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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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120頁:デートの邪魔はやめましょう

『アザーズ』

 オーバー50。使用者……凡百。

 NPCとフレンド登録できる技能。

 メールでの通信やマップでの位置特定だけでなく、店の売れ残りを融通してくれたりする。


 ただし、好感度が低いと断られる。

 もう直に一年になる。

 このゲームが始まってから。

 この、夢のような、悪夢のような世界が始まってから。


 混沌を極めたのは最初の一か月。

 しかし、プレイヤー達はそれを団結と知恵で乗り切った。


 それからは、大方全てが順調に動き出した。


 小さな苦難や危険はあったが、大局的には順調だった。

 抜きん出た才能を持つ一部のプレイヤーは、それを攻略のために振るった。


 いつかはこのゲームがクリアされるということを疑うものはおらず、未来に希望をもって前に進むことに疑問を感じる者はいない。


 だが……



「せっかくのデスゲームだ。そんなワンサイドゲームじゃつまらないじゃないか。本当の感動とは、苦難の果てにあるものじゃないかい?」


 ある一人のプレイヤーは、それに異を唱えた。










《現在 DBO》


 ところで、デートとはなんだろうか?


 一緒に遊園地に行くこと?

 一緒に映画を見に行くこと?

 一緒に特別なイベントに行くこと?


 確かに、それもデートと言えるだろう。

 しかし、それだけをデートと定義するのは早計に過ぎるというものだ。


 例えば、誰かに見せかけの交際を信じさせるために遊園地などに一緒に行くとしよう。

 確かにお互い楽しめるだろう。

 元々相性が悪いとかでなければ、お互いに普通に遊園地を楽しんで、それを『デートを楽しんでいる』と見せかけることは出来るだろう。


 だが、真のカップルなら特別なイベントなど無くても一緒に歩くだけでデートだ。

 アトラクションやアクシデントに頼らずとも、二人でいるだけで至福の時を味わう。それが真のデート。ただのショッピングでも、普通に道を歩くだけでも、自然と笑みがこぼれてくる。それが、嘘偽りのない本物のカップルだ。



 ……と、いわゆる『偽りの愛』に精通している椿がこのような基準を持ってライトとナビのデートを監視したところ……




「マジだ……マジでリア充してやがります……」

「椿ちゃん、動揺のあまり口調が変なことになってるよ?」


 世界観的に冷房は配備されていないはずだがどういう原理か外より涼しくて、小さいが隠れ家のような雰囲気に満ちて快適なカフェにて。


 巨大パフェを二人で両側からつついて攻略しようとするライトとナビを観察しながら、ブラックコーヒーを飲む椿とホットミルクを飲むホタル。

 離れた席でしかも繁盛しているのかNPCの客の多い店で、さらにオシャレな装飾の施された仕切り越しに観察しているので気付かれて見せつけられているわけではないはずだが……


「甘ったるいもの見せてくれやがりまして……コーヒーおかわりしましょう」

「もうブラックコーヒー四杯目だよ?」


 デートの過程については詳しくは語る必要はないだろう。椿の反応から想像してほしい。

 ウィンドウショッピング、公園で弁当、そしてカフェ。行った場所はこの程度。


 その間、特別なアクシデントやイベントは起きていない。

 ライトがロシアンルーレット弁当で悪戯してナビを軽く怒らせた一幕があったが、それも恋人同士の戯れ程度だった。


 まあ要するに……


「あの二人、下心とか演技とかなく、マジで付き合ってますよ。」


 それが椿の結論だった。

 ライトに限って言えば演技かもしれないが、少なくともナビは本気でデートしている。いつもは粗暴な人格のはずだが、今日は時折顔を赤らめ、恋する乙女のような表情をしているほどだ。

 いやむしろ、変に女の子らしさを意識せず、自然体でいながら時に垣間見えるその仕草が却って本気っぽい。


 そして、ライトもまた今日はいつもと違う。

 デート開始から四時間、距離を取りながらも椿とホタルは監視を続けている。いつもなら、もう見つかっていておかしくない……というより、見つかっていなければおかしいはずなのに、その素振りが全くない。ライトはともかく、ナビは立場的にもこの場面を見られたらマズいので、気付いたら何らかのアクションを起こしてしかるべきなのにだ。

