118頁:弱くても時には戦いましょう
『消火スキル』
火を消すスキル。
攻撃力は低いが、炎系の攻撃には相性がいい。
また、延焼を食い止めるために建物を打ち壊す技もあるので木造建築物の破壊にも補正が付く。
ライトとマリーの秘密の作戦会議を行った後、二人は赤兎、花火、マックスともう一度集まった。
そして、作戦を伝える。
「スカイ救出の要はマックスだ。人質交換のためにマリーを連れて行くが、一緒にオレと赤兎、それに花火さんがついて行く。そうすれば戦闘能力が完全にこっちに偏るから、カガリはどうしても警戒心をオレ達に向けることになる。その間に回り込んだマックスがスカイを救出する」
その作戦に、花火が眉をひそめる。
「随分と古典的な手やな。せやけど、マックスがおらんとあっちも普通に警戒するやろ。お化け屋敷で一緒にいたのはバレとるわけやし。それに一度負けとんのやろ? 奇襲かけたとして勝てるんか?」
「まあ、まず間違いなく奇襲対策くらいしてあるだろうな。カガリは魔法陣での罠とかを十分に張り巡らせて待ちかまえてるはずだ。少なくとも隙を見て後ろから襲ってくる奴を返り討ちにできる程度にはな」
「だったら……」
「だからこそ、奇襲を仕掛ける隙が生まれる。奇襲を恐れる必要がないからこそ、奇襲への警戒が薄くなる。ましてや一度ボロ負けしたマックスなら、奇襲への警戒もなおのこと薄くなるだろう。そこに『予想以上の戦力』をぶつけて突破する。カガリの目的はスカイ本人への攻撃じゃないから、奇襲を仕掛けたとしても即決でスカイを殺しはしないはずだ。最悪の場合、あいつがスカイを殺そうとしてきたらオレが止める。それだって一瞬隙を作れるかどうかだから、その瞬間を狙ってスカイを救出する必要がある。」
ライトはマックスに視線を向ける。
「囚われのヒロインを絶望的な状況から救い出すのがヒーローだろ?」
《現在 DBO》
(間に合った……)
このダンジョンで最大難易度のイベントのボスモンスター、『ジェットコースター』の〖コースタードラゴン LV90〗の側面に掴まり、自分を振り落とそうと高速で暴れまわるジェットコースターをなんとか操るマックスは、噴水広場の中央部で人質に取られているスカイと自分から人質になろうと歩み寄るマリーを見て安堵する。
まだ……マリーは安全圏だ。
マリーはマックスを見て、一言だけ口の動きで意思を伝えた。
『がんばってください』
それだけで何故か神経が研ぎ澄まされ、力が漲って来る。
マックスは足音で背後に迫るボスモンスターも確認する。
〖心配性のジム〗……一般人NPCに紛れ込んでいたが、マントに貼り付けて見せて回った手配書で正体を看破されると身長3mを超える大男に豹変し、さらに二十五体もの取り巻きが出現した。結構な戦力である。
二体のイベントボス〖コースタードラゴン〗と〖心配性のジム〗を『連れてきた』のには二つ目的がある。
一つはカガリの意表を突くため。魔法陣などの『対個人程度の戦力』を想定した罠を突破して接近し、スカイ救出の隙を作るためだ。
「うおぉおおお!!」
雄叫びをあげながらジェットコースターから手を離し、その側面を蹴って跳ぶ。
そして落下位置を調節し、スカイを誘拐犯から護れる位置に着地する。
そして、もう一つの目的は……
「待ってたぞマックス!」
ライトが自由に動ける。
戦闘能力の低い一般人NPCには、モンスターから離れていく習性がある。ゲーム的に言えばエキストラが戦闘の邪魔になって十分に戦闘が楽しめなくなるのを防ぐため、設定的に言えば戦えないまでも自分の身を守ろうとする本能的な危機感知で危険なモンスターから逃げていく。
プレイヤーはマリーが流した『噂』によってNPCが退避していくのに合わせて自然に広場を離れていくようになっている。
大声で避難を呼びかけたりすればカガリも気付いただろうが……自然な流れでいつの間にかいなくなる人々の流れには気付かない。ライトも会話を試みるフリをして注意を引いた。
そうして……ごく『自然』に避難が完了した。
カガリがライト対策にするはずだった『人の壁』はもういない。
