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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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乱丁3:顔見知りの名前はちゃんと憶えましょう

 一人称形式での小説は久しぶりでした。

 すこしでも上達できてると嬉しいです。

 私は『凡百(ぼんぴゃく)』、脇役だ。


 正直、いい加減この紹介には飽きてきただろうと思う。私も、思いの外話が長くなってしまったとは思っている。

 だけどこれは話がついつい長くなってしまう女という生き物の習性だと思って我慢してほしい。


 だけど、心配しなくても今回で最後。

 私の話は取りあえずバレンタインの騒動できりがつく。だから今回の話でひとまず終わりだ。


 でも出来るなら……ここまで、私の稚拙な語りで分かりづらいとかつまらないとか思った方も、取り合えずはこの話の最後まで読んでほしい。大したことの起こらない日常譚、一介の一般人の世間話、暇つぶしになるかどうかの雑談にも、少しだけ興味を示してほしい。


 他人から見ればつまらない物語でも、私にとっては自分の人生そのものだから。

 『主人公』や『主役』のように華々しくなくても、どれも似たような『脇役』の物語でも……決して同じものは一つもない、代わりの利かない物語だから。


 私は『凡百』……脇役だ。


 デスゲームという普通でない世界ですら、その中の『普通』を生きてしまうようなどうしようもない一般人だ。


 でも、そんな私にだって物語がある。

 ただ道端ですれ違うだけの役目だったとしても……私は、その役を最後まで演じきる。







《2月14日早朝 DBO》


 昔々あるところに、一人の聖人がおりました。

 その聖人のいた国では王によって兵士は結婚を禁じられていましたが、聖人は王に隠れて兵士と恋人を結びつけました。

 そして、彼は兵士が咎めを受けないよう、自身がその全ての罪を背負って処刑されました。


 そして、彼の命日は現在ではバレンタインと呼ばれ、恋愛イベントの日となっています。


「……このストーリー読むと、結構不謹慎な気がする。人の命日に呑気に恋愛とかやってるんだから」


 《ドワーフエイプでもわかるバレンタイン》というゲーム内限定のバレンタインの指南本を読み終えた私は、机の上に置いた箱を見る。


 丁寧にラッピングがなされ、いかにも『本命です』という感じがにじみ出ている箱……まあ、何の捻りもなくバレンタインチョコだ。

 もちろん毒とか私の髪の毛とかが入れてある嫌がらせチョコとかいうオチもない。普通のチョコレート。強いて言えばカカオ豆から作ってある上、ラッピングに満足できるものを探すのに苦労した程度だ。

 あ、あとメッセージカードとかも同封してある。


 まああれだ……今日『彼』へ渡すチョコレートだ。


 あちらに伝わらないのは知っているけど、義理チョコと差を付けるために義理の方は『大空商店街』で売っていたちょっと高めの既製品……うそ、ごめんなさい。ホントは本命に集中しすぎて用意するの忘れてました。雨森さん、マックスくん、ほんとごめん。



 まあ、要するに今日の作戦はそれだけ私にとって重要だったという事だ。これは責任転嫁じゃなくて意気込みの表れということ……にしてほしい。



 何にしろ、本当に私は今日この時を待っていた。

 この二週間ほど、情報を集めて綿密に計画を立てた。


 大丈夫。何も心配はいらない。

 どんな問題が起きても……きっとこのチョコを渡してみせる。







《2月14日正午 DBO》


「……てか、あっけなく済んじゃったよ……」


 定住地を持たず行動範囲も広い『彼』は見つけるところから至難だと思ってたけど……まさか、あんな簡単に見つかるとは思わなかった。


 というより、まさかバレンタインチョコの配送をやってるとは思わなかった。

 『大空商店街』の請け負っている大手ギルドや前線への物資供給、そしてその変化版のチョコレート配達。どこかのギルドや人気があって近づくこともままならないプレイヤーへのチョコを、安い手数料で代わりにまとめて届けてくれるサービスで、当日も午前中なら受け付けてたんだけど……いましたよ、チョコの受け取りやってるギルドの『本部』の受付で目的地ごとにより分けてましたよ。


 ご丁寧に『係りの人へのチョコはこちら』って箱まで用意してありましたよ。


 『彼』は『大空商店街』には所属してないはずだけど……アルバイトっぽい扱いだった。

 しょうがないから、チョコは箱に入れてきた。

 他にも何十個も箱が入っててちょっとビックリした(そのほとんどがやたら子供っぽいラッピングなのが気になったけど……子供に人気があるのかな?)


 まあ、私もチョコ自体はさりげなく渡すつもりだったけど、なんか毒気抜かれちゃったな……カードに書いた待ち合わせ時間にちゃんとできると良いけど。



「さて……時間余っちゃった……どうしよ」



 チョコレートと一緒に『彼』に渡したカードの待ち合わせ時間は午後六時……何せ一日中探し回ることを考えていたのに最初の候補地点で見つけてしまったし……時間が余ることは計算に入れてなかった。


 何かあって時間に間に合わなくなるかもしれないから狩りに出るわけにも行かないし……


「……今の内にマックスくんにチョコ渡そうかな……」

 義理チョコだけど。


 雨森さん(未だに性別不明)にはさっき店に寄った時に渡してきたし、あとやらなければならない事といったらマックスくんにチョコを渡すくらいだ。

 異常なまでの実力者集団と呼ばれるトップギルド『OCC』の前衛としてゲーム攻略に勤しんでいる彼は今日もダンジョンに出ててメールとか届かないかもしれないけど……ダメ元で送ってみようか。


 フレンドリスト……あ、違う街にだけどいる。

 メールの内容は……


『チョコあるけどいる?』


 このくらいで良いかな。勘違いさせるのも悪いし、これならなんとなく誠意がないわけじゃない義理チョコだっていうのは伝わりそうだし。


 ……お、早い返信。


『今からそっち行く。時計台広場の北側のベンチで座って待っててくれ』


 ……もしかして、チョコあるかもしれないってスタンバってた?

