103頁:夜遊びはほどほどにしましょう
『指揮スキル』
レイドまたは音楽を指揮するスキル。
レイド全体への支援を飛ばし、指示を伝達するタイプと音楽系のスキルとのコンボで使うタイプの技能に別れる。(クエストで派生技能を修得して自分好みのスキルにしていく)
デスゲーム開始時。
咲には事態が飲み込めなかった。
そもそも、まだ9歳の少女にはこのゲームは少し想定されるであろう対象年齢的に早すぎた。デスゲームとなれば尚更だ。
だが、『より幅広い層からの反応を集めたい』としてアカウントは全年齢に贈られた。そのおかげで、本来は戦闘ベースの本格VRMMOよりも緩い世界観の育成系やほのぼの系のゲームが似合いそうな小学生プレイヤーも全体からしたら少ない数だが参加している。
咲もその一人だった。
しかし、ただ一つ咲が他の子供達と違うところがあるとすれば……
「デスゲームって……なに?」
咲が、ゲーム開始から半年以上経った今でもいまいち状況を飲み込めていないということである。
《現在 DBO》
「どうしてこうなった……」
「お姉ちゃん、一緒にお風呂入ろうよ!」
デスゲームの世界を震撼させた天下の殺人鬼ジャック……黒ずきんは、困惑していた。
「ねえ! 背中の流しっことかしようよ!」
何故だかしらないが、保護した家出娘の咲に懐かれてしまった。
それも、尋常じゃなくもうベッタベタ……まるで本当の血のつながった姉妹のようだとか思ってしまうが、黒ずきんはそもそも妹をもっていないので実際のところはわからない。きっとアニメとかでの偏った印象なのだろうが……
とにかく、それくらい懐かれてしまったのだ。
(孤独な殺人鬼が無垢な子供と過ごすうちに改心してハッピーエンド……そんな物語は良く聞くけど、実際はそんな甘くはないよなー)
何せ、寝ぼけてうっかり人を殺しそうになってしまうほどの生粋の殺人鬼である。
そんな程度で普通の人間になれるのなら、マリーのように孤児院を開いてもいいくらいだ。
精々、咲を無事に親許に送り届けてハッピーエンドくらいが限度。後は飛ぶ鳥跡を濁さすの精神で極力接触を避けて悪影響を残さず、自分を忘れてくれるのを待とう。
「ねー、一緒におふろー」
「あー、わかったわかった。万が一お風呂で何かあっても困るし、一緒に入るよ」
ちなみに、今は夜7時。
場所は『鏡の街』の宿。火山の名物『天然温泉』がある温泉宿である。
「咲ちゃん、バスタオルはこれ使ってね」
「はーい」
脱衣場にて。
今は他に客はおらず、温泉は黒ずきんと咲の貸し切りらしかった。
まあ、人が少なければトラブルの可能性は低いし、かえって好都合……そう考え、メニューを開いて装備を解除しようとした瞬間に思い出す。
(あ……このまま服を消すと、ナイフが丸見えになる)
普通、腰の鞘やベルトに収められていれば武器は装備の解除のコマンドでストレージにそのまま収納できる。しかし、システム上『正規の装備品』にカウントされないようなアイテム……たとえば、捕縛用の枷や服の下などに隠し持った武器などは一度手にとって収納の操作をする必要がある。
いくら相手が子供でも殺人鬼の証拠でもある武器《血に濡れた刃》を見られるわけにはいかない。《血に濡れた刃》名前が表示されなくても、名前通りに血がベッタリと付着したような赤色の模様が付いた出刃包丁なのだ。
ここは、咲が自分の装備を解除する隙に素早く……
「お姉ちゃん、まだ脱いでなかったの? 早く一緒に入ろうよ」
「あ、ごめん。すぐに……咲ちゃん、もう脱ぎ終わってる!?」
地味に嫌な展開だ。
咲だけ先に大浴場に行かせるか……いや、それを指示する適当な理由が思いつかない。
なら、向こうを向いててほしいとでも言うか……相手は小学生、しかも女同士で使える言い訳ではない。しかも、いつまでも脱ぎ始めない黒ずきんをむしろガン見し始めてるし……
「あ、お姉ちゃんみて! 変な鏡!」
急に咲が黒ずきんから目を離し、壁の方を指差す。そこには、表面が歪んでいて映る者の姿が縦や横に伸びたりする『バケ鏡』があり……
「見て! わたし大きくなったみたいでしょ!」
咲が背の伸びる(ようにみえる)部分に気を取られ、遊び始めた。さすがは子供、移り気が早い。
(今だ!!)
