102頁:きれいな花には棘があります
『三分クッキング』
オーバー50。使用者……マイマイ、ライライ。
三分感だけ『料理スキル』を使った攻撃の威力が跳ね上がる。(一日一回限定)
本人たち曰く、
「暴れる『食材』の料理には便利です」
「活け作りとかね」
『「殺人鬼」っていうのは、潜在的な系統ではほとんどが透視系の能力者なのよね。ま、キミほど極端なもろ透視能力って子は少ないだろうけど』
女の声が、MBIチップを使用して行うテレパシーのような通信で唐突に言う。
『え? 殺人鬼じゃない? まあそうだね、一人も殺してない段階ではまだ殺人鬼とは言い難い……でも殺人鬼になる素質はある。潜在的な殺人鬼も自覚的かどうかを除けば能力的にはそこまで違いはないからね。あとは経験値くらいの問題で』
話している相手の都合も考えずに、自分勝手に話す。
『殺人鬼はDNAを調べても普通の人間ってことになるし、普通の人間と区別するのは難しい。思考構造に関する遺伝はまだまだブラックボックスだし、そもそもほとんどが一代限りの突然変異。むしろ、突然変異のパターンの一つだと考えた方がいいかもね。正にシュレリンガーの猫、一人殺させてみないと分からない……でも、能力を材料に比較的可能性が高い子を見つけるのは不可能じゃない』
聞いてもいないことを、楽しそうに話す。
『全ての透視系の才能を持った人が殺人鬼になるわけじゃないけど、殺人鬼は高確率で透視系……というか、それが殺人鬼の精神構造の一因でもあるんだけどね。たとえば、殺人鬼の素質のある子は人体模型を初めて見てもほとんど驚かなったりするのよ。それは彼らには人間が人体模型と同じような感じで視えてる……というより、認識されてるから。もちろん、本当に皮膚が透明になってるわけじゃないし、体の表面が見えないわけじゃない。だけど、表面情報からその内部や向こう側を無意識に逆算できてしまう。だから、人体を見るとその内側……つまり人体模型を見てるみたいに筋肉や内臓の位置を予想してしまう。だから人間の急所がわかるし、人間が血と肉と骨と脂肪の塊だって認識しちゃうからそれを「分解」するのに抵抗が薄くなる。殺人鬼にとって、人間を殺すのはパズルの解体に似た感覚があるんだよ』
そして、やっと本題を切り出すように言う。
『何が言いたいかって? 決まってるじゃん、キミの長年の疑問に答えてあげてるんだよ。『人の死期がわかってしまう』っていう、キミの特別な才能の説明をね。MRI以上の高性能な逆算能力で病死に限って人の寿命が見えてしまうその『魔眼』の解説だよ死神くん……」
いつの間にか『集中治療棟』に直接踏み込んでいた背の高い女はにこやかに笑った。
「你好、寂くん。遊びに来たよ」
《現在 DBO》
「はは、ごめんねー……まさかマリーさんの所の子だったとは。てっきりストーカーか何かだと思っちゃってさー……ほんとゴメン。謝るからいい加減だんまりやめてくれない? 地味にキツいんだけど」
「……」
黒ずきん(ジャック)は、公園のベンチに座る10歳足らずの少女に手を合わせ、平謝りしていた。
見るからに防御力も機動性も低い布のワンピースを着て、防寒用の手袋とマフラーを付けた10歳くらいのやや癖毛の少女。
腰のベルトに枝の剪定でもするような小さなハサミを収めているが、武器らしきものは他になく、戦闘を想定した服装ではない。
この少女の名前は『咲』。
詳しくは憶えていないが、マリーが世話をしている子供達の一人だったはずだ。
黒ずきんが自分達を隠れみる視線に気付き、後ろに回り込んで杖を突きつけたのだが……
脅えさせてしまったかもしれない。
普段犯罪者と先手必殺の命のやりとりを繰り返しているのだ。隠れて覗き見している者がいたら攻撃的になるのは最早習慣のようなものだが……小学生に向ける殺気としては少々度が過ぎた。
「……」
まるで誘拐犯に拉致されて見張られているかのようにベンチの端で縮こまり、距離を取っている。
……相手が誘拐犯ではなく殺人鬼なので警戒の度合いはあながち間違いではない。
……というか、本気でマズい展開なのではないだろうか。
子供にトラウマでも植え付けようものならマリーが本気で怒るかもしれない。正直、本気で怒ったマリーなんて見たこともないし想像も出来ないが、笑顔のまま地獄を見せられそうな気がする。
ここは穏便に、うまく交渉、懐柔しなければならない。
普段は殺すばかりで話し合いなど専門外だが……今こそ、マリーに教えてもらった『普通の女の子』を実践すべきときだ。
にっこり笑って……
「咲ちゃん、可愛いねー。食べちゃいたいくらい」
女の子なら、とりあえず可愛さを褒めるべし。
「……!!」
ブルブル ブルブル ブルブル
……対象年齢を間違えた。
これは『対幼児の母親』のバージョンだ。
