113頁:いつでも逃げられる準備はしておきましょう
『秘伝技』
特定のクエストやイベントの報酬として手に入れることができる特殊な技。スキルと同様にレベルがあり、使い続けると威力、応用性、効果範囲などがかわる。
便利で強力な技が多いが、修得条件も困難。
根気よく挑戦し続ければ大抵修得できるスキルと違い、場合によってはどんなに挑戦しても不可能だったり、下手をすると修得クエスト中に命を落とす危険もある。
秘伝技はそれを修得する前に、明言はされないが前提として特定のスキルを修得している必要があることが多い。
マリーにぶつかったとき、マックスは『普通』の格好をして『普通』にランニングをしていた。この世界でもジョギングは『走行スキル』のレベル上げになるため割とやってるプレイヤーは多い。
だが、マックスが『普通』に振る舞っていることの方が普段の彼から考えると不自然に見えた。
しかし、おそらく彼はそれを指摘されたらこう答えるだろう。
「ヒーローは変身してる時だけヒーローなんだ。だから人助けしてない休みの時はこんなもんだ」
《現在 DBO》
観覧車のイベントをクリア(爆弾は爆発しても良かったらしい)した赤兎、花火、ライト、スカイマリー=ゴールド、マックスは二列になってしてダンジョンを進む。
先頭が戦闘能力が高い赤兎と花火のペア。
真ん中が足の遅いスカイとその支えになるライトのペア。
後ろがまるで保護者のように静かについてくるマリーとモンスターが出てこないのに周囲の警戒を怠らないマックスだ。
「あ、そこ左ね」
「ん、わかった」
スカイが方向を指示し、丁字路で左に曲がる。
迷路も進むほどに難易度が上がる仕様なのか、最初は分岐も少なく間違った道ではすぐ行き止まりになっていたが段々と分岐が頻繁に出てくるようになってきた。だが、スカイは迷うことなく方向を指示する。
「……ん、てか、スカイは方向わかってるみたいだけど、何でだ?」
スカイの指示に従っていた赤兎が前から疑問の声を投げかける。花火は方向音痴らしいので実質戦闘の赤兎がスカイに従っているのだ。(花火の方向音痴は相当の物らしく、ライトが椿に聞いた話だとふらりと散歩に出てダンジョンを数日間さまよっていることも多いらしい。その花火を連れ戻すために他のメンバーもダンジョンによく入るためギルドの平均レベルがあがったほどだそうだ)
「観覧車で上から見たのよ。そもそも、地下ダンジョンに観覧車なんてそのためとしか思えないじゃない」
「ん、そうか。こっちはコード選びでそれどころじゃなかったからな。それに爆発の後は窓が煤だらけでろくに外見えなかったし」
「てか普通は上から見たからってルート暗記とか出来ないだろ。」
ライトが呆れたように突っ込みを入れる。
まあ、暗記できなくともインスタントカメラのようなアイテムがあれば写真を取れば良いという話になるのだが、赤兎はそれに思い至らなかったらしく『んじゃ俺には無理だな』とか言っている。
「あ、次も左ね。曲がって少し行くと広い場所に出るわ。それにあと……他のお客さんもね」
スカイの言葉通り広い場所へ出て、一同は少々驚くことになった。何故なら……
ワイワイ ガヤガヤ
「なんやぎょうさん人居るやん。うちらの前にこんな入っとったんか?」
「いや、俺達が来たのも結構早い時間だったしな……」
休日の遊園地のような人混みだった。
敵モンスター……ではない。全て少なくとも姿形は人間、服装も武装しているようには見えない。
だが……
「全員NPCね……エキストラかしら」
スカイが落ち着いて言う。観覧車から見ていて予想はしていたのだろう。
「あらあら、はぐれないように気をつけないといけませんね。ライトくん、しっかりとスカイさんをエスコートしてあげてください」
「わかってるよ……オレはわかってる。だが、あっちの二人がな……」
ライトの指差す先では……次のイベントの舞台と思わしき乗り物、振り子のようにぶら下げられた船のアトラクション『バイキング』に走る赤兎と花火の姿があった。
「うっしゃあ!! 一番乗りはうちや!!」
「一人でいくなや姉貴!! 絶対迷うだろが!!」
人混みで全速力とはいかないらしいが、知らないうちにかなり離れている。
それを見て……