両脚にベルトで固定していた刃物を素早く回収して収納。そして、装備を全解除。
「こらこら、遊んでると風邪引くよー」
平然とした態度で何事もなかったかのように振る舞う。
そして、さり気なく咲の様子を確認すると……
「じゃあ髪洗ってね、お姉ちゃん」
何も知らず、無邪気に喜んでいるように見えた。
「ふゎ~」
「眠くなった?」
夜十時。
咲が眠そうに欠伸をする。
黒ずきんと咲は共に温泉に入り、共にトランプゲームなどをして遊び、『大空商社』で最近販売が始まったマンガ(プレイヤーメイド)の話題で盛り上がったり、一緒にお菓子を食べたりと割と楽しく時間を過ごし……とうとう咲が眠そうな仕草を始めた。
(やっぱりこのくらいの子供は夜遅くまで起きてるのは辛いよね……ようやく、マリーさんの所へ連れていける)
黒ずきんはこの時を待っていた。
咲が寝ている間にそっと教会まで運べば、それで子守は終わり……慣れない重責から解放される。
「咲ちゃん、じゃあ今日はもう遅いし寝ようか」
「ふぁーい」
欠伸混じりに応える咲。
瞼も重くなってきたらしく、目がもう薄ら目になっている。
黒ずきんは自分も眠るふりをするため、部屋に二つあるベッドの一つに座り、装備を寝間着に付け替える。万が一の犯行を避けるため、服の下にも刃物はなしだ。
さらに、こっそりと『常備薬』とラベルの張られた小瓶を開け、中身を呷る。これは、マリーが以前教えてくれた殺人衝動を抑えるための薬……のようなものだ。
(この子は、殺したくはないからね……)
ガラにもなく、そんなことを思ってしまっている自分に驚く。
今まで、殺すときには老若男女関係なしだった。
相手が犯罪者でなくても、人混みでぶつかってダメージが発生したから口封じで殺したという場合もあったし、ナビキの時だって殺したくないという想いの根底にはライトを敵に回したくないという考えがあった。
しかし、咲に対してはマリーに対する考えなしでも殺したくないと感じている。
一緒にいると楽しいと思ったし、なんだか本当に妹が出来たような気持ちだった。
あるいは、よくある物語のように本当に改心しつつあるのだろうか?
(……いや、それはないな)
今まで殺した人々に罪悪感は感じない。
咲以外なら普通に殺せる気がする。
咲は……何かが特別なのだ。
そして……
「お姉ちゃん、一緒に寝て」
「え!?」
「いいでしょ?」
咲は上目遣いで黒ずきんを見つめ、捨てられた子犬みたいな表情を見せる。
ナビキのときの二の前を防ぐためには避けるべきだろうが……
「……添い寝するだけだよ。」
咲にとっても、黒ずきんは特別らしい。
どう特別なのかは定かではないが……
「うん!」
なんだか、『ネバーランド』に居た頃を……『ジャック』を思い出した。
「ZZZZZZZ……」
寝息を立て、スヤスヤと気持ちよさそうに眠る少女。
彼女が眠ったことを確認し、同じベッドで寝ていたもう一人の少女が身を起こす。
「やっと眠ってくれた……わたしも寝ちゃうかと思ったよ」
伸びをした『咲』は、優しい顔で黒ずきんに微笑みかける。
「ちょっと待っててね……すぐに戻ってくるから」
そして、咲は寝間着から外着に装備を変え、誰に言うとなく呟いた。
「行ってきます」
そして、咲が部屋を出てすぐ……
ピンッ
ドアノブに結ばれていた細い糸が伸び切り、引っ張られ、そこに繋がった左手が力がかかったのを感じて黒ずきんが目を覚ました。
「……ハッ、しまった!! 咲ちゃん!!」
黒ずきんはすぐに糸を外し、装備を動きやすく闇夜で見つかりにくいものに変更する。黒ずきんは万が一咲がまた逃げ出したときの時のため、ドアノブに糸を付け、ドアが開くとわかるようにしていたのだ。
(いつもは夜襲を警戒してなんだけどね……それにしても咲ちゃん、どこ行く気なんだろ?)
