101頁:対人スキルを鍛えておきましょう
明けましておめでとうございます。
クリスマスは時期合わせしといてなんですが、今回はストーリー上は2月あたりの話になります。
あと、久しぶりのスキル紹介です。(固有技紹介も時々挟むかもしれません)
『商売スキル』
物を売り買いするスキル。
より高価なアイテムをより大量に扱うほどレベルが上がりやすく、さらに今まで扱ったことのないアイテムを入手するとスキルの経験値にボーナスがつく。
戦闘にはあまり向かないスキルだが、レベルをあげると店員を雇ったり所有できるアイテムが増えたりするので店を持とうとしたら必須のスキル。また、解析方面にも利用でき他人の所持金を大まかに把握したり、アイテムの真贋を見抜くのに使えたりする。
まだ、文字も確立されていなかった時代。
文明基準の年代で言えば後期石器時代と呼ばれる時代。
氷河期末期……まだ、農耕という概念がなく、当時の人間は狩りや採集しか知らなかった時代。そして、動物たちには厳しすぎる冬が訪れた年だった。
ある少年が、木の板を目の前にして頭を抱えていた。
「……足りない。これじゃ、冬を越せない」
この木の板は、彼の父親が残したものだった。
彼の父親は……この時代の人間の中で考えれば聡明な人だった。
彼は、簡単な記号だけだが『文字』というものを考えついていたのだ。そして、それを息子に託し『次の世代に伝える』という新しい技術も実践していた。
しかし、それは皮肉にも、息子を絶望に悩ませる結果となってしまった。
木の板に描かれていたのは、手に入る獲物の種類と、それを食べて何日の間空腹を凌げるかという簡単な表……そして、そこから割り出された、村全体を養うために狩らなければいけない獲物の量だった。
だが……指折り数えても、実際の獲物が足りないのだ。
この厳しい寒さで、今は木の実などならず、動物も狩られる前に倒れてしまっている。冬に入る前に集めた食料も薪も少なく、貯蔵も少ない。
このままでは……冬を越す前に、食料が尽きてしまう。
「どうにかしないと……食べ物を手に入れないと……」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
その時、背後から弱々しい声がかけられる。
彼の妹だ……この厳しい寒さで病にかかり、弱っている。回復するにも、必要な栄養が摂取できず弱る一方だ。
彼の両親もそうだった。
病に倒れ、二人の子供を残して死んだのだ。
このままでは、妹も後を追うことになる。
いや、どちらにしろ食料が足りなければ、村の全員が同じ運命を辿るのだ。あるのは遅いか早いかの違いだけである。
この村を捨て、別の村を探すか……いや、それでもやはり十分な物資がないと途中で倒れるし、見つけたところであちらにも食料に余裕があるとは限らない。
今は、そういう時代なのだ。
太陽から供給される絶対的な熱量が少なく、あらゆる生物が飢えている。
だが……
「なんでもないよ。寝てろ」
「……うん」
皆、それに気付いていない。
まだ『計算』という概念も『予想』という手段も無いに等しいのだ。
この父親から受け継いだ知識で知り得た危機を他人に理解させることが出来ない。
誰も、助けてくれないのだ。
自分で何とかしなければ……
(食料さえ手に入れば……せめて妹だけでも……『だけ』でも……)
その時、彼は気付いた。
あるではないか、冬を越す方法が……お誂え向けの、『獲物』が。
数日後。
一人の村人が行方不明となった。
「ほら、これを食え。」
「どうしたの? このお肉。こんなに新鮮なの、久しぶりだよ」
「お兄ちゃんが狩りで取ってきた獲物だ。」
「でも……だったらお兄ちゃんが先に食べなよ。お腹空いてるんでしょ? 貴重なお肉なんでしょ?」
「心配するなよ。良い狩り場見つけたんだ、オレもお前もこれからは飢える心配はない、好きなだけお腹いっぱい食べれるさ。その代わり、誰にも教えるなよ? 狩り場取られたくないからな」
「うん!」
長い冬の間、次々と村人は消えていった。
そして、少年はどこからか肉を手に入れて、妹に食べさせた。
妹は日に日に回復し、元気になった。
そして……長い冬が終わる頃、とうとう村人は兄妹二人だけになってしまった。
「みんな……いなくなっちゃったね」
