114頁:一般人には優しくしましょう
『ハート・イン・ハンド』
秘伝技。
修得には『瞑想スキル』の修得が不可欠。
瞑想中に夢空間に出現する自分と同じ姿、ステータスを持つ〖魔羅〗と戦い、それを『倒さない』で屈伏させることで修得できるが、倒してしまうと失敗となる。これで一番難しいのは、相手に降参をさせるためにはひたすら耐え続ける必要があること。反撃すると相手が怒って長引いてしまう。
修得後は『与えるダメージを調節する技』となり、『ダメージ半減』『とどめを刺さない』『レベル差に対応』などの調節ができる。
ただ威力を下げるだけでなく、それに応じてEPの消費を抑えたり、スキルの上達速度を上げたりと応用範囲は広い。
≪現在 DBO≫
ライトの腕にしがみついたスカイが辺りを見回して囁くように言う。
「プレイヤーが増えてきたわね……そろそろラブラブアピールでも始めましょうか」
「腕にしっかりしがみついてる時点でもうすでに結構なアピールしてると思うけどな」
「ダメよ、これくらいじゃ私の足のこと知ってる面子ならスルーされるかもしれないでしょ」
「もう恋愛方向へのシフトは難しい気がするけどな……」
ライトがそう言いながら見る先には……
「お、このクレープうまいで! 金髪ちゃんもどうや?」
「花火さん、ありがたいですがあんまり強く握ると中身が飛び出てしまいま……あっ!」
「あぶなーい!!」
「ングッ……わりい、俺が食っちまった。あと、マックスは体張りすぎじゃね? クレープごときでカバーリングしなくてもいいだろ」
遊園地を満喫しているらしい花火、マリー、マックス、赤兎の四人が騒いでいた。
『バイキング』の後、『コーヒーカップ』や『スペースシャトル』などのアトラクションをクリアし、テンションが上がってきている。簡単に言えば、遊びモードに入ってしまっている。マリーに関しては他三人を落ち着かせようとしているようだが……いくらマリー=ゴールドと言えども予測不能の行動をする赤兎とその姉貴分でバイタリティー豊かすぎる花火に振り回され気味だ。しかも、マリー自身がそれを楽しみ始めているようにも見える。マリーは自分の思い通りになる人間より思い通りにならない人間とのやりとりの方が好きらしい。
「いっそのこと、『アマゾネス』の花火とか『戦線』の赤兎との繋がりを強調して外の方で地盤固めたらどうだ?」
「ダメね。『革新派』は内側の方にばっかり目が向いててあんまりそっち方面は意識してないから。まあ、そういう外交系は他のギルドと結託して私を裏切るといけないからホタルとか信頼できるメンバーにしか触らせてないからその大変さを知らなくて当然なんだろうけど」
「あくまでも求めるのは『強いギルド』ってわけか……別に恋愛スキャンダルじゃなくても方法はいくらでもありそうだけどな。ある程度あっちの望む改革をしてやるとか」
「嫌よ。うちは生産ギルドであって戦闘ギルドじゃないの。話し合った末にあっちが頭下げてきたら考えるけど、私から方針を変える気はないわ」
「意地か? それともこだわりか?」
「いいえ、私個人の考えじゃない。ギルドのプレイヤー全体の意識の問題よ。『大空商店街』を作るとき、約束したのよ……口約束だけど」
「約束?」
「あの時ライトは勧誘から逃げ回ってたから知らないんだっけ? じゃあ隠すことじゃないし教えてあげるわ。ギルド結成のときの約束と、どうして『大空商店街』が三千人なんて規模の大所帯になったか。ただし……」
「なんだ? 他言無用とかか?」
スカイはライトが食いついたのを見て、小さく得意げに笑う。
「私の分のクレープ買ってきて。話はそれから」
デスゲーム開始から約二ヶ月。
プレイヤーの間で大きなニュースが広まった。
「なあ知ってるか? 例の新発見のクエスト」
「ああ、MMORPGならあると思ってたけど、ついに来たか……」
「これは今後が決まる重要なポイントね」
前線一般戦闘職生産職、プレイのしかたに関係なくほとんどのプレイヤーが関心を寄せる大ニュース。それは……『ギルド結成クエスト』。
ギルドとはVR技術が普及する前からMMORPGでは定番とされるゲームシステム。コンビやパーティーを超えた単位のプレイヤーが集まり、『ギルドマスター』という代表者を中心に形作る一つの集団の単位だ。
基本的に複数のギルドに同時に所属することは出来ず、所属は義務でない反面入れば簡単には脱退できない。だが、力の大きなギルドに入れば有力な情報やアイテム、資金などが得やすくなり、攻略では安定してパーティーやレイドを作ることが出来る。そして何より、同じギルドに所属するもの同士での『信頼』は他では得難い強力な武器だ。
