108頁:ボスは倒せるときに倒しましょう
『サッカースキル』
サッカーをするスキル。
遊技系スキルだが、戦闘にも十分応用可能。
その場合は移動速度や蹴り技の強化にも使えるが、最大の特徴はものを蹴り飛ばして相手にぶつける中遠距離攻撃。物によっては手で投げるより大きな物を遠くに飛ばせる。
この世にあるあらゆる物の中から『殺人の凶器になりうるもの』を探すのは簡単だ。むしろ『絶対に人を殺せないもの』を探す方が難しい。
どんなに柔らかいものだろうと、たとえ水だろうと気管に詰めれば窒息死する。
どんなに軽いものでも、仮に酸素だろうと高純度で吸わせ続ければ中毒死する。普通の空気でも、パンクするほど送り込めばやはり死ぬ。
動かせないものでも、たとえ大地だろうと高いところから叩きつければ死ぬ。
そして、自分が周囲の人間をどんなに善人だと思っていても、人を殺すことは不可能ではないだろう。むしろ、自分が油断している相手だからこそ狙われたときの危険性は高いかもしれない。
世界は死の危険で溢れている。
世界には無数の凶器が放置されている。
しかし、それを認識しているものは少ない。
仮に、それを一時も忘れずに生きていける者がいるとすれば……
それは、常に死神を傍らに置いて、まるで腐れ縁の友のように『死』に親しんで生きていけるような者だけだろう。
《現在 DBO》
「オーバー100『マーダーズ・コレクション』」
それは、単純な高威力の攻撃技ではなかった。
『ブラッドブレッド』のように何か武器を召喚する技でもないし、モンスターを使役するわけでもない。
自身のステータスを引き上げる技ではないし、相手の動きを縛り付ける技でもない。
見た目の変化ではただ、ジャックの両手が赤く染まっただけ。
だが、ジャックが赤く染まった指で《ソードブレーカー》の刃を撫でると、そこにまるで撫でた部分が血で汚れるかのように赤い模様が刻まれる。
そう、まるで『血に濡れた』かのように……
「秘伝技『数え斬り』、『一刺し』」
ジャックは突如として、再生し終わってHPの横に表示された『残機』が87となったボスモンスター〖蠱毒の蠱々〗に切りかかった。
その素早さに、復活直後のボスは対応しきれない。
左手のソードブレーカーでその腹に一突きする。
そして、さらに右手の刃を振り上げる。
「『真っ二つ』」
腹の中央にに二つの刃を水平に刺し、ハサミを開くように横に一閃し、深く切れ目を入れる。
「『三枚おろし』」
左手のソードブレーカーで上からの切り下ろし、そしてすくい上げるように蟲使いを縦におろす。
「『四散』」
二つの刃を同時に腹にできた十字の切れ目に刺し、反対方向に無理やり広げて腹を開かせる。
「『五臓六腑』」
開いた腹の中の臓器類に直接、計十一回の斬撃を叩き込む。
「『七人身割き』」
首、両腕の二の腕、太股、腰を深く切りつけ、その身を七つに区切る。
「『八つ裂き』」
胸の中心に『×』を描くように切り下ろし、さらに『+』を描くように上から下、左から右に斬りつける。
「で、オマケ」
ソードブレーカーを捨て、最後に銃に素早く弾を込め、すぐさま蟲使いの頭を無慈悲に撃ち抜く。
86 85 84 83 82 81 80
連撃で残機がみるみるうちに減っていく。
一撃一撃が強力で、すべての技のダメージが大きい。
そして何より、レイド攻略レベルのボスモンスターであるはずの〖蠱毒の蠱々〗がなされるがまま、殺されるがままだった。
「さて、今のは『斬殺』と『刺殺』、それに『銃殺』。じゃ、次はどんなふうに殺そうか」
ジャックの発動した『マーダーズ・コレクション』の効果は『手で持ったアイテムを《血に濡れた刃》と同等のステータスの武器アイテムとして扱い、その効果を伝播する』というもの。
ただし、『破壊、放棄、譲渡などは不能』という呪いのような効果は流石に受け継がれないが、その痛覚倍増などの効果も受け継がれている。モンスター相手でも、痛覚倍増は硬直の確率を上げる効果がある。
「ま、それでも普通の相手ならこんな連撃途中で抵抗されるか、それ以前に相手が死んじゃうんだろうけど……『死んでも生き返る』って能力を前提にしてると咄嗟の危機回避能力が落ちるんだよ。覚悟も無いから痛みに弱いし。GWOでもそういう人いたけど、そっちの方が殺しやすい。もっと『死に物狂い』で戦わないと、すぐに全滅するよ?」
ジャックは挑発するかのように再生中のボスモンスター言う。すると、その再生した顔は痛みと憎しみに歪んだような表情をしており……
『……ああわかった。そこまで我を愚弄するなら、望み通り本気を見せてやろう』
その姿が変容する。
それも今度は、腕や翅などという人型の体裁を守った変化ではなく、蛹が割れるかのような完全な変態。
両腕両脚をバッタやコウロギの『後ろ脚』に変え、身体中に毛虫の体毛を硬質化したような棘をまとう。
そして、新たな複眼でジャックを見据え、脚を折って力を溜める。
ジャックはその姿を見て……小さく笑った。
「ありがとう……一方的に殺すのも後味悪いと思ってたんだ」
ジャックは殺気で攻撃のタイミングを先読みして大きく横に跳び回避する。