 もうちょっといいの用意しとくべきだったかな……まあ、何はともあれ来てくれるなら待とう。この文面なら本当に十分もあれば来そうだし。


 人混みの中で私を見つけるのは難しい。

 だから私は人と会うときには必ず待ち合わせ場所とかをしっかり決めて個人が特定できるようにする。当然、マックスくんもそれを知ってる。



 だから、私は指定されたとおりに時計台広場へ向かい、北側のベンチに座ろうとして……少し戸惑った。


 ベンチに先客がいる。

 十一、二歳の赤茶色の髪をした少女。抱えるほどの本を自分の隣においている少女だ。

 ベンチは数人座り専用だから本の分の面積を考えると結構ギリギリになる。そろそろいつマックスくんが来てもおかしくないので座りたいけど……退いてくれる気配はない。


 ……なんか、この子イザナちゃんに似てる。

 あの子が二、三年成長したらこんな感じっぽい……だけどプレイヤーだ。他人の空似なのかな。


 何はともあれ……


「あの……隣に座っていい?」


 さすがにマックスくんもこの子と私を間違えることはないだろう。

 まあ、来たら私から声をかければ良いんだけど。


 退いてもらう必要はない。

 ちょっと隣に座らせてもらえれば……



「……一つ条件があります」



 赤茶色の髪をした少女は平坦な口調で言った。

 私にとって予想外のことを。


「あなたがここに座る必要がある理由と、あなたのキャラネームを回答してください。」


 不意をつかれ……ついつい口を突いてでる。


「ま、マックスくんと待ち合わせ……『凡百』です」


 すると、少女は私の顔をじっとりと見つめて言った。


「『ユニークスキル』を確認。ターゲット補足。作戦行動を開始します」


 少女の手が動く。

 空メールを誰かに送った?


「あの……何を?」


「……口頭での回答は不要かと思いますが……ゲートポイントをご覧ください」


 彼女が広場の中央のゲートポイントを指さして、私もつられてそちらを見る。



 そして……目撃する。

 大剣を背負って分厚い毛皮のコートを着て、白髪が逆立っている威圧感のすごいおじいさんと、金髪とサングラスに派手なシャツという浮ついた格好の少年。

 この二人が一緒に街に入ってくるところを。


「北側ベンチ……あれか?」

「らしいな、期待値どおりだぜ」


 がっつり瞬きもせずに私を見てる。

 さすがに透明人間ではないけど、普段目立たない私だ。ここまで注目されるのは初めてかもしれない。


 あの二人……なんか凄そう。

 雰囲気が『普通』を外れてる。特にあのおじいさんは周りがなんとなく離れていくような威圧感を放ってる。

 職員室に入るときの緊張感を何十倍にもした感じ……私、悪いことしましたか?


 マックスくんに悪いけどちょっと逃げようかな、人混みに混ざっちゃえば……あ、この女の子ががっつり私に視線向けてる。これじゃあ逃げられない!?


 逃げるに逃げられない私に向かって歩いてきたおじいさんは、高い位置から私を見下ろすようにして言った。



「おまえに話がある、一緒に来い」



 私、無事に待ち合わせの時間に行けるのだろうか?







 二十分後。

 赤茶色の髪の女の子、金髪の浮ついた格好をした小学生か中学生くらいの少年、そして怖いおじいさんに誘導(連行)されてゲートを通って訪れたのはある街の外れの林の中に隠すように配置されたプレイヤーホーム。

 プレイヤーホームは前線の戦闘職や大手ギルドの重役でお金に余裕のあるプレイヤーならそれなりに大きな家を持っている人もいる。このゲームは中で生活することが前提になっているからか家が手に入れやすい仕様になっている。


 でも、ここはそんな中ではかなり小さい。

 外から見ても一部屋しかないのがわかる簡素な小屋……なんか山で遭難した時のための避難所みたいな家。隠れ家的な感じがするし……ホラー映画とかだと嵐の洋館の次くらいに泊まっちゃいけない場所な気がする。

 でも三人から逃げられず、恐る恐る中に入ると……


「……ってあれ? マックスくん? それにこの前のカカオ取ってくれた人……」


 見知った顔があった。

 中にいたのは三人。

 ヒーローをモチーフにしたらしい青マントを着たマックスくん、前見た時と同じように紳士服で優雅にコーヒーを飲んでいる銀髪の紳士さん、それにあと一人、深緑の外套で全身すっぽりと覆い隠した人……この面子ってもしかして……


 私の脇から顔を出した金髪の少年が私に笑いかけて言った。


「ようこそ、俺様達のギルド『OCC』のギルドホームへ。歓迎するぜ、ユニークスキル保持者のねーちゃん」




 小屋の中はやっぱり簡素だった。

 家具は机と、椅子の代わりと個人用の物入れを兼用しているらしい木の箱、それに客人用らしき椅子が一脚だけ。


 とりあえず促されるままに小屋の中央に置かれた机(高校の机くらいの机を六つ連結した簡易な大机)の角の席に指定された椅子に座り、他のメンバーも席に座る。


 私は入り口から見て左手前の席、マックス君(申し訳なさそうな顔をしている)はその正面、私の左隣には金髪の少年(木箱を改造して付けたらしい背もたれに深くもたれかかっている)、金髪の少年の正面には赤茶色の髪の少女(我関せずといったように本を読んでいる。最近人気のプレイヤーメイドの小説だ)、金髪の少年の左隣には深緑の外套の人(室内なのに外套を脱ぐ気はないらしい)、深緑の外套の人の正面には銀髪の紳士さん(ニコニコとしたポーカーフェイス)、そして扉から一番遠い奥には白髪の逆立ったおじいさん(位置的にリーダーっぽい、腕を組んでいる)。