「……てか、このダンジョン内では互いの位置も出ないしメールも出来ないみたいなんだが……二重遭難になるんじゃないのか? ちょっと行ってくる。オレとスカイは光魔法で通信できるしな。マリー、スカイを頼む」
ライトもNPCをかき分けるように赤兎と花火を追う。赤兎と花火なら強いしイベントで危険はないだろうが……先ほどの爆弾のように頭を使うタイプのイベントだったら心配だ。
何より、放置しておくと変な超高難易度隠しイベントの引き金を引いてもおかしくない気がしてしまう。
スカイは自分をマリーに任せて行ってしまったライトに対して溜息を吐いた。
「あんたはマリーを信用してんでしょうけど……いきなりデート相手を別の女に任せて子守に行くんじゃないわよ、あのクエストイベント馬鹿」
「クスクス、とりあえず私たちも近くまで行きましょうか。マックスくん、エスコートをよろしくお願いします。」
マリーに声をかけられたマックスは、自信たっぷりに答えた。
「命に代えても、二人を無事に送り届けよう」
十分後。
「で、結局マックスもイベント参加しちゃって、私達は待たされてるわけね」
「マックスくん、女性の悲鳴を聞いたら助けずにはいられない性分らしいですから……それが絶叫系のアトラクションでNPCの女の人が出した悲鳴でも」
イベント参加をパートナーに任せたマリーとスカイはアトラクションの側のベンチで座り、男子陣+花火がイベントをするのを眺めている。
バイキングのイベント『嵐の海戦』は、振り子のように大きく振れて揺れる船の上で海賊の服装をしたカラクリ人形と戦うという内容だ。
もちろんシートベルトはなし、今回は他の来客NPCも乗っているが、みるみるうちに海賊人形に叩き落とされ、下の人工池に落とされていく。どうやら戦闘要素は多いが殺す殺されるというレベルではなく、相手を船から叩き落とし、自分は落ちないようにうまく周囲のものを掴んで生き残るというものらしい。一般NPC達も落とされることまで含んで楽しんでいるように見える。
だが、赤兎と花火は強すぎるのか攻撃が当たった海賊人形が相次いで粉砕し、ライトはバランス感覚系のスキルをいくつか併用しているらしくまるで揺れをもろともせずに、多数のスキルでもはや何をやっているのか遠目からは良くわからないような戦い方をしている。
そんな様子を見て、スカイが何かに気付いたように呟く。
「なるほどね……確かに『普通』ね」
スカイはライトがマックスの事を『驚くほど普通』と称していたことを思い出す。ワンパーティーでありながらトップギルドと呼ばれる『OCC』の一員であるマックスをそう称した意味が、先程は良くわからなかったが、戦い方を赤兎、花火、ライトと見比べていると良くわかる。
マックスも確かに強い。
鋼鉄のブーツを使った蹴り技を主体とした戦闘法。それに、地面に垂直な角度まで振られる船の動きを利用して重力を利用していたり、マストや柵を上手く利用して立体的に戦っているが……
ライト達に比べると、とても常識的で普通な強さだ。
赤兎や花火のような通常技が一撃必殺になる火力があるわけではないし、ライトのように相手が対応しきれない様々な攻撃手段を持っているわけでもない。そして、素人目に見ても『天才的』に強くはないのだ。
格闘技の技術は見て取れるが、武術や喧嘩の天才という感じはしない。警察学校や軍隊ではない、ごく一般的な護身術の道場に週数回通っているようなイメージ。どんなにやっても上達しないほど才能がないわけではないが、天賦の才などない普通の人間が普通に努力した程度。
強い……だが、前線なら同等のプレイヤーはいくらでもいるレベルの強さだ。少なくとも、ナビキなら分裂なしでも倒せそうなほどに。
「あの『OCC』の前衛がね~。もしかして、数合わせなのかしら?」
「いえいえ、マックスくんは数合わせなんかではありませんよ。あの子は、ただ真っ当な努力をしているだけです。努力とは、天性の才なんて誰から貰ったのか良くわからない不可解な武器よりずっと信頼できて、限界も、出来ることも、より高みに登る方法も推し量ることのできる、自作の武器です。あなたと同じですよ、スカイさん」
隣のマリーが微笑ましく……まるで公園で遊ぶ我が子を見守るような目でマックスを注視しながら、スカイの一人言に答えた。
スカイは相変わらずの自称博愛主義で誰にでも愛を向けているらしいマリーに呆れながら、頬杖をつく。