そしてその直後、もはや人型としての体裁を捨て、四本の脚から生み出された急加速からの突進で、荒廃した民家の壁を突き破り頭飛び込んだ。
街の建物などは破壊可能状態になっているらしく、家の中は家具なども壊れ、滅茶苦茶になっている。スピード、攻撃ビルドのジャックが食らったらただでは済まないだろう。
だが、ジャックはむしろその威力を……『本気』を喜ぶように言う。
「じゃあ、こちらも気兼ねなく本気で殺させてもらうよ」
ボスモンスターが建物をその脚力で蹴って破壊し振り返り、ジャックの方を向く。
そして、またも脚を折り曲げ、力を溜める。
だが、ジャックは突進を待たず、ジグザグ移動を駆使して突進の狙いを定めさせず接近し、《血に濡れた刃》が届く距離まで接近する。
『ガアッ!!』
蟲使いは攻撃を噛みつきに変更し、至近距離のジャックに食らいつこうとする。
ジャックはもう少しで手を噛まれそうになりながらもそれを回避して跳び下がり……その開いた口に銃口を向けた。
「殺人スキル『イートスター』」
ドンッ
弾丸が発射され、蟲使いの体内で衝撃が破裂する。そしてさらに……その体内で連鎖するように衝撃がはじけ、蟲使いの身体が中から爆裂した。
79 78 77 76 75 74 73
殺人スキル『イートスター』
敵を銃殺する技。
敵の口に使用前の弾丸を前もって押し込み、外からの一撃で一気に体内にある弾を暴発させる。一度に食わせ、確実に起爆できる弾の上限は五発。そして、最後に外から撃ち込んだ弾で合計六発分の銃弾が、装甲などの防御がない体内で暴れ回る。今回は、敵の噛みつき攻撃を誘い、食らいついてこようとする口の中に銃弾を放り込んだのだ。
全身穴だらけになって一度に六回も死んだ蟲使いが再生しようとしている間に、ジャックは次の殺しの手を打ち始める。
「次はこれにしよう」
ジャックは放置された壊れた馬車に付いていた片側の先にフックのついた手綱を外し『マーダーズ・コレクション』で強化する。そして、それを蟲使いの突進で壁が壊れた家の瓦礫を踏み台にして梁に引っ掛け、フックのついていない側を持ち、もう片側のを再生中のボスの首にフックを利用して輪にして引っ掛ける。
『き、きさま……』
「もうちょっと待って」
ジャックは刃でその喉仏を斜めに二回切って『切り込み』を作り、輪を小さくする。
そして、蟲使いの再生が完了し、首に対して小さすぎる輪が食い込んだところで、もう片側に全体重をかけて蟲使いを吊り上げる。
「殺人スキル『クルシマス』」
相手を絞殺する技。
自身の手で直接絞めることも出来るが、今回のように縄などをかけて間接的に締めることも出来る。そして、この技は……
『か、は……』
「こうやって首吊り状態になると、死のうが復活しようがエンドレスになる」
蟲使いは腕を変化させて鋭利な爪を作り出し、手綱を切ろうとする。
だが、ジャックがそれを許さない。
「させないよ」
手綱を足で踏んで止め、逆手にしてハンマーのように持った銃と《血に濡れた刃》でその変化した手を迎撃し、首まで届かせない。
『き、さ……ぐ………ヵ……』
72
蟲使いのHPが減り続け、とうとう動かなくなる。
そのタイミングを利用し、ジャックは手許の手綱の片側をさらに蟲使いの首に回し、股の下を通して蟲使いの手を後ろ手に縛る。
蟲使いが再生し終わり、首の縄に手を出そうとするが……
ギリ
『!?』
「腕を上に上げたり変身して太くしたりすると首が締まる。さあ、どうするの?」
蟲使いがもがく、しかし、最高級武器アイテム並みに強化された手綱は千切れる気配がない。
元々首に切り込みを入れて輪を作ったのだ。再生した首が手綱を押しのけていても、首の輪は首を折らんばかりに締まっている。急速にHPが減っていき……
71……70……69……
「うーん、遅いな……やっぱり絞殺ってやたら時間かかるから好きじゃないんだよね」
そう言って、ジャックは瓦礫で足場を作って蟲使いと同じ高さに立つ。
そして、逆手に持った銃をミニハンマーのように振り上げる。
「殺人スキル『ナグール』」
文字通り相手を撲殺する技。
しかも、吊られた状態で衝撃が揺れとなって逃げないように、ほぼ真上からその後頭部を狙い、全ての衝撃が下から手綱に支えられた首に集中するようにし、首を折るように執拗に殴り続ける。
変身を完成させる間も与えず殴り続け、まるで蟲使いが首でバンジージャンプでもしたかのように何度も揺れる。
68…67…66…65…64…63…62…
『グアァアアア!!』
「!」
動きを封じられたまま殺され続けた蟲使いが怒りを訴えるように吠え、ジャックは強烈な殺気を感知して跳び下がる。
その直後『ニュルン』という擬音がつきそうな動きで、蟲使いの首が首吊りの輪から抜けた。
落下した後も、蟲使いは流体のような、軟体動物のような……まるでナメクジのような動きで、瓦礫を体表から出す酸か何かの入っているらしい粘液で溶かしながら近寄ってくる。
「うわっ……気持ち悪っ!」
ジャックは壊れた民家を出て、振り返りざまに発砲する。だが……
ベチャッ
着弾してもまるで水面に発砲したかのように効果がほとんど見られない。
「物理攻撃耐性……流石にいつまでも簡単に殺させてはくれないか……学習して殺しにくくなってる」
