96頁:数の暴力には気をつけましょう
前からわかっていることかもしれませんが、名前の出ている登場人物はほとんどチート並みです。ご了承ください。
「予知能力者の強さは次元が違う、なんでかわかる?」
ある日、正記が部室で世界最強の将棋AI『飛角妃』との記念すべき300局目(これまで全対局で敗北)の対局をし始めたとき、横で戦術シュミレーションゲームを始めたミカンが唐突に言った。
「それは……強すぎるってことじゃないんですか? 強すぎて同じ予知能力がないと勝てないから、それを次元が違うって表現するとか……」
「三十点。まだまだそれじゃあ予知能力ってものを理解しきれてないよ。予知能力がなくても予知能力者に勝つことはできるし、ただ強いだけなら同次元のベクトルで表現できる。『次元が違う』っていうのは、文字通り『生きてる次元が違う』って意味だよ。『見てる次元が違う』と行っても良いかな」
二人は会話をしながらも戦術的に陣形を展開する。
「単純な話、予知能力者は普通の人が三次元で認識する世界を時間座標を含めた四次元で認識できる。ま、系統によって得意な認識対象や範囲が変わってくるし、想像力でデータ補正してる部分もあるから三次元までと同じくらい完全な認識とは言えないけど、これは大きいよ。キミが今やりあってる妃ちゃんだって、その域には達してない……やっぱり機械だと想像力の成長が制限されるから予知は難しいか」
独り言のように呟いたミカンはホログラム上で敵の指揮官の一人を撃破し、領土を一つ占領する。
「要は、普通に強い奴が戦艦だとすれば、予知能力者は潜水艦とか戦闘機なのよ。相手は水面を平面的に動き回るしかできないけど、海中や空から立体的に攻撃できる。機関銃や機雷でやられる可能性もあるけど、上手くやれば一方的に相手を沈められる。」
正記は飛車と角を桂馬で狙われ、二者択一を迫られる。
「ま、中には宇宙戦艦みたいに強い上に予知もできるっていうとんでもないのもいるけどね。でも相手に火力で勝てないんだったらやっぱり立体的な動きで有利に戦いを進めたほうがいい。つまりは、どんな能力も使い方次第だよ」
正記の飛車と角が取られ、大駒が全て相手のものになってしまう。
「使い方次第、使い手次第ですか……つまり、何が言いたいんですか?」
「そろそろ練習は終わりで良いわよね。妃ちゃんとも遊び飽きてきた頃でしょ?」
ミカンは正記の将棋盤を見て微笑む。
まるで、勝利の女神のように、確信を持って言う。
「さ、予知能力者の真の力を見せてあげなさいよ。絶体絶命からの大逆転劇、見せてくれるつもりなんでしょ?」
《現在 DBO》
12月24日。
実質クリスマス本番より盛り上がると言われるクリスマスイブの朝。
『アマゾネス』とライト、さらにライトが呼んだ『助っ人』数人は、魔女の城の前で集まった。
「いいか? 赤兎の称号『先駆者』は突破力に特化した能力だ。そのおかげであいつには反支援や行動阻害はほとんど効かないし、正面から受け止めるのは無理だ。遠距離攻撃で弾幕を張って避けさせることで時間を稼いでくれ。いいか? 接近戦は避けろ、攻撃されそうになったら散り散りに逃げろ。そうすれば深追いはして来ない」
ライトは昨日入った情報を元に作成した赤兎の使用ルートを書き込んだ地図を広げながら他の面々に確認する。
ライトが赤兎の刀を折ったのは一昨日だ。
そして、ライトは赤兎が完全に折れた愛刀を修復するのにかかる時間は普通に考えれば一週間、赤兎の予測不能な強運を込みにしても、『アマゾネス』からの妨害があれば少なくとも五日はかかると見ていた。
