10頁:クエストの無理な掛け持ちはやめましょう
かなりストックが貯まってきてるので、そのうち投稿を速めるかもしれません。
「何考えてるんだろう」
DBO最初の夜。
スカイはベッドに横になり、独り言を呟いた。最近一人でいる事が多かったから独り言が癖になっている。
口に出したのは小さな疑問。
ライトの行動は読めないことだらけだ。しかも、時々スカイの数手先を読んでいるようにも見える。
更に言えば、その上で損をしているように見える。
8000bの借り、店を出すという大クエストの協力、このままではライトは大損のはずだ。慈善でそこまで働くタイプにも見えない。
「もしかして逃げる気?」
部屋を譲ったのも、実はその間に逃げるための時間稼ぎでその後は音信不通?
それならライトは8000bの持ち逃げ。だが、その後は悪い評判などが広まれば肩身の狭い思いをすることになる。とてもそんな迂闊なタイプには見えない。
「わからないわ……」
結局、スカイは自問自答を繰り返し安眠できなかった。
「朝になったらいなくなってたりして……」
≪現在 DBO≫
朝になった。
「はーあ……結局あんま眠れなかったわー」
メニューの電子時計によると今は8時12分。日頃の不規則の生活の割には早く起きれた方だ。
この家はそこまで広い方ではない。だから他に誰かいればすぐ気付くだろうが、ライトどころかNPCの気配すら感じない。
寝るときに呟いた問に答えが出た。
「あー……やられたわ~。8000bの損、それに制裁の人件費か……高くついたな~」
逃げられた。結局一人、もう馴れっこだ。仕事だって一人の方が進むタイプだし。
「『べ、べつに寂しいわけじゃないんだからね!!』……なんつって」
ツンデレの真似をしてみた。
自分でも寂しいというより痛かった。
少し凹む。
「ただいまー」
「あ、おかえりー。今起きたところよー」
「じゃあ朝ご飯まだだな。イザナちゃん曰く、この町で一番おいしいパン屋のパン買って来た。メロンパン、ライ麦パン、カレーパン、チーズパンのうち二つどれがいい? 全部『ぽい物』だけど」
「じゃあカレーパンと焼きチーズパンにしようかなー。そうそう愚痴聞いてよー、今日さー……」
晴れ晴れとした朝の静けさの中、小鳥の鳴き声をBGMに囲む食卓。
二人でそれぞれのパンを啄む。
「て、何この状況!?」
スカイの意識、完全覚醒。
「朝食じゃないのか?」
「いや、そうじゃなくって……逃げたんじゃなかったの?」
「逃げる? 朝食のパンを買いに行ってただけだよ。イザナちゃんは迷子を助けるためって言って町に繰り出したけど」
「さすが道案内NPC。パトロールに余念がないわねー」
ライトは逃げていなかった。むしろパンを買って来てくれた。頼んでもないのに。
一体何の意図があるんだろうか。
もしかしたら、スカイ自身が値段を見ていない事を良い事に不当に高い値段で割り勘するつもりなのだろうか……
「お代は?」
「いいよ。オレの朝食のついでだし、返済の前金だと思ってくれ」
これも考えが外れた。
全く考えが読めない。分からない。理解できない。
本当に、信用していいのか?
ここは一つ、信用に足るかどうかを試す必要がありそうだ。
「そういえば一応言っておくけど私の足のことは誰にも言わないでよ? 誰にも言わないって約束してくれる?」
これはブラフ。
こんな秘密は時間が経てば必ずわかる。だが、それを『弱み』に見せかけたとき、ライトの反応はその性格によって変わる。
スカイの秘密を守るとすぐさま言うなら正直信用はできない。ただのバカ正直なら本人が自覚しない内に裏切るかもしれない。嘘で約束するようならもっと信用できない。
その時は、ある程度働いてもらったら適当な報酬で手を切ろう。
理想的な反応は『多少反対してから交換条件を出してくる』くらいだろう。
損得勘定と約束事を両立できるのを示してくれるとそこそこ使えそうな気もする。
さあ、どう答える?
