男爵令嬢の乱――実は悪役令嬢の静かなる革命
「キャサリン、お前との婚約を破棄して、ここにいるマリーヌ男爵令嬢と新たに婚約を結ぶこととする!」
華やかなダンスパーティの会場で、高らかに婚約破棄を宣言する男。クラウン王国のベローネ公爵家子息のアントンだ。その男の傍らには、マロン色の髪にペリドットのような瞳の令嬢が上目勝ちに男を見ながら寄り添っていた。
これで何人目だろか。男爵令嬢の虜となって婚約破棄をする高位貴族の令息は。
「知っているのだぞ! お前がマリーヌに嫉妬して数々の嫌がらせを行ってきたことを!」
「アントン様、わたくしはそのようなことしておりません。すべて誤解でございます」
アントンに先ほど婚約破棄を言い渡され、悪役令嬢として断罪の場に立たされているキャルハウス侯爵家のキャサリン嬢は冷静に抗弁を述べる。
「何が誤解だ! まだ何も言っていないぞ!」
「何をおっしゃったとしても、それはすべて誤解なのです。本当でございます。わたくしは何もしておりません。信じていただけないのでしょうか?」
「ああ、信じられないな。お前のような性悪女のことなど!」
「あんとんさまぁ……あたしわぁ……ひっくっ……くすんっ」
「ああ、かわいそうなマリーヌ。もう大丈夫だ。君のことは名誉にかけてこの僕が守る! 真実の愛の名のもとに!」
アントン公子は完全に正義の味方気取りだった。今この大舞台で自分は一人の悪女を成敗し、いたいけな令嬢を救ったのだ! これで男として大人の階段をまた一歩上ったと、アントンは信じていた。
クラウン王国では、今、まさに大婚約破棄時代を迎えていた。
この大婚約破棄時代の幕開けを飾ったのは、王太子ディビッドによる婚約破棄だった。子どもの頃に決められたアルモンド公爵家の令嬢ベロニカとの婚約を、リリィ・ボブソン男爵令嬢に惚れこんでしまい、あっさりと破棄したのだ。
今日と同じように、パーティの場で堂々と、ベロニカを悪役令嬢として断罪しながら、「真実の愛に気が付いたのだ」と告げて。
その王太子の姿が貴族の令息たちの胸に刺さったのか何なのか、その後、王国では王太子殿下に続けとばかりに我先にと競うように、夜会のたびにこの婚約破棄&悪役令嬢の断罪劇がなされているのだ。
今日のベローネ公爵家のアントンですでに12件目となる。
しかも、皆、そろいもそろって最近平民から男爵令嬢となった、きゃわゆいあざと女子系の男爵令嬢たちを新たなパートナーとして迎えているのだ。
こうなると、さすがの高位貴族や王家の親世代は黙ってはいない。頭を抱えた親たちは、息子たちを嗜める。が、これといった効果がない。
「お前というヤツは何ということをしでかしたのだ! 公衆の面前で婚約破棄などという愚行を!」
「何を言っているのです、父上! 僕は僕の正義と真実の愛を貫いたまでです!」
「愛だと? 正義だと? 婚約を破棄されるご令嬢の立場に立って考えてみよ」
「悪いのはすべてキャサリンです! 彼女がマリーヌに嫉妬したあまり、口にするのも悍ましい嫌がらせを行ったのですから! 父上はそのような悪女をこの公爵家に迎え入れろとおっしゃるのですか!」
「い、いや、そうではないが、せめてもう少し冷静になってだなあ……」
そして、多くの家では、子どもが加害者――婚約破棄を宣言する息子――であり被害者――悪役令嬢として婚約破棄される娘――であるという難しい状況であった。次第に家の中はおろか、家同士もぎくしゃくしだすことになる。
すでに時遅しの感はあるのだが、王国にいる二人の王子、四大公爵家の年頃の公子たちは、アントンの婚約破棄を最後にこれで全滅――全員が婚約破棄をして、男爵令嬢との婚約を宣言してしまった。侯爵家でさえも、年ごろの子息の半分はすでに男爵令嬢と婚約済みである。
もはやクラウン王国の若手貴族令息たちにとって、婚約破棄からの悪役令嬢の断罪、そして男爵令嬢との「真実の愛」に目覚めての婚約宣言は、真の男となるための通過儀礼のようなものであった。
