111頁:銅線を切るときはよく考えましょう
『場外乱闘』
オーバー50。使用者……花火。
遊技系スキルを基本ステータスの補正として使用できる技。
その代わり、スポーツの試合中にこれを使うと退場になってしまう。
ある少女は子供時代をお金持ちのお嬢様として過ごした。
よく物語のお嬢様が感じるような不自由や家の荷重に悩むこともほとんどなかった。
その要因の一つとしては、彼女が有能だったからだろう。それに、生まれに関しては運も良かった。
家は精密機械やプログラムに関連した企業で、彼女は機械いじりやパソコンが得意で、無形でも有形でも物を組み立てるのが好きだった。幸運にも、家業と才能と好きなことが一致したのだ。
もっとも、これに関しては家の影響で才能を発見するのが早く、容易にその方面の教育を受けられる環境にあったからというのもあるだろうし、それが得意だったから好きになったという見方もあるだろう。
だが、生まれた環境が良かったからとって、一生を幸せに過ごせるとは限らない。
お金持ちの家の子供が通うようなエスカレーター式の学校に入り、あとはほとんど決まったレールの上を生きるはずだった。少なくとも彼女はそう思い、それを望んでいた。
楽をしたいというわけではなく、親の背中に憧れていたからだ。
巨大な組織の代表としてその責任を受け止め、そして下からの期待に応えて仲間を引っ張る。
かっこいいと……自分もそのようになりたいと思っていた。
女に生まれたことはそのためにはマイナスになるとはわかっていたが、実力でそれをひっくり返す自信があった。才能に驕ることなく、さらなる努力を重ねることで誰にも文句を言わせないリーダーになるつもりだった。
しかし、彼女が中学生の時、突然人生のレールが揺らいだ。
まるで侵略者のような『何か』が作り上げた、まるで今の人類の『外』からもたらされたかのような規格外の技術によって、彼女がいつか受け受け継ぐはずだと思っていた父の企業が崩壊した……あるいはさせられたのだ。
彼女が必死に努力したにもかかわらず、父は過労で他界し、崩壊は止められなかった。
エスカレーター式の高校の高額な費用は払えなかったが、なんとか義務教育の中学校教育までは卒業し、壊れたレースの先に闇しか見えない人生を見据えながら……少女は強がるように、諦念を塗りつぶすように負の感情を絞り出し、悪魔のようにギラギラと強欲に笑う。
「いつか必ず、全部奪い返してやるわ……どんな手を使っても」
≪現在 DBO≫
第二のイベント『密室ドキドキシチュエーション』の観覧車の一室にて。
ライトとスカイは向かい合って座っている。
「さて、ここなら盗聴の心配もなさそうだし、ようやくちゃんと今回のデートについて説明できそうね」
「さっきのメリーゴーランドでも盗聴の心配はなかったぞ? 尾行もなかったし」
「あんなロデオの上じゃ落ち着いて話せないでしょ」
「ここでも十分落着けないと思うけどな……」
チッ チッ チッ チッ
ライトがゴンドラの中央に置かれた箱を見る。
真っ黒な箱の正面にアナログ時計、しかし秒針は逆に動いており時刻ではなくタイムリミットを示しているように見える。
そして、その時計のすぐ横に露出する四本のコード。色は時計に近い方から赤、青、白、黄色の四つだ。
さらに、箱の側面には白い字で数行の文が書いてある。
『〝アタリ″の一本を見つけて切れ。それ以外なら大爆発
ヒント
①〝アタリ″の隣は黄色くない。
②〝アタリ″の隣は白である。
③〝アタリ″の隣は一本だけ。
④〝アタリ″の隣は赤くない。
⑤ヒントの一つは嘘である。
さあ、どれが〝アタリ″かな?』
観覧車が回り始めると同時に現れたのだ。
どう見ても時限爆弾である。制限時間は10分。観覧車の一周が二十分らしいので、ちょうど頂点に来たときに〝アタリ″を切れいていないと爆発するのだろう。この密室で。