「そうだな……だけど、俺達は生き残ったんだ。全員が飢えて死ぬよりましさ」
「お兄ちゃん……あのお肉さ……」
「…………」
「……おいしかったね。ねえ、今度からは私も『狩り』、手伝っていいかな?」
「ああ……そうだな。ところでさ……俺達だけじゃ不便だし、別の村にいかないか? 道具も食料も、他のみんなが残していった分がある。俺達二人くらいなら、他の村に行っても受け入れてもらえるかもしれない。」
「もし……その村もなくなっちゃったら、どうするの?」
「また次の村を探そう……何度でも、何度でも。」
「でも、それだとお兄ちゃんのお嫁さんも見つからないね。一生独身だよ」
「じゃあ、おまえがお嫁さんになるか? そうすれば、一生夫婦だ」
「うん、いいね……何があっても、いつまでも、私達は一緒」
妹はいつからか気付いていただろう。
村の人達がなんでいなくなったのか……自分が食べていた肉が、本当は何の肉だったのか。
だが、全員に平等に食料を分配使用としていれば、皆仲良く飢え死にしていたのだ。
だから……
「じゃあ、行くか」
「うん、一緒に行こ!」
二人の行方は詳しくは分からない。
別の村へ行き、長い冬になったら『狩り』をして、新しい村へ行ったのかもしれない。
もしかしたら、その中で子供を作り、飢えたときのためにその『狩り』を教えたかもしれない。父が残した『次の世代に伝える』という技術を使って。
近縁での交配が遺伝的な特性や欠陥を強く残す危険をはらむことを、この時代の彼らは知らない。
人が人を殺すという概念を周りの人々は知らず、身を守る手段も確立されてはいない。
きっと彼らの子孫は思い出す。
自分達の先祖が生き残るために発明した方法……『殺人』を。
《現在 DBO》
2月2日。
デスゲームの世界でその名を知らぬ者のいない恐怖の殺人鬼ジャックは、宿の一人部屋で鏡を前で悩んでいた。
「うーん……これかな? でも、こっちの方がいいかな?」
ベッドの上に並べられた数々の装備品が、彼女がどれだけ真剣に今日の装備に悩んでいるかを物語っている。
それもそのはず、今日は彼女にとっての一大イベント。
「よし決めた! これにしよう!」
今日の『勝負服』を決めたジャックは、自分を勇気づけるように大きな声で宣言し、鏡の中の自分を見る。
ボーイッシュなダメージジーンズに、黒のセーター、そして紺色のハーフコート。『武器』の杖は腰のベルトに外から見えるように装備し、メインである『凶器』の刃と予備のナイフは見えないように隠し持つ。
そして、普段はしない化粧もマニュアルに従って薄く顔に施した。
そして、自分の格好がおかしくないかもう一度確かめ、部屋を出る。
行く先は『時計の街』。
ゲートポイントを通り、ややドキドキしながら目的地を目指す。
ドキドキするのも当然。
何故なら今日は……あの人とのデートの日なのだ。
目的の建物の前に立ち、仮想の呼吸を整えて意を決して扉をノックし、呼びかける。
「マリーさん! デートしよ!」
今日は彼女のリハビリの日。
毎月、月と日の数字が同じになる日は、殺人鬼である彼女が人に馴れるための『リハビリデートの日』なのだ。
「あらあら、今日はお化粧してきたんですね。綺麗ですよ」
そう言って微笑むのは大人と少女の中間くらいの女性プレイヤー『マリー=ゴールド』。
どこかの民族衣装のような模様が編み込まれたセーターと幾何学模様のような刺繍が成された薄いストール、それにゆったりとしていて無地に見えるがやや陰影に似せた模様が染め抜かれてたスカートを纏っている。
そして、その顔つきは作り物のように整っていて、そこに浮かべた微笑みも合わさって同性でも惚れそうなほど美しい。
彼女は黒ずきん(ジャック)を笑顔で出迎え、自室まで招き入れた早速、黒ずきんが化粧に挑戦したことを看破し、その出来を誉める。
「うん、マリーさんのくれたマニュアル通りにやったら簡単だったよ。ちょっと匂いが付くのは気になるけど……偶にはいいかな」
先んじて言っておけば、黒ずきんとマリーは恋愛関係にあるわけではない。女の子同士で恋人という関係ではないのだ。
黒ずきんは確かにマリーの事は好きだが、それは人間的に好き(この言葉も殺人鬼的には語弊があるかもしれない)なだけで、そういう種類の『好き』とは違う。