このデスゲームでは情報、アイテム、そして信頼は生存能力に直結する。システム的に認められたギルドが作れるようになるクエストの発見はどのプレイヤーにも重大事だった。
前線で攻略を進める者は、ダンジョンやボスの攻略のためのレイドを作りやすいように、そして戦力を得るために強いプレイヤーの勧誘に躍起になる。
それまで協力して生き残るために成り行きで共に行動していた者達は結束を深め、確固とした仲間意識を持ってギルドを立ち上げる。
戦えない生産職も、材料の入手と引き換えに武器の整備などを行うことを条件に戦闘職と手を結び、ギルドに加入する者がいる。
またある者は、組織的なしがらみを嫌い、あるいはこのデスゲームで人を信頼して裏切られる危険を考え、敢えて孤独の道を歩む。
そうした中で、スカイもまたギルドを作ろうとしていた。
「『組合』のリストはこれでよし、材料入荷のための戦闘職もそこそこ取り込めたし、後は攻略情報をネタにして戦闘ギルドとも契約結べるだろうし……ま、とりあえずはこんなところかしらね」
スカイは自身のプレイヤーショップ『大空商社』で買い物客の相手をしながらゲーム二日目にライトに作らせた『店番をしながらこっそり書き物が出来る二段机』を使いまとめ直したリストを客のきれた隙によく確かめ、一人で呟く。
『組合』とはゲーム開始から間もない当時、顧客も人脈もなく安定して材料や注文を手に入れられなかった生産職のため、アイテムの注文や修理の依頼を仲介するためにスカイが作った組織だ。後の『大空商店街』の原型と言っても良い。
立案時から既にギルド結成を念頭に置いていたため、スカイがギルドマスターになることは間違いがない。最初からそのような形で組織構造を作っていたのだ。
「『組合』所属の安心して仕事が任せられるレベルのスキルを持った生産職と低級中級戦闘職あわせて八百人ちょっと。ライトが入らなかったのはちょっと計算外だったけど、まあこれだけいれば一流の生産ギルドになるわね。後はサブマスターか……ナビキにでも任せるかしらね~」
ライトにはサブマスターを頼むつもりだったのだが、その気配を察知されたのか先に『予知』でもしていたのか言い出す前に断られてしまった。
借金に利子を付けると脅すことも出来たのだが、ライトがどこにも属するつもりがなく、関係自体は変えないつもりだと言うのでやめておいた。というより、それもまた想定内だった。ライトは大勢に従うというタイプではないし、ライトが上司では部下が倒れてしまうだろう……過労で。
まあ、この程度の規模なら自分一人でも制御できるだろうし、サブマスターは適当に使えそうなのを……
「あのごめんくださーい」
「いらっしゃいませ~」
店に客が来たのでリストを台の天板の下のお客からは見えないもう一つの天板の上に戻し、営業スマイルを送る。
客は商品を見る気はないようで真っ直ぐスカイの方へ寄ってくる。どうやら買い物客ではなく売りに来たらしい。
店舗によるがNPCショップでは同じ新品の商品でもプレイヤーから売りつけるときにはプレイヤーが買うときより安い値段になる。相場では七割ほどまで値段が下がるとも言われている。
スカイはそれを八割の値段で買い取り、九割の値段で売る。そうすればNPCショップより高い値段で買い取って安く売ることが出来る。お互いに一割分得をすることになるのだ。
だからスカイの元には買いだけでなく売りの客も多く来る。売りの客は一から十まで応対しなければならない。
「あの……これを買い取ってもらえますか?」
差し出されたのは錆び付いた剣だった。
戦いに使える代物ではなく、NPCショップに売りつけても小銭程度の値段にしかならないだろう。
「これ? まあ買い取らないことはないけど……大した値段付けられませんよ?」
一応接客ではある程度敬語を使う。相手を油断させて利益を得るためには、下手に出るのも大事なのだ。
「構いません。わかって持ってきてますから……買ってもらえないかもしれないと思っているくらいです」
客は若干疲弊したような目をしていた。
「せめて修理してから持ってきてくれればそこそこの値段になるんだけど……正直、最近こういう拾いものみたいなアイテム持ってくる人多いのよね~。こっちは修理すれば売れるから買い取るけど、修理費もかかるしこういうのが多いと時間がかかるから効率悪いのよね……出来れば修理してから持ってきてくれません? その時はもっと良い値段で買うから」
