107頁:不死身だろうと油断してはいけません
『卓球スキル』
卓球をするスキル。
遊技系スキルだが、戦闘用にも使用できる。発射できる弾はピンポン球ほどで威力は低めだが動きが速く、バウンドや跳弾によって防御をすり抜けた攻撃ができる。
ジャックは……茨愛姫は、デスゲーム中の『殺人鬼』という役回りを半分は成り行きで、もう半分は自分の意志で演じている。
もちろん、不満がないわけではない。
病を抱える彼女はせめて短い時間だけでも年頃の女の子として普通に友達を作って残りの人生をエンジョイしたいとも思うし、自分が殺人をすることで現実世界の家族や周りの人に迷惑がかかるのもわかってる。人を殺すのは決して快楽ではないし、ホタルの時のようにどこかの誰かに恨まれて命を狙われるのは嫌だ。
しかし、最初にプレイヤーを殺してしまった時『殺人鬼』という称号を手にしてしまった。
そして知ったのは、自分が生来の殺人鬼であること。それに、もはやこのゲームの中で『普通』に生きるには、あまりに重いものを背負ってしまったということ。
人々からの恐怖を集め、プレイヤー同士の不信を生むための『悪役』を引き当ててしまった。初めから人殺しであることが確定したプレイヤー、全てのプレイヤーの安息の地であったはずの街の信頼を揺るがす存在……この極限状態のデスゲームにおいて殺されるには十分な理由が揃っている。
これが成り行きとして、ジャックが殺人鬼を続ける理由。
もう後には引き返せない。無抵抗でいれば、きっと誰かに殺されてしまう……戦いをやめるわけには行かなくなってしまった。
そして、もう一つの理由……ジャックが自分の意志で殺人鬼をやっているのは、『暗部を自分が引き受けるため』という部分がある。
実のところ、ライトからは『自首し、拘束されることで身の安全を確保するという提案もされていたのだ。(ライトはペットプレイなどと呼んでいたが、どこまで本気かは定かではない。)
しかし、ジャックはそれを断った。そこには、完全には身の安全を保証できないというのもあったが、それと同時にもう一つ重要な意味があった。
それは、『自分は拘束されているより殺しをしていた方が攻略の助けになる』と考えたから。ジャックは殺人鬼ではあるが、このゲームの攻略には反対ではない。むしろ、生きている間にゲームを終わらせて現実世界に帰り、どんな形であれあちらで最期を過ごしたいと思っている。そんな彼女が、このデスゲームを早く終わらせるために自分の能力を最大限に活用しようとしたのが『犯罪者を選んで殺す』というスタイルである。
残念ながら、一般プレイヤーには『悪を打ち倒す悪役』のような認識は広まっていない。まあ、正体がバレそうになったら犯罪者以外にも殺すことはあるし、『敵味方関係なく、同じ犯罪者だろうが無差別に殺す凶悪犯』のように考えられている。しかし、ジャックは他人からの評価が欲しくてやっているわけではない。
それはあまりに身勝手かもしれないが……
あまり、他のプレイヤーに殺しをさせたくない。自分のように殺しの才能を開花させるものを作りたくないのだ。
例えば咲だ。
彼女の才能が全力で殺人に使われれば、このゲームの攻略も難しくなる。もちろん道を踏み外してほしくないというのもあるが、現実問題危険なのだ。
正直、咲に『殺す』宣言をされたときジャックが心配したのがそれだった。
『殺人鬼』の称号には隠しルールがある。それは……『称号の所有者がプレイヤーに殺された場合、称号とスキルは所有者を殺したプレイヤーに移動する』というもの。
殺人鬼を退治しても殺人鬼はいなくならない。
むしろ、次に殺人鬼になった者がその能力を弱いプレイヤーに全力行使するような者なら大惨事になる。それに、このルールが知れればそれを目的にジャックの命を……『殺人鬼』の命を狙うものが現れるのは目に見えている。それは連鎖し、代替わり毎に惨劇を生み出すかもしれない。
簡単にいえば『むやみに暴れる馬鹿が手に入れるくらいなら、自分が持っている方がまし』ということだ。