 ……カラフルだしキャラ濃いなこのギルド。逆に地味な私が異物みたいに感じる。

 集団で浮くって初めてかも。


 とりあえず知った顔もいたし、ちょっと気持ちも落ち着いたところで……


「……マックスくん、私を売ったの?」

 正面のマックスくんにじと目を向ける。


「……ごめん。」


 マックスくんは本当に申し訳なさそうに頭を下げる。

 その横からさっきの金髪の少年がフォローを入れる。


「そいつは別にあんたを売ったわけじゃねえぜ。ま、だけど騙され易すぎるな……昨日『チョコの受け渡しイベントって初めて会った場所でやると恋愛フラグ立ちやすいんだぜ』ってちょっと入れ知恵したら面白いほど簡単にひっかかりやがって……それに、あんたマックスにはユニークスキルのこと教えてないだろ?」


「あ……って、私誰にも話してないはずなのになんでスキルのことわかったの!?」


「無闇がスキル修得の時にそばにいたって聞いたぜ?」


 金髪の少年は親指で外套に身を包んだを人を示す。

 スキル修得の時にいた人?

 それって……


「あのサンタさん!?」

「…………」


 無言で頷く深緑の外套の人(無闇という名前らしい)。

 うわ……この人口硬そうだと思ってたのに……


「あ、ちなみに無闇は無口だけどメールだとめちゃ喋るからな。」


「メール依存症!?」


 手を合わせて謝るジェスチャーをする無闇さん……意外と口が軽い。


「え……でも、キャラネーム教えてなかったよね? なんでユニークスキル修得したのが私だってわかったの?」


 自慢じゃないけど、私は印象が薄い。というより、目立った特徴がない。

 名前とかの個人を特定できる記号が無ければなかなか話に出て来たとしても同一人物とは気付かれない……まあ、なかなか話題にも出ないと思うんだけど。


 だけど、金髪の少年は笑いながら教えてくれる


「凡百のねーちゃんのことは何度かマックスの奴から聞いてたから。それで顔がなかなか覚えられねーって特徴……なのかどうかはわからない話聞いてたからな、無闇もスキル手に入れた奴がミニスカサンタ以外特徴ないって言っててもしかしたらなー……って思ったんだ」


 うわ、コスプレも知られてた……はずかしい。


「『特徴がない』ってだけの特徴で良くわかったね」


「わかったわけじゃねーよ。ただ一番確率が高かったってだけ。確定したのはメモリが確認したときだぜ」


「メモリ?」


「あっちで本読んでるちっこい女だよ。他人のスキル覗き見できる技持ってんだ」


 赤茶色の髪の女の子はメモリって名前なんだ……あの時私を見つめてたのはスキルを読み取るためだったのか……


「……さすがO(オフィシャル)C(チート)C(クラブ)。でも……」


 見たことも聞いたこともない技。

 信じられないような推測力。

 それに連携。私ごときがスキルを隠していたところで見つけるのは容易だったらしい。

 でも……疑問が残る。


「なんで最前線のトップギルドが私なんかを?」


 なんというか……どうにも、この状況が理解できない。

 新発見のスキルを詳しく知りたくて私を連れて来たにしては何も聞いて来ないし、むしろ親切にいろいろ教えてくれてる。それに、一人は小説なんて読んでるけど……全体的には私に失礼のないようにしている感じにも見える。

 まるで……客人として迎えられてるみたいに……



「キング、前置きはそろそろ良いだろう。本題に入るぞ」


 上座で腕を組んでいたおじいさんが、痺れを切らしたように重々しく言った。


「凡百、おまえを呼んだ理由は他でもない……」


 そして、信じられないことを言った。


「儂らのギルド『OCC』に入れ」










『悪いけどうちの部に入ってくれないか?』


『……どうして私?』


『他に部活もやってないだろ……ダメか?』


『ダメじゃないけどさ……私、何にもできないよ? 運動も勉強も人並みだし……』


『構わない。むしろそのくらいの方がいい。主役ばっかりじゃ物語はつまらないから』


『はいはい、私はどうせ無個性で大した特徴もなくて、誰にも覚えてもらえないような女ですよーだ。どうせ数合わせかなんかでしょ?』


『いや? むしろオレはそれこそ最高の個性だと思うけどな?』


『どういうこと?』


『モモ、おまえはオレの知る限り最高の「脇役」だってことだよ』













「……おい、ねーちゃん。大丈夫か?」


「あ、ごめん……何の話だっけ?」

 思わず現実逃避してしまった。ていうか、ちょっと走馬灯っぽかったな……


「あのじーさんは話が小難しいからな……簡潔に言えば、『ユニークスキル持ってる奴集めてるから仲間になれ』って話だった」


 ……そうだった。

 私はギルドの勧誘……よりにもよって最大級のビッグネーム『OCC』に勧誘されたんだった。

 気づくと……金髪の少年と私以外小屋には誰もいない。

 少年はいつの間にか私の正面……マックスくんのいた席に移っている。


「他の人達は?」


「あんたがあまりに生返事でイエスともノーとも答えないから作戦会議で外出て行っちまったぜ。考える時間も必要だろうしってことでな」


「キミは?」


「オレ様は残ったんだよ。マックスの奴は顔向けできないって感じだし、どいつもこいつも常識ねえからオレ様が話すのが一番だってことになったんだよ。素のマックス以外なら、一番普通に話できるのはオレ様だろうからな……」


 確かに……その通りかもしれない。

 なんとなくだけど、マックスくんは裏表があるとしても、ここにいた人たちはみんなちょっと雰囲気から違う……『一般人』とは一線を画す『別物』。『天才』とか『異端』とか『プロ』って呼ばれるような人種……私が観察していても、理解しきれないような存在。その中でも一際異彩を放つ『変人』に近い理解不能の存在。


