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婚約破棄は予定通り、破滅だけが予定外でした  作者: あめとおと


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1/7

第1話 婚約破棄は予定通り



 王城大広間に、音楽が満ちていた。


 シャンデリアの光が無数のグラスに反射し、貴族たちの笑い声が夜会の空気を甘く彩る。


 春季叙勲を祝う夜会――本来ならば、華やかな社交の場。


 けれど。


「リシェル・フォン・アルヴェイン侯爵令嬢!」


 高らかに響いた声が、すべてを止めた。


 楽団の演奏が途切れる。

 談笑していた貴族たちが一斉に振り返る。


 玉座前に立つのは、この国の王太子。


 クラウス・レオンハルト。


 そして彼の隣には、淡い桃色のドレスを震わせる少女がいた。


 ミレイユ・ローゼン。


 ――来たわね。


 リシェルは静かにワイングラスをテーブルへ戻した。


 予定より三分早い。けれど誤差の範囲だ。


「貴様の数々の悪行、もはや見過ごすことはできない!」


 広間がざわめく。


 誰もが知っていた。

 王太子と侯爵令嬢は婚約関係にある。


 つまりこれは――ただ事ではない。


「ミレイユに対する執拗な嫌がらせ! 虚偽の噂の流布! さらには毒物混入の疑いまである!」


 どよめきが波のように広がった。


 視線が突き刺さる。


 軽蔑、好奇、興奮。


 社交界とは、こういう瞬間を何より愛する場所だ。


「……」


 リシェルは瞬きを一つ。


 そして、静かに歩き出した。


 視線の海を割るように進み、王太子の前で優雅に礼を取る。


「お呼びでしょうか、殿下」


 その落ち着きに、逆に周囲が戸惑った。


 普通なら狼狽する。否定する。泣き崩れる。


 だが彼女の声は、午後のお茶会のように穏やかだった。


「まだ白を切る気か!」


「いいえ」


 即答だった。


 クラウスが言葉を詰まらせる。


「では罪を認めるのだな!?」


 広間の空気が張り詰める。


 ミレイユが涙をにじませ、王太子の袖を掴んだ。


「わ、わたしは……争いたくなんて……」


 か細い声。


 完璧な被害者の姿。


 ――ええ、上手ね。


 リシェルは心の中でだけ感心した。


「殿下」


 彼女は顔を上げる。


「本日は、そのお話でしょう?」


「……何?」


「婚約破棄の宣言」


 静寂。


 空気が凍りついた。


「な、なぜそれを……」


「想定済みですので」


 ざわっ、と人々が揺れた。


 予想外の言葉だった。


 断罪される側の言葉ではない。


「私は、リシェル・フォン・アルヴェイン。王太子クラウス・レオンハルト殿下との婚約解消を、ここに受け入れます」


 完璧な礼。


 非の打ち所のない所作。


 まるで――自分が主導しているかのようだった。


「……は?」


 間の抜けた声を出したのは、王太子本人だった。


 広間に小さな笑いが漏れ、すぐに押し殺される。


「待て! これは貴様を断罪する場だ!」


「ええ、承知しております」


 リシェルは微笑んだ。


 氷細工のような、感情の読めない微笑み。


「ですので、殿下のお望み通りに」


 その余裕が、逆に彼を苛立たせた。


「……後悔しても遅いぞ。貴様は社交界から追放されるのだ!」


「問題ございません」


「なに?」


「すでに領地への帰還準備は整っております」


 再び、ざわめき。


 貴族たちが顔を見合わせる。


 ――準備?


 まるで、この瞬間を待っていたかのような言葉だった。


 クラウスの顔が赤く染まる。


「強がりを!」


「強がりではありません」


 リシェルは静かに言った。


「むしろ、感謝しております」


「……感謝?」


「はい」


 彼女は一歩下がり、広間全体を見渡した。


 何百という視線が集まっている。


 そして、穏やかに告げた。


「これでようやく、“予定通り”ですから」


 沈黙。


 誰も意味を理解できない。


 そのとき。


 大広間の扉が、重々しく開いた。


 ギィ――……。


 全員の視線がそちらへ向く。


 黒の正装を纏った長身の男が、ゆっくりと歩み入ってきた。


 銀灰色の髪。冷えた湖のような瞳。


 場の空気が変わる。


 貴族たちが息を呑んだ。


「……グレイフォード公爵」


 誰かが呟いた。


 王弟補佐。


 王国実質No.2の権力者。


 アルヴィン・グレイフォード。


 彼は真っ直ぐリシェルの前まで来ると、片膝をついた。


 王太子すら絶句する。


「迎えに参りました、リシェル嬢」


 低く、静かな声。


「予定通り、あなたを保護いたします」


 広間が爆発したようにざわめいた。


 王太子の顔から血の気が引く。


 リシェルは、初めてわずかに目を細めた。


「……ええ。お待ちしておりましたわ、公爵閣下」


 その瞬間。


 誰もが理解した。


 今、断罪されたのが――


 本当にどちらなのかを。





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