94頁:心意気は大事です
『苔の国』の豪雪山岳地帯にて。
誰も攻略していない高易度クリスマス限定クエストボスの体高5mの巨大トナカイが、目の前のパーティーに襲いかかる。
「グルォォオオオ!!」
大樹のような巨大な角を向けられ、パーティーの前衛が恐れずに前へ出る。
そのマントをはためかせ、角の間をくぐり抜ける。
そして、その顔面に手を突き出した。
「『グレートスター』」
トナカイの顔面に輝く星形のエフェクトが連続で打ち込まれる。
さらに、もう一人の前衛が大剣を振るい、衝撃波を発してトナカイを押し返す。
「グォン!?」
怯んだトナカイの顔面……最初に打ち込まれた全ての『星』に正確に矢が突き刺さる。
すると、星が爆ぜ、トナカイに痛烈なダメージを与える。
さらに仰け反ったトナカイの脇を中衛のプレイヤーが駆け抜けながら槍を複数突き刺していく。
「グホゥ!?」
そこに、体長5mの大蛇が音を立てずに這い寄り、トナカイの首に噛みついて猛毒を注ぎ込む。
そして、後衛の少女が魔法の詠唱を終える。
「クエストボスモンスター〖ニコラウスバディ LV85〗の相性、部位共に弱点を特定完了。これより、実証実験に入ります。危険ですのでお下がりください」
地面から湧き出す溶岩の槍。
トナカイは恐れおののき逃げようとするが、毒と槍により足を引きずるようにしか動けない。
少女は容赦なく、無表情な顔で、平坦に告げる。
「実験を開始します」
数分後。
高難易度のはずのクエストを余裕でクリアしたパーティー……OCCは、クエスト報酬を確認しながら木のウロで暖をとっていた。
「それにしても、噂ほど大したこと無かったな。ほぼノーダメージじゃねえか」
自身のテイムしている大蛇型モンスター〖ドラゴンコブラ LV90〗の『ポチ』のとぐろを椅子のようにして座りながら、高そうなコートを着たキングが笑う。
「キングくん、あなたは何もやってないでしょう?」
「うっせえ針山、ポチは俺様のもんなんだから、ポチのやった仕事は俺様の仕事なんだよ。」
「…………」
雪山用の白い外套を身にまとって顔まで全てを覆い隠し、まるで雪国の軍人のような姿の闇雲無闇が無言で入手したアイテムを確認している。
そして、キングの肩をつついてハンドサインを送る。
「なんだ? その角とこの木の実で交換か? ……でも、そっちの方が高く売れそうだし……まあ、いいけどよ」
「……」
無言で頷く闇雲無闇。
キングは仲間内でも無闇の声は聞いたことがない。
その横で、雪山でも紳士服のまま料理をしてるた針山がメモリにトナカイ肉のシチューを器に注いでメモリに渡す。
「熱いのでお気をつけください」
「わーいありがとー……今日の隠し味はターメリック?」
「おやおや、匂いだけでばれてしまいましたか。流石はメモリさん」
「そうなのか? 全く気付かなかった」
「マックスくんは鍋から直接食べないでください。そんなことしてると……」
「うわっち!?」
「火傷しますよ」
遅かった。
火傷した舌を冷ますために慌てて外に雪を食べに行くマックスにジャッジマンから呆れたように声がかけられる。
「マックス、食事中くらい大人しくせんか」
OCCはワンパーティーでありながら前線でも主要な一勢力として数えられる集団だ。
ここ数日はこんな風に固まって活動し、クリスマス時期限定のクエストなどを行っているが、普段は基本行動はバラバラ。
めぼしいクエストなどの情報があれば興味のあるメンバーが自由参加、平常時は適当に二人か三人で一緒に行動することも多いが、寝床も私生活も生活リズムも別。(メモリだけはよくその知識を狙って誘拐されそうになるので誰かと一緒に行動している)。
だからこそ、それだけの自由さが保証されているからこその『クラブ』なのだ。そもそも一人一人が際立った個性を持っていて、それを完全に束ねることなどそうそうできることではない。
当然、今回のクリスマスイベントも自由参加であって……
「あ、メールだ」
「…………」
「あ、俺様にもか?」
ライトが協力を求めるのに、なんの支障もなかった。
《現在 DBO》
12月23日。
クリスマスイブの前日……俗に言う『イブイブ』である。