……まあ、スカイが鑑定したところ威力は『最大HPの一割』に固定されているらしいので死にはしないが、爆発して気持ちのいいものでもないだろう。
前半はクイズに悩み続け、爆発したら後半はギスギスした空気のまま十分間隠れる場所もない同じ密室で放置……どちらかが答えを間違えていたのなら間違いなくケンカが勃発する。
とても外の景色を楽しむ余裕など無さそうな観覧車だ。
「てか、この手の問題で『ヒントの一つが嘘である』っていうのが性格悪いな……時計もプレイヤーを焦らせる音のなるタイプだし。」
「焦らせるって……この程度の問題なら10分もあれば十分じゃない。あ、これダジャレじゃないから」
「その様子だともうわかってるみたいだな」
「簡単よこんなもの。ま、ライトもすぐ解けるだろうし敢えて言わないでおくけど。それより、このデートの目的について話すわよ。大事な話だから良く聞きなさい」
「大事な話と時限爆弾って組み合わせると死亡フラグだと思うんだけどな……まあいいや。で、一体なんなんだ? 今回のデートの目的って」
ライトは爆弾に付属していた鋏を箱の上に置いてスカイに耳を傾ける。
スカイは、ギラギラと笑い……
「私が権力を維持するためよ。そのためにもライト、私と恋愛沙汰でスキャンダルになりなさい」
そう言った。
ライトは数瞬沈黙した後……
「いやそれ逆じゃないのか? 普通は権力維持のためにはスキャンダルを避けるんじゃないか?」
スカイは、笑顔を解いて背もたれにもたれかかって足を組み、つまらなさそうに話し出す。
「ま、確かに大抵の場合は恋愛スキャンダルは不祥事扱いされるわね。既婚者なら浮気沙汰だし、女性は何かと寿退社とか現役引退と結び付けられて考えられるし、アイドルとかだと彼氏持ちなだけでファンが手のひら返したりするしね……でも、今回は別。私は既婚者じゃないし元々恋愛系の話がなかったから浮気沙汰にはならないし、私を女として見ているファンもほとんどいないと思うわ」
「いや、ホタルがいるだろ。あんな狂信的なファン、恋愛スキャンダルなんてやったらオレが何かされそうだ」
「ホタルには話はしてあるわ。凄く嫌がってたし反対してたけど、『それ以上反対するなら私の半径50km以内に入るのを禁止する』って言ったら何とか了承してくれたわ。あ、でも事が終わった後のことは何も言ってないからライトが何かされる可能性はあるけど……自力でなんとかして」
「せめて後で手を出さないように言っといてくれよ……だが、一体どういう流れで恋愛スキャンダルなんて必要になったんだ? そこらへんの流れがよくわからないんだが……」
「……そうね、そこは初めから説明する必要があるわね……ところでライト、先に聞いておきたいんだけど、今の『大空商店街』をどう思ってる?」
スカイは少々おそるおそるといった感じでライトに問いかけた。
ライトは、数秒考え……
「すごいギルドだと思うよ。本体三千人、下請けになってる傘下の生産ギルドを合わせたら四千人近い巨大ギルド。それに、ギルドに所属してなくても仕入れの契約や資金の融資をしてるプレイヤーを含めれば規模はこのゲームのプレイヤーのほぼ全てまで膨れ上がる。そういう意味では『戦線』『攻略連合』『アマゾネス』の三大戦闘ギルドも頭が上がらない。いやむしろ、商店街が出来てから戦闘職から生産職への差別や圧制も激減したし、もはや攻略のための情報収集やアイテムの流通も今や『大空商店街』が無いと成り立たない。もはやインフラや行政機関みたいな巨大で必要不可欠な組織。この答えでいいか?」
するとスカイは、その答えをわかりきっていたように、間を挟まずに次の問いを投げた。
「なら、『私』はその巨大で必要不可欠な組織のリーダーにふさわしいと思う?」
その問いに、ライトは一瞬キョトンとし、当然のように答える。
