリーマーケットのような形から、それぞれ腕を磨き、建築系のスキルも発達し、プレイヤーショップが並ぶ商店街にまで発展させたのだ。つまり、この商店街は全てがプレイヤーショップ、全てが生産職プレイヤーの努力の結晶なのだ。それを放棄して逃げるような選択は難しいだろうが……
「壊す側からしたらこっちの思い入れとかお構いなしよ! 商品とかも無理して持ち出そうとしなくていいから、私たちは生き延びることだけ考えて!」
今は判断が遅れればそれだけ被害が増える状況なのだ。
残酷だろうと、ギルドマスターとして指示しなければならない。
そして……
「ホタル、大至急連絡のつく戦闘ギルドに片っ端から連絡させなさい。あと、どのくらい準備できてるかわからないけど、『戦線』『攻略連合』『アマゾネス』に頼んでおいた『犯罪者対策部隊』には最優先で応援を頼んで。」
『もしも』の事態を想定して対策を立てておくのもトップの仕事。
昨日の時点で大規模な戦闘ギルドには非常時にいつでも犯罪者の動きに対抗できる『対策部隊』を編成するように要請してある。一日でどれほど準備が出来ているかはわからないが、全くの無防備というわけではない。
「迎撃戦、始めるわよ」
一方、商店街西部の目下破壊が進んでいる場所で……
赤毛の少女が物陰に隠れて息を潜めていた。
「弱りました……夕食の分の食材を買い足しに来たら……」
NPC『イザナ』。
本来はただの道案内NPCの一人という扱いだが、彼女には少し特殊な事情があり、それが今問題になっている。
彼女は非固定位置タイプのNPC特有の『いつの間にかいなくなる』という標準的な能力が使えない。
一般的なNPCは、プレイヤーに見られておらず意識もされていない状態ならその空間から消失したりプレイヤーに認識されていない他の場所に出現したりが可能だ。それは、主に巡回型のNPCが何かのアクシデントで本来の巡回のスケジュールを継続できなくなるのを防いだり、プレイヤーがゲームをプレイするのに最適な人口密度を維持したりするのに使われる能力……というより、ゲームとしての『仕様』。
そして、戦闘能力のない一般人型NPCは明らかな戦闘行為が始まったらその場から『いつの間にか』避難するように設定されている。そうでないと戦闘の邪魔になってしまい、戦闘に巻き込まれると不都合が生じる。
そのため、普通の一般人型NPCなら今回のような場合はもう避難が完了しているのだ。
しかし、イザナは『いつの間にかいなくなる』事は出来ないし、徒歩での避難にも失敗してしまった。
「まさかあそこで転んでしまうとは……一生の不覚です」
『イヴ』の地響きすら発生する一歩にはただの迫力や質量だけでなく技としての効果が付加されている。
系統としては、RPGゲームのボスモンスターが昔からよく持っている範囲技『地震』に近い。
相手を転倒させて一時的に行動を封じたり、地面からダメージを広げたりする効果だ。
注意して踏ん張っていれば転倒を免れたかもしれないが、逃げるプレイヤーにぶつかって不安定になっていた。タイミングと運が悪かったのだ。
「……いえ、問題は『あちら』ではないですね……」
ガツガツ……ムシャムシャ……
「あ、ヤバいですね……」
イザナは買い物袋の中の魚を投げ捨て、道案内NPCとしての地形把握能力を利用して抜け道を探すのだった。
そして……
「ん、俺達が一番乗りみたいだな」
「私達は『攻略連合』とか『アマゾネス』に比べたら人数少ないから、それでなんじゃない?」
ゲートポイントから現れる人影……十数人。
いずれも装備は最前線で入手されるような高性能なものであり、そしてその持ち主もただ『持っているだけ』のプレイヤーとはまとう気配が違う。
混乱する人々の中、冷静に、まるで戦いが日常であるかのように落ち着いて構える一団。