赤兎の刀は《剛刀 黒金》という、無二の性能を持つレアアイテム。その圧倒的な硬度が強みであり特徴だった。赤兎の非常識なまでのパワーを存分に振るえるような刀はなかなか無く、修理の度にそれなりに上等な金属素材アイテムを消費し、コストのかかる刀であったが、赤兎は手に馴染んだその刀を愛用していた。代理の刀を見つけるにしてもそうそう簡単に代理は務まらない。
直すにしても、刀はライトが全力を費やして完全に折ったのだ。完全に直すためには途方もない時間をかけて素材アイテムを集める必要がある……はずだった。
だが……
昨晩。
『どういうことだ? たったの二日で直したって言うのか? ぶっ続けで狩りをしてたとしてもそんなに素材がドロップする狩場は知らないし、仮に新しい刀を見つけたとしてもそう簡単に赤兎が乗り換えるなんて……』
『それが、山に囲まれた盆地で今まで発見されてなかった鍛造の町という場所を独力で発見したらしくて、そこで「レアアイテムの武器を代償として素材アイテムにして融合させ、朽ちた伝説の武器を復活させる」というクエストを見つけたそうで……』
『どんだけ主人公体質なんだよあいつは!? 修理とか代理どころかパワーアップしてんじゃねえか!!』
予想を超えることを想定して建てた計画をさらに超えた赤兎の強運に計画を覆された。
妨害工作の間すらなく、自身の愛刀の魂を引き継いだ新しい刀を手に入れたらしい赤兎は、刀の試し斬りで満足した後、他の装備と一緒に万全に整備して、魔女の城に一番近いゲートポイントがある街の宿に泊まったらしい。
完全に一晩の休養を取ったら魔女に挑む姿勢だ。
ライトの方も計画を前倒しし、アマゾネスのメンバーの召集、装備品の整備、助っ人の確保などを一晩の内に終わらせ、何とか間に合わせた。
「オレは魔女と戦ってくる。本当はもっとゆっくりやりたかったが、ぶっつけ本番だな……花火さん、魔女には一人で挑むが、ちょっと時間との勝負にもなるからメモリを連れて行って良いか? 魔女の部屋の前までサポートしてもらう」
「ホンマにボスは一人でやる気なんか? 心意気は立派やけど、意地張って無理して死んだら意味ないで。悪いことは言わんから、連れて行きたければ連れて行き。なんなら、うちが一緒にボスヤったるで」
流石に花火もライトを心配してそう言うが、ライトは首を横に振る。
ちなみに、彼女にとっての勝負服なのか、今もやはりジャージだ。
「いや、これは作戦の問題なんだ。それに、メモリとオレの組み合わせなら短時間でボス部屋まで到達できる。花火さんは赤兎を止める方に全力尽くしてくれ……あいつ、無茶苦茶強いから」
「うちは見たこと無いんやけど……そんなに強いんか?」
「ああ、白兵戦ならプレイヤー中最強の戦闘能力の持ち主だと思う……だから頼む」
ライトの言葉を聞き、花火はニヤリと笑う。
「ほな、うちもその最強とやら拝ませてもらうわ」
そして、ライトは『アマゾネス』の打ち合わせは椿と花火に任せ、ライト自身が呼んだ『助っ人』と顔を合わせる。
「悪いな、せっかくのクリスマスイブだっていうのにこんなことに付き合わせて」
「……………」
無言で首を横に振る。
だが無言なのは嫌々手伝っているからなどという理由ではない。
ライトが話しかけた相手が、闇雲無闇だからだ。
「それにしても、まさか赤兎の足止めまで手伝ってくれるとは思わなかった……その腕前、信用して良いか?」
「……」
無闇は首を縦に振る。
闇雲無闇は『アマゾネス』の弓部隊を手伝ってくれるらしい。『アマゾネス』の面々は最初は顔も見せない無闇には戸惑っていたが、彼女が一度その顔を見せ、その後に弓の技術を見せたらすぐに納得してもらえた。何だかんだで、やはり高い技術を持っていると同じ弓使いとしては尊敬するらしい。