「何言ってるんだ。スカイ以外に商店街をまとめられる奴がいるわけないだろ。てか、いたとしてもギルドを作ったのはスカイだ。商店街にとってスカイ以上のリーダーはいないだろ」
その答えに、スカイは一瞬喜んだように表情を緩め……僅かに表情を暗くする。
「ありがとう……でも、最近私を『大空商店街』のリーダーに……代表取締役にふさわしくないと思ってるプレイヤーがいるのよ。」
「……詳しく話してくれ。」
「順を追って話すわ……その前に……」
「ああ、わかってる。」
ライトは迷わずに『赤』を切った。
爆発は……しなかった。
始まりは去年の末頃。
『攻略連合』と『戦線』の合同ギルドが〖飽食の魔女〗の即死技の前に潰走し、大きな被害を出した。
人的損失は三十人、『攻略連合』からは二十人『戦線』からは十人。しかし、『攻略連合』は五百人を超える小規模軍隊型戦闘ギルド、『戦線』は65人の少数精鋭気味の戦闘ギルドだった。全体から見た損失の割合では『攻略連合』の方が小さかった。本来なら、早く復旧するのは『攻略連合』の方だと思われていた。
しかし、実際のところ先に復旧……少なくとも表向きにその威厳と勢いを取り戻したのは『戦線』の方だった。
原因は赤兎だ。彼がライトのピンチを救うような形で『魔女』を撃破し、さらにもう一つの三大戦闘ギルド『アマゾネス』のギルドマスターとのリアルでの繋がりが発覚し、『戦線』とそれまでやや閉鎖的だった『アマゾネス』が交流を深めることになったのだ。
しかし、それによって『攻略連合』は勢いを取り戻し損ね、前線戦闘ギルドでありながら出遅れる形となったのだった。
もちろん、実質的な戦力としてはそれほど差を付けられたわけではない。
しかし、名誉回復の点においては魔女攻略の発案者であったこともあり、結局他のギルドに迷惑をかけながら自分たちでは何も成果をあげられなかったとして致命的だった。
そして、その『攻略連合』がとった戦略は『戦力拡大』だった。
それも、戦闘能力の方面に執着せず、戦闘のための資金や装備を安定して自給自足できるようにするために生産方面に手を伸ばし始めた。しかし、最前線で使える装備や薬を作れる生産職となると簡単に作り出せるものではない。スキルの鍛練にも材料費や加工用の設備が必要になるし、集団での連携を基本戦術とする『攻略連合』の生産職は一人二人では仕事が回らない。
なら、既に十分に育った生産職を引き入れればいい。
それも一気にまとまった人数を、設備と共に引き込めばいい。
そのために彼らが目を付けたのが……
「『大空商店街』の傘下のギルド……下請けの中でも主に戦闘装備とかポーションの製作にかかわる部署よ。まったく、とんだとばっちりよ。ま、こういう時のために全部を『大空商店街』にせずに傘下って形で切り離しやすくしておいたんだけどね。他からの干渉が内部に入り込む前に切り離しやすいように」
「なるほど切り離しやすいから奪われたって見方もあるかもしれないが……逆の見方をすれば、狙いやすい部分を用意しておいたから手遅れになる前にその部分だけ切り離して被害を最小限にしたわけか」
「そういうこと。小中規模生産ギルド五つ……大体百二十人くらいだったかしらね、持って行かれたのは。まあ、このくらいなら他に寝返っても大勢には影響はないわ。それに、むしろこっちとの伝手もあるからあっちの情報も得やすくなったし、最高級の物とかを作れるプレイヤーは傘下じゃなくてしっかり商店街本部の方で確保してあるから当面は連合からの注文が減っても許容量で収まるはずよ。でも……その時の勧誘で、ちょっとだけ強引な人がいたらしくてね……それが、精神的にちょっと影響しちゃったらしいのよ」
観覧車が一周し、一番下まで来る。
だが、ライトもスカイも申し合わせたように開いた扉からは出ず、座り続ける。
