98頁:ゲームはゲームとして楽しみましょう
ライトって最初はもっと普通っぽかったですよね~(汗)。
キャラの成長は作者の想像を超えます。なので今回の章は『成長編』という区切りにしました。
12月23日夜。
ギルド『アマゾネス』のギルドホームの門の前に、一人の女性プレイヤーが訪れた。
そして、待ち合わせしていたようにライトが出てくる。
「悪いな、この忙しい時期に呼びつけて」
ライトが軽く謝ると、謝られた相手は柵に鎌を当ててガンガンと音を鳴らす。
彼女なりの『貧乏揺すり』のようなものらしい。
「たくっ、あたしを伝言役に呼ぶとはいい度胸じゃねえか。この埋め合わせはその内しろよな、ライト」
「また手合わせか……わかったよ、ナビ」
ナビはそれを聞き、嬉しそうにニヤリと笑う。
「ま、あたしは事務仕事とか出来ないし暇だったんだけどな」
「ナビキは……商店街の方だな」
「そんでエリザはモミの木を引っこ抜きに山に芝刈りだ」
「それは芝刈りじゃないだろう。かぐや姫も根っこから抜かれたらびっくりだな……」
ナビはプレイヤー『ナビキ』の持つ三つの人格の一人。
『ドッペルシスターズ』という技によってそれぞれの人格が別個にアバターを操作して別々の場所で活動できる。
主人格のナビキはギルド『大空商店街』の幹部としてクリスマスの最終準備に忙殺されているのだろう。
「で、あたし達に頼みってなんだ? ライト」
「ああ。ナビキとアイコは友達だろ? だからアイコが赤兎を見つけないように引き留めておいてほしい。クリスマスの準備を手伝わせるとかしてな」
「ああ? なんでそんなことする必要があんだよ?」
「赤兎の馬鹿さは知ってるだろ……今のあいつはアイコと会ったら腹切とかしかねない。変なところで男気あるからなあいつ……」
「あの馬鹿何やってんだよ……まあ分かった。あたしらならアイコが全力でも止められるからな」
「……悪いな、親友の邪魔なんて頼んで」
「あたしじゃなくてナビキに言えよ。アイコを親友って呼んでるのはあいつだけだからな」
「生きて帰って来れたらな」
「生きて帰ってくるんだろ、ライトはいつもそうだ。ギリギリの死線を平然と潜って戻ってくる。本当は臆病者なあたしと違って、あんたは心の底から勇敢だ」
「自分に頓着がないだけだ……勇敢なんかと程遠い。それに、オレだって絶対に死なないと思ってるわけじゃないさ」
ライトはメールではなく、敢えて直接言いたかったというような、真剣な口調で言った。
「オレが死んだときのマニュアルは、メモリに全部憶えさせてある。もしオレが死んだら、その時は『おまえ達』がゲームを攻略してくれ。『おまえ達』は、オレよりずっと強いんだからな」
《現在 DBO》
〖飽食の魔女〗は困惑していた。
何故、自分が生身の人間……GMだと知っているか。それは、伏線もあるし、推測できないことではない。
だが、この状況は予想外だ。
たった一人でボスとしての〖飽食の魔女〗を圧倒したプレイヤーに、壁際に追い詰められて、耳元に口を寄せられて、囁かれている。
そして、『魔女』の切り札である『即死技』も……動かない。
仮面が割られイベントシーンに入ってしまうと、演出が終わるまでダメージを受けないが攻撃もできず、抵抗できないのだ。
本来なら、ここでストーリーを進行しなければならない。
NPCに扮して設定に沿ったロールプレイをして、魔法の力を失った少女のように振る舞わなければならないのだ。
だが……
「反応がない、ただの屍のようだ……よく調べてやろうか?」
それどころではない。
壁に押さえつけられて、至近距離で、相手は男の人……
「まさか、私の初めてがこんな形でなんて……痛くしないでくださいね?」
「いや……まあ確かに、薄い本とかネット小説では魔法が使えなくなった魔女とかひどい目にあうけどさ……そんな獣を見る目で見ないでくれないか?」
「いいんです、優しいフリしなくても。私は極悪非道のデスゲームの運営者……職業柄恨まれてるのは自覚してますから」
〖飽食の魔女〗が覚悟を決めるのは早かった。
というか、話が飛躍している。
体格的には中身も小学生くらいのように思うが……覚悟の決め方がもう『大人』っぽい。もしや、幼児体型なだけで本当はもっと年上なのだろうか?