黒ずきんはマリーに『人に馴れる練習』と同時に化粧やオシャレなどの『人間の女の子らしさ』を習っているのだ。
本当は殺人鬼である黒ずきんにとって、人間にうまく紛れられるかどうかは死活問題になる。
しかし、悲しいことに彼女はリアルでは入院生活が長く、デスゲームに入ってからも戦いやすい機能的な服装を好んでいたため『普通の年頃の女の子』のセンスがわからなかった。ライトにはそこにつけ込まれ『女の子らしさがないと怪しまれる』といってコスプレなどをさせられてしまっていたが、正直言ってドレスやナース服、チャイナ服などの派手なものは性に合わなかった。
そんなとき『目立ちたくないのなら、むしろある程度一般的なオシャレをしていたほうが良いですよ』と言って、マリーが手をさしのべてくれたのだ。
以来、黒ずきんは月一回マリーのところに来て、『普通の女の子』を練習しているのだ。
……ライトは『これでマリーを「お姉様」とか呼び出したら少女マンガみたいな展開になるかもな』と笑っていたのでほどほどを心がけてはいるが……
「あら? 黒ずきんちゃん、もしかして刃物隠してます?」
「あ……はい」
化粧だけでなく、隠し持った刃物まで看破された。鏡で確認したとき外から見ても分からないのを確認したのに……
「輪郭が変わらなくても注意で分かるんですよ。いつでも取り出せるのを感触で確認してるのがバレバレです。いったい幾つ隠してるんですか?」
「さ……三本です」
「前より数は減りましたね。でも、刃物を隠し持ってることが相手にバレると関係が悪化しますから、私生活ではなるべく持ち歩かないようにしてください。」
マリーは基本優しいが、叱るときはちゃんと叱る。しかも、怒っていても笑顔なのが逆に怖い。
「でも……服脱がないとわからないと思うし……さすがにそんな簡単に服を人前で脱がなきゃいけない状況になんか……」
「たとえば、何かの拍子で赤兎さんと一緒に食事をすることになりました。はい、最後まで裸を見られるような状況に陥らないと断言できますか?」
「……赤兎なら否定できない。」
あの『主人公体質』を持つ赤兎だ。
確かに、有り得ないような奇跡のような出来事が重なって目の前で裸になる展開もあり得る気がした。あまり直接的な交流はないが、ボス戦などで会うこともなくはないので、その時にタイミング良く何かのハプニングで服を脱ぐことになる展開が発生するかもしれない。
「……でもやっぱり、手元に刃物がないと、なんか町の中では落ち着かなくて……」
「駄目ですよ。普通の女の子は護身のためでも刃物を服の下に隠して持ち歩いたりしませんから。それに、黒ずきんちゃんは刃物なんて無くても十分強いんですし、必要以上に『強さ』に拘ると逆にそれは弱点になりますよ。」
マリーの厳しい言葉に、恐怖の殺人鬼も小さくなるしかない。
反発などしない。何故なら、マリーの教えがどれだけ正しいかは身を持って知っているからだ。
黒ずきんは……ジャックは、本来HPが減らず、プレイヤーの安息の地であるはずのHP保護エリアでその保護を無効にする『殺人鬼』の称号を持っている。
そして、それはこのデスゲームで初めての殺人を犯した者への呪いであり、プレイヤー達からの恐怖の対象。安心できるはずの街中で突然殺されるかもしれないという恐怖が、『殺人鬼』の称号を、そしてそれを持つ者を忌むべき対象に変える。
しかし、実のところ『殺人鬼』の称号の効果は一方的な殺戮を可能にするものではない。その効果は常時発動の双方向……つまり、その称号の持ち主にとっては街中だろうといつ誰に殺されるか分からないのだ。
しかし、それを声高に宣言して『自分達は対等だ』と言うわけにはいかない。
『殺人鬼』は称号の発生条件からして既に『人殺し』とイコールなのだ。しかもジャックは殺人鬼になったその日に大量殺人を犯してしまっている。
どう考えても、正体が明らかになれば危険視されて殺される。いくら彼女が強いと言っても、何百というプレイヤーに一度に襲われれば死ぬだろう。
(ダメージ双方向のルールに気付いてる人はいるだろうけど、一般的なプレイヤーは自分達がやられるデメリットしか考えてない。だったら、わざわざ危険を冒して自分の弱点をさらすより、怖がって『触らぬ神に祟り無し』の方針でいてくれた方がいいしね。それに……『殺人鬼』にはまだ隠しルールもあるし……)