この異常ともいえる事態を、ジャーナリストたちが放っておくわけはない。この王太子から始まる一連の婚約破棄騒動を「男爵令嬢の乱」として新聞各紙一斉にセンセーショナルに報じたのだ。
各新聞社の論調も、世論もこれによって二分された。
「元平民の男爵令嬢に王妃が務まるのか」
「国政や領地経営よりも愛を重視する王侯貴族にこの国を治める資質はあるのか」
と、この国の将来を憂う保守的な論調のものもあった。
「華麗なる男爵令嬢たちの逆襲!」
「身分を超えた真実の愛が新たな世界の到来を告げる!」
と、平民だった女性たちが、高位貴族に見初められて権力の階段を昇り詰めるシンデレラストーリーとして歓迎する声が圧倒的であった。
「もやは身分制社会ではない」
最も急進的な新聞は、男爵令嬢の乱はこの国の男女差別や身分制の終焉につながると予見した。そして、「自由恋愛をすべての国民の手に」と若者たちにとって心地よいスローガンを高らかに歌ったのだ。
最も、当の本人たちにとっては、そんなのどこ吹く風である。
王太子の婚約者となったリリィ男爵令嬢は、王太子と共に頻繁に王宮内でサロンを開催していた。このサロンの参加資格は、男爵令嬢とその婚約者である。
男爵令嬢たちは、慣れない高位貴族との苦労話をここで語り合う。そして、愛する人のため、ステキなレディとなるべく頑張りましょうねっと励まし合うのだ。
「はあ……あたし、この前も淑女教育係のミセスハミルトンにひどく叱られちゃったぁ」
「ミセスハミルトンは、超厳しいわよね。もぉ、ほんとーに泣きたくなっちゃうぅ」
「マリーヌ、無理はしなくてもいいのだよ。君はまだ勉強を始めたばかりじゃないか! 淑女であることよりも、君が笑顔でいることの方が僕にとってはずっと大切だ」
「あんとんさまぁ……なんておやさしぃのぉ。やっぱり、あたし涙がでちゃう……アントンさまのおやさしさに胸が高鳴っちゃって……」
「マリーヌ! 僕もだよ! さあ、涙を拭いて。やはり真実の愛こそすべてだ!」
一方の男たちは、愛の素晴らしさと婚約破棄された令嬢たちの非道を打ち明け合う。
「その通り! 真実の愛こそ、僕たちにとって必要なものなのだ!」
「全くだ! ベロニカのような不愛想な女に比べて、リリィは本当に天使そのものだ!」
「殿下のおっしゃる通りだ! 俺も早々にロレインと婚約破棄をして清々している! 俺のアイリーンは本当にかわいいのだから! 毎日愛らしい笑顔で俺を癒してくれるんだ」
「俺が婚約破棄したエミリアを始め、高位貴族の令嬢たちは、自分たちが上品だと思っているのだろうが、傲慢の間違いだろう? よほどマリアのほうが素直で愛らしい」
王太子以下高位貴族が参加するこのサロンは、参加者にとっては一種のステータスであり、参加資格がないものからすると、ぜひとも資格を得て参加したい特別な場であった。
こうなると、貴族社会においてはますます男爵令嬢の需要は増し、その価値はうなぎのぼりに向上していった。
その一方で、ミセスハミルトンのような伝統にしがみつく保守的な旧勢力は、急速に力を失っていった。
確かに、新聞社が指摘するように、身分制度の崩壊が静かに起きつつあったのだ。
この国を揺るがしかねない事態に、ついに王家は重い腰を上げて、この一連の婚約破棄騒動の調査を始めたのだった。
なんせこの大婚約破棄時代の口火を切ったのが、王家の王太子であり、それに続いた二番手が宰相である公爵家の子息だったことからどうしても後手に回ってしまっていたのだ。誰しもが自らの身内の醜聞には目を背けたいものだ。
まず、調査の対象は、王太子の新たなお相手となったリリィ男爵令嬢に向けられた。彼女が、王太子を何らかの方法で魅了でもしたのではないかとの疑いからだった。が、いくら調べてもそれらしき形跡は見当たらなかった。当然、他の男爵令嬢たちも次々と調査の対象となったが、こちらもいずれもシロという結論を導かざるを得なかった。
そして、愛する人がそのような疑いをかけられ、自らも「魅了」などという外部からの得体のしれない圧力で「真実の愛」を押し付けられたのだと大人たちに思われた王太子たちはさらに反発を強めた。