「えっと……一ついいか?」
「なんですか?」
「話の前にこの部屋の中の情報が外に漏れないように設定変えてくれ。話はそれからだ」
「……プレイヤーに指図されて設定を弄る運営者がいると思いますか?」
「オレにアバター越しで身体弄くられるのとどっちがいい? 戦闘状態のボスモンスター扱いだとどこ触られてもNPC用のハラスメントとか出ないだろ。設定直すついでに一緒にそれも直せるぞ」
少女はライトの言葉にハッとしたような表情になる。
だが……疑わしそうにライトを見る。
「……脅しですか? 何が目的?」
「このゲームの運営者と話がしたいだけだ。このゲームの事を知りたい……不思議じゃないだろ?」
少女は悩む。
確かに……運営者と話せる機会があれば話したいと思うかもしれない。
しかし……まともな神経で実行するか?
プレイヤーのゲームに関する質問にデスゲームの運営者がまともに答えると思うのか?
答えたとして、生きて帰れると思うのか?
しかも、外に情報の漏れない密室で……簡単に口封じが出来る環境で……そんなリスキーな事を?
しかも、一人でここまで辿り着ける実力者が?
そんな馬鹿なことを?
「あなた……何者ですか?」
ライトはギラギラと笑いながら答えた。
「ただのしがない……予知能力者だよ」
数分後。
〖飽食の魔女〗とライトは、部屋に配置されたものとは違い人間に見合ったサイズのテーブルと、ティーセットが置かれ、二人は向かい合うように椅子に座っていた。
「……意外とすんなり話し合いを受けてくれるんだな。正直驚いた」
「それは私も同じ気持ちです……『上』に申請したら案外すんなり許可が下りました……まるでこういった事態も予想範囲内だったみたいに。ですが、ゲームの難易度が下がるような情報を洩らすと、私は処罰されあなたも口封じされる可能性もありますから、変に鎌をかけてゲーム攻略に有利な情報を手に入れようとしないでください。ここはもはや、情報封鎖された密室……あなたの生殺与奪は私たちの裁量次第なのをお忘れなく」
魔女の少女は事務的に話しながら紅茶を入れる。
ライトは、そんな少女の脅すような言葉に対して物怖じせずに答える。
「オレ達の生殺与奪が握られてるのはゲーム開始からずっとだろ。それに、オレだってゲームの攻略情報が知りたくてこんなことを提案したんじゃない。オレは最初は攻略本を読まずにゲームをクリアするタイプだしな……それに、オレもそれがわかっていないわけじゃないさ。だからこそ、この部屋には一人で入って来たんだ」
全く物怖じする様子の無いライトに、少女は困ったように笑い、紅茶を啜る。
「デスゲームでプレイヤーがGMに対談を求めるなんてもはや反則、というより非常識です……正気とは思えませんね。一人で『魔女』を圧倒するスペック、『上』からの許可、それに『予知能力者』……あなた、もしかして……」
「『本当は運営側の人間なのか』……その質問の答えはNOだ。オレはただの一般プレイヤー……ちょっとスキルを沢山持ってるだけ、ちょっと未来が見えるだけだ。全能には程遠いし、全知とはおこがましくてとても名乗れない。出来ることしかできないし、知らないことは調べないと分からない。だから、こうやって無理して話をしようと思ったんだ……〖飽食の魔女〗、いや、『グレイティア』って呼んだ方がいいか?」
「今更NPCのフリをしたところで意味はありませんから……『ミイ』と呼んでください。それにしても……解いたんですね、〖飽食の魔女〗の謎を」