「まあ確かに私も努力型か才能型かで言うなら努力型かもしれないけどね~。でも、時々あんたみたいな産まれたときにステータス設定間違えたんじゃないかって才能型見ると『やってられるか!』って思うこともあるのよ。ライトは論外、ナビキだってアバターの同時操作とか反則級だし、どこぞの殺人鬼も殺しの才能とか気軽に使うなって思うけど……マックスはどうなのかしらね? 自分以外が全部反則級のOCCで、本当は無理してんじゃない? 変なキャラ付けして紛れてはいるけど、本当は馴染めてないんじゃない? もしかして嫉妬して溜め込んでない? そこら辺どうなの、専門家さん?」
スカイの何気ない世間話を装った棘のある質問に、マリーは柔らかく微笑んだ。『付け入る隙などありませんよ』と暗に答えているようだった。
そして、スカイがその理由を察することが出来ないような表情をすると、マリーは優しく微笑んだままで口を開いた。
「彼の装備、何をモチーフにしているかわかりますか?」
「アメリカンコミックのヒーローじゃないの? あのマントとかブーツとか、いろいろ混ざってるっぽいけどあからさまじゃない」
「はい、その通りです。誰が見ても、どこから見ても、どうやって見てもヒーローです。格好良くて強くて勇敢で誰もが憧れる存在……そして誰より、彼が憧れる存在です。嫉妬と憧憬、彼が自分より強い人に対してどちらの感情を抱きやすいか、むしろどちらの感情を抱こうと努力しているのか……わからないわけではないでしょ? 彼は人を素直に尊敬できる純粋さを持っている。その純粋さは、どんな強力な力より彼の憧れるヒーローに必要な素質だと思いませんか?」
『どんな技術も使う人間次第』。
技術に限らず、嫉妬と憧憬、向上心と強欲は表裏一体。
スカイにとって耳の痛い話……ではなかった。
その程度で後悔を抱くようなら、彼女はここにはいない。
「ヒーローね……そんな都合のいい偶像、映画の中だけよ。正義っていうのはいつも勝った方が名乗るし、主人公は悪役がどんなに策を凝らしてもひっくり返すくらい強い。『弱者の味方』なんて現実には現れない。悲鳴を上げてから駆けつけても助けは間に合わない。助けを待って無駄な祈りを捧げるくらいなら、私は自力で何とかする方法を探すわ」
「なるほど。戦う前から勝つ方は決まってて、事が始まってしまえば『ヒーロー』などという不確定要素が外から入り込む余地はなく、だからこそ戦う前から勝てるように十分な戦力を整えておくべき……確かにその考え方は正しいです。自分の決定が多くの人を巻き込む責任あるリーダーとしては、不確定要素に頼るのは愚策以外の何物でもないでしょうね。」
マリーは一度同意した上で『しかし……』と続ける。
「それは立場が違えば正解も違いますよ。例えば消防士の方々などでしょうか。最初から『他人を窮地から救う』という目的のために訓練を積み重ねている彼らは、確実に人を救う準備と心構えを持って火に飛び込みます。自分達が弱者の希望であることを自認し、その責務に応えようと己を鍛える。彼らにとっての正解は『助けを待つ人がいれば必ず助け出すのがヒーロー、だから助けがくるのは当然』なのでしょうかね。あなたにはヒーローが来なかったのかもしれませんけど、ちゃんとヒーローは……少なくとも、ヒーローであろうと努力する人はいるんですよ。救世主のように上から目線で大雑把に『救い上げる』のではなく、自分の身を危険にさらして『救い出す』人が。マックスくんも、ヒーローになるために努力してるんですよ」
「……あのマントは余計だと思うけどね」
「あはは……あれは一種の自己暗示ですね。彼はあれでオンオフを切り替えてるんですよ。プライベートでは地道にランニングとかやってるみたいです」
「どちらかというと消防士より戦隊ショーの中の人みたいねそれ」
マックスは海賊の親玉らしき人形を相手に立ち回り、なかなかの接戦を演じている。だが、近くにもう部下を倒し終わったらしいライト達が援護する気配もなく待っているところを見ると実はさほどの強敵でもないらしい。