「身分制度に毒された旧態依然とした大人たちは、我々の清い愛を全く理解しようとしない。伝統の名のもとに、愛のない結婚を強制するだけでなく、あまつさえ我々の尊い愛をも疑おうというのだ。このような暴挙は許し難し。今後、我々は大人たちによる伝統的な価値観の元行われる調査には一切協力をすることはない。団結せよ、若者たちよ! 自らの手で真実の愛を勝ち取るのだ!」
彼らはこの先、この件に関しての調査には一切協力しないと報道機関を通して断言。「真実の愛」をないがしろにする大人たちの非道を世間に暴露したのだった。
これによって、より一層「男爵令嬢」を求める動きは加速することになった。
次に婚約破棄をされた令嬢たちの調査が行われた。彼女たちが行ったとされる数々の嫌がらせが実際にあったのかなかったのか。
当然、令嬢たちはそれをやんわりと否定する。が、男爵令嬢たちは彼女たちが涙ながらに愛する男たちに訴えた被害はあったようなのだ。なぜならば、はっきりとはしないものの、男爵令嬢たちが悪役令嬢に何かを言われ、泣きながら去る姿を目撃した者が多数いたからである。
こうなってくると、男爵令嬢たちに「被害は勘違いでは?」「男の気を引くための自作自演なのでは?」などといえなくなる。
一方で、悪役令嬢たちが行った悪事が、婚約破棄をされてもやむを得ないような嫌がらせとも断定はできない。悪役令嬢たちは婚約破棄をされているということで、この件はさらなるお咎めはなしとせざるをえなかった。
つまり、大人たちが行った捜査は、何の成果もあげることはなかったのだ。
にっちもさっちもいかなくなった王家は、当面の夜会の開催禁止の命令を下した。夜会が開かれなければ、ド派手な婚約破棄劇も起こせないだろうという理屈からである。なんせ、一連の婚約破棄は、すべて公の場でなされているのだから。
それに、夜会がなくなれば、男女――特に高位貴族と男爵令嬢の出会いの場もかなり減るだろう。
「これで一安心だな」
「全く、もっと早くに夜会を禁止にしておけばよかったですな」
「しかし、あやつらも少ししたら熱が冷めるだろう」
「そうですね。真実の愛などと言っても、一時のことでしょうから」
「ここさえしのげれば、王国はまだまだ安泰というわけだ」
「御意にございます」
息子たちが男爵令嬢と勝手に婚約してしまった王と宰相はこれで一連の騒動も下火になるだろうと胸を撫でおろしていた。
が、この決定によって貴族たちは、自らの特権でもある華やかな社交の場を一つ失うことになったのだ。
「ざまあみろね」
この命令を知った元王太子の婚約者だったベロニカ公爵令嬢はつぶやいた。
「本当に、大人たちは愚かですこと」
先日婚約破棄されたキャサリン侯爵令嬢がこれに同意する。
城下町にある洒脱なカフェ、その二階にある個室には、これまで婚約破棄をされた”悪役令嬢”たちが集っていた。
「それにしても、本当にベロニカ嬢がおっしゃったとおりになりましたわね」
「本当ですわ。これで、この国の王家も貴族制度も大きな危機を迎えることになったということですわね」
「ええ、そうよ。もう少しでわたくしたちの静かな革命が成功しますわよ」
ベロニカ公爵令嬢は、笑みを浮かべながら自信たっぷりに答えた。
そう、ベロニカは何もかもが気に入らなかったのだ。顔がいいだけで中身がからっぽな男が王太子であることも。それが自分の将来の夫となることも。
その上、この国は、身分に雁字搦めで男尊女卑が激しい。王に比べて王妃の持つ権限はかなり少ない。さらに、男は、正妻以外にも側室や愛妾を複数名持つことが公に認められているが、女性は一人の男に生涯を捧げることが強制されるのだ。
それでも、淡々と王太子妃、そして王妃の役割を果たせばいいのかもしれない。が、このままではこの国の女性たちは皆自分と同じ思いをしながら生きて行かなければならないままなのだ。
こんな現状を壊してやりたい。
そんな折、彼女の婚約者である王太子が恋をする。最近男爵令嬢となった元平民のリリィに。
気に入らない。
