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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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100頁:聖夜の奇跡を喜びましょう

 第百話です!

 ご愛読、本当にありがとうございます!

 まだまだ続きます!

「一緒に遊んでいいですか?」

「「「うん、あなたも一緒に遊ぼ!」」」

 みんなは優しい。

 絶対に私を仲間外れにしない。



「私にもプリン分けてもらっていいですか?」

「いいよ、あなたとわたしで半分こね」

 みんなは優しい。

 みんな大好き。



「その本……ちょっとだけ、貸してもらっていいですか?」

「ああ、きみが読み終わったら返してくれ」

 みんな優しい。

 私のお願いは、自分より優先させてくれる。



「あの……荷物を運ぶの手伝ってくれませんか?」

「ああ、俺がやってやるよ。」

 みんな優しい。

 本当に頼りになる。



「ねえ……あなた可愛いですね。ちょっと、キスしてみてもいいですか?」

「女の子同士で、そんなのダ、ダメだよ……でも、あ…あなたとなら……いいよ」

 みんな優しい。

 本当に、優しい。



 でも……

「ちょっと……一つだけ質問してもいいですか?」



 みんな優しい。

 みんなみんな、すごく優しい。

 でも、それがとても不思議。


 『みんな』は不思議に思わないの?



 どうして『みんな』は、名前も知らない『私』にそんなに優しいの?










《現在 DBO》


「こんなところにいたのか」


 屋台のベンチの上で膝を抱えているマリー=ゴールドに、ライトはやや驚いたように声をかけた。


 だが、マリーはいつも通りではなかった。

 不思議な模様が描かれたマントを羽織っていて服装が普段と違うのはまだいい。だが、いつも常に笑みが浮かんでいるその顔が……疲れきったように沈んでいる。

 そして、活力もほとんどない。

 彼女がライトに声をかけられたのに気付いたのは、声をかけられてから五秒後のことだった。


「あら……見つかってしまいましたか。さすがライトくん」


 マリーは疲れた顔のままライトを見る。

 いつも笑顔が絶えない彼女からは想像できないような表情だ。


「『見つかってしまいましたか』って……ああ、認識操作してるのか。周りの誰もマリーに気付いてないみたいだし、そのマントの模様が暗示になってるわけか。何気に凄いな」


 まるでファンタジーの『透明マント』だ。

 しかも、本当に透明になっているわけではなく、認識を操作している。だから、すっぽり被らずに顔を出していても見つからないし、透明だからと気付かれずに人とぶつかってしまうこともない。

 どんな迷彩服にも勝る対人隠匿性能。軍隊にでも売れば、それ一枚で遊んで暮らせそうなオーバーテクノロジーだ。


 しかし、残念ながらそれはライトには通じない。

 暗示の類が全く通じないライトに対してはただの変な模様のマントだ。


「……まあ、マリーがそれ着てると、何故かすごく似合ってるように感じるんだけどな。呪術師か何かのコスプレみたいな……それがマントじゃなくてタトゥーとかだったらもっとストライクど真ん中になりそうな……」


「……あなたのコスプレ好きは、次にあの子と会った時、見逃さないようにするためだったんですか」


「ん? ……あの子って誰のことだ?」


「なんでもありません。」


 マリーは口をつぐむ。

 ライトはそれを追及はしない。本人が話す気が無いのなら、無理に聞き出すようなことはしないのだ。


 そして、ライトは周囲の様子を見て……


「オレ、なんか誰もいない椅子に話しかけてる変な人みたいに見られてる気がするんだが……」


「一応、私のすることは意識されにくくなってますからライトくんもそこまで奇異な目で見られることはないでしょうけど、確かに話が続けば注目されるかもしれませんね……では、こうしましょうか」