魔女攻略の失敗で犠牲者が出たというニュースは大空商店街からの『公式発表』でプレイヤー全体に広まってはいたものの、二つの戦闘ギルドの面子の問題や犯罪者に対して弱みを見せられないという理由によって詳しい被害者数は公開されていない。
しかし、前線の二大戦闘ギルドが受けた痛手は大きい。
穴の空いた役職の補充、主力陣形の組み直し、新しい戦力勧誘の計画、装備や軍資金の補給、何より仲間を失った精神的ショックは大きい。
すぐに戦える状態ではない。
赤兎を止めるには、他の戦力が必要になる。
前線レベルの戦力があり、尚且つ今回ダメージを受けていないギルド……
「ってことで、やってきました第三の前線級ギルド『アマゾネス』のギルドホーム」
「いや、旅番組みたいに言われても困るぜ? ここ、男子禁制の花園だし……女湯覗くのとはわけが違う」
23日午前十時。
珍しく『大空商社』の羽織りを着ていないライトの解説に、隣に並んだ12か13才くらいの少年キングが呆れながら言う。
二人の目の前にあるのは、洋風の白い宮殿。
洋館の周りには大きな庭があり、さらに高い鉄の柵囲われている。
その上品さと閉鎖的な設備の共存はアメリカのホワイトハウスを連想させる。
この宮殿こそが『アマゾネス』ギルドホーム。通称『白い家』。
二人がいるのは、その正門の前だ。
キングの使役する『ポチ』の尾の先には列車のように連結された馬車が連なり、ライトとキングはその先頭の馬車の座席に並んで座っている。
「男子禁制か……ま、別にギルド内にそういう法律があるわけじゃないらしいし、オレ達は覗きに来たわけじゃない。れっきとした交渉をしに来たんだ。問題ないだろ」
「いや、明文化されてないだけだろ。女子の暗黙のルールって本物の法律より厳しいしな。問答無用で追い出されてもおかしくないぜ……ポチは連れていけないし」
キングが萎縮したように言う。
彼はOCCのメンバーだが、本人の戦闘能力は低い。いつもは経済的な支援を担当しているのだ。戦闘ではポチに指示を出すことで参加することもできるが、ギルドホームの入り口に『ギルドメンバー以外はペットお断り』の設定をされてしまえば完全に無力だ。
「別に戦闘がしたくて連れてきたわけじゃない。むしろ戦闘能力が低いからこそキングを連れてきたんだ……それより、例のものは持ってきたか?」
「ああ、その点は抜かりない。他の贈り物もこの通りだ」
そう言って、キングは後ろに連なる馬車を目線で指し示す。
ライトもそれを確認して頷き、馬車を下りて門へ歩み寄る。
そして、声を張り上げ……
「もしもーし!! 昨日アポを取ったライトなん……」
ヒュン
ライトの足下に、矢が突き刺さった。
矢を放ったプレイヤーはギルドホームの外の木に隠れているらしく、その矢が次はライトの後頭部に向けられている気配を感じる。
「えっと……ホタルを通じてアポ取ったはずなんだが……」
戸惑ったようにライトが前を向いたまま手を挙げて言うと、女性プレイヤーの声が聞こえた。
「あの変態の知り合いを名乗るものをそう易々と通すわけには行かない。行動を監視する役の者が来るまでそこでじっとしていなさい」
「あ……なるほど」
二十分後。
「ごめんなさい。連絡に取り違えがあったみたいで……」
慌てて走ってきたらしい少女が門の内から走り寄ってきた。
見た目的に年は高校生くらいだが背は低め、ロングの茶髪にパーマをかけ、高校の清楚な制服をゲーム風にアレンジしたような洋服を着ている。
さらに、大人しそうな顔つきに加えて縁なしの眼鏡をかけていて、清純そうな印象を抱かせる。
ギルド『アマゾネス』のサブリーダー『椿』。
何度かボス攻略で顔を合わせているが、直接話すのは初めてだ。
「いや、取り違えどころかかなり正確な情報が伝わってたよ。で、監視の人っていつ来るんだ? オレとしては出来るだけ早く話を始めたいんだが……」
「それは待たせてしまったお詫びもかねて、私が引き受けることになりました。ご案内します」
「え……椿…さん一人?」
「はい。何か問題でも?」
武器は持っていない。
立ち振る舞いからも、戦えるようには見えない。