そして、最後に殺人鬼を続けている理由とも言えない、ライトに言われて作った後付けの考えなのだが……
ジャックは自分の『殺し』に誇りを持っている。
大義もなく、正義もなく、言い訳もなく殺す。
容赦もなく、半端もなく、手段を選ばず殺す。
命の軽さを知っていても、果てしなく無意味に近い行いだとしても、得る物が何もないとしても、手を抜かず殺す。
死後の世界を信じていようがいまいが、命乞いをされようが、相手が正々堂々を望もうが、同じように殺す。
誰もが絶望するほど理不尽で、しかし世界のどんな事象より平等な存在としての『死』。
そんな殺し方に、ジャックは誇りを持っている。
《現在 DBO》
場所は煉瓦作りの市街地。
建物も多く、荒廃した見た目になっているが生活感を感じさせるオブジェクト、たとえば店の看板や馬のいない馬車などが配置され、障害物が多い。
このような場合、平野での戦いより周囲の特殊な『地形』に順応しながら戦う技術が要求される。
『おのれは!!』
ボスモンスター〖蠱毒の蠱々〗は右手を巨大な鎌……おそらく蟷螂の鎌に変えて向かってくる。
その刃の輝きは、それが強力な切れ味を誇っているであろうことを強調する。
だが……
「知ってる? 『蟷螂の斧』っていうのは、『実際は大したことがない』っていう諺なんだよ」
ジャックはポケットから何かを投擲。
ボスは鎌を振り上げ、それを空中で一刀両断する。
ボン
斬った瞬間に爆発。爆煙と衝撃がはしる。
『!!』
「何を投げられたかくらいちゃんと確認して斬りなよ」
ジャックは鎌の外側……ボスの右脇をすり抜けるように走り抜けながら脇、首、札で隠れているが眼の辺りを三連撃で斬りつける。
『うぉぁ……』
「痛がってる暇あるの?」
おそらく三本目であろうHPバーを残らず削りとばされたボスは、悲鳴か悪態を吐こうとしたが、その前に振り返ったジャックが左手で銃をホルスターから抜き、そのまま至近距離で
ドンッ
と、まるで小さな大砲のような銃声をあげながらボスの頭を撃つ。
すると、弾が当たったボスの頭は上半分が吹き飛んだ。
97 96
さらに残機が斬撃のダメージと合わせて二つ減り、96の八割方というところになる。
慣れた動きで自身の身体をしなやかに動かして反動の衝撃を逃がしたジャックは、『装填』と呟き、相手の再生を待つ内に新たな弾を装填する。
それは《ダムダム弾》……弾頭に柔らかい金属を使い、着弾の衝撃で変形することによって口径を大きくして衝撃を伝えやすくする弾。貫通力が無い代わりに、着弾した場所で衝撃が爆発し、『抉る』というより『破裂する』というべき威力を発揮する。
それは現実世界ではそのあまりの殺傷力に軍での使用が禁止された弾だ。
それをジャックは躊躇なく使う。
そして、再生しながら脱皮でもするように外れる蟷螂の腕を見て……
「やっぱり、いろんな蟲の能力を持ってて、しかも百回分の命があるって凄いと思ってたけど、死ぬごとに能力が減っていくんだね。せっかくの腕も、使う前になくなっちゃったね……『蟲使い』さん」
ジャックの言葉に、頭を再生させた蟲使いは恨みがましそうに歯ぎしりする。しかし、やはり《血に濡れた刃》で斬られたところは先に攻撃を受けたにも関わらず頭より再生が遅い。回復の阻害効果はボスモンスターにも通じているようである。
『おのれ……一度ならず二度までも我が言葉の最中に……』
「なに言ってんの? これは決闘じゃない。ルール無用の殺し合いだよ。話したければそれだけの余裕を持って戦うべきだよ。それに……」
ジャックは、抗議の声を上げながら変形しようとしたボスの開いた口に素早く銃口を向け、引き金を引いた。
「これ、やつあたりだから。ボクの同族が利用されそうになって、イライラしてるだけから、ストレス解消に付き合って」
95
一方、咲は針山に連れられ、三階建ての建物の屋根に避難していた。