スカイとしては両者の利益を考えた提案だった。
武器を一度修理して売り物にするには時間がかかり、安く買って高く売るにも手間がかかる。『研磨スキル』などを持つプレイヤーに頼むにしろNPCショップに頼むにしろ、一度に大量にこのようなアイテムの修理を頼むと他の仕事が頼めず迷惑するのだ。それなら個別に直してから持ってきてくれた方が効率がいい。
しかし、剣を売りに来た客は首を横に振った。
「すみません、修理できないんです。」
「……どういうこと? ショップがこんでるなら待ってから頼めば良いじゃない。なんなら『組合』のテントに持って行けば……」
「いえ、そういう問題じゃないんです」
その客は、困ったように言った。
「修理をするだけのお金がないんです」
「まさか、ここまでとはね……」
スカイは街の9時の方向の荒れ地の入り口にある『大空商社』からおぼつかない足で南へ移動し、約7時の方向にある『屑鉄山』という場所に辿り着いた。ここは廃棄された金属品などが文字通り山のように積み重なったゴミ山。大抵は故障品やガラクタばかりだが、良く探せばその中にそこそこの値段で売れる貴金属やまだ使えるアイテムが混ざっているという場所だ。
ライトやスカイのような修理に使えるスキルを持つプレイヤーなら直せば使える物や作っているものの部品などを目当てに掘り返すこともあるが……今は、そんなスキルの無いプレイヤー達が何十何百とゴミを掘り返し、何か『売れそうなもの』を探している。
ここで錆びた剣を手に入れたという話を聞いて訪れたスカイは呟く。
「まるでスモーキーマウンテンね」
スモーキーマウンテン……ある有名なゴミ集積場の別名だ。仕事に就けない人々が売れるゴミを探してゴミ山で生活している。
ここでも同じことが起きていた。
『攻略本』によって、プレイヤーにはゲームに関する情報がある程度行き渡るようになった。モンスターの楽な倒し方やクエスト情報、アイテムの入手法などだ。
それにより、『攻略本』が出来る以前は何もせず、何が出来るのかもわからずに動けないでいたプレイヤー達は自分に出来ることを知り、動き始めた。
しかし、時が経ちまたも状況が変わり始めた。
「あなた達、こんな所で発掘ばっかりしてなくても、もっと割の良いクエストあるでしょ?」
スカイが錆びた剣を持ってきたプレイヤーに問いかける。案内してもらっているのだ。
ここのプレイヤーの『普段』の話を聞くには丁度良い相手だろう。
「……はい、でも……できないんです」
「どうして?」
「……」
「……縄張りね。噂では聞いてたけど、ここまで深刻な問題だったとわね」
ゲーム初期の波乱の一ヶ月を経て、プレイヤー達には各々のプレイスタイルが定まってきた。
そして、協力してゲームを生き抜こうとするパーティーも定まり、スカイの立案した『組合』以外にもギルドになるのを前提とした集団がいくつもあった。それが、ギルドクエストの発見でさらに顕在化し始めている。
ギルドができると言うことは戦力ができ、それを運用する勢力ができるということ。そして、勢力ができれば自分達の戦力を拡大するための行動がはじまる。戦闘職のギルドでは既に効率のいい狩り場の独占が始まっている。VRMMOではマナー違反の行為だが、このデスゲームでは自分達が生き残るためならゲームマナーなど二の次という事だろう。
そして、それは何も戦闘職だけの話ではない。生産職でも、効率のいいクエストの独占ができる。
難易度が高いクエストは一度受けると二度と受けられない場合が多いが、店の手伝いや物運びなどの単純で簡単なクエストは何度も受けられるものがほとんどだ。しかし難易度に関わらず大抵のクエストには一度に受けられる人数に限りがあったり、一日に決められた回数クリアされるとその日はもう受けられなかったりする。一番効率よく報酬をもらえるクエストを何千何百人と大勢で共有して最高効率で稼ぎ続けるということはできないのだ。だから、プレイヤー達は人気のクエストは受けられないことがあり、その場合には別のクエストを探すことになる。そこで『攻略本』のような情報源があれば、すぐさま別のクエストを探すことが出来る。
しかし、最近では『縄張り問題』が浮上し始めていた。
