99頁:危ないことはやめましょう
次回の設定がクリスマスなので、次の話は明日投稿します。
それから、年明けまでは投稿お休みさせていただきます。(ストック補充のため)
「『金メダル』の予知が未来を『創る』ための予知なら、『銀メダル』は未来を『読む』ための予知。どちらも大勢を左右するほど強力だけど、それは自分自身に焦点をあてていないから。望む未来のために現在の自分の行動が制限されてしまう。せっかく組み立てた未来も、下手に土台を動かすと崩れちゃうかもしれないからね。怪獣が人間の町でショッピング出来ないのと同じだよ」
背の高い『彼女』が、仮眠中に話しかけてきた。
夢の中だが……ナビキは、せっかくの休憩時間に話しかけられてちょっと迷惑だと思った。
「いいじゃん、どうせ寝てるんだし」
「こっちはクリスマスセールとかで忙しいんです。精神的にもゆっくりしたいんですよ……何聞いても起きたら忘れてるし」
「あはは、そんなこと言わずに聞いてよ。自分の教え子達の自慢してるんだから……丁度今活躍してる子達をさ。てゆうか、心配じゃないの?」
「先輩は大丈夫ですよ。それに、赤兎さんは殺しても死にませんから」
「ホントに信頼が厚いね……あるいは、あの子達の凄さを目にし過ぎて感覚が麻痺してるのかな? まあ、無理もないかな。特に『銅メダル』……赤兎くんは。予知の凄さが目に見えて分かりすぎて逆に本質がわからない」
「予知? あの人は運が良いだけじゃないんですか?」
「運が良いのは確かだけど、それは予知じゃない。『銅メダル』の予知は未来を『選ぶ』ための予知なんだよ。微かな情報を元に数多ある選択肢の中から、直感的に望む結果に繋がる選択肢を選択できる。『第六感』あるいは『虫の知らせ』。ダンジョンでは『なんとなく』女の子が罠にかかっている方の通路を選べるし、『なんとなく』道の端の方を歩いて罠を回避できる。『なんとなく』いずれ敵対することになる女の子と偶然に会って友達になり、『なんとなく』見習うべき人を尊敬して強くなり、『なんとなく』スタートでもたついて有利な情報を手に入れる。周りは彼に都合のいい展開が発生しやすいのを『主人公体質』なんて言ってるけど、それは本人の選択の結果。全てのイベントを回避すれば普通の道を進めるけど、彼はそうはしない。困っている人が居れば無意識に『遭遇』を選択して『仕方なしに』助けるし、危険でも『活路』という選択肢を見つけて選んでしまう。要するに……」
ナビキが目覚める直前に、『彼女』は笑った。
「困ってる人がいたら好き好んで虎穴に飛び込むような大馬鹿なんだよ、あの子は」
《現在 DBO》
『鬱イベント』という言葉がある。
ゲームなどで展開次第で迎えてしまうバッドエンドの一種。
それも、酷く無情でトラウマになるような理不尽だったり残酷だったりする展開のことだ。
たとえば、主人公の親友が犬死にしたり……
ヒロイン達が主人公を取り合って殺し合いに発展していたり……
助けたキャラクターがその直後に口封じなどで理不尽な死を迎えてしまうなどだ。
「もう一度、お話ししましょう。」
目の前で、ミイに……キャラクター『グレイティア』に、元々〖飽食の魔女〗の使役する『即死技』だった黒い煙で形成された『黒い魔女』……それが老婆の姿に変異した〖飢餓の魔女〗が大口を開けて喰らいつく。
ライトが動いたのは、ミイが頭を下げた直後だった。
「秘伝技『ちゃぶ台返し』」
ティーセットの乗ったテーブルがライトにひっくり返され、宙を舞う。
そして、ミイの下げた頭の上を通り……
魔女が、テーブルにかぶりついた。
「……え!?」
「だてに予知能力者なんて名乗らない。『魔女に取り憑かれた女の子を救ったら直後に魔女の亡霊に喰われる』なんて鬱イベント、そう簡単にやらせるわけ無いだろ」
ライトの目には『グレイティア』と〖飢餓の魔女〗の名前とHPが表示されている。