下では、ジャックが復活しようとするボスモンスターを頭の再生直後に銃弾を撃ち込んで殺し直すというかなりえげつない方法で圧倒している。
相手が人の姿に近いのが関係しているのか、その集中力は途切れる気配がない。
「すごい……お姉ちゃん、あんなに強かったの?」
「あまりのぞき込むと落ちてしまいますよ。」
咲の隣で同じくジャックを見守る針山。
屋根の縁に直立し、咲が落ちないように気を配りながらもジャックの戦闘をしっかり見ている。
そして同時に、咲に世界の真理を説明するかのように語る。
「『殺す』という事に関して、人間は驚異的な進化を重ねてきました。人類の歴史は戦争の歴史などというのは良く言われることですが、それだけ人類は殺し合いに文字通り命をかけてきたのです。文明の歴史とはそれこそ、殺す能力がないと子孫を残せないほど、殺せなければ問答無用で淘汰され、滅びてしまうほどに過酷な戦いの歴史です。」
未だ世界の汚さを……残酷さを知らない咲に、針山は世界の子供に対しては包み隠されるべき部分を教える。
「よく憶えておいてください。あなたの能力は恐ろしいものです。いつか本気を出せば、五桁……万単位の人命を脅かすことも出来るようになるでしょう。しかし、それはむやみに人を殺すためにあるのではないのです。」
針山は、ジャックを見下ろして力を込めて言った。
「それは、ああやって自分を含めた守るべき者の命を守るため、その命を脅かす脅威を消し去るために使うべきものです。あくまでも生きるために殺すのですよ。だから、もうそれを向ける相手を間違えてはなりませんよ」
「……守るため、お姉ちゃんを守るため」
その時、背後で『トン』と軽い足音がした。
針山と咲が振り返ると、そこにはゾンビ化したNPCの首を幾つも手に持って立つエリザがいた。首の中には虫が蠢いている。
「これ……美味しくない……手伝って」
「……そうですね。お嬢様の邪魔になってもいけませんし、取り巻きは私達で片付けてしまいましょう。咲さま、ここでじっとしていてください。すぐに戻ってきます」
針山は頭を下げてエリザと共にその場を離れようとする。
「ま、まって! わたしも……」
咲は、その背中に声をかけた。
針山も足を止め、その先の言葉を待つ。
「わたしも……お姉ちゃんを守りたい。一緒に、行っても良い?」
針山は振り返り、その言葉を待っていたかのようにニコリと微笑んだ。
「かしこまりました。では、一緒にお嬢様の露払いと行きましょうか」
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薬莢を排出し、新しい弾を込める。
もう何度も繰り返している流れだ。
もうこのまま完封してしまうかと思い始めた……その時だった。
『いい加減にせんか!! この卑怯者』
蟲使いの身体が変化する。
そして、目を隠していた札が取れその下の目が……『複眼』が露わになる。
『がっ!!』
「!」
蟲使いの背中から翅が生える。蜻蛉のような細長い翅だ。
その右腕も変容し、螻蛄の腕のような太く力強いものになる。
ジャックもさすがにこれには驚いた。
「翅!?」
頭めがけて引き金を引くが……その複眼が動体視力を上げているのか、初めて弾を避けた。
そして、翅を震わせ、一直線に前へ……ジャックのへ突っ込む。
「っと!!」
ジャックはその突然の突進を先読みして横に跳び、さらにすれ違いざまに振るわれたオケラの腕を回避し、その後ろ姿を見送る。
「さすがにそう何回も同じ手で殺し続けられるようには出来てないか……流石に単発銃であのスピードを狙うのは厳しいよね」
ジャックは以前『ネバーランド』の戦闘人員として『スラムバトル』というガンアクション要素のあるVRMMOを経験しているため、ある程度は銃は使い慣れている。しかし、それは結構昔の話であるし、銃の天才というわけでもない。弾丸はまだまだ残っているが、やはり当たらないのが分かってる相手に無駄弾を撃てるほど粗末にできるアイテムでもない。