しかし、本来敵は数十人単位のレイドで倒す相手だ。ボスモンスターは追いつめられると強くなるというのはゲームの常識である。
だが……
「ま、それでも殺すんだけどね。ボク殺人鬼だし」
ジャックはストレージから液体の入った瓶を数本取り出し、栓を抜いてナメクジ状態で動きの遅い蟲使いの流体の身体に投げ込む。
瓶は硝子製のためかなかなか溶けないが、その中身は流れ出し、粘液と混ざって行き……
「いつもは食べきれなかった『死体』とか呪われてていらないアイテムとかの処分に使うやつなんだけど……まあ良いよね。順序が変わるくらい」
ジャックは少々瓶の中身が粘液に混ざるのを待っておもむろに取り出したマッチを擦り、『マーダーズ・コレクション』で強化したそれを粘液に向かって放り投げた。
「殺人スキル『ファイアダンス』」
相手を焼き殺す技。
瓶に入っていた燃料が粘液に混ざり、蟲使いの全身に燃え広がって焼く。本来は敵の髪の毛や衣服に染み込ませた可燃液に引火させる技なのだが、今回は身体を保護していた粘液に混ざったのが災いしたらしい。粘液を通じて体内にも染み込んだ燃料が体内からも蟲使いを焼き、惨たらしいほどに内から外から蟲使いを焼いていく。
61 60 59 58
そこで……殺気を感知。
ジャックが転がるように回避するそのすぐ側を、何か短い槍のようなものが矢のような速度で飛んでいった。
「っ……これ……」
何かが飛んでいった先を見ると……何か杭のようなものが刺さった壁が強酸でも注入されたかのように溶け始めている。
そして、杭の発射元を見ると、脱皮するようにナメクジの流体ボディーを捨てた蟲使いが、立ち上がろうとしていた。
その腕は両腕とも蜂の腹部のようになっており、その先から杭のような太さの針が生えている。発射されたのはあれであろうが、色合い的にオレンジがかっていてスズメバチっぽい。
さらに姿が変化する。
右足が黄色に黒の縞模様……おそらく女郎蜘蛛かなにかになり、左足も黄色地に褐色の斑点という色合いになり何か別の虫になった。こちらは良く分からない。
目は複眼……今度はトンボではなく、トンボよりはやや領域が小さな複眼。ハエあたりだろうか。
これまでの死を踏まえた変化……というよりも、進化と呼ぶべきかもしれないその姿を見て、ジャックは後ろに下がりながら銃に弾を込め直す。
右手に《血に濡れた刃》、左手に『ブラッドバレッド』で召喚し、《ダムダム弾》を込めた銃を構え、相対する。
両者は間にただならぬ空気を生み出す。
距離は7mほど。遠距離攻撃には近すぎるが、直接攻撃には少し遠い。
『貴様は我を怒らせたな……その報い、受けさせてやる』
「四十回そこら殺されたくらいで怒らないでよ。それに……」
ジャックは、次の瞬間には踏み込んでいた。
「『報い』とかやめてくれない? 元々敵同士だし、正当防衛だと思ってよ。」
踏み込むジャックに、銃口のようにスズメバチの杭が向けられる。ジャックは銃を向けず、右手の刃で飛んでくる杭を横に弾く。
(結構重い……けど、片手ではじけないほどじゃない)
ジャックは接近しながら相手の両腕から発射される杭を避け、はじいて行く。そして、牽制するように銃口を向け、相手の動きを制限する。
ジャックの銃は一発が強力だが単発。相手がハエの動体視力を持っているなら、ただ撃っても避けられるし遠距離攻撃の銃撃戦では不利になる。
ならば、接近しての拳銃戦だ。
ジャックは刃が届く距離まで接敵し、蟲使いも杭を発射ではなく近距離の槍のように使い始める。
「フッ」
『グォアッ』
ジャックは銃もそのまま鈍器として使用し、両者両手に近距離武器を持ったような状態だ。しかし、蟲使いはハエの動体視力を持っている。ジャックの攻撃は動き始めたらすぐに反応される。刃も銃も杭に防がれて思うようにダメージを与えられない。
『フンッ』
攻防の最中、蟲使いが横なぎに左腕を振るい、ジャックが身を退いて避ける。だが、杭は元々『射撃武器』なのだ。武器のリーチはあてにならない。
ジャックの顔の前を通り過ぎようとした杭が、奇襲のように発射され……
「殺人スキル『カーニバル』」
相手を喰い殺す技。
ジャックの仮面に元はなかった『口』が開き、その杭に空中で食らいつき、首の動きで後方に逸らす。
まるで杭が発射されるのがわかっていたかのような動き……だが、偶然ではない。
蟲使いがハエの恐るべき動体視力で攻撃を『動き始めた時点』で感知しているとしても……殺気を予知するジャックは『動き始める前』に攻撃を察知できる。
そして、同時にジャックの左手の銃が、杭を発射した直後で蟲使いの腕に空いた穴に向けられている。
「まずは一本」
ジャックの発砲と同時に『二つ』の爆音が響いた。
一つは《ダムダム弾》で蟲使いの左腕が内側から破裂する音。
そしてもう一つは、蟲使いの左足……足の裏と地面の間が爆発した。
「っ!?」
『カウンターでの左足からの膝蹴り』を予知していたジャックは爆発を利用した予想外のスピードに銃を手放して回避。
そして、あまりの勢いに数メートル宙に浮いた蟲使いの足の裏を見て、理解する。
(あの左足……ミイデラゴミムシの高温ガス!)
