自分の意志
この感情をなんと言い表せばいいのだろうか。
なにもせず寝ていた自分への怒りか、人が理不尽に殺されたという悲しみか。
色んなものがないまぜになって、ただただ辛い。
そんな中で、この中で一番のベテランのゴルドが指示を出す。
「街に戻る。このまま進むにはあまりにも物資が足りない。依頼の失敗も報告しないといけないな……」
そんな指示の元、俺は霊視を発動させて佇んでいた。
痛い、苦しい、やめろ。霊は死してなお苦しんでいる。
「ヘイムさん」
俺は泣いている少女に声をかけた。
「はい……?」
「私の力量不足で申し訳ないのですが、亡くなった方たちを成仏させる魔法を使う事はできませんか?」
回復魔法を使えると聞いた気がする。だから、私のような新米神官でない彼女ならそういう魔法も使えるのではないかと思ったのだ。
「すみません、私は冒険に必要な分の神官技能しか身に着けていないので……」
となると、被害者達はここでずっと苦しみ続けるのか?
それはあまりにも可哀そうだ。
せめて……
「ゴルドさん」
「なんだ? そろそろ行くぞ」
「私は一緒に行くことが出来ません」
沈黙。
続いて、優しい声色が返ってきた。
「あれは私の指示が悪かった。君の責任ではないよ。ギルドにもそう伝えるつもりだ。冒険者に失敗はつきものだ」
「いえ、ギルドに行き辛いとかではなく。やりたい事があるのです」
「やりたい事……?」
そう、亡くなった人達のために今、私が出来ること。
「――山賊の残党を打ち滅ぼします」
『はあ!?』
『ええ!?』
私の中の二つの人格が驚いている。
そしてゴルドも兜で顔が見えないが分かる。
何を言って止めさせようか、と考えている。
「敵は多数。私とお前の二人くらいしかまともな戦力はない」
「構いません。そもそも私一人で行くつもりです」
「やつらは魔法のアイテムを所持している。おそらく、複数」
「構いません。罠ごと食い破ります」
「山賊の根城は分かって無いだろう」
「構いません。女一人で歩いていれば、そのうち向こうから接触してくるはず」
私の意志の固さを知って、それでもなお思い留まらせようとベテラン冒険者は言葉を練る。
「お前の責任ではない、そう言った」
「すみません。これは私の意志ですので」
これは女になって異世界転移するだとか、第二人格に無理矢理やらされてだとか。
そういうのじゃない。これは私のやりたい事。
シスターとしてでもなく、冒険者としてでもなく。
一人の人間として、自分の意志でそうすべきだと思った。
だから、誰にも止められない。
踵を返すと、あてもなく、しかし確かな足取りで歩み始める。
ゴルドは残った皆の命の責任を預かる事を選んだ。指示を出し、撤退していく。
さあ、残ったのは私一人。いつでも襲ってくるといい。
◆
山賊のしたっぱであるテシは機嫌がよかった。
獲物を襲撃して、食料と金目の物をしっかり蓄えられた事をボスに褒められたからだ。
人攫いも金になるのだが、うちの所帯は狭い。奴隷候補など何人も置いておけるだけの余裕がない。よって奴隷の売買はしない。
なんなら売り先だってない。こういうものはコネがモノを言う。この山賊団はまだまだ新興なのだ。
せめて性奴隷くらいは欲しいのだが、したっぱの身分でそんな事が言い出せる筈もなく。
むらむらとした情欲を抱えていて拠点の洞窟から離れて見回りをしていると、拠点の洞窟を隠すためにおあつらえ向きの森……つまり縄張りで一人の女性が歩いているのを見かけた。
長い水色の髪は美しく、修道服を着ている事からシスターだと推測される。
両サイドに入ったスリットから覗かせる足は長く、よい肉付きをしていた。
肉といえば、その胸も豊満だ。あれだけのサイズを持った女性を、この下っ端は見た事がなかったくらいである。
目元が前髪で隠れている事から、性格は暗いか控えめかと言った様相を見せるがそれくらいは許容範囲。なにより、女性から溢れ出る気品があまりにも眩しい。
そんな美しい彼女がこんなところにいるのはおかしいと思うだけの知性は無かった。少年剣士を煽るだけ煽るために使った得意の弓で、そのスリットから出る美しい足を狙う。
持たされていたゴブリンを呼ぶ笛は使わない。“お楽しみ”を先にされたくないからだ。いかに美しいとはいえゴブリンの使った後のメスなど使いたくはない。
得意の【狙撃】によって、見事に歩きにくくする程度の怪我を美女に与えた。
あんまり血だらけなのもヤる時ちょっと……などと思うあたり、潔癖な男である。