「じゃあ、オレはそろそろメモリと城に向かう。メモリはボス部屋に入れないつもりだから、そこまで危険ではないはずだ。だが、もしオレに何かあったら……」
死亡フラグっぽい事を言おうとしたライトの口元に無闇が人差し指を立て、それを制す。
そして、今度は小指を立てる。
「……」
「……なるほど、それもそうだな。」
ライトは無闇の小指に自分の小指を絡め、無闇に言う。
「生きて帰るよ。嘘吐いたら針千本……いや、矢を千本くらいもらうかな」
そして、ライトはメモリと合流する。
暖かそうなコートに、ブックバンドでランドセルのように大きな本を背負う姿は雪の日に浮かれながら学校に向かう小学生のようだ。
「わーい、おにいちゃんとデート、おにいちゃんとデート!」
そして、テンションも高い。
彼女にとって、ライトの存在は何よりも大きく、ライトと行動を共にするのは至福のことなのだ。
ライトはそんなメモリを見ながら、確認するように呼びかける。
「メモリ、浮かれるのは良いが目的を忘れるなよ? オレ達の目的はボス部屋まで行くことだ。だから、そのために何をすればいいかも分かってるよな?」
「うん、もちろんわかってるよ! 敵を見つけたらねー……」
途端、メモリは平坦な口調になり、宣言した。
「敵は発見次第、処理します」
ライトとメモリが二人で魔女の城に入っていくのを見送り、無闇は城下町の玄関口から外を『視る』。
外套を脱ぎ、真冬には寒そうなタンクトップに包まれた身体を顕わにする。
そして、普段は聞こえ『すぎる』ために覆い隠している耳や、全身の肌で空気を感じる。
そして、いつもは外套の中に隠している小さな、まるで針のような笛を口に加える。
無闇は、普段一言も話さない。
しかし、決して喋れないというわけではないし、声が出ないわけでもない。むしろ、普通の人間に出せない音まで出せるし聞き取れる。
彼女は常に高周波を発して、反響で世界を『視て』いるのだ。だから、周囲の人間には闇雲無闇が黙り込んでいるように見える。
この笛は、より大きく、より遠くへ届く音を出すための補助アイテムだ。
「……!!」
無闇は、常に発している彼女以外には聞こえない高さの音波を通常より大音量で放ち、その反響でより遠くを詳しく探る。
無闇は目が見えない。
しかし、他の感覚はそれを補っても余りあるほど鋭い。そして、その能力はこのゲーム世界でも忠実に再現されている。
耳だけでなく全身で振動を感じ取り、眼ではなく心の目で世界を把握する。
本来知り得ない範囲を、視覚ではなく心で瞬時に把握する能力。
五感ならぬ四感でありながら、その感知能力は、普通に目で世界を見る人間とは比べものにならないほど高い。
最寄りのゲートポイントがある街からこの城下町までの間には、高い岩壁が迷路のように入り組んだ岩石地帯、そして岩石地帯を乗り越えた先にはホワイトクリスマスの演出の為の降雪で雪の積もり始めた平原がある。
モンスターは少ない。
この城下町は元々隠された場所なのだから、地形で隠され、守られていたのだろう。
そして、赤兎を待ち受けるプレイヤー達は配置につき始めている。
「……」
そして、遙か彼方。
途中には岩壁などもあり、目視など到底できない距離に、明らかに味方とは違う反応……ただものではないと、直感的に感じてしまう反応。
本来、音の反響だけで……しかも、この距離で強さなど分かるはずもない。
だが、無闇は確信した。
赤兎も……感知されたことに感づいた。
スキルも、赤兎の五感のどれでも感知できないはずの距離で逆感知された。
赤兎の第六感が、自分と魔女の城の間に立ちふさがる障害を察知したのだ。
赤兎は、目の前の脅威を恐れず、迂回せず、真っ直ぐに歩き始める。
迷うことなく、諦める様子もなく、ただ真っ直ぐ目的地を目指して進む。