『監視』と言うからには、戦闘担当のプレイヤーが来るかと予想していたのだが……
「武器とか装備しないのか?」
「私は基本的に事務担当ですから。それに、私は信じてますよ。あなたは変なことをしないと信じてますから、武器はいらないんです」
「……ま、オレもそんな四面楚歌の状況を作る気は無いさ。じゃあ案内を頼む……ほらキング、いくぞ……」
「やーん、この子かわいい♡」
「サングラスなんてしちゃって、オシャレさん」
「ライト!! 助けてー!!」
キングが門番のおねえさん二人に遊ばれていた。
ライトが手を挙げて二十分も待機している後ろでいろいろあったらしい。
「じゃ、案内してくれ」
ライトは放置の方針を決定した。
椿にも視線でその方針を伝え、話を進める。
「はい、こちらです……あ、あの……一つ良いですか?」
「なんだ?」
椿は、やや躊躇するようにライトに手を伸ばしてきた。
「どこかに勝手に行かれると困るので……手、繋いでくれませんか?」
ギルドホームの中は『お屋敷』という感じだった。清潔に整備された廊下に、透き通るような窓ガラス。各部屋には『レモンの部屋☆』などのお手製と思われるネームプレートが下げられていたりして、どこか学校の学生寮のような雰囲気がある。
時にはチラホラと女性プレイヤーが見られたが、ライトを見ると軽く頭を下げたり手を振って挨拶したりと割とフレンドリーな反応だった。
ライトは珍しいプレイスタイルを持つ色物プレイヤーとしてそこそこ有名なので、それもあるかもしれない。
三階建ての『白い家』の二階に上がり、人が途切れたところでライトは椿に尋ねた。
「もっと『余所者は出ていけ』って感じの目で見られるかと思ってたが、わりといい反応だな」
ライトが歩きながら椿に尋ねると、椿は遠慮がちに答えた。
「すみません、本当はそういう対応をしそうな人もいないではないので、その人達には任務で出てもらっています……中には、男の人に乱暴されて男性恐怖症のようになってしまった人もいますので」
ライトの手を握る椿の手に力がこもる。
確かに、勝手にライトが動き回ってそのような『男性恐怖症』のプレイヤーと鉢合わせしたらマズいだろう。
「なるほど、ここはそういうプレイヤーの避難所にもなってるわけだ……だが、何も弱いプレイヤーばっかりじゃないんだろ? さっきから見かけるプレイヤーはみんな強そうだ」
ライトはすれ違うプレイヤー全てをつぶさに観察していた。
ライトは攻略本の情報集めで様々なアイテムを集め、チェックし、記憶している。装備を見れば、それがどの程度のレベルでどんな戦い方をするプレイヤーの装備なのかは簡単に推測できる。
前線レベルのプレイヤーがこのギルドにはゴロゴロいる。
「それはこれから会う私達のマスターの影響ですね、たぶん」
「ギルドマスター……花火さんか。直接見たことはないんだけど、かなり強いらしいな。それに皆が憧れてってことか?」
『アマゾネス』のギルドマスター『花火』。
噂では最前線レベルの実力があるらしいが、直接ボス戦に参加したことはない。もちろん、それ自体は万が一を考え、ギルドマスターを危険なボス戦に出さないという方針は特に責められることではない。だが、『アマゾネス』の場合はギルドマスターの情報すらほとんど知られていない。
噂では凄腕の暗殺者で姿を見せないとか、男嫌いで男に自分の素顔を知られることすら嫌うとか言われているが、真実は定かではない。
ただ、人望が高いのは確からしく、それが戦闘担当のプレイヤー全体の士気を上げているようなので優れたリーダーであることは確かだろう。
「憧れて……いるのは確かですが、それとこれとはちょっと違って……」
言い淀む椿。
だが、説明するのを諦めたらしく、溜め息を吐いてライトの目を下から上目遣いで見る。
「できれば、要件はサブマスターの私が伺いますので、それで了承してもらえませんか?」
「……なんでギルマスをそんなに隠したがるのかわからないが、ちょっと戦闘のための戦力も貸してほしいから、そのトップの花火さんに会わないわけにはいかない。会わせてくれるか?」
「どうしても……」