 マリーは、マントの中から手を伸ばしてライトの手を引っ張る。そして、自分の隣に座らせて『透明マント』で自分ともども包み込む。


「これなら、あなたも透明人間です。」


「なるほどな……だが、サイズ的に大丈夫か? このマントギリギリだぞ」


「なら、もっと私達がくっつけばいいんですよ」


 マリーはライトに抱き付くようにさらに密着する。自分の全てを預けるように寄りかかり、親に甘える子供のようにライトの服を握りしめる。

 いつも首から下げている『金メダル』は首からかけて服の中に隠していたらしい。それが感触で分かるくらいに密着している。


「ちょ、マリー? もう『近い』とか『当たってる』とかってネタが出来ないようなレベルになってるぞ? ホントにどうしたんだ?」


 困惑するライトにマリーは今にも泣きそうな目を向け、消え入りそうな声で言った。



「ライトくん……今夜は、私と一緒にいてくれませんか?」



 ライトは様子のおかしいマリーをじっと見て……

「ZZZ」

「……あれ?」







「……あら? ここは……」

「お、やっと起きたか。酒も大概にしろよ?」


 マリーが目覚めたのは、ベッドの上だった。

 宿の一室……というより、NPCの民家の一室らしい。


 ベッドの横には、ライトが椅子に座ってリンゴをウサギ……ではなく先端がドングリ状に丸く削られた円筒、実物大の9ミリ弾の形に加工していた。彫るモチーフとしてはスナック菓感覚で食べやすそうなサイズではあるが……噛むと暴発しそうで怖い形状だ。あるいはライトなりのブラックユーモアだろうか。


 他に人はいない。

 ライトと二人きりだ。


「様子が変だと思ったら酒飲んでたんだな。顔に出ないし、突然寝てから『医療スキル』調べるまで全然わからなかったぞ。一体どのくらい飲んだんだ?」


「えーと……針山くんがクリスマスシーズン限定イベントで『期間限定で無制限にお酒の飲める樽』を手に入れたので……ジャックちゃん、針山くん、エリザちゃんの三人を相手に飲み比べをして……三人が潰れて寝るまで、赤ワインをボトルにして207本ほど……」


「207本ってマジでか!? てか、なんであの三人と飲み比べして潰してんだよ!? そしてそんだけ飲んでて顔に出ないってすごいな!!」


 ゲームの世界とはいえ酒を飲めば酔う。

 以前ジャックがワインを数本開けて強かに酔っていたのを見たことがあるが、マリー=ゴールドは桁が違った。

 しかし、やはり飲み過ぎではあったのか、未だに疲れた表情をしており、心なしか具合が悪そうにも見える。


「ところで……今、何日の何時ですか?」


「12月25日の午前四時くらいだ。マリーが寝たのは零時半くらいだったから、寝てたのは二時間半くらいだな」


「まだ四時ですか……やっぱり仮想酒で一日やり過ごすのは無理でしたか……」


 残念そうな顔をするマリー。

 どうやら、酔ってしまったのではなく、酔いたかったらしい。


 そんなマリーを見て、おそるおそる尋ねる。


「……マリーってさ、もしかしてだけど……12月25日が……クリスマスが、嫌いなのか?」


「……意外ですか? こんな見るからに西洋系の人間で、しかもシスターの真似事なんてしていた私がクリスマスを嫌っているなんて」


「いや……まあ確かに意外ではあるが、もっと意外なのは別の事だ。確か今日は……マリーの誕生日だろ?」


「そういえば、ライトくんには話したことがありましたっけ……憶えてましたか。」


「ゲーム初期に教えてくれただろ? 丁度誕生日の人がいると出来るクエストがあったから、条件に合う人探してるときに……まあ、あの時は結局別の人に頼んだが、マリーの誕生日は印象的だったからよく憶えてる。」


「そんなこともありましたね……でも、一つ謝ります。実はあれ、ちょっと嘘なんです」


 マリーが少々申しわけなさそうに目を伏せて言う。


「嘘? いやだが……個人情報を明かしたくなくて嘘の日を言ったのか?」


 ライトが訝しむように言うと、マリーは軽く首を横に振った。


「違います……戸籍上の誕生日は確かに12月25日になってますし、その点では嘘は言ってません。ですが……今日は、私の『誕生日』ではあっても、たぶん『生まれた日』とは別の日なんです」


「どういうことだ?」


 ライトが聞くと、マリーは少し迷った後、やや言い辛いことを言うように答えた。



「今日は……12月25日は、私が教会に引き取られた日……私が、生みの親に捨てられた日なんですよ。だから、私は12月25日が……クリスマスが、嫌いなんです」










 黄色人種(モンゴロイド)では有り得ない白い肌、日本人にはほとんどいないナチュラルブロンド、整いすぎた顔立ち。


 彼女は、物心ついたときから違和感を感じていた。

 友達がいて、育ての親がいて、子供なりの仕事があって、充実した生活に感じた違和感。



 何故、自分は他の子供と姿形が違うのに、誰もそれを気にしないのか?



