【判定:本物ではない】〜欠陥鑑定士、デタラメなハッタリが本物の伝説を呼び覚ます〜
【鑑定】
それが、神から与えられた俺のスキルだ。
だが、その実態はあまりにも救いようのない欠陥品だった。
映るのは【本物】か【本物ではない】か。
それだけだ。
この欠陥がばれた瞬間、俺は職を失う。
【判定:本物ではない】
「伝説の聖騎士の盾」に、無慈悲な文字が浮かぶ。
眼鏡をクイと押し上げ、深刻な表情で盾を凝視した。
向かいの男が身を乗り出した。
「おい……こいつは、とんでもねえ大金星だろ?」
泥だらけの冒険者だ。
鼻の穴を膨らませ、目をぎらつかせている。
「……ふーむ。こりゃあ、たまげたな。こいつぁ……単なる銀じゃねぇ。『沈黙の銀』じゃねぇか。」
「『沈黙の銀』……?伝説のレアメタルのか!」
「……それにしちゃあ、地味すぎる、と思わせるだろ?」
わざとらしく低く唸り、盾の表面を指先でなぞる。
「地味なのは、わざとだ。気配を誤魔化すための偽装――『隠者の防壁』ってやつだ。プロじゃなきゃ、まず分からねぇ」
「この『沈黙の銀』はな、だいたいティナモンド四世の時代の遺産だ。ほら、ここの裏張りの木目を見ろ」
「……どうだ?数百年、宝箱で眠り続けてきた神秘の大樹の息吹が、聞こえてこねぇか。俺には、ビンビン伝わってくるぜ」
「お、おおっ!やっぱりか!言われてみりゃ、手に持っただけで、こう、力がスッと抜けるような不思議な感触があったんだよ!」
「……だろ?」
冒険者が、思わず息を詰める。
「だがな」
「純度が高すぎる上に、長年封印されてたせいで、肝心の魔力効力は今、完全に『冬眠』しちまってる」
「……つまり、今は動かねぇってことだ」
冒険者の顔から、期待の色がすっと引く。
「現状じゃ、せいぜい『ちょっと頑丈な盾』だな。悪いがよ、死んでる魔具を買うほど、ギルドは慈善団体じゃねぇ」
「……ま、そういうわけだ。分かったら、さっさと持って帰りな」
「……チッ、なんだよ!期待させやがって!」
冒険者は盾を乱暴につかみ取り、そのままギルドを後にした。
その背中が見えなくなってから、深いため息をつく。
(……ったく。嘘を本物みてぇな顔で語るのも、今じゃ息をするみたいなもんだ。)
この無能な【鑑定】のせいでクビになり、路頭に迷うのだけは御免だ。
だから俺は、今日も今日とて、必至に語彙を絞り出し、ごまかし続ける。
日が傾き始め、ギルドの喧騒が少し落ち着いてきた頃。
重い扉が軋み、一人の老人が入ってきた。
綻びだらけの麻の服に、煤で真っ黒な古い木箱。
それを壊れ物のように抱えている。
「これ……鑑定を、お願いしたくて……。…お願いします……。どうしてもお金が必要なんです!」
老人がおそるおそる木箱を差し出したその時。
暇を持て余していた冒険者たちが、その中身を覗き込んで騒ぎ出した。
「おいおい、なんだそりゃ!」
「窓口の無駄遣いだぜ、じいさん。とっとと帰って寝ろよ!」
下品な笑い声が、ギルド中から響いてきた。
(……また冒険者の連中が、うるさく騒ぎ立ててやがる。)
受付の女は周囲の喧騒を気にする風もなく、淡々と台帳を広げた。
「承知いたしました。では、まずお品物の情報を。名称や由来、どちらのダンジョンから回収されたものかお分かりですか?」
「……わかりません。…ただ、勇者様から賜ったものだと、代々……伝説の秘宝だと、そう言われてきました……」
老人は、すがるように木箱を抱きしめた。
「お願いします!孫が……孫を助けるには、もうこれしか、これしかないんです……!」
「……情報なし、ですか」
受付は感情を挟まず、事務的に問いかける。