 よほどデートに熱中しているのか……


「でも……よりにもよって何でナビちゃんなんだろう? ナビちゃんは基本ナビキちゃんを護るための人格で、ナビキちゃんを裏切るようなことは絶対しないと思うけど……」


 ギルドのサブマスターとして幹部のナビキと、その別人格の『妹』達を良く知るホタルは疑問の声を漏らす。


 本来のナビのポジションは『気の弱いナビキの守護者』。ゲーム初期に気が弱くて戦えないナビキが戦うために生み出した人格だ。荒っぽい口調や戦闘の時の攻撃性が見られるが、それはナビキを補ってのもの。『口は悪いが根はとてもいい娘』と、商店街でも有名だ。

 ナビキの想いを知らないわけがないし、こんな裏切りめいたことをするとは思えないのだ。


 それに、ホタルには椿にない懸念がある。


 ライトは……『殺人鬼』なのだ。

 ホタルは本人からそう聞いているし、そう思っている。

 スキルがありすぎて何が出来るのか把握しきれていないからアリバイが成立しないし、時には自分のいないはずの場所に自分がいるかのような噂を流したりというアリバイ工作らしき行動も見られている。


 殺人鬼が普通に恋愛出来るのか……ホタルにはそれがわからない。

 だが、『愛するあまりに殺してしまう』というようなことがないとも限らないと思っている。その気持ちなら想像できなくはない。


 これがその類の行動の一端なら……止めなければならない。


 そんなふうにホタルが注意深くライトとナビを見ていると……



「だめですね。もうこうやって監視してるだけじゃ新しい情報は入ってきません。せめて会話が聞き取れれば……」


 椿がホタルの向かいで耳を澄ませるように目を閉じるが……聞こえない。

 大した距離ではないが、NPCのお客の歩く音や食器の音などが雑音となり、思うように聞き取れない。

 だからこそ、こちらが気付かれていないということもあるのだが、理屈でわかっていてもやはり焦れったい。


「ナビキちゃんみたいに唇の動きで読めたらいいんだけどなー」


「……ていうか、ナビキさんはこれ知ってるんでしょうか? 今、彼女たちは独立して動いてるんでしょう?」


「うーん……こんなプレイヤーのいない街を選んでデートしてるあたり、知られないようにやってるんじゃないかな」


 プレイヤーとしての『ナビキ』は『複数のアバターを同時に操作する』という分身のような技を持っている。それによって人格ごとに別の肉体(アバター)を使って動き回ることができているのだ。

 最初はHPとEPを共有していたためお互いの行動はリアルタイムで大方伝わるようになっていたが、レベルが100を超えてからはその技の効果が進化したらしく、弱点にもなっていたその特性を克服した完全分離型の分身を作り出す技を使っている。脳内での交信やアバターの入れ替えも出来るが、それもほとんどしない。

 まるで、『ナビキ』の中の人格達が独り立ちしようとしているかのような状態なのだ。


 もしかしたら……本来の役割が薄れ、一人の人格(にんげん)として独立して動き出したナビが我慢できずにライトに告白し、ライトがそれを受けてしまったという可能性も……



「……ナビキちゃんに教えちゃおうか」


「えっ……それはまだやめときません? もし何かの誤解だったらすごく気まずいことになりますよ?」


「本気で付き合ってるっぽいんでしょ? だったら誤解の心配いらなくない?」


「まだナビキさんが裏切られたと決まったわけではありません。例えば……そう! ナビキさんとライトさんが交際して、その一部としてナビさんを愛しているとか……」


「それってナビちゃんを一人の人間として見てないってことでしょ? ……なんて不誠実な」


「なら、ナビキさんとナビさん両方を本気で愛しているとか……ライトさんはそのくらいの甲斐性ありそうですし」


「それって『姉妹丼』ってやつでしょ? 浮気でしょ? それはそれでバレてボコボコに殴られればいいんだよ」


 椿は幸せそうな二人……少なくともナビの時間を邪魔するのはやめておこうとホタルを押さえ込む。ハニートラップの常習犯ではあるが、だからこそ純愛中の少女の邪魔など好き好んでしたくはない。