 自分の容姿が『白人(コーカソイド)』特有のものだということは知っていた。こればかりは整形でもしない限り他の子と同じにはならないし、生まれつきなのでしょうがないものだとは思っていた。


 だが、彼女は疑問に思った。

 確かに、論理的に考えれば人種差別などくだらない。人間、先天的な特徴は選べないし、それを理由に迫害するのはお門違いだ。


 しかし……それにしても、彼女の周りの人々は優しかった。

 学校の先生達どころか、同級生すら彼女の容姿について変なことを言ったりからかったりしない。全くと言って良いほど差別なく、平等に、公正に扱ってくれた。


 そして……ある日、彼女は『友達』に尋ねたのだ。



「ねえ……私って、何人に見える?」







「『え? 日本人に決まってるじゃん』……そう言われました」


「それって……『認識操作』か。」


「はい……私に限っては金髪も白い肌も『日本人には普通』と認識していたようです。小学校の『友達』も、『友達』のご両親も、先生も、私を差別する可能性があり尚且つ私を一度でも直接認識した人達は、みんな私を『普通の日本人』の容姿と合致すると思っていたんです。その時ですよ、私が自分の才能を自覚したのは……人の心に干渉できると知ったのは……『友達』が、周りの人達が信じられなくなったのは」


 それまで、世界は愛に満ちていると思っていた。

 自分が幸せなように誰もが幸せで、自分の周りと同じで人が人を思いやるのが普通で、理不尽なことなどない理想的な世界。

 まるで、大人が無垢な子供に語る『天国』のような環境。


 それが、不自然だと気付いてしまった。

 自分が『世界』に甘やかされていると知ってしまった。


「『自作自演』……いや、『自作他演』か。無意識に周りを操作して自分に心地いい世界を演出させていたってわけだな。もはや『常識変換』ってレベルに近いか」


「ユートピアが実は自分の支配するディストピアだったと知ったときには、驚天動地の思いでしたよ。そして、わからなくなりました。私が一体何者なのか……だから、私が自分の才能を自覚して、一番にそれを自分の親が誰なのか、どうして自分が教会に預けられたのかを探るのに使いました。しかし……詳しい事情を知っていたらしい養母(シスター)さんに『お願い』して聞いてわかったのは、私が『望まれなかった子』でも『不幸な子』でもなく……そもそも『生まれるはずのない子』だったということでした。」



 彼女は、クリスマスの夜に連れて来られた。

 母親は日本人、その手の中の彼女は完全な白人。

 教会は来るものを拒まない。

 拒まれて道端に捨てられてのたれ死ぬよりは、親に捨てられても新しい親の元で幸せになった方がいいから。

 相手が拒むなら、理由も深くは尋ねない。世の中には、子供を育てられない理由など山ほどあるのだから。


 ただ、彼女の母親は言い訳をするように……無実を訴えるようにこう言ったらしい。


『この子は、こんな子供は、私の体から生まれるわけがない』と。



「母は……誰とも身を重ねた覚えがなかったそうです。誰にも身を許したことはなく、それまでの人生の中で一度も、誰とも交わったことのないはずの体に子供を宿してしまった……しかも、生まれた子供は明らかに異国の血が強く表面に出ている。まあ、教会に預けたのは賢明な判断だったでしょうね。シングルマザーで、身に覚えのない、しかも外人のような子供をもってしまったんですから。」