ジャックは無音歩行で移動し、咲を追う。
そして、いくらか進むと……
(……見つけた!)
相手は子供、歩幅は小さく移動は遅い。
あちらは気配を消す技術などなく、見つけるのは容易だった。
夢遊病や寝ぼけての外出ではなく、しっかりと意志を持って目的地を目指しているように見える。
(あんなに眠そうだったのに……どうして咲ちゃんは今あんなにしっかりとした足取りで歩けてるんだろ? それに、ボクはなんであんなに早く寝ちゃったんだろ? そこまで疲れてなかったはずなのに……『あれ』飲むと眠くなるし、多く飲み過ぎたのかな)
そうやって現状を考えながら咲を追跡していると……
(!!)
ジャックの千里眼にも近い独特の気配探知能力が、無視できない『反応』を見つけた。
この感じ……咲の行く先に、殺気を……気配を感じる。
こちらの正確な位置を特定しているわけではないようだが、ベクトルがこちらに……それも自分にではなく、咲に向かっている。
直線距離500m、漠然とした殺気……というより敵意に近い。
殺す気というほどではないが、傷つけるくらいのことはしかねないレベル。数は二つ……しかも、おそらく実際に人を傷つけ慣れている犯罪者。
時間と共に僅かずつ高まる敵意……咲が来るのを知っているようだ。あるいは待ち伏せかもしれない。
(どうして咲ちゃんが……人質にしてマリーさんや商店街との交渉材料にする? それとも、個人的な恨みでもあるの? とにかく、今やるべきことは……)
咲に声をかけて連れ戻す……いや、それより先に『敵』を消す。
連れ戻したところでそれは一時しのぎだ。不安要素となる相手を先に消してしまった方が早い。ついでに動機を聞き出せれば尚のこと良い。
人目が無いのを確認し、手慣れた操作で装備を変え、『殺人鬼』となる。
黒い皮のジャケットに、腰にベルトのように巻かれた鎖と二つの鞘に収まったナイフ、目だけが怪しく輝く角の生えた鬼の面。
この姿こそが、未だにプレイヤー達の恐怖の対象『殺人鬼』だ。
咲の歩く速度で街の街道を取り、裏道に入って……咲と敵の接触までの時間は約二分。
先回りするためジャックは違う道に入る。
気配でそれなりに敵の強さは推測できるが……奇襲をかけて素早く殺し、死体を物陰に隠すくらいなら時間内で出来るだろう。
そう思ったときだった。
「!!」
背後に新たな気配。
しかも……攻撃直前。
とっさに飛び退いて回避した直後、一瞬前までジャックの頭があった場所を何か重い物が通過する。
鈍器……それもハンマーやメイスとは違い、振りかぶる動作が小さく素早い攻撃ができるブラックジャックやミニハンマーのような小型打撃武器。
威力は低いが、相手の不意を突いて使うには適した……暗殺武器。
ジャックは驚きながらも距離を取り、腰のナイフを抜く。
そして……仮面の下で歯ぎしりする。
自分が攻撃直前まで気配に気付かなかった。
襲撃者はフードケープで顔を隠しているが、背丈的にジャックと同じくらいの年だろうか? 手に先ほど使われたのだと思われる何かの塊のようなものを持っている。
そして……一目で、ただものではないとわかる。
(そこらへんの犯罪者や戦闘職なんかじゃない……人間との殺し合いを日常的にしているレベルの気配の断ち方……本物の殺人者)
なぜそんなことが分かるか……もちろん、ジャック自身もそうだからだ。
隠密行動と探知には自信があるが、相手が同等の技術を持っているとなると他に気を取られているとまた不意打たれる可能性がある。
(咲ちゃんの方を止めるにしても、まずはこっちを先に倒さないと……あっちの二人もこっち来てる!?)