そして、メインの人質の命は……マックスにかかっている。
「チッ、そっちがその気なら!」
カガリは杖をスカイに向けようとする。
しかし、マックスはそれを見越していたように両手を突き出し……
「『猫だまし』」
カガリの目の前で打ち合わせて炸裂音を響かせた。
「!? ……」
「スカイさん、掴まって」
カガリが一瞬だけ硬直した瞬間にマントを投げつけてカガリの視界を阻み、スカイを抱き上げてライトへ向かって地面を蹴って走り出す。
「この!! 魔法陣があるのを忘れた!?」
カガリが杖をスカイに向けようとする。
だが、その途端に射線が遮られる。
「ピギッ!!」
「モンスター!? ボスの取り巻き!?」
赤と白の横縞模様の服を着た素早い人型モンスターの群れがマックスを追って噴水を回り込んで来る。
〖ジムの親衛隊〗というモンスター達。
マックスを追っているらしいが……数体が杖を構えているカガリに反応して視線を向ける。さしものカガリも、自分自身を守りながらの起爆は難しい。
「…トーチ!」
「ピギッ!」
防御を火竜に任せてスカイを狙うカガリ。
だが……
「……どこ行った!?」
一瞬気を取られた間にマックスを見失った。
いくら素早いプレイヤーでも人一人を抱えて一瞬の内に遠く離れることはできない。
すぐに見つける……モンスターの陰で見えなかっただけだった。
すぐに杖を向けなおすが……
「……!?」
また見失った。
モンスターの陰をただ駆け抜けるのではなく上手く利用してジグザグに、不規則に、予想外に動いている。人一人抱えて落ちたスピードを補って、特殊な足運びで照準を合わせさせないようにしている。しかも、先ほどまで着ていたマントがなくなったせいか認識の切り替えが追いつかず、視界に入ってから狙いを付けるまでの時間が余計に長くなる。
それぞれに動く取り巻き達の間を動き回るその姿は、一瞬捉えることができてもすぐに見失ってしまい、次の瞬間には全く別の場所に現れている。それはまさに瞬間移動にも似た感覚。認識の隙間、モンスター達の動きでできる死角、そして常には見えていないはずのカガリの視線の動きを把握して避けているような奇怪な軌道。
「……チィッ!!」
一度圧勝したはずの相手にカガリはなす術もなかった。
一方、ライトはジグザグに不規則に、そして確実に進むマックスとそれを追いきれないカガリを見て腰の《飢餓の杖》を抜いた。
その口許には確信めいた笑みが浮かんでいる。
スカイの付けている仮面にはおそらく爆発の魔法陣が仕掛けられている。威力がどれだけのものかはわからないが、どのような形にしろ最初からスカイを誘拐するつもりで作った魔法陣ならかなりの威力があるかもしれない。下手をすれば、それを起爆されればスカイの命が消し飛ぶ。
しかし、魔法陣の起爆は意志に呼応して任意のタイミングで発動するわけではない。
遅効性の魔法陣には主に三つのタイプがある。
一つは時限型。魔法陣に書き込んで設定した時間で自動的に作動する。
一つは地雷型。魔法陣に書き込んで設定した『上をモンスターが通る』『台紙が破壊される』などの条件が満たされたときに自動的に発動する。
そして、最後の一つは遠隔型。術者が自分のタイミングで離れた場所から発動できるのだ。しかし、この場合の遠隔起動は杖で、あるいは指で指し示して合い言葉やジェスチャーを同時に行うことで魔法陣に封じられ魔法が起動する。
スカイの仮面に施された魔法陣はおそらく地雷型と遠隔型の二つ。勝手に外すと条件を満たして爆発する地雷型の魔法陣と、いつでも殺せるという脅しをかけるための遠隔型の魔法陣が仕込まれている。
しかし、遠隔型の魔法陣はその特性故、回避できる。
その指向性はテレビのリモコン程度。
途中の起動も見えず、直線上にあれば起爆の合図とほぼ瞬間に爆発するため到達速度というものも無いが……狙いさえつけられなければ回避できる。
もちろん本来は人一人担いでそこまで動き回ることなど至難だろうが……マックスならそれができる。
マックスは戦闘能力ではチートクラスというわけではない。現にカガリにも負けているし、以前にはナビキにもほぼ負けている。