「とにかく、二人が離れたらライトさんを問い詰めましょう。」


「相手はあのライトだよ? 嘘吐いて誤魔化すに決まってるよ」


「なら、せめてなんとかして会話を聞いてから判断しましょう。現行犯なら誤魔化しきれないかもしれませんし」


「どうやって聞き取るの? さすがにこれ以上近付いたらバレるよ?」


「……私に任せてください」


 椿はストレージからあるアイテムを取り出す。

 注意しなければ見えないほど細い光の糸で繋がった、二つの真っ白な紙コップ……マジックアイテム《魔力糸電話》だ。10mほどの範囲内に限り通信が出来るマジックアイテム。ドロップ品だがなかなか手には入らないレアアイテムだ。

 戦闘ギルド『アマゾネス』のサブマスターである椿が持っていること自体は不思議ではないが……


「……なんでこんなもの持って来てるの?」


「それはもちろん、男に吐かせた弱みを別室の仲間に記録させるためですよ。そういうときのために、いつも常備してます。これの片方を二人の近くに置いて話の内容を聞きましょう」


「どうやって置くの?」


 すると、ちょうど椿が先ほど頼んだブラックコーヒーのお代わりが来た。

 すると椿は紙コップの片方を空になったコーヒーカップを回収しようとした男のNPC店員に視線を向け、呟く。


「『魅了(チャーム)』……『あそこの二人の席の隣の無人の席に、これを置いてきなさい』」


 すると、店員は姿勢を正し頷く。


「かしこまりました」


 そして、紙コップの片割れを持って行く店員を見送りながら……


「椿ちゃんすごい!」


「私の固有技(オーバー50)です。秘伝技の『魅了』を強化してNPCや頭の悪いモンスターに言うこと聞かせるだけの技ですよ。ともあれ、これである程度会話が聞きとれるでしょう。」


 二人は耳を寄せてコップから聞こえてくる音を聞く。

 話してはいけない。このアイテムは双方向通信用なのであちら側にも聞こえてしまうのだ。


 ガサガサ……という店員に運ばれる雑音。

 そして、『カポッ』という音で隣のテーブルに置かれたことがわかる。

 置かれたのは空席だったライトの背後の席。

 ライトの声は多少聞こえにくくなるかもしれないが、会話がそれなりに聞こえるなら十分だ。

 二人はよりいっそう耳を澄ませる。


『……がとな、あたしのために』


『いい……当然だ』


 聞こえてきた。

 会話の内容を把握する程度の精度は期待できそうだ。


『楽しいか?』

『ああ、生まれてこの方一番楽しいぜ』


 ナビは男しゃべりだが、本当に嬉しそうにライトと話している。昔は男人格なんて呼ばれたこともあるらしいが、実は気の強いだけの女の子なのだ。


『生まれてこの方……か。それは何よりだ』



 そこからはしばしの間、普通に会話が続いた。

 パフェのバナナがどうだとか、最近新しいプレイヤーショップが出来たとか、面白いクエストがあったとか……そんな感じの何気ない会話だ。

 盗聴していた二人が驚いたのは、話の内容があまりに日常的なことばかりだったこと。ナビは元々好戦的な人格でいつも戦うことばかり考えていそうな人格だった。しかし、今はそのような戦闘関連の話は出ていない。

 普通の会話を普通に楽しんでいる。


 ホタルと椿はヒソヒソとライトに聞こえないように小声で話し合う。


「ちょっと……なんか予想以上に普通なんだけど。脅されてる様子も騙されてる気配もないよ?」


「そうですね。洗脳されてメロメロというわけでもありませんし……好感度的には普通に付き合い始めのカップルですね。周りに噂にされたくないから人に見られているときにはあまり表には出さないけど、二人だけの時には順調に愛を育んで行ってるって感じです。そしてナビさんは初恋でたどたどしいですが、場慣れしたライトさんがうまくナチュラルにエスコートして飽きず退屈にならない会話を継続してますね」


「……さすが椿ちゃん。会話だけでよくそんなにわかるね」


「私、リアルの表の顔では地元の高校で恋愛相談役として有名だったんですよ。」


「表の顔? 裏では?」


「各部活の部長や生徒会や教師に貢がせて『影の生徒会長』と呼ばれていました。私としては便利そうな人を落として遊んでいただけでしたけど」


「さっすがー。その腹黒いところもだーいすきだよ♡」


「私はあなたを好きではないですけどね。……複数相手にするときには好感度の上げ下げは大事ですから、カップルの進展具合とかもわかるんです。下手をすると浮気を咎められて襲われたりするかもしれませんし、下心は漬け込む隙でもありますけど危険要素でもあるので先んじて見抜いておく必要があります。自分の側が浮気相手にあたる場合は本命の相手との関係の具合もチェックしないと、そちらと何かあったときは乗り換えて来ようとしてきたりしますから。」