「嫌だよ。そんなできない約束はしない」
「……できない?」
拒否自体は予想していた。だが、ニュアンスが予想外だ。
思考の止まったスカイにライトはパンを食べながら答える。
「もし襲撃イベントが起きたらオレは歩けないスカイを運ぶことになるかもしれない。その時はモンスターの相手をする事になれば、他人に任せる必要が出てくる可能性は大だろ? その時はきっと、どうしても話すことになる。だから約束はできない」
予想以上に理論的で反論のしようがない理由だ。
これでは、スカイがライトを見定めるというより、ライトが無理やりスカイの信用を勝ち取るようなものだ。
「……確かに正論ね。でも、秘密を隠しておきたいっていう私の意志はどうなるのかしら?」
ささやかな抵抗。
だが、ライトはそれすらもあっさりと斬り返す。
「正論を言われて傷つくなら、それは傷つく方が悪いんだ。命はその秘密より大事だろ? なら、オレはいざとなったらあっさり吐くよ。その後で怒るなら好きにしてくれ」
「……」
わからない。
この会話はライトに何ももたらさない。スカイだけが得をする会話だ。
気持ち悪い。
まるで、頼んでもいない商品が宅配で送られてきた時のような言いしれぬ不安感。
わからない。
何を考えているのかわからない。
どうしてほとんど赤の他人の自分にそこまで言えるのかわからない。
「でも安心してくれ」
やめてほしい
「非常時でもない限り他人には言わない」
それが本物の優しさだというのならやめてほしい。
そんな物は注文していない。
「スカイの秘密は墓まで持って行く」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
「口止め料!! ホントに黙ってられたら、週に1000b払うわ!! 私の店で買い物するときも色を付ける、文句は言わせない!!」
無償の善意なんて受け取れない
そんな不気味な優しさはいらない
それぐらいなら買ってやる
損得で割り切れない物なんて、無理矢理にでも割ってやる。
スカイの唐突な宣言から数秒後、呆気にとられていたライトの表情が余裕のあるものへと急変した。
「ギシシ、オレの勝ち」
「……え?」
ライトは奇妙な笑い声を漏らした。
そしてスカイは数瞬遅れて気が付いた。
ライトに信用を『売りつけられた』。
「あ!!」
「あ、でも割り引きなんてされたらスカイの店以外で買えないな……じゃあ引き分けか?」
やられた。
反対されたときの交渉で払ってもいいと思っていた許容額を超える約束をしてしまった。
「く……しまった……」
「寝起きでスペック落ちてるんじゃないか? スカイならむしろ『約束破ったら罰金!!』とか言い出すかと思ってたんだけど」
確かに、その手がなかったわけじゃない。
だが、ライトがここまで積極的に攻め込んで来るのは予想外だった。
無理矢理に心の距離を詰められたから思わずお金の力で突き返してしまった。
「まあ、朝の爽やかな食卓のシーンもこのくらいにして、さっさと食べ終わろう。する事は山ほどある」
マズい。
パンは美味しいが状況がマズい。
このままでは、完全にライトに主導権を奪われる。下手したら店まで乗っ取られそうだ。まだ出来てもないのに。
ここは何とかして主導権を取り戻さなければならない。
「まずは……」
「ねえ、そういえばライトは何歳なの?」
「な、『なんさい』って、オレの年齢のことか?」
「そうよ。ついでに誕生日も教えてくれると嬉しいわ」
「まあいいが……4月8日生まれの17歳だ」
「よし勝った!! 私の方が2歳年上よ」
まあ、外見でかなりの確証は最初からあったのだが、それはそれ、これはこれ。
「……別にいいが、それがなんなんだ?」
勿論、こんな小さな勝利で終わるつもりはない。ここからが本番だ。
「私の方が年上なんだから、やっぱり少しは敬って欲しいわ。敬語とか」