爆弾はもう既に解除済みのものがあるためか、新しい物は追加されない。
二周目突入……密談は続く。
「まあ、武力で強引に引き込もうとされた人達も大体は交渉術でなんとか躱して逃げられたらしいけどね。やっぱり、普段から戦闘職プレイヤーとの交渉の練習を推奨しといて良かったわ……でも、一部のプレイヤーにこんな考え方がちょっとした恐怖と一緒に植えつけられちゃったらしいのよ……『自分たちで武器を持たない生産職は、このデスゲームで生き抜くには弱すぎるんじゃないか』ってね。私は直接的な強さより大事なものがあると思うけど……どうにもギルドの中には考え方の違うプレイヤーがいたみたいで……それに、この前の襲撃イベントが重なった。タイミングが悪かったわ」
『時計の街』のシンボルである時計台。その針はプレイヤーの死亡数と共に進行し、600人が死亡するごとに『時計の街』の『安全エリア』と『HP保護』が解除される『襲撃イベント』が発生する。
最初の六百人は最初の一ヶ月で死亡し第一回襲撃イベントが発生したが、その時はほとんど死者を出すことなくイベントをクリアできた。
しかし、ゲーム開始から九ヶ月ほどが経過した二月末。第二回襲撃イベントではそうはいかなかった。
大きな要因としては、まず襲撃の形式が一回目と違った。一回目はモンスターの大軍隊が正面から襲撃してきたが、二回目は強力なイベントボスが少数でゲリラ的な奇襲を仕掛けてきた。さらに、犯罪者集団の攻撃も加わり、数十人のプレイヤーが犠牲になった。
「中には幹部レベルのプレイヤーも混ざってたわ。雨森も行方不明だし、非戦闘員も避難が遅れて……いえ、遅らされて犠牲になった。あれは、襲撃イベントを利用した犯罪者たちから私のギルドへの『攻撃』だった。落ち度は私にもあるわ。ライトの助言も考慮してイベントの内容を推測して、それに対処するための迎撃配置や避難経路を考えた……でも、あっちにもなかなか頭がいいのがいたみたいね。予想してなかったわけじゃないけど、予想以上の人為的な悪意に不意を突かれたわ。おかげで、ギルドの中で私の方針に反対する動きが出来始めてるのよ。『大空商店街』の武装化っていう動きがね」
スカイの『大空商店街』の基本方針は『ゲーム内での安定した攻略及び生活の確立と維持』だ。
線引きが難しいので明確な数は分からないが、三千人の所属プレイヤーの内の多くは積極的には攻略には参加せず、安定して安全な生活を安心して送りたいがために簡単な仕事と引き換えに物資や資金をギルドから支給されているプレイヤー。彼らは『街』から出ることはほとんどなく、モンスターとの戦いなどの危険もほとんど犯さず、内職のようなアイテム加工や木の実や薬草などの採集、発注があったアイテムの配達などの安全な仕事をして、不自由しない程度の生活に十分な『給金』を手に入れて毎日を送っている。
そして、モンスターとの戦闘を行うのは一部の戦闘能力があるプレイヤー。前線には及ばないが、アイテム作成の材料になるアイテムの入手などはその狩場で安全に狩りを行えるレベルのプレイヤーが行っている。
そして、『大空商店街』が特殊なのは、それらの狩場にはゲームのシステム的には明示されていない難易度が指定されており、狩りに出るプレイヤーにはどの難易度までの狩場での狩りをして良いかを決める『レベル指定』がある。また、ダンジョン全体のレベルに見合わない厄介なモンスターやトラップがあるようなダンジョンには『資格』が設定されており、ギルドの実施する試験に合格しておらずそれがない者にはそのダンジョンへの挑戦を制限している。(しかし、全てに見張りを付けることは難しいので『密猟』をしている者もいるらしい)もちろん、『資格』などというギルド側も仕事が面倒になる物を作っているのは、安易にプレイヤーが危険なダンジョンに踏み込んで事故死するのを防ぐためだ。