驚くような顔をするミイに、ライトは誇るような顔もせずに答える。
「魔女がイベントのストーリー性を重視するモンスターだっていうのは壁画でわかってた。昔のゲームであった『魔王を倒すには聖なる宝玉が必要じゃ。宝玉が無いと魔王を傷付けることはできない』みたいなやつだ。今回は宝玉とかじゃなくて『魔女の名前』が鍵だったけどな。手順を踏まずに力押しで倒そうとするとほぼクリア不可能な難関だが、これが殺し合いの戦争じゃなくてRPGゲームだと考えれば、魔女攻略は戦闘じゃなくて情報集めと推理がメインのイベントだと気付くことは難しくない。GMの手の平で踊る道化を演じることで開ける道もある……今回の『謎解き』は、簡単すぎて逆に不安になったけどな」
「一応その推理を聞かせてもらっても良いですか? まぐれ当たりだとは思いませんが、一応答え合わせをしておきたいですから」
ミイが促すと、ライトはなんということもないように応じた。
「簡単だ。〖飽食の魔女〗の元ネタは『ヘンゼルとグレーテル』。お菓子のモンスターにドロップする大量のお菓子、これは誰でもわかる。問題は、『ヘンゼルとグレーテル』の昔話において、魔女は名前が明言されていないってことだ。二次創作ではいろいろ名前が出てるが、そこまで考えると特定できないからな。『魔女』の倒し方が『真名探し』である以上、出典だけわかっても意味がない……そこで、この町で情報を集めてみた。まあ、聞けばすんなり答えてくれるとは思ってないが、クエストなりなんなりで答えてくれるかもしれないからな。だが、魔女の名前にあたる情報はなかった」
当然だ。
魔女の真名とは、魔女の最大の弱点。
そう簡単に漏洩する情報でもない。
だが、ヒントは転がっている。
「だが、一昨日町で情報を集めていたら、ちょっとしたクエストを見つけてな。簡単な届け物クエスト……この町の名産の《小麦》と《砂糖》をある場所まで届けてほしいってやつだ。オレはクエストを見つけたら極力受けるようにしてるから、それを受けて届けに行ったよ。目的地は知らない場所じゃなかったし」
ライトは、証拠を突きつけるように言った。
「『鉄鍋の町』のパン屋だ。男店主一人で経営してていつもバイトを一人募集してる。オレもバイトクエストしたことがあったから興味を持ったよ。あそこのパンはモンスターがやたら食いつくからな……釣り餌とか囮とかテイムとかでよく使う。ま、時々MPKで撒き餌として使われることもあるが……『ヘンゼルとグレーテル』の昔話を念頭に置いて見たら伏線だったんだな。お届けついでに店主に話を聞いてみたら面白い設定があったよ……『昔は妹がいたけど、生き別れになってしまった。森で魔女にさらわれてしまった』ってな。後の推理は簡単だ。魔女が少女なら、それはさらわれた妹が原作通りに魔女を殺して次の魔女を襲名したってストーリーが見えてくる。生き別れの兄にパンの材料を贈ってるしな。だから、パン屋の旦那に妹の名前を聞けばそれで攻略条件はクリアだ」
「……謎解きが完璧過ぎて気持ち悪いです。まるで、攻略法を先に知っててそれを処理しただけみたいな口振りです」
まるで攻略本を見ながらゲームをプレイしているみたいな無駄のない動きだ。
だが、ライトはあっけらかんと言う。
「だからこその予知能力なんだよ……後は魔女の奥の手の『即死技』も、ストーリー性を重視すれば攻略は簡単だ。『ヘンゼルとグレーテル』なら『お菓子』を『食べ』なければ自分も食べられない。そこに動かずに立ってる魔女の影みたいな奴は、ドロップしたお菓子を多く食べたプレイヤーから狙うんだろ?」