椿が食い下がろうとしたとき、窓の外から声がかかった。
「あ、椿! そいつが客かいな?」
二人の目の前でその人物は窓を開け、無遠慮に入ってくる。
そして、ライトと正面から相対する。
「用件が何か知らんし、あんたがどんな奴かも知らんけど……」
そのしゃべり方には独特の訛りがあった。
しかし、それを隠す様子もなく、佇まいは堂々としていた。
スラリと背が高く、175くらいはあるだろうか。年は見た目からすると二十代前半、硬そうな髪質の長髪を邪魔にならないようにやや雑に纏めてポニーテールにしており、気丈そうな顔とあいまって『男勝り』という印象を受ける。
服装は着飾らなくてラフなジャージっぽい長袖と長ズボン。そして、スニーカーのような走りやすさを優先した布靴。
まるで客をもてなすために用意してきたようには見えない格好で、彼女は裏表のない明るい笑顔で名乗った。
「うちはこのギルドのマスターやっとる花火ちゅうねん。仲良うしようや」
ライトがこのギルドで会った中で一番フレンドリーな人だった。
ライトは椿に『とりあえず落ち着ける所で話しましょう』と言われ、突然現れた交渉の相手であるギルドマスターの花火共々、上品な机と椅子がある会議室のような場所へ案内された……
「あかんで、ここだとうちが落ち着かんでどうせならうちの部屋来んかい」
……案内されたが、花火がギルドマスターらしくもなくそんなことを言い出し、椿が『ギルドマスターとしての威厳とか立場を考えてください』と説得するも押し切られ、ライトとしては話が出来ればどこでも良かったので言われるがまま三階の
『花火の部屋(ゝω・)』
というネームプレートがかかった部屋に連れてこられた。
内装は六畳ほどの寮の一室と言った感じだった。一見それなりに片付いているようち見えるが……ベッドの下の隙間から急いで片付けたと思われる物の端が見え隠れしたりしている。
花火に勧められ、部屋の中央に設置されたちゃぶ台の前に座る。部屋にいるのはライト、椿、花火の三人だけだ。
「堪忍してや、うちは堅苦しいの苦手やねん。いつもは全部椿に任せとったけど、もう年末やん? さすがに年終わる前に一度くらい仕事しとかんと一年振り返ったときに『あれ? うち怠けすぎちゃう?』って思えてきそうやったから居ても立っても居られんで、また椿だけで済ましてまう前になんとか会おうと思って窓から飛んだんや。でもよう考えたら階段使って走っても時間そんな変わらんかったで。そうや、アメちゃん食べる?」
花火はとても口数が多い人だった。
ミカンから冗談混じりに『日本人の中でも飛び抜けて対人スキルの高い人種は関西人って人種だよ』と言われたことがあったが……生で見たら想像以上だった。
まさか、この短時間で噂の『アメちゃん食べる?』が出てくるとは思わなかった。
「えっと……喋りにくくなるので後で」
「ほな、後にしよか。で、話なんやけど……」
「待ってください花火さん。何を企んでいるか分からない相手と話すときは、まず後ろ盾や立場の確認を……」
「んな細かいことは苦手やねんて。後ろに誰がいてもうちが話すのは目の前のこいつや。」
「嘘を吐いていないとも限らないから周辺情報の確認が……」
「あの……割と急ぎの用件だから話を……」
ギルドマスターの花火とサブマスターの椿はかなり対照的だった。
椿が事務仕事を全て代わりに行っているというのも頷ける。花火は細かい駆け引きとかは抜きに、交渉の定石をすっ飛ばして話をしようとするが、椿は慎重に形式と手順を重視して話をさせようとする。
おかげで、却って話が進まない……というより、始まらない。
しかし、ライトとしてはあまり悠長にしている時間はないのだ。
赤兎は、ライトの立てた見立てなど軽く打ち破って早く行動してしまう可能性が高い。
そこで、ライトは言い争う二人の前で、床を平手で強く叩いた。
その音に、言い争っていた二人がライトに注目し、ライトはそのタイミングを逃さずに頭を下げた。
「話し合い中悪いが、オレの都合で話させてもらう。オレはライト、ギルドはどこにも所属していないし、どこかから雇われたわけでもない。個人的に協力をお願いしに来た……オレの友達を止めるために、戦力を貸してほしい」