そのような安全策が、プレイヤー達の生存率を上げている。
最大の生産ギルドとして、一般プレイヤーのよりどころとなり、弱者を包み込んで護っている。
しかし、誰かが言った。
『いつまでも弱者のままでいいのか』、と。
「具体的には一部の改革派が今生産職として専門の職に就いていないプレイヤーから人員を募って戦闘訓練とかさせて戦闘特化の部署を作るつもりらしいわ。一応、効率良く経験値を稼げる狩場の情報は山ほどあるし、生産系スキルとか遊戯系スキルでも経験値は入るから暇つぶしでそっち方面のスキル上げてるプレイヤーとか一応は材料集めで戦闘経験があるプレイヤーをかき集めれば近いうちに『攻略連合』に近い規模の戦闘集団を作ることも不可能じゃないでしょうね。ま、私はその方針を認めるつもりはないけど。覚悟の足りない人間はここぞというときに足がすくんだり、恐怖で簡単に壊れたりするからね。私に絶対服従のホタルも同じくその方針に断固反対……だから、その一派は考えたのよ。ギルドマスターが許可してくれない案を通したい……だから『ギルドマスターそのものを変えればいい』ってね」
「……」
いわゆる下剋上だ。
「もともと、私に反感を持つプレイヤーはギルドの中に少なからずいた。ギルドマスターとサブマスターがどっちも女ってこともそうだし、私のやり方がちょっといつも強引すぎるって声も前からあった。私があんまり歩けないことももうさすがに隠していられないから一部では知られてるし、自分は安全圏から高みの見物だってよく陰で言われてる。それに、ホタルだってまず性格があれだし、犯罪履歴もある。そんなホタルをサブマスターにしてることもあって私に不満を持つプレイヤーは沢山いたと思う。加えて、この前の襲撃イベントもあったし、それ以前にも犯罪が増え始めてた。リーダーに不適格で、それを覆せる実績を出せてないならこうなるのは当然だったかもね」
「だが……さっきも言ったが、スカイを差し置いてこのギルドをまとめられそうな奴なんていないだろ。ホタルもそうだ。性格があれでも、情報能力ではホタルの代わりが勤まる奴なんて……」
「いるのよそれが、それも、ライトがよく知るプレイヤーがね」
スカイは一瞬目を閉じ、そして吐息とともに吐き出すように言った。
「ナビキよ……改革派はナビキを新しいリーダーに祀りあげて、私とホタルを追い出そうとしてるの」
それは、ライトにとっても予想外の答えだった。
ナビキは『大空商店街』の幹部的ポジションにして、ライトの後輩か弟子のような存在だ。
真面目で努力家、勤勉で利発。そしてライトの仕込んだいくつのかの技術もあり、有能さで言えば確かに誰も文句を付けないかもしれない。
それに、彼女はライトの言うところの『行動的ゾンビ』……過去に事故で脳の一部を失い、それを特殊なチップの回路で埋めて補っている。それによって『強いストレスを受けると数日分の記憶が消える』という特殊な記憶障害に悩まされていたが、ライトとマリー=ゴールドの干渉によって多重人格となり、ストレスに耐えうる精神を持つことによって克服した。さらに、レベル50で修得した固有技『ドッペルシスターズ』によってアバターを複数同時に操ることが出来るようになり、それを平時の仕事にも生かしている。そのため、スキルの数と自身の精神を作り替えるという反則的な技術で無理を通すライトとは違った方法で生産と戦闘のどちらも行える『文武両道』のプレイヤーだ。戦闘能力の高さも知られており、商店街の広報アイドルとしても活動しているので知名度も高い。確かに、生産ギルドに戦闘能力を付けさせる改革にはうってつけかもしれない。
しかし、ナビキは野心がない。
上司のスカイを蹴落として自分がトップになろうなどとは思いつきもしないし、そもそも自分がそのような重要なポジションに就くのを喜ぶタイプでもないのだ。むしろ、失敗やサボりで目立ちたくなくてキチンと仕事をこなす内にうっかり仕事が出来過ぎて何故か昇進してしまうようなタイプの人間なのだ。