「……日本人と白人のハーフでは、低確率だが完全に白人に見える子供が生まれることはある。日本人の方の親の両親か祖父母あたりに一人でも白人がいれば割と高い確率でな。だが、生んでしまった親からしたらこう考えてしまうんだろうな……『この子は、本当に私の子供なのか?』 そう考えると、教会に考えが思い当たるのは時間もかからないだろうな……聖書のかの有名な人だって、人間の父親なしに母親の体から生まれたんだから……その人の主張を、むやみに否定はできないだろうな」


「私としては、別に私はそんな大層な存在ではないと思っています。大方、母が公に交際できない外国人の父と作った子供である私を公にならないように手放したか、病院か何かで事故的に他人の受精卵を体に取り入れてしまったか……あるいは、私の父にも私と同じような能力があって、行為の後に母の記憶を消したのかもしれませんね」


「母親を見つけ出して調べたりはしなかったのか? 小学生のころの能力がどの程度だったかは知らないが、マリーならそのくらいできただろ?」


「調べてどうなるというのですか? 母は私を育てるのが無理だと判断したから、私を育てられる人たちに託してくれたんですよ? 恨むようなことではありませんし、お礼を言うような気にもなりません。あちらも、自分が手放した子の成長した姿など見たくはないでしょうし」


「まあ……それもそうか」


「ただ一つ、恨み言を言いたいことがあるとすれば……よりにもよって、なんで12月25日なのかということですね。」


 マリーは珍しく、恨みがましそうな顔をする。


「もっと別の、忘れてしまうような日付にしてくれればよかったのに……毎年毎年、クリスマスの時期になると思い出すんですよ。想像してしまうんです。母が私を捨てて……町のイルミネーションの中に消えていく姿を……その離れて行く母の顔に浮かぶ、肩の荷が下りたというような笑顔を……想像してしまうんです。クリスマスに幸せそうな人達の笑顔を見ると、まるで私がいない方がみんなが幸せになるような気がしてしまうんです。」


 マリーはいつも微笑んでいる。

 子供たちに、プレイヤーに、敵に、犯罪者に、NPCに、そして……ライトにも。

 その笑顔は会うものに安心感を与え、まるで小さい子供が母親を全能だと信じるように心を委ねさせる。


 しかし、『透明マント』を羽織っていたとき、マリーは笑っていなかった。


 笑えなかったのだ。

 母親に捨てられたのを思い出す『今日クリスマス)』だけは、母親のような笑みを浮かべることが出来なかった。

 いつものように居られないマリーは、まるで捨て子のようにうずくまり、12月25日をやり過ごそうとしていたのだ。


「それに……」


 マリーは、少し迷った後、強く主張するように言った。



「誰も、『私』を祝ってくれないんですもん!」



 ポカンとしたライトが、言葉を返したのは三秒後だった。

「えっと……それは、『クリスマスが誕生日とかぶるからケーキは一つ』みたいな話か?」


「そうです! いつもいつも私の誕生パーティーはクリスマスパーティーのついで。プレゼントもケーキも一つですし、教会ではほとんどの人が『メリークリスマス』は言っても『ハッピーバースデー』は言ってくれないんですよ! 教会は宗教団体だから教祖様の誕生日が大事なのはわかりますが、もうちょっと目の前にいない人の誕生祝いより目の前の私を優先した誕生祝いをしてくれても良いじゃですか! 私とあの人は誕生日パーティーを合同でやるような仲良しじゃないんです! 赤の他人です!」


 マリーは拗ねたような顔をする。

 珍しく子供っぽい……やはり少し酒が残っているのかもしれない。


「えーと……マリーがクリスマス嫌いなのって、もしかして……」


「私が暗い気分になるのに、周りの人達が楽しそうだからです。あと、純粋に誕生日を祝ってもらえないからです」


「…………」


 後半が子供みたいな理由だった……まあ、子供の時からの悩みだから当然なのかもしれないが……


 そこで、ふとマリーが懐かしそうな顔をする。


「……いえ、そういえば一度だけ……クリスマス抜きで誕生祝いをしてもらったことがありましたね。彼だけは……純粋に私だけを祝福してくれました。」


 今日初めて、マリーの顔に笑みが生まれる。

 愛おしそうな……幸せな思い出を思い出すような……そして、どこか寂しそうな笑み。


 テンションの上下が激しいのは酒の影響か、あるいは酒はただのきっかけで、これが何も取り繕わない本来の彼女なのか……それは子供のような無邪気なものではなく、母親のような母性でもなく……強いて言うなら、年頃の乙女のような複雑で深みのある表情。