 でもなんかこの子だけは……なんというか、『俗』っぽい。

 浮ついた格好とか『オレ様』って第一人称とかもそうだけど、この子は分かりやすい。

 自分が『別物』だってことをよく理解してて、才能を当たり前のものだとは思ってないタイプ。普通の人間は、自身に能力があってもそれを鼻にかけずに当然のことのように対等に接してこようとする人間よりもまだ、自分の能力を誇示して見せびらかして自慢して来る人間の方が親しみやすいことがある。それが大したことのない、自慢するほどのことではないと思われる程度の能力なら腹が立つこともあるけど、どうやっても追いつける気がしない、自分の延長線上にいると感じられないような差ならそれを強調してくれた方が清々しい。

 学年のテストで一位だった人に『あなたも頑張れば一位になれるよ』と優しく言われるより、いっそ『どうだ恐れ入ったか!』と笑いながら言われた方がまだいいというような話だ。


 行きすぎちゃった天才は私達凡人の存在なんて気にかけていない。だからこそ、他人の目を気にしていないような奇行が目立つ。

 でも、自慢してくれるレベルの人達は逆に私達凡人を気にかけてアプローチをしてくれてることがわかる。


「……ねえ、名前聞いていい?」

 なんとなく、この子としっかり話をしてみたくなった。


「オレ様のか? オレ様はキングだ」


「ふーん、キングくんって言うんだ……知ってるかもしれないけど私は凡百(ぼんぴゃく)、凡人の『凡』に100パーセントの『百』で『凡百』。『どこにでもいる普通の人』って意味だよ」


「なんだよ? 自虐ネタか?」


「そう、自虐ネタ。私は凡百……脇役だよ。何かの間違いかユニークスキルなんて手に入れちゃったけど、本当に普通の人間。大した才能も、特技も、熱意もない普通の人。ギルドに誘ってもらって悪いけど、何の役にも立てないよ」


 あっちはこのゲームでの飛び抜けて、そして尖った少数精鋭のトップギルド。所属プレイヤーの質も凄いし、新しい人を入れるにしても適当には選んでないだろう。そのための基準の一つが称号やユニークスキル……何か特別な偉業(イベント)試練(クエスト)を乗り越えたり、尋常ならざるゲームプレイをしてきたプレイヤーが得る物。本来は例外的な実力を持つプレイヤーに与えられるべき物だ。

 私の称号『一般人』なんてものは例外中の例外。ただの幸運とも呼べない偶然で得たようなものだ。

 実際、その内容も大したことはない。たぶん運営もネタで作ったようなスキルなのだろう。


 改めて決心がついた。

 勧誘はなんとしてもお断りしよう……あのおじいさんは怖いから、できるだけ丁寧に。


「ん、そうか。じゃあ入らなくてもいいぜ」


「そう言われても……え!? いいの!?」


 あっさり承認された!? しかも軽っ!!


「なんだよねーちゃん、もしかしてそれって『断ったけどそんなにどうしてもって言うなら』……っていう流れの振りだったのか? それならそうと言ってくれないとわかんないぜ」


「いやいやいやいや、確かにそういう流れもあるかもしれないけどさ!! そんなに軽く済ましちゃっていいの!? 他の人達が納得するのそれで!?」


「めんどくせえなぁねーちゃん。じゃ、なんなら胸触らしてくれよ。そんでもって怒って断ったことにすれば万事解決だろ。オレ様も良い思いできるしな」


「キングくん予想外にエロガキだった!? ていうか、それ私の胸触りたいだけじゃない!?」


「ま、ホタルのねーちゃんの方がデカかったけどな。凡百ねーちゃんは胸も普通くらいで巨柔萌えにも貧柔萌えにも相手にされなさそうだ」


「『普通』って言葉でこんなに傷付いたの久しぶりだよ!!」


 別に良いじゃん、萌えなくても!!


 キングくんは笑いをこらえるように息をもらした。


「やっぱ普通だなねーちゃんは。ツッコミも反応も普通。趣味がコスプレらしいけどそれも十分普通な範囲だろ。むしろ、何一つ趣味もないっていうよりそのくらいのポイントがあった方がさらに普通って感じだぜ。称号が『一般人』とかもうギャグだろ」


「それって誉めてるの? 貶してるの?」


「評価してんだぜ。そして何よりあんたが唯一普通じゃないって思うのは、あんたがオレ様達みたいな普通じゃない連中に全く嫉妬してないってところだ。オレ様達はそういう視線に慣れてるけど、ねーちゃんは嫉妬も拒絶も畏怖もしてこねー。なんつーか諦めてるってか悟ってるってか、『よそはよそ、うちはうち』みたいな割り切り方してるよな? オレ達が『OCC』だってわかっても、大して驚きもしねーで『普通に』受け入れやがって……あんたはそこだけは普通じゃねえ。」


 キングくんのサングラスの奥の瞳が私を見つめてる。

 だけど……怖くはない。

 睨みをきかせてみたところで……私より少し年下の少年だ。


「……そんなふうに言っても、私は本当に何にもできないよ。『普通』なんて個性じゃ何もできない。あなたたちのする事について行くことなんてできないよ。いてもいなくても同じ、何もできないお荷物なら……このトップギルドにはいないほうがいいでしょ?」


 私は凡百。数合わせにしかならない。

 私がすごい人を見て驚かないのは、多分自分と相手を比較しないから。

 最初から張り合うつもりがないから漠然と『すごい』としか思えない。どこがどれだけ違うかを理解する気がないから努力して近付くこともできない。


 私は期待に応えることができない。

 今も昔も……



「別に何も期待なんてしてねーぜ。オレ様達はそもそもそんな固っくるしー集団じゃねえ。ただ単になんとなく集まってなんとなく一緒になんかする。それだけのゆっるい集団なんだよ」