あるプレイヤーが狙ったクエストの発生場所を押さえ、クエストが受託可能になった直後に他のプレイヤーが入り込む前に受けてしまう『早押し』という手法が考え出されたのが攻略本発売後。一度にそのクエストを受けられるプレイヤーの数の少ない場合、確実にクエストを受けるために行われた手であり、これは数量限定商品のために開店前から店の前に並ぶのと同じでマナー違反とはギリギリ言えなかった。
しかし、それが十数人という単位で行われて進化し、『縄張り』と呼ばれるものになった。
こちらは数を生かしてより効率的に、確実にクエストをクリアする。クエストの発生場所だけでなく、その周囲一帯の区画を押さえ、そこで発生するクエストを全て独占し、区画への『侵入者』を見張る仲間と交代しながらクエストをローテーションするのだ。十分な数のクエストを押さえてあれば、他のクエストをやっている間に最初のクエストができるようになるから一つのクエストが受託可能になるまで長い時間を待機で浪費する必要もなくなるし、複数種類のクエストをクリアしてそれなりにバラエティーに富んだ報酬を集めることが出来る。
そしてまた、他のプレイヤーが自分達の押さえているクエストをしたがったときに『関税』を徴収することができる。
特にスキルを修得するタイプのクエストは難しいが需要が高く、さらにスキル修得後に同じクエストを行うとスキルを使える分以前より簡単にできてスキルのレベルが上がる。他のプレイヤーからの需要も高く、『関税』も高く要求できる。
さらに実は、その『縄張り』は生産職プレイヤーだけで自主的に作られるものではなく、背後に戦闘職がいてその集団を『勝手に稼いでくれる資金源』として利用している場合が多い。いつでもメール呼ばれれば来るかも知れない戦闘職がいるため戦闘能力がない生産職では縄張りを無視してクエストを強行することができないし、縄張りを作っている方も力ずくで強要され……あるいは『犯罪者か何かに狙われたとき助けるから、代わりに金を納めろ』などと強引に協力関係を結ばされていることが多い。生産職と戦闘職の協力関係は対等とは限らない。この時期はまだ、生産職プレイヤーを見下す戦闘職が多かったのだ。
そして、利用すらされなかったプレイヤー達……有力なコミュニティーを作れず、大したスキルもなく、人脈もなく、日銭を稼ぐように簡単なクエストをやっていたが、それすらも縄張りで奪われた者達が効率が悪く縄張りにならなかった効率の悪く稼ぎの少ないクエストや『屑鉄山』や『採掘場』での安いアイテム収集で何とか日銭を稼ごうとしている。
プレイヤーから仕事を受けられるほどの生産スキルはなく、スキルを上げるための練習に使う材料費すらない。かといって、命の危険のあるフィールドで戦う勇気などない者達。
「スキルのない生産職……ていうより、そもそも職がない人達なのね。まあ、全てのプレイヤーは働かなきゃいけないなんてルールはないし、贅沢するつもりがないなら最低限の収入だけでも生きていけるだろうけど……」
スカイは『屑鉄山』をそこかしこで掘り返すプレイヤー達を見て、呆れたように言う。
「正直言って、『これ』は生産性がないわ。スキルも上がらないし、労働に値する利益もない。ショップにガラクタが出回っても誰も喜ばないし、稼いだお金もNPCショップの食べ物に消えるだけでしょ? これくらいならまだゲートで別の街行って新しいクエスト探した方が生産的だと思うけど?」
スカイは挑発的に言う。
だが、言われた方は反抗する様子もなく諦めたように返す。
「私達はいいんです。私達はこのままでも生きてはいられますし……こんな何も出来ないのが新しい街でうろうろしてても攻略の邪魔でしょう? 私達は戦う勇気も利用される技術もない役立たずですから、贅沢は言いませんよ」
『ただ、日々を平和に過ごせたらそれでいい。』
攻略に自ら参加するような行動力はなく、モンスターに立ち向かう勇気がなく、誇れる長所もなく、ただただ安全な日常だけを求める『弱者』達。
向上心がないわけではないだろう。
もう少し金を手に入れておいしい物を食べたいと思わないわけでもないだろう。
微力でも攻略に協力したいと思ってはいるのだろう。
しかし、何にも増して大事なのは安定と平和。
何かをしようとは思っていても後ろ盾がなく、その行動が誰かの『縄張り』に触れることを恐れ、動けない。プレイヤー同士の争いを恐れ、無抵抗のまま、戦わずに自ら敗者のように振る舞う『弱者』。それが何千何百といる。
「……もったいない……ここまでの労働資源がありながら……」
スカイは……スカイの中の『強欲』は、目の前の掘り出し物を見て見ぬフリはできなかった。
誰も見向きもしない無能?