通称『屁っぴりムシ』。
カメムシの一種だが、体内の化学物質を組み合わせて高温のガスを噴射する。
このモンスターはそれをジェット噴射のように使うのだ。
さらに……
ピュッ
蟲使いの右足からは太い糸のようなものが飛び出し、壁に張り付いて、糸が縮むのを利用して蟲使いが壁に『着地』する。
「立体戦闘……面倒だな……」
ジャックは斜め上からの残り一本となったスズメバチの杭を殺気の察知で回避しつつ、先程手離した銃を拾い、蟲使いからの死角に飛び込む。
「ま、あっちはもう腕一本だし、撃ち落とせば良いんだけど……」
ジャックが弾を込めていると……空中にキラキラとした粒子が浮かんでいるのに気付いた。
そして、壁越しに敵の『間接攻撃』の殺気を感じる。
「……チッ!」
壁の端から覗くと……蛾のような翅を広げた蟲使いが、空で舞っている。
粒子はその翅から放出されている……鱗粉だ。
無害なものではないだろう……おそらく毒。
「うわ……また毒の粉? 嫌だな……」
しかも空中に留まったままハエの目、それに左足のジェット噴射と右足の蜘蛛の糸を併用されると、かなり立体的な動きが出来るだろう。撃ち落とすために下に入れば毒粉をもろに浴びることになるし……正直単発銃ではやりづらい。
ジャックは即決した。
「撃ち落とすのは諦めよう」
ジャックが取った戦法は『建物の中に入る』というものであった。荒廃したレストランである。
天井までの高さは5mほど、半径10mほどの円形の一階建て。
出入り口は表の入り口と裏口の二つだけ。
その内、変身によって大きな翅を持った蟲使いが入れるのは表側の一つだけだ。
「ここならサイズ的にも丁度良いし……『飛んで火にいる夏の虫』ってやつだね」
裏口のある厨房で火をおこし、のろしを上げて蟲使いを誘い出す。
そして、厨房から拝借してきた大量の包丁をテーブルの上に並べ、殺気を探る。
そして……
「……来た」
ジャックは表側の入り口から飛び込んでくる蟲使いに対し、厨房から拝借し、強化した包丁を手裏剣のように投げつける。
『!?』
蟲使いは蛾の翅をたたみ、ハエの動体視力で避け、右腕の杭で弾く。さらに、それでも弾ききれないと思ったのか、尻からは蠍のような尻尾を生やし、使い物にならない左腕の代わりに弾く。
包丁は弾かれて壁や柱に刺さっていく。しかし、強化された包丁に、少しずつダメージを蓄積させていく。
そして、包丁が粗方壁や柱に刺さり、ジャックの手元にはオリジナルの《血に濡れた刃》が残る。
『ゴアァア!!』
蟲使いが奇襲への防戦に苛立ったかのようにジェット噴射を使ってジャックに飛びかかる。
しかし、ジャックはそれを先に察知して避ける。
「いいよ……もっと怒って……」
今度はジャックが防戦に回り、蟲使いの飛ばす杭を弾いて後ろの壁に刺させ、さらに繰り出される攻撃も壁際で次々に避け、空振りしたものが壁に当たり、揺らす。
蟲使いが糸とジェット噴射で壁や天井を跳ね回るように動き、多角的に攻撃して来るが、それも殺気を察知して回避する。そして、ジェット噴射の反動や外れた攻撃が壁や天井、床に当たり店の中を滅茶苦茶にしていく。
ジャックも、壁に刺さった包丁を抜き、また投げつけて動体視力で避けられたり弾かれたりしたものをまた移動しながら引き抜いて使う。壁に包丁の数の数倍の深い傷が入っていく。
もともとボロボロだったレストランが、さらにボロボロになっていく。
そして、数分の交戦の後……
「そろそろかな」
ジャックは突然動きを変えた。
攻撃を避けながら表の入り口に走り、振り返って銃口を蟲使い……ではなく、その上の天井に向ける。そして、レストランの壁に触れ……
「殺人スキル『大埋葬』」
ジャックの触れた部分から建物が血の色に染まる。
ひび割れが広がり、柱が揺らぎ、屋根に血の色の亀裂が入る。
「とどめだよ」
そして、その亀裂の中心に銃口から発射された弾丸が建物に致命的なダメージを与え……
『な、なに!?』
「ボクも少しは傷つけたけど、ほとんどは自業自得だよ。酸やら爆発やらやたらめったら乱射するからこうなるんだ。装弾数が多いからって、調子に乗ったのが間違いだよ」
『大埋葬』
相手を圧殺する技。
建築物の耐久力を削り、倒壊させることで相手を押しつぶす技。
超威力、過破壊。下準備が大変だが、成功すれば相手の数や回避力、防御力もほとんど関係なく大質量の飽和攻撃で文字通り押しつぶせる。
大質量の瓦礫が確かな『命中力』と『攻撃力』で降りかかる。
57 56 55 54 53 52 51 50
『……たった一人で我をここまで追い詰めるとは、褒めてやろう。だが……後悔しろ』
残骸の中から、何かが破裂するように現れる。
「!!」
その姿に、ジャックも目を細める。
2mを越える巨体。
球面を描き、黒光りする外殻。
オスのカブトムシの頭のような右腕に、クワガタの頭のような左腕。
ダンゴムシのような背中から頭にかけた殻に、より硬そうな質感の前面。
そして、肩の辺りも色合いが少し違う……模様からして、蟻か何かだろうか。
脚部もコガネムシのような光沢を放っている。
ものすごく……硬そうだ。
ジャックは素早く弾を装填し、その額を狙って引き金を引く。