「……」

 キングくんの言う『OCC』の姿は私の抱いていたイメージと少し違った。

 私の抱いていたイメージでは、特別な人達がすごい連携でお互いの力を出し合って、協力して、より大きな障害を乗り越えていくような……


「なんで『OCC』がT(チーム)でも軍でも隊でもなくC(クラブ)なのか分かるか? 単純に学校のクラブ活動くらいに緩い集団ってことなんだよ。ここも便宜上ギルドホームってことになってるけど実のところただの集合場所兼休憩所なんだぜ? みんな別の所に寝床持ってるし、召集かかっても半分来ないこともある。てか、今日六人集まったのだって結構珍しいんだぜ? ジャッジマンのジジイはいつも来るけど、メモリは呼び出されてもあんま来ないし、無闇は山籠もりが多くてそもそもメールがほとんど届かない。ま、逆に針山は呼ばれなくてもここ来てコーヒー飲んだりしてるし、マックスは筋トレとかやってることもある。オレ様はギルドの帳簿つけるときにここ使ったりするかな。」


「……なんか、やる気もやることもない文芸部の部室みたいだね」

 あのおじいさん……ジャッジマンは顧問の先生か。


 でも……

「そんなふうなら何でわざわざ私を勧誘する必要があるの? 戦力増強とか必要なさそうだけど」


「さあ。必要なんてないんじゃないのか?」


「?」


「あのジジイは前々から言ってんだよ。『ユニークスキルを持ってる奴は自分の影響力を理解した方がいい』ってな。多分、仲間にしたいっていうより野放しにしておきたくないって感じなんだろな」


「私のスキルなんて本当に使えないよ? 影響力なんて……」


「……使える使えないなんて、関係ねえよ。ただ『そこにいる』ってだけで周りが騒ぎ立てることもある。いてもいなくても同じなんてのは、本当はなんも証拠がないんだ。そこにいただけで人を幸せにすることあるし、いなくなっただけで不幸のどん底に突き落とすこともある。そんなのは、全部終わってからわかるんだ」


 キングくんの表情がきつくなる。

 まるで、そういう経験があるように。


「無理にギルドに入れとは言わないし、入るなとも言わない。どっちが正解でどっちが不正解かなんて今わかることじゃねーしな。けどさ……一度ちゃんと考えてから選んだ方がいいぜ。テキトーに決めて失敗すると後が辛いからな」


「『選ぶ』か……」


 確かに、私は自分で自分の行き先を選んだ事がない。いつも多数派、いつもみんなの行く方向。

 成り行き任せで流れ任せ……でも、今回は私が当事者だ。


「今まで選ばなかったツケなのかな……ねえキングくん、参考までに一つ聞いて良い?」


「なんだ?」


「どうしてキングくんは、『OCC』に入ることを選んだの?」


 キングくんは私の質問に悩むことなく、笑って答えた。



「オレ様なんて必要なさそうだったからだよ」




 それから、私はキングくんに今までOCCがこのゲームでどのようなプレイをしてきたか、互いにどんな交流をしているのかをいろいろ教えてもらった。

 確かに緩くて、自由で……騒がしくも楽しそうな人達に思えた。










《2月14日 夜 DBO》


 私が外にでると……

 おじいさん……ジャッジマンは小屋の前で座って待っていた。


「どうだ? 答えは出たか?」


 やっぱりすごい威圧感……だけど、それだけだ。

 怒ってるわけじゃない。

 ただ単に、私と『違う』。それだけだ。


「うん、決めました。」


 私は出来るだけ胸を張って答える。

 それが多分誠意だから。



「もう少し考えさせてください! ……ほ、保留ということで……」



 ズバッて決められると思った?

 いやムリムリ、普通はいきなり勧誘されてもこうなるでしょ?


 あ、おじいさんキョトンとしてる。

 あ…プルプル震えてる。

 あ……思いっきり息吸ってる……怒られるかな?



「ワッハッハッハ!! そうかそうか、『保留』か!! 迫られて反発するでもなく従わされるでもなく『保留』か!! これは傑作かもしれんな!!」


 ……爆笑された?


「私何か変なこと言いました?」


「ハッハッハッ……ハァ、すまんな。いや、お前は何も変なことは言っていない。ただ、儂にそんなふうに不明瞭な答えを返す者が久しくいなかったからな……儂が何かを頼むと大抵馬鹿丁寧に引き受けるか逆上したように反発してくるやつばかりだったからなぁ……」


 それは多分あなたがこわすぎるせいです。

 頼みごとっていうか命令に聞こえるもん。


「いやそうか……残念だが仕方がない。その気になったらいつでも連絡しろ。歓迎パーティーくらいしてやろう」


「……あっさり引きますね。どうして私なんかを勧誘しようとしたんですか?」


 おじいさんは笑いすぎて零れた涙を指で拭ってから私に向き直った。


「ユニークスキルはわかりやすい『象徴』だからだ。それが有用なものだとしても無用の長物だとしても、持っているだけで嫉妬や尊敬の対象になる。新勢力を作ろうとしてる者や手軽に名を上げたい犯罪者にとってはそのような象徴は格好の的だからな。そんなふうに担ぎ上げられるのも狙われるのも嫌だろう?」


「……勧誘というより『保護』の申し出だったんですか。で、私は保護する価値もないと」


「そうではないが、嫌がるところを無理に引き込むほど差し迫ってもないだろう。見たところ一人でも隠れるのは得意そうだし、スキルの悪用も考えてないようだしな」


「まあ……そうですね。」

 私のスキルが悪用できるというのは知っている。

 今の趣味だってもっと頑張れば諜報とかにも使えるだろう。

 でも……私はそういうのを積極的にするつもりはない。


 分は弁えてるつもりだ。


 おじいさんは、ニヤリと笑って私に言った。


「まあ、入るつもりがなくてもいつでも遊びに来い。うちのガキどもと遊んでやってくれ」



 おじいさんと話し終えた後……私は林を出た。

 そして……林の中は元々ちょっと薄暗くて気付かなかったけど、空が暗くなっていた。てか夜だ。


「あ、ヤバい……待ち合わせ!!」


 キングくんと話しすぎた!?