ライトの言葉に、ミイは無言で頷き、紅茶を飲む。
『ヘンゼルとグレーテル』の昔話では、ヘンゼルは魔女に捕まった後、檻に入れられて魔女にこう言われるのだ。
『おまえが太って食べ頃になったとき、おまえの肉を食べてやろう』
お菓子の家は子供を引き込んで捕まえ、太らせる罠。グレーテルは魔女に強要され、魔女の身の回りの世話をする。そして、兄が食べられないようにこう言うのだ。
『魔女は目が悪い。腕を見せろと言われたら、この骨を見せて痩せていると嘘をついて』
「黒い魔女にやられた奴らと会ったとき、それに治療したとき、特徴的な……甘ったるい匂いがした。それに、無闇とメモリもお菓子を食べると自分の身体から微かに甘い匂いがしたらしい。あの二人は感覚系の鋭さが異常だからな……多分、回復効果のあるお菓子を食べると甘い匂いを放つようになり、黒い魔女はそれを辿って攻撃するんだろ?」
ライトは、チイコに頼んで前回の魔女攻略の道程でのプレイヤー達の行動を調べさせた。
『即死技』は狙われたら必ず死ぬ。
狙われた者を守ろうと魔女を妨害すると、そのプレイヤーは問答無用で抉られるが、運が悪くなければ即死はしない。魔女に狙われた者と、魔女の間にいた不幸なプレイヤーは巻き添え被害を受けるが、それもこのパターンの一種だ。
ならば、疑問が生まれる。
黒い魔女に狙われればまず間違いなく即死。だが、黒い魔女は何を基準に標的を決めるのか?
たとえ昔話を知っていて推測できたとしても、推理を間違えれば即死だ。十分な証拠が欲しかった。
決め手だったのは、アレックス。
魔女に狙われたプレイヤーは前衛の盾持ちプレイヤーが多かった。
しかし、前線でも随一の防御力を誇るアレックスは、魔女を止めようと妨害して盾をぶち抜かれながらも、死ぬことはなかった。
そして、チイコからの情報にあったのだ……
『途中でダメージを受けたプレイヤーは、お菓子モンスターからのドロップ品で回復していた。』
ポテンシャルのほとんどを専守防衛のために当てているアレックスは防御力が飛び抜けて高く、回復系スキルもあるのでお菓子をほとんど食べなかった。
しかし、半端な防御でダメージを受けて回復のためにお菓子を食べたプレイヤーは魔女に目を付けられた……いや、この表現は正確ではない。
おそらく、黒い魔女は昔話のお菓子の家の魔女と同様目が悪い。しかも、おそらく耳もほとんど利かない。
だから、匂いで狙いを定め、一直線に喰らいつく。攻撃されれば反撃するが、相手の位置がわからないから追撃ができない。
「だから、この紅茶にも手をつけないんですか? 用心深いですね」
「命がかかってるからな。それに赤兎が狙われなかったことを考えると可能性は低かったが倒したモンスターの数もカウントに含まれるかもしれないと思ったから、一体も倒さないように気を付けたくらいだ。」
それを聞き、ミイはため息を吐く。
滅茶苦茶である。
時間的に『即死技』の条件を正確に検証できなかったとしても、常識では考えられないような行為である。
普通のVRゲームの縛りプレイでもまず誰もやらない。道中のモンスターもボスの取り巻きも、一体も倒さずにボスに到達するなど、デスゲームでやることではない。
だが、目の前のプレイヤーはそれをやってのけたのだ。
ほんの一握りの戦力で、有り得ない縛りを架して、それを平然と……
その行動力に、ミイの知る人物の影が重なった。
(……『姫様』……に似てる? 年も性別も違うのに……もしかして、『予知能力者』だから?)