ドンッ……ガキン
蟲使いは衝撃に大きく揺れるものの……のけ反るだけで、倒れない。
HPも……ほとんど減らない。
「硬っ……鉄鋼弾でもないと通らないか……」
≪ダムダム弾≫は対人殺傷能力が高い反面、弾頭が柔らかいため貫通力が無い。
確実にこれまでの死から学習し……殺しにくくなっている。
ジャックは銃をホルスターに収め、≪血に濡れた刃≫を構える。
全身装甲のような蟲使いは素早く走ることが出来ないのか、遅い挙動だが……硬い外殻を武器として突進してくる。
ジャックは、身を低くして構え、ギリギリまで突進を待ち受ける。
そして……
「『マーダーズ・バースデー』!!」
渾身の十二連撃。
元々プログラムされた技の軌道に自分の意志で修正を加え、より全身の装甲の継ぎ目を狙うように攻撃する。
だが……
『ヌゥァア!!』
「クッ!!」
止まらない。
倒れない。
十二連撃の内、頸動脈と腹、心臓以外の八発は通ったが……致命的なダメージにならない。装甲内も筋肉がぎっしり詰まっているらしく、深く傷を入れられない。
そして、ジャックの攻撃が終わると……次は蟲使いの攻撃が届く番だった。
迎撃され、脚や腕の一部が斬られているため勢いが減退してはいるが、未だその一撃は強力だ。
ジャックは車に跳ね飛ばされたかのように弾き飛ばされ、建物の扉を壊して建物の中に突っ込む。
そして、その中にあった樽にぶつかり、中に液体が入っていたらしくそれが壊れてクッションになりダメージはさほど受けない。
……しかし、その『匂い』を嗅いだジャックの目の色が変わる。
「まさか……これお酒!?」
どうやら、この建物は酒蔵だったらしい。
酒の……アルコールの匂いが充満している。
(まずい……『ここ』だけはヤバい)
ジャックは、マリーに以前『常備薬』というラベルの貼られた小瓶を渡された時のことを思い出す。
『マリーさん、これは?』
『殺人鬼の殺意を抑える薬……のようなものです。どうしても我慢しなければならないとき、これを飲んでください。ただし、多用しすぎてはいけません。あまり使いすぎると依存症になってしまうかもしれませんから』
『そんなに危険なものが入ってるの!? 殺人鬼の殺意を抑える薬なんて聞いたことないし……もしかして、すごい劇薬とか……』
『いえいえ、そんなものではありませんよ。これの中身は……アルコールです』
『ア、アルコール? そんなもので殺意が抑えられるの?』
『はい、普通の人間はアルコールで酔うと他人を傷つけてしまうことがありますが、殺人鬼の方々は逆で攻撃性を押さえられます。泥酔時に討伐されたヤマタノオロチしかり、酒呑童子しかりです。特に、アルコールに弱い日本系の方ならこの程度の濃度でも十分に効くはずです。エリザちゃんにも人に噛み付いて血を吸おうとする癖があったので「神の血」ということでワインで我慢してもらっています。』
『じゃあ、これを定期的に飲めば……』
『いえ、あまり周期が短いと慣れて効果が薄くなってしまうのでそれはお勧めしません。それに、普通の人間には発生しないある種の副作用のようなものがでますので……』
『副作用?』
『はい……殺人鬼は本来、防衛本能もしくは生存本能にしたがって行動し、その結果として人を殺します。花粉症で免疫機構が花粉を敵だと認識して防衛反応を示すのと似ていますね。しかし、アルコールはその免疫作用自体を鈍らせて防衛反応を抑える。その結果、本来拒むべき対象への防御力も薄くなります……つまり』
『つまり?』
『防衛能力の低下……つまり、「弱くなる」ということです。ですから、戦闘の前にはくれぐれもアルコールの摂取は控えてください。』
「思いっきりお酒かぶっちゃった……」
狙ったわけではないのだろうが……最悪だ。
酒の匂いを意識した途端……意識が揺らぎ始めた。
先ほどまで自然に理解できていた敵の装甲の隙間が……構造が、わからなくなってくる。
そして、敵はそんなことに関係なく建物の中に入って来る。
(あと……もうちょっとでわかりそうなのに……あと数手で……)
蟲使いはクワガタの顎で手近な樽を掴み、ジャックの方へ投げつけようと振りかぶる。
ジャックはとっさに回避を試みて……足がもつれる。
「きゃっ」
倒れたジャックに、蟲使いの投げた樽が……
「……遅い……こっち、終わった」
ジャックの背後の壁を『剥がして』現れたエリザに受け止められ、投げ返された。
「すみませんお嬢様。手を出さない方が良いかとは考えたのですが……差し出がましく、手を出させていただきます」
錐のように細く鋭い短剣を手に走り出る針山は、樽が投げ返されて怯んだ蟲使いに接敵する。
そして、その腹を見て……
「昆虫界でも最高レベルの硬度『クロカタゾウムシ』ですか……ですが、ジャンケンでは象は小さな蟻の力で倒れるのですよ」
その胸の正中線から少し右にずれた部分を突く。
堅い装甲の前ではあまりに小さな剣での一刺し……しかし……
ビキッ
『!!』
「人体でも動物でも、そして昆虫だろうと、小さなダメージが致命的なものになる『急所』があります。鉱物だろうと石目というものがある。私にはそれが見えるのです」