あと、『食べちゃいたい』の部分にやや感情が出てしまった。いつも本当に食べてるからついつい……
状況が悪化した。
このまま下手を打ち続ければ『マリーさんのお説教コース』に突入しかねない。
ならば……
「ボクがマリーさんの所まで送っていってあげるよ」
自分なりの優しい笑顔で手を伸ばし……
ビクッ
さらに脅えたように上体を反らせて距離を取られてしまった。
接触はまだ早すぎだったらしい。
あるいは……幼い子供特有の鋭い勘が目の前の危険な相手『怖い人』として認識させているのか……子供の勘、侮れない。
物語でも『子供と年寄りの警告を無視するのは死亡フラグ』などと言うし。
本当なら教会まで送りながら『家まで親切に送り届けてくれたいい人』みたいなイメージを植え付けたかったのだが、またも裏目にでた。
こうなれば、イチかバチか……
「ねえ、お菓子あるけど食べる? 『グレイティアのお菓子の家』って店のチョコなんだけど」
「いただきます!」
結果……餌付けが一番確実だというのがわかった。
ストレージから言ったとおりのお菓子を取り出し、ため息を吐く。
何というか……自分の『女の子力』がお菓子一つに負けるというのは悲しい。
まあ、このお菓子は実は一日百個の限定品で、毎日これを求めて長蛇の列ができるという品物なので負けてもしょうがないのだが……NPCのお菓子職人とライトの間に何かあるらしく、たまに終業後に店に入って特別にお菓子を作ってもらったりしているようなのでライト経由で黒ずきんは比較的簡単に手に入れられる。そのため、他人にあげてもさほど問題はない。
咲も店のことは知っていたらしく、目が輝いている。
そして、とても美味しそうにチョコを半分食べ終わり……
「ごちそうさまでした、おいしかったよ。ボクっ子のおねえちゃん」
「なんで当然のようにその呼び方が出てくるの!? もしかして街で浸透してる!? てか、ボクの名前は黒ずきんだから、その呼び方やめて!!」
「『黒ずきんおねえちゃん』ってちょっと呼びにくいから『黒ちゃん』で良い?」
「うん……でもそれはちょっと近すぎるんじゃないかな……精神的に。」
後々の事を考えると、あまり気安くなれ合いたくないものである。
だが、咲はそんな意図は当然わからなかったらしく……
「じゃあ『お姉ちゃん』は?」
「……まあいっか、『ボクっ子のおねえちゃん』より……ところでさ、さっきは怖がらせちゃったからお詫びといっては何だけど……家まで……教会まで送るよ」
何はともあれ心は開けた。
あとはこの好感度を維持しつつ『時計の街』の教会まで咲を無事送り届ければ任務完了だ。
しかし、予想に反して、咲は首を横に振った。
「ごめんなさい、わたし、教会に帰るわけにはいかないの。」
そして、驚きの言葉を口にする。
「今、マリーさんとケンカして……家出中だから」
数時間後。
「美味しい?」
「はい! すごく美味しい」
黒ずきんは咲を伴い、『鏡の街』のレストランに来ていた。
その主な目的は、咲の『家出』について詳しく聞くためである。マリーとケンカなど……マリーが怒るところなど想像も出来ないが、咲が嘘をついているようには思えない。
ならば、考えにくいことだが咲が家出するようなことがあったという事なのだろう。
「で……ケンカの原因はなんなの?」
「……マリーさんが悪いんだよ……マリーさんが、お花を育てちゃいけないって言うから……」
「お花?」
咲は拗ねるように顔を背けてボソボソと言った。
「わたしが大事に育ててたお花を、マリーさんが取り上げようとしたの……この花はもう育てちゃだめだって……ヒドいよ、わたしの大好きなお花だったのに、大切にお世話してたのに」
どうやら、マリーが咲の育てていた花を取り上げようとしたらしい。しかし、咲の視点からでは詳しい理由はわからなさそうだ。
今の咲は……味方を欲しがっている。
きっと、自分に不利になるようなことは言わないだろう。
(まあ、マリーさんのことだから……大方その『お花』の世話の仕方が間違ってて逆に枯らしそうだったとかなんだろうけど……)
子供は無知だ。
良いことと思って結果的に悪いことをしていることもある。
たとえば、早く植物を育てたいがために水をやりすぎてしまったり、より高く伸ばそうと茎を引っ張って傷めてしまったりもする。
だが、聞く耳を持たない今の状態では本当のことを言ってもそれを拒絶するだけだろう。
『普通の女の子』は難しいが、かつては先の短い子供達のギルド『ネバーランド』の一員として、彼女のように小さな子供と一緒に活動していたこともある。
今必要なのは間違いを正して論破する正論ではなく、否定を挟まずに辛抱強くその訴えを聞く寛容さだ。