「良いですけど……」
「でも私は他人行儀な敬語は嫌いなの」
「じゃあどうしろと!?」
スカイは少しだけ溜を入れてから答えた。
「『社長』って呼んでくれない?」
「社長? 店長じゃなくて?」
「『社長』がいいのよ。どう? 呼んでくれる?」
まずは上下関係を周りからもわかりやすくして外堀を埋めると同時に、ライトの意識の中にスカイの優位性を植え付ける。
ライトはしばし間をおき、観念したかのように口を開いた。
「わかったよ、一緒に頑張ろう。『社長』さん」
なんだか酷く大人気ないことをしたような気もした。
数十分後。
『時計の街』の9時の方向の荒れ地。
荒れ地の入り口近くの壊れた家の前でスカイは頷いた。
「うん、ここにしましょう。大きさも場所も丁度いいわ」
スカイが決めた家を見て、ライトは少々首を傾げる。
「もっと大きいのもあるけど?」
すると、スカイは首を振る。
「あんまり店が大きすぎると相対的に品揃えが悪く見えるから、このくらいがいいのよ。いつかは大きな店にしたいけど今はこれで我慢よ」
スカイが店を持つにあたり、やるべきことがいくつかあった。
まず第一に店舗の確保。
第二にはこれからの商売の元手となる商品の準備。
そして、第三に店の宣伝だ。
まずは第一段階の手始めとして、スカイとライトは店舗とする廃墟を決めた。
だが、これで第一段階が完了したわけではない。
この『廃墟』を『店』として使えるようにするために『修理』しなければならない。
「確か、NPCの話だと店に頼むかスキルで修理すればいいんだったか?」
「ええ、屋根と壁さえちゃんと残っているなら『扉』さえ直せばシステム的には『家』に出来るらしいわ」
つまり、第一段階の当面の目標はNPCに扉の修理を依頼するか、そのNPCのクエストを受けて修理に必要なスキルを手に入れることだ。
「欲を言えば棚とかも欲しいし、商品開発も考えるとスキルを手に入れたいわ」
スカイは今、大量の資金を所持しているが、それも有限だ。これからかかる費用を考えると大きな出費は避けたい。
この荒れ地には探せば大量の木片や残骸、壊れた家具などが散らばっており、スキルを修得すればこれらが一気に有用な物資に変わる。
だが、ライトは何か言いたげな顔をする。
「どうしたの? 意見があったら言って。私は部下の意見はちゃんと聞き入れる立派な社長でいたいわ」
冗談めいた口調だが、さり気なく部下と社長という立場を刷り込ませる。
だが、ライトの意見はスカイにとって思いも寄らないものだった。
「社長……いや、スカイ。オレに遠慮してないか?」
「……は?」
「昨日武器屋で初めて会ったときのスカイはもっと強欲で、もっと大胆だったぞ。そんな『必要なものだけがほしい』みたいなスタイルなら、武器売り尽くしなんてしなかっただろ?」
「……知り合って一日しか経ってないのに知ったようなこと言うじゃない」
「生憎と、オレは心を読む超能力者だから一日あれば十分なんだ」
ライトは冗談めかして言う。
これは適当に言っているのかもしれない。前は未来が見えるとか言っていたはずだ。
「スカイは実際に働く部下の負担を軽くするために仕事を減らすようなタイプじゃないと思う。むしろ、ハイリスクハイリターンで高い報酬でガンガン働かすタイプの……支配者みたいな方が似合ってる」
スカイはその言葉に揺れる。
確かに、最初はライトを限界までこき使うつもりだった。それなのに、今朝はライトが逃げ出したと思ったとき、それを寛大に受け入れている自分がいた。
調子が悪いというレベルではない。
ライトはスカイの目を鋭い眼光で貫きながら言った。
「何があったか知らないが、いい加減起きろ。オレはスカイの本気が見たい」
スカイはハッとした。
そうだ。
何を考えていたんだろうか。
相手が何を考えてようが、利用できる物は利用する。それでいい。