しかも、イベントシーン中の無敵状態ではない。無敵状態ならばHPの周囲に『数値固定』を示す枠が出るのでそれは一目でわかる。
おそらく、イベントを進行して状態を移行するために『回想シーン』を高速で処理したのだろうが……
間違ってもNPCが無敵状態のまま一方的に攻撃出来ないようにという設定なのか、〖飢餓の魔女〗が『噛みつき』の攻撃モーションに入った瞬間に両者の無敵状態が解除され、ライトの干渉が可能になった。
テーブルを魔女に喰わせて一瞬の隙を作ったライトは、素早く次の行動に入った。
「裁縫スキル『狩り縫い』、武器破壊スキル『折り刃』、荷運びスキル『師走』」
腰の竹光を抜き、魔女の足を突き刺して地面に縫い止める。
さらに、『触れると失明する』という呪いを持つ脇差しの『闇討ち』を魔女の頭に突き刺し、技でその刃を折って相手の視界を封じ、少女を『お姫様抱っこ』で抱えて走り出す。
「え、ちょっと、これはどういう……」
「貴重な情報源にこんな形で逃げられてたまるか。 それに、こんな嫌なイベントが発生するようなルート選択したつもりはないぞ」
魔女が失明と足に刺さった竹光で動きを封じられている間に、ライトは『グレイティア』を抱えたままボス部屋の扉へ近づき……
「おらっ!!」
扉を蹴破り、部屋の外に逃げ出した。
「な…なんで、たった一撃で壊れるはずがないのに!」
「メモリには室内からの音声が遮断されたら、扉の耐久力を後一撃で壊れる所まで削っておくように言っておいたんだ。さ、城を出るぞ『グレイティア』」
「わたくしを連れて城を出てどうするつもりですか!? GMとして吊し上げにでもするつもりですか!?」
「んなわけ無いだろ。生き別れの妹を無傷で兄のパン屋の旦那まで届ければこのイベントはハッピーエンドのはずだ!」
「馬鹿ですか!? 交渉イベント失敗扱いで〖飢餓の魔女〗が起動した以上、あの魔女は城を出るまで追ってきます。わたくしを抱えたまま勝てるわけないし、逃げきるなんてもっと無理です」
「逃げ切れない? どうしてだ?」
「だって……」
その時、一陣の風が吹き……
目の前に、怒りの形相の〖飢餓の魔女〗が現れた。
「おわっ!?」
「だって……〖飢餓の魔女〗は、超高速で移動できるんですよ?」
魔女は鋭い爪を伸ばし、枯れ枝のような手をライトとグレイティアに伸ばす。
ライトはグレイティアを守るように手甲で弾こうとするが、魔女の力は予想以上に強力で、弾ききれなかった爪がライト腕に容赦なく突き刺さる。
「グガッ……!!」
魔女が、さらにもう片方の手でライトの腕を掴み、絶対に逃がさないとでも言うように握り締め……
その口を直前までの顔のサイズ、身体のサイズに見合わないほど大きく開いた。
ライトとグレイティアの上半身を、一口に食いちぎれそうなほどに。
「…自傷スキル『リザードテイル』!!」
ライトはスキルを使って蜥蜴の尻尾切りのように腕を切り離し、魔女に喰われるのを回避する。
そして、ライト達の代わりに残った腕を口に放り込み、咀嚼する魔女を背にして、グレイティアを肩に担いで走る。
「無理ですよ! わたくしを置いて早く逃げて! わたくしはアバターがなくなって退場するだけですけどあなたは……」
「うるさい、暴れるなよ腕一本しかないんだから。それに、女の子を置いて逃げるとか、たとえ普通のゲームでもやりたくない。オレはフィクションだろうとノンフィクションだろうとハッピーエンドが好きだからな。」
ライトは足を止めない。
身体を傾けてバランスを取りつつ、ハンデ付きの全力疾走で城の出口を目指す。
モンスターはいない。
通路に使い捨てのモンスター除けのアイテム《アンチホップストーン》が置かれている。ライトがメモリに帰りながら置いていくように指令を出してあったのだ。
ライトは、それを道標とするように、迷わず走る。