しかし、それでもOCCの一員。
特異な能力の持ち主だ。
マックスは力ずくで全てを解決できるような戦闘能力も、全てをうまく運ぶような知力も、人を引きつけるカリスマもない。
しかし、『移動力』だけは天下一品。
頼りない援軍かもしれないが、必要なときに必ずその場所に……座標に駆けつけることができる。
動き回るモンスター、人混み、変わる地形、危険域、環境……あらゆる条件から『最短ルート』『最安全ルート』を導き出して動くことができる。
ミニゲームなどで良くある『敵キャラクターの顔が別の方向を向いているときにその脇を通り抜けてゴールを目指す』というような状況に誰より強いのだ。
『障害物競走』でスピード特化の『忍者』であるホタルに勝てるプレイヤーは、ライトの知る限りマックスしかいない。
そして……
「そろそろか……」
ライトは《飢餓の杖》を構え、近付いてくるマックスへ向かって駆け出す。
マックスもそれをわかりきったように加速し、さらには取り巻きモンスターを踏み台にして飛び上がってスカイを投げ渡す。
「ライト任せた!」
「ああ、任された!」
「え、ちょっ、投げないでよ!!」
ライトは杖を振りかぶり……スカイの仮面に振り下ろした。
「魔力生成スキル『魔法妨害』」
起動しきっていない魔法を中止させる技。
ライトはスカイを傷つけないように器用に仮面だけを引き剥がした。
「よしっ! 爆弾解除完了!」
「いたっ!! ……『よし』じゃないわよ!! そんなこと言ってる暇があったら受け止めて!!」
運動神経が元々ゼロに近いスカイは盛大に腰から落下。
どうやらカガリには傷一つつけられなかったようだが、ライトから思わぬダメージをくらった。
立ち上がるのに苦労し、腰をさすりながら、杖を悠々と腰に戻すライトを恨めしそうに見上げる。
「ていうか……ちょっと雑じゃないの? この救出作戦」
「結果オーライだろ。それより……赤兎、花火さん」
「ん、わかってる」
「ウチらはこのデカ物どもやろ」
待機していた赤兎と花火がそれぞれマックスの連れてきたボスモンスター〖心配性のジム〗と〖コースタードラゴン〗を待ちかねたように見やる。
そして、赤兎は刀を抜き、花火は野球ボール大の鉄球を握りしめる。
「ウチらは手加減苦手やで、あっちは頼むで」
花火が投げた豪速球が空中を走る〖コースタードラゴン〗の側面に直撃し、車体が大きく揺れる。
そして、先頭の頭が花火の方を向き、睨みつける。
「俺達は適当にこっちの相手してやる。うっかり斬っちまってもいけないし、俺は女の相手は苦手だ」
赤兎は周りの取り巻きモンスターを一刀両断し、〖心配性のジム〗の気を引く。
そして……
「じゃあ、オレと遊ぼうか……炎の魔法使い」
ライトは噴水から自分を見下ろすカガリを見上げ返す。その表情に浮かぶのは、作戦をぶち壊された憤怒と……自らの主人の怨敵に対する強く身勝手な敵意。
「赦さない……焼き尽くしてやる」
「赦さなくていい……だが、本気出しても文句は言うなよ? オーバー50『ツールブランチ』」
ライトの手に召喚される『枝』。
あらゆる道具に変化する道具の原点。
そして、さらにライトはもう一つの技名を唱える。
「オーバー100……『スキルブースター』」
一方、モンスターの行き交う中を走り抜けたマックスは戦場と化した噴水広場の中心部から少し離れた場所に出て膝をついた。
「はあ、はあ……怖かったぁ」
ボスモンスター〖心配性のジム〗を誘い出すための囮、追われながら挑戦する『ジェットコースター』では振り落とされたらイベント失敗となるため死ぬ気でしがみついた。それに、一度黒こげにされた相手とのもう一回の超接近。
寿命が縮む思いだ。
本来なら自分もまたライトに加勢しなければならないのだろうが、そんな余力はない。
「お疲れさまでしたマックスくん」
へたり込むマックスに声をかけてきたのはマリー。マックスが敵を引っ張ってくるのが遅ければ人質になっていた人物だ。
ジェットコースターの方向を操作するのは難しかったためタイミングを合わせるのが難しかったのだが、もう少しで本当に人質交換してしまうところだった。会話での時間稼ぎも長すぎればスカイの身に危険が及ぶため、限度があったのだ。
