119頁:デートは知り合いに見つからないようにしましょう
『虚言糾弾』
オーバー100。使用者……ジャッジマン。
嘘をあばく技。
脳波を測定し、嘘をついているプレイヤーに対してのみ威力を発揮する。
DBO第二回襲撃イベント時。
鎌を持った少女が民家の屋根を走る獣を、同じく屋根瓦を踏みつけて追う。
「待てこの犬っころ!!」
少女は自分より獣に追いつくため全力で走るが、獣の方が速い。鎌を持った少女……ナビは攻撃力重視のパワービルド。鈍足なのだ。
しかし、なんとかして追いつく必要がある。
「あいつ……せめて真っ向勝負くらいしろよ!!」
相手は〖パラサイトライカン LV100〗。
狼男の姿をしたモンスターだが厄介なことに、プレイヤーやNPCに噛みつくことによって『憑依』する能力がある。しかも、『憑依』しながらも容姿を宿屋の姿に戻すことができ、そうなると見つけることが困難になる。
今、逃げるために獣の本性をさらけ出している内に決着をつけないと、また宿主を変えられて見失ってしまう。
こういうヒットアンドアウェーでゲリラ戦のようなことを仕掛けてくる相手は、真っ向勝負を好むナビの苦手な相手なのだ。
しかし、相性がどうのと言っていられない状況でもある。
万能のオールマイティーであるライトはイベントボスの〖ハグレカカシ〗がゲートポイントに到達しないように一対一で相手している。
プレイヤーの多くは群れて真っ向から街に侵入使用とする狼の子分のようなモンスター達を食い止めている。
相手が人間化けの能力を持つため数で押すのは不利として、街の中で狼男を追っているプレイヤーは少数精鋭なのだ。助けを呼ぼうにも近くにいない。
それに、犯罪者も襲ってきてるらしいし……どこにも増援を送る余裕がない。
「チィ……逃げんな!!」
ナビは相手の足を止めるため屋根の上に設置されていた風見鶏をへし折って投擲。
屋根から屋根へ飛び移ろうとしていた狼男の着地しようとしていた場所に刺さり、狼男は着地に失敗して地に落ちる。
そしてナビは、その隙を逃さず鎌を振り上げて飛びかかる。
「うりゃぁあ……!!」
ナビの身体が硬直する。
特殊な技を受けたわけではない。
ただ……
相手がまだ年端も行かない少年の姿になっていただけだ。
『……バーカ!!』
不気味に笑う少年。
そしてすぐさま変化した狼の腕がナビを叩き落とす。
「ぐはっ!」
地に伏したところで足蹴によるさらなる追撃。
とっさに鎌の柄で止めようとするが……
「な……あたしが押し負けて……」
手がふるえる。
鎌が後退して……
「ナビキオリジナル『王の咆哮』」
狼男が横からの攻撃に吹っ飛ばされ、形勢不利と見たのかそのままの勢いで逃げていく。
そして、狼男を追い払った少女は……ナビの震える手に自分の手を差し伸べた。
「ナビ、大丈夫?」
《現在 DBO》
6月1日。
生存者約5700人。攻略済みエリア……16。
朝早く……極端に夜型の人間がようやく寝入り、朝型の特に早起きな人間が起き出す頃合いの時間。
多くの人々の寝ているその隙を狙うように薄暗い部屋で不気味に笑う者がいた。
「これが完成すれば……どんな屈強な奴だろうと……フフフ」
フラスコを片手に、誰も見ていないことを良いことに邪悪な笑みを浮かべ、かけている眼鏡のツルを摘まんで位置を直す。
そして、最後の材料をフラスコに入れようと試験管に手を伸ばした所で……
「椿ちゃん大変!!」
「うわっ、えっ!?」
部屋の戸を開けて入ってくる少女の声と足音。
眼鏡の少女は慌てて試験管とフラスコを台に置いて自分の背中の後ろに隠し、相手を見て驚愕する。