「あなたは馬鹿ですか!? 初対面の、しかも敵を助けるために命を賭けるなんて!!」
またも一陣の風。
ライトはまるで瞬間移動のように出現する魔女の出現位置を読み、避けながら走るが……ライトの腕を食べ、味をしめたらしい魔女は現れると凄まじい速度でライトを追う。
ライトは人一人抱えているのだ。
すぐに追いつかれる。
「馬鹿? 言っておくが、オレは勝ち目のない戦いを挑むほど馬鹿じゃないぜ? 本当の馬鹿って言うのはな……」
ライトは、十分に接近して攻撃を確実に当てられる距離に来た魔女を振り返ることなく、前だけを見据えて走る。
魔女が腕を振り上げ、爪を光らせるが防御など試みず、ただただ前へ走る。
そして、魔女の手が……
「来ると思ってたぜ……後は任せた」
「ああ、迷惑かけたな」
突如振るわれた刀によって、切断された。
そして、ライトはやっと立ち止まり、振り返る。
「本当の馬鹿っていうのは……おまえみたいな奴だよ。てか、知り合いのピンチにギリギリで間に合うとか、どんだけ主人公だよ」
そして、ライトとすれ違うように現れ、魔女の手首を切断したプレイヤーは……数日ぶりのすっきりとした笑いを口元に浮かべて、目には今にも喰らいつきそうな闘争心の炎を宿らせて……振り返らず応えた。
「ライト、こいつは俺が斬るから……後で皆に謝るの、つき合ってくれないか?」
同じ頃、城の外では。
「花火さん、良かったんですか通して……ライトさんと契約違反ですよ?」
「後で謝っとけばいいやろ? それより、まさか赤兎っちゅうのが赤仁やったとは驚きやわー」
『アマゾネス』のプレイヤー達と闇雲無闇、キングは『作戦終了』の連絡を受け、『砂糖の町』の入り口に集まった。
皆、赤兎と交戦したわけだが……負傷者は一人もいない。赤兎は見事に誰一人斬らずに突破したのだ。
「それにしても……花火さん、『姉貴』って呼ばれてましたけど、赤兎さんとは御姉弟だったんですか? 聞いたことありませんけど」
椿が恨めしそうに言うと、花火はカラカラと笑って返す。
「ちゃうちゃう、あいつはうちの田舎で隣に住んどっただけや。ちっさい頃からよう遊んどった……弟ちゅうか子分みたいなもんやで。ま、小便臭い赤ん坊の頃からよう遊んどったで昔は本当の姉ちゃんやと思っとったらしいけど……ちょっと見ん内に肝すわっとったで」
「肝がすわってるどころの話じゃありません。まさか本当に弓矢部隊も突破されるなんて思ってませんでしたし……また、戦闘技術の顧問として引き込もうって話で皆持ちきりですよ。今度は本気でリベンジしたいみたいですけど」
「せやな、それも良いかもな……あいつは、ほんと立派になっとったで」
花火は赤兎とした話を思い出す。
赤兎は相手が花火だと分かっても押し通ろうとしたのだ。
そして……
『死にたいなら勝手に死ね! けどな、自分の尻拭いは他人に押し付けたらあかんで』
『まさか……ライトが!?』
「間違ったときどんな手使っても止めてくれる、ええ友達も居るし、その友達が自分の代わりに命懸けてるちゅうたらちゃんと間違いに気付く……成長したもんやで……さ、椿。そろそろ帰ろか」
花火は城を振り返りながらながら呟く。
「あんないい男になるんなら……縁談くらい受けたっても良かったかもしれんな」
突然現れた赤兎に、ミイは……グレイティアは、驚きを隠せなかった。
このタイミングで……これ以上ないほど的確なタイミングで、増援が入った?
城のどこかに待機していたようには見えない。
まるで、城の入り口から全力疾走で、出来うる限りの速さで駆けつけてきたような雰囲気だ。
だが……絶体絶命のピンチに間に合うなんて……
そこで、足元の石を……《アンチホップストーン》を見る。
まさか……これは退路の確保ではなく、後から来るはずの……来る可能性がある仲間とすれ違いにならないための道標だったのか?
