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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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104頁:生き物を飼うときには逃げられないように注意しましょう

『野球スキル』

 野球のスキル。

 遊技系のスキルだが、バットでの打撃や投球での遠距離攻撃、さらにスライディングなどの移動技と戦闘に応用できる技が多く、汎用型の一つに数えられる。

 しかし、普通に他のプレイヤーと野球を楽しもうとするとスキルの有無で球の飛距離などに大きな差が出てしまうことがあるので注意。(専らNPCの野球試合に参加させてもらう形になる)

「マリーさんのバカ!!」


 一人の少女は怒鳴り声を上げ、教会を飛び出した。

 まだ小さく弱い、本来ならばまだ小学校に通っているくらいの年齢の少女。とても一人では生きていけないような、か弱い存在だった。


 当然、そんな彼女が家出した所で、新しい家などすぐには見つかるはずもない。数時間、あるいは数日経てば頭を冷やして帰るのが普通のどこにでもある話だった。



 ただいくつかの、信じられないようなアクシデントが重ならなければ……大した事件にはならないはずだった。



 少女は連れ戻されないようにフレンド登録を取り消し、ゲートポイントをいくつか適当に通過して、見知らぬ街に来た。


 そして、適当なNPC経営のレストランでやけ食いをしているときに……遭ってしまった。

 全くの偶然で、あるいは運命的に……出会ってしまった。


「もしかして家出でもしたのかい? お嬢ちゃん」


 『子供みたいなおじいちゃん』と、出会ってしまった。










≪現在 DBO≫


 黒ずきんは……ジャックは、檻の中で目を覚ました。


「ん……ここは?」


「あ、起きた? お姉ちゃん」


 檻の外には笑顔の咲。

 花畑で積んでいた花を花瓶に活けている。


(これは……ボク、生きてる? 夢オチじゃなさそうだけど……)


 ジャックは自分の今の状況を整理しようと、目を素早く動かして周囲の情報を集める。


 自分がいるのは檻の中。

 檻のサイズは縦、横、高さが1mほどの立方体であり、天井と床の鉄板が幅15cmほどで四方に並んでて鉄棒によって繋がれたタイプ……大きな街のショップで扱われているモンスター捕獲用の檻だ。本来はテイムしたいモンスターを捕まえて持ち帰り、餌をやるなどして時間をかけて自分に懐かせるためのアイテムで、確か底には車輪がついていたはずだ。咲が自力でジャックを運んだのなら、この檻に入れて運んだのだろう。


 それに、檻がある場所は宿部屋……それもおそらく、咲と一緒に泊まっていた部屋だ。


 そして、中にいるのは檻に入れられているジャックと、その外にいる咲の二人だけ。

 自分は明らかに閉じこめられているが、咲は何故か楽しそうにウキウキとしているようにも見え、一緒に監禁されたわけではないだろう。むしろ疑いの余地なく犯人は咲だ。


(確か記憶では……咲ちゃんに毒で動けなくされて、『殺せ』って言われたって言ってて、それから鉈で……)


「お姉ちゃん、大丈夫? 痛くない?」


 自分を『殺す』という宣言をしておきながらも、心配そうな視線を向ける咲。

 その視線は、ジャックの顔よりも、その先を見つめていて……


「…!?」

 ジャックも視線を追って見て驚愕した。


 ジャックの身体は首から下が体操座りに似た腕を自分の足で挟み込んだ姿勢で丸められ、縄跳びの縄と同じくらいの太さの植物の蔓で厳重に縛り上げられて横に寝転がらされているのだ。しかも、左肩の辺りにおそらく鉈で斬られたのであろう傷があり、そこに植物が根を張っている。


 驚いて身を少しでも動かそうとするが……首から下に力が入らない。傷が残っているのに痛みもないし、全身を強く縛られているようなのに目視するまでそれに気付かなかった。


 『麻痺』……それも、特殊な調合が必要な『局部麻酔』に分類されるものが使われている。


「『ムクロヤドリギ』っていうんだよそれ。『根張りのうろ』で取ってきたんだけど、種が身体に入ると根を張って、毒がでて動けなくされちゃうんだよ。一晩でここまで強く育つようにするの、苦労したんだー」