 マリーがライトに初めて見せた表情だった。


「『彼』っていうのは……恋人なのか?」


「どうでしょう? 一時期同居していたこともありましたが、結局最期まで互いに名前も知らない間柄でしたし、何よりあの人は人間を同種とは認識できませんでしたし……きっと、私も異性とは思われてなかったんでしょうね」


「『人間を同種とは認識できない』……って、もしかして……」


 ライトが察したように言葉を濁すと、マリーは穏やかに頷いた。



「はい、彼は……『The Golden Treasure』で海外へ出た私が初めて出会った『殺人鬼』でした」










 約三年前のアメリカ。

 半年ほど前から開始されたデスゲームで、彼女は人生の厳しさを痛感していた。


 日本に居たときには、自分の『人の心を操る才能』は絶対的なものだと思っていた。

 意識的にその能力を使うことに慣れてからは、何をするにも苦労はせず、逆境などなく、自分の人生はこの才能のせいで退屈なものになってしまったと思い込んでいた。


 しかし、退屈を紛らわそうと参加した『デスゲーム』はその思い込みを打ち砕いた。


 まず、スタート地点として放り出された場所が地球のほぼ裏側の『無人島』であったということが、彼女が迎えることのないと考えていた逆境を嫌と言うほど味あわせてくれた。

 何せ、いかに『人の心を操る才能』が強力だろうと、操るべき『人』がいないのだ。人口密度が異常に高い日本ではわからなかったが、彼女は一人だけでは生活(サバイバル)をすることも難しかった。

 才能に傲らず、努力して自力で技術を修めることの大切さを身に染みて思い知った。


 そして、その無人島を取引に利用していた武器の密売船に密航し、さらにその船が海賊に襲われて沈没しそうになったり、言葉の通じない相手に気持ちを伝えるのに苦心しながらも密航船を乗り継いだりしてようやく人の十分にいる大国(アメリカ)にたどり着いたのだ。


 しかし、安心するにはまだ早く……


「まさか、あの武器の発注元がこの街のマフィアの方々だったとは……」


 その頃は、まだ直接対面していない相手に暗示をかけるのは難しかった。

 銃を持った人間が襲ってきたところで、直接暗示をかければ銃弾は無意識に外してくれるし、認識を操作して見失わせることも出来る。しかし、上からの指示で無尽蔵に襲いかかってくる刺客を退け続けることは難しかった。


 特に、闇夜などで相手が狙いを定めず、相手も見ずに銃を乱射してきた場合は暗示などかけるまもなく被弾する可能性もある。


 そして不味いことに……相手もそれに気付き始めていた。


 そのため夜は身を潜めることに能力を使った。

 ダウンタウンの無人の一画を占拠し、壁の落書きや放置されたゴミなどを利用して人を迷わせ、遠ざけるように暗示を施し、『安全エリア』を作ったのだ。

 これで、相手が過剰なまでの人海戦術でも使わなければまず見つからない。そう安心していた時だった……


 ジリ

「……!」


 認識の壁に守られたはずの『安全エリア』に、自分以外の人間の気配。

 とっさに逃げようとした彼女の顔スレスレを通過する弾丸。



「おいおい、逃げんなよ嬢ちゃん。オレは別に嬢ちゃんをレイプしたいわけじゃねぇ……ただ、ちょっといい『秘密基地』を持ってるから奪い取ろうと思っただけだ。逆恨みなんてするなよ? 住処を奪われるのは、ちゃんとそこを守りきれない奴が悪いんだからな」



