致死率100%の流行病から生き残った私、婚約者と家族に絶縁されたけど抗体持ってて王国を救う~婚約者と家族は死にました~
患うと必ず死に至る病――『死血病』。
感染して発症すると、皮膚に赤黒い斑点が現れ、吐血と高熱と全身の痛みが猛威を振るい、やがて命を奪うこの伝染病が流行した事で、王国は恐怖と絶望に包まれた。
死血病には、あらゆる薬も治癒魔法も効かず、完治は不可能だった。
そのため、感染した者は王都の外れにある『隔離スラム』へと強制的に送られ、苦痛の中で死を待つだけの過酷な状況下に置かれていた。
その隔離スラムにいる患者のほとんどが、貧乏な平民……つまり、貧民層の人間だった。
栄養不足や衛生環境が悪いゆえに、免疫力が低いせいで罹患しやすくなると考えられた。
それに対して、清潔な屋敷で美食を貪る貴族たちは、死血病を患う者はおらず、他人事として楽観的に捉えていた。
それどころか、この病を『貧民病』と呼んで嘲笑していた。
「下民どもは不潔だからあんな病に罹るのだ」と患者を見下し、「我々は安全な特権階級だから大丈夫だ」と、下卑た優越感すら抱いてる始末だった。
でも――私、ライネ・ハイリスは、苦しむ患者を見捨てることなんて出来なかった。
私は男爵家の長女であると同時に、治療師でもある……少しでも、患者の助けになりたいと、周囲の反対を押し切って隔離スラムへと足を運んだ。
『苦しんでいる時に、見捨てられるのは辛い……まして子供なら尚の事。寄り添う人が居れば、少しでも救いになるかもしれない』
その一心で、熱にうなされる子供たちの看病に勤しんだ。
しかし、その結果――私自身も死血病に感染してしまった。
身体を焼くような激しい高熱と、全身の骨が軋むような痛みに襲われて、血を吐いて藻掻き苦しむことになった。
ああ……私も死ぬのだと覚悟した―――のだが。
三日三晩、生死の境を彷徨った後……熱は嘘のように引き、身体に現れていた斑点も完全に消え去っていた。
それは人類で初めて、死血病が『完治』した瞬間だった。
私は歓喜した。
自分が助かった事だけでなく、この病が『治る病気』だと証明された事が何よりも嬉しかった。
死血病で苦しむ人々に、希望を届けられるかもしれない……そう思った。
でも、無事に家に帰った私を待っていたのは、家族や婚約者からの冷酷な言葉の数々だった。
「近づくな! この病原菌が!」
「汚らわしい! もう、この家に近寄らないで!」
門前で私を見るなり、婚約者の伯爵令息ガレル・ブログレスと、私の異母妹ミアが、手で口元を覆いながら罵ってきた。
なぜか二人は、ぴったりと身体を寄せ合っている。
私は戸惑いながらも、きちんと説明をした。
「症状が治まって、死血病は完治したの。私はもう大丈夫だから……」
「そんなの信じられないわ! 絶対に治らない病気なのに、都合よくお姉様だけ治るなんてあり得ないでしょう!」
「ミアの言う通りだ! 俺達まで感染したら、どうしてくれる! お前のような、迷惑な女との婚約は破棄する! 俺は清潔で美しいミアと結ばれるんだ! 二度と近寄るな、病原菌持ちが!」
「……え?」
私の婚約者だったガレルは、異母妹のミアの肩を抱いて、呆然と立ち尽くす私に軽蔑の視線を向けている。
完治したと言っているのに……彼らはまるで、私を汚物かのように見下していた。
「そういうことだ……ライネ。お前はもう、我が家の敷居を跨ぐな」
さらに奥から、忌々しそうに顔を歪めた父親と、後妻であるミアの母親が現れた。
「お父様……?」
「お前の偽善は、我が家の『慈善活動』として世間にアピールできたからこそ、黙認してやっていたのだ。だが、実際に病気をもらってくるとは……実害が出たとなれば、もうお前など邪魔でしかない」
実の父親から発せられたとは思えない冷酷な言葉に、頭が真っ白になる。
その父の隣では、後妻である義母が扇で顔を仰ぎながら、心底忌々しそうに吐き捨てた。