闇雲無闇は、その様子を遙か彼方から『視て』……
嬉しそうに、笑った。
「ふふふ……これも何かの因果ね、お侍さん……今度は、負けないわ」
そして、無闇以外の面々も赤兎到来の連絡を受け、それぞれ構える。
赤兎を待ち受けるのは、ギルド『アマゾネス』。
そしてギルド『OCC』の闇雲無闇とキング。
雪降るフィールドで、戦いの火蓋が切って落とされた。
赤兎は、草原から岩石地帯……迷路のように入り組んだ、高さ20mほどの岩壁を前にして、立ち止まった。
魔女の城へ行くには、この岩壁の迷路を越えていかなければならない。
「ん? やっぱり、俺の邪魔をする気なのか……どうせ、ライトの差し金だろうけどな」
赤兎は腰の刀に手をかける。
「こそこそしなくていいぜ。そういうまどろっこしい事はやめて、さっさとかかって来いよ」
岩壁の隙間……その奥の死角の部分に赤兎が呼びかけると
ズズズズズ……
という、地鳴りのような音が響いてくる。
そして、岩壁の隙間から白い『何か』がもはや軍勢と呼べる規模で躍り出てきた。
大量の骨戦士。
人型の物から恐竜型まで、様々な骨の使い魔が雪崩のように襲いかかって来る。
「これは……ヤマメ婆さんかっ!」
岩壁の陰にて。
「やはり速いな、赤兎坊」
呪術師のような風貌の老婆が、魔法陣に向かって詠唱をする合間に呟く。
ヤマメ婆と呼ばれる彼女は、ボス戦には初戦から参加し、歳に見合わない働きをする『死体魔術師』だ。
スケルトンの召喚を得意として、中距離のサポート役を担当し、ボス戦で赤兎も良くサポートしていた。
しかし、今は『アマゾネス』の一人として、予め入念に用意した魔法で可能な限りのスケルトンを召喚して赤兎の進行を阻んでいる。
だが、万全な準備を持ってしても赤兎を完全に止めることはできない。
次々とスケルトンが破壊されている。
上級魔法で、倒されたスケルトンの無事なパーツを接合させて復活させて時間を稼いでいるが、それでも追いつかない。
「……いかんな、これは止められんで……後は頼むぞい」
十分後。
赤兎の足下には、消えゆくスケルトンの残骸が大量に転がっている。
赤兎は、それを冷めた目で見つめる。
「もうちょっと、骨があるかと思ったんだがな」
そして、岩壁の隙間から、迷路のように入り組み、狭い通路のようになった岩石地帯に踏み込む。
「馬鹿なことしてるのはわかってるよ……だけど、俺は仲間が殺されたくらいで我慢できなくなっちまうんだ。だから……」
目の前には通路を塞ぐ植物や獣、土塊や液状の使い魔達。
赤兎がスケルトンを相手にしている間に他のプレイヤーが長い召喚魔法を詠唱して召喚したのだろう。
赤兎は刀を使い魔達に向ける。
「お前たちが俺を想って止めようとしてるのはわかるけど、無理矢理にでも通らせてもらうぞ」
「第一部隊突破されました! 予想よりかなり早いです」
『砂糖の町』の入り口にて、椿が驚きの声を上げる。
椿はメールの連絡網によって『アマゾネス』全体の連携を支える役割であり、各持ち場からの情報を整理する都合上、かなり詳しく戦況を把握しているのだが……
まさか、ここまで赤兎が強いとは思わなかった。
ギルド結成初期でまだギルド内を掌握しきれていなかった頃、ギルドの女性プレイヤー達の間で『赤兎』というプレイヤーが話題になっていたことは知っている。
その時は最初の時期に印象が悪くなるのも嫌だったのでそれを止めず傍観していたが、心のどこかでは噂の『赤兎』も他のプレイヤーとは大差ないだろうと考えていた。
いくら強いと言っても、何十人と連携すれば簡単に捕まえられると思っていた。
だが、甘かった。
赤兎はほぼノーダメージで使い魔達を退け、魔法使いのプレイヤー達には目もくれず前進する。
「この人……本当に人間?」