突出した技能も持たない役立たず?
戦う勇気もない臆病者?
……そんな『些細なこと』で、スカイの『強欲』は踏みとどまらない。
『ちゅうも~く!! こっち見なさ~い!!』
数時間後、『機械工スキル』と『光属性魔法スキル』で作った簡易スピーカーで作った拡声器でスカイは叫んだ。
「な、なんだ?」
「あ、あれ『組合』の人だ!」
「やっば、ここ『組合』なよ縄張りだったのか!?」
『こらそこ~!! 重要な話するから、騒いで邪魔したら罰金よ~!! 逃げるもだめ~!!』
「「「はい、すいませんでした」」」
スカイはある程度の人数が集まるのを待って、開口一番に言った。
『この中に、もうどっかのギルド入ってる人いるなら手を挙げて!! あと入る予定のある人も!!』
誰一人手を挙げない。
スカイはそれを見て、納得したように頷く。
『じゃあ、ギルドとかじゃないけど誰かに腕を買われてお抱えの契約されてる人はいない? それか、実は独立して店とか持ってる人、別にちゃんとした店舗がなくて宿が仕事場とかでもいいわ!! とにかく自力で安定した収入を得られる人!! なんならフィールドに出ての狩りでも良い、ここで錆びたアイテムとか拾わなくても十分に生活できる人はいる?』
プレイヤー達がざわめき始める。
手を挙げる者はいない。
どうやら、やはりここにいるのはこれといった技能を持たないプレイヤー達。
スカイは彼らに向かって語りかける。
『じゃあ、平和に暮らしたい人はどれくらいいる? 戦いはしたくない、贅沢は言わないけど一日三食食べれるくらいの生活はしたい、安全と安心が欲しい……こう思わない人は、悪いけどちょっと出て行って。取り繕わずに、自分の気持ちに正直に考えて。この程度、全然強欲なんかじゃない、普通の欲求だから』
出て行く者は……いなかった。
それを確認するためスカイは一分ほど待ち、それから一際大きな声で言い放った。
『なら、ここに残ったあなた達は私のギルドに入りなさい!』
「……いまなんつった」
「ギルドに入れって言ってたような」
「勧誘?」
「なんで俺達?」
混乱するプレイヤー達にスカイは自信を持って言う。
『今「なんで俺達みたいな役に立たないのを勧誘するのか?」そう思ったでしょ? 先に言っておくけど、私は隠れた才能も、環境で抑圧された向上心の発揮も、そのなけなしの財産も求めてないわ! 大した仕事ができないのは最初からわかった上で勧誘してるの! これはひやかしじゃないわよ!』
ざわめきが収まる。
『いくところもやることもないんでしょ? だったら私のギルドに入りなさい! こんな大した収入にならない労働し続けるくらいなら、私の方へ来なさい! 低賃金で良いなら仕事あげるし、それでもガラクタ漁ってるよりはまだ稼げるようにしてあげるわよ!』
スカイの押しつけるような……というより、叩きつけるような理屈に、プレイヤー達は呆然とする。
そして、スカイはそんなプレイヤーの中の一人を指でさす。
『そこ最前列の青い服の中年! 反論しなさい!』
「……え、俺!? なんでそんな無茶振り……」
『いいから反論しなさい! こんなに言ってギルドに入ろうとしないってことはちゃんとした理由があるんでしょ! ならちゃんと言いなさい!』
「じゃあ……俺、単発の簡単なクエストばっかりやってて生産系のスキルすらもないし……」
『じゃあ聞くけど、日本語で読み書きできる?』
「え、そりゃ当然……」
『なら十分よ。書類の書き写しでもなんでも出来るわ。はい次、その隣の緑』
「ぼく戦闘系のVRMMO初めてだから、モンスターと戦わされるとかゴメンだからな!」