マリーはそんなマックスの苦労を全て理解したように優しく微笑みかける。
「ありがとうございました。おかげさまで私もスカイさんも無事です。」
「いや、なんてことない。ヒーローなら当然のことをしたまで」
「クスクス、ヒーローだって人質を救うのは大変だと思いますよ。誇ってもいい、あなたは十分に働きました……後はライトくん達に任せましょう」
「いや……敵を倒すところまでが、ヒーローだ。ちょっと休んだらすぐ……」
「駄目ですよ。無茶はさせません」
マリーはマックスを抱きしめ、耳元で囁きかける。
「よく頑張りましたね。でも、ヒーローは時間限定でいいんです。もうエネルギー切れでしょう? 今はお休みなさい」
マックスが目をつぶり、眠るように気を失う。
そして、マリーは微笑む。
「暗示にかかり易い体質なんですね。頑張り屋さんは悪いことではありませんが、無理をしてはいけません。あなたは孤独な英雄なんてガラじゃなくて、仲間と戦う戦隊なんですから」
そこに、影がかかる。
「私は戦隊ごっこに付き合う気はないけど、それは同感よ。いつまでも戦力外だと思われてるのは癪に障るわ」
そこには腕を組んで立つスカイ。
「スカイさん……」
「生憎と私、いいようにやられたままでいる気はないの。あなた達みたいな人外みたいなのにも、あいつらみたいな犯罪者達にも、弱いと思われてるのは良いけど、なめられてるのは気に入らないわ……オーバー50『試作実験』」
ライトの唱えた技名と同時に現れたのは分厚い紙束だった。
端を紐でまとめられてはいるが本ではない。
まとめ方が緩いため、どちらかというとファイルのイメージに近い。
「なにそれ、呪符か何か?」
カガリが馬鹿にするように言うが、ライトは得意げに応える。
「そんな物騒なものじゃないさ……ただの『資格証明書』だ」
ライトはメニューのスキルリストを開き、紙束を押し付ける。すると、紙束は吸い込まれるように消える。
「……何か変わった?」
「ああ、いろいろとな」
ライトは『枝』をカガリに向ける。
「木工スキル『パイルショット』」
「!!」
一瞬にして銃のような形に変化した『枝』から発射された小さな杭のようなものがカガリに迫る。だが、カガリに到達する前に、その頭上で燃えていた火の玉が展開し、その八本の触手の内一本で発射されたものを弾き飛ばす。
弾かれたのは……釘だった。
「……釘打ち銃ね」
火の玉から展開した『トーチクラーケン』の触手の内二本がカガリの背後の噴水に足をつっこみ、何かを吸い込むように脈動する。
「なるほど……噴水の水に油を浮かべていつでも燃料補給できるようにしてあったわけか……もし通行人が逃げてしまっても大丈夫なようにとは用意周到だな」
「私の防御は『トーチクラーケン』のおかげで万全、そして、攻撃は……私の一番の得意分野だよ」
カガリは杖をライトに向け、素早く詠唱。
すると数発の火球が放たれる。
だが、ライトは動じない。
「調合スキル『COガス』、扇子スキル『ミニストーム』」
ガスボンベに変化した『枝』から放出されたガスが火の勢いを弱め、さらに扇に変化した『枝』から発生した小さな竜巻がガスを巻き込んで火球を空中で消し止める。
「チッ……見たこともない技。なら、これならどう?」
次に出現したのは、地面に描かれた魔法陣から呼び出された炎でできたドラゴン。
入念に準備された上で召喚された攻撃魔法の化身。小手先の技の一つや二つで止められるレベルの技ではない。それが、咢を開いてライトに襲い掛かる。
だが、ライトは『枝』を振る。
組み立てスキル『コンスタント』
丈夫な壁を即興で作り上げる技。
塗装スキル『耐熱壁紙』
壁の表面に耐熱性を付加する技。
拳術スキル『壁ドン』
壁の向こうの相手に衝撃を伝える技。
消火スキル『ホースカノン』
ポンプ車から高圧で水を発射する技。
保存スキル『ミニブリザード』
小規模な吹雪を発生させる技。
耐熱性の高い≪中華鍋≫になった『枝』で竜を牽制し、地面から生み出した壁で竜の突撃を止め、さらに掌打で至近距離から破壊した壁の破片を散弾のように叩き込み、さらに放水と吹雪で竜に止めを刺す。
