第8話 氷の令嬢は盤面を返す
王城・大広間。
本来なら舞踏会に使われるその場所は、今夜だけ様相を変えていた。
貴族たちが半円状に並び、中央を空けている。
即席の――公開審議。
表向きの理由はひとつ。
「王太子殿下の体調不安に関する調査」
だが誰もが理解していた。
これは政治だ。
玉座の下段。
王と王妃。
その右にクラウス王太子。
左には第二王子セドリック。
そして中央。
「アルヴェイン侯爵令嬢、前へ」
呼ばれたリシェルは静かに歩き出した。
視線が突き刺さる。
断罪の日と同じ光景。
――違うのは。
(今日は、私が盤を動かす側)
彼女は跪かない。
礼のみを行った。
ざわめき。
「……随分と落ち着いているね」
セドリックが穏やかに言う。
「覚悟はできておりますので」
「何の?」
リシェルは微笑んだ。
「真実が明らかになる覚悟です」
空気が張り詰める。
王が口を開く。
「王太子の不調について、申したいことがあると聞く」
「はい、陛下」
彼女は振り返った。
「まず確認させてください」
視線はクラウスへ。
「殿下。婚約破棄の日、私を断罪した理由を――今、明確に説明できますか?」
大広間が静まり返る。
クラウスは苦しそうに息を吐いた。
「……できない」
ざわめきが広がる。
「当時は確信していた。だが今は……記憶が曖昧だ」
リシェルは頷いた。
「それが答えです」
彼女は一歩前へ出る。
「殿下は誤ったのではありません」
そして。
「干渉されていたのです」
――騒然。
「精神系魔術、“魅了”によって」
「馬鹿な!」
「聖女候補だぞ!」
貴族たちが声を上げる。
セドリックは微笑んだまま。
「証拠は?」
待っていた質問。
リシェルは小さな水晶を取り出した。
「これは王太子殿下の魔力波形記録です」
ざわめき。
「通常、人の魔力は安定した周期を持ちます。しかし――」
水晶が光る。
不自然な揺らぎ。
「特定人物接触時のみ、感情増幅反応が発生しています」
視線が一斉に向いた。
ミレイユ・ローゼンへ。
彼女は怯えたように後退する。
「わ、私……何も……」
リシェルは冷静に続けた。
「さらに」
アルヴィンが合図する。
騎士が一人の魔術師を連れてきた。
「王宮魔術院所属、証言者です」
「調査の結果、微弱な精神誘導術式を確認しました」
どよめき。
セドリックの指が、わずかに止まった。
(初めて動揺した)
リシェルは確信する。
「つまり婚約破棄は」
彼女の声が大広間に響く。
「王太子殿下の判断ではなく、誘導された結果です」
空気が反転した。
クラウスを見る視線が変わる。
非難から――同情へ。
そして。
リシェルは静かに言った。
「では次の問題です」
視線が、ゆっくり移動する。
第二王子セドリックへ。
「この状況で、最も利益を得る人物は誰でしょう?」
完全な沈黙。
セドリックが笑った。
「面白い推論だ」
「推論ではありません」
ルーカス・ベルディアンが前へ出る。
「社交界の噂流通経路を調べました」
書類が広げられる。
「すべて第二王子派閥のサロンを起点としています」
ざわめきが爆発した。
セドリックは拍手した。
「……見事だ」
穏やかな声。
「ここまで来るとは思わなかった」
仮面が、少しだけ剥がれる。
「だが証明にはならない」
「ええ」
リシェルは頷く。
「ですから最後に」
彼女はミレイユを見る。
「魅了魔術には条件があります」
全員が息を呑む。
「対象が“守りたい”と感じた瞬間、効果が最大化する」
そして。
「その感情は――作れる」
水晶がもう一度光る。
記録映像。
ミレイユが涙を“作る”瞬間。
魔力発動の波形。
完全な証拠。
広間が凍りついた。
セドリックの笑みが消える。
初めて。
完全に。
盤面が返った。
リシェルは静かに頭を下げた。
「以上です、陛下」
「婚約破棄は予定通りでした」
そして顔を上げる。
「ですが――王国の破滅だけは、予定外でしたので」
タイトルの言葉が、初めて意味を持った。
王の杖が床を打つ。
「……再調査を命じる」
それは。
王太子失脚計画の崩壊宣言だった。
セドリックの瞳が、静かに細まる。
「……なるほど」
彼は小さく笑った。
「では次は、私の番ですね」
戦いは終わらない。
だが。
勝敗は、もう傾いていた。