 ここゲートから結構離れてるし、連れてこられたときにはついてきただけだから道わかんない!!


 どうしよ……すぐに行かなきゃ……


 クイクイ

 誰かが私の裾を引く。

 振り向くと……赤茶色の髪の少女、メモリちゃんが私の裾を引いていた。


「どうしたの? 私ちょっと急いでるんだけど……」


「ねえ、教えてほしい?」


「え、何を?」


 メモリちゃんは私の目をじっと見つめて言った。


「近道、教えてほしい?」







 メモリちゃんに連れられて、私は近くの門を通り、街の外へ出た。

 私のレベルなら問題ないはずだけど……ここはモンスターの跋扈するフィールドだ。


「ねえ、メモリちゃん? 本当にこっちであってるの? 街出ちゃったけど」


「うん、あっちの門の方がゲートに近いから」


 そう言われればついて行くしかない。

 時間に間に合うかな……


 それにしても、こうやって道案内されてると本当に後ろ姿がイザナちゃんとそっくりなんだけど……この子何者? 最初に会ったときと口調とかも違うし。


「ところでおねえちゃん、ゲート行くまでお話ししよ?」


「あ、うん。いいよ?」


 あんまり余分な時間ないんだけど……


「おねえちゃん、年いくつ?」


「今は17歳だよ。高校二年生」


「高校生? 私立? 公立?」


「公立だけど?」

 世間話……にしては子供のする質問じゃない気がする。


「部活とか入ってる?」


「うん、入ってるよ」


「何部?」


「演劇部だけど……」


「小学校、中学校、高校のそれぞれの学年でのクラス教えてくれる?」


「う、うん? えっと……154426、143、33だったかな」

 世間話……じゃない?


「じゃあ……最後に一つ聞いていい?」


「な、なあに?」


 メモリちゃんは振り返って、私を射抜くような目で見た。



「あなたのスキルは、街の外では使えませんよね?」

「え?」



 メモリちゃんの指が、私の足下……草地に砂で描かれた魔法陣をさしていた。


捕獲(キャッチ)


 その瞬間、私の足に『冷たい』という感覚が走った。


 下を向くと……凍っている。足の裏から膝まで、氷柱が覆って動きを妨げている。

 それだけじゃない。

 地面からせり上がった土が私の腰と両手に絡みついて石のように固まる。


 これは魔法攻撃……それも、私を捕まえるために設置されてた罠の術式。


「これは……どういうこと?」


 氷と石が領域を広げて私の身体を包み込もうとしてくる。

 抵抗なんてできない。

 私なんかじゃ全く太刀打ちできない実力差……いたずらとかってレベルじゃない本気の魔法。


 そして、本気のメモリちゃんの目。


「機密保持のため、あなたを抹消(デリート)します」


「機密保持? ギルドホームのことなら誰にも言わないよ?」


 氷が腰までせり上がってくる。

 腕が肘から指先まで石に覆われる。

 メモリちゃんが……平坦に告げる。


「私はこのゲーム内においてユーザーについての情報管理を任されています。あなたは違法に非公開情報を知りすぎている。情報漏洩予防のため、あなたを抹消(デリート)します。無駄な抵抗をやめてください」


 ダメだ……この子は私の言葉を聞く気がない。

 何のためかはわからないけど、本気で私を抹消(デリート)……抹殺する気だ。

 氷も胸まで、石も肩まで包み込んでいる。


 だめだ……助かる糸口が見つからない。


「称号反転。『遊び人』の称号を『賢者』に反転します。ユニークスキル『古代魔法スキル』六属性融合魔法『オール・イン・ワン』を使用します。対象以外は危険ですので避難してください。」


 メモリちゃんの背後に浮かび上がる巨大な魔法陣。どう見ても一撃必殺……最大威力の最大魔法。

 私なんて、塵も残らないだろう。

 拘束されて逃げることもかなわない。



 ああ……私、ここで死ぬんだな……

 なんだか状況は理解できないけど、なんとなくそう思った。



 理由はよくわからない。

 どこで間違ったかもわからない。

 私の自業自得なのか、ただ単に運が悪かったのかもわからない。

 脈絡もわからない。


 だけど……



「ごめんなさい、今度こそ見つけたと思ってたのに」










『オレが好き? おい、今日はバレンタインであってエイプリルフールじゃないぞ?』


『何よ、人がせっかく勇気出して告白したのにその反応。チョコだってすごく気合い入れて豆から作ったんだよ?』


『そうだな、ラッピングもそこらの100円ショップじゃなくて大きなデパートで売ってるやつでしかもリボンも別売りのやつ。ちょっと結び目が歪だしラッピングまで手作りか?』


『相変わらずすごい観察眼だし努力を察してくれるのはありがたいけど……それを冷静に解説するのやめてくれない? なんか恥ずかしい』


『告白しといてそんなところで恥ずかしがるのもどうかと思うけどな……』


『で、どうなのよ? 答えは? イエスかノーかハッキリしてよ!』


『……モモ、おまえ人を見る目がないな。もっといい男なんて山ほどいるだろ?』


『何それ。誤魔化そうとしてもダメだからね!』


『はいはい……そうだな。ぶっちゃけ言ってオレはモモのこと嫌いじゃないけど好きでもない。付き合ったら好きになるかもしれないし、つき合わなければ今まで通りだ。まあ言い方を変えれば「どっちでもいい」ってことになるんだろうけど……それくらいじゃオレに失望しないんだろ?』