「ま、ボクのメインアームはこっちだから良いんだけどね。」
ジャックは旋回してくる蟲使いを見ながら弾を込め直し、銃をホルスターに収めて赤い刃を構える。
そして、上空から再び突進してくる蟲使いを見やり、構える。
「来なよ。縦に真っ二つにしてやる」
蜻蛉の飛行能力を持った蟲使いは凄まじい速度で距離を詰め、そのオケラの腕を振り上げる。
そして……
ザクッ
その腕を突き出し、『敢えて』自分の腕に刃を突き刺させ、素早い翅の動きで空中での急ブレーキ、そしてバックをしてみせる。
その表情には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいる。
「へえ……そのまま突っ込んだら斬られるって分かったから、先に腕一本犠牲にしてボクの武器を奪ったか……」
蟲使いはバックしてまた最大速度に加速するのに十分な距離をとる。そして、今度こそはジャックを討ち取ろうと、腕の代わりに鋭利な牙が並んだ口を開き、またも突進してくる。
それを正面から見て、ジャックは……
「この程度でボクを無力化できたと思ってるなら大間違いだよ」
蟲使いを十分に引きつけ、ジャックは両手首の『留め金』を外し、腕を下方に勢い良く振る。
その袖口から、ジャックの肘から手首までの長さとほぼ同じ長さの二つの仕込み刀が滑り出し、その柄が握られる。
左手には刃の片側が櫛形になっている《ソードブレーカー》、右手には短剣のように短く加工された《フランベルジェ》。波打つ刃は敵の傷口を広げ、刺した相手により大きなダメージを与えるようになっている。
ジャックは二つの短剣を握り、突進してくる蟲使いを迎えに行くように前進する。
そして……
その突っ込んでくる複眼にフランベルジェを『突き刺す』ように見せかけて柄を手放し、相手の速度を利用してその五本の指の爪で刀身を避けた蟲使いの頭の一部を斬りつけるのではなく『抉り』取る。さらに左手は斬りつけを外したように見せかけ、その薄い翅をソードブレーカーの櫛形の部分で引っ掛けて切り取るのではなく『破り』取る。
高速で飛行中に頭部の一部を抉られ、さらに翅をもがれてコントロールを失った蟲使いはほぼそのままのスピードで壁に激突する。
そこに、抉った肉片を投げ捨てたジャックが銃口を向ける。
「悪いけど、ボクの人斬り包丁返してもらうよ」
ドンッ
右腕の付け根に着弾。胸の一部を破裂させられ、さらに腕も吹き飛びジャックの足下に転がってくる。
ジャックは腕に刺さった《血に濡れた刃》を抜く。
89 88 87
一気に三機分残機の減ったボスモンスターのHPバーを見て、ジャックは言う。
「相手はNPCで、命はいくつもいくつも補充できる紛い物。おまけに変形してどこからどこまでが人型って呼べるのかわからない。正直単調な戦い方だと飽きてくるし、ちょっと気も晴れてきたから適当に殺して再生までに街から抜け出すってのもできるんだけどさ……」
ジャックは、《ソードブレーカー》と《血に濡れた刃》を脱力したように構えた。
「ボク、一度始めた『殺人』を途中でやめるって嫌いなんだよね。例え相手が姿を変えて人じゃなくなっても、殺すのが面倒な相手でも、半殺しとかは性に合わないんだよ。だから……もう少し付き合ってね? いつまでもずっととは言わない、死ぬまででいいから。」
ジャックは立ち上がるボスを見据えながら小さく唱える。
「オーバー100『マーダーズ・コレクション』」
『殺人』は終わらない。
『マリー=ゴールド』
プレイヤーみんなのおねえさん。
カウンセリングにお悩み相談、果てはただのお茶会だろうと至福の時。
ただし、依存にはお気をつけください。
(マリー)「今回は私ですか。」
(スカイ)「最後の一文さえなければただの優しいおねえさんなのにね~」
(マリー)「あらあら、ご理解ありがとうございます。そういうスカイさん、好きですよ」
(スカイ)「あと、博愛主義を名乗る無差別愛者ってのも付け足した方がいいかもね」