「あはは、椿ちゃんプロっぽーい。惚れ直しちゃうよー♡」


「……ちなみに、私が本気で貞操がヤバいと思ったのはあなたが初めてなんですよ、このクラッシュサイコパス。なんで本命が他にいてあんなに簡単に好感度上がるんですか? 様子見でアウトって初めてでしたよ?」


「椿ちゃん、可愛かったんだもん♡」


「私はあなたが嫌いです。消えてください」


「うわー。でもこのままベタベタし続けたらどんなふうに私を消そうとするのかなーって考えるとゾクゾクしちゃう」


「この人、拷問しても喜びそうで怖い」


「『指ぱっちん』とか?」


「それは指を鳴らす音のことだと願いますよ……とにかく、ナビさんにもライトさんにも下心とかなさそうですし、あと警戒するべきは『ステージアップ』ですね」


「『ステージアップ』?」


「恋愛の段階のA、B、Cみたいなものですよ。下心なしでも、真っ当に誠実にお付き合いしながら段階を踏んでキスやハグ、終いには肉体関係に発展する可能性があります。まあ別に無理に止めることは無いかもしれませんが、あまり速すぎる進展は……」



 そのとき、ホタルと椿がヒソヒソ話に夢中になっていて集中していなかった紙コップから、ライトの声である言葉が聞こえた。

『ナビ、オレと一つにならないか?』



「アウト!!!! いくらなんでもCはアウトです!!!!」


 椿は思わず紙コップに向かって叫んだ。


「え、何だよ今の声!?」

「今の……椿か!! あ、このコップ……盗聴されてる!!」

「椿ちゃん……椿ちゃんってビッチのくせにやたら貞操観念強いよね。おかげでバレちゃったよ?」


 直接ライトの所へズンズン歩いていく椿。

 1人だけ隠れていてもしょうがないので一緒について行くホタル。


 そして、突然の展開に動揺しているナビと、『どうしようかこの状況?』という表情で冷や汗をかくライト。本当に気付いていなかったらしい。


 空気が変わった……修羅場だ。


「いつから見てたんだ? 椿……なんか凄い怒ってる?」


「CはダメCは禁止Cは早過ぎCは不純異性交流です! そういうのは成り行きとかその場の勢いとかじゃなくて本当に心に決めた人とするもので……」

 顔を真っ赤にして、自分でも何を言っているのかわかっていないようにまくしたてる椿。


「椿ちゃん一回落ち着いて!! てか椿ちゃんビッチのくせにどんだけウブなの!?」

 ホタルは不良グループ所属の経験あり。

 その手の話に耐性のあるホタルが椿をなだめようとする。


「いやこれは違くって、あれだ、一つになるっていうのは心の問題的な……」

「身も心も任せる気ですか!? だめですよ付き合い始めてすぐの勢いなんかで!!」

 なんとか弁解しようとするナビだが、却って椿を刺激してしまう。


 女も三人揃えば姦しいと言うが、修羅場となればもはやそんなレベルではない。阿鼻叫喚といった具合だ。


 お互いが言いたいことばかり言って収拾がつかない。



 パアッン!!