その言葉に、椿は驚いたように目を見開き、花火は目を細め、ライトに問いかけた。
空気が剣呑なものへと変わる。
「あんた、それうちらが仮にも攻略の主要戦力の一角と呼ばれてること知ってて言っとんのか?」
「だからこそ、頼みに来た。あいつを止めるには、生半可な戦力じゃ足りない」
「誰や、あんたがそこまでして止めたいっちゅう『友達』は」
「……『戦線』の前衛エース……『赤兎』」
その名を聞き、椿が声を上げる。
「あなたまさか、私達に『戦線』と戦争をしろと言いたいのですか!? そんなこと……」
「椿、待ち……詳しく話が聞きたいで」
すぐさま交渉を打ち切りそうだった椿を制し、花火はしばらくライトを見つめ、静かに言った。
「ちょっと、二人きりで話さんか?」
何度か食い下がろうとした椿だったが、花火に睨まれて渋々部屋の外に下がって行った。普段仕事を任せきりにしていると言っても、やはりギルドマスターの花火の方が意見が強いらしい。
「悪いの、うちが出しゃばって話ややこしくしてもうたかもしれん。」
「構いませんよ。ギルドの戦力を貸してほしいのにギルドマスターに話を通さない道理はありませんよ」
「今更敬語なんて要らへん……腹割って話そうや」
そう言って、花火は身を乗り出す。
「ほんまにあんた、その『友達のため』にわざわざうちの所まで来おったんか? それとも、その『友達のため』っちゅうのはただの方便で、ほんまはうちらを利用しようとしてるんちゃうんか?」
花火の声音がドスの利いたものになる。
威圧感が襲いかかる。
殺人鬼の殺気やボスモンスターの巨大さに起因するものとは違う、ジャッジマンの溢れ出すようなものとも違うタイプ。
強いて言うなら……意志で研ぎ澄まされた、制御された威圧感。あえて『わかりやすく』してくれている威圧感。
人を脅しなれた職業の経験者……しかも、伊達やハッタリではない、本物の『そっち系』の職業の人だ。
「じゃあ持って回った言い方はやめにして……腹を割って話すことにするよ。」
ライトは下手なごまかしや建て前は逆効果だと理解し、率直に言った。
「赤兎を止めたいのは本当だ。だけど、友情とかより赤兎に死なれると攻略に響くって考えもある。何より、あの才能を仲間の敵討ちなんかのために使い潰して欲しくない。ボス一体を道連れにしたくらいで死なれたら割に合わないんだ」
「ほう、ぶっちゃけたな……ま、そういう正直もんはうちは嫌いじゃないで。で、あんたはうちらに何させたいんや? うちは損得勘定苦手やさかいすぐに話を受けるとは保証できん……そやけんど、うちのもんに危険が及びそうな内容なら手は貸せん。それは断言するわ」
どうやら、変に取り繕わなかったのは正解だったらしい。『内容によっては手は貸せない』ということは、『内容次第では手を貸す』とも言っているのだ。脅し口調なのは、ライトの覚悟を試しているようなものなのだろう。
「じゃあ、第一に赤兎が特攻しようとしてる『飽食の城』の周囲に防衛のプレイヤーを配置して、赤兎が城に近付けないようにしてほしい。赤兎もさすがに邪魔者を手当たり次第に斬り捨てるほど荒れてないから、遠距離攻撃メインで追い立てて正面から通せんぼしなければ斬られることは無いと思う。」
『アマゾネス』は血の気の多い男衆が中心の『戦線』や『攻略連合』よりモンスターと至近距離で対面する前衛タイプのプレイヤーは少なめだ。しかし、その代わり後衛からの弓を主体とした遠距離攻撃を得意とするプレイヤーが多く、ボス攻略では統率のとれた弓矢部隊の一斉射撃は『アマゾネス』というギルドの象徴にもなっている。
ならば、赤兎を相手にするにしても立ちふさがるように引き止めるのではなく、攻撃を警戒させて射線の『見えない網』を張るべきだろう。
「なるほどな、確かに遠距離はうちらの得意分野やさかい、その条件なら悪くない。けどな、それは一体『いつ』の話なんや? いつ来るかわからん奴を待ち続けられるほどうちは気い長くないで」
すると、ライトはポケットから一枚のリストを取り出し、ちゃぶ台の上に広げた。