『当たり前だよ。私はそういう所も含めてあんたがす、好きなんだから』


『そっか……じゃあ、ゲームをやるか』


『ゲーム?』


『簡単なゲームだよ。かくれんぼだ。オレが好きなら、オレが人混みの中にいても見つけられるだろ?』


『それ……私の得意分野をあんたがやるってこと? 人混みに隠れたあんたを見つけたら付き合ってくれるの?』


『そういうこと。ただし、チャンスは二回。今月の日曜日があと二回ある。オレはその日曜日の午後、日が沈みきるまではこの町のどこかにいる。もちろんどこかの家とかホテルの個室じゃない。公共施設とか百貨店とかの普通に誰でも入れる場所だ。オレは変装して人混みの中に紛れ込んでる……見つけたら肩をたたいてオレのフルネームを呼んでくれ。それで見つかったら、オレは病めるときも健やかなるときもモモを愛することを誓おう。』


『なんか結婚の宣誓みたいだけど……わかった。好きだって言ってて見つけられないなんて話にならないからね。私は必ずあなたを見つける。』


『期待しないで待ってるよ……モモが、オレの正体を暴いてくれることを』










 結局、私は彼の肩をたたけなかった。

 私が彼を好きだったのは、何よりもいつも私を見つけてくれたから。私と同じで人間観察が趣味、人の顔をずっと見てた彼だけが、特徴のない私をいつも一瞬で識別してくれた。


 あの後……三月からだったかな。

 彼が私を一目で識別しなくなったのは。

 あれは多分、ただのゲームじゃなかった……彼は私に何かを期待して、私はそれに応えられなかった。


 だから失望したのかな。

 たぶんあれは彼なりの絶交だったんだと思う。

 だからこの世界で見つけても話しかけられなかったけど……こんなことなら先延ばしにしないで、普通に肩をたたいて声かけたら良かったのかもしれない。

 もう遅いけど。


 魔法陣が輝きを増した。起動したらしい。

 もう……止められない段階に来たのだろう。死のカウントダウンだ。

「何か言い残すことがあれば記録しておきます。」


 詠唱を終えたメモリちゃんが私を見据える。

 なぜか怖くはない。

 『こんなものか、私の人生は』……その程度だ。

 一生懸命生きてこなかった、何も選んで来なかった、何も達成できなかった。

 普通に生まれて普通に育って、普通に恋して普通に失恋して……普通にわけもわからず流されるままにゲームオーバーだ。

 本当にただ、ただただ普通の私の人生。


 それでも最後に何かを言い残すとするなら……



「私は『凡百(ぼんぴゃく)』……脇役だったけど普通に、良い人生だったよ」



 待ち合わせ……すっぽかしちゃったな。



「おい、悲劇のヒロインみたいにキレイに退場しようとすんな。」


 誰かが私の目の前に入ってくる。

 棒きれを手にして、もう片方の手には紙束を持って……


「え……なんで?」


「無闇から聞いたんだ。メモの様子がおかしいから見に来てくれってな。あと、新しいユニークスキルの持ち主が見つかって、今日勧誘したっていうのも」


 闇雲無闇さん口軽いな……


「あと、イザナから『友達がピンチかもだから来てください』って言われて引っ張られて来た。おかげでチョコにカード入れるような乙女チックな待ち合わせの予約をしてきた『誰かさん』との約束はすっぽかすことになっちまったがな」


 イザナちゃん……持つべき者は友達か。

 もしかして、私のバレンタインの結果が知りたくて様子見に来てくれたのかな。



「危険です。離れてください。」


 メモリちゃんが騒いでるけど……『彼』は、退く気配を見せず紙束をメニューに押し付ける。


「……やめて、一緒に死んじゃうよ?」


「オレを信じろよ」


 魔法陣から光の柱が発射されると同時に、彼は棒きれを振った。


 そして、次から次へと変形する木の棒。

 現れる壁、光の柱を相殺しようとする放射技、技をそらす攻撃。


 迫ってくる光の柱が、減衰され、相殺され、緩衝されて……霧散した。

 あれを……止めた?


「メモリ、確かにオレは情報管理は任せたがこれからはこういう事が起こった場合は動くより先にオレに知らせろ。」


 彼は、棒きれを消してメモリちゃんを見つめる。

 後ろからだから顔はわからないけど……その口調は穏やかだ。


「しかし……その人物は非公開情報を漏洩する危険性が……」


「メモリ、その心配はない」


 彼は私の方を向いて、キスする直前まで顔を近付ける。それから……


「『はじめまして』だ。」


「へ?」


 そして振り返ってメモリちゃんに聞こえるように、聞かせるように言う。


「オレのバックアップが迷惑かけたな。あいつはおまえを誰かと勘違いしたらしい。オレの知り合いにあんたとよく似た女が『いた』からな。だけど、よく見たら違う。別人だ。オレもつい知り合いと間違えて親しげに話しかけちまったけど人違い、すげー恥ずかしい。オレたちは全く赤の『他人』だもんな」


「!?」


 抗議しようとして……口を塞がれる。


「ホントに申し訳ないな。悪態とか批判とかは口から溢れ出るくらいあるだろうが、あいつはちょっとヤンデレ気味なんだ。自分よりオレに詳しい奴がいるだけで焼き餅焼いちまう。ここはオレの顔に免じて赦してほしい。……メモリ、お詫びとして『この人』の閲覧権限を上げとけ。オレのリアル情報は自由に見られるようにな。」