『よろしい、戦えないプレイヤーに無理やり戦闘させるなんて頭悪い人事しないわよ。もしそんな命令来たらスト起こすなり辞めるなり好きにすればいいわ。もちろん、匿名での上申書とか署名を募って批判するのもいいわ。割り振る仕事は適材適所、特別な技能がないなら誰にでもできる仕事をあげるわ。物運びとか店のビラ配りとかNPCからの情報集めとか、やることはいくらでもあるわ、なかったら考えてあげる。それが上司の役目だから。もちろんオーバーワークさせる気もないわ。もし仕事量多すぎたらもっと仕事したい人見つけて調節してあげる。とにかく待遇改善は柔軟にやるから文句は入ってから言いなさい。』
そして、スカイは反論の出てこなくなったプレイヤー達を見て、とどめを刺すように言った。
『私があなた達に提供し、同時にあなた達に求める商品は「安定した日常で退屈しない程度の労働」よ。あなた達には給料を払うから、ボランティアだとでも思って手伝いなさい。強くなれなんて言わない。戦う覚悟のないままでいいわ。もちろん野心や向上心があったらなおのこと大歓迎よ。とにかくどんなプレイヤーでもいいから他に行きたいギルドがなかったらとりあえず私のところに着なさい。それじゃあ、最初の仕事よ』
スカイはハンドサインで後ろから十人以上のプレイヤーを呼び出す。
呼び出されたのは『組合』の料理人達。
そして同時に運ばれてくる……調理用の大鍋。
その後ろには大量の食料が台車に乗って運ばれてくる。
『今からこの大鍋でカレー作るわ! その間に他にも暇なプレイヤーを街中から、街の外からも集めて来なさい! ギルドに入るプレイヤーには仮加入祝でお昼おごるわ!』
そして数日後。
スカイは『組合』の幹部を数人引き連れ、十数人のプレイヤーが集まる『縄張り』に訪れる。
「ここらのクエストを独占してるのはあなた達かしら?」
縄張りを守っていたプレイヤーは『組合』のトップの登場に驚くが……戦闘職に強要された立場のため、すぐには引き下がることができない。
「あ、あんた達には関係ねえよ……それに、俺達を敵に回すとすぐに戦闘職のプレイヤーがすぐに何人も来るんだ。いくらあんたが偉ぶってても所詮は戦いになったら雑魚以下……」
「そう、私達を敵に回すつもりなの? 高々数十人程度で……」
スカイはまるで本のような紙束を見せる。
「ここに署名のある三千人を敵に回すつもりなのね?」
「さ、三千……嘘だろ?」
スカイはギラギラと笑う。
「すぐに上司を呼びなさい。と言っても、すぐに私がもっと偉い上司になるけどね」
「そこからは縄張りとかやってた小ギルドとか、それを指示してた半端な戦闘ギルドとかを取り込んで傘下にして……いつの間にか四千近くになってたわ。仕事割り振ったりリスト作ったり給料工面したり……大変だったけど~」
「まあ名前だけでも三千人の戦力があるって言ったら反抗する気も失せるよな……だが、よく他の幹部は許したなそれ」
「事後承諾に近い部分もあったけどね~。まあだけど、元々生産ギルドは人脈とか収集力とかがそのまま戦力に繋がるから後から加入するメンバーも基本的には受け入れる方針は決まってたんだけど……署名のリスト見せた時には皆目を丸くしてたわ。唯一顔色一つ変えずにいたのは雨森くらいだったかしら」
「まあ着ぐるみだから変わらないだろうな……で、そのときの話が約束ってわけか。戦いを求めないからうちに来いっていう」
「そういうこと。何せその時のギルドメンバー募集の売り文句みたいなものだったから、今更私が戦えなんて言えないのよ。」
「多少変えるとしても十分に『戦わない派』……『戦えない弱者』として抵抗してからでないといけないってわけだな」