ミイの知る『彼女』も、時々未来が見えているようだった。
周りから見たら偶然に見えるような必然で苦境を打破し、狙ったように奇跡を引き起こす。
何故か、全く容姿も年も何もかも違う目の前のプレイヤーが、ひどく似ているように見えた。
……大好きな、『姫様』に。
「……い……おい、聞いてるか?」
「は、はい! すいません、何の話でした?」
「オレばっかり喋ってるのも不公平だから、そろそろオレからも質問させて欲しいって話だよ。どうしたんだ、急にボーとして。まさか情報を洩らさないように記憶でも消されたんじゃないかって心配したぞ」
「すいません、ちょっとあなたの非常識さに呆然としてました」
「そのわりには幸せそうな顔してるけどな……まさか、オレに惚れたか?」
「馬鹿言わないでください!! 私とあなたは敵同士ですよ!?」
「そう言ってる相手と最後には手を取り合ってハッピーエンドってのはよくあるシナリオだけどな。敵対心がライバル心へと変わって最終的にもっと深い感情に……」
「あ、有り得ないことを言ってないで、質問があるならどうぞ!」
ミイは顔を逸らし、気を静める。
勘違いしてはいけない。雰囲気が似ていても目の前にいるのは『姫様』ではなく、プレイヤー。
今は運営者の一人として、与えて良い情報とそうでない情報を見極め、場合によっては虚実を交えて慎重に話さなければならない場面なのだ。
……『姫様』と違い、自分は問題を起こせば謹慎では済まない。
目の前のプレイヤー『ライト』はミイの動揺を解析しようとするかのように見つめる。
「えっと……結構重要なこと聞くかもしれないが、いいか? もちろん答えられないことを無理に答えようとするなよ? オレも消されたくはないし」
「言っておきますが。ゲームの内容に関する質問にはあまり答えられませんよ」
ミイは再度釘をさす。
奇妙なことに、今のミイとライトは一蓮托生に近い関係にある。
ライトは出来るだけの情報を引き出そうとするだろうが、情報を引き出し過ぎると触れてはいけない部分に触れて両者ともただでは済まない目に遭う可能性が高い。それを踏まえた上でミイは与える情報を制限し、ライトはミイの裁量を信じた上で情報を奪おうとして来るはずだ。
情報を全く出さないという手も無くはないが、『上』から許可が出ている以上はそれもあまり好ましくない。
中ボスポジションの演出はネタバレを避けつつ情報を与えなければならないから難しいとは聞いていたが……ここまで難しいとは聞いていない。
「安心してくれ、ゲーム内容についての質問をするつもりはない。もっと『外』のことだ」
それを聞いて、ミイは少し安心した。
現在の現実世界の状況のような、ゲーム自体にあまり関係ない質問なら答えやすい……
「このゲームの目的はなんだ? おまえ達は何のために、こんなデスゲームをやってるんだ?」
かなり際どい質問だった。
ライトの質問に、ミイは沈黙する。
これは……『このゲームの目的』という情報は、ゲームの内容に関係なくても、どう考えてもシークレットだ。
話せるギリギリの線を探ろうにも……禁則事項に触れずに話せる気がしない。
このゲームの持つ『意味』が、世界の存亡に関わっているなど……話せるわけがない。
「その質問には答えられま……」
「答えられないのは知ってる。だから、オレの推測を聞いて、それがどれくらい合ってるか、教えてほしい。」
ライトは、答えるのを拒否しようとするミイを引き止め、さらに予想外の提案をぶつけてきた。
「……仮に、それが大正解だったら……あなたは『消される』かもしれませんよ?」
「その判断は、『誰』が決めるんだ? さっき言ってた『上』も、もしかしたらもうオレが大体真実に辿り着いてるからこんな話し合いを許可したのかもしれないぜ?」
「それは……」
ミイの表情を見て、ライトは確信を持って口を開いた。