あの日から半年以上の時が経っている。
本当のことを言えば、ジャックが今も正体を見破られずに他のプレイヤーに紛れて街を闊歩できるというのは有り得ないようなことなのだ。
しかし、それを可能にしているのが殺人鬼の素顔が公に知られていないという事実。
もちろん、ジャックは事故でダメージが発生したり自分の正体を探ろうとしたりした相手は確実に誰にもその情報を洩らせないようにしている。しかし、それだけでは到底秘密など守れないのだ。
秘密が守れているのは、一部の協力者の力があってこそだと言える。
まず、ジャックと直接対決をしながらも、殺人鬼になる前からの友達だからと見逃してくれたライト。彼は知り合いなら殺人犯だろうと匿うことに抵抗がないらしく、彼女を変装させて偽の容姿の情報をプレイヤー達に植え付けたり、ある時には自分自身が殺人鬼の正体であるかのように仄めかして情報を撹乱してくれている。
次に、最大の生産職と呼ばれるスカイ。
超大型生産ギルド『大空商店街』のギルドマスター。
彼女はライトのような人情ではなく損得で物事を決める。その上でジャックは見逃されているのだ。
『殺人鬼』のスキルにはプレイヤーの返り血を見る技能がある。それによって傷害に限るが、一般プレイヤーに紛れている犯罪者を見分けることが出来る。ジャックは殺意を紛らわすため、そして街中で恐喝などの目的で攻撃されて正体が露顕するのを先んじて防ぐため、凶悪な犯罪者を対象に『狩り』を行っている。
そして、スカイは正体を知りながら討伐しない代わりに、戦闘能力の低い生産職の悩みの種である犯罪者を狩るジャックを『益獣』として放置しているらしい。
また、このゲームではプレイヤーが死んでもアバターは即消滅しない。残ったEPが時間とともに減少し、その間は『死体』が残り続ける。
死体が残っていると騒ぎになるのでジャックは『殺人スキル』の技で死体を一部『食べる』ことでEPを奪い取り、死体の消滅を速めているが、アイテムは高級な物だと死体の消えた後に残っている場合があるので殺した相手の持っていた装備品などは回収し、足がつかないようにNPCショップに売り飛ばしている。
そして、そんな手段で得た大量の金を派手に使うと正体露顕に繋がるので、その金で材料を買って個人的な好みで鍛えている『調合スキル』で薬にして、自分でも使い切れない分をせめて攻略に寄与しようとスカイにただ同然で引き渡しているのだが……どうやら、それが『賄賂』だと認識されているらしい。
殺人鬼がいうことではないが……スカイもとんだ悪代官である。
まあ、ジャックとしてはスカイの店で売られている自分の薬の評判が良いらしいので文句は言わない。
ちなみに、薬の受け渡しはライト経由なので仮にジャックの正体が白日の元になったときにはスカイはライトとジャックを容赦なく切り離すつもりらしい……人間というのは恐ろしい。
しかし、スカイがギルドマスターとして『殺人鬼は下手に刺激するな』という方針を取ってくれているおかげで、プレイヤーの『総意』で押しつぶされる心配がないのは大きい。
そして、目の前のマリー=ゴールドもまた、ジャックには大きな助けになっている。
マリーは、ジャックが殺人鬼であることを初めて告白した相手……そして、ライトのように度外視せず、スカイのように利用せず、他の正体を知る友人達のように黙認せず……肯定してくれた人。
人をなるべく殺さなくても良くなるようにと、人間社会への紛れ方、犯行現場や死体を人に見つかりにくくする工夫、ナンパや勧誘などの暴力を使わない退け方を教えてくれた人だ。
何故か殺人鬼の心理や特有の悩み、逆に普通の人間と同じ悩みなどをよく理解し、適切なアドバイスをくれる。
以前、何故そんなに助けてくれるのかと尋ねたら……
『私は人種差別は嫌いです。それに、私はジャックちゃんが大好きですから』
と、理由になってるのかなってないのか良く分からない答えが返ってきた。無理して取り繕うつもりが無いあたり本当に論理的な理由は無いらしい。
一方で子供を育て、一方で人を殺す殺人鬼を肯定する。
その行動は矛盾しているようにも思える。
「敵と味方の二元論で考えていてはいけませんよ。そんなことをしていては、世界が敵だらけになっちゃいますから」
「心読まれた!?」