「ホタルさん!? なんでホタルさん!? なんで『アマゾネス』のギルドホームの、しかも私だけの秘密の部屋に人が入ってきて、しかもそれがなんでホタルさん!? どうやってここを知ったんですか!? どうやって入ってきたんですか!?」
背が低めな高校生くらいで制服のような洋服を着ている眼鏡の少女……椿の驚く顔を見て、外から入ってきたスタイルがよく童顔な忍び装束の少女……蛍は『何を言ってるの?』という顔をする。
「椿ちゃんのプライバシーで私が知らないことがあると思ってるの? こんな秘密の部屋程度で私が阻めるわけないでしょ?」
「なにさらっとストーカー発言してるんですか!? それに質問の答えに実のところ全く答えてません!! どうやって入ってきたんですか!?」
ここはギルド『アマゾネス』のギルドホーム。ホタルは『大空商店街』のサブマスター。もちろんここでは余所者のはずだ。ギルドホームは出入りに条件をつけることができ、女性プレイヤーの安息の地である『アマゾネス』は当然侵入制限をかけてある。特にホタルは『アマゾネス』サブマスターの椿にかなり警戒されていて、しかも女子に重度のセクハラをするという危険な一面があるため、強行突入を防ぐための見張りもホタルにはすぐ攻撃することを許可されている。
それを当然のように侵入してくるとは、さすが忍者……
「今日の見張りはレモンちゃんでしょ? 彼女に前から頼まれてた『赤兎×アレックス』の同人誌を渡して、設定を変更して貰いましたー」
「忍者関係なかったんですか!? そしてあの人達、なんで腐向けの同人誌の中でも攻めと受けで連携してんですか!? 何より見張りを薄い本で懐柔するとか、いい年の女の子の発想じゃないですよ!?」
「みんなが寝静まってる間に惚れ薬の研究とかしてる椿ちゃんに言われたくないかも♡」
「これは惚れ薬じゃなくて紅茶の香りを良くする隠し味です!」
「あ、新しいバージョン出来るところ? 飲んでいい?」
「だめー!! それは他のギルド要人の接待に使うやつですから!! あなたに出すものはぶぶ漬けすらありませんから!!」
「すっごくがんばって惚れ薬の研究してるのに本命の花火さんには断じて使う気のない変なところで純情な椿ちゃん、超可愛い♡」
「うわー!!」
ちなみに、椿は色仕掛けで大ギルドの要人を骨抜きにして、さらには同性だらけの自分のギルドのメンバーですら掌握しているハニートラップの使い手であるが……実は本命はギルドマスターの花火。しかも、彼女にだけは一切の手練手管を使わず、想いも打ち明けないままギルドのサブマスターとして本来は花火のすべき事務仕事まで全部こなしている。
ホタルも同様に自分のギルドのギルドマスターであるスカイを愛している。その想いは隠されることなくもはやストーカーのような形で現れているが、残念ながら人間関係を損得で考え、愛というものをいまいち理解できていないらしいところがあるスカイにはその想いは届いていない。本人曰く、他の女子にセクハラを繰り返すのもスカイに構ってもらえない寂しさからだとか。
ある意味似たもの同士な二人なのだ。
ただ、残念なことに二人の中にあるのは共感ではなく、強弱関係。
興奮や発熱などといった薬を組み合わせて相手に『自分への好意』を植え付け、あくまでも自分からは明確に好きだとは言わずに一方的に惚れた弱みに漬け込むのが椿のやり方。いわゆる草食系……というより食虫植物のようなスタイルだ。
しかし、ホタルは相手の気持ちなど考えずひたすらに自分の気持ちをぶつけるタイプ。しかも、どこで性格が曲がったのか、すぐにストーキングやスキンシップ、さらには寝技などとエスカレートしてくる。