「いや……ナビキはギルドマスターに祀りあげられてもやらないだろ。すぐ全権スカイに返されて終わりだってことは、誰でも予想できるし、そもそもナビキは改革とかいうガラじゃない。」
「ま、実質的な改革は今の改革派がやるんでしょうね。ナビキは文武両道な生産職のシンボルとして客寄せパンダに使われるだけ。一応、私が結構仕事任せてたから事務仕事やなんかのノウハウもあるし、傘下のギルドにも顔が利く。便利だからつい使い勝手が良くて育てすぎちゃったわね。表舞台での代理役として使ってたら、まさか私よりギルドマスターらしいと思われるようになってたなんて……ナビキ自身に野心がないからって油断してたわ」
「だからって、ナビキがされるがままに押し上げられるわけが……」
「それがそうでもないのよ。改革派は、ナビキへの切り札を見つけたみたいだから」
「……ナビキへの切り札?」
「ええ、そう。これでようやく話の最初に戻ってきたわね」
スカイは、ライトを指差した。
「ナビキへの切り札……それはあんたよ、ライト。改革派はナビキをギルドマスターに押し上げるんじゃなくて、あなたをギルドマスターにして、サブマスターにナビキを添えることで新しい体制を確立するつもりなの。」
観覧車が二度目の頂点へ来た。
「オレが『大空商店街』のギルドマスターに? そんな話、聞いたことがないぞ」
「ま、それもそうでしょうね。あっちもギルド内だけで内密に話を進めてるし、私も盲点だったわ。でも、ライトもゲーム初期では『最強の生産職』なんて呼ばれてたこともあるし、ナビキの文武両道はライトのプレイスタイルの模倣みたいなもんだからね。トレードマークとしてライトとナビキをトップに据えて武装化改革を進めるのはなかなか合理的じゃない。それに、何だかんだでナビキもライトへの感情としは並々ならぬ物があるし、ライトをギルドマスターに据えれば、ナビキをライトの一番近くで補佐するサブマスターのポジションに座るように説得するのは容易いわ。で、今改革派の人達は全力でライトをギルドマスターに引き込むための方策を画策してるの。利益交渉からライトを脅せる弱みの洗い出し、あるいは犯罪者を雇って人質なんて策も検討してるかもね。ライトはあくまでナビキのカリスマを利用するためのダシ、要は傀儡の傀儡で良いわけだから」
そこでやっとスカイの突然のデートへの誘いが意味を持ってくる。
これまで、スカイとライトの関係はゲーム初期から借金か雇用で繋がった純利益関係だというのが一般的な見方だった。スカイがギルドを作ったとき、ライトがそれに加入せず、スカイが強く強要しなかったこともそれを裏付ける要因となっているだろう。
仮に借金でライトが仕方なくスカイとの付き合いを続けているのだとすれば、借金を代わりに払うことで……立て替えることで、大きな資金を動かす生産ギルドとしては比較的楽にライトを味方に付けられるだろう。雇用関係なら、より条件のいい契約でライトを『上司』として雇用することも可能だ。
だが、仮にライトとスカイの間に損得以上の関係……例えば、金や脅しで解決できない『恋愛関係』があるかもしれないのなら、その計画は瓦解する。
つまり、このデートは改革派への牽制なのだ。
「だから、しばらくこうやってデートを楽しむフリをしててくれればいい。それと時々それっぽいこと仄めかして時間を稼いで、その間に落としどころを見つけるわ。私としては不本意だけど、多少の戦闘訓練とかの制度も作らなきゃいけないかもしれない。だけど、基本的には生産ギルドってスタンスを崩すつもりはないわ。武装も生産のため、自衛のため程度のつもり。今は改革派に変なこと吹き込まれないようにちょっと『犯罪組織の調査』って名目でホタルと一緒に街から離れて隠密行動してもらってるけど、ナビキだって分かってくれるわ。私とライトの間に特別な感情が無いってことは」