広域レーダーのようなジャックの殺気探知能力が、先ほど咲へ向けられていた二人の殺気が自分に向かっているのを察知……目の前の襲撃者がどうやってか応援を要請したらしい。
ともあれ、これはこれで好都合だ。
(咲ちゃんと遭遇する前に、三人とも仕留める)
ジャックの殺気探知能力はシステムに設定されたスキルや技、ステータスとは無関係な技能だ。
明確な理屈や理由は分からないが、『殺気』……と呼ばれるようなものを感知し、それをかなり鮮明にイメージできる。可視化されるわけではないが、それはベクトルのイメージに近い。ジャックはその方向から対象を、大きさから危険度の程度を、そしてその精度から相手の力量などを大まかに測ることができる。
欠点としては攻撃性のないもの、たとえば見えない場所の地形などは分からず、攻撃的な意思のない人間は直接五感で捉えないとわからないということだが、奇襲や敵の侵攻はほぼ確実にわかるし、殺傷目的のトラップなどもなんとなくだが感知できる。
今は、視界の外の咲の位置は分からないが、その代わり自分へ敵意を向ける『敵』は正確かつ瞬時に感知できる。
つまり……
(相手が明確な殺意を向けてきてくれれば……ボクに『狙い』を付ければ、攻撃をしようとする前にそれが分かる。)
ジャックは死角からでも攻撃を事前に『予知』して対処できる。
先の襲撃者は別だが、並みの相手に囲まれても脅威にならないのだ。
「シュッ!」
短い吐息と同時に投擲用のアイスピックをフードケープを被った襲撃者に投げつける。
さらに、相手がそれを避けるのを見越し、ジャックは自身も《血に濡れた刃》を手に接近し、すれ違いざまに首を狙うが……
ガキン
「くっ……」
フードケープで分からなかったが……腕にかなり丈夫な金属の防具を装備していたらしい。両腕で防御態勢をとり、首や心臓などの即死の危険がある急所を徹底的に守られてしまう。
ヒットアンドアウェイ……不意打ちなどで自分が有利なときは思いきった攻めをするが、相手が攻撃を始めると徹底的に守りに入る戦法。
(仲間が来るのを待つつもり……だけど、その程度でボクの攻撃を防ぎきれる?)
ジャックはポケットから卵の殻のような玉を取り出し、容赦なく投げつける。
襲撃者は腕の防具でそれを防ぎ……
小さな爆音が炸裂した。
「!?」
防具に当たって割れた玉がその直後に爆発し、襲撃者は軽く吹っ飛ばされたのだ。
玉の正体は薄い焼き物の玉に火薬と、混ざると発火する薬品アイテムを個別に分けていれ、玉が割れると爆発するようにした簡易手投げ爆弾。ゲーム初期で火薬を紙に包んで外からの火種で爆発するように作っていた手作り爆弾の改良版だ。
普段は少々爆音がしてしまうため街中での戦闘では使わないが、今回は相手を警戒して迷いなく使う。これは、ダメージこそ小さいが、爆発と煙が目くらましになり、衝撃で相手をノックバックさせる爆弾なのだ……防御を決め込んでいる相手に付け入る隙を作るには丁度良い。
爆弾でガードを崩させると同時に、その爆発力の程度を知るジャックは臆せず正面から踏み込み、爆発直後の爆煙を突き破るように刃を突き出す。
だが……
「!!」
煙の反対側から攻撃の気配。
刃の進路を修正し、相手の攻撃を迎え撃つ。
ガギン
「……ッ!」
「……?」
刃と敵の武器がぶつかる瞬間、ジャックは相手の武器をしっかりと目視した。
それは、普通では武器として使用しても投擲程度にしか使い道のないとされる……
(……石?)