「クスクス、最近はライトくんを見習って他の人が何を考えてるのか推測するのに挑戦してるんです。」
「最近ライトや赤兎が人間離れしてきた気がするけど、その内マリーさんも何でもありになりそう……」
ちなみに、マリーは暗示や催眠術の達人であり、以前ジャックが大量殺人を犯した『殺人鬼の誕生日』ではパニック収束のために数千人の心を一度に操ったらしいとライトに聞いた。
……逆らっても勝てる気がしない。
教会のマリーの部屋でファッションや最近のゲーム内のニュースなどに関する『座学』を終えた後、二人で一緒に料理を作り、昼食を楽しんだ二人は街の外を外へと変えた。
攻略中の新エリア『日傘の国』内部。
聖王国領飛び地『鏡の街』の公園。
現実世界では日本アルプスの辺りの盆地にある街で、鏡によって周囲の斜面から日光を集めている特徴的な街だ。
当たる日光が多いため高所だが冬でも暖かく、花畑は年中花で満ちていて公園も道の脇の花壇に様々な花が咲き乱れている。有名なデートスポットらしい。
「て……さすがにここはやめとかない? ここで一緒に歩いてると本当に同性カップルみたいになりそうなんだけど……」
「あらあら、赤くなっちゃって可愛いですね。いっそ本当にカップルになっちゃいますか?」
「時々思うけど、意外と肉食系だよねマリーさん。ホタルみたいに派手なアピールはしないけど、着実に外堀埋めて行ってない?」
初対面でもタイプだとか言われたし……油断してると虜にされてしまうかもしれない。
しかし、マリーにそんな下心があるように見えないし……もしかして、無意識なのだろうか?
「あら? 黒ずきんちゃん見てください。これ、ハイビスカスじゃないですか?」
「あ、ホントだ……冬なのに、こんな南国の花があるんだ」
「ここが聖王国の飛び地だからでしょうか?」
「聖王国……沖縄か、行ったことないけど」
このゲームでは、エリアが現実の都道府県に対応して『国』という単位に分けられている。それぞれに『王』と呼ばれ名前の最初が『キング・オブ』となっているエリアボスがいて、それを倒すと次のエリアが開放されるのだ。
だが、沖縄に位置するらしい『聖王国』と北海道に位置するらしい『魔法国』は多数の国に飛び地を持ち、他と事情が少し違う。
『聖王国』と『魔法国』は設定上戦争状態にあるらしく、それぞれの飛び地で特定の大規模クエストをクリアすると戦況が変化し、戦争全体の大きなストーリーが進行する一続きのキャンペーンクエストというものが現在形で進行している。
大規模クエストの内容は『軍事拠点となる橋の建設』『敵国の軍事施設の破壊』『敵軍の英雄の討伐』『荷車の警護×300』など、それこそ軍事作戦と呼べる規模のものがほとんどで、ボス討伐では三十人以上集まってやっと倒せる敵が出現したり、普通規模のクエストをいくつものパーティーが分担して何百回分も繰り返したりするため、巨大ギルドや中小ギルドが連合を組んで挑戦するような難易度になっている。
……ちなみに、OCCはそれをワンパーティーでやってしまうので最早チートパーティーなどと呼ばれている。
このシステムで特徴的なのは、これが対立する二つの国について同時に行われているキャンペーンであり、片方に協力するともう片方を邪魔することにもなるという点だ。
それぞれの『戦況』は飛び地での物価やクエスト報酬の質、イベント発生の有無などに影響し、その国が有利なほどそこで手に入るアイテムや金などは良くなる。そして、自分の支持する国のクエストを多くクリアすれば、それだけ国が有利になるのだ。
それなら全プレイヤーが結託して片方だけを支持していけばいいのではないかというふうにも思うかもしれないが、それぞれの国には特色があるためそうもいかない。
『聖王国』では騎士の軍が運用され、それに関連して上等な剣や鎧が生産されている。さらに、クエストやイベントで得られるアイテムやスキル、技能もそれに合わせ前衛の物理戦闘系プレイヤーに合った恩恵が得られる。
しかし、『魔法国』は名前の通り魔法が発展しており、また住人に獣人のようなNPCが多数いるため軍隊の戦闘スタイルは騎士のように真正面からぶつかり合うのではなく弓矢、ナイフなどでの野性を生かしたゲリラ戦や魔法や呪法などを利用した奇策を得意としている。そのため、後方支援や遠距離戦のタイプのプレイヤーに嬉しい恩恵が受けられる。