「やっぱりこのゲーム、一枚岩じゃないんだな。意思統一がしきれていない。複数……あるいは無数の意思が絡まり合ってるから、オレでも考えを読み切れないんだ」
ライトはあたかも自分が説明するべき立場にいるかのように……語り手のように、語り始める。
「オレ達プレイヤーはこのゲームを攻略しようと四苦八苦してる。レベルを上げたり、クエストをクリアしたり、ボスを倒したりな。そして、その過程で結構な数の死者も出てる。モンスターにやられたり、罠にかかったり、あるいは他のプレイヤーに殺されたりとかな。あるプレイヤーは仲間をボスの理不尽な即死技で殺されて怒り狂い、あるプレイヤーは仲間を守れなかった自分に失望し、あるプレイヤーはこのゲームに絶望して道を踏み外す。そして、大多数のプレイヤーがこのゲームをこういう構図で捉えてるんだ『理不尽なGMの繰り出す試練を、プレイヤー達が攻略する。GMとプレイヤーの戦いだ』ってな。GMはプレイヤーの絶対的な敵であり、憎むべき対象であり、このゲーム世界の中で起きる悲劇は全て元を辿ればGMに起因する……だが、ここで疑問が起こる。『では、なんでGMはこんなことをするのか?』。これには、多くのプレイヤーがこう答えるんだ……『こんなことをする頭のおかしい奴らの考えなんて理解できるわけがない。理解できない』。だが、オレはこの考え方には異を唱えるよ。考え方の違う相手を理解しないと、理解する努力くらいはしないと話し合いも出来ない。話し合う気が無くても、たとえ相手が敵対する相手でも、相手の行動原理をある程度理解できるかできないかで展開は大きく変わってくる。相手の思考パターンを完全に、あたかも本人のように理解できれば、もはや予知と呼べるレベルの行動予測ができる。それを完全に自分の物にすれば、理解した相手のデザインしたクエストならどうすれば攻略できるか、出題者がどんなふうにクリアして欲しいのかを予知することなんて造作もないからな。」
それが誰かの思考によって作られたものなら、クエストの最も正しい攻略法を見極めるのも、ボスを倒すのに必要な謎解きも大して変わらない。
物語の登場人物ではなく、一つ上のメタ的視点で物語を観測している。
作者自身ではないが、作者に近い視点を持ち、物語を俯瞰する存在……『語り手』。
何から何まで作り物で、全ての試練に『作者』が存在するこのデスゲームの世界では、その能力はもはや反則だ。
ライトの『予知能力』の正体を悟って驚くミイに、ライトは『このくらいで驚くな』とでも言うように指を立てて振り、話を再開する。
「ま、仮に予知の領域に居たとして、全てがわかるわけじゃない。読めない場合はいろいろある。その一つが『共同製作』だ。不特定数の作者が居る場合、尚且つ全体の方針が一致してない場合は上手く読み取れない。推理小説とかでもあるだろ? 犯人の行動が矛盾しまくって探偵が混乱して、結局真相は容疑者全員が各々被害者を殺そうとしてて、トリックが誰も思い通りになってなかったとかな。ワンマン経営や独裁政治は分かり易いが、民主主義は複雑で難しいよな……まあ、その手の話は置いておくか。肝心なのは、憎しみや反感で相手を『絶対悪』だと一概に捉えてしまわないことだ。視点を変えれば見えてくるものもある。たとえば……」
ライトは、少しだけ溜を作ってから、ミイの目を見つめて言った。
「『本来持たないはずの心を持っているNPC』とかな」
ドキリ
動揺が顔に出そうになったミイは、慌てて表情の変化を押さえ込んだ。
ここであからさまに驚いてはいけない。
この程度のことは、NPCと積極的に触れ合っていれば思いついてもおかしくない。
そう、『この程度』のことは……
「……なるほど、確かに人間らしい行動をするNPCはたくさん居ます。このゲームは最新技術の粋を集めたものですから。人間と見分けがつかないような出来の良いNPCもいます。でも、よくできているからといって『心がある』というのは……」