「ええ、本当に……よりにもよって、貴族でありながら貧民病に罹るなんて……。家の恥さらしもいいところですわ。ホント、迷惑極まりない親不孝者ですわね」
「まったくだ。下民に関わったばかりに、家督と爵位に傷をつけおって……。しかも、ノコノコと帰って来て、我々を感染のリスクに晒すなど愚かにも程がある。お前のような恥ずべき娘を持った、私の身にもなってみろ。もうお前は家族でも何でもない。いっそ、隔離スラムでそのまま死んでくれた方が良かった」
父親のその言葉が、私の胸に決定的な絶望を突き立てた。
元婚約者となったガレルと、彼の現婚約者のミアも、ベタベタとくっつきながら、父に同調するように私を嘲笑していた。
きっとガレルの目当ては、私が懸命に築いてきた治癒師としての評判だけだったのだろう。
その私が死血病になった途端、価値のない汚物と判断して、健康で容姿が可愛らしい妹に乗り換えたのだ。
「…………」
私は呆然としながら、目の前の四人を静かに見つめ返した。
死の淵から奇跡的に生還した家族への、そして婚約者への労いの言葉は、ただの一つもない。
あるのは「自分たちに病気をうつすな」という保身と、「貧民の病に罹ったお前は貴族の恥だ」という差別意識だけ……。
(……ああ。この人たちとって、私は人間ではないんだ)
怒りよりも先に、深い虚無感が押し寄せてきた。
苦しむ人々を嘲笑い、安全な場所から見下ろすだけの彼らと私は決定的に相容れない。
「お前はもう、ハイリス男爵家の娘ではない。そのまま隔離スラムにでも戻って、一生下民どもと共に泥水をすすって生きるがいい」
父が、冷酷に追放を告げる。
私は小さく息を吐き出すと、お辞儀をして最後の挨拶をした。
「……分かりました。お言葉通り、私は隔離スラムに戻ります」
「ふんっ。二度と我々の前に、その薄汚い顔を見せるなよ」
「ええ、さようなら……ガレル様も、お元気で」
最後にそう言い残し、私は振り返ることなく実家を後にした。
不思議と、涙は出なかった。
こんな冷たい屋敷にいるより、苦しんでいる子供たちに寄り添いたいと心から思った。
元々、家に完治の報告をしたら隔離スラムに戻る予定だったから、やる事は変わらない。
――私は病気を克服できた。
ならば、この体には死血病に対する『何か』があるかもしれない。
私は治癒師としての使命を胸に抱き、再び危険と承知で隔離スラムへと歩き出した。
◇
家族から非情な追放を言い渡された私は、その足ですぐに隔離スラムへと舞い戻った。
薄暗く、淀んだ空気が漂うその場所は、相変わらず死の匂いと絶望的な呻き声に満ちていた。
けれど、私の心に迷いはなかった。
急いで足を踏み入れた先は、私が倒れる直前まで看病していた子供たちが身を寄せ合う、粗末なテントだった。
「……ライネ……おねえちゃん……」
「トーマ!」
今にも息絶えそうになっていた小さな男の子、トーマが私を見て微かに手を伸ばした。
私はすぐに駆け寄り、その小さな身体を抱きしめる。
トーマから死血病特有の高熱が伝わってきたが、今の私には恐れなど一切なかった。
(私は治った。私の体の中には、この病を治せる『何か』があるはず……!)
私は自分の体内で起きている、奇跡的な変化を何となくだけど察していた。
祈るような気持ちで、私は自分の指先を少しだけ傷つけ、湧き出た一滴の血を水に混ぜてトーマの口元へと運んだ。
私の体内にある、病を克服した力が彼にも届くようにと願い、治癒魔法と共に流し込む。
すると―――奇跡が起きた。
「……え?」
トーマの荒い呼吸が、徐々に落ち着いていく。
死血病の進行を示す赤黒い斑点がみるみると引いていき、異常な高熱も嘘のように平熱へと戻っていった。
「おねえちゃん……ぼく、痛くない。息が、苦しくないよ」
「トーマ……! よかった、本当によかった!」
治った……!