それこそ、ヘンゼルとグレーテルのように……
「ところでライト、その抱えてる子供は誰だ? 前見た魔女と同じ服きてるが……」
「あ、あの…もがっ」
ライトが残った手で口をふさぐ。
「魔女に取り憑かれてた女の子だ。魔女の本体はそっちの婆さん、こっちはもう無害だ」
「わかった。要はあっちを斬れば良いんだな」
赤兎は刀を抜き、両手で柄を握る。
そして、かつてライトが見た素振りの時と全く違わない……全身に染み付いた構えで、魔女を見据える。
その目線の先の魔女は、蛙のように舌をのばして斬られた手を回収し、そのまま咀嚼する。すると、斬られた手が再生し、HPも元に戻る。
そして、改めて自分を傷付けた相手を……赤兎をまじまじと見る。
与えたダメージはライトより赤兎の方が大きい。当然、憎悪値はライトに対するものより赤兎に対する物の方が遥かに高いだろう。
だが、その目にはそんなゲームの数値的なものでは説明できないような……敵意が、顔をのぞかせているように見える。
対する赤兎も、闘争心を露わにしているが……それはどこか、憎悪や敵意とはかけ離れたものに見える。まるで、そこに山があるから登るように……強い相手がいるから向けるような純度の高い闘争心。
その精神は静かで……研ぎ澄まされている。
「……なんか、吹っ切れたって感じだな」
「ん、ちょっと昔の知り合いに会って初心を思い出したんだ」
ライトに話しかけられても、その研ぎ澄まされた闘気は崩れない。
精神にも、構えにも隙がないのだ。
魔女が攻撃しないのも、ライトと赤兎が話をしているからではないだろう。あまりに隙のない赤兎に、攻め倦ねているのだ。
だが、それでも〖飢餓の魔女〗はボスモンスター。敵を前に『逃走』など有り得ない。
沈黙は……長くはなかった。
魔女の姿が黒い影のようにぼやけ、実体のない煙のように、尾を引きながら宙をロケット花火のように縦横無尽に飛ぶ。
おそらく、密度が薄く輪郭もぼやけているため『即死技』の時のように一方的な攻撃は出来ないのだろうが、実体を持たず相手からの攻撃を透過する移動技。
魔女は、赤兎の周囲を回って翻弄し、その死角である背後に実体化し……
「なあライト、オレ無闇とやり合ってからなんか変な感じなんだ」
魔女の動きに合わせた足運びで、実体化した直後の魔女を『正面』に構えた赤兎が、世間話でもするようにライトに話しかける。
魔女は、背後に回り込んだはずが何故か正対することになってしまった事を疑問に思うかのように首を傾げながらも、その爪、さらに蛇のように伸びる舌まで使って攻撃するが……涼しい顔をした赤兎に紙一重でかわされ、避けられる。
「目も耳も鼻も全身の肌も舌も、それに勘もすげえ冴えてる。前は正面しか見えなかったのに、今はまるで前後なんて関係無いみたいに周りの全部が分かるんだ」
魔女は当たらない攻撃を諦め、一度跳び下がって距離をとる。
そして、姿が……消えた。
瞬間移動と見間違うような高速移動。
敵を見失った赤兎は、何かを探すように明後日の方向を向き……
『水平斬り』の素振りのように振った刀が、魔女の脚を太ももで切断していた。
『!?』
「うそ……」
「あんまりわかりすぎて、終いには一瞬先まで視えてくるような気さえして来る。もしかしてさ……」
魔女は手を斬られたときと同じように脚を自ら食べ、再生する。だが、赤兎はまるで傷を負った相手に情けをかけるように、回復を待つように攻撃をせずに魔女を見下ろす。
どうやら〖飢餓の魔女〗は、防御力は低いがそれを補ってあまりある移動技で相手を喰い、ダメージを受ければ自分のパーツを食べて再生する、攻撃と回復を兼ねた戦闘スタイルらしい。
下手をすれば無限に攻撃と再生を繰り返してレイドでも全滅させかねないだろう。
だが……相手が悪い。
『予知』の域に踏み込んだ赤兎には、『高速移動』などではあまりに分が悪い。
『……カァ!!』
魔女は単発の高速移動では赤兎を翻弄できないと思ったらしい。
姿を消し、動きの後を追う風が竜巻のように赤兎を囲むよう、赤兎の周りを駆け回る。