客観的な位置から見ているからこそ、その異常さを冷静に捉えられる。
『アマゾネス』の仲間の強さをよく知るからこそ、敵の強大さを実感する。
殺してしまうかもなどという遠慮は不要だ。
殺す気で止めるくらいじゃないと、時間稼ぎもできない。
「皆、遠慮は要りません! 全力で攻撃してください!」
岩壁の上にて。
迷路のような岩壁の上は均一で、こちらも道と道の間が崖で阻まれた迷路のようになっている。
そして、その上を走り回る『アマゾネス』のプレイヤー達が声を上げる。
彼女達は近接戦専門の戦闘職。
今回の作戦では赤兎と直接対決するリスクは侵せないので、崖の上から岩を落として進行を妨害する手はずなのだが……
「ちょっ、どこ行った!?」
「あっちよあっち!!」
「速すぎ!! 追いつけない」
「こっちは近道してるはずなのに!?」
「突破されちゃう……」
赤兎の移動速度が速すぎる。
岩落としは早過ぎては意味がない。目の前に落ちてくるか真上に落ちるくらいでないと妨げにはならないのだ。
しかし、赤兎は予想を超えた速さで動き、運良くタイミングを合わせても、余所見すらせずに避けてしまう。
さらに、上に注意を向けさせて引っかけようと設置した罠も全て回避されてしまっている。
「クッ……第二部隊、突破されました」
罠が張られ、岩が落ちてくる一帯を抜けた赤兎は、一度岩陰に隠れて嘆息する。
「ふう……上にいたのは女ばっかりだったな。ヤマメ婆さんもいたし、相手は『アマゾネス』か……厄介だな」
ライトが赤兎を止めるため用意した戦力であろうことはわかっている。
いかにもライトらしい……赤兎の弱点を突いた作戦だ。
『アマゾネス』は女性プレイヤー限定の、遠距離攻撃を得意とするギルド。
赤兎にとって、最も戦いにくい相手だ。
何故戦いにくいかと言えば、その理由の一つには赤兎の戦闘スタイルとの相性がある。
赤兎は、遠距離攻撃のスキル、武器を一切持っていない。それどころか、飛道具すらない。
赤兎は接近戦に特化し、剣の腕だけを鍛え続けているのだ。技術の問題もあるが、本人のこだわりもあり、剣の間合いの中なら誰にも負けない自信があるが、剣の届かない所からの攻撃には何もできない。
そして、もう一つには……
(俺……女は斬りたくないんだよな……)
フェミニストを気取るつもりはないが、出来れば女性プレイヤーはこんな状況でも傷つけたくはないのだ。
命を狙われたわけでもないのに女性を傷つけるのは、彼の男としてのプライドが許さない。
(ま、アマゾネス得意の遠距離攻撃はこの岩壁に囲まれた所だとやりにくそうだな。なら、開けた場所に出るまでは大した妨害は……)
その時、赤兎の隠れていた岩に、空から真っ直ぐ落ちてきた矢が突き刺さった。
「ンな!?」
赤兎は転がるように岩から離れ、崖の上を見上げる。
しかし、そこには誰もいない。
「……これは……」
驚きながらも矢を見た赤兎は、そこに紙が巻き付けてあるのを見つける。それが、呪符などでなければ……
「矢文……ってやつか?」
赤兎は、恐る恐る紙を矢から外し、書かれている内容を読んだ。
『果たし状
私「闇雲無闇」はあなた「赤兎」に決闘を挑みます。
誠に勝手ながら、ルールはこちらで決めさせていただきます。
1、相手に一撃でも攻撃を与えた方の勝ち。
2、決着前に迷路を出るのは逃亡とみなし、敗北とします。
このような一方的な挑戦で申し訳ありません。
しかし、あなたが和の侍として
この勝負を受けてくれると信じています。』
赤兎が読み終えると同時に、空から降ってきた矢が『果たし状』を貫いた。
その正確な狙いに、赤兎は一瞬驚き……そして、ニヤリと笑った。
「一撃決着か……面白い。即死技を使うボスとやる前に、予行練習として付き合ってやるよ」