「『仏作って魂込めず』……確かに、どんなに人間らしく振る舞うAIでも、それを『心』と呼べるかと聞かれれば難しい……だが、『人間』になることを想定して創られたならその思考を『心』と呼んでも間違いじゃないんじゃないか? たとえば……遺伝子工学とMBIチップ技術で研究されてるって噂の『有機的アンドロイド』の『人格』とかな」
ドキリ
「……突飛な発想ですね。それは都市伝説でしょう?」
『有機的アンドロイド』とは、金属部品やプラスチックなどを使わず、遺伝子工学を利用して造るとされる文字通り『生身』の人型ロボットだ。クローン技術をベースに、MBIチップで目的に合った人格をダウンロードして使役することを想定した『奴隷』。
貴金属やレアメタルを消費せず、尚且つメンテナンスも機械的な技術を必要としないというメリットもあるが、当然倫理的な批判が強く、人間クローンの製造は国際条約でも禁止されているため公には開発されていない想像上のものだ。
だが、あくまで造られていないのは『表向き』の話。技術的には不可能ではなく、スパイや兵士としての軍事利用や、一部の富豪の需要のために秘密裏に開発が進められていると都市伝説のように語り継がれている。
ミイは虚勢を張るように『都市伝説』だと言うが、表情には隠しきれない緊張が浮かんでいる。
そして、ライトはその緊張を見透かしたように話を続ける。
「ところが、そこまで突飛でもないんだよ。このゲームでオレは、リアルでの知り合いとよく似た姿のNPCを見たことがある。もちろん、それが知り合い本人じゃないことは確認済みだ」
そう言って、ライトはボス部屋の扉の方を、その先まで見透かすように見る。
「あいつは、オレと初めて会ったとき空っぽだったんだ。生きるために必要な動作や言語は知ってたし、能動的に活動できない廃人でもなかったが、本来人間にあるべき部分が決定的に欠けていたんだ。それを埋めようと手当たり次第に記録を記憶していた。知的欲求なんて生易しい問題じゃなくて、まるで育児放棄されて餓死しそうになって畳を食べて飢えを凌ごうとする子供みたいにな。身元不明、国籍不明、本名不明、なんでも救命艇に乗って流されてたのを救助されたらしいが……正体が人格を入れる前の『有機的アンドロイドの肉体』だと考えたら合点が行く。そして、その人格の方がこのゲームの中にいることを考えると新しい仮説も出てくる。」
ライトは、当然のことを言うように言い放った。
「このゲームのNPCは、肉体を持つ予定だったが、何らかの理由で計画が頓挫して『生まれる』ことの出来なかった魂(AI)だ……とかな」
そして、ミイの反応も待たずに続ける。
「これは単なる想像だが……計画が頓挫した原因で一番あり得るのは二年前の世界の軍事事情がおかしくなってた時期だろうな。あいつが救助されたのもその時期だし、廃棄されたか事故で放り出されたんだと思えばつじつまが合う。どこぞの『金メダル』のゲームの巻き添えになって潰されたか、はたまた内部崩壊かはわからないが、この現実世界に誕生するための肉体を失ったAI達は、計画自体がなくなっても生きていた……いや、生まれてないのに生きていたっていうのもおかしいか……まあとにかく、行き場を失った魂達を『誰か』が集めてこのゲームを作った。その『創造主』の意図はまだわからないし、それらの『生き残り』をベースに増産したAIや『飛角妃』みたいに性能のいい奴を招いた場合もあるかもしれないけどな」
「なぜ妃さんのことを……」
今度こそ、ミイは驚きを隠せなかった。
『飛角妃』は……『妃』は『姫様』の……