が、同時に王太子の気持ちがわからなくもなかった。平凡な王太子は日々、自分と比べられ、「ベロニカ様がいらっしゃらないと……」とバカ扱いされているのだ。かわいらしい女に癒しを求めたくなる気持ちもわかる。
ベロニカはリリィを呼び出した。そして尋ねた。
「あなた、王太子殿下のことを好いているの?」
「えっ……いえ、あの、そーいうわけじゃなくてぇ……」
リリィは戸惑っていた。さすがに、婚約者相手に「はい、そうです」と言えるほどバカでもないし度胸もなかったのだ。
「本当のことを言ってくれないかしら? 責めたり怒ったりはしないわ。むしろ、あなたと王太子殿下が恋仲であるならば、わたくしは応援したいとさえ思っているのよ」
「えっ!? それはほんとーですかぁ!? でも、どぉして?」
「わたくしは、幼い頃より、王太子妃そして、王妃となるべくずっと教育を受けてきたわ。でも、もう疲れてしまったの。わたくしも自由がほしいのよ」
「じゆーですか?」
「そう、わたくしだって、あなたのように好きな男性を自分で見つけて、その方と添い遂げたいと願ってもいいのではないかと思うのよ」
「ベロニカさまは、ディビッド殿下のこと、愛してないんですか?」
「……そうね。あまりにも幼いころから婚約者として側にいたから、恋愛感情という意味でいったら、それは全くないわ。それは向こうも同じ。だから、彼は今、あなたに恋をしている。違うかしら?」
「そ、そうかもしれません……」
「でもね、親同士、家同士が決めた婚約を白紙に戻すのは簡単ではないの。だから、あなたに少し協力してもらいたいの」
「あたしにですか? でも、あたし、むずかしぃことはできないですぅ」
「難しくなんてないわ。ただ、あなたは、わたくしに殿下との仲を咎められたので助けてほしいと殿下に訴えるだけでいいのだから」
「ええっ、でも、そんなことしたら、ベロニカさまが困るんじゃ……」
「困らないわ。あなたがちょうどいいさじ加減で、殿下に訴えてくれたらいいのだから。どう? これはお互いにとってメリットのあることよ、できるかしら?」
「あ、あたし、がんばりますぅ!」
リリィは少し思慮が足りなさそうではあったが、純朴な娘であった。あの王太子にはちょうどいいのではないかと思う。
リリィはベロニカに指示された通り、王太子に「ベロニカ様に呼び出されて、殿下との仲をとやかく言われて怒られました……だからもう、殿下とは会えません」と伝えた。
早速、王太子は血相を変えてベロニカの元にやって来た。
「ベロニカ、お前! リリィをいじめるな!」
「虐めてなどおりませんが? ただ、あの方には貴族の令嬢としての在り方を少しご教授させていただいただけですわ」
「それがいじめだといっているのだ!」
「まあ、驚きましたわ。完全な濡れ衣ですわ。この程度のことを意地悪だなんて思うとは、リリィ嬢は貴族社会には不向きなのではなくって?」
「認めたな! リリィをいじめたと、自ら認めたな! 今度また何かあったら、絶対に許さないからな!」
(やっぱり、おバカだわ、この王太子。とっとと婚約破棄してもらうに限るわ)
しばらく後、リリィは汚れた制服で泣きながら王太子の前を通り過ぎた。
「リリィ! こ、これはどうしたんだ!?」
「違うんです……これは、あたしがわるくって……ひっくっ」
「殿下! そういえば、今日の午後、ベロニカ様がリリィ嬢をお茶に誘っていました。もしや、ベロニカ様たちの仕業では……?」
おバカな取り巻き公爵令息がナイスなアドバイスをする。
「ベロニカにやられたんだな! あの女、二度目はないと言ったことがわかっていないようだな!」
王太子は簡単にプッツンと切れた。
こうして、次の夜会の際、彼はベロニカをエスコートしなかった。傍らには愛するリリィを伴い、会場に姿を現すと、華々しくベロニカの断罪劇を開始したのだった。
「よく聞け、ここにいるベロニカは、男爵令嬢であるこのリリィに度重なる嫌がらせを行った!」
(度重なるって言葉の意味ご存じですか? わたくしがリリィ嬢をけしかけたのはたったの2回ですが?)
