もう、全ては終わった後で
乗合馬車は前方の警戒は御者に任せ、冒険者などの戦いの心得のある者は荷台の後方に陣取って警戒を行う。
それが基本であるため私とこの気まずい三人組とは集まって行動せざるを得ないのだ。
「私、夜の番をしますので。寝ておきます。交代はいりません。それでは」
そう言ってマントを伸ばして布団代わりにすると揺れる馬車の中で無理矢理睡眠を取り始めた。
『これだから冒険者割引なんて使うんじゃなかったんだ。お前まだEランクなんだから大した割引量でもなかっただろ!?』
『うるさいな。こんなことになるなんて予想出来なかった……』
『え? それってだいぶ低いよねランク。僕の実力ならもうちょっと上なんじゃ』
やれやれ、と言わんばかりの呆れた声で第二人格は説明する。
『こいつ、活動のほとんどがシスターとしてのものだからな。冒険者としては暗殺者としての能力をコピーしたアーなんとか』
『アーレンス』
『そう、それ! アーレンスとかいう殺人神父を討伐した事によるランクアップがあったくらいでさ』
それでも納得がいかない様子を見せるのは第三人格だ。
『えー、それだけ? 僕達が倒したヴァンパイア・ロードの討伐は?』
『それは一人の修道女の暴走として処理された。だから冒険者ランクとしては上がってねえ』
『特例でランクを二段階アップ! とかなかったの?』
『なかったぜ』
よって、冒険者ランクは下から二番目。
このランクはF~Sまであって、主に実力が評価されれば上がるというものなのだが、この評価は依頼によって左右されるのが基本なのだ。
殺人鬼の正体を掴む事は常時依頼に出ていたので、倒すところまで行ってランクアップした。ダンジョンスタンピードは依頼を受けず、シスターとしての活動の一環、そして越権だったのでランクアップは無かった。それだけだ。
『まあいいか。それに低ランクなら怖い事やらされないもんね』
『そもそも私は修道女ですよ、第三人格。怖い事なんてそうそう起きません』
『だよねー』
そんな感じで和気藹々としていた。こいつは臆病なので、慎重な自分と話が合う。
しかしそこに割り込んできたのが最初に増えた人格だ。
『いやいや、何言ってんだおめーら。闘技場のある街だぜバルトは。参加するに決まってるだろうが』
『え、なんで?』
『いやだけど』
自分の中から怒りの感情が伝わってくる。
『やる気ねーのかお前ら! せっかく強力そうな能力手に入れたんだ、試してみたくなるのが人情ってものじゃねえのかあ!?
それに、闘技場最強の存在! 能力の手に入れ甲斐があるってものじゃねえか! まあ、もちろん? 今の俺様より弱かったらその価値もねえけどな。へへっ』
めっちゃ調子乗ってる。とはいえ、第三人格は第二人格より操作権が強いようだし拒否できるか?
『というか、ルールの上での戦いだぜ? そんな危険があるわけじゃねえだろ。そういう時に自分の力がどれくらいか確認するのは大事な事なんじゃねえの?』
『む』
でた、脳筋野郎の意外な理論攻め。この一理あるなあと思わせられるの嫌なんだよな。馬鹿より馬鹿みたいな自分が嫌になるから。
『だからよお……邪魔すんじゃねえぞ第三人格ぅ! ああ!?』
『ひぇぇ、分かった。分かりましたあ!』
拒否は無理そうですね。力関係がどうしてもでるなあ。
「あの……すいません起きてください。夕食作るの手伝ってもらえますか?」
そういって優しく身体を揺するのは私が酷い目に合わせた少女、ヘイムだった。思ったよりもしっかり寝てたらしい。
狸寝入りのつもりだったのだが……
「分かりました」
私は馬車から降りると火をつけるための木材を探しに歩き始める。
とはいっても、本当に適当な木材でいいのだ。
なぜなら【生活魔法】があるのでこれで乾燥させてやれば中の水分を抜いて薪に最適なものにできるから。
馬車の前に集まる乗合馬車の面々の前でマントの内側から影魔法を使い、中から鍋を取り出す。
そう、この【影魔法】スキルには影の中に収納したり、取り出したりするアイテムボックスのような魔法があるのだ。
ただそれを大っぴらにすると、騒がれるのかなーと思いマントの効果のように見せている。
ちなみに鍋はロリお姉さん修道女のトリーさんから貰った。
曰く、「これでおいしいものでも食べてください」との事だが、そういう時って普通お金とか……いやそれは現代の価値観か。旅の途中では現金なんか食べられないからね。
なんにせよありがたいのは確かなのでこの鍋を薪に生活魔法で水を入れて火をつけて、沸騰するまでにいくつかの野菜を切っておいて塩で味付け。
野菜も塩もまだまだ収納してある
旅はまだ一日目。腐るような食材も無いという事で、すべての食材をこちら持ちという事にさせてもらった。
施しは修道女の基本……!