致死率100%の不治の病が……私の力で。
私が安堵の涙をこぼしながら、トーマを抱きしめ直した……その時だった。
「――殿下! この先は危険です! 重症患者ばかりが集まるエリアです!」
「構わん、退け。免疫力が高く、罹りにくいとされる我々こそが、率先して民を救う義務があるのだ。安全な場所から見下ろしているだけの者に、上に立つ資格などない!」
凛とした強い意志の籠った声が響き、テントの中に数人の騎士を連れた青年が入ってきた。
輝くような銀糸の髪と、深い知性を宿した蒼い瞳が、整った顔を彩っていて、仕立ての良い服に王立医療院の紋章入りの白衣を羽織っていた。
(まさか、第一王子……シャルク殿下……!?)
私は息を呑んだ。
王子は王国民のために、日夜治療と感染症対策を講じている王立医療院のトップでもある。
まさか、こうして自らも危険な現場へと足を運ぶなんて……。
噂に聞いた通り、気高くて慈悲深い次期国王なのだと実感した。
シャルク殿下は、死を待つばかりのスラムの現状に痛ましげに眉をひそめていたが、私の腕の中で元気に笑うトーマの姿を見て、ハッと目を見開いた。
「君は……その子供は、死血病に罹っていたのではないのか?」
「は、はい……この子はつい先ほどまで、高熱で生死の境を彷徨っておりました。ですが、私の血を混ぜた水と治癒魔法を合わせて施したところ、こうして回復して……」
私が正直に答えると、殿下の護衛たちが「馬鹿な!」「不治の病が治るわけがない!」とざわめいた。
しかし、シャルク殿下は私に歩み寄り、トーマの顔色や脈を素早く、かつ的確に診察した。
その蒼い瞳に、驚愕と希望の光が宿る。
「熱もない。肺の音も正常だ。……信じられない、完全に治癒している。君はいったい、何をしたんだ?」
「私は……以前、ここで看病を続けていて、私自身も死血病に感染しました。ですが、数日前に完全に回復したのです。もしかしたら、私の体に病を治す力があるのではないかと思い……」
「君自身が、死血病から生還しただと……!?」
シャルク殿下は驚きのあまり声を上げ、それから自らの口元に手を当てて、思考を巡らせ始めた。
「感染し、回復した体……。そうか、君の体内には病原と戦い、無効化する強力な『抗体』が作られているんだ。そして君の治癒魔法が、その抗体を他者の体内に適応させた……。君の体そのものが、この病の『特効薬』なんだ!」
そんな結論に行き着いた殿下は、まるで女神でも見るかのような、深い敬意のこもった熱い眼差しで私を見つめた。
「君は貴族の身でありながら、自ら感染するまでこの隔離スラムで看病を続けていたのか?」
「……はい。ですが、家からは貧民病に罹った恥さらしだと追放されてしまいました」
私が自嘲気味に話すと、シャルク殿下は顔をしかめ、悲しげに目を伏せた。
「何を言いっている……恥さらしなものか。安全な場所でふんぞり返り、苦しむ民を蔑む彼らこそが貴族の恥だ」
そして、殿下は一切の躊躇なく、素手で私の両手を取った。
感染を恐れて、家族や婚約者すらも「汚らわしい」と私を拒絶したのに。
この国の第一王子である彼は、私の手を温かく、力強く握りしめてくれた。
「君のその自己犠牲と優しさが、この国を救う奇跡を生み出したんだ。俺と共に来てほしい。君は我が国の民を救う『救世主』だ」
まっすぐに見つめてくる殿下の瞳に、私は胸が熱くなるのを感じた。
家族にも婚約者にも認められず、捨てられた私を、この気高い王子様は一瞬ですくい上げてくれている。
「……はい、殿下。私の力で救える命があるのなら、どこへでも参ります」
「ありがとう。君を最高の待遇で迎えると約束する。王立医療院を統括する私の名にかけて保障しよう」
こうして私は、家から追放されたその日のうちに、シャルク殿下に導かれ、王宮へと最高の礼遇で迎え入れられることになった。
この日から、私と殿下で『特効薬』を作るための共同研究が始まった。
◇
王立医療院にある特別研究室で、私とシャルク殿下は『偶発的な奇跡でなく、現実的な治療薬』の作成のため、試行錯誤に没頭した。
隔離スラムで苦しむ人々に、一刻も早く確かな希望を届けたい。