大して赤兎は、敵にいつどこから攻撃されるかもわからないような状況にいるとは思えないような落ち着いた動きで、一度刀を鞘に納め、演舞の型でも披露するように、動きの『始め』と『終わり』の間が全く見えない『素振り』をライトに見せつけるように行う。
抜刀からの一閃。
返す刀で横一文字。
構え直しからの斜め斬り。
そして、息を整えての上段からの基本の振り下ろし。
計四回刀を振るった赤兎は、刀を鞘に納め直し、ライトのいる方へゆっくりと歩み寄る。
そして、その背後にとうとう姿を現し、口を大きく開いて赤兎にかぶりつこうとする魔女。
だが、赤兎は振り向かずにライトに話しかける。
魔女の頭が赤兎に向かい大きく傾く。
魔女の口が大きく開かれる。
魔女の髪が振り乱れる。
魔女の目が見開かれる。
「なあ、ライト」
魔女の首が胴体から離れ、上顎と下顎が繋がりを失い、頭の前半分と後ろ半分がバラバラになり……
その頭と身体は正中線のど真ん中で左右に別れ、合計十のパーツとなって床に崩れ落ちる。
「これが、ライトの言ってた『予知能力』ってやつか?」
腕ごと魔女に喰われた《ハードグローブ》をドロップ品から回収した後、赤兎と共にライト、グレイティアが城から帰還すると、門の前には三人のプレイヤーが立っていた。
ライトの凱旋を待ちわびていたらしく、無邪気な笑顔を見せるメモリ。
申しわけなさそうな顔をするナビキ。
そして……赤兎に強い視線を送るアイコだ。
「ナビキ……連れてきたのか?」
「ごめんなさい先輩、ホタルさん経由でバレました」
ナビキには赤兎を下手に刺激しかねないアイコを引き止める役を頼んでいたのだが……どうやら『アマゾネス』辺りから情報が漏れたらしい。ホタルは『アマゾネス』のサブマスターである椿に警戒されているが、堂々と自分の特殊な性癖を公言する事から同じ思想を隠し持つ『少数派』の女子達からは良き理解者として意外と人気があるのだ。
……椿がギルドを完全には掌握仕切れていなかったのもその影響かもしれない。
そのホタルがアイコに赤兎に関する情報を送ったのは……おそらく思いつきかライトへの嫌がらせ、もしくは悪戯といった所だろう。
何せ、ライトは赤兎を止めるのに割けるはずの戦力を削ってまでアイコを赤兎に会わせまいとしていたのだ。
その理由は……
「こんの……ばかぁぁああ!!」
「グホアッ!?」
赤兎の身を案じてであった。
渋い顔をするライトとナビキ、『痴話喧嘩』というものを興味深く観察するメモリの前で、アイコは赤兎に馬乗りになり、その顔面を殴る。
「一人で、無茶、して、何、考えてんの!! 仲間を、助けられなかった、からって、アタシが、あんたを、嫌いになると、思った!? どんだけ、心配、したと、思ってんのよ!!」
ドガッ バキッ ボコッ ドゴッ ベキッ
「あ、ちょっ、ごめん、待って、痛って、マジごめんなさいって!!」
ライトは赤兎がアイコに会うと自分を恥じて切腹でもするんじゃないかと心配していたのだが……どうやらアイコはライトの予想より恐妻家属性があったらしい。魔女を余裕で単独撃破した赤兎が形なしだ。
「ま……まあ、夫婦喧嘩を全くしないカップルよりちゃんと意見をぶつけ合うカップルの方が長持ちしやすいらしいからな。い、いいんじゃないのか?」
「DVに発展しないと良いですね」
「わー、ラブラブなんだね」
「わたくし達はこんな女の子の尻に敷かれてるような人に負けたんですか……」
「というか先輩、この子誰ですか?」
思い思いの感想を述べるライト、ナビキ、メモリ、グレイティアだった。
そして、アイコに引きずられてギルドに強制送還される赤兎を見送り、メモリはOCCに戻ってクリスマスイブの限定イベント攻略に戻り、ライトとナビキは『魔女攻略』のイベントを完遂するため『鉄鍋の町』のパン屋へグレイティアを送り届けに来た。
だが、ライトはナビキにストップをかける。
「ナビキ、ちょっと店の外で待っててくれ。パン屋の旦那から依頼受けたのはオレだから」
「え、でも……」
「悪いな……だが、ちょっと単独じゃないと発生しないイベントがあるんだ。すぐ終わるからな」