 『根張りのうろ』とは『上位種の洞窟』と呼ばれるダンジョン群の一つ。ゲーム最初期にフィールドで出遭うモンスター達の上位種が配置され、ゲームの進行と連動して下層のよりレベルの高いモンスターが現れる層が開放される。周囲のレベルの低い『時計の街』からあまり離れずに経験値やアイテムを得られることから、戦闘訓練などにも用いられる。


 しかし、その中でも『根張りのうろ』は探索が難しいとされるダンジョン。爆発するキノコモンスター〖マッシュボム〗と刃が飛び出すキノコモンスター〖スラッシュマッシュ〗の上位種が出現し、食人植物や毒草、流動的に空中を移動し触れたプレイヤーを侵食するカビなどの厄介なモンスターが多数現れる。レベルが高くとも毒や罠で足下を掬われる危険なダンジョンだ。


 そこで手に入る植物の種や球根、胞子などは調合の材料として利用されることもあるが、中を熟知していないと危険なため生産ギルドの『大空商店街』では専門の採集免許が発行されている程だ。ジャックも薬の調合で材料としてどうしても必要になっても大抵は『大空商店街』の市販品を買うかライトに頼んで取ってきてもらっている。


 しかし、咲は口振りからすると自分でこの毒草を採集してきたらしい。

 認識を改める必要がありそうだ。

 咲は『普通の女の子』……ではない。


 ジャックは身体の自由が利かないので無理に力を入れようとするのを諦め、咲の方を向き直る。


「……何で、こんなことをするの? ボクを『殺せ』って言われてたんでしょ?」


 断片的な記憶と今の状況から大まかな流れは分かってきた。

 咲は何らかの形で犯罪組織『蜘蛛の巣』と関わっていて、ジャックを引き込もうとしたが、咲がいなくなって後を追ったジャックが組織の縁者を殺してしまったため御破算になった。

 そして、咲は責任をとらされてジャックを殺すように命令され、おそらく粉末の毒薬かなにかを吸わせて動きを縛り、鉈で動けないジャックを殺そうとした。しかも、相手には『石で殴った相手を従わせる』という不可解な能力を持った者がいて、さらにその効果には『模倣殺人(フェイクマーダー)』……街中でもダメージを発生させる『殺人鬼』の能力をそれ以外の者にも付加する効果が含まれている。

 つまり、操られた咲はその場でジャックを殺せたはずなのだ。


 だが、現状ジャックは厳重に監禁されてはいるものの殺されてはいない。

 これは、どういうことだろうか?


 問いを投げられた咲は、首を傾げた。



「あれ? わたし、ちゃんと『殺せ』てないの?」



 その表情はとぼけている様子もなく、本気で疑問を抱いているようだった。

 まるで、本気で言われたことはもう済んでいたと思っていたような……何かやり残した部分があるのかと考えているような……


「……まさか……」


 ジャックの中に一つの仮説が思い浮かんだ。

 一瞬『ありえない』と思うが、相手がまだ10歳、しかも精神的に実年齢よりもさらに少し幼く見えることを考え、『もしかしたらあるかもしれない』と思い直す。


 そして、それを確かめるために質問を投げかける。


「咲ちゃん、どうしてボクが『黒ずきん』じゃなくて、本当は『ジャック』だって気付いたの?」


「えっとね……おふろの時に、鏡に写ってた包丁が、『指名手配』の貼り紙に出てたやつと一緒だったの。それでわかったんだよ」


 刃物を肌身離さず隠し持つ癖をマリーに注意されていたが、もろ的中していた。

 バケ鏡の中の自分の姿に夢中かと思っていたが……子供の注意力は侮れない。というより、興味を逸らしたフリをして……本当は『黒ずきん』に執着し続けていた。油断した姿を見ようと策をこうじられていたようにも思える。