一つ一つは威力で負けていても、多彩な技が積み重なって強力な技を完全に圧倒する。
「オレの『スキルブースター』はその名の通りスキルを底上げする技だ。正確な数値でいえば、オレ自身のレベルである115がスキルのレベルに足し算されている。加えて『ツールブランチ』の効果で最低でもスキルのレベルは50はあるから、全てのスキルのレベルが最低165レベル。生産系スキルでも魔法に近い技が使えるレベルだ」
「全てのスキルのレベルをプラス115!? そんなふざけた技、シャーク様からも聞いてない!!」
「ああ、あいつの関係者には初披露だよ。本当は次にあったとき見せて諦めさせようとしてたんだが、今回は特別に見せた。理由はわかるか?」
「私に諦めろっていうつもり!? ふざけんな、そんなこと誰がするか!!」
「違うよ。今回はまんまと出し抜かれた、よくぞオレの弱点にたどり着いたっていう気持ちだからだよ。その景品として次の宿題だ、この技を使えるようになったオレをどうやって攻略するか。シャークにはよく考えて再挑戦してほしいって伝えてくれ」
「何を言っているの!? 今ここで私がその技ごとあなたを破れば済む話じゃない!!」
「……虚勢を張るな。強がるな。無理をして自分を強く見せようとするな。弱さを隠すな。オレがこの技を見せるもう一つの理由は、おまえが上手く負けても帰れるようにと思ったからなんだ。興奮しすぎてわからないようだから言うが、この戦力差じゃおまえに勝ち目はない。この技の情報だけでも手土産にしてさっさと帰れ……見逃してやる」
「意味わかんない!! あんたのお仲間は他のお仲間が連れてきたボスの相手に必死でしょ!? ならあなたと私は実質一対一で……」
「一対一なら勝てるかもしれないか? だから強がるなって言ってるんだ。確かにおまえは強いが……最前線で戦っていたならわかるだろ? その強さは、実はとても脆いんだ。自分より弱い相手にしか勝てない強さなんて、自分より強いものや自分と同等のもの……何より、自分自身を相手にしたときには無力なものなんだ。手、震えてるぞ?」
「はっ、何を言って……っ!!」
「薬物かあるいは洗脳か、そんな『裏技』で作った『強い精神』なんてものは簡単に剥がれる。攻略で疲弊したおまえはそんな幻想にすがってしまったらしいし、今のおまえに言っても意味はないかもしれない。だが言わせてもらう、自分の心の弱さを気に病んで否定するのはいけないことだ。それは自己否定、自分という存在を拒み、消してしまおうとすることだ……自分を捨てるのは人間としてしてはいけないことだ。どんな理由であれ、自分という存在は……自分の心は大事にしないといけない。」
ライトは、自分に語りかけるように語る。
「死ぬのが怖い、嘘を辞められない、ストレスに弱い……自分がそんな欠点を、短所を、弱点を持っていると自覚するのは悪いことじゃない。だが、それを無理矢理消そうとするのはダメだ。他人に隠すまでは良い……だが、それも自分の一部であるのを忘れるな。」
「……やめろ、説教なんて聞きたくない」
「説教なんかじゃない……ただ、試してるだけだ。少しでも元の最前線ソロの戦闘職だったカガリに……道を踏み外す前のおまえに戻せないか、確かめてるだけだ。」
「……私は……もう、あんな日々には戻らない!! 強いフリをして、弱い自分を押し殺して生きる『優等生』になんて戻らない!! 私は……わたしは……弱い心を捨てたんだ!!」
地面に描かれた魔法陣が無差別に起爆される。
しかし、ライトは動じない。
「弱くたって、それが悪いとは限らないよ。オレはそういう奴をたくさん知ってる。マックスも、シャークもそうだ。その臆病さを、その恐怖心を、その飢え、甘さを……綿密な作戦に、強力な危機回避に、妥協を許さない強欲に、駒を無駄死にさせない慎重さに変えて武器にする。そんな『弱者』こそが、どんな強者よりも恐ろしい。」
「御託を並べるな!! そんなのは負け犬の妄言だ!! 学校でも仕事でもゲームでも、勝つには登り詰めるしかないんだ!!」