「……わかりました」
ライトの言葉に渋々頷くナビキ、その表情を見てライトは優しく微笑みながら手を伸ばし、頭を撫でた。
「この後、時間に余裕あったら一緒にクリスマスイベントでもやりに行くか? 今回オレ、ドタバタしててそういうの行けなかったし」
「は、はい!」
そして、パン屋の中にて。
「……で、わたくしをここまで連れてきてどうするつもりなんですか? 話の続きですか?」
「いいよ別に、妨害が入ったってことは、あれ以上聞いたらいけなかったんだろ? なら無理には聞かないよ……それより、グレイティアは……ミイはこれからどうするんだ? 流石にずっと『グレイティア』のキャラでゲームに居続けるわけじゃないだろ?」
「不本意ながら、救出されてしまった以上『グレイティア』はシナリオ通りにAI操作に切り換えて一般NPCとなります。本来はわたくしの出番もここまでですが……」
ミイは悩むような素振りをする。
そして……躊躇いがちにライトに問いかける。
「一つ聞いて良いですか? あなたがわたくしを抱えて逃げたのは、増援が来ると知っていたからですか?」
すると、ライトは事も無げに答える。
「いや? むしろオレは赤兎が来ることは絶対に無理だと思ってたけどな」
その答えに、ミイは驚きの表情を浮かべる。
「そ、それって、わたくしと心中するつもりだったという事ですか? 敵なのに? わたくしは死なないのに?」
「まさか、そんなわけないだろ? だが……ああした方が『面白い展開』になるんじゃないかと思ったんだよ」
「『面白い展開』? そんなことのために……」
「オレの予想では赤兎は『絶対に来ない』と思ってた。戦力的にも、時間的にもほぼ百パー無理だと思うだけの防衛体制を取った。だが、『だからこそ』赤兎は……いつもオレの予想を超えた動きをするあいつは『必ず来る』と信じた。さながらご都合主義なヒーローのように、駆けつけてきて来てくれるかもしれない。もしそうだったら、オレが絶体絶命な方が面白い展開だろ?」
「しょ……正気を疑います。狂っていると言ってもいいかもしれないくらいです……死んだらどうするんですか?」
「死んだら死んだで、オレには優秀なバックアップがいる。むしろ、オレより有望なくらいだ。恋愛ゲームじゃないが好感度は上手く調節してるつもりだし、オレが死んで悲しむ奴はいても心中するほど依存してる奴はいない。オレが死んであっちが主人公になった方が攻略が進むかもな……ま、結果としてはオレが生き残って赤兎もさらに強くなったし、これはこれで良しだ。」
ライトはドアを透視するかのように見つめる。
あるいは、その先で待つ少女を……
「自殺志願……というより、自分が死んでも代わりが居るなら構わないという人ですか……あなたは、機密を公表して死ぬのも厭わないタイプの人ですねきっと……わかりました、あなたに変な情報を流されてもかないませんから……わたくしは、あなたを監視します。」
「……へえ、どうするつもりだ?」
「わたくしにもプライベートがありますから常時は無理ですが……抜き打ちでログインして、プレイヤーにへんな情報が出回っていないか、妙なことをしていないか確認します。だから、情報を聞いた相手ごと消されたくなければ……わかってますね?」
「『オレは魔女と戦い、問答無用の攻撃で追い詰められ、そこを赤兎に助けられた』……それでいいんだろ? そもそも、オレは結局仮説を話しただけだし確かな情報なんてないんだしな」
ライトは、相手の判断次第で自分の命が左右される状況に全く動じずに受け答えする。
おそらく、それが彼の強み。
プレイヤーの前ではなりを潜める、人間離れした精神力。
(このプレイヤーは……このゲームの行く末を、世界の行く末を左右するかもしれない)
ライトは、ミイがそれ以上釘を刺すつもりがないと分かると背を向け、颯爽と出口に向かう。
「……あ、待ってください! 忘れてましたが、イベント達成の報酬がまだ……」
「…………」
そして、深夜。
綿のような雪がゆっくりと舞い落ち、街の街灯の光と共に幻想的な光景を演出している。