「1勝299敗。それだけやり合った相手なら、姿形や戦いの方式が違ってもわかるよ。あいつは大駒取って圧倒的に有利になると強気になって陣形が前に寄るからな。それにしても『妃さん』か……やっぱり、人間がAIより絶対上位にあるわけじゃないのか……ま、心を持ったNPCを物扱いしたら反乱が起こりそうだからな。このゲームの目的には当然NPC達の利益になることも含まれてるだろうな、プレイヤーの精神状態とかもモニターしてるらしいし、流石にAIも完成していたわけじゃないだろうからプレイヤーから取ったデータを研究に利用してAIの進化に使ってるとかそんなところだろう? 24時間365日、老若男女問わず、熟睡時から極限状態までモニターしてれば他ではどうやったって得られないデータが取れる。」
ライトは身を乗り出す。
ミイは、無意識に押されるように身を引いた。
「だが、それだけなら何も『デスゲーム』にする必要はない。わざわざ、事を大きくして条約違反の研究を公にするリスクを侵す必要はない。こんなリスクを犯す以上、それを越えるリターンがあるはずだ。だから、オレの考えがどのくらい正しいかを知るために、この質問にだけは答えてほしい……」
ライトはミイに詰め寄って言った。
「ゲームオーバーになった奴……『死んだ』奴の、『肉体』は今どうなってる?」
ミイの黒目が動揺で大きく揺れる。
そして……
『……昔々あるところに、幼い兄と妹がおりました』
「……? 何か始まったのか?」
「これは……回想シーンの導入……まさか!!」
ミイは背後に影のように立つ『黒い魔女』を見る。
ライトも、つられてそちらを見ると……
黒い靄のような姿で輪郭しか見えないはずの『黒い魔女』が、殺意の籠もった視線でライトとミイを睨んでいる……ように見えた。
景色が変わる。
やや透けた立体映像のようなもので粗末な家屋が表現され、そこに現れる両親と兄妹、そして母親が病気で死に、継母が……
「って、速すぎないか? まるで早送りみたいだが……」
「これは……イベントシーンを最大速度で処理してる!! 確かこのシーンの後には……」
イベントの回想シーンらしき映像は早送りで進んでいく。
兄妹が継母に捨てられ、何度か帰ろうと試みたが最後には失敗し、魔女のお菓子の家に導かれ、兄妹共々捕まり、妹が魔女の隙をついて兄を逃がし、怒り狂った魔女に喰われそうになり……魔女を釜戸に突き落とす。
そして、魔女が炎に包まれて燃える。
炎の中から少女を道連れにしようと魔女が手を伸ばすが、少女は斧でその両腕を切り落とす。
だが、ここで思わぬことが起こる。
切り落とされた腕を包んでいた炎が、意志を持つように少女の口に飛び込み、腕の燃えた灰が仮面となって少女の顔を隠す。
魔女を焼いた炎から黒い煙が吹き出し……少女にまとわりつき、人型……魔女の姿を取る。
そして、その立体映像がミイの背後に立つ『黒い魔女』と重なる。
『私は飢餓の魔女。
自分でお菓子を作れるけど
どれだけ食べても満たされない不幸な魔女。
私を満たせるのは人の温もりだけ。
その血と肉こそが、私のごちそう
あなたたち、とっても美味しそう』
「まさか……」
「……どうやら、もう話をしている時間はないようです」
少女から何か魔力のようなものが抜け出て〖飽食の魔女〗の名前が『グレイティア』になる。
そして、魔女の靄が晴れ、そこから年老いた老婆のような魔女が現れる。
枯れ木のように細い身体、高い背に鷲鼻が特徴的。その腕のついていない肩に、少女から飛び出した腕が接続され、魔女の手になる。
その名前は〖飢餓の魔女〗。
ガリガリに痩せ、飛び出そうなほどのギョロリとした目で……少女を見ている。
ミイは、どこか納得したような表情で魔女を見ている。
そして、席を立って上品にスカートの端を摘まみ、丁寧に頭を深々と下げた。
「問答の最中に申し訳ありませんが、急用が出来たのでお暇させていただきます。また会うことがあったら、もう一度ちゃんとお話ししましょう。」
魔女が、少女一人を一口で呑み込めそうなほどに大きく口を開き……
かぶりついた
同刻。
『時計の街』にて。
NPCイザナが遙か遠方を見ようとするように目を細め、呟いた。
「……禁則事項に触れてしまいましたか……頑張って生き残ってください。ライトさん」