 それが、『殺人鬼』との邂逅だった。










「……下手するとそのまま殺されてもおかしくない流れだよなそれ」


「実際弾切れになるまで狙い撃ちされて死ぬかと思いましたよ。暗示でギリギリ弾は外れるようにできましたが」


「なんでその殺人鬼は『安全エリア』に入ってこれたんだ?」


「生来の『殺人鬼』の方々は精神の構造が普通の人間と違うんです。暗示がかかりにくいんですよ。」


「それは……ジャックやエリザも?」


「はい。十分時間をかけてゆっくりやれば強力な暗示もかかりますが、即時効果を求めると大したことはできません。認識操作で行動を促すことや抑制することは多少できても、本人の自由意思に対立するようなことはできない。『殺さない』や『好きでもない相手に従う』なんて出来ないんです」


 マリーの話を聞き、ライトが何かに気付いたような顔をする。


「あ……もしかして、マリーが『殺人鬼』を見分けられるのってそういう理屈なのか? ジャックが殺しをする前からわかってたみたいな口振りも……」


「まあ大方間違いではありません。はっきりとした暗示でなくても、たとえば一般的な宗教であっても『殺人鬼』は信仰心というものをあまり持ちません。中には針山くんや、宗教儀式を殺しの名目にしていた『青髭男爵』ことジル・ドレさんのような人もいますが、基本的に彼らは神様に頼ったりしないんです。信仰や儀式にかまけている時間があったら少しでも自力で望みを叶えるため、手段を選ばずに行動するのが彼らですから。特に、私がアメリカで出会った『彼』は信仰が薄いと言うより無神論者で、信じるのは自分の銃の腕と弾丸だけというストイックな人でした。しかも暇なときはその銃弾すらも自分で鉛の塊を削って作ってたりもしてましたし。その方が先端を微調整できるとか……神様どころか運すら介入させなくないという人でしたよ」


「そいつに祝ってもらったわけか……てか、前から思ってるけどマリーって『殺人鬼』の類とかなり仲良いよな。それはやっぱり、そいつの影響なのか」


 ライトもマリーの口振りからその殺人鬼がもうこの世にいない人物だということは察している。

 マリーが自分のかつて体験した世界を巡る宝探しゲームを『デスゲーム』と言った……その意味は理解しているつもりだ。


 そして、今ここにいるマリーはそのデスゲームでの経験を経て形成されているのだ。

 人に歴史あり……マリーにとってその殺人鬼との出逢い、そして過ごした時間がどれだけ大きなものだったかなど、推し量れるものではない。


 それに、『人間』を無意識に操れてしまうマリーにとって、簡単には操れない『殺人鬼』との間に築いた関係は……きっと、初めての『本物』のように感じたのだろう。



 しばしの沈黙があった後、マリーはポツリと言った。


「悪い人達ではないんですよ。価値観が違うだけで」


 続けて、彼女は言った。


「私は『殺人鬼』の皆さんが大好きです。皆お酒が大好きで、仲間想いで、なにより生きることが大好きで、私を甘やかさない皆さんが大好きです」


 『殺人鬼』は人類の突然変異、かつてマリーはそう言った。

 人類の進化の形の一つであり、天敵であり、一つの種族。


 そして、人類の歴史に常に寄り添ってきた存在。


 対して、マリーは本気になれば人類の『頂点』に立つことができる能力を持つ。

 あらゆる分野において、人類の『頂点』に立つ者に与えられる称号……それこそが『金メダル』。

 その立ち位置から見れば、人もその天敵も違う意味をもつだろう。 


 ライトは、以前ジャックに質問されたことをマリーに聞いた。


「『殺人鬼』が人を殺すことは、どう思ってるんだ?」


 マリーは優しく微笑んで答えた。


「私は……『彼ら』を一つの人種、人類から分岐し、独立し、そして孤立した一つの種族だと思っています。人間は『彼ら』を単純に狂っていると思っていますが、本当は理解しがたいだけで『彼ら』なりの思想があり、合理性があり、正義……『何が何でも生き残る』という正義がある。信仰はなくても信念はある。思想と思想、信仰と信念、正義と正義がぶつかればそれは『戦争』です。戦争で人を殺すことを悪と断じることはできませんよ」