石だった。
握って物を殴打するには丁度良い形と大きさだが、武器としてさほど加工されているようにも見えない。暗がりだがやや赤黒くなっているのが見えるが、それ以外には大した特徴もない。
そこらから武器の代用品として拾ってきたものか……いや、それにしては相手の手になじんでいるように見える。
(石……いや、『石器』ってことかな……でも、何でわざわざそんなマイナーで使いにくい武器を……)
その時、先程の敵二人の気配がすぐ後ろの建物を曲がって現れるのを察知した。
(悩むのは後、今はあっち!)
ジャックは投擲用のアイスピックを二本取り出し、振り返りざまに丁度角を曲がって現れる二人に投げた。
さらに、目の前の襲撃者の足下には袖口に隠していた小型のナイフを投げて牽制し、投げたアイスピックの後を追う。
「グアッ!? なんだこれ!?」
「め、目がぁああ!!」
殺人鬼の後ろから奇襲をかけるはずが逆に先手を取られた二人は虚を突かれ、重大な隙を作る。特に片方は目をアイスピックで刺され、痛みに悶絶している。それぞれに武器を構えてはいるが、今の彼らは無防備そのものだ。
そして、ジャックはその間を走り抜ける。
目を刺された方には剣を持っていた腕の腱に一撃。
刺されたのが肩の辺りで比較的動揺の少なかった方には、剣を持っていた腕の腱と、軽量タイプの薄い防具に守られてはいるが動揺で隙だらけの胸元にそれぞれ一撃ずつ、《血に濡れた刃》を見舞う。
そして……
「「ぎゃぁあああ!!」」
駆け抜けた先で、刃に付いた『返り血』を見て感慨深く呟いた。
「やっぱりボクには、こういう血生臭いのが似合ってる」
ジャックが斬った二人はまだHPを削りきられてはいない。しかし、それは幸運ではない。
ジャックが敵二人を一度に絶命させるのは難しいと考え、まず無力化を優先したためだ。ジャックはすれ違いざまに三連撃を繰り出せるが、首や頭を狙わず、まず武器を持つ手の腱を斬って武器を封じ、余った一撃で動揺の少なかった方の胸元を斬りつけ浅めだが大きな傷を与えた。『医療スキル』を鍛えているジャックは手首などの中で的確な場所を攻撃すれば『腕へのダメージ』ではなく『腱へのダメージ』のように内部の器官を破壊し、その機能を一時的に封じることができる。
そして、傷を与えたことで《血に濡れた刃》の効果が発動する。
《血に濡れた刃》は殺人に使われるほど強化され、能力が追加される武器だ。
まず基本的な効果として、武器としてのステータスの向上。それにより、この武器はゲーム初期に作られた包丁が元になっているが、ゲーム進行につれて『型落ち』していくことなく現在もプレイヤー武器の中でトップクラスの性能を誇っている。
さらに、成長と共に追加された効果により、防具のない部分への攻撃では、防具を装備していることで得られる防御力補正が無効化される。現実通り、素肌へのダメージは防具の性能関係なく素通りするのだ。
それに、この今は条件を満たしていないがプレイヤーやモンスターを殺すごとにHPとEPの一部を吸収して回復する『連鎖殺人』という効果もあり、『殺し合い』に発展すればかなり長時間戦い続けることが出来る。
加えて、今回発動する二つの効果。
『回復遅延』と『痛覚倍増』……通常は四肢切断などのような規模でなければ傷は数秒から数十秒あれば消えるが、この刃は与えた傷がすぐには消えずに傷の深さに応じて一定時間出血扱いでダメージを与えるようにし、さらにゲームでは半分になる痛覚を倍増、つまり現実並の痛みを与えるのだ。
普段半減した痛覚に慣れたプレイヤーには、現実並みの痛みは精神的に大きなダメージを与える。そして、傷が残っている間痛みが続くのだ。
大抵のプレイヤーは初撃でこれを受ければ、まずまともに戦えなくなる。