「このような性根の腐った女を王妃とするわけにはいかない! この私ディビッド・クラウンは、今日この場をもって、ベロニカ・アルモンドとの婚約を破棄する! そして、この私に真実の愛を教えてくれた、ここにいるリリィ・ボブソン男爵令嬢との婚約を発表する!」
「ディビッドさまぁぁ!」
リリィ嬢は感激のあまり涙を流していた。が、会場にいたものには、その涙はベロニカにいじめられた辛い日々を思い出してのもののように思えたのだった。
「以前にもお伝えしましたが、わたくしはそちらのご令嬢をいじめてなどおりません。すべて濡れ衣ですわ」
「黙れ! だいたいお前のその能面のような面も気に入らなかったのだ! 婚約破棄をされたというのに取り乱すこともないとは、お前には人の感情というものがないのか!」
(あなたは王太子だというのに、感情を表に出しすぎですがね)
「殿下のお気持ちは理解いたしました。殿下が婚約破棄をお望みなのでしたら、已むをえません。婚約破棄の件、謹んで承りますわ」
ベロニカは心の中でガッツポーズをしながら、静かにパーティ会場を後にしたのだった。
後日、心配した友人たちがベロニカの元を尋ねてきた。
「ベロニカ様、大丈夫ですか?」
「本当ですわ。王太子殿下も酷すぎますわ! あのような場で婚約破棄などと……」
「そうよ。ベロニカ様が嫉妬してあの男爵令嬢ごときをいじめたりするものですか!」
「もちろんよ、わたくしは虐めてなどおりませんわ。彼女だって、王太子に一言もいじめられたとは言っていないはずよ。ただ、王太子が勝手にそう勘違いしただけ。わたくし、むしろ清々していますの」
「えっ!? そうなのですか!?」
令嬢たちは絶句した。ベロニカは事情を説明する。
「だから、わたくし、女にばかり我慢を強いるこの国を壊してやろうと思いましたの」
「さすがはベロニカ様! 実はわたくしも同じようなことを考えておりましたの……わたくしたち女は常に家のため、国のために自分を殺して生きて行かなければならないのに、男たちは好き放題」
「わたくしもよ、ベロニカ様! わたくしの婚約者のジョージ様は今から愛妾を探しているのです……こんな結婚、家を守るためとはいえ我慢なりませんわ!」
「シエナ嬢、お気持ちお察しするわ。でしたら、一緒に立ち上がりませんこと?」
「……どうすればよろしいのでしょうか?」
「わたくしの代わりに当面の間王太子妃を引き受けてくださることになった、リリィさんがお一人だとお淋しいと思いまして、お仲間を増やして差し上げたらどうかと」
「ベロニカ様……もしかして」
「そうよ、シエナ嬢、あなたの婚約者であるサラベス公爵子息が愛妾にしたいと思っているご令嬢の身分は?」
「それが、平民の娘のようなのです。さすがに平民となると、妻にするのは難しく、それで愛妾にと思っているようで」
「では、その娘をどこぞの男爵家辺りの養女とすればいいわ。そうすれば、サラベス公爵子息とも結婚することができるようになるでしょ?」
男爵の多くは、今の地位に満足することなく、より高い爵位に着くことを望んでいる。娘が高位貴族の妻となれば、その機会も増えるというもの。公爵家子息のお気に入りの娘ということであれば、喜んで養女に迎えるだろう。
こうして、フィッシャー男爵家はルーナを養女とした。サラベス公爵家子息のジョージは当然、ルーナを正妻にしたいと考える。折よく、婚約者であるシエナ侯爵令嬢はルーナを呼び出し、計画を伝える。ルーナはジョージの前でただ泣けばいいだけだった。