最高の装備を持った、最高のレベルを持つプレイヤー達。
ギルド『戦線』の援軍。
その先頭で、切り込み隊長の赤兎は遠くを見据える。
「んじゃ、他に援軍も来てないみたいだし、急ぐぞ」
赤兎は言うやいなや、逃げてくるプレイヤー達が邪魔にならないよう近くの家の屋根に飛び乗って西へ向かって走り出す。
そして、他のメンバーも後に続く。
「あれかな……凄く大きい。ここからでも見えるなんて」
赤兎の横に並んだアイコが走りながら呟く。
しかし、その声に怯えはない。
「この前のエリアボスもあんくらいだったっけ?」
「いつもはボス部屋の中だからな……建物があると迫力違うな。特撮みたいで」
最前線プレイヤーはボス攻略にも慣れたもの。
敵が大きいくらいでは驚きもしない。
ただ……
「問題は大きさじゃなくて強さだよね……赤兎、いつもの『勘』だとどんな感じ?」
「この距離じゃよくわかんねえけど……ハリボテじゃ無さそうだ」
「そりゃ建物潰してるからね……」
屋根の大きな境を飛び越え、商店街に入る。
二人に続き、他の『戦線』メンバーも次々商店街に入る。それも、何も言わずとも散らばり、到着時に敵を取り囲んでいるように。
破壊された建物が目前に迫り、もうすぐ屋根が途切れる。
「だけど、いつもとやることは変わらないよね。囲んで殴って斬って削るだけ。」
「いつも通りに行きゃな……アイコ、止まれ!」
「!!」
赤兎の声にアイコは足を止め、屋根から跳ぼうとしていたのを踏みとどまる。
そして、下を見ると……
ガツガツ……ムシャムシャ……
『何か』が数体集まって、壊れた店で元々売られていたらしき食品アイテムを貪っている。
巨大な怪獣『イヴ』とはまた違う独特のもの。
こちらは身体のシルエット的にはほぼ完全に人間だ。しかし、それは『シルエット』での話。それ以外は人間には見えないのだ。
まず全身の体表が真っ黒、それも日焼けとかそういうのではなく漆黒に近い。それこそ人間の影が自立したかのように見える。
そして、顔は細部の作り込みがなくのっぺりとした中に大きく横に裂けた口が目立つ。それらを合わせて表現するなら『真っ黒の口裂けのっぺらぼう』とでも言うべきだろうか。
正体不明のそれらが、先ほどアイコが着地しようと思ったあたりで一心不乱に店の残骸と商品すら区別することなく貪っている。
あのままあの中に着地していたら……おそらく一気に襲われていた。
「何……あれ?」
「あのでかいのの取り巻き……みたいなもんかも知れねえが……『モンスター』みたいだな。ステータス的には」
赤兎とアイコの目には目に映った相手のHPと名前が表示されている。
〖1001110〗
〖1110〗
〖100001〗
「名前すらわけわかんねえな……てか襲撃イベントでもないのに街の中にいるってことは誰かにテイムでもされてんのか分からねえが……どう考えても味方じゃねえだろ。それに見ろ、他にもいる」
赤兎に促されて周りを見ると、他にも闇に紛れて商品や店の残骸に群がる黒い人型のモンスターがいる。少なくとも十数体。
その内、一体が東へ……避難したプレイヤー達の方へ歩き始めている。
「あれも止めないと死人が出る……こりゃ、思ってたより厳しい戦いになりそうだ」
商店街での戦闘は激化する。
否、これはもはや……『戦争』だ。
同刻。
ある密室にて。
「どうするか……」
「どうすんだ?」
「どうにもならないと思うけど……」
ライト、ナビ、そして突如現れた少年は……
「壁もドアも窓も開かないし壊せない……隠し通路もなしだ。」
「目覚めたらやたら狭い部屋でしかもやたら散らかってやがるし……脱出ゲームにありそうな展開だなおい」
「脱出ゲームじゃなくて絶対に出られないんだよ。」
閉じ込められていた。