(弱いプレイヤーを襲って金品を楽に稼ごうとするような戦う覚悟のない犯罪者は、自分が斬られるのに慣れてない……ホタルみたいな斬られてもあきらめないプレイヤーはほとんどいない)
痛みに悶え苦しむ犯罪者達を顧みて、その風貌を見る。
防具も武器もそれなりに良いアイテム……だが、クエスト限定品などはなく市販品ばかりだ。犯罪者は奪ったアイテムを足がつかないように直接奪ったアイテムを装備せず、一度金に換えて市販品を買うので市販の高級装備が目立つのだ。
それに、犯罪組織に属する犯罪者は人目に付きにくい『御用達』のNPCショップがあるので、装備のデザインに偏りがでる。この二人の装備はそのタイプだ。
犯罪組織の中での階級はおそらく中の上くらい。
下っ端ではないが、それなりに位の高いプレイヤーの実働部隊といったところだろう。
(問題はフードケープで顔を隠した最初の襲撃者……あれは雑魚じゃない)
幾人ものプレイヤーと殺し合いをしてきたジャックの経験上、今斬った二人のような『上等な装備』で装備を統一したような自身の個性を強調しないタイプより、装備や戦い方が『個性的』なタイプの方がずっと厄介な相手になる。
剣術に特化した赤兎や徒手格闘でリアルでの技術を惜しみなく活かすアイコは言わずもがな、ネタ装備や呪われた武器などの色物武器を使い、湯水のようにスキルを使うライトや、三つの人格で戦闘スタイルが全く違うナビキもそうだが……自分の個性を確立しているようなプレイヤーは『その他大勢』とは格が違う。
メンタルの面でもそうだが、このゲームではネタ武器やスキルなどは組み合わせによっては恐ろしい性能を発揮することがあるのだ。
(さっきの気配の断ち方は多分暗殺者タイプ……だけど、武器が石器……何か特別な効果がある?)
ジャックが二人の犯罪者を殺さずに壁代わりにして相手の出方を伺っていると、フードケープの襲撃者はゆっくりと歩み寄ってくる。
そして、二人の前で立ち止まり……
「え!?」
味方であるはずの二人を石で殴った。
ジャックはそれを見て困惑する。
(本当は仲間じゃない? いや、役に立たないから腹が立って殴った? ……!!)
そこで気付く。
石で殴られた二人のHPが『減っている』。
ここは通常はダメージが発生しない『HP保護エリア』のはずなのに……ジャックが加害者でも被害者でもないのに、ダメージが発生したのだ。
(エリザの『強奪スキル』みたいな特殊なスキルでコピーされた? それとも何かのアイテム……わけがわからない。いや、そんなことを考えてる場合じゃない。問題は、どうやってあいつを殺すか……!!)
驚きは連続した。
仲間を石で殴った襲撃者が、ジャックを指差して言ったのだ。
「『殺せ』」
その『命令』が発された途端、ジャックに斬られて痛みに苦しんでいたはずの二人が、まるで痛みなどなかったかのように苦しむのをやめ、取り落とした剣を斬られたのと反対の手に持ち替え、ジャックの方を向いた。
その目には、狂気を感じさせるような獰猛な輝きと尋常ではない殺気が宿っている。
「ぅがあ!!」
「ゴルァ!!」
獣のような雄叫びを上げて襲いかかってくる二人を見て、ジャックは何が起きたのかを察する。
(あれは……『殴った相手を操る』能力……殴られた方は正気失ってるみたいな感じだし、痛みで戦意喪失させるのは無理そう……だけど……)
「生け捕りする必要もないし、関係ないけどね」
ジャックは利き手と逆の手で剣を振り下ろすプレイヤーに、刃物が仕込まれた袖で剣を横に弾いて肉薄し、先程斬りつけた胸元の傷をさらに深く抉るように刃を突き刺し、さらにすぐさま抜いて貫手を突っ込む。
「『ハートスティーラー』」
相手の心臓を抜き取って蘇生不可能にする技。
ジャックは心臓を抜き取ってすぐさま邪魔な敵の骸を横に捨て、抜き取ってアイテム扱いになった心臓を片目を失った方の敵の顔に投げつける。