しばらくした後の夜会で、ジョージは期待に応えてくれた。傍らにルーナ男爵令嬢を侍らせて、ナイト気取りでシエナ侯爵令嬢に対して婚約破棄を宣言したのだ。
二度あることは三度ある。
王太子ディビッドがリリィを、公爵子息のジョージがルーナと仲睦まじくしている姿をまざまざと見せられた男たちは、次は自分もと「真実の愛」探しに奔走した。
ベロニカたち令嬢は、見目麗しい女性たちを見つけては男爵に紹介する。男爵家も先のルーナ嬢を見ているので、こぞって平民の娘を養女としたのだ。
後は為すに任せればよかった。ベロニカたちが何か手を下すまでもなく、男爵たちは自ら先を競って美しい娘を養女に迎え、茶会や夜会に送り込み、高位貴族の男たちの目につくようにするのだ。男たちは次々と男爵令嬢の手に落ちて行った。
そして、気が付いたら、王家と公爵家のお年頃の子息たちのお相手は男爵令嬢となっていたのだ。
「これでもう、リリィ嬢も淋しくはないわね」
ベロニカは、婚約破棄された”悪役令嬢倶楽部”の令嬢たちとともに気ままにお茶を楽しんでいた。王太子の婚約者という立場から解放された彼女は、かつてないほどのびのびと日々の暮らしを楽しんでいた。それは、同じように高位貴族の婚約者という立場から解放された令嬢たちも同様だった。
婚約破棄されたのが自分一人であれば、それは随分と孤独である。後ろ指をさされて家に引きこもるしかなかったかもしれない。だが、今は心強い味方が11人もいるのだ。
ベロニカの計画は完璧だった。仮にリリィ嬢だけが王宮に上がるようなことになれば、すぐに心が折れてしまったに違いない。例え「真実の愛」の力があったとしても、敵ばかりのような王宮の中で、日々厳しい教師に叱られ続ければ、誰しもが心が折れるだろう。
だからこそ、彼女の味方になる多数の男爵令嬢を同時に送り込んだのだ。
「本当よ。あの口うるさいミセスハミルトンもさぞかしお困りのことでしょうね」
「その通りね。彼女に何度『レディたるもの、人前で表情を崩さないように』と叱られたことか」
「わたしも、『声を上げて笑うのはお下品よ』と何度も怒られたわ」
彼女のような教師によって、能面のような表情を露わにしない淑女が量産されて、それを男たちは『つまらない女』と蔑み、コロコロと表情を変える男爵令嬢を求めたのだ。
リリィも王太子の婚約者になりたての頃には、一人で王室お墨付きのマナー講師ミセスハミルトンにそれこそ日々いじめに近い指導を受けなければならなかった。
が、今や周りはすべてマナーも何もなっていない男爵令嬢ばかりだ。さすがに12対1では、あのミセスハミルトンでさえもお手上げ状態だった。
「うふふふっ」
「あははははっ」
「本当に愉快ね! この目で見られないことだけが残念だわ、彼女の困り顔を」
「いい気味だわ!」
彼女たちは久しぶりに声を上げて笑った。お腹を抱えて、目に涙を浮かべながら、本気で笑った。
「さあ、この先もきっと見物よ。みんな、覚悟は良くって?」
「ベロニカ様、もちろんよ!」
もはやここにいる令嬢たちは、かつての彼女たちではない。意に染まない男の婚約者という立場から抜け出し、自由を手に入れ、そしてこれから国の中枢をもぶっ壊そうとしている改革者なのだ。
ベロニカはまず、新聞社を一つ買収した。もっとも急進的な論調の新聞社を。そして、その新聞上で「男爵令嬢の乱」の記事を書かせたのだ。
この事実が世間に知れ渡ったら、保守的な大人たちが後からなかったことにはできなくなる。そして、男爵令嬢を前面に押し出したことで、誰もこれが悪役令嬢たちの企みだとは思わなくなる。