「じゃあ、ボクが『殺人鬼』だっていうのもそのとき知ったんだね。怖くなかった?」


「ぜーんぜんだよ。みんなはお姉ちゃんのこと怖がってるみたいだけど、ホントはとっても優しいから」


「……じゃあ、ちょっと聞いて良いかな?」


「なあに?」


 ジャックは、意を決して問いかけた。



「『殺人鬼』って、何する人かわかる?」



 咲は、難しいことを聞かれたように考え込んだ後……答えた。



「わかんない。」



 そのとき、やっとこの状況が飲み込めた。

 咲はジャックを『殺せ』と命令され、それを実行しようとした。

 そのために、鉈まで渡されて『これを使え』とも言われている。

 だが、ジャックが明らかに死んでいないのに、咲は鉈でジャックを傷つけたことで命令を完了した気になっている。


(咲ちゃんは知らないんだ……『殺す』っていう概念を……もしかしたら『死ぬ』って概念も)


 『殺せ』と命令されても、その命令が理解できなかった。

 命令の意味が分からなかったから問い返したら、『これを使え』という命令と共に鉈を渡された。


 そういうことなのだろう。

 だからジャックの恐ろしさが……『殺人鬼』の危険性がわからなかったのだ。


 ジャックがその事実に驚いていると、咲は質問が終わったと思ったらしく、上機嫌に鼻歌を歌いながら、皿の上に缶詰を開け、何かをふりかけて混ぜる。


(あれは……モンスターのテイムとかに使う餌の缶詰……なんに使うんだろ?)


 ジャックが口に疑問を抱きながらその行程を見守っていると、咲は楽しそうにそれを手にし、もう片方の手にスプーンを握り、ジャックの檻の方へ歩いてくる。


 そして、檻の前でしゃがみ、スプーンで一杯それをすくい上げ……


「朝ご飯だよ、お姉ちゃん」


 自分で動けないジャックの口元に運んだ。


「………………え?」


「ほら、動けないんでしょ? あーん、して」


「でもこれ……」


「あーん、して」


「モンスター用じゃ……」


「あーん、して」


 咲は譲るつもりが無いらしい。

 ジャックは相手が『殺す』という概念をしらない子供だとしても生殺与奪の権利を握られているのだということを意識し、仕方なく口を開ける。


 パク


 噂では聞いていたが、プレイヤーが食べても美味しいというのは本当らしい。それに、先程ふりかけられていたものも調味料なのだろうか。味わっていると妙に気持ちよく……


「…………咲ちゃん、なんか妙に多幸感があるんだけど……さっきかけてたの何?」


「《大麻(おおあさ)》って草のの粉。美味しいでしょ?」


「ゲフッ!? 非合法薬物!?」


 堂々と薬物を盛られた。

 しかも食事の入手もとが咲の手しか無い以上、何が入っているとしてもそれを食べるしかない。

 毒の連鎖から逃れられない。


(ヤバい……無邪気な顔して平然ととんでもないもの入れてくる……薬漬けにして逃げる気力すら奪う気?)


 ジャックは目の前に差し出されるものをどうにか退けようとして、咀嚼を続けるふりをする。

 咲はそれを見て、よく味わっているのだと思ったらしい。


 ニコニコしながら、とても楽しそうに話し始めた。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんはみんなから怖がられてるけど、ホントはすごく優しいよね。お姉ちゃんが悪いんじゃなくて、みんなが間違ってるんだよね。」


「……」


「これからはもう嘘つかなくていいんだよ。わたしがずっと守ってあげる。ご飯もあげるし、お姉ちゃんにヒドいこという人たちから隠してあげる。これからは一緒に暮らそ? 家族になろ?」


「……」

 それは子供なりにとても真摯な願いに見えた。


「お金なら心配ないよ。『蜘蛛の巣』の人がお小遣いくれるから、いっぱいあるんだ。それに、マリーさんはダメっていってたお花、いっぱい育てさせてくれるんだよ。良い人たちでしょ?」


「…!!」


 その言葉に、ジャックはようやく真相を掴んだ。

 どうして咲がマリーとケンカして家出したのか?

 どうして咲が犯罪組織と繋がりを持っているのか?

 そして、咲がどうしてこうも植物から作った毒や薬物を多用し、使いこなしているのか?