蟲使いが自身の硬度への信頼が揺らいだのか数歩、恐れおののいたかのように引き下がる。
だが……
ドゴッ
『!!』
「……逃がさない」
壁か天井を移動したのか蟲使いの背後に回り込んでいたエリザが壁を殴り、一抱え以上ありそうな瓦礫を手にしている。
二人は、敵を逃がす気はないらしい。
「お姉ちゃん、これ噛んで」
針山とエリザが技術と力で蟲使いを攻め立てている間に、エリザ達と共に現れた咲が何か植物の葉のようなものを十枚ほど束ねてジャックに渡していた。
「咲ちゃん……これは?」
「わたしの育てた薬草の葉っぱ、これを噛めばどんなにフラフラでも絶対目が覚めるよ」
「……安全?」
「……大丈夫」
「何なの今の間」
「大丈夫……だと思う。呑み込まなければ」
「……わかった、気をつけるよ。ありがと」
ジャックはやや躊躇したが、咲を信じて仮面をずらして葉を噛む。
「……苦っ!? 言われなくても呑み込まないよこれ……あ、でもこれ……治った」
ジャックは立ち上がり、蟲使いを見てみる。
わかる……装甲の隙間も、身体の構造も、針山から受けた傷の深さも全てわかる。
それに……自分が突進で弾き飛ばされても《血に濡れた刃》を手放していなかったことに今更ながらに気が付いた。
「……咲ちゃん、エリザ、針山……ありがとう」
エリザと針山もジャックが復活したのを気配で察したらしく、蟲使いから離れる。
声をかけなくても分かっている。
「じゃあ、改めて……全滅の時間だ」
ジャックは銃に弾を込め、ホルスターに戻して刃を片手に走り込む。
蟲使いはそれを見て、迎撃しようとハンマーのように右腕のカブトムシの角を振り下ろす。
だが、その『殺気』は、ジャックに丸見えだった。ジャックはそれを紙一重で回避しつつ、その腕の稼働している間接部分『手首』『肘の内側』『肩』に三連撃を叩き込む。
そしてさらに、痛みに動揺する間も与えず今度は左腕の同じ部分に三連撃。
蟲使いは左腕で追撃するつもりだったが、先手を取られて腕が上がらない。
さらに……後退する間を与えず股の間接、前に踏み出していた左足の付け根の『クロカタゾウムシ』と『カナブン』の間の部分に刃を突き刺し、手を離して跳び、その柄を踏む。
『!?』
「さ、その巨体でこの間合い、どうする?」
蟲使いは動かない……いや、動けない。
腕は回復にまだ少々時間がかかり、足は蹴っても届かない。
前に倒れて押しつぶすにも……左足が前にでている状態で固定されていて無理だ。
だからこそ、ジャックはゆっくりと力を溜めながら、平手にした手を引き、蟲使いの腹に狙いを定めて……
「発勁」
厚い装甲から浸透し、体内に染み込む衝撃。
本来は修得に何年もかかる中国拳法の奥義のような技術だが、動物の体内の構造を直感的に把握できるジャックはそれを感覚で、見様見真似で行う。
そして、装甲に手を当てたまま『手応え』を探り……
「見つけた」
足元の刃を抜き、瞬時に針山が蟲使いの脇腹の辺りにつけた数カ所の傷を装甲の筋に沿って繋ぐように刃を振るう。
そして、その両手の指に力を込め、刃でなぞった筋に爪を突き立て両足を蟲使いの腹と頭にあてがい、全身の力で装甲を引き剥がす。
『!?』
「まだだよ」
ジャックはすぐに態勢を立て直してホルスターから銃を抜き、装甲がなくなってもまだ硬く締まった筋肉に守られた体内に至近距離から銃口を向ける。
容赦なく引き金が引かれた。
筋肉繊維の欠片が飛び散る。
そして、蟲使いのHPバーが空になり、再生が始まる……その瞬間に、ジャックは銃も刃も手放し、その手を貫手のようにして蟲使いの傷口に突き立てた。
「『ハートスティーラー』」
相手を『蘇生不可能』にして殺す技。
弱った敵の心臓を掴み出し、完全に死亡させる技。
しかし、ジャックが手を突っ込んだのは脇腹だ。
ジャックは躊躇なく、文字通り腹の中を探るように手を動かし、何かを握り込んで手を引っ張り出す。
「殺しながらずっと探してたんだよ。でもちっちゃいし、体の中動いて逃げ回ってるみたいだからなかなか見つけられなかったけど、この中までのカチカチの身体になってようやく捕まえられた。手間かけさせてくれたね〖孤独のココ〗さん」
ジャックの手の中に居たのは、普通より大きいが手に収まるほどの昆虫……蚤だ。どこか胎児にも見え、一目で『半人半獣(蟲)』とは判断できないが、人型と言えないことはない。
そして、意識を集中すると〖孤独のココ LV100〗というボスのネームが表示される。
蚤は怯えるように震え、小さな声で言う。
『や、やめろ……見るな……化け物』
「なるほど……本当は小さくて臆病だからあんな〖蠱毒の蠱々〗なんて偽物の身体に隠れてたんだ。文字通りの『蚤の心臓』だね。でも、いくらなんでも『化け物』は心外だよ。虫殺しくらい、人間でも普通にやってるじゃん。こんなふうに……」
ジャックは手の中の蚤を床に落として、足を振り上げる。
『やめて! 殺さないで! 何でもする、あなたに仕えるから!』
ジャックの目の前に『テイムしますか?』という表示が出る。どうやら降伏し、使役されることを選んだらしい。
ジャックは、その必死の訴えを聞き……