その一心で、昼夜を問わず研究に励んだ。
私の血液から抽出した抗体に、殿下の高度な医学知識と治療魔法が掛け合わされることにより、研究は驚異的なスピードで進展していった。
「――ついに完成したな、ライネ」
試験管の中で淡く光る青い液体を掲げ、シャルク殿下が感極まったように微笑んだ。
死血病の特効薬が、完成の瞬間だった。
「これで、もう誰も死なせずに済みますね……!」
「ああ。君の勇気と優しさが、滅びの運命から人々を救い出したんだ」
私が安堵の涙をこぼすと、殿下は優しく私の目元を拭い、そっと抱き寄せてくれた。
彼の温かな腕の中にいると、家族に捨てられた悲しみなど、すっかり溶けて消え去っていくようだった。
「この薬には、死血病を治すだけでなく予防効果もある。摂取すれば、もう死血病に罹らなくて済む。すべての王国民に行き渡れば、この病は根絶できるという事だ」
希望に満ちた殿下の声と共に、私を抱く腕に力と熱が込められる。
「本当にありがとう……ライネ」
「いえ……私の方こそ、取り立てていただき、このような偉業に携われたことを誇りに思います」
殿下は優しく微笑むと、再び真剣な眼差しで治療薬に目を向けた。
「この薬の流通には俺から一つ、条件をつけさせてもらう」
「条件、ですか?」
「ああ。この特攻薬の配給は『隔離スラムで苦しんでいる重症者』と、『日々の生活もままならない貧しい平民たち』を最優先とする。……これまで彼らを貧民病だと嘲笑し、何の支援もしなかった貴族どもには、最後尾に並んでもらう」
殿下のその言葉に、私は深く頷いた。
死血病は、不衛生な環境や栄養不足に苦しむ人々から容赦なく命を奪っていく。
安全な屋敷に引きこもり、美食を貪りながら彼らを見下していた貴族たちに、薬を優先して回す理由はどこにもない。
それに、シャルク殿下が王族を代表して死血病対策に取り組んでいるのに、貴族たちは「王族は下流国民の面倒を見なきゃいけないから大変だ」と他人事のよう笑い、我関せずを貫いていたと聞く。
そんな貴族の死血病へのスタンス同様に、治療薬にも相応の距離を置いてもらう判断だ。
「ライネ、君の優しさが生んだ薬だ。君の想い通りに、一番苦しんでいる者たちから救おう」
「はい……! ありがとうございます、殿下」
◇
すぐに治療薬の量産体制を整えると、シャルク殿下は即座に配布の指示を下した。
「薬の配布は、現在最も感染と被害が拡大している隔離スラムの人々から最優先で行う! 重症者を一刻も早く救うのだ!」
こうして、特効薬は無償で次々とスラムへ届けられ、死の淵にあった人々が劇的な回復を遂げていった。
その奇跡を目の当たりにした国民は、涙を流して歓喜した。
そして、その特効薬の源となった私を、人々は『救国の聖女』として深く敬い、連日のように王立医療院へ感謝の花束が届けられるようになった。
***
――その頃。
「なっ……なんだ、この斑点は……!」
男爵邸の豪華な寝室で、ガレルは自身の腕に浮かび上がった赤黒いアザを見て、悲鳴のような声を上げた。
ガレルの腕にすがりついていたミアも、自身の首元に同じような斑点を見つけ、ガタガタと震え出した。
「嘘よ、嘘ですわ! どうして私が、こんな下品な貧民病に……!」
さらに、隣の部屋からは、男爵と義母の苦しげな咳き込む声が聞こえてくる。
屋敷に引きこもり、「自分たちは特権階級だから罹らない」と高を括っていた彼らだったが、病魔の手は彼らを見逃さなかった。
死血病は貧民に多いというだけで、貴族が絶対に罹らないわけではない。
感染経路はいくらでもあった。
外部から持ち込まれた物資、あるいは無症状の訪問者など……感染は時間の問題だったのだ。
まして、日頃から欲のままに不摂生を繰り返していた彼らなら尚の事だった。
「ガレル様、どうしましょう……! 熱が、息が苦しいですわ……っ!」
「くそっ、離れろミア! お前からうつったんじゃないのか!?」
「酷いですわっ! ガレル様の方こそ、夜遊びばかりしているからこんなことに……!」
高熱にうなされながら、互いに責任をなすりつけ合い、醜く罵り合うガレルとミア。
かつて死血病患者を嘲笑して見下した彼らは今、その死血病に蝕まれ、死の恐怖に怯えていた。