迷路の中を羆に乗って移動しながら、外套も脱ぎ捨て、素肌をさらした闇雲無闇は考える。
(このやり方は卑怯だったかもしれないけど、やっぱり、こんなやり方でしかアナタとは対等に戦えなかった)
彼女が乗っている羆はオーバー50『イオマンテ』で召喚した騎乗用モンスター『守護霊獣カムイ』だ。
闇雲無闇は、童謡の金太郎さながらに熊に乗って、流鏑馬の要領で矢を放っている。
それも直線的にではなく、高さ20mの岩壁を越えて赤兎を狙う曲射である。
本来、相手が全く見えない位置から移動している状態で移動している相手を曲射で狙い続けるというのは、困難を通り越してどうやっても不可能な領域だ。
だが、闇雲無闇にはそれができる。
普通人には認識できない超音波の音域で音を放ち、反響で迷路全体を把握。
そして、赤兎の位置と様子からその先の動きを予知し、赤兎が未来に居るであろう座標に矢を置く。そしてさらに、それを避けるか迎撃した赤兎が動く先にさらなる矢を置く。
赤兎は矢が当たる直前に人並みはずれた勘の鋭さで矢を避けてしまうが、それをも見越してさらなる矢で射る。
ライトが行ったような正面衝突ではなく、未来の座標の取り合い。
斬るか斬られるかではなく、狩るか狩られるかの勝負。
卑怯ではない。
犯罪者が弱いプレイヤーを襲うことを『プレイヤー狩り』と言ったり、安全なレベルのフィールドで安定してモンスターを倒すことを『狩り』と言ったりするが、闇雲無闇にとっての『狩り』は山に入り獲物一つで熊を仕留めるようなもの。技術と知略を尽くして真正面から戦えば自分より強い相手を仕留めるということだ。
それでも、矢文で宣戦布告したのは彼女なりの敬意。
闇雲無闇が持てる全ての技術とスキルを使って、遠慮せずに心からの全力を出すための儀式だった。
称号『狙撃手』。
そして、ユニークスキル『狙撃スキル』。
相手に視認されない場所からの遠距離攻撃の威力に補正が付き、さらに防御技に対しての貫通効果が付加される。
さらに『守護霊獣カムイ』は『守護霊』という特殊な分類の使い魔であり、召喚者の闇雲無闇には常に支援がかかっている上、一々指示を出さなくても無闇の思い通りに動いてくれる。
そして、この雪だ。
曲射でほぼ真上から落ちてくる矢が視認しにくく、無闇と違って徒歩の赤兎は走りにくい。
何より、無闇は寒冷地の生まれで雪に慣れている。
ここまで万全を期していながらも、闇雲無闇は油断しない。
それが、獲物に敬意を払う狩人としての彼女。
闇雲無闇は、音で迷路を把握し、赤兎の位置を把握し、追いつかれないように狙う。
赤兎も、一方的に自身の間合いの外から撃ち込まれる矢を迎撃し、回避する。一方的に申し込まれた決闘だが、一目散に迷路から抜け出そうとはせずに受けて立ってくれている。
(それでこそ和の国の侍……私の国に勝った国の戦士)
死力を尽くして戦う。
この矢の尽きるまで。
一方、赤兎は消耗していた。
闇雲無闇が強いのはボス戦などで見かけて知っていたが、対人戦だとここまで強いとは思わなかった。
卑怯とは思わない。
相手は弓でこちらは刀なのだから、接近戦になれば赤兎に圧倒的に有利になる。弓が刀に圧倒的に勝る長所である射程を最大限に活用して戦う無闇が卑怯だとは言えないのだ。
むしろ、見えない場所からでも正確無比な狙いで矢を放つその技術を賞賛すべきだろう。
それに、一撃決着というルールもわかる。
本来は時間稼ぎのためならもっと長期戦を狙うべきなのにそうしないのは、これが時間稼ぎのためではないからだろう。
これは、現実世界での実戦を想定した決闘だ。
現実なら刀の一太刀、矢の一本で致命傷になり得る。