「やだ。マリーさんが、虫を見たらちょっと嫌がるくらいの方が『普通の女の子』らしいって言ってたし」
迷いなく、足下の虫を踏み潰した。
『DESTINY BREAK!!』
2月3日。夕方。
とある町の日の入りの見える野原にて。
「鬼はー外! 福はー内!」
まだ日が沈みきっていないが少し気の早いNPCの少年が、節分の豆まきを始めた声が聞こえてくる。
ジャック……普段着の『黒ずきん』は、その声に思うところがあるかのように、下草の絨毯に脚を伸ばして座りながら呟いた。
「はいはい、わかってるよ。ボクは外、咲ちゃんは内だよね」
クエストボスを倒した後、ジャックは咲を針山とエリザに託した。
咲は必死に『お姉ちゃんと一緒に行く!』と言っていたのだが、それはつまり本格的に人殺しの道を歩き始めると言うことだ。一度操られたこともあってか、確かに人間の命に頓着しなくなってきているように見えたし、その才能を遺憾なく発揮すればジャックと共に『蜘蛛の巣』の殲滅を成し遂げるのも不可能ではないかもしれない。
しかし、ジャックは咲に言い聞かせた。
『咲ちゃんは、ボクみたいな殺人鬼になんてなっちゃダメ。もしなっちゃったら、ボク悲しいよ』と。
理屈を並べ立てるのではなく率直に気持ちを伝えたことが良かったらしい。渋々引き下がってくれた。
『死の恐怖』を知った咲はマリーのいる教会に戻り、仲直りするだろう。マリーならその後のメンタルケアも信用できるし、ジャックの正体も秘密にするように言ってあるので大丈夫だ。
公には『蜘蛛の巣』との関わりを隠しきることは難しいかもしれないので、咲は誘拐され、騙されていたことにすると針山と決めた。あながち嘘ではないし、貴重な情報源だ。悪いようにはされないだろう。
資質や才能があっても人を殺していない咲は家に帰り、『偶然にも誘拐犯を全て抹殺して人質解放の原因となった殺人鬼』のジャックは咲とは無関係の部外者になる。
それでいい。
ジャックは子供を助けるために人を殺すような善人ではなく、本編とは限りなく無関係に近い設定上の登場人物『通りすがりの殺人鬼』……それでいいのだ。
「あー……この前ライトがやってたのって、こういうことなのかなー……はは、まあボクは二人や三人分余罪が増えたところでなにも変わらないけど……あのとき、怒ったのはマズかったかな……」
一人で過ごす時間が長いと独り言が多くなる。
このゲームに入り、殺人鬼になってからは特にそうだ。正体を隠すために固定パーティーを作らず、寝込みを襲われる危険を考えて定住せず、ダメージが発生しても違和感がなく、危険で誰も入って来ないようなフィールドの安全エリアに泊まる。そんな生活をしている……そんな、まさしく人の目を忍んだ、人間社会に紛れ込んだ化け物のような生活をしている。
だからこそ……人恋しくなったのだ。
毎月のマリーとのデートは楽しみだ。博愛を信条とする彼女は、殺人鬼だろうが愛してくれる。たとえ、彼女が本来愛すべき沢山の人たちを殺した殺人鬼であろうと、その分の愛を注ぐように愛してくれる。
時たまライトやナビキと一緒にクエストをしたりエリアボス討伐に参加するのも好きだ。戦闘ギルドと一緒に戦うときは専ら医療担当のサポートだが、よく無茶をする赤兎や皆の壁になって攻撃を受けるアレックスは自分を頼りにしてくれるし、アマゾネスの人達は治療にかこつけて仲間に誘ってくれる。いつかは敵になるかもしれないが……敵にならなければ、少しくらい仲良くするのも悪くない。
ナビキの中の『ナビ』は殺人鬼の自分を警戒し……というより、ナビキを護ろうとしているらしいが、警戒しつつも一定の敬意を払ってくれる。こちらはエリザのことがあるからナビキやナビには手を出すつもりはないと言っているのだが、どうやら彼女なりの線引きらしい。ある意味、ライトの影響か柔軟にジャックに対応しているナビキより常識人なのかもしれない。
スカイやチイコ達生産職も、ジャックは割りと好意的に思っている。尊敬と言い換えてもいい。殺人鬼は戦闘能力を持たない彼ら彼女らにとっては天敵のはずなのに、信じた相手……たとえば戦闘職が暴力に訴えて来たらどうしようもなくなるのに、それでも信頼と情報という見えない武器で戦っている。特に、ジャックが殺人鬼だと知っていても物怖じせずに対応するスカイの図太さにはいつも驚かされる。しかし、彼女のような『弱いが強い』者こそ殺人鬼としての自分を認めてくれる。競技の科目が違う一流同士だからこそ、気兼ねなく殺人鬼としての話も出来る。
針山からOCCに誘われたこともあったが丁重にお断りした。
針山はきっと受け入れてもらえると言ってくれたが、ジャックはOCCを見て……そこは、針山の居場所だと思った。
彼はどうやってかは知らないが、このゲームに入ってから一度も人を殺さずにここまで来ているらしい。方法は教えてくれないが……理性で押さえつけているのか代替行為を果てしなく続けているのか、楽ではないだろう。その安息の地に自分のような殺人鬼が入り込むのは野暮だ。
ジャックは、基本的には一人きりなのだ。
そして……咲。
殺人鬼の素質を持ち、ジャックより強い才能を持つ者。
