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婚約破棄は予定通り、破滅だけが予定外でした  作者: あめとおと


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12/13

後日談②



王都の夜は、静かな祝祭の気配に包まれていた。


昼間の喧騒が嘘のように消え、貴族街には柔らかな灯りだけが並んでいる。明日は王国中が知る式典の日だった。


グレイフォード公爵邸の一室で、リシェルは窓辺に立っていた。


夜風がカーテンを揺らし、月明かりが床に淡く落ちている。


「眠れませんか?」


背後からエルナの声がした。


「少しだけ」


リシェルは正直に答えた。


明日、彼女は結婚する。


かつて王太子妃になる未来を失った少女が、今は自分の意思で選んだ相手と新しい人生を始めようとしている。


「緊張、ですか?」


「……どうでしょう」


自分でも分からなかった。


恐怖ではない。不安でもない。ただ、人生が大きく変わる前の静けさが胸に広がっている。


エルナは微笑みながら言った。


「お嬢様が眠れないなんて、珍しいですね」


「合理的に考えると、睡眠不足は明日に響くのですが」


「それでも考えてしまうんでしょう?」


図星だった。


リシェルは小さく息を吐く。


「予定外のことばかりでしたから」


婚約破棄。断罪。陰謀。政変。そして――求婚。


あの日、アルヴィンが淡々と告げた言葉を思い出す。


「最後まで付き合う」


あまりにも彼らしい、不器用な告白だった。


「……本当に不思議ですわ」


「何がです?」


「一番予想していなかった未来が、一番自然に感じるのです」


エルナは何も言わず、静かに頭を下げて部屋を出た。


入れ替わるように、控えめなノックが響く。


リシェルは振り返る。


「どうぞ」


扉が開き、アルヴィンが姿を現した。


礼装ではなく、普段の落ち着いた装いだった。


「こんな時間に訪問とは、規則違反では?」


「明日からは問題ない」


即答だった。


思わずリシェルが笑う。


彼は部屋の中央で立ち止まった。


しばらく言葉を探すような沈黙。


「……確認に来た」


「何をです?」


「後悔していないか」


その問いに、リシェルは瞬きをした。


数か月前にも似た質問をされた気がする。


彼は続けた。


「君は合理的だ。より有利な選択もあったはずだ」


政治的利益だけを考えるなら、別の縁談はいくらでも存在した。


だが彼女は首を横に振る。


「合理的だからこそです」


一歩、彼へ近づく。


「未来を計算した結果、あなたが最適でした」


「……それは求婚の言葉としてどうなんだ」


「事実ですもの」


少しだけ沈黙。


そしてリシェルは、珍しく視線を逸らした。


「ですが」


声がわずかに柔らぐ。


「感情が理由で選んだのも、初めてです」


アルヴィンの表情が止まる。


彼女は続けた。


「あなたといると、警戒しなくていい。計算し続けなくていい。それが……思ったより心地よかったのです」


月明かりが二人の間に落ちる。


長い沈黙のあと、アルヴィンが静かに言った。


「では契約成立だな」


「ええ」


「生涯契約だ」


リシェルは微笑んだ。


「途中解約は?」


「認めない」


即答だった。


思わず笑い声が重なる。


外では夜風が花を揺らしている。


明日になれば、彼女の名前は変わる。立場も変わる。けれど不思議と不安はなかった。


未来はもう、破滅へ続く一本道ではない。


選び取れる道になったのだから。


「そろそろ休め」


アルヴィンが言う。


「明日は長い」


「ええ」


彼が扉へ向かい、ふと立ち止まる。


振り返らないまま、静かに言った。


「……明日を楽しみにしている」


扉が閉まる。


部屋に再び静けさが戻った。


リシェルは窓の外の月を見上げ、小さく呟く。


「私もです」


婚約破棄から始まった物語は、ようやく終わる。


そして今、新しい物語が始まろうとしていた。





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