 全てはおそらく、咲の『毒草を育てる才能』に起因している。


 咲が育てる『お花』……おそらくそれらは、毒や薬の原料になるものがほとんどなのだ。だから、咲はその採集のために『根張りのうろ』に足繁く通って胞子や種を集め、口振りからするとただでさえ危険な植物の品種改良にすら手を着けていた。


 それに、プレイヤーは高レベルになるとスキルの有無に関係なく毒への耐性が強くなり、毒を受けたときの発症率が低くなるため、ジャックを昏倒させるにはそれだけ強力な毒が必要になる。

 そこから考えても、ジャックを動けなくするとき目の前で毒入りの紙袋を破裂させて毒ガスのように拡散させるという、自分自身も毒に侵されかねない大胆な手法を用いたのも、普段から危険な植物を育てていて、毒に耐性を持つ『免疫スキル』が非常に高い……あるいはさらに使う毒に有効な解毒薬を先に飲んでいたからだろう。


 そして、マリーと咲のケンカの原因もおそらく、ただの花ではなく猛毒の花だったのだろう。


 殺しの概念を知らず、毒の危険性を理解しないまま毒を育てる天性の毒使い……それが咲なのだ。



 そして、犯罪組織がその才能を見出し、騙して毒草を量産させている。


「『蜘蛛の巣』の人たち、色んな種を持ってきてくれるんだよ! 全部育てられたらもう一度頼んで、今度こそ仲間になろうよ! そうすれば、もうみんなから隠れて生きなくてもいいんだよ。寂しい思いしなくていいんだよ。今はダメだけど、その時が来たらずっとずっと、どこに行くにも一緒……もう、一人ぼっちにならなくてもいいんだよ?」


 咲はとても寂しそうな目をしていた。

 一人ぼっちの目……『ネバーランド』を失ったときのジャックと……茨愛姫と同じ……


 やっとわかった……なぜ、殺したくないと思ったのか。

 この子は……


(まだ誰も殺してないけど……この子も殺人鬼の卵なんだ……)


 マリーはおそらく、それを分かっていた。

 だからこの子が毒草を無意識に育てていたのに過剰反応した。

 そして、わかっていたのだ。


 この才能は両刃の剣。

 毒と薬は表裏一体。毒を作る才能は薬を作る才能にもなる。

 悪用すれば凶器になるが、正しく使えば素晴らしい使い方ができる。

 だから、咲がその区別がつくようになるまでは、その才能を自覚させたくなかったのだろう。毒につながる『殺人』という概念も敢えて教えず、ただの花好きの女の子として育てたかったのだろう。


 しかし、咲の行動力は高く、マリーにも秘密で毒草を育ててしまった。

 これについては、このデスゲームという環境が悪かったのだろう。『根張りのうろ』には、毒を放つ植物が無数にあったのだ。


 さらに、今その才能を悪用しようという意志が彼女を浸食している。



「……無理矢理にでも誇りを持て……か。こういうことだったんだね……」



「?」


 かつてジャックは、ライトに『自分がライトの代わりに殺すから、その代わりに自分を守ってほしい』と頼んだことがある。

 そのときライトは、ジャックを叩いて言った。

『無理矢理にでも誇りを持て。自分を捨て売りするな』

 その時は理解しきれていなかったかもしれないが、ようやく分かった。


 咲はまさに、あの時のジャックと同じなのだ。

 その才能を、道具として利用されようとしている。悪用され、乱用されようとしている。


 だが、殺人鬼は……鬼は、人間に媚びてはならないのだ。



「……咲ちゃん、ダメだよ。『蜘蛛の巣』なんかに行かないで、マリーさんの所に戻って」


「どうして? マリーさんはわたしがお花育てたら怒るし、『蜘蛛の巣』の人達は優しくしてくれるよ?」


「マリーさんは意地悪してるわけじゃないんだよ。ちゃんと話し合えばちゃんとわかるように話してくれる。それに、マリーさんが咲ちゃん……あなたを怒るのは、あなたが大好きだからだよ。じゃなきゃ、あの人は滅多に人を怒ったりしないから」