「そうだ……薬だ! 王立医療院が、特効薬を作ったと噂に聞いたぞ!」
ガレルが這いつくばるようにして立ち上がり、血走った目で叫んだ。
「王族が作ったのなら、我々のような高貴な貴族にこそ、真っ先に配給されるはずだ! すぐに王宮に使いを出せ! 下民どもの分を奪ってでも、俺たちにその特効薬を持ってこさせろ!」
――しかし、王宮へと派遣された彼らの使いの者たちは、誰一人として特効薬を持ち帰ることはなかった。
王立医療院の扉には、シャルク殿下による『特効薬は重症の平民を最優先とする。貴族への配給は当面見送る』という非情な通達が貼り出されていたからだ。
「な、なぜだ……っ! どうして我々が、薄汚い貧民どもの後回しにされなければならないんだ!」
彼ら病状は、悪化の一途を辿っていた。
特権階級の誇りは、迫り来る死の前では何の役にも立たない。
かつて彼らが嘲笑い、見下していた貧民たちと同じ苦しみを味わいながら、ついにガレルとミア、そして両親たちは、最後の希望にすがるべく、ふらつく足で自ら王立医療院へと向かうしかなかった。
「あの薬を作ったという……『救国の聖女』に会おう。金をいくら積んででも、俺たちを治してもらうんだ……」
***
特効薬の配給所として開放された王立医療院のホールは、治療の順番を待つ人々で溢れていた。
誰もが静かに順番を守り、互いを励まし合う温かい空間だ。
しかし、その静寂は荒々しい怒声によって突如として破られた。
「どけっ! 邪魔だ、薄汚い下民ども! 俺たちは貴族だぞ!」
「さっさと道をあけて! 早く特効薬を寄越しなさい!」
民衆を突き飛ばし、ふらつく足取りで入ってきたのは、顔中を赤黒い斑点に覆われたガレルとミア、そして私の父である男爵と義母だった。
彼らは激しく咳き込み、息を絶え絶えにしながらも、特権階級の傲慢さだけは捨てきれず、受付の女性職員に掴みかかった。
「噂の聖女を出せ! 我々のような高貴な者に、下民より先に特効薬を寄越すよう手配させろ!」
「……私に何か御用でしょうか」
私が静かにホールの奥から姿を現すと、ガレルたちは雷に打たれたように硬直した。
「ラ、ライネ……!? なんで、お前がここにいる!?」
「まさか、お前が『救国の聖女』のフリをして、我々への特効薬配給を邪魔しているのか!」
元父親である男爵が、血走った目で喚き散らす。
そのあまりにも愚かな被害妄想に、私は深い溜息をついた。
そんな私を庇うように、隣から凛とした声が響く。
「口を慎め。彼女こそが、我が国の民を救った……『救国の聖女』だ」
純白の白衣を翻し、シャルク殿下が威厳に満ちた姿で現れた。
王子の登場に、ガレルたちは弾かれたようにその場に平伏した。
「で、殿下……! お言葉ですが、この女は貧民病に罹った家の恥さらしです! 貴族の自覚もなく下民に関わるような愚か者が、聖女であるはずがありません!」
「そうですわ! だから私たちが、この病原菌を屋敷から追い出してやったのです! 殿下もこんな女に騙されては――」
「黙れっ!!」
シャルク殿下の雷のような一喝が、ホール全体を震わせた。
ガレルとミアは「ひっ」と、短い悲鳴を上げて縮み上がる。
「貴様らこそ、恥を知れ。民が苦しんでいる時に安全な場所で嘲笑し、自らの保身のために彼女の崇高な献身を踏みにじった。許し難い最低の行為だ。この国を救ったのは、貴様らが『汚らわしい』と捨てた彼女の優しさなんだぞ!」
「そ、そんな……」
「『下民に関わるのは恥ずべき行為』と、言ったそうだな? ならば、その下民のために彼女が血を流して作った薬など、貴様らには不要だろう。……いや、そもそも貴様らは、もはや貴族ではない」
殿下の蒼い瞳が、冷酷な視線で彼らを射抜いた。
「救世主を不当に迫害し、特権階級としての義務を放棄した罪人。本日この瞬間をもって、貴様らの爵位を剥奪し、王都から追放する」
「なっ……!?」
爵位剥奪――それは貴族にとって、社会的な死を意味する。
「そんな! 殿下……! ご冗談はよしてください!」
「馬鹿なっ……俺は伯爵になるはずなのに……」
「私たちが、平民になるってこと……?」