スカイはどこまでも計算しているらしい。
予知には届かないが、その知能の高さはやはり一流と言って差し支えない。いや、予知とは違うベクトルに尖っている。
後手に回ろうが取られた分以上を取り返す。
相手が動き出しているなら、動き出してから一番打たれたくない手を躊躇なく打つ。それがたとえ、自分自身すら駒として使う手だったとしてもだ。
だからこそ……ライトは問いかけた。
「スカイ……本当に、『フリ』だけでいいのか?」
ライトは、自分の主観に興味がない。
それは自分の精神をいくらでも好きなように改編できるという特殊な精神構造によって、自身の主観すら自由に設定できるからというのもあるし、また自身より他人の内面の観察に重きを置いているという部分もある。
ライトならそれこそ好きなように誰だろうと、たとえ初対面の名も知らぬ人物だろうと、本来なら死ぬほど憎むべき宿敵だろうと心の底から愛することが出来るし、反対に読んでいない親の遺書だろうと躊躇なく燃やすことが出来る。いや、親のことを完全に忘れることだって出来るだろう。
だからこそ、ライトは恋愛感情を感じないように自分を設定している。表面的な反応としては異性を意識しているように見せることもあるが、実のところではそんな感覚は覚えていない。いや、そもそもあまり理解できないようにしている。
それは、仮に誰かに恋愛感情などというものを抱いてしまった場合、その相手を失望させることになりうるからだ。コマンド一つで操作できる愛など嘘に等しく、これ以上ないほど不誠実なものだ。それに、『恋愛』とは相互関係であり自分がそれを破棄しても相手にはそんなこと関係なく残ってしまう。
そのような『想い人』に対する裏切り行為は、普通の人間だった頃から一生すまいと定めていたことだった。
しかし、ライトが異性を意識しないことで恋愛関係の発生を防いでいる一方、それでも相手の感情は制御できない。
だからこそ……ライトはスカイに尋ねる。
「他にも方法はあるだろ……本当は、『フリ』じゃなくてもこういうことがしたいんじゃないのか? それだったら、オレは……」
コマンド一つで豹変する。
だが、自分でコマンドするわけにはいかない。相手の気持ちに限りなく本物に近くとも価値のない偽物の愛で応えるなど、詐欺に等しい行為だ。これはルールに抵触する。
だが……相手が合意の上で偽物を受け取りたいのなら……それはルールの範囲外だ。
スカイはライトの意図を読み取り、ライトの目を見つめて言った。
「ええ、私はあなたが欲しい。だから、私の物にはならないで」
その目には、嘘の欠片もなかった。
同刻。
「うわこれ爆弾!? どうすりゃいいんだ!?」
「落ち着け! 大丈夫、こういうときはまず問題をやよく読むんや……ZZZ」
「姉貴!? この程度の文章で寝んな!!」
「おのれ……まさかこの観覧車が罠だったとは……」
「私はもうわかりましたよ。だから気軽に頑張って考えてくださいね」
他のゴンドラの中も騒がしかったが、外からのヒントを受けられないというアトラクションの性質的にゴンドラは完全防音であり、外からはわからなかった。
『咲』
花を愛する園芸家。
あまりの可愛さにモンスターもヘロヘロ。
(マリー)「あら? 今日は咲ちゃんですか」
(スカイ)「モンスターもヘロヘロっていうか思いっきり毒だと思うけどね。この子、例の毒使いでしょ? あのジャックに勝ったっていう」
(マリー)「この子は勝ち負けとかじゃなくてお花を愛でてるだけなんですけどね」
(スカイ)「無自覚な殺人鬼なんてよけい怖いわよ。」
(マリー)「良いじゃないですか。まだ彼女は毒にも薬にもなっていないただの野に咲く花のようなものなんですから」




