第5話 本当の罪
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王城の朝議は、異様な空気に包まれていた。
原因は明白だった。
アルヴェイン侯爵令嬢断罪事件。本来ならすでに終結しているはずの問題が、むしろ拡大していた。
「証拠の再確認を求める声が増えております」
文官の報告に、王は深く息を吐いた。
「……王太子」
低く名を呼ばれ、クラウスは背筋を伸ばす。
「はい、父上」
「提出された証拠は完全なのだな?」
一瞬、言葉に詰まった。
完全――そのはずだった。
「……問題ありません」
そう答えながらも、胸の奥に残る違和感が消えない。
昨夜から何度も報告書を読み返した。証言は揃っている。物証もある。なのに、なぜか確信が持てなかった。
「グレイフォード公爵」
王が視線を移す。
「そなたの申し立てとは?」
アルヴィンは一歩前へ出た。
「単純な確認です」
静かな声だったが、広間の全員が耳を傾ける。
「証拠の成立条件を検証したい」
「成立条件?」
「はい。罪とは、状況が成立して初めて証明されるものです」
彼は一枚の書類を差し出した。
「こちらは王立図書塔の入館記録です」
文官が目を走らせ、ざわめきが広がった。
「断罪当日、第三鐘の時刻――リシェル嬢は図書塔に滞在しています。司書三名の署名付きです」
クラウスが顔を上げる。
「……何?」
その時刻は、毒入り菓子が発見された時間だった。
「ば、馬鹿な……」
側近が慌てて書類を確認する。
「しかし、使用人の証言では……!」
「ええ」
アルヴィンは頷いた。
「証言も本物でしょう」
その言葉に広間がざわつく。
「ではなぜ矛盾が生じるのか」
彼は淡々と言った。
「答えは単純です。事件が“作られている”からです」
「異議あり!」
貴族の一人が声を上げた。
「令嬢が代理を使った可能性は!」
「可能です」
即答だった。
「ですが毒物の購入記録は本人署名。筆跡鑑定済みです」
「ならば!」
「問題はそこです」
アルヴィンの声がわずかに低くなる。
「完璧すぎる」
広間が静まり返った。
「証言、物証、動機。すべてが整いすぎている」
彼は王太子を見た。
「殿下。罪を裁くとき最も警戒すべきは何か、ご存じですか」
クラウスは答えられない。
「“疑う余地がなさすぎる事件”です」
その頃、侯爵家別邸ではエルナが窓の外を見ながら言った。
「始まりましたね」
リシェルは静かに頷く。
「ええ」
「本当に黙っていてよかったんですか?」
侍女の問いに、彼女は少し考えてから答えた。
「私が反論すれば、事件は終わっていました」
「それの何が?」
「犯人が逃げます」
紅茶の湯気がゆらりと揺れる。
「目的は私ではなかったのです」
エルナが目を見開く。
「……最初から気づいていたんですか」
「違和感がありました」
嫌がらせは徐々に激しくなった。だが決定的な一線を、必ず越えさせようとする誘導があった。まるで断罪が起きる日を待っているかのように。
「誰かが殿下を動かしたかった」
「王太子を……?」
「ええ。婚約破棄そのものが目的だった」
場面は再び王城へ戻る。
「もう一つ」
アルヴィンが新たな書類を示した。
「王家財務局の報告です」
ざわめきが一段強まる。財務――政治の核心だった。
「近年、王家の歳入は減少しています」
王の表情が変わる。
「なぜそれを今……」
「関係があるからです」
アルヴィンは続けた。
「アルヴェイン侯爵家は、王国最大の融資元の一つです」
貴族たちが顔を見合わせる。
「婚約破棄により関係が断たれれば――」
誰かが呟いた。
「財政が揺らぐ……」
「はい」
静かな肯定。
「つまり今回の断罪は、王家の信用を同時に傷つける結果を生む」
クラウスの視界が揺れた。
――私は。
もしかして、利用されたのか?
王がゆっくり口を開く。
「……誰が得をする?」
誰もすぐには答えられない。
だが全員が理解した。これはもはや恋愛問題ではない。国家の問題だった。
別邸では、リシェルが窓の外を見つめていた。
「これで、もう戻れません」
「何がです?」
「物語が、です」
もう学園の小さな舞台ではない。王国そのものが動き始めている。
彼女は静かに呟いた。
「さあ――次は誰が焦るでしょうね」
その瞬間、王城ではある人物の顔から血の気が引いていた。
第二王子セドリック。
彼だけが、この展開の意味を正確に理解していた。