(さすがに強引に教会に連れて行くのは無理としても、こんな小さな家出娘を一人にしておくわけにも行かないし……今晩は一緒にいてあげて、この子が寝たらマリーさんの所に背負っていこう。あの人なら、仲直りくらいすぐ出来るでしょ)
そう思っていると……
「あ、お姉ちゃん。今マリーさんのこと考えてる」
「……え!?」
咲が黒ずきんの顔をじっと見ていた。
そして、不機嫌そうに……
「お姉ちゃん……今はわたしと話してるんでしょ? なんでマリーさんのこと考えてるの?」
「え、いや…なんでマリーさんのこと考えてるなんて?」
「だって……お姉ちゃん、マリーさんといたときみたいな幸せそうな顔してるもん」
「え……そんな顔……」
していない……とは言いきれない。
事実マリーのことを考えていて、それを見抜かれたのだ。幸せそうかどうかはともかく、顔に出ているのは本当だろう。
……子供の勘は侮れない。
おかげで懐柔したはずなのに何故か酷く不機嫌になってしった咲をどうしようかと悩みながらコップの水を飲んでいると……咲が、さらに衝撃的なことを聞いてきた。
「お姉ちゃん、マリーさんと恋人同士なの?」
「ブフッ!!」
「わ、行儀悪いよ!?」
思わぬ不意打ちに思わず吹き出した。
急いで口許を拭き、体裁を保とうとしながら、息も絶え絶えに尋ね返す。
「ゲホッ……ちょっと、なんでそんな話になるの? そもそも、ボクとマリーさんは女同士だし」
「でも、ホタルさんがそういう女の子同士の愛の形もあるって言ってたよ?」
「ホタル……もう存在自体が子供に悪影響じゃん……」
『大空商店街』のサブマスターであるホタルだが……あの性格は人間的にどうかと思う。殺人鬼からみてもだ。
「えっとね……ボクとマリーさんはそういう関係じゃなくて……ボクはマリーさんにお世話になってるんだよ。それで、たまにその恩返しでマリーさんがどこか行くとき一緒についていったりしてるんだよ。そりゃ……マリーさんのこと、好きじゃないわけじゃないけど、どちらかというと、『頼れるお姉さん』みたいなね?」
黒ずきんがそう言うと、咲は少し機嫌を直し……さらにしばし何かを考えてから尋ねた。
「じゃあ……お姉ちゃんは他に好きな人はいるの?」
黒ずきんは少し考え……
「あんまりいない。嫌いじゃない『人』は何人かいるけど、好きな『人』はいない。」
殺人鬼なら、針山やエリザを『好き』だと言っても良いかもしれないと思うが、考え直してそれは伏せる。
ここで聞かれている『好き』とは違う意味合いだと思ったからだ。
その『好き』に当てはまる少年は……もうこの世にいない。
すると、咲はにっこりと笑う。
「じゃあ、わたしと同じだね」
同刻。
『時計の街』の教会に、一人のプレイヤーが訪れる。
「珍しいな、マリーがオレに頼みごとなんて」
古びた帽子と空色の羽織りが特徴的な長身の少年……ライトだ。
彼は、教会の入り口で自分を待っていたマリーに気安く声をかける。年上年下だろうと関係なく大抵のプレイヤーが『マリーさん』と呼ぶのに、彼女を呼び捨てにするのは親しい仲ではライトとスカイくらいなものだろう。
だが、マリーはむしろその『対等』な反応に満足するように微笑む。
「すみませんね、でもあまりやたらに他人に相談できることではなくて……黒ずきんちゃんにも相談しようかと思っていたんですけど、急用が入ったらしく……」
「オレは補欠なのか……まあいいが、なんだその相談って」
「ちょっとうちの子の一人、咲ちゃんを探してほしいんです。家出してしまって……そろそろ一週間になります」
「人捜しくらいホタルにでも頼めば済む話だろ? オレとか黒ずきんを選んで頼みたいってことは……何か特別な事情でもあるのか?」
ライトが『相談』の裏を読んでそう言うと、マリーは『さすがライトくん』という表情を見せ……やや、言い辛そうに答えた。
「実は……この頼みですが、命の危険が伴います」
(スカイ)「さて、久しぶりのおまけコーナーね」
(マリー)「あら、スカイさん。今回はジャックちゃんが本編で忙しいとは言え急にお呼びしてしまい申し訳ありません」
(スカイ)「いいわよ。こっちも今回本編で出番無いから暇だったし」
(マリー)「あらあら、丁度良かったです。では、早速寄せられた相談の方を……」
(スカイ)「それだけど……ホタルから苦情が来てるのよ。『相談はしたけど解決する気配がない』って」
(マリー)「それはそれは……まあおまけコーナーですし、あまり本編に影響しすぎてもいけませんから」
(スカイ)「でしょ? てことで、ちょっとコーナーに手を加えたいの」
(マリー)「どんなコーナーにするつもりですか?」
(スカイ)「そうね……せっかく人脈の広いマリーと情報網の広い私が揃ったんだし、『プレイヤー人材紹介』なんてどう? 物件の売り込み広告みたいに」
(マリー)「面白そうですが、実際に人を売ってはいけませんよ?」