「……かしこまりました。」


 これってもしかして……確かにメモリちゃんに襲われた原因がリアルでの彼との繋がりなら、赤の他人だと言い張ってしまえばいい。

 でも、『他人』を強調するのは多分別の理由。


「さて、本当に迷惑かけて申し訳ないな。それで、いきなりこんなことを言うのもなんだけどさ……」


 メモリちゃんが魔法を解除したのか、氷と石が崩れ落ちて私は前のめりに倒れそうになる。

 そして、それを狙いしましていたように彼に手を掴まれて姿勢を正す。


友達(フレンド)にならないか? オレはライト、キミの名前を聞かせてくれ」


 これは……そういうことね。

 一度絶交して……今度は『赤の他人』からのスタート。

 彼は本当に……こういうところが、彼らしい。


「た、助けてくれてありがとうございました。私は凡百……凡人の『凡』に百姓の『百』で『凡百』。はじめまして、ライト……さん」


 私が出した手を、彼は優しく握り返す。


「呼び捨てで良いよ。仲良くしようぜ、凡百」

「うん……これからよろしくね、ライト」



 私は『凡百』、脇役だ。

 私の人生には普通なことばかり起きる。

 今回のこれもきっと特別な物語じゃない。

 ただ単に、ちょっと昔に絶交した友達と再会して、一度他人になって、また友達になった……それだけの話だ。









《その後……未明 DBO》


 いつを本編とするかはよくわからないけど後日談的な話だ。


 まず最初の方で言い忘れていたけど、偶然にもこのゲームには私のリアルでの知り合いが一人ログインしていた。


 行幸正記。

 私の同級生にして、同じ演劇部のメンバー。

 小中高とずっと同じクラスの腐れ縁だ。

 そして、恥ずかしながら私の初恋の相手でもあり、私の初めての失恋の相手でもある。


 このゲームで初めて彼を見かけたのは六日目の演劇『オズの魔法使い』を見たとき。体型もそうだけど、彼が部活でセリフを喋るときの声出しによく似ててわかった。


 だけど、私は目をそらして、できるだけ関わり合いを持たないようにしていた。理由は簡単、私は去年のバレンタインに彼に告白して、でも恋人として彼に釣り合わなくて、結局ふられてしまったからだ。元々が腐れ縁、私達は付き合いは長くても、互いに他人にはプライベートを見せないような一線引いたタイプだったから友達以上親友未満の曖昧な関係だったけど、その時に彼の期待を裏切ったのかちょっと距離ができてしまった。

 クラスや部活で必要なときは話すけど、それ以外では赤の他人。軽い絶交みたいな状態で気まずかったのだ。デスゲームの中で見つけたからって、なかなか声はかけられなかった。


 転機は節分。

 イザナちゃんにどれほどの考えがあったかは知らないし、そもそも正記のことなんて話したことがないからただの偶然かもしれないけど、私は彼……ライトと接触した。そして、私は彼が正記だと改めて確信した。


 意を決した私は、去年のバレンタインと全く同じチョコを用意した。ラッピングまで全く同じものをだ。

 失敗したけど、本当はチョコと一緒に入れたメッセージカードで呼び出して仲直りを申し出るつもりだった。


 しかし、メモリちゃんの暴走。

 聞けば彼女もリアルでライトと知り合いらしい。しかも、何があったのかは知らないけど並々ならない感情を彼に向けている。

 ライトは彼女を『バックアップ』と言っていたけど、それがどのような関係かはわからない。


 あの後、メモリちゃんは私を襲うのをキッパリやめた。だけど、ライトのリアル情報を洩らさないようにとは釘をさされているから、リアル情報流出をすればまた襲われるかもしれない。気をつけなければいけない。



 ライトとはその後、友達としてそこそこ仲良くやっている。


 彼は特別な理由があるのか、あるいはこのゲームで活動するためにそういう『役』に入って現実世界の自分とゲームの中のライトを切り離しているのかもしれないけど、二人きりになっても『このゲームで初めて会った』という体を崩そうとしない。

 彼は昔からそういうところがある。


 周知の嘘とか、暗黙の了解とか、建て前とか……そういう『相手をだます必要がない嘘』みたいなものも、さも本当にそうであるかのように振る舞う。

 『嘘』に対して正直すぎるのだと思う。


 でも、私はそんな彼もいいと思ったりする。

 劇の演技も、サプライズも、物語の創作も、誰かを元気付ける根拠のない応援も、個々の考え方を持つ他人の悩みを想像して理解したかのように励ますのも、極論言えば全部『嘘』なのだから。


 実際、彼がそうやって接してくれることで私は安心している。

 一度以前の中途半端な関係をリセットしたことで、私達の関係はよりはっきりしたものになった気がする。もちろん、それは友達として。恋愛方面からもう一度手を出す度胸はない。

 最近ではコスプレの話で意気投合して、今まで貯め込んだ衣装を見てもらったりするくらいの仲だ。


 私は彼の『特別』ではないだろうけど、『普通』に仲のいい友達のつもりだ。今は、それで十分だと思っている。



 私は『凡百』、脇役だ。

 大した取り得も、長所も、特徴もないただの数合わせだ。

 物語に登場しても影響を与えないような存在だ。


 でも……私は確かにここにいる。

 今回のお話は、ただそれだけの話だ。


 ちなみに……



「イザナちゃん、バレンタインのとき、私を尾行して待ち合わせ覗き見しようとしてたんでしょ。」


「だってー……恋愛感情(コイバナ)のは女の子の貴重な情報資料(ごちそう)じゃないですかー。間近でお腹いっぱい収集(かんさつ)したいですよー」


「だからー、そういうのじゃないんだってライトとは」


 イザナちゃんは何か勘違いしているようだ。

 『凡百』

 作者としては『普通の一般人』の感覚から物事を見る常識人を書いてみたくて作りました。

 この小説ではキャラの濃い面子の比が半端ではないので、逆に貴重なキャラになったと思います。


 気に入ったので、後々にもちょくちょく出すつもりです。

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