最初、椿がホタルを籠絡しようとしたのが運の尽き。ホタルをうまく使って『大空商店街』に根を伸ばそうとした椿だったが、ホタルの簡単で異様に強い好意にドン引き。危うくお持ち帰りされそうになったところを脱出したのだが、その後も特に注目され続けている。
はっきり言って、迷惑を通り越して脅威だ。
椿が掌握したはずのギルドにも、今回のようにいつの間にかホタルの手が入り込んでいる事が良くある。(ホタルは情報屋、編集者としても優秀なので人気プレイヤーの盗撮写真や今回のような同人誌などを裏で供給している。やたらハイスペックなのだ)
「あ、そんなこといってる場合じゃなかった! 大変なの、聞いて!!」
「何ですか? こんな朝早くに押し掛けてくるような用事って。薄い本みたいなレイプでもされましたか?」
「違うの違うの! そんなことじゃないの! すごい大ニュースなの!」
「手っ取り早く教えてください。あまり騒がれてこの部屋がバレるのは嫌なので」
「じゃあ言うけどね……信じられないかもしれないよ? 覚悟はいい?」
「どうぞ。」
椿はすました顔で先を促す。
ホタルは少し迷った後、椿に耳打ちして小さな声で話の内容を告げる。
そして……椿は、驚きの叫びを上げた。
「あの、あのライトさんが女と付き合い始めた!!??」
階段下のスペースに作られていた部屋から漏れたその声に、角の部屋のギルドメンバーが飛び起きて椿が秘密の部屋を移転することになるのはまた別の話。
午前11時。
前線と初期エリアの中間あたりのとある街にて。
古びた帽子と空色の羽織り……ではなく、ごく普通の半袖シャツとダメージジーンズを装備し、グローブ系の装備を含めて戦闘用装備を全解除したライトが街の中心地、ゲートポイントのあるモニュメント前で人を待っている。
背が高く手足が長いためか、妙にジーンズが似合っている。
そして、それを少し離れた建物の陰から見るホタルと椿は……
「「いや誰?」」
驚愕のあまりに綺麗にハモった。
ライトに見つからないように声を潜め、話し合う。
「ちょっと何ですかあれ? 誰ですかあの普通にオシャレしてる人?」
「ライト……のはずだけど……」
「私の知ってるライトさんはもっと残念なファッションセンスのはずです。装備も性能を重視して他人からの視線なんて気にもかけない人のはずです。別の人じゃないですか?」
「それは間違いないよ。座標もピッタリあそこだし、あの顔はライトだよ。」
「でもあり得ませんよ? 『あの』ライトさんですよ? 一体どんな人と付き合ったって言うんですか?」
「……まあ確かに、『あの』ライトだからその気持ちもわかるよ。でも……私もこの目で見ないと信じられないから一緒に確認したくて呼んだの」
ホタルと椿にはライトに関して共通する点がある。
それは、二人ともライトに色仕掛けを使って失敗しているという点だ。どちらも下心や利益を考えての色仕掛けだったので本気で恋してふられたというわけではないが……それでも全力で誘惑して相手にされなかったのは女の子としては苦い経験だ。
二人だけでなく、ライトの周りには他にも女性プレイヤーはたくさんいるし、NPCにも仲のいい女がいるとすら言われているが、そんな環境にありながら誰とも恋人同士になったことはない。というより、本当は男女を識別できていないのではないかと思うほど普通に友達や仕事仲間として対応しているし、敵対した時には相手が女の子だろうが関係なく顔面グーパンチをかますような人物だ。
それが、女と交際?