それが自分を害する策略でなければ『善意』も『優しさ』も無駄に重要に考える必要はない。
「……『ありがとう』じゃないわね。アナタはアナタの都合で私の本気が見たいんだから」
きっと、ライトが不利な取引までしてスカイに協力する事にも関係があるのだろうが、スカイが悩むようなことではないのだろう。
なんだかいろいろ吹っ切れた。
スカイはライトの目を見返して力強く言う。
「後悔しないでよね。ここには労働基準法はないわよ?」
ライトはスカイの目をしかと見つめた後、笑いながら言い返した。
「今度またおかしくなってたら店乗っ取るからな」
そして、メニュー画面を開き、一つのアイテムを実体化する。折り曲げた紙のようなアイテムだ。
「ところで、こんな物がある。今のスカイならどう使う?」
広げられたそれは『時計の街』の地図だった。全てのプレイヤーのメニューの中のマップに既にほとんどの情報があるためか、かなり雑貨店で扱われていたのを覚えている。
ただし、店頭にあった商品とは違う部分がある。所々に同じく雑貨店で売られていた黒鉛のペンで書いたであろう文字が付け加えてある。
「『料理』『裁縫』『加工』その他諸々の役に立ちそうなスキルのクエストを受けられそうな場所だ。情報元はイザナちゃんだ。
『◯◯のやり方を教えてくれそうなところってある?』
って聞いたら教えてくれた。その内一つで実際にクエストをやってスキルが修得できるのは確認した」
「朝いなかったと思ったら、そんなことしてたの?」
驚きの下準備の良さだ。
確かに、ここまでお膳立てされては、遠慮なんてする方が失礼だろう。
思えば、自分がおかしくなり始めた原因に心当たりがあるとすれば、昨日ライトの後に来た客の行為が理解出来ないまま心に残っていたことくらいだ。
ライトは昨日困っていたし、今からの仕事は追加で報酬を与えるのにも十分な重労働になるだろう。
スカイはメニューを開き、いくつかのアイテムを地面にばらまいた。
それは剣、槍、弓、棍棒、ナイフの五種類の武器。しかも、まだ完全に『未使用』のものだ。
「この『イージーシリーズ』をボーナスとしてライトにプレゼントします。その代わり、ライトはこの建物を直すのに必要なスキルを含めたスキルを今日一日で『可能な限り』修得して来て」
ライトはスカイその『報酬』を見て目を丸くする。
だが、スカイの言葉の中に一つ疑問が残る。
「スカイは今日一日何するんだ?」
そして、スカイはギラギラとして笑みを浮かべて答えた。まるで、朝のリベンジマッチを挑むかのように。
「私もスキルを集めるわ。ライトの集めたスキルが私のより少なかったら『イージーシリーズ』は没収ね。あと……」
スカイは笑顔を『営業スマイル』に切り替えて付け足した。
「社長って呼びなさい」
スカイは負けず嫌いだった。
同刻。
『時計の街』の3時の方向の町『石碑の町』の入り口にさしかかったプレイヤーがいた。
昨日夜になって宿がないと知ったため、夜中に次の町まで行くことを決めたのだが、夜中のモンスターが昼より凶暴で命からがら逃げ延びたのだ。
「やった……町だ……」
砂漠でオアシスを見つけた旅人のような心境で町の門をくぐろうとした。
だが……
「うぉおおら!!」
気合いと共に目の前の地面が持ち上がり、地下から男が出てきた。
「うわあああああ!!!」
男は自分の気合いで驚いて腰が抜けてしまったプレイヤーに気が付いた。
「ん、驚かしちまったか。悪かったな。悪いついでに一番近くの町がどっちか教えてくれないか? 昨日変なダンジョンに落ちて、たった今脱出したところなんだ」
その男はプレイヤーが立てないと分かると手を差し出す。
「俺は赤兎だ。立てるか?」
レベル17。現在最高のレベルを持つプレイヤー。
その事実を今は彼自身もしらない。
スキル修得競争の結果はまた次の話で