 その微笑みに、哀しみが混じる。


 生まれたときから『人類』との戦争が始まっている、悲運な運命を持つ者達。

 予定された突然変異。

 用意された異端者。

 望まれた悪役。

 損な役割を演じることになる『殺人鬼』が、人間の作った神様を信じないのは当たり前かもしれない。


「『彼ら』は人を殺しますが、人類を滅ぼすほどのことはできない。個体としての強さは一般的な人間を越えても、種としては少なすぎる。人類を滅ぼすことなど到底できない、たとえば狼のような高い社会性を持つ絶滅危惧種のようなものです……そして、多くは仲間と出会うことなく孤独に生きて孤独に死ぬ、孤独な運命をもった人類の隣人。傲慢かもしれませんが、私は数少ない理解者として彼らを保護してあげたいのです」


 『あの人が私を護ってくれたお返しも、出来ませんでしたから。』マリーは小さな声で呟くように付け加えた。


 そんなマリーに、ライトは合点が行ったように笑みを見せる。

 そして、冗談めかして言う。


「納得したよ……なんでマリーがジャックやエリザにあんなに目をかけるのか。てっきりゆっくり洗脳して専属の殺し屋にでもする気なんじゃないかとちょっと疑ってた」


 すると、マリーは気分を害したような表情を作り、拗ねたようにライトの冗談に応える。


「失礼ですね。私がそんなことするはずないじゃないですか……しかも、よりにもよって殺人鬼の中でも特別なジャックちゃんを……そんなことしたら冗談抜きで針山くんに磔にされてしまいますよ。前の時だって彼が怒ったときは大変でしたし」


「針山か……なんか詳しいみたいだが、リアルで知り合いなのか?」


「まあ、彼とも前のゲームのときにいろいろと……プライバシーもありますからあまり詳しくは話しませんが、彼は怒らせない方がいいとだけ言っておきましょう。」


 針山は普段温厚な紳士のような青年だが……怒った姿は想像できないが、きっとマリーはそれを見たことがあるのだろう。

 あるいは、そのような部分もデスゲームの『経験値』だと考えることができるかもしれない。

 それは、ステータスに表れないが、どんな能力値よりもデスゲームでの生き残りに有利に働くものだ。


「マリーにとってこのデスゲームは……『強くてニューゲーム』なのかもな。」


「どうでしょうかね……私は、本当に強くなれているんでしょうか? 私は、本当はもっと多くのことができるのに『意思の尊重』などという言葉で責任逃れをしているのではないでしょうか? 今、私は死ぬ人ができるだけ少なく済む方法を選択しているつもりですが、もしかしたら私の選択が間違っていて死ななくていい人がたくさん死んでいるのかもしれない……影響力ばかりが強くなって、それを使いこなせていないのではないか。最近は良くそんなことを考えます。」


 まるで、全てを統治する女王のような、冗談のような悩み方だった。

 だが、マリーの能力はそれを冗談と笑ってる済ませることはできない。

 仮に死者が最小限で済む道を選んでも、その死者は彼女が勝手に選んだ生贄……それを選べる立場にいるというのは、とても尋常な精神力では耐えられない。


 そんなマリーに、ライトは……


 ピン!

 不意打ちのようにデコピンをかました。


「いたっ」



「自分一人で全部背負おうとしてんじゃねぇよ。神様にでもなるつもりかよ」



 一瞬、マリーにはライトが別人のように見えた。

 容姿は確かにいつも通りだが、雰囲気が違う。

 まるで、違う『誰か』がライトの人格を被って正体を隠していて、その『誰か』が我慢できず表面に出てきたような……



「周りの奴らが幸せになろうが不幸になろうが、そんなの関係ねぇだろ。誰を祝う祭だろうが、旨いもん食えて酒が飲めればなんでもいいだろ。おまえが指針を間違えて人が死のうが、悪いのは自分でろくに考えずそっちに流されて死んだ奴だろ。誰が引き金を引こうが、撃たれて死んだら弾を避けられない奴が悪いだろ。だから、おまえは他人の都合なんて考えず……笑って生きれば良いんだよ」