社交パーティは禁止されたものの、その後も高位貴族の子息たちによる婚約破棄劇は、茶会など場所を問わずに展開された。王家はこの危機的状況を防ぐために、すべての公式行事を停止することになった。
こうなってくると、貴族にとっての社交の場さえなくなる。これは、貴族たちにとって特権の一つの消失でもあった。王家と高位貴族たちは求心力を失っていった。
相変わらず男たちはかわいい男爵令嬢たちに溺れている。
社交もないが、領地経営に専念するわけでもない。彼らはただ自らが持っている特権の中で遊んでいたのだ。
そんな彼らに代わって、力を発揮したのが、婚約破棄された悪役令嬢たちだった。彼女たちは貴族の身分にこだわらずに実業家として、すでに市井では名を馳せていた。市民の有力者たちを取り込み、新たな社交の中心となった。そして、荒れ果てた領地を次々と立て直していった。
もはや誰も「女は黙っていろ」とは言えなくなった。
こうして一滴の血も流すことなく、令嬢たちの革命は静かに進行していったのだ。
そんな折、国王が病に倒れ、退位した。当然後を継いだのは愚かな王太子ディビッドであり、王妃となったのは男爵令嬢のリリィだ。
が、お互いを愛することしか知らない王と王妃による国政はあっという間に滞る。側近の多くも、愛に生きている高位貴族とまともな教育を受けていない元平民の男爵令嬢である。
「さあ、みなさん、これからは私たちの時代よ」
最終的に20人を超えた悪役令嬢倶楽部の令嬢たちは、今の王政が機能していないことを新聞社を通して世論に訴えかけた。そして「王政、および貴族制の廃止」を求める国民投票を行った。
その結果を引っ提げて、彼女たちは王宮へと乗り込んだ。
「これが世論でございます。外国では、国民の声を無視した国王夫妻が処刑されたとか……」
「国王陛下、どうか、賢明なご判断を」
「た、退位すれば、命は保証してくれるのだな、私とリリィの」
「もちろんでございます。陛下はこの先、煩わしい国政から解放されて、愛する奥方とただただ愛し合っていればよろしいのでは?」
「サラベス宰相閣下も同様ですよ」
ディビッド国王とジョージ・サラベス宰相は顔を見合わせて、ほっと溜息をついた。
「そういうことであれば、喜んで退位しよう」
「この私も宰相の任から降りることにしよう」
彼らにとって大切なのは、国政でも地位でもなく、「真実の愛」なのだから。むしろ重荷がなくなったことで安心さえしていたのだ。
こうしてクラウン王国は、王政から共和政へと変わった。悪役令嬢と呼ばれた女性たちは、政治家になったり実業家になったり、自らが望む我が道を進むことになる。
ことの陰の首謀者であるベロニカは、一人の男性と新聞社の二階にある編集長室で談笑していた。ベロニカが買収し、今回のことを成すに当たって、社交場の代わりに大いに活用した新聞社である。
「それにしても、慧眼だったよ。ベロニカ社長、君の為しえた革命には脱帽だ。血の一滴も流れず、誰も不幸になっていない」
「うふふっ、あなたの書いてくれた記事も素敵だったわよ、カイン。特に王子たちの声明文。『僕たちは怒ってる! 好きなもんは好きなんだ』みたいな、あの幼稚な言葉をよくぞあそこまで綺麗に修飾できたものだわ」
「ま、一応プロなのでね。さて、原稿のチェックも終わったことだし、そろそろ我が家に帰りますかね。僕のかわいい奥さん」
「ええ、わたしの素敵な旦那さん」
ベロニカは幸せそうに微笑むとカインの首に飛びついた。
お気に召していただけましたら、評価やリアクションなどいただけると幸いです。
今後の創作の励みになります。
また、他の短編、長編もよろしくお願いいたします。