「それが第二のお願いだ。オレは昨日全力注いでなんとか赤兎の刀を折った……赤兎の刀は今手に入る武器の中でも最高性能だから、代わりの刀を探すにしても直すにしても時間と手間がかかる。特に、直すとしたらあの剛剣は普通に修理するだけでもレアな金属を大量に使うから、折れたのを直すなら材料集めだけでも普通なら一週間くらいかかる。だが、赤兎の場合そんな『普通』の基準で考えると予想を越えた動きをされる。だから、その修理にかかる時間を遅らせるのも手伝ってほしい。」
「それはあれか、その刀直すための素材集めとかを邪魔しろちゅうことかい。やることがセコいで」
「セコいのは分かってるが、相手は恐るべき強運の持ち主だからな。ここにあいつの刀を直せそうなプレイヤーとNPC、それに現在分かってる中で直すのに必要な素材が手に入る場所やほぼ同等の刀を手に入れられるクエストのリストがある。計28箇所、ここに張り込んで遠巻きにで良いから赤兎が来たら邪魔してくれ。赤兎は相手が女性ならそこまで強攻策は取らずに次の場所へ行くはずだから、それで思いっきり遠回りさせてやってくれ。この情報はそのままアマゾネスに寄付する」
ちゃぶ台の上のリストにはレアな鉱石の入手できる場所や条件、さらに最高級の鍛冶屋などの情報が詰め込まれていた。
まだ攻略本にも載っていない情報も多く含まれている。
だが、花火はその情報の価値にはあまりピンと来なかったらしく、ライトが付け加えた一言に驚きもせずにリストを受け取る。
損得勘定が苦手というのは本当らしい。
だが損得勘定無しで普通は手に入らないものを手に入れてしまうとは……どこか赤兎の体質に通じるものを感じる。顔形は違うが、雰囲気もなんとなく赤兎と似ているように感じてしまうから不思議だ。
そして、花火はライトに凄むように強い視線を向ける。
「あんたがうちらにさせたいことは良く分かったで。しかしあんた、うちらに時間稼ぎさせといて自分はその間どうするつもりやねん? 根気強く説得でも続けんのかい、それともまさか、こんなもんだけ用意して後はほったらかしちゅうわけや無いやろ? うち、自分なんかする根性もない、後始末もできないもんに力貸す気なんて無いで?」
おそらく、この問いへの返答次第で手を貸してくれるかどうかを決めるのだろう。
スカイのように利益や損得の一致で納得するのではなく、それを度外視して心意気や義理で決断する。それが花火のやり方。
だが、ライトは……そんなことで、躊躇するような気質ではなかった。
「あなた達が赤兎を引き留めてる間に、オレが一人で魔女のタマとってきます。どうか、協力してください。」
ライトは覚悟の意を込めてそう宣言した。
同刻。
『飽食の城』にて。
「…………」
「うわー、お菓子いっぱい!」
闇雲無闇とメモリがお菓子型モンスターからドロップした大量のお菓子を前にしていた。
二人はライトに頼まれて赤兎や他のプレイヤーが魔女に無謀な特攻をしないよう、城の入り口周辺で見張りをしていて、そのついでに入り口内側のモンスターを狩っていたのだが……
お菓子型モンスターからは必ずチョコレートやクッキーなどの《お菓子》がドロップし、いつしか山のように溜まってしまったのだ。
この《お菓子》は味もそこらのNPCショップで売っているものより美味しく、さらに数値的には少な目だがHPとEPを回復できるアイテムで、ここでしか手に入らない一種のレアアイテムだ。
しかし、さすがにレアアイテムと言えど山のような量が集まってしまうと結構困る。
しかも、耐久力の時間消費が速くて保存が利かないらしく、溜め込んで以後の回復アイテムとしてゆっくり消費していくことも難しい。数日で腐らせてしまうだろう。
かといって、回復効果があるアイテムを捨てるのも美味しいお菓子を捨てるのも心が痛むのだが……
「これ、どうするの?」
「…………」
無闇はストレージから箱状のアイテムを多数呼び出して並べ、そこにお菓子を詰め始めた。
「あ、なるほどー」
「………………」
無闇の取った選択は、食べ放題のお菓子を日持ちする容器に入れて『保存スキル』でこっそりお持ち帰りする『パック持参』という極めて家庭的な行為だった。