「時間稼ぎご苦労様……じゃあ、『弱者』の力を見せてあげましょうか」
ライトの背後でスカイがそう言った。
ライトに注意を引きつけられていたカガリは、初めてスカイに気が付き……驚愕する。
「やっぱり薬物か何かかしらね。不自然な集中力が逆に意識に隙を作ってるわ……こんな大きな物が組み上がってたのに気付かないなんて」
スカイは『座席』に座っていた。
その左右には大砲の砲門があり、両肩の上には機関銃の銃口があり、頭上からは前面を守る金網とガラスと鉄板のシールドが降りている。
さらに大砲の上には水圧銃と火炎放射器のようなノズルが突き出ている。
もはやそれは武器などという区分ではなく……要塞のようだ。
「な……この世界観でそんな物騒な物を……」
「スカイ、オレもそれは少し同感だぞ。剣と魔法のファンタジーっぽい世界に近代兵器持ち込むのはマナー違反じゃないか?」
「『試作実験』試作兵器『イージスver14』……何言ってんのよ。この世界じゃ機械系のモンスターとかうろうろしてるじゃない、ならプレイヤーが自分で設計した兵器くらい作って何が悪いの? それに……」
スカイはギラギラと悪魔のように笑う。
「勝てばいいのよ。弱い者がちょっとくらい強力な武器使うのなんて当然でしょ?」
ライトがスカイの兵器の『射線』から飛び退きながら叫ぶ。
「カガリ! 死にたくなければしっかり防御しろよ!」
「……っ!!」
カガリが地面の魔法陣を起動して炎の壁を作り出し、さらに『トーチクラーケン』に噴水の表面の燃料だけでなく、水中に隠していた燃料樽を吸収させて防御を計る。さらに、防御だけでなく魔法攻撃の炎でスカイを兵器ごと焼き払おうとする。
だが、スカイは容赦なく手元の操作盤を叩いた。
「一斉発射!!」
発射される砲弾と弾丸、水流と火炎。
水流が炎の壁にぶつかって水蒸気を吹き上げ、火炎がカガリの放った魔法と衝突する。中でも凶悪なのは機関銃と大砲だ。弾が鋼鉄製なのか火炎で燃え尽きることがなく、雨のような弾丸が『トーチクラーケン』の触手を叩き……とうとう砲弾が触手を突き破り、カガリが防御を放棄して飛び退いて回避した。
「このっ、何この威力……っ!!」
飛び退いて回避したカガリめがけて、巨大な物体が飛んでくる。
あの要塞は素早く狙いを変更できるタイプじゃない。砲門も銃口も、方向が固定されているはず……
「ぐはあっ!!」
巨大な質量にカガリは弾き飛ばされた。
「分解発射、元々『試作実験』は一度きりの使い捨て前提だから、こんな攻撃もできるのよ」
カガリに飛んできたのは、『砲弾』などではなく、『大砲』そのもの。連結部が爆発して発射されたらしい。
そして、『大砲』にはまだ爆薬が残っていたらしく……
「さ、本命よ。よく味わいなさい」
凄まじい爆音を響かせて大砲が爆発した。
盛大な爆炎と黒煙が発生し、カガリの姿が見えなくなる。
「……スカイ、あんな仕掛けバージョン13まではなかったよな?」
「今度は逃げる相手を追い討ちするところまで設計に組み込んだの。試し撃ちでライトが相手が逃げるかもしれないとか言ってたし」
「……カガリ、ちゃんと生きてるか?」
「大丈夫よ。試し撃ちでライトが食らってくれたver10の砲撃と同じくらいしか威力無いはずだから……想定より爆発凄かった気がするけど大丈夫なはずよ」
「……設計ミスじゃないのか?」
ライトが心配してると……爆炎の中から火竜に両肩を掴まれて吊られたカガリが飛び出して来た。
そして、火竜の独断か……一目散に逃げていく。
「……逃がすの?」
スカイが動かないライトに声をかけると、ライトはこともなげに言った。
「……スカイは設計ミスしてないんだったら、あいつは逃がした方がいい」
「?」
「秘伝技『自爆』の派生技『バックドラフト』だよ。最大HPの半分以上を一気に削るような大ダメージを受けた時、自動的に少しだけ自爆して威力を殺す技……爆発が予想以上に凄かったのはそのせいだ。てことは、あいつは『自爆』が使える。捕まえるならそれなりの準備をしておかないと道連れにされるかもしれない……前『自爆』を使ってシャークを脅した意趣返しだろうな」