味に文句がでるほど不味いものを作ったわけでもなく、まあこの食材ならこのくらいの味が出るよね。くらいの無難なスープを作ったわけだ。
すると、全身鎧のゴルドさんが話しかけてきた。
「うん。大したものだ。ギルドで数多の冒険者をシメてきたあの狂犬がシスターなど出来るのか……? などと勝手に心配していたものだが。これだけの食事が提供できるなら余程努力を重ねたのだろうね」
すまない、それは現代知識なんだ。という訳にもいかず私は曖昧ににっこりと笑った。
とはいえ見た事もない野菜に苦戦していた時期があったのも事実だが。
「あの、料理全部任せてしまって……洗い物は私が」
そう言う控えめな少女ヘイムの言葉を鎧の男であるゴルドが遮った。
「皿やカトラリーは個人個人で洗わせろ。もし破損でもさせたら責任が取れるのか?」
「いえ……」
「我々冒険者に求められているのは道中を安全に通行するための戦力だ。それ以外はおまけにすぎん」
その言葉にカッとなったのが少年戦士のアルフだ。
「でもよ! この女は料理作ってただろ!? それはいいのかよ!」
少女が注意を受けていた事が気に入らなかったのか、矛先をこちらに向けようとする。
「彼女は修道女としての活動もしているから――ふむ、そこまで言うのであればやればいいさ。モンスターも出るこの道中で警戒しながらの家事はなかなか辛いぞ。
モッド、野営の順番はどうする」
「確か途中で起きて途中で寝る真ん中が一番辛いのでしたね。でしたら私は途中でいいですよ」
兜が縦に揺れる。
「分かった。助かる。では今のうちにもう少し眠っておいてくれ。馬車の中は寝辛かっただろう。
だが君にも問題はあるからな。いくら気まずいとはいえ冒険者として参加するからには最低限の協調性を持ってもらわねば」
「すみません」
結局説教を食らったわけだが、しかし鎧の男はほがらかに笑った。
「ははは、宝の横取りを仕掛けてきた相手が生きてるなんてまずないからな。死者が対話を仕掛けてきたようなものだ。無視したくなるのも分かる」
いやまあこちらをぶっ殺しにかかってきた挙句死んだ男とちょっと話しましたけどね?
とかいうオカルトトークをするほどの仲ではないのでまた曖昧に笑って誤魔化した。
『けっ、先輩風吹かしやがってよ。俺のが格上だってのに』
あの吸血鬼をコピーした事で強さが入れ替わったのだろう。
戦闘前、彼と出会った時は見えなかった格下という表記が彼の頭上に出ているのだ。【弱者の見極め】スキルによるものである。
ちなみに同じ見極めスキルの【処女の見極め】スキルの使いどころの無さよ……取った相手が吸血鬼だったから恐らく処女の血が美味いとかいう伝承は本当なんだろう。
ちなみに私の巡礼の旅が終わるのを待ってくれているロリ修道女のトリーさんも、今一緒に旅に参加してるヘイムさんも処女。そうなんだーと思う反面、もしこれが明日にでも処女表記無くなってたらと思うと怖い。察しちゃうじゃん。
このスキル消せないかなあと思うし、なんなら人格も消せないかなあと思う。そうすれば今頃あの街でトリーさんと一緒に修道女をやっていたんじゃないかと。
いや別に巡礼の旅がいやなわけではない。単純にトラブルに巻き込まれるのが見えているから嫌なんだ。主に第二人格のせいで。
「それじゃあ起きている順番は私、モッド、アルフとヘイムの二人の順番にしようか。
アルフ、ヘイム。明け方に奇襲を仕掛けてくる相手は少ないかもしれないが、きちんと対応するんだぞ」
「おう!」
「はい!」
それではきちんと寝るように! 解散!
ゴルドのそんな一言で、我々は寝床についた。
気付けばゴルドに起こされ、一人で警戒を始める。【暗視】と【鷹の目】、【知覚】に【モンスター言語】まである私はそうそう奇襲を食らう事は無い。
だが油断するわけにもいかないので交代の時間までしっかり役目を果たす。
アルフとヘイムを起こし、代わりに睡眠に入る。
目覚めた時には――負傷者多数。ゴルドにぶん殴られているアルフと、涙を流すヘイムという明らかに何かがあった後だった。
私はまさかトラブルを寝過ごしてしまったのか? そんな血液が青ざめるような想像をしたが、しかし何があったのか確認すべくゴルドに話しかける。
「……おはようございます」
「ああ、おはよう。起きてそうそう済まないが、生きている人に治療の奇跡を与えてくれるか」
この言い方で分かるかもしれない。死んだ人がいる、という事だ。
一体なにがあったのか。一通りの治療を済ませたところで改めてゴルドに話を聞いた。
「アルフがな」
忌々しい、と言わんばかりの調子で全身鎧の男は語った。
この場で何があったのかを。
まず、最初に山賊が三人やってきた、と。
弓を射かけてきたので厄介だと距離を詰めるが逃げられる。ヘイムも連れて守備も万全だ問題ない、と。
追いかけた先にいたのは先程の山賊と、多数のゴブリン。
ゴブリンにトラウマのあるヘイムが硬直し、それを守りながらの戦い。
そして、なんとか勝利した。
しかしそれは時間稼ぎに過ぎなかった。宿泊地にしてた我々のキャンプが山賊の本隊に襲われていた。
ベテランのカンからか、気付いて起き出したゴルドは人々を守るべく立ち上がると、声をあげる。
が、声が出ない。なんらかの魔法のアイテムが使われていたと。
それでもロングソード一本で山賊達を蹴散らしていく。
だが、一人の腕だけでは守れないものもある。剣の届かない距離で襲われ、奪われていく人々。
見事な奇襲が終わったその頃には、あらかたの物資は奪われていた。何人かの命と共に。
「アルフ……おまえが山賊を見つけた時すぐに俺達に声をかけてくれれば。そうでなくても、ヘイムを置いていってくれれば。
お前は俺にこう言ったな。ゴルドさんモッドって人に命だけは助けられたって言っても納得できないです。あれは殺されたも同然です、と。
なにが殺されたも同然だ! お前は――お前が殺したんだよ! 守るべき人を! 山賊の、ゴブリンにも等しいレベルの愚かな挑発に乗って!」
感情的になりすぎた。
そう言わんばかりに一度冷静になろうと、一度溜息を吐く。
「依頼は――失敗だ」