「「「!……」」」


 収拾をつけたのは阿鼻叫喚の外にいたライトだった。

 手を大きく打ち鳴らし、その音で三人の言葉を一瞬中断させる。


 そして、打ち鳴らしたまま合わせた手を顔の前にピシリと椿とホタルの方へ向け、深く頭を下げる。



「頼む、一生のお願いだからナビキには黙っていてくれ!」



 ……時が止まった。

 続く静寂。

 頭を下げ続けるライト。

 そのライトを蔑むように見る椿と、『どういうこと?』というふうに比較的冷静に見るホタル。

 そして、当事者としてどうしたら良いかわからず、沈黙するナビ。



 ……止まった時間を動かしたのは、誰かの声ではなくまるで震度6の地震でも起きたかのような振動と、爆音のような破壊音だった。



「なっ!?」

「きゃっ!?」

「椿ちゃん!!」

「ナビ!!」


 すぐに対応したのはライトとホタル。

 反応の速い二人はそれぞれナビと椿を守るように抱えて跳ぶ。


 そして、もう一度破壊音が響くと……四人のいた席の横の壁が破裂するように吹き飛んだ。

 先に回避していなければ……巻き込まれていた。


「一体なに!?」

「ホタル、話は後だすぐ武器出せ。じゃないと……ヤバいぞ」


 ライトは『変装スキル』の技でいつもの古い帽子に空色の羽織りという服装になる。彼にとってはこれが戦闘服。腰の《飢餓の杖》を構える。

 ホタルも『忍術スキル』の『変わり衣の術』という技で忍び装束に瞬間着替えして、鎖鎌を構えて破壊された壁を見る。


 その向こうには……


 巨大な『何か』がいた。

 壁に空いた穴の直径は3m。しかし、それでも向こう側の犯人の全体像が見えない。

 しかし、その壁を破壊したであろう腕はなんとか見える。直径1m以上で指は細かく分かれておらず、簡素な手袋のように親指とそれ以外というふうに分かれている。表面は人肌と同じ肌色で、しかしその内側がまるで巨大な蛇が内側で何十匹と動き回るように(うごめ)いている。しかも、腕だけではない。

 その巨大な腕がただの肉体の一部だと証明するように、同じ肌色が壁の向こう……店の外にいる。

 本来の街の風景が見えないほど……巨大なものが、無数の目を見開いて穴から店の中を……ライト達を見ている。



「な、なんですか……あれ……モンスター?」


 怯えた声を呟く椿。彼女には戦闘能力がない。

 故に、モンスターを見る機会も少ないのでそう言葉を洩らしたが……


「いや、たぶん違う。たった二回、それも本来建物全体のダメージを肩代わりするドアじゃなく壁への攻撃で建物の耐久力を貫通して穴をあけるなんて、モンスターならエリアボスレベルだ。このゲームはイベントでもないのにそんなのが出てくるほど理不尽なゲームじゃない。それに全体像が見えないが……ステータスの表示を見る限り、あれは『プレイヤー』だ」


「……!!」

 ホタルは絶句する。


 プレイヤー……だとしても、明らかに普通ではない。

 一部しか見えていないが、全体は察するに四つん這いでも最低体高5mは下らないだろう。それに本来VRMMOではまず不可能な『初期配置の公共施設の破壊』という行為を力ずくで行った破壊力。