「あの爆発の前から捕まえる気がないように見えたけど? 見逃してやるとか言ってたし」
「まあ、あの破れかぶれな感じで『自爆』は予想してたからな……あのカガリがシャークにとって使い捨てにできない大事な駒なら逆に自爆の選択肢を与えておく。オレの弱点も知った上でな。それに、今回はスカイの『戦力』を見せつけたんだ。あいつならそう簡単にスカイに手を出そうとは思わなくなるだろ」
「相変わらず全部計算通りってわけね~。私が誘拐されても平然としてただろうことが簡単に想像できて若干腹立つわ~」
スカイがじっとりとライトを睨む。
自分が誘拐されてもライトが動揺しなかったのは想像に難くなかったらしい。まあ、ライトが余裕で解決すると考えていたという点から見れば一種の信頼関係かも知れないが……
その時、『ゴワシャン!!』というまるで交通事故のような音と地響きが響いた。
ライトとスカイがそちらを見ると、花火にボコボコにされたらしいジェットコースターが墜落して地面に突っ込んでいた。
さらに野太い断末魔が響き、大男〖心配性のジム〗が倒れた。取り巻きももう全て両断されて倒れている。
「やりいっ!! ねーちゃんの勝ちやで!!」
「あ、タッチの差か……てか、ライトたちの方が早いだろ」
どうやら赤兎と花火はいつの間にかどちらが先に敵を倒すかの競争になっていたらしい。
こちらもこちらでスカイの心配はそれほどしていなかったようだ。
「クスクス、皆さんなんだかんだでスカイさんをひ弱だとは思ってないんですよ。守るべき対象ではなく、これまでデスゲームで苦楽を共にした仲間として信頼してるんですよ」
『設計図から試作品を召喚する技』で出した『イージスver14』を収納するスカイに声をかけるマリーに、スカイはやや冷めた声で返す。
「そういうマリーがたぶん誰よりも心配してなかったと思うんだけど……『死んだら死んだでそこまでの人だったということですよ』とか言いそう。」
「そこまで薄情じゃありませんよ。それより……ちょっと状況を収拾した方が良いかもしれませんよ」
マリーに促されて周囲を見ると……広場の外側には人だかりができていた。
どうやら広場から追い出された人々がライトたちとカガリの戦いを見ていたらしい。だが、あまりに派手な戦闘の様子に逆に判断に困っているようだ。
「あー……確かに、ちょっとこの騒ぎはちゃんと収拾しないと後の信用に関わるかもね……マリー、頼むわ」
「あらあら、即断即決ですね。そして人任せですか?」
「今回あんま働いてないでしょ? ちょっとくらい協力しなさい」
「それもそうですね。では、ちょっと行ってきますよ」
マリーは一番手近な集団へ向かい、にっこりと笑って頭を下げる。
「今回は『ヒーローショウ』のイベントをご観劇ありがとうございました。お楽しみいただけたなら何よりです」
拍手が巻き起こった。
結局、広場での戦闘は『クエストの一部の演劇型イベント』という形になった。最終的に無事に奪還出来たとしても、巨大ギルドのギルドマスターが誘拐されたとなればさすがに好ましくないスキャンダルになる。『大空商店街』の『革新派』や一部の見る者が見ればわかるだろうが……そこはスカイの後処理の問題だ。もしかしたら、スカイの火力を見て彼女をなめていた一部のプレイヤーが認識を改めるかもしれないが……それはまた別の話。
そして、六人は気を取り直してそのままダンジョンを進み……
『よくぞ頑張った。君達の歩んだ道のりこそが最高の宝だ!!』
「「「…………ここまで苦労してそれだけ!?」」」
クエスト報酬を伝えるカラクリ人形を今日の苦労の腹いせとでも言うように集中攻撃する赤兎、花火、マックスの三人。
「良い話っぽい終わらせ方ですね」
「ま、いろいろ苦労したけど、クエストと無関係なプレイヤー同士のゴタゴタだからな。イベントも個別に報酬出てたし」
「あ、いつの間にか地図が完成してる」
一方、マリー、ライト、スカイの三人はそんなオチも予想済みだったようで落ち着いていた。
ただ……
「結局、恋愛的なイベントにはならなかったわね。」
「ま、そうだが……楽しめただろ?」