赤兎のHPなら矢の一本くらいどこに受けても即死はしないし、『ドラゴンズブラッド』で無敵モードになって迷路を抜けることも出来なくはないが、それでは意味がない。
闇雲無闇は赤兎を『侍』と認めて勝負を挑んできたのだ。
赤兎はそれを無碍にできるほど、合理的な生き方をしていない。
「!!」
赤兎は矢の気配を察知し、上を向く。
白い雲で見えにくいが、黒い鏃を持つ矢が落ちてくる。
とっさに避けようと思うが、思い直して腰の刀に手を伸ばし、刀を抜き放って空中で矢を斬る。
「…!」
その直後、とっさに避けようとした先の地面に白塗りの矢が刺さる。
避けていればそちらに刺さっていた。
だが、斬った矢の後ろには、ついて来るようにして隠されたもう一本の矢。
斬った直後で刀を戻すのが間に合わない赤兎は、振り抜いた刀の勢いに身体を任せるように転がって矢を回避する。
その転がった先にも、さらにもう一本。
「ンなっ!?」
赤兎は刀の鞘を腰から外してその矢をギリギリで打ち払った。
「……ヤバいな、先の先まで読まれてきてる」
赤兎は、次の矢が飛んでこないことを確認して刀を鞘に納めて腰に戻す。
攻撃から逃げた先、防いだ後に矢が飛んでくる。
赤兎はそれを直感的に直前で感知するが、ギリギリだ。
赤兎は自分の感覚が研ぎ澄まされるのを感じていた。矢の飛来を警戒する内に些細な音や曇り空で薄くなった影も意識するようになり、反応も鋭敏になる。
段々と、宙を舞う雪粒すら一粒一粒認識できそうなような気になってくる。
「…………ありゃ、何だ?」
そんな中、地面に気になるものを見つける。
数センチ、僅かに積もった雪に残る足跡……重量の大きい四足獣のような……
「……あっちか」
防戦一方だった赤兎が意志のある動きを見せた。
無闇の通った道を追いかけるように駆けてくる。
「…………」
足跡に気づいたらしい。
途中に罠も用意したが……止まらない。
赤兎は、罠が起動すると同時に条件反射のようにそれを回避して、ほとんどスピードを緩めずに走り抜ける。
まるで、一瞬先の事象を予知しているような動きだ。
接近戦に持ち込まれれば、遠距離に特化した闇雲無闇は近距離に特化した赤兎には勝てない。
もはや、追いつかれるのも時間の問題だ。
ならば……
幾つかの罠を潜り抜けた赤兎は、とうとう足跡の主を見つけた。
実物大の羆、そしてその背に乗る女……外套を脱いだ闇雲無闇だ。
目を閉じているが、赤兎をしっかりと認識しているのが気配で分かる。
「……まさか、女だったとはな」
「…………」
場所は岩落としを受けた辺り。
散々追いかけっこを演じた結果、結局決闘開始の場所の近くまで戻って来てしまった。
闇雲無闇は、矢筒に残った最後の一本の矢を弓につがえる。
そして、赤兎を狙って引き絞る。
「…………」
「最後の勝負ってわけか……良いぜ、かかってこいよ」
赤兎は、腰の刀に手をかけ、そのまま無闇に向かって走り出す。
正確無比な狙いで赤兎の心臓を狙って放たれた矢は、赤兎の抜いた刀に縦に真っ二つにされた。
「カムイ!!」
無闇が羆に指示をとばし、羆が立ち上がってその爪を接近した赤兎に振るう。
「んりゃあ!!」
赤兎は真っ向から羆を迎え撃ち、両断する。
羆は技が解かれたのか、霞のように消えた。
そして、その背の闇雲無闇も……
「んな!?」
羆を両断した先に、闇雲無闇がいない。
勢いのままに進んだ赤兎の下には、『アマゾネス』が赤兎を捕まえるために掘り、底に竹槍の並んだ深い落とし穴があり……
穴を落ちながら、闇雲無闇は筒を真上に……羆を斬った直後の赤兎に向けていた。
「これが本当に、最後の一本よ」
カラクリ仕掛けの筒から、仕込み矢が発射された。
その時、赤兎は反射的に穴の縁に手をかけて勢いを付け壁に足を着けて、落ちるよりも速く駆け下りていた。