「産地も不明となると、真贋判定の前に物品の特定作業が必要です。規定により追加料金をいただきますが」
「追加……。あ、あの、これ……」
受付は手のひらの銅貨を見て、感情を挟まず首を振った。
「左様ですか。銅貨10枚では、基本料金にすら足りません。今回の鑑定は厳しいですね。」
老人の肩が、絶望しているように小さく震えた。
「じいさん、俺が鑑定してやろうか?特別にその10枚で鑑定してやるぞ、がはははははは」
冒険者の連中が笑い出す。同僚の鑑定士も、ギルド職員も、素知らぬ顔をしている。
(どいつもこいつも…。……ったく。せっかくの休憩時間だっていうのに…)
大きくため息をつき、わざとらしく椅子をならして立ち上がった。
「おい、そこ。通路を塞ぐな。邪魔だ。」
怒鳴り声に、受付周りの空気が少し凍り付く。
「……そこのじいさん、俺が見る。そいつをこっちに寄越せ。」
周囲の視線が俺に集まる。
同僚の一人が「よせよ、時間の無駄だぜ」耳打ちしてきたが、それを適当に無視した。
「おい、じいさん。ついてきな。」
冒険者のブーイングを背に、鑑定室の重い扉を開ける。
扉を閉めると、ようやく外の騒がしさが消えた。
じいさんから、古びた木の箱を受け取った。
そこからさび付いた鈴………と言っていいものなのか、もはや判別のつかない塊を取り出す。
ずしりと重い。だが、俺の眼に映る文字は、いつものように冷酷だった。
【判定:本物ではない】
……だよな。どう見たってガラクダた。
これを「伝説の秘宝」だなんて呼ぶ奴がいたら、そいつの頭の方が伝説級におかしい。
老人は、俺の顔を、神の宣告を待つ罪人のような目で見つめている。
ここで「ゴミだ。」と言えば、俺の仕事は一秒で終わる。
自分の休憩時間も守れる。
「……ふむ。こいつぁ、恐れ入ったね。」
わざとらしく眼鏡を押し上げ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてやった。
「じいさん、驚くなよ。こいつぁ一見するとただの汚ねえ鈴に見えるが……実は『神代の鈴』だ」
「そ、そんなものが……」
老人の声が、希望を帯びたように震えだす。
「そうだとも。魔力が濃縮されすぎて、表面がガチガチだ。いわば――呼吸困難だな、こいつは」
わざとらしく鈴を耳に当て、軽く振る。
「音が死んでる。……ま、当然か」
「力はあるが、溜め込みすぎだ。吸えねぇし、吐けねぇ。だから動かねぇんだ」
鈴を指で弾き、ふっと鼻で笑う。
「だがよ、こういうのは外から揺すってやりゃいい。風と振動だ。中に溜まったモンを、吐き出させる」
一拍置いて、じいさんを見る。
「いいか。広場の塔があるだろ。――一番上だ」
「塔の、頂上で……ですか?」
「ああ。高ぇところほど風は強ぇ。あとは思い切り振り回せ。余計なことは考えるな」
鈴をじいさんに押し返す。
「そこで目を覚ますかどうかは……その勇者との縁次第だな」
「……ま、俺に言えるのはここまでだ。ほら、いったいった。」
シッシと手を振って追い払う。
(塔の階段を必死に登って汗でもかけば、少しは余計なことを考えずに済むはずだ…。)
ドカッと椅子に座り直し、指についた煤を雑に拭い取った。
冷めた紅茶を啜り、心を落ち着かせる。
(……ったく、俺としたことが。あんなデタラメに熱を上げちまって…。ッチ、嫌なこと思い出しちまったぜ……)
この時の俺は、あの場で口にした鑑定結果が、後々大事件につながるなんて考えてもいなかった。
―――――――――――
ギルドを飛び出した老人は、もつれる足取りで街の中央へと向かった。
目指すは、この街の象徴とされている巨大な時計塔だった。
その頂上には、かつてこの地を救ったとされる風の勇者の石像が、街を見下ろすように立っていた。