「あ、あなたは……まさか……」


 『誰か』はベッドの隣から立ち上がり、マリーに背を向けてドアへ歩き、ドアノブに手をかける。


 そして振り返り、元のライトの口調に戻って何事もなかったかのように言った。


「そういえば、マリーはその殺人鬼以外の人に純粋に誕生日を祝ってもらったことがないらしいけど……マリーは祝ってほしかったのか?」


「は……はい。もちろん表には出しませんでしたが」


 すると、ライトはニヤリと笑う。


「マリーは人の心を操るのは得意でも、読むのは得意じゃないんだな。」


「?」


 わけがわからなさそうな顔をするマリーに、ライトは最後に付け加えるように説明して部屋を出る。


「マリーが育った教会の人達はマリーにとって『誕生日』が『捨てられた日』だって知ってて、気を使って誕生日を強く主張しないようにしてたんだよ。マリーが12月25日に暗くなるからそこら辺を察してて、みんなで話し合って誕生日って部分は強調しないように強く意識してたんだ。そうじゃなきゃ、マリーが無意識に自分だけを祝うようにしただろうからな」


 そして、マリーに聞こえないほど小さな声で呟く。


「ハッピーバースデー……嬢ちゃん」







 NPCイザナの家を出て、玄関前でライトは待っていたメモリに声をかける。

「悪いな、話が長くなった。もういいぜ」


 そして、メモリは平坦な口調で応える。

「もうよろしいのですか? 夜明けまではあと少しありますが……」


 ライトは……ライトのアバターの中の『誰か』は笑って答える。

「そんな短い延命に興味はねえさ、嬢ちゃんがあの後も元気に生きてるってわかっただけで安心したしな……もう『聖夜の奇跡』とやらは醒めてもいいころだ。死人は元通りあの世がお似合いさ」


「そうですか。では、バンクに帰還してください」


 他人の心を操るマリー=ゴールドに対し、ライトの能力は自分の心を自在に操ること。

 そして、他人の人格を模倣すること……それは、対象が死者だろうと例外ではない。

 さらにメモリが居れば……何らかの形で『登録』された人間なら、記憶すら再現することができる。


「オレは偽物だったが……悪くないな、黄泉帰りってのも」







 そして……メモリが人格を調節し、『ライト』が完全に起動する。

 ライトは他人の人格に高い純度で『同調』し、さらに記憶まで模倣してしまうと元に戻りにくくなるため、元に戻るための『パスワード』をメモリに教えてあるのだ。

 ちなみに、ライトの記憶が容量オーバーしないように最低限の記憶以外は模倣中の記憶も含めメモリに記憶させた後、ライトは忘却している。これが『帰還』だ。


 ライトは起動して直ぐに、メールを作成する。

『マリー発見。パーティーは予定通りに決行、準備急げ』


 そして、どっと疲れたようにため息を吐く。

「ふう……まさか、マリーの誕生日祝いに最適な方法を探るために関係者呼び出したらこんなことになるなんてな……てか、よくこんな関係深いやつバンクに入ってたな」


「『非公式記録』分類『四桁級殺人鬼』の項に記録(データ)がありました。銃撃戦で現代稀に見られる数の人間を殺傷したアメリカ裏社会の殺人鬼として人生の断片情報が記録されています。」


「……銃撃戦の鬼が、現世に帰って最期に護った少女の成長した姿を見るか……不信心な殺人鬼には悪いが、聖夜(クリスマス)の奇跡の物語としては相応しいかもな。だが……12月25日は始まったばっかりだ」


 そして、ライトはマリーが中にいるイザナのNPCハウスを振り返り、ギラギラと笑う。



「覚悟しろよ? 今日は『誕生日忘れてたフリしてサプライズバースデーパーティー』しようってプレイヤー皆で決めてたんだ……誕生日、嫌になるほど祝ってやるよ」










 同刻。


「…………」

「メリークリスマス!」


 サンタクロースに扮した闇雲無闇がラッピングしたお菓子を無料で配ったりしていたのだが、それは別の話。

 今回は作中でも有数のチートキャラであるマリーさんに焦点を当てさせてもらいました。

 ちなみに、マリーさんの誕生日については三十話前後の時点で言及していました。


 来年もよろしくお付き合いお願いいたします。


 ……あと、前後のコーナーも考えてみるつもりです。スキルも結構放出したので。

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