「……まあね~。」
スカイはデスクワークや権力抗争の息抜き程度には楽しめたようだった。
「ところで……スカイさん、その地図ってもしかして……」
「え?」
そして数日後……
「マリーに言われたとおりダンジョンの地図調べてみたら設計図になってたわ。で、組上げたらこれになったわ」
『大空商社』に訪れたライトにスカイが見せたのは赤いピストンだった。
ライトはそれに見覚えがあった。全く同じものではないが、良く似た形状のものだ。
「これは……機械系モンスターの心臓か?」
「そう。で、さらにそれを中心に組上げて完成させたのがこちらになります~」
スカイが手を叩くと、レジの台の裏から一体の獣のようなものが出てくる。
それは仔犬型の……機械人形。その身体のほとんどが金属部品でできている。
しかし、その動き方や仕草はまるで本物の動物のように生物的だ。
「なるほど……『生命機械』の設計図か。すごい発見じゃないのか?」
「そうよ。今まで機械系モンスターはテイム出来ないって事になってたけど、あの設計図を基盤にすれば私達で作ることが出来る。もちろん、材料にはレアな素材も含まれてるし、組み立ての難易度がかなり高いからそうそう大量生産なんてできないけど、最初からテイム済みのモンスターを作れるとなれば護衛やパトロール、警備にも使えるわ。私みたいな戦いが苦手な生産職にとってはこの上ない有益情報よ……これさえあれば、革新派を黙らせることなんてわけないわ」
「転んでもただじゃ起きない、誘拐されてもただじゃ帰らないってわけか。やっぱりすごいよスカイは」
「褒めても何も出さないわよ?」
「何も出さなくてもいいがホタルを説得してくれ。オレあれから何度か本気で殺されそうになってるんだから……『あなたを信じてご主人様を任せたのに!!』って親の仇でも見るような目で襲ってくるんだぞ」
「嫌よ。実際私さらわれたし、受け止めてもらえなかったし、結局敵は逃がしちゃったし……少しくらい反省しなさい。心配しなくても八つ当たりみたいなもんだし、仕事が忙しくなったら諦めるでしょ……もうすぐ、忙しくなりそうだし」
スカイの表情が厳しくなる。
ライトはその裏側を察したように重い口調で言う。
「犯罪組織『蜘蛛の巣』か……とうとうスカイを直接狙うようになって来たし、他でも動きが活発になって来てるからな。プレイヤーの死者数も不自然に増えてるし……シャークだけじゃない。何か大きなことをしようとしてる前兆っぽいからな。スカイはそれを警戒して守りを固めるためにギルドを統制しておきたかったんだろ?」
「あっちが間接的にこっちを切り崩しにかかって来てるのもわかってるからね。それに黒ずきんからの話だと殺人鬼のコピー能力みたいなのを持ってる奴がいる。それなのに不気味なのはそれを使った事件が全くと言っていいほど『報告されてない』ってことなのよ。何かをするためにこっちを削って、自分たちは力をため込んでる……もしかしたら近いかもね」
「『全面対決』か……」
時は三月中旬。
季節の移り変わり、ゲーム内の季節でももうじき春になる。
強い風が吹き荒れ、新しい季節の到来を知らせる。
そして、春を越えれば夏になる……六月に始まったこのゲームの二度目の夏を迎える。
夏は……嵐の季節だ。
「ライト……わかってるわね?」
「ああ……勝とうぜ」
『カガリ』
最前線魔法戦闘職。
炎属性魔法で右に出る者はない一流の『魔法使い』。
しかし、精神面に少々問題が……
(スカイ)「今回は敵として出て来たけど、元々は攻略側だったのよね……パッと見悪堕ちの典型みたいな感じだったけど」
(マリー)「何かあったんでしょうね。以前は彼女の相談も聞いていた身としてはとても残念なことですが」
(スカイ)「てか、元はどんな性格だったのあれ?」
(マリー)「品性があって常識があって御淑やかさがあって……委員長と風紀委員とお嬢様を足して三で割ったような人でしたよ」
(スカイ)「正反対過ぎて今の姿から想像できないわね……」
(マリー)「あと大食いが得意でした」
(スカイ)「なにその意外性のあるキャラ付け」