ギルドの仕事の休み時間で目一杯ライトとの時間を楽しんで、クリスマスシーズンに溜まった疲れが吹っ飛んだらしいナビキと分かれたライトは、一人で『時計の街』の中心……時計台広場に来た。
どこもかしこもクリスマスムード、心なしかNPC達もテンションが高い。そして、またプレイヤー達も思い思いにクリスマスイブを楽しんでいる。
特に、ここ『時計台広場』はゲートポイントもあり、外から来るプレイヤーがほぼ必ず通る街の玄関でもあるので屋台や情報屋などのプレイヤーが客を掴もうと看板や試食などをアピールしていて、西の『大空商店街』と同じくらいの活気がある。
そんな中、ライトはフレンド権限であるプレイヤーの位置を表示する。
「この辺りのはずなんだが……」
ライトは広場を見回し、目的の人物を探す。
そして……
「あ……あそこか」
クリスマスムードの人々の中に、一人だけ雰囲気の違うプレイヤーがいる。
楽しそうに笑うプレイヤー達と違い、沈みきった顔で屋台に付設されたベンチに座り、疲れきったような、虚ろな目をして膝を抱えている。
肩から、無数の蛇がのた打っているような不思議な模様が描かれたマントを羽織り、小さく丸まっている。
そして、何より異様なのは……『彼女』に、誰も気付かないこと。
その作り物のように整った顔も、輝くナチュラルブロンドも、この街で知らない者はいないはずなのに、誰も『彼女』に気付かない。
ライト以外、誰も『彼女』の存在すら認識していない。
ライトは、誰も見向きもしない『彼女』に近付き、声をかけた。
「こんなところにいたのか」
同刻。
とある町の路地裏にて。
二人の男が人目を避けるように影に潜んでいる。 二人は上等な装備をしていて、レベルの高いプレイヤーだということが見て取れる。
それもそのはず、彼らは前線の大ギルド『攻略連合』の……しかも階級のかなり高いプレイヤーなのだ。
そんな彼らが、今は前線から遠く離れ、特に目立つクエストやイベントもなくプレイヤーのほとんどいない町に来ている。
その理由は、端的に言えば『密会』だ。
その相手は……
「やあやあ、待たせたね君達。いや、今日はこういうべきだね……メリークリスマス、ってね」
現れた人物に、『攻略連合』の二人は姿勢を正して軽く頭を下げる。
その人物は、武装はしていない。
闇のように黒いロングコートを着て、杖をつく紳士的な態度の男。白髪で一見老人のように見えるが、その口調はどこか子供のように気楽で、見た目より若いように感じられる。
その傍らには、フードケープを着た付き人が二人。顔は見えないが、背丈的に中学生くらいだろうか。
「それにしても、君達はよくやってくれたね。今回の君達の働きで『戦線』と『攻略連合』の間には大きな溝が出来た。知ってるかい? ギリギリで回避したらしいけど、戦争直前まで行ったらしいよ。それに、魔女は攻略されちゃったらしいけど大事なところは赤兎君がやってくれて連合では早くも『戦線が抜け駆けした』って騒ぎになってるそうじゃないか。本当に、君達が魔女攻略の方針へ誘導してくれたおかげで期待通りの結果が得られたよ。本当に感謝してもしきれないくらいだ。」
男はまるでいいニュースがあったかのように、嬉しそうに話す。
そんな男の態度を、『攻略連合』の二人はやや気味悪がるような表情で見ながらも、その勢いに呑まれまいとするように敢えて強い口調で応える。
「満足できたみたいで良かったな……だが、こんなことをしてあんたに何の得があったんだ?」
「もちろんあんたには感謝してるし、頼みは聞く。俺達が連合に入れるレベルになったのはあんたのおかげだ……だけどな、せっかく俺達が入れたギルドの戦力を削るのは正直気が進まないぜ。一体、あんたは何がしたかったんだ?」
二人の責め立てるような口調の質問に、男は動じることなく笑顔で答える。