「あ……でも、ライトさん自身がそういうのに興味なくても相手から好意を寄せられることもありますよね。それで押しが強くて……」
「私も最初熱烈アピールしてたけど、全部スルーされたよ?」
元ストーカー談。
「じゃあ……そうそう、きっとそういうクエストで相手は実はNPCとか……」
「相手はプレイヤー。これは間違いないよ。」
ホタルは一流の情報屋。
ホタルが断言すればそうなのだろう。
「実は女っぽい男の子……」
「もちろん正真正銘の女。」
「……エア彼女?」
「実在してる人」
椿は他にも様々な可能性を考えるが……
相性が悪いながらホタルの情報力には一目置いている。きっと事実なのだろう。
だが……
「どうやってあの人を落としたんですか? あんなオシャレまでさせて」
「それがわからないんだよ。何日か前に身辺を洗ったらもう付き合ってたし」
「定期的に身辺を調べてるっぽい発言はスルーしますけど……彼に好意を寄せてるかもしれない人は……ナビキさん、とかですか?」
『大空商店街』の広報アイドル的存在のナビキがリアルからライトの知り合いだというのは情報通の間では割と有名な話だ。それに、積極的ではないが、わかりやすい好意を向けていることも知られている。お互い忙しい上に、ナビキの押しが弱いのでなかなか恋愛系イベントが起こらないらしいが……
「まああの人なら……そこまで驚くことはないかもしれませんね。いくらライトさんが枯れ果てても、さすがに純情な女の子の気持ちを無碍には……」
よく考えたらそれ以外なさそうな気がする。
というか、それ以外だとナビキが不憫すぎる。
裏で聞いた話だと人格に『ある問題』を抱えてるらしいがギルドに勧誘するために話したこともあるし悪い人じゃなかったから、あの人なら無くはないか……
椿がそう思ったとき。
「来たよ」
ゲートポイントから一人の少女が現れる。
椿の予想通りの顔だ。
ほっと胸をなで下ろしかけたとき……
「……あれ?」
黒髪のストレート。
椿の知っているナビキの髪型は三つ編みの一本お下げのはず。
オシャレ? イメチェン?
いや、あれは……
「まさか…!」
「そうだよ。あれがライトと付き合い始めた相手。」
「わるい、ちょっと遅れた。待たせたか?」
「いや、オレも今来たところだ」
ライトが定番のやり取りをして恋人らしい笑顔を向ける相手。
いつも大人しそうなナビキとは似て非なる、活発な印象を抱かせる笑みを返すその人物は……
「ナビキちゃんの第二人格、『ナビ』だよ」
ナビキの持つ人格的問題……それは『多重人格』。しかしそれはライトを含め周りは大体知っていることだし、その人格達も基本的にはナビキ本人を護るための人格だからと椿は問題ではないと思っていた。だが……
(ナビキさん……別人格にNTRされたぁあああ!?)
驚きすぎて口から言葉が漏れる事はなかった。
同刻。
グチャグチャ……バリバリ……
そんな擬音を立て、『何か』が獲物を貪る。
まるで獣のように大口を開け、一目をはばからずに食らいつく。
もはや自分が何だったのか、思考する力はない。
今食らいついているのが食べていいものなのか、それとも食べてはいけないものなのか、それも考えない。
ただ、二つだけ思考することがある。
一つは『食べなければならない』。
それがその『何か』の当面の存在目的。
満たされない餓えを満たす餓鬼のように、延々と物を食べ続ける。
そして、もう一つは……
「……!」
『何か』は何者かの接近を感じ、獲物を放棄して走る。
一目散に、とにかく離れる。
何故なら、それこそがもう一つの思考……
『鬼に追いつかれるな』
『何か』の去った後、一人のプレイヤーが現れる。
日差しを完全に遮る真っ黒なマントを着てフードをかぶり、正体を隠したプレイヤー。
その髪は長く、踝まで届く長さだ。
『彼女』は、『何か』の逃げていった方向を見て、恨むでもなく、楽しむでもなく、しかし『この世に存在することすら許さない』という確かな殺意を込めて呟く。
「……殺す」
殺人鬼と餓鬼。
殺すだけの鬼と食べるだけの鬼は、終わらない『鬼ごっこ』を続ける。
『咲』
どんな植物でも育てられるお花好きの女の子。
でも、綺麗な花には毒がある?
(スカイ)「毒があるっていうか毒そのものみたいな女の子じゃない。てか、殺人鬼じゃない」
(マリー)「誰も殺したことがないのでまだ殺人鬼ではありませんよ。素質があるというだけで」
(スカイ)「素質だけであのジャックを一度殺しかけてるじゃないの。末恐ろしすぎだわ」
(マリー)「まあまあ、どうですか? 咲ちゃんの育ててくれたハーブで作ったハーブティーなんですが」
(スカイ)「全身全霊でお断りするわ」