「何せギルド本体の七割はその条件で集めたから……もし全員が約束通りに一斉にやめたらギルド崩壊するわね」
「そりゃどうやっても改革派に譲歩できないな。だが……『強くなれなんて言わない』か。戦闘能力を早々に放棄して戦いの道を捨てたスカイにピッタリの標語だ。そんなスカイがギルマスだからこそ、他のメンバーも堂々と戦いを放棄して開き直れたし、スカイについてきてるんだよな。オレなんか絶対無理だよそんなポジション」
皮肉も嫉妬も交えず率直にスカイを褒めたライトに、スカイはため息交じりに言う。
「ま、楽なことばっかりじゃないけどね~。私にはライトみたいなチート性能とかマリーみたいな特殊能力みたいなのはないから、何かを得るには対価として何かを手放さなきゃならない。私は奪われるのは嫌いだけど、自分から選んで持ち物を切り捨てるのは躊躇しないわ。伸びる望みのない戦闘能力に用はないし……丁度いい代用品も手には入ったしね」
スカイは何かを企むような表情で小さく笑う。
ライトがその『代用品』について言及しようとしたところで……
「ライトくん、スカイさん、赤兎さんと花火さんが先行っちゃいましたよ?」
「行き先はわかってる。お化け屋敷のイベントだ。すぐに向かおう」
マリーとマックスがスカイとライトの許に来る。
どうやら、休憩時間は終わりらしい。
「ほんと、強い奴らはなんでそう協調性に欠けるのかしらね。これじゃ安心してラブラブアピールとかやってる暇ないじゃない」
「ま、たまにはいいんじゃないか? 率いていくんじゃなくて引っ張られるのも。上の者は下の者の気持ちも知らなければならないって言うし」
ライトが立ち上がり、何も言わず差し出した腕にスカイが抱きつく。
そしてマリーとマックスが先行し、ライトとスカイも歩き始める。
「一つ言っておくわ」
「なんだ?」
「四千人いても、ライト以上に便利な道具はいなかったわよ」
「そりゃどうも、ほめ言葉と受け取るよ。」
四人は赤兎と花火が先に向かった『お化け屋敷』に向かった。
同刻。
ピンクに染めた髪をした女が、『お化け屋敷』の前で煙管を加え、先に積めた香を燃やした煙を吸い、上機嫌に笑う。
「へっへへー、私先に一回やっちゃったもんねー★。律儀に順番に来ると読んで先回りしておいてよかったぜー★」
そして、香のなくなった煙管を口から抜き香を焚く金属部を外し、反対向きに持つ。それは杖のようだった。ドライバーのように先がねじれ、尖った小さく先端に煙を通す穴のあいた杖。咥えているのが痛そうな形状だ。
だがら女はその尖った先端を、自分の舌を引っかくように舐め、自分に念じるように呟く。
「待っててちょーだい、必ず奴に吠えずらかかせてやるからね、シャーク様★」
『草辰』
元戦闘職の武器職人。
口は悪いけど、仕事はバッチリ?
(スカイ)「武器生産系の代表者にして、ミスター『かませ犬』として知られる男よ」
(マリー)「スカイさん、その紹介はいくらなんでも……」
(スカイ)「戦闘ではライトに負けて、作る武器ではチイコに負けて、しかも立場でナビキに負ける。これをかませと呼ばずしてどうしようかしら」
(マリー)「スカイさん……怒ってます?」
(スカイ)「草辰、この前調べたら売り上げの報告書テキトーにつけてて計算がぜんぜん合わなかったのよ。チェックするこっちの身にもなってほしいわ」
(マリー)「あ……そういえば、うちの子供達が『出来が悪かったから』って割といい武器をもらったとか……お金も取られずに」
(スカイ)「……良い事したのが恥ずかしかったのはわかるけど、そういうのは計算が合わなくなるからちゃんと書いてほしいわね」