その行為には正気を失ったような振る舞いをしていた相手もさすがに怯み……
その隙を突いたジャックの三連撃が、両目と喉を貫き、致命傷を与えた。
「正気を失って勇ましくなったのはいいけど……力量差を読めないから、簡単に全滅するんだ」
一分とかからず敵二人のHPを全損させたジャックは、残る一人……襲撃者を睨むが……そこにはもう誰もいない。
注意深く殺気を探っても感知できないので、どこかに潜んで不意打ちを狙っているわけではないだろう。
「……仲間を囮に逃げた……いや、『戦略的撤退』か……」
敵の攻撃の詳しいルールや効力などはわからないが、それが『石で一撃でも殴ることのできた相手を従わせる』というような半ばチートなアイテムだった場合、かなり厄介だ。今回はなんとか回避できたが、知らずに攻撃を受けていたら危なかった。相手を一撃で支配下に置けるということは、一撃で勝利できるのとほぼ同義……いや、それ以上にたちが悪い。
良く分からない襲撃者に逃げられたのは痛いが、今は他にやることもある。
「まずこの死体を適当に隠して……それから咲ちゃんを探さないと」
ジャックは手慣れた手つきで死体の後始末にかかった。
そして、その十数分後。
『普段着』に戻った『黒ずきん』は、花畑で座って花を摘む咲を見つけた。
丁度黒ずきんが咲を発見した公園に付属する花畑だ。
背後から忍び足で近寄り、優しく声をかける。
「咲ちゃん、こんな夜遅くに何してるの?」
「うわっ!! お姉ちゃん!?」
あからさまに驚いた様子で振り返る咲。その手には、地面から抜かれたらしい一輪の花が根元の土ごと丁寧に整えられ、咲き誇っていた。
「ビックリした……ばれちゃった……」
「勝手に抜け出しちゃって……ダメだよこんなことしちゃ。危ない人がうろついてたらどうするの、全く……」
ちなみに、目下一番危ない人はほぼ間違いなくそう言っている本人なのだが、それを指摘する者はいない。
黒ずきんが注意すると、咲は手の中にある花を見る。
「……この花、夜中にしか咲かないんだよ。珍しいから、ずっと探しててようやく見つけたの。持って帰ってから見せようかと思ってたんだけど……」
「それでこっそり摘みに来てたの? ……気持ちは嬉しいけど、今度からはこっそり出て行くのやめてね?」
「はーい」
無邪気な笑顔で応える咲。
流石、あのマリーとケンカして家出をしただけはある。行動力がすごい。
そう黒ずきんが内心で逆にその肝の太さに感心していると……
「あ、そうだ。お姉ちゃん、これ見てー」
咲が何か、脇に置いていた紙袋を手に取り、黒ずきんの方に差し出した。
口が折られていて中が見えないが、他にもこの花畑で積んだ花が入っているのだろう。
そう思って、顔を近づけると……
パンッ
「きゃっ!!」
咲が紙袋を叩いて破裂させた。
「お姉ちゃん、ひっかかったー」
悪戯が成功したかのように満面の笑みで笑う咲。
「こら! こういうのは……」
グラ
叱りつけようとした時、身体が不自然に傾いた。
「あ、あれ?」
咲の目の前に倒れる。
困惑しながらも立ち上がろうとするが……体が動かない。
「……!!」
声を出そうとしても、声も出ない。
視界の端に様々な種類の『毒』のアイコン。
それも、どれもレベルが高いものばかり……動けないのは毒のせいだ。
だが、なぜ今……
「ビックリしたでしょ? わたしの育てたお花から作ったんだよ」
咲が、無邪気な笑みで見下ろす。
辛うじて見えるその目には……先ほど襲ってきた二人と同じような狂気に似た輝きがあった。
「『なんで』って顔してるね。でも、お姉ちゃんが悪いんだよ? せっかくお姉ちゃんも『蜘蛛の巣』に入れるはずだったのに、なんで来ちゃったの?」
「!!」