ちなみに、本来なら相手が一人でも複数人がかりで仕留めるのが山賊のやり方。今回は女の色香に惑わされ、独り占めをしようとした。
――してしまった。
足を怪我した女など恐るに足らず。浮かれた足取りで近づいていくと、意識が暗転した。
気付いた時には拠点に修道服の女性を招き入れていた。その間、当然何かいやらしい事があったわけでもなく……いや、もしあったとしても覚えていない。
それは【眷属支配】のスキル。これによりいいように操られ、ほいほいと仲間の元まで案内してしまったのだ。
「で、そいつが俺達にシューキョーってやつを教えてくれる為にわざわざ来てくれたってのかい」
山賊の親分が、洞窟の地面に胡坐をかいて座っている。
「へい、親分! 神の教えってやつでさあ」
それを聞いて豪快に笑うオカシラ。しかしすぐに不機嫌な表情に変わる。
「……で? その神とやらと、俺。どっちが偉いんだ?」
「っ! へい! 親分です!」
「そういうわけだ、嬢ちゃん。俺は神より偉いんで宗教なんか興味ないのよ」
そう言ってまた笑う。
少し前に略奪してきた酒を豪快に飲む。
「ま、どうしてもこの俺に心を開いてほしいっていうんなら……まずてめえが股を開きな!」
座った姿勢から、突撃するように修道女に襲い掛かる。
マウントポジションを取られ、あとは美味しく頂かれるだけ――というところで山賊の頭の首から鮮血が吹き出した。
なにもない手元から刃を生成する【魔刃作成】が【不意打ち強化】により威力を増し、綺麗に首を狩った。
「お、おやぶん……?」
寒気がする。
それは精神的なものではなく。
氷の魔法が洞窟の中を支配していた。
すべてが凍り付いていく。
「さあ、奪われた分には足りないですが……取り戻しましょうか」
洞窟の奥、山賊の宝が影魔法によって収納される。
見ているしかない山賊達。
「はい? ――うん、はい。彼らの命も貰うよ。奪ったんだから、奪われないとフェアじゃない。
いや、そうだけどさ。うん私の手で決着つけさせてくれたことには感謝してる」
意識が朦朧としていく中で、山賊は一人で誰かと喋る怪しい女の様子を見ていた。
そして。
「血液魔法のための素材になってもらおう――【吸血】」
一人ずつ、首元から血液を全て吸い取られ絶命した。
この場には一人の血濡れの修道女だけが残されている。
◆
親分の首と溜め込んでいた宝や食料を手土産に私は凱旋した。
その中にはあの時奪われた商品なんかも多分に含まれていて、あの山賊がターゲットで間違いないと分かって一安心だ。
いや、これで山賊違いですとか言われたら参ってたよ。
冒険者ランク? いや、上がるはずもなし。そもそも依頼失敗して、その帳尻合わせみたいな扱いだからプラスマイナスでいうとちょっと帳消しになってちょいマイナスくらい。
ちなみにゴルドはBランクだったのがCランクに降格。アルフとヘイムはEからFに降格したらしい。
『しかしよお、俺は元Bランクのゴルドより強いんだから実質Aランクくらいあるんじゃねえの?』
『かもしれないなー』
『うわあ、主人格が雑だよお』
うるさいな、燃え尽きたんだよ。
『けど、なんだってあんなに気合入ってたんだ? あいつらお前になんかしたっけ? 一緒の馬車に乗ってただけだろ?』
『そりゃ人が死んでたら憤るさ。でも、強いて言うなら――』
『言うなら?』
『あの人達は俺の作った料理を食べてくれた、かな』
たぶん、これがしっくりくる。恐らく、そういう細かいきっかけが縁になるんだと思う。
『なんだそりゃ。よくわかんね』
まあ、こいつには分からんか。しゃーなし。
『それよりもよお! 改めて行くんだろ!? バルトによ!』
『だな。あくまで目的は巡礼の旅なんだから』
『山賊どもの宝で返さなくていいやつは自分の懐に入れて良いって事になったんだ! 今度は冒険者割引じゃなくて普通に旅行者として馬車に乗ろうぜ!』
それもそうだな。お、この乗合馬車安い。これにしよ。
で、次の日。馬車の前にいる面々は――
「む」
「げ」
「あ」
ゴルド、アルフ、ヘイムの三人が護衛として参加していた。
「こいつらに依頼のなんたるかを教えようと思ってしばらく教師役を務める事になったのだがね……いや、君までいるとは」
こっちの台詞だよ。
『なんで馬車の料金安いのかと思ったら、護衛に失敗したばかりの冒険者使ってるからかよ!』
私しか聞いていない第二人格のツッコミを受けながら、再びバルトへの旅へ。
意外とこの面子とも長い付き合いになるような、そんな気がしていた。