殺人鬼として完成した咲となら、二人で一緒に犯罪者を狩って暮らすのも出来るだろう。
しかし……
「いくらなんでも、まだ純粋なあの子をこんなダークサイドに引き込んだら、人としても鬼としても外道だよねー。ボクも流石にそこまで落ちぶれてないよ」
強がるような独り言。
少し残念がっているのを隠そうとするかのような不自然に明るい言葉。
誰にも聞かせる気のない言葉だったが……
「はは、アキは変わらないな。弱音を吐かないのは立派だけど、無理しちゃダメだよ」
背後から、『声』が聞こえた。
それも、聞こえるはずのない、懐かしい『声』。
慌てて振り返ろうとすると……背中に重みがのしかかる。押しつぶすようにではないが、背中合わせに座って支え合っているような状態だろうか。
「振り返らないで。魔法が解けちゃうから」
魔法……ある意味『魔法』だ。
もうこの世にいない人物の存在を感じさせるなど、もはや魔法と呼んでも差支えの無い奇跡だ。
当然……そんなことが出来る者の心当たりも限られてくる。
「……マリーさん? それともライト? 何のつもりか知らないけど、そんなふうに気遣っててもらわなくても、ボクは大丈夫だよ」
「そんなんじゃないよ、こっちの都合さ。ちょっとアキの元気な姿を見たかったから無理言って帰って来たんだ。ボクが……『ボク達』が先に行ってアキを置いて行っちゃったから、ちょっとだけ心配してたんだよ。寂しい思いしてないかって」
「じゃあ今は幽霊なの?」
「幽霊……まあ、似たようなものだよ。視方によってはただの偽物だし、別に未練や恨みがあって化けて出たわけでもないから厳密には違う。強いて言うなら、今日は節分だし、外に『鬼』が出てもおかしくないでしょ」
「日本じゃ『鬼』と『幽霊』って意味合い違うんだけどね……でも、大体分かったよ。で、どうだった? 心配して見に来てくれたらしいけど、ボクが殺人鬼なんかになっちゃっててがっかりした?」
「いや……ビックリはしてるけど、がっかりはしてないよ。それに、むしろやりがいのあること見つかって良かったんじゃない? 寿命もちょっと延びてるし」
「気休めはやめて……勝手にジャックの名前使って、本物の殺人までやっちゃって、しかも手術も受けられなくて……もう、呆れて物も言えないでしょ?」
「アキ……ボクが最期になんて言ったか、憶えてる?」
「……」
ジャックは……茨愛姫は驚く。
それは、彼女以外誰も知らないこと……誰にも言っていないし、他に誰も聞いていないはずのことだ。
そう……『彼女』以外には、『彼』しか知らないはずの言葉。
「『ちゃんと生きろよ。ボクはいつでも、アキを見守ってるから』……アキはどんなふうであれ、今もこうやってちゃんと生きてるんだ。ならボクは約束通り、アキを応援するさ。」
日が沈みきる。
闇の訪れと同時に背中から重みが消える。
「……待って!!」
数秒逡巡して振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。
去って行く足音はしなかった……生前の彼の得意とした技術だ。
あるいは、もともとそこには誰もいなかったのか……
おそらく、ライトやマリーに尋ねても知らぬ存ぜぬだろう。
見事にしてやられた……もはや幽霊の不在証明はかなわない。
かけられた励ましの言葉を『彼』以外の人物からのものだと撥ね付けることはできない。
ただ、一人残された彼女は……小さく笑った。
「まったく……自分は勝手に先行っちゃってるのに……相変わらず無責任なんだから」
自分が『彼』の所にいくのはいつのことなのか。
そもそも天国と地獄なんてものがあったとしたら二度と会えないかもしれない。
まあどちらにしろ、そうすぐにはあちらに行くつもりもない。少なくとも、このゲームをクリアするまでは全力で生きるつもりだ。
何年かかるか、それまで病気の肉体は保つのかはわからないが……
「フフ、『鬼が笑う』ってやつかな」
殺人鬼は、人々に畏れられながら闇夜へ消えていく。
『蛍』
『大空商店街』のサブマスター。
情報網はプレイヤー随一。
ちょっと他人に話しにくい悩みでも親身に聞いてくれるよ。
(スカイ)「元義賊で百合でマゾでストーカー……我が腹心ながら人格に問題ありね。紹介文の言葉選びくろうしたわ」
(マリー)「あらあら、そうは言ってもそれでサブマスターが勤まるんですから逆に並外れた有能さが証明されてますよね」
(スカイ)「まあね。それにあの子情報屋として一流だからね……裏表両方の人脈半端ないし、なんか捕まえた犯罪者とも仲良くなって、時々お酒をこっそり入れて酔わせたり」
(マリー)「流石は最初の犯罪ギルドの生き残りですね。」
(スカイ)「あと、特殊な性癖持ってる女の子の知り合いとかたくさんいるらしいわ。噂ではプレイヤーメイドの同人誌作らせてるとか……」
(マリー)「まあまあ、いいじゃないですか。ちょっとくらいそういう物が裏で出回ってた方がセクハラ関係の犯罪も減りますよ?」
(スカイ)「ネタにされる側にもなってよ……」
(マリー)「あらあらまあまあ、私も気をつけないといけませんね」
(スカイ)「マリーは割と肉食系だから常に攻め側で描かれてるらしいわよ」