「……はぁ、はぁ……待っておれよ、今助けてやるからな……」
一段、また一段と、老人は石階段を登った。
心臓が早鐘を打ち、肺が焼かれるように熱い。
それでも、あの鑑定士は口にした言葉が、彼を突き動かしていた。
もう、彼にはこれしか道は残されていないのだ。
ようやくたどり着いた塔の頂上。
そこは吹き荒れる強風と、静かに佇む勇者の像があった。
「勇者様……どうか、孫を、あの子をお救いくだせえ……!」
老人は鈴を握りしめ、教わった通り、それを力一杯に振り回した。
びゅうびゅうと音を立てる風が、老人の細い腕を煽る。
一度、二度、三度。
半狂乱になって鈴を振り続ける。
カサッ、と乾いた音がした。
長年、金属の表面にこびりついていた汚れが、耐えかねたようにパラパラと剥がれ落ちる。
「おお……ああ……っ!」
老人は期待に目を見開いた。
だが、劇的な変化は何一つ起きない。
鈴が黄金に輝き出すことも、不思議な光を放つこともなかった。
ただ、汚れが少し落ち、古びた鈴の肌が露出しただけだ。
(……やっぱり、ダメなのかのぉ…。あれはただの、お情けだったんかのぉ……)
もはや、孫を助ける手段は残っていないのか。
絶望が、激しい疲労と共に全身を包み込んだように感じられた。
老人は激しく打つ心臓を落ち着かせるように、勇者増の土台に力なく腰を下ろした。
――その時だった。
目の前の台座に、これまで気にも留めなかった形があることに、意識が引っかかった。
勇者の像の石造りの土台に、あっても誰も気にしないような穴。
だが今、手元の鈴の形と、それが妙に重なって見えた。
老人は吸い寄せられるように膝をつき、祈るような手つきで、その鈴を窪みへと差し込んだ。
――カチリ。
何かが嚙み合わさる、小さな、しかし決定的な音が静寂の中に響いた。
刹那。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
塔全体を揺らすような、重低音が鳴り響いた。
静かに街を見守っていた勇者像の土台が、軋みを上げる。
石造りの台座の一部が、横へずれていく。
重い石が滑り、奥がゆっくりと露わになる。
その先に、地下へ続く螺旋階段が姿を現した。
冷えた風が吹き上がり、長く閉じていた空気が、動き出した気がした。
―――――――――――
老人が塔の封印を解いてから、半刻も経たないうちだった。
ギルドの平穏は、荒々しい鉄靴の響きによって無残に打ち砕かれた。
「鑑定士を全員集めろ!一人も残すな!」
なだれ込んできたのは、この街を守る騎士団の面々だった。
普段は規律正しい彼らが、甲冑をならし、焦燥を顔に張り付かせてギルド内を制圧していく。
「な、なんだ!?何事だ!」
ギルド内が困惑に包まれる。
「時計塔の隠し通路が開いた。地下から神話時代のものと思われる財宝が、測定不能な規模で発見されたのだ!」
騎士の隊長らしき男が、興奮で声を上ずらせながら告げる。
「一刻を争う事態だ。鑑定士は全員、現場へ同行せよ。これは命令である。」
俺たちは半ば引きずられるようにして、時計塔の地下へと連行された。
勇者像の土台が割れ、螺旋階段を下りた先には、広大な空間が広がっていた。
精緻な装飾が施された古剣、
獣の鱗を用いた鎧、
見たこともない紋章の金貨。
松明の光に照らされ、それらが無秩序に積み重なっている。
「鑑定士ども、何を茫然としている!」
騎士団員が見たこともない規模の財宝を前に声を震わせながら指示を飛ばす。
「すべて残らず正確に鑑定せよ!!」
急かされた同僚たちが、慌ててルーペや魔力測定器を取り出した。
だが、俺にはそんな道具は必要なかった。