「彼の行動原理には『憧れ』の感情が強く影響しています。戦い方も動きを良く見せるための動きが混ざってますし、アクション映画を意識したもののようです。彼はきっと感化されやすいんですよ。だから自分がヒーローだと自分に言い聞かせれば恐怖を押さえつけて危険なモンスターの懐に入り込める。そしてライトくんと違い、自分の心を、そして恐怖を克服出来ていない……いえ、克服してはならない部分を大切に持っている。だからこそ避けられる、だからこそ彼はOCCでも通用しているんですよ。自分の弱さを受け入れ、弱いままでそれを武器に変える。彼はとても強い心を持っています。私が文句を付けることも、スカイさんが付け入る隙もありません……あら? 少々失礼します」
二人が見ている前で、マックスが親玉人形を船から蹴り落とし、イベントがクリアされた。
すると、親玉人形の打倒が引き金になっていたのか、水中から大きな水柱を上げて宝箱が飛び出し、イベントをクリアした四人の目の前に落ちる。
と、同時に近くのベンチにいたスカイに水柱から飛び散った大量の水がゲリラ豪雨のように水が降りかかった。マリーは水が来るのを先に察知していたのか、ベンチから離れて濡れるのを免れている。スカイに声をかける暇くらいはあっただろうが……スカイの足では回避できなかっただろう。
「……ところでマリー? 一つ聞いていい?」
一瞬にしてずぶ濡れになったスカイが『なに一人だけ逃げてんのよ』的な暗いオーラを放つ。
「……なんでしょう?」
「……なんで、マックスを連れてきたの?」
「偶然街で遭ってしまってもので、暇だからライトくんのところに遊びに行こうかと思っているのを話したら、ライトくんの居場所が男女ペア限定のダンジョンだったもので付いてきてくれました」
「……気まぐれで人を巻き込むのやめなさい」
同刻。
へそ出しルックでピンク髪の女はNPCの人混みと遭遇した。
と言っても、ゴールまでのルートがわかったわけではないのでスカイが赤兎に指示したのとは別のルートで、たどり着いたのも別の場所だ。
「ちぇー、迷路かー。それにこの人混み、これじゃ追いつけるかどうか以前に出会えるかどうかもわかんないじゃん。地図とか受付の貰わなかったし、どっしよっかなー」
女は頭を抱えてしゃがみこんで考え……
「ま、適当に歩いてればそのうち会えるか☆」
数秒後、あまりにも無計画な計画を立てて立ち上がる。そして、どちらに行くか、元来た道まで選択肢に入れて悩んでいると……
「ん?」
壁に貼り紙を発見。
何者かの似顔絵に『WANTED』という判子が押されている。その下には何やら数行文章が書いてある。
「にゃににゃに?」
女は適当にその貼り紙を剥がして手に取る。
すると……
『クエスト発令』
どうやら、下の文章は『クエストを受ける方はこちらの手配書を手にとってください』という内容だったらしいが、女は読んでいない。
クエスト『ジムを探せ』
『一般市民に紛れ込んだ凶悪犯〖心配性のジム〗を見つけ出し、捕獲または殲滅せよ。彼はこの遊園地のどこかにいる。』
手配書には補足情報として『白と赤の横縞の描かれた囚人服を着ている』『急に壊れるのが心配なのでアトラクションには乗らない』『見つかるのが心配なので自分の似顔絵を持っている者を襲う』などの情報が書いてある。
そして最後に……
『大変凶暴なので腕に自信のある方のみご協力ください。』
女は読み終わった貼り紙をポイと捨てる。
「なーんだ、地図とかじゃないんだー。がっかりー」
『マックス』
マントを翻して颯爽登場するヒーロー。
でも実は、素では割と普通だったり……
(スカイ)「今回はマックスのせいで濡れたわ~……マリー、逃げる前に一言教えなさいよ」
(マリー)「教えても逃げられないなら、事前の恐怖なく一瞬で終わった方が良くないですか?」
(スカイ)「いや、傘さすとか対策の取りようはあったから。次同じようなことがあったら教えて」
(マリー)「道連れにされるのも盾にされるのも嫌でしたし」
(スカイ)「く、読んでたか……それにしても、結局こっちに被害出てるあたり、マックスはやっぱりにわかヒーローね」
(マリー)「まあそう言わずにがんばってるあの子を応援してあげましょうよ。でも……」
(スカイ)「どうしたのよ?」
(マリー)「マックスくんはヒーローに憧れたまま大人になると、遊園地でヒーローショーの中の人とかをするような職業につきそうだなと……」
(スカイ)「マリーが予言しちゃうと実現しちゃいそうだから、そんな安月給そうな仕事よりせめてハリウッドのスタントマンくらいにはしてあげなさいよ。」