高速で迫ってくる小さな矢を刀の側面で弾き、そのまま壁を駆け下りる。
そして、刀を壁に突き刺して勢いを殺し、無闇を抱き止めた。
「………何を?」
無闇は、驚きに目を開き、自分を支える赤兎に尋ねた。
赤兎は直前でなんとか刺さるのを回避できた竹槍に背筋を凍らせながら、無闇が動かないように強く抱きしめながら答える。
「当たり前の事聞くなよ。それより暴れんなよ、今暴れられたら両方落ちるからな」
「………私を落とせば、あなたの勝ちよ」
「馬鹿かお前は。死ななくても落ちたら痛いだろ……てか、正直いってそこまでして勝つくらいなら、俺の負けで良いぜ。」
無闇は嘘の響きが混じらない赤兎の言葉に、溜め息を吐く。
なるほど……これが『侍』か……
「私の負けね……」
「そうか……じゃあ、上がるから動くんじゃねえぞ」
「その前に一ついい?」
「ん、なんだ?」
「左手が胸に……」
「…………」
無闇を抱えたまま穴を這い出た赤兎は、刀を鞘に納めて歩き始める。
「……やっぱり、行っちゃうの?」
「……ああ、これは譲れないんだ。馬鹿かもしれないが……俺は奴に一太刀入れないと、先に進めない気がするんだ」
「『仇討ち』……本当に、侍とは面白い生き物ね」
「俺が馬鹿なだけだ」
「馬鹿みたいに自分を鍛えて、馬鹿みたいに義理を通す……強いわけね。でも、先を進むなら覚悟した方がいいわよ。この先には、私より強い人が……『アマゾネス』のギルドマスターいるから」
同じ頃。
草原にて。
「うっしゃ、そろそろ出番やね……キングくん、球出さんかい! 試し撃ちや!」
花火がバッドを野球選手のように構え、目の前のキングに指示を出す。
キングは手元のバケツに入った野球ボール大の鉄球を重そうに持つ。
「あいよ……『確率変動』」
キングのユニークスキル『ギャンブルスキル』、ドロップ率や技の命中率などの『確率』に干渉するスキルだ。
そして、『確率変動』はその恩恵を相手に与える技だ。
キングは、技をかけ鉄球を放る。
そして、花火がバッドを振り抜き……
グアキーン!!
鉄球が勢いよく飛び、遙か遠方の同心円状の的が描かれた岩にヒットし……
岩が粉砕した。
「いいなぁその技、これなら百発百中やで!!」
汎用型遊技系スキル『野球スキル』。
打球、投球などの遠距離攻撃。
盗塁、スライディングなどの高速移動。
そして、バッドによる近距離戦。
本来戦闘系でも生産系でもない遊技系スキルでありながら、鍛えれば強力な武器になるスキルだ。
花火は好戦的な笑みを浮かべ、遠方の岩石地帯を見据える。
「どんな奴か、楽しみやで」
同刻。
「ついにここまで辿り着いたか」
「最短ルートです。モンスターもルートも事前情報と差異がほとんどなかったので、ほぼ最短時間時間で目的地に到着できたと推測されます。」
「まあ、赤兎が後ろに迫ってるからな……ま、さすがにギルド一つ相手にしたら赤兎も通れないかもしれないけどな……花火さんもいるし」
「……花火さんとは、『アマゾネス』のギルドマスターでしょうか? しかし、彼女は装備品から考えてもそこまで言及するほどのプレイヤーではないと予測しますが……」
「いや、ああいうのは弱いから強い装備を着けないんじゃなくて、『装備に関係なく勝てるくらい強い』ってタイプなんだよ。あのタイプが戦場でも普段着でいられるのは、十分な準備なんてしなくてもいつでも戦闘ができるってことなんだ。そういう所、なんだかあの人は赤兎とよく似てる気がするんだよな……憶えとけよ?」
「……記録しておきます」
「じゃ、その花火さん達が頑張ってるうちに……オレも頑張るか」
ライトは、ボス部屋の扉を開ける。
「隠しボス〖飽食の魔女〗との一騎打ちだ」