一歩、広間に足を踏み入れた瞬間――。
俺の視界が、爆発した。
「……っ!」
まぶしさに思わず目を細める
網膜を焼き切らんばかりに輝いているのは、見たこともない鮮やかな黄金の輝きと、視界を埋め尽くす鑑定結果。
【判定:本物】【判定:本物】 【判定:本物】
視界の端から端まで、その文字が狂ったように並んでいる。
どの剣も、どの盾も、どの古びた硬貨一枚に至るまで。
「信じられん、魔力反応が強すぎて測定器が壊れた!」
「これは模造品か?いや、しかし……」
同僚たちが、完全に混乱している。
俺は、震える手で眼鏡を荒々しく取り外す。
「……迷う必要なんてねぇよ。ここに並んでるもんは全部――正真正銘の【本物】だ!!」
生まれて初めて「デタラメ」を混ぜることなく、その真実を口にした。
黄金の輝きが視界に残り、無数の鑑定結果が、なおも揺れている。
地下の空気は冷たく、息をするたびに、胸の奥が妙に重かった。
俺はその場から動けず、しばらく、ただ立ち尽くしていた。
その後は、まさに嵐のような日々だった。
見つかったのは、かつての勇者残したとされる、とんでもねぇ規模の聖遺物の数々だった。
あのじいさんは、勇者が遺した国宝を呼び覚ました「聖遺物の守護者」として称えられ、一躍時の人となっちまった。
一方、俺の方はと言えば、「神の眼を持つ鑑定士」なんて祭り上げられ、俺を指名する依頼が山のように積みあがった。
【本物】か【本物ではない】しかわからない俺に国中から難題が押し寄せている。
このままじゃ、いつか絶対にボロが出る。
俺は、ビクビクしながら守ってきた「鑑定士」の肩書を辞職願と一緒に机に放り出してやった。
それでも届く、ギルドやお偉いさんたちからの山のような便りを無視して、街で一番高いホテルに籠もっている。
そう、じいさんからもらった「礼金」という名の、大金を抱えてな。
「……やっと落ち着けるぜ…」
ようやく静寂を取り戻した部屋で、ドカッと革張りの椅子に深く沈みこんだ。
紅茶を嗜みながら、瞼閉じりゃ、あの時の視界を埋め尽くした【本物】の文字と、あの暴力的なまでの黄金の輝きが、今も網膜の裏に焼き付いてやがる。
「……ま、終わりよければ全て良し、か。いや――最高だぜ」
俺はテーブルに置かれた高い酒を喉に流し込んだ。
やっぱ最高級のホテルの酒は一味違う。
ふかふかのベットに、誰にも邪魔されない静寂。
いつボロが出るかと怯えていた日々を思えば、これこそ俺の求めていた真の平穏だ。
これさえありゃあ、人生何も言うことはねぇ。
にやけ面を隠そうともせず、掌にある一枚の金貨を見つめた。
地下のどさくさに紛れて懐に入れておいた、とっておきの「お宝」だ。
【判定:本物】
この二文字を見つめ、俺は下品に口角を歪めた。
「……へへっ。じいさん、こいつぁ俺への特別鑑定料だ。あんたを救って、ついでに歴史まで動かしてやったんだ。だれも文句はねぇよなぁ?」
酒の酔いと心地よい全能感に身を任せ、重い腰を上げた。
上機嫌な鼻歌まじりに洗面台へ向かい、眩いばかりの金ピカの蛇口を捻る。
溢れ出す冷たい水で顔を洗い、火照った肌を鎮めてから、タオルで適当に水気を拭った。
ふと正面の鏡を見上げた。
「……あ?」
そこにはいつも通りの、見慣れた、残酷な二文字が浮かんでいた。
【判定:本物ではない】
「……おいおい」
何度も顔を洗い、力任せに目をこすった。
だが文字は揺るぎなく、俺のツラに、まるで刻印のように居座り続けている。
自嘲気味に鼻で笑い、鏡の中の自分に向かって、思い切り中指を立ててやった。
「……知ってたよ、クソが」
【本物ではない】男の日常は、これからだ。