「……お姉ちゃんも、マリーさんの味方なんだね」


 咲は手に持っていた皿をジャックの口の届かない檻の外に置いて、檻に背を向け立ち上がる。

 そして、しばし顔を拭う仕草をした後、振り返って笑う。


「悪い子にはお仕置きだよ。わたししばらく帰ってこないから、おなか空くだろうけどガマンしてね」


 咲はジャックが止める間もなく部屋を飛び出した。







 取り残されたジャックは、浅く溜め息をついた。


「餌を目の前に『お預け』ってことなのかな? ……これじゃまるで、家族というよりペットだね……いや、ここまでしてもせっかく見つけた仲間を逃がしたくなかったんだ……とんだヤンデレだよ」


 おそらく、咲は教会でも孤独を感じていたのだろう。自分は他の子供達とはどこか違うと感じていたのだろう。

 マリーがその孤独を埋めていた……そして、そのマリーに自身の『好きなこと』を否定され、耐えられなくなったのだろう。


 そこで、ジャックが目に留まったのだ。

 新たな心の支えを、本能的に彼女に求めたのだ。

 そして、それを失うまいとしてここまでのことをした。


「さて……動くは首から上だけ。それに多分、杖だけじゃなくて両脚に隠してた刃物も鏡で見て場所知ってるなら没収されてるだろうな……まったくこんな事態……」


 ジャックは苦笑する。

 その黒髪の中には、僅かに輝く『刃』の銀光。


「ライトは予知してたのかな?」




 ジャックは口で自身の顔の横にかかる一房の髪を加え、舌でその中の感触の違う一本を探る。

 そして、ほどなくしてみつける。


 それは、先が輪になったとても細い糸。

 ジャックが隠し続けていたもう一つの『刃』のギミックの一部。


(ライトがクリスマスプレゼントでくれた『スパイナイフ』……まさかこんな所で役に立つとはね……)


 糸を舌で引っ張る。


 すると、糸が引っ張られ、その先の髪に隠された部分も手繰り寄せられる。そして、ジャックが口まで手繰り寄せたそれを咥え、後方の突起を押すと刃が飛び出す


 長さ2cmほどの細くまるでメスのように鋭利な刃が先端から伸びるボールペンのキャップのようなもの。耳の後ろに引っ掛けられ、髪に隠されていた『ライト製スパイ用隠しナイフ』だ。


(髪にナイフを隠すとか古い女スパイみたいだけど……まさか本当に使うことになるとはね)


 改めて周囲を確認する。

 ジャックの他には誰もいない。

 檻の隙間は15cmほど……手は通る。鍵は付いているが市販の安物だ。

 そして、首から下は毒草に根付かれて麻痺したうえぐるぐる巻きにされて動かないが……首から上は自由に動く。

 そして手許……口許には刃が咥えられている。


(本気で使うことはないと思ってたけど……一応付けててよかった、本当に)



 ジャックは咥えたナイフを自分の動きを封じる蔓へ突き立てた。




 十分後。

 ジャックが慣れないながらも口に咥えたナイフを使って蔓を切断すると……切られた蔓の片側、おそらく末端側が急激にしおれ始めた。


(さすがにこの太さの毒草を噛み切ろうとしたら麻痺してろくに切れなかっただろうし……ナイフあって助かった)


 通常、植物系オブジェクトは根っこから採集されると全てがアイテム扱いになり、花弁や葉、果実などの一部分を切り離されるとその部分だけがアイテム扱いになる。この場合、残った部分は地形や生物のオブジェクトとして残り続ける。

 しかし、『ムクロヤドリギ』は元々トラップモンスター系の植物。成長すると花から種を弾丸のように発射してプレイヤーや他のモンスターに寄生させ、毒で動きを阻害しながらHPを吸って増殖するという寄生植物。咲の品種改良の成果なのか花は咲かず、成長に限りがあったようだが、本質的にはやはり宿主に依存しているのだ。


 ならば、それを切り離してしまえば枯れる。

 そして、モンスターは倒されればゲームのシステム上、短時間のうちに死体が消滅する。


 今回は最初に切った部分が割と根本に近かったらしく、拘束の大部分がしおれて拘束の意味を無くしていく。


(ま、これでがんじがらめは解消できたけど、根っこを抜かないと首から下は動かないか……なら……)