プレイヤーによって、どちらが勝って得をするかが変わって来るのだ。
そして、プレイヤーはどちらかの国からの大規模クエストをクリアするとクエストに参加した各パーティーの代表者には『勲章』が与えられ領土内の店での割引や土地の贈呈などの特典を与えられる代わり、反対側の国の領地では公共施設を利用できなかったりするため、協力は片方に絞ることになる。
つまり簡単に言えば、プレイヤーの中で『聖王国派』と『魔法国派』で派閥ができているのだ。
最近では大ギルド『戦線』や『攻略連合』の支持する『聖王国』の方がやや有利だが、二つの戦力は概ね拮抗状態にあり、自分たちの勢力を有利にしたり自分たちのクエストを完遂するため相手のクエストを妨害するようなこともあるらしい。
「ゲームの設定上戦争が起きているからって、何も実際の人間同士で争う必要はないでしょうに……」
「まあ、それ言ったらどっちも『あっちが悪い』って言うんだろうけど」
「まあ、誰にでも言い分はありますよね……人間は生きていれば、ケンカの一つくらい誰でもしますよね……」
「?」
マリーが最後の部分を妙に感慨深そうに言うので、黒ずきんは首をかしげる。
だが、すぐに別のものに気を取られたように視線を動かし、マリーに背を向け僅かに顔をしかめる。
そして、マリーにだけ聞こえる小さな声で言う。
「マリーさん……ちょっと急用出来ちゃった。ごめんだけど、今日のデートここまでにしよ」
マリーは突然の言葉に驚きつつも、冷静に応える。
「……どうしました?」
「ちょっと『顔見知り』見つけちゃった……最近『挨拶』してないから溜まっててさ……我慢できない」
「……急ですね」
『顔見知り』は凶悪犯、『挨拶』は……殺しの暗喩だ。
犯罪者を狩る殺人鬼は、まるでこれから着替えでもするかのように恥ずかしがるような仕草をする。
「ごめん……やっぱりマリーさんには見られたくないからさ、ちょっと先に帰っててくれない?」
黒ずきんは……殺人鬼ジャックはマリーの方を向かずに言う。
その目を『獲物』から離せないのか……あるいは顔に滲み出る殺意を見せたくないのか。
マリーは察したように頭を下げる。
「じゃあ……あなたが見られたくないというのなら、私は先に失礼します。」
そして、一言だけ付け加える。
「デート、楽しかったですよ」
黒ずきんはフレンド権限でマリーが転移したのを確認した後、腰の長さ30㎝程の細い杖を抜く。
そして……
「ごめんマリーさん、嘘ついちゃった……でも、巻き込みたくないからね」
隠し持っている刃物は抜かない。
まだ……それを使うことになるとは限らないからだ。
できれば、『表向き』の主武器であるこちらだけで済ましたい。
近くに数人いるプレイヤーが自分に注意を向けていないのを確認する。
「全滅の時間……かな?」
次の瞬間、公園を無音で走り抜けた彼女は誰にも意識されないうちに林に入り、そこに隠れている『誰か』が逃げないうちに背後に回り込んで杖を向けた。
「動くな……なんでボク達を隠れて見てた」
相手が自分の正体を疑ってる者なら即刻殺すつもりだった。
ただのマリーのストーカーなら、二度と覗き見なんてする気が起きないくらいに半殺しにするだけで赦してあげようかと思っていた。
相手が何者にしろ、自分を隠れて見る者は犯行の瞬間を見てしまう可能性があるからただで済ますつもりはなかった。
だが、黒ずきんは相手を見て思わず驚き、手を止めてしまう。
何故なら、そこにいたのは……
「ご、ごめんなさい!」
手を挙げる、10歳くらいのとても戦えそうにない少女だったからだ。
スカイからの相談
『出番がもっと欲しい。最近いつもちょっとしか出てないし』
(ジャック)「……フィールド出ちゃうとどうしても除け者になっちゃうしね」
(マリー)「ナビキちゃんの方がフィールドでも街中でも動けますからね。最近ライトくんを主人公としたらナビキちゃんルート入った感じがありますし」
(ジャック)「こっちのコーナーもボク達が取っちゃったからね……」
(マリー)「……」
(ジャック)「……ボク、本編で忙しいからこっちはちょっとお休みしようかな」
(マリー)「まあ、では代理の方を探しましょうか」
(ジャック)「うん、そうだね」