 そして、それを警告なしに行う明らかな敵意。


 戦闘になれば……建物ごと潰されかねない。


「ホタル、二人を連れて外に出ろ。オレは時間を……」


 ライトがそこまで言ったところで、穴の向こう側に陣取っていた巨大な『何か』がゆっくりと横に……穴の死角へ下がっていく。


 新しい一撃のためのタメか……そう思って身構えるライトとホタルだが、沈黙が続く。


 そして……一分ほど経った後……



「……感知系スキルに反応なし。『消えた』な」


「え、いつの間に!?」


「わからない。少なくとも姿を隠したあと数秒は音も気配もあった。だが、その後急に見失った。」


「あんな大きなものがそんな急に……『消えた』?」


「ああ、よくわからないが退いてくれたらしい。ホタル、スカイに連絡してくれ。この現状を調べてもらわないといけないし、解析系のプレイヤーを何人か頼む」




 ホタルがメールを送って三分後。

 『大空商店街』から即席の解析班が来るより早く、ギルド内の伝達を受け、ゲートの近くにいた幹部プレイヤーが駆けつけた。


 『大空商店街』の幹部プレイヤー……ナビキだ。


 どうやら繋がりが薄くなっても『妹』に異常が起きたのはさすがに虫の知らせのように感じたのか、到着したのは一番だった。


 そして、状況……特に、オシャレな格好をしたナビとライトをマジマジと見つめ、壁の穴の検証もそっちのけに低いトーンで言った。



「……ナビ、どういうこと?」



 ライトには何も聞かない。

 むしろ、言い訳のうまいライトには何も言わせない、ライトの言うことなんて何も聞かないという態度でナビにだけ強い視線を向ける。

 ナビキの纏うあまりに重苦しい空気に、ホタルも椿も何もいえない。


 強い視線に耐えきれなくなったナビは……消えそうな声で言った。


「ごめん……ナビキ」


「何が『ごめん』なのか、教えてくれる?」


「……ごめん」


「そればっかりじゃわからないんだけど? 先輩と何してたの?」


 一向に怒りが収まる気配がない。

 そんな様子のナビキに、ナビは覚悟を決めたように言った。


「……デートしてた。付き合ってんだ」


 ドンッ


 ナビキが無言でナビの肩を押して突き飛ばした。

 ライトもホタルも椿も初めて見る本気で怒ったナビキ。

 ナビはたまらず吹っ飛ばされ、床に倒れる。


 反撃する様子はない。

 ナビは誰よりもナビキの想いを知っているのだ。それを裏切ったことを自覚していないわけではない。怒りを向けられて当然のものと、腹をくくったような表情をしている。


 一方、ナビキの方こそ自分の行動に驚いたようにして、ナビの肩を突いた自分の手を見ている。

 扱い方のわからない感情に戸惑うように、自分の中に生まれた熱をどうやって吐き出したらいいかわからないように。


 そして……



「悪いな『姉ちゃん』、あんたがあんまじれったかったから、あたしが先に告っちまったぜ?」



 ナビの挑発するような言葉に、それが爆発した。


「ナビあんた、私の先輩と勝手に!!」


 ナビキが体を起こしたナビを殴ろうとして……


 『ガシッ』と、ライトがその手を掴んで止めた。


「!!」

「姉妹の喧嘩に口を出すのはあれかもしれないが……ナビキ、その辺にしてくれ」

「なにを!!」

「弱いものいじめすんなって言ってるんだ!!!!」


 ビクリ……と、ナビキは完全に思考も動きも止めた。

 ライトに怒鳴られたことが理解できないように、目を丸くしてライトを見る。


 初めて見る……本気で怒ったライトの顔。

 それがあまりに意外で、恐くて、ナビキは後ずさる。


 そして、自分が殴ろうとしていた相手を……(ナビ)を少し冷えた頭でもう一度見る。



 震える手足。

 引きつる顔。

 涙を溜め込んだ瞳。


「ど、どうした…あたしは、反省なんてしてねえぜ?」


 そこにいたのは、自分の奮おうとした『暴力』に怯えながらも、震える声で強がり、挑発する一人の弱々しい少女だった。



「ナビキ……全部話す。だから、ナビを殴らないでやってくれ」










 同刻。


 マントを着たやつれ気味の男が、洞窟の安全エリアに作られた『アジト』にて、仲間から伝えられた情報に驚愕していた。


「何!? あいつが動いたのか!?」


 メールの待ち受け係にしていた仲間が受け取ったメールを読み……悪態をつく。


「くそっ、あいつ勝手に動きやがって……これだからあいつを引き込むのは嫌だったんだ! この俺の立てた計画がこのままだと……しょうがない! おい、すぐに他のところにもこの知らせを回して集会の召集をかけろ!! 今日中に計画を修正して前倒しする!」


 そしてやつれた男……シャークは、歯軋りしながら……しかし、待ち続けていたイベントが思いがけず早まったような表情で、アジトの仲間達を煽るするように叫ぶ。



「予定より早まったがしょうがねえ!! 動き出した戦場は止まらねえぞ!! てめえら、この腐ったゲーム板ひっくり返すぞ!!」

凡百(ぼんぴゃく)

 『一般人』の称号を持つプレイヤー。

 全プレイヤー中最も平均的なステータスを持つ。


(スカイ)「誰これ? 知らないんだけど」

(マリー)「えーと……ライトくんの幼なじみ、になるんでしょうか? 最近まで忘れられてたみたいですけど」

(スカイ)「幼なじみは普通忘れないと思うけどね~。それはたまたま近くにいただけの他人じゃない?」

(マリー)「ちなみに、ライトくんに告白してふられたことがあるそうです」

(スカイ)「それで忘れられたの!? かわいそ過ぎでしょ!!」

(マリー)「ライトくんの場合は故意でしょうけど、彼女自体が他人の記憶に残りにくい性質を持ってるんですよね……私も認識操作で似たことは出来ますけど、彼女は天然物。ここまで普通な人は逆に珍しいです」

(スカイ)「類は友を呼ぶとは言うけど、やっぱりライトの周りには変なの多いわね~。しかもリアル時代からみたいだし」

(マリー)「興味深い人ですね。今度ここにお招きしてみましょうか」

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