 ジャックは首を限界まで動かし、左肩に根付いた根本の部分を見て、ナイフを横に咥えなおして……


「……っ!」


 蔓の根をえぐり取るように突き立てた。

 麻痺して痛みを感じないのを利用し、HPが削れていくのも無視して根の周りの(アバター)ごと、毒を送り続けているであろ根をえぐり出していく。


 そして、毒の影響がなくなってきたのか段々と痛みの感覚を取り戻し……


「い……っあ!!」


 痛みと同時に感覚を取り戻した身体に力を込め、残りの蔓を振りほどき、根を一思いに抜いた。



「はあ、はあ……摘出、完了」







 少し待って毒が完全に消えてからは楽だった。

 小型のナイフ手を持った手を檻の隙間から外に出し、安物の鍵を破壊。

 武器を隠していないか調べられたのか下着以外身につけていなかっため、部屋の中を探すと没収されたであろう装備一式がベッドの下に隠されていたため回収。

 そして、連絡をとりあえずマリーに連絡を取ろうとフレンドリストを開いたが……


「全部フレンド登録切られてる……やられた……」


 どうやらジャックを毒で眠らせた後、勝手に手を動かしてフレンド登録を全消去したらしい。

 フレンドリストから居場所をつかまれるのを警戒したのだろう。


 唯一、咲とのフレンド登録だけは残っているが……『圏外』にいるらしい。位置が表示されない。


 とりあえず、部屋にあるものを調べてみる。

 咲がどこにいったか、『蜘蛛の巣』とどのように接触したのかなどの情報を得られるかもしれないからだ。


 そして……咲が花を活けていた花瓶の横に気にかかる物を見つける。

 それは、一冊の本。


「これは……?」










 同刻。


 咲は、天井が水晶でできた洞窟の中で、花瓶の花に水をやっていた。

「いやいやご苦労さまだね咲くん。どうだい? 花たちの調子は」


 声をかけられ、水やりをする手を止めて振り返る。


「あ、おじいちゃん! みんな元気だよ。もう皆つぼみが開きそう」

 声をかけてきた『おじいちゃん』は年老いて見えるが口調や物腰は子供のように若々しく思える。


「ほお凄いね。たった一週間でこんなにも花を育てるなんて、咲くんは花を育てる天才だね。将来は立派なお花屋さんかな?」


「えへへ……そうかな?」


 褒められて照れる咲。

 この『おじいちゃん』のことは、結構気に入っている。

 他の大人たちは大きくて怖いし偉そうで嫌いだが、この『おじいちゃん』はそうではない。

 咲が『蜘蛛の巣』に入ったのも、この『おじいちゃん』が誘ったからである。


「咲くん、そういえばきみはモンスターと戦ったことはあったかい?」


「えーと……ないよー。大体みんな近づかずに逃げて行っちゃうから」


 そう言って、咲は自分の服をポンポンと叩く。

 服には何種類かの植物の粉末が刷り込まれていて、軽く叩くだけで毒を纏うことができる。そのため、モンスターが近づいて来ないのだ。もちろん、本人も毒を服用し続けることになるのでその毒に耐えるための高い『免疫スキル』を持ち合わせていないとできない手法だ。


「そうかいそうかい。いや、キミが戦闘に興味があるなら丁度良さそうなクエストの情報があったからね……だけど、咲くんが花を育てている方が好きならその方がいいんだろうね。じゃあ、今後もよろしく頼むよ。きみがもっと花を育ててくれるなら、もっと偉くなるのも夢じゃないよ。そうすれば、子分に頼んでもっといろんな花の種も持って来てもらえるかもね」


「ほんとう!?」


 咲は、自分の周囲を満たす悪意を知ることはなかった。

『スカイ』

 戦闘能力は皆無だが、カリスマはプレイヤー随一。

 『大空商店街』のギルドリーダーで経済力、権力、情報力は規格外。

 お困りごとならお任せあれ。

 (ただしお金はきっちり請求します)


(スカイ)「今回は私ね。」

(マリー)「最後に料金が言及されているのがスカイさんらしいですね。」

(スカイ)「守銭奴みたいに言わないでよ。私は後から訴えられても勝てるように断っておいただけよ」

(マリー)「あらあら、そう言うと守銭奴というより法律の隙間をつくグレー企業みたいですね」

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