第7話 微笑む第二王子
王城の夜会は、いつも通り華やかだった。
音楽。
笑顔。
香水の甘い匂い。
――そして嘘。
「……空気が違いますね」
リシェルはグラスを傾けながら呟いた。
「当然だ」
隣のアルヴィンは壁際に立ったまま答える。
「今日は“観察日”だからな」
王太子クラウスが公の場へ復帰する、最初の夜会。
表向きは体調不良からの復帰。
だが実際は――
魅了の影響確認。
「殿下の様子は?」
「薬は効いている。判断力も戻りつつある」
だが完全ではない。
だからこそ、今日。
敵が動く。
リシェルの視線が会場を滑る。
貴族たちの笑顔の裏。
視線の流れ。
距離感。
(……いる)
空気の中心。
自然と人が道を開ける場所。
そこにいたのは――
「おや」
穏やかな声。
「これは珍しい。アルヴェイン侯爵令嬢ではありませんか」
第二王子セドリック・レオンハルト。
柔らかな金髪。
優しげな微笑み。
争いとは無縁そうな瞳。
だが。
リシェルは直感する。
(この人が盤面を動かしている)
「ご機嫌よう、殿下」
完璧な礼。
「婚約破棄以来ですね」
セドリックは微笑んだ。
「お可哀想に。兄上も少し感情的で」
試されている。
リシェルは表情を崩さない。
「王家のご判断ですもの」
「……本当にそう思っていらっしゃる?」
一瞬。
言葉が鋭くなる。
アルヴィンの視線が細まった。
「殿下は、ずいぶん事情にお詳しいようだ」
セドリックは軽く肩をすくめた。
「王族ですから」
そして。
彼の視線が、ゆっくりと会場中央へ向く。
そこに現れたのは――
「クラウス殿下!」
歓声。
王太子が姿を見せた。
以前より落ち着いた表情。
だがどこか警戒している。
その瞬間。
セドリックが小さく呟いた。
「さて……どこまで戻りましたか」
リシェルの背筋が冷えた。
「何のことです?」
彼は笑う。
「兄上は優しい人ですから。守るべき存在ができると、視野が狭くなる」
その言葉と同時に。
会場の扉が開いた。
「ミレイユ様のおなりです!」
空気が変わった。
白いドレス。
儚げな笑顔。
人々の視線が一斉に吸い寄せられる。
――魅了。
リシェルは確信した。
そして。
ミレイユの瞳が、真っ直ぐクラウスへ向く。
次の瞬間。
王太子の表情が歪んだ。
「……っ」
頭を押さえる。
戻りかけていた理性と、魅了が衝突している。
ざわめき。
「殿下?」
「大丈夫ですか?」
ミレイユが駆け寄ろうとした――その時。
「止まりなさい」
静かな声。
リシェルだった。
会場が凍る。
「これ以上近づけば、殿下は倒れます」
ミレイユの笑顔が、ほんの一瞬だけ固まった。
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味です」
アルヴィンが前へ出る。
「医師を」
騎士が動く。
セドリックは――
楽しそうにそれを見ていた。
「面白い」
小さな拍手。
「まさかここまで来るとは」
リシェルの瞳が彼を捉える。
「殿下。これはあなたの盤面ですか?」
沈黙。
そして。
第二王子は、初めて仮面を薄く外した。
「ええ」
穏やかな笑顔のまま。
「兄上には、少し退いていただく必要がありますから」
背筋が凍るほど自然な声音。
「国のために?」
リシェル。
「いいえ」
彼は微笑む。
「王になるために」
その瞬間。
リシェルは理解した。
この男は。
悪ではない。
――合理だ。
だから最も危険なのだ。
夜会の音楽が続く中。
王国の権力争いは、静かに開戦した。