「ちょっと状況をかき回したかったのさ。最近のボス攻略では攻めは『戦線』、守りは『攻略連合』、援護は『アマゾネス』の三勢力でバランスが取れ過ぎてたから、ちょっとそのバランスを崩したかったんだよ。今回、戦線は連合の先走った作戦に巻き込まれて大損害、アマゾネスは無傷、それに連合は損害を出したのに魔女討伐の報酬も名誉も手に入らなかった。ギルド間の戦争までは至らなかったけど、これからはこれまでよりギスギスした関係になるだろうね。」
「……まさか、それだけのためか?」
「ああ、それだけのためさ。他に何があるんだい?」
まるで悪びれる様子も見せない男に、二人は本気で寒気を感じる。
気温のせいなどではない……これは、一種の恐怖、あるいは嫌悪感だ。
目の前の男の思考を理解できない……いや、理解したくもない。理解しようとすれば……戻れない所まで、毒されてしまいそうで近づきたくない。
彼らはこの男に恩がある。
この男に教えてもらった狩場で効率よくレベルを上げ、稼いだ金で装備を揃えて『攻略連合』に入った。それに、彼のアドバイスに従っている内にギルドの中で上位の階級にのし上がっていたのだ。
だが、断言できる。
この男は善意で自分たちに入れ知恵したわけではないのだ。彼の考え方を理解できないししたくもないが、それは否応なしにわかってしまう。
そして思う。
もし、自分に常識がなく、恩を返さずとも全く罪悪感を抱かない人物であったなら……恩人を『赤の他人』と言って撥ね退けることができる人格の持ち主だったら……きっと、今すぐにでも目の前の男とは縁を切る。
あるいは……『頼み』を聞いて借りを返した今ならば……
「ところで君達、クリスマスを一緒に過ごす恋人はいるのかい?」
「あ、いや……生憎とそういうのには縁がないんだ」
「アマゾネスのせいで連合は男ばっかだしな」
男の唐突な質問に反射的に答えてしまった二人だったが……その直後に気付く。
付き人の二人の内一人が……いない。
「そうかい……それは残念だよ。『クリスマスのデートの待ち合わせに待ち人が来ない』、みたいな展開はないか、つまらないな。……構わない、やりなさい」
「……了解」
「……はい」
次の瞬間、声で見失った付き人の二人がどこにいるのかが分かった。
……『後ろ』だ。男に気を取られている内に回り込まれたらしい。
しかし、さすがに前線の戦闘ギルド『攻略連合』のメンバーだ。ダンジョンで鍛えられた対応力ですぐさま武器を取り出し……
「遅い」
取り出したはずの武器が、何かに弾かれて手から離れる。
そして、背後に回り込んでいた付き人が懐から何かを取り出し……
「チッ、だがここはHP保護圏な……」
「『マーダーズ・バースデー』」
その手に握られていたのは、返り血が染み込んだような真っ赤な石。
血に濡れた……石。
『攻略連合』の前線プレイヤーの一員としての反応速度でそれを認識したのもつかの間。振りかぶられた『石』が……
ゴッ
「な、なんで町の中なのに……圏内なのに……」
「残念ながら、商店街の方が連合の内部に探りを入れ始めているらしくてね……クリスマスのイベントが明ければ、本格的に調査が始まって君達は特定されてしまうだろうね。僕としてはその展開はちょっと好ましくないのだよ。君達が今回の一連のことについて『責任』を取らされてしまうと、死人は戻らないまでもせっかく生まれた溝が塞がってしまうかもしれないからね。だから、その前に君達には『失踪』してもらうよ……まあ、裏の繋がりが特定されてしまえばどちらにしろ今の地位も何もかも失うんだから今の内に死んでおくのも、後でゆっくり死ぬのも大差はないさ」
男の傍らに残っていたもう一人の付き人が一歩前へ出る。
『攻略連合』の男は恐怖に染まった顔で剣を付き人に向けるが……付き人は、剣をまるで恐れないように前へ出る。
そして、剣の切っ先が触れるような距離まで歩み寄って……
「『ブラッディー・パーティー』」
「まさか、さ、殺人k…g、gyaaaaaaaaaa!!」
鮮血のようなエフェクトが飛び散り、アバターの欠片も舞い散り、目も当てられないような惨状となる。
そして男はその光景に背を向け、路地裏から出て一言だけ呟いた。
「聖夜の夜を楽しむ全ての人達に……メリークリスマス」
ラスボスっぽい人登場。
フリが露骨ですみません。