『蜘蛛の巣』。
それは、このゲームのプレイヤーの中でも特に計画的に犯罪を行うプレイヤー達が集った犯罪組織。規模は正確には分からないが、最大の犯罪組織だと言われている。
その名前が、咲の口から出たことに驚く。
「お姉ちゃんも仲間にしてほしいって頼んだけど、お姉ちゃんは悪い子だからダメなんだって……それで、お兄ちゃんが『殺せ』って言ってたから……どうやったら良いかよくわからないけど、『これを使え』って言ってたから、使うね」
咲は足元の花の中から、何かを取り出す。
それは、幅の広い厚めの刃物……おおよそ少女には似合わない武骨な道具≪鉈≫だ。
咲はそれを重そうに持ち、黒ずきんを見下ろす。
「ちょっと痛かったけどお兄ちゃんが『模倣殺人』っていうのくれたから、街の中でも大丈夫なんだって。」
鉈を振り上げ、咲はニコリと笑った。
「ちょっと痛いかもしれないけど、がまんしてね。『ジャックお姉ちゃん』」
鉈が振り下ろされた。
同刻。
「いらっしゃい、針山くん。急にお呼び立てしてすみませんでしたね」
教会を訪れた銀髪の英国紳士のような様相の青年に、マリーが声をかける。
針山は柔和な笑みを浮かべてはいるが……纏う気配は剣呑だ。
「こんばんは、どうもご無沙汰しております。二人きりで話すのはいつ以来でしょうか」
「かれこれ三年近くになりますか……でも、二人きりじゃありませんよ。天井にエリザちゃんが」
マリーが上を指差し、針山がそれにしたがって上を向くと……そこには、ホラー映画の幽霊のように真っ白のパジャマらしき服を着た長髪の少女がまるで忍者のように二本の梁を強く掴み、足を引っかけてへばりついている。
表情を見る限り……警戒している様子もないので、その位置に特に理由はないらしい。
「おっと、これは気付かず申し訳ありませんでした。こんばんは、お元気そうで何よりです」
「……針山……おはよう」
ちなみに、エリザは夜型なので彼女にとっては今が『おはよう』で正しいのだろう。
ひとしきり挨拶が終わったところで、マリーは針山に向き直った。
「すみませんが、時間がちょっと惜しいんです。ジャックちゃんと連絡が取れなくなりました」
その言葉に、針山は初めてその柔和な笑みを崩した。
真剣な表情になり、マリーを見つめる。
「それは本当ですか?」
「はい、あの子のことはリストで定期的に確認していたのですが……ごめんなさい、もしかしたら私が巻き込んでしまったかもしれません……また……」
「『また』などと言わないでください。『あのこと』は、もうお互いに言わない約束でしょう」
「……そうでした、ごめんなさい。でも……」
マリーが口ごもるその真上で、エリザが梁から手を話し、足だけでぶら下がって間に入る。
「いないなら……探す……それだけでいい」
その言葉を聞き、マリーと針山は張りつめていた空気を解き、笑みを取り戻した。
「そうですね、エリザちゃんの言うとおりです。反省会は全部終わってからにしましょう。針山くん、協力してもらえますか?」
針山は、胸に手を当て深く頭を下げた。
「承りました。今度こそ必ず『お嬢様』を護って見せましょう」
『ライト』
ゲーム中の万能型プレイヤー。
あらゆるポジションが可能。
プレイヤー中最大数のクエストをクリアし、最大数のスキルを使いこなす。
人格的にも有能で、有力プレイヤー達と裏表で独自の人脈を持っている。
(スカイ)「はじまりましたプレイヤー紹介。記念すべき第一回はライトです~。」
(マリー)「色々出来過ぎて逆に特筆することがないですね」
(スカイ)「昔は火力不足って言ってたけど、最近ではスキルの数でごり押ししてるからね。」
(マリー)「一言で言うなら器用貧乏ですか」
(スカイ)「貧乏どころか、借金凄いことになってるけどね~」