「王都から追放なんて、私たちはどうすればいいの……?」
我を忘れて四人が騒ぎ立てていると、ガレルが激しく咳込んだ。
「ごほっ、がはっ! ぐっ……まずは病気を何とかしないと……」
絶望で顔を歪めている元家族と元婚約者を見下ろし、私は淡々と口を開いた。
「安心してください、お薬は差し上げます。治癒師して、患者を見捨てるようなことはしません」
「よ、よし! さすがは偽善者だ! すぐに、その特効薬を寄越せ! 婚約破棄もなかった事にしてやるから、下民よりも先に俺を治すんだ!」
「…………ですが」
傲慢な態度で、手を伸ばしてくる元婚約者からスッと身を引き、私は冷ややかに告げた。
「隔離スラムで苦しんでいる人たちや、一般王国民に配り終わった後に……です。ただの平民以下となったあなた達の順番は、一番最後になります」
「なっ、んだと……ふざけるな! どうして我々が下民の後なんだ! この俺がまた結婚してやるといってるんだぞ! 今すぐ寄越せっ……死んでしまうだろうが!」
「あなたが言ったんですよ、『二度と近寄るな、病原菌持ち』と。あなた方もです……『もう家族ではない。病気でそのまま死ねば良かったのに』と、おっしゃっていましたね。その言葉、そっくりそのままお返し致します」
私の言葉で、四人はかつて自分たちが放った言葉の重みを思い出したように、顔が青ざめていた。
「さあ、衛兵。この者たちを……王都の外に追放しろ」
殿下の命令により、衛兵たちが彼らを引きずり起こす。
ホールに集まっていた平民たちからは、「聖女様を迫害した悪魔め!」「何が下民だ!」「お前らはそれ以下だ!」「こっちに近づくな」「汚らわしい」と、かつて彼らが吐いた暴言が、特大のブーメランとなって次々と投げつけられた。
「嫌ぁ! 死にたくないっ! 許してお姉様ぁ!」
「離せ! 俺は伯爵になるんだぞ、俺はこんなところで死ぬ人間じゃないんだ!!」
「こんなはずじゃなかったんだ! こんな事で全てを失うなんてあんまりだ!」
「私は悪くない……! お願い、私だけでも助けてぇ!」
見放される苦痛と絶望に悶えながら、彼らはかつて私を放り出した隔離スラムの、さらに外へと無惨に引きずられていった。
もう二度と、彼らがこの王都に戻ることはないだろう……。
◇
それから一月後……。
特効薬の普及により、王国を脅かしていた死血病は完全に終息した。
元婚約者と元家族たちは、王都の外側で泥水をすするような生活の末に息絶えたと聞いたが、私にとってはもう他人事だった。
彼らとの縁は、家を出たあの時に絶たれたのだから……。
「――ライネ、今日も花壇の手入れか?」
王宮の美しい庭園で、私が育てている薬草に水をやっていると、背後から優しく温かい声が降ってきた。
振り返ると、公務を終えたシャルク殿下が、愛おしげな瞳で私を見つめて立っていた。
「はい、新しい治療薬の改良に向けて、色々と試してみたくて」
「君は本当に真面目だな。だが、たまには休んで俺に付き合ってくれないか?」
殿下は私の手からジョウロをそっと受け取ると、空いた私の手を優しく包み込み、その甲に甘い口付けをした。
「……俺の隣で、この国の未来を共に支える王妃として」
「っ……殿下……」
「初めて会ったあの日から、君の美しく気高い魂に惹かれていた……俺と結婚してほしい」
真っ直ぐなプロポーズに、私の頬は一気に熱くなった。
家族に捨てられ、一人ぼっちになった私を認めて、救い出してくれた人。
彼と共になら、これからもきっと多くの人を救い、幸せに生きていける。
「……はい。私でよければ、喜んでお受けいたします」
私が微笑んで頷くと、殿下は花が綻ぶような笑みを浮かべ、私を強く、温かく抱きしめてくれた。
吹き抜ける風が、二人の門出を祝福するように薬草の清らかな香りを運んでいく。
絶望の底から見つけた一筋の光は、こうして私に、生涯の愛と幸せな未来をもたらしてくれたのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。
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