解決は誰がする
ダンジョンの奥に入る。
その大義名分を得たとばかりにギルドから有料の地図をかっぱらう私。
ギルドから出ると、何をしていいか分からないと言わんばかりの謎の動きをするモンスターが街中をうろついている。
私は第二人格から身体の操作権を取り戻すと、雑魚を一体一体倒していく。
しかし、それに苦言が呈された。
『そんな雑魚倒してたってしょうがねえだろ!?』
『原因って……そんなのあるのか?』
『なかったらこんな事にはなってねえよ、多分』
モンスターを倒すのは他の冒険者に任せて、治療だけ施してダンジョン前広場に。
そこでは私が告解した修道女である、背の低いお姉さん力の高い先輩であるリトーさんが冒険者に回復の力を振るっていた。
「ふぅ……おや、シスター・モッドではありませんか。こちらを手伝いに来てくれたのですか?」
「いえ、私はダンジョンに入ろうと思います。シスター・リトー」
「それは冒険者の仕事では? 元冒険者である貴女の仕事ではありませんよ。さあ、こちらで冒険者の皆さんの治療の手伝いを……」
こちらに近づき心配そうに私を見上げるリトー先輩。
しかし。
「もう止まれないんです(第二人格が)」
「そうですか……そこまでの覚悟があるならば止める事はできませんね」
「ダンジョン内に取り残された人の治療をしてきます」
そう言うと、先輩は穏やかに微笑んだ。
「ふふ、貴女ももう立派な修道女だったのですね。突然罪を告白し、突然教会で働くと言い始めた時は情緒不安定なのではないかと思いましたが……」
「すみません、急いでいるのでこの辺で!」
たまに話が長くなるのが彼女の欠点である。話はそこそこにダンジョンへ。
怪我人を治しながら奥へ進んでいくと、一つの違和感があった。
「モンスターがいない……?」
そのくせ、ダンジョンの外にはモンスターだらけ。これではまるで。
『ダンジョンからモンスターが追い出されたみたいじゃねえか』
ちょっと怪我してる冒険者から話を聞いてみる必要がありそうだ。
しかしそういう時に限って人がいないというのが世の常。
仕方なく私は第二階層に向けて足を運んだ。
そこで見たものは。
「ボス部屋にすらモンスターがいない……」
宝箱と第二階層に向かう為の転移陣だけがあり、モンスターはもぬけの殻だ。
「この宝箱は、どうするべきだろう」
『やめとけ。荷物になる。それにリポップしたモンスターまで外に出られたら被害も増える。今は状況が分からねえ。余計な事はするな』
それもそうか。
俺は第二階層への転移陣に初めて足を踏み入れた。
一瞬で視界が代わり、僅かにエレベーターに乗った時の浮遊感。
感動などしてる暇が無かったのか、それとも大したことなかっただけか。
景色が大して変わらなかったせいかもしれない。
だが今一番大事なのは――
「大丈夫ですか!?」
転移陣を守ろうとしていたのか、その周りには負傷した冒険者がいた。
治療を施し、話を聞いてみる。すると。
「急にモンスターが走り出して、一目散に外に出始めた。妨害しようとすると襲われたが、大怪我を負っても追撃してくる様子もなかった。まるで誰かに命令された外へ出るという命令を第一優先としてそれ以外は目的を邪魔する事への排除が目的といった感じだった」
話を聞いた私はその人達にお礼を言って――向こうもお礼を言ってくれた。
道中は怪我人を治しながら第三階層へ。
同じように第四、第五と進み……ついに第十階層。
そこまで一切のモンスター無し。怪我をした冒険者達だけがいた。
ここまでのモンスターがすべて街の外にでようとしたのか……? 一体なぜ。
しかし十階層のボス部屋に近づくにつれて、嫌な気配が強まっていく。
なにか、いる。
そのボス部屋前で這う這うの体で逃げ出そうとしているのは、いつだったか私に冒険者に向いていないといってきた鎧の男だった。
治癒魔法をかけると、安心したという様子でこちらにお礼を言ってくる。
「ああ、助かった。なんとかしんがりとしての役割は果たせたか」
「しんがり? ここのモンスターは何かに命令されたかのように外に出ていると聞きましたが必要があったのですか」
「あった。この先にいるのが命令を下したヌシだ」
「それは一体?」
私はボスのいる広間を覗こうとして、その金属鎧の籠手で視界を塞がれた。
「見るな。あいつは見られる事を嫌う……吸血鬼だ」
「吸血鬼?」
「ああ、それも最上級の吸血鬼……おそらく真祖というやつだろう。
これから私達はあいつを倒す算段をつける。さあ、モッド。帰ろう」
私はそんな彼の提案に対して凶暴な笑みで返した。
「嫌だね」
「ふざけている場合じゃないぞ」
「俺が解決する」
金属鎧が自分の兜を抑え、溜め息を一つ。
「お前はもう冒険者じゃない。ダンジョンの事は冒険者が解決するから問題ないんだ」
「ぼこぼこにされた奴が偉そうな事言ってんじゃねえぞ!」
「……やつは特異個体だ。準備がなければ勝てない。例えお前が切り札を持ったじゃじゃ馬娘だとしてもな」
俺、というか第二人格はシャドーボクシングの構えをして、笑った。
「だったら俺が時間稼ぎしてやるよ!」
「大丈夫だ! 大丈夫だから! あいつはこちらから手を出さなければ」
「――随分と吾輩の部屋の前で騒がしい連中である」
重々しい足音が響き渡る。
ボス部屋から出るこの男。その鋭い犬歯、貴族然とした高貴そうな黒と赤のタキシード。
間違いなくこの男は……!
「ヴァンパイア・ロード……!」
「騒がしい同族。吾輩と同じモンスターを追い出したというのにまだ小五月蠅い連中が残っている。やりきれないものだね」
一瞬で金属鎧の男に近づいたと思えば、片腕で持ち上げた。
あれ何キロあるんだよ……
そのまま投げつけると壁に激突。うめき声を上げる。
「帰りたまえよ、お嬢さん。君はまだ私と戦うステージにすら立っていない」
そういうと、こちらを一瞥もせずボス部屋に戻っていった。
この態度が煽りに弱い第二人格の怒りに火をつける。
「そうはイカの金玉よ! やりたい放題やられてはいそうですかって行くと思うなよ!?」
吸血鬼に突撃。
広い洞窟の部屋に似つかわしくない高級そうな椅子が、この部屋の主を支えていた。
「下品な女だ……」
今、私は修道女。よって修道服を着ているわけだが動きづらい。
よって魔刃作成によってスカートの両サイドを切り付け、スリットを作る。
そのまま二刀の魔刃を投擲、椅子に座った吸血鬼に投げつけると同時に一気に距離を詰め、蹴りを放つ。
しかしそこにあった感触は、およそ生き物に触れた感触ではなかった。
この場において絶対たる存在は立ち上がるどころか腕を動かすことすらせず、自分の影を操作して俺の攻撃を防いでいた。
「戦うステージに立っていない。そう言ったつもりだったがね」
「う、おおおお……!」
魔刃による二刀流。【短剣技術】による猛攻によって私は吸血鬼を攻め立てる。
だがすべて超反射を行う影によって防がれてしまう。
『満足したか?』
『全然だ。直接ぶん殴れねえと納得が……』
『だとしても変われ』
操作権を取り戻した私は吸血鬼と対話する事にした。
「吸血鬼さん。なぜ貴方はモンスター達を外へ?」
「騒がしいからだ。鬱陶しいのですべて支配下に置いてすべて放り出した」
「そうですか。それによって、外の人間達に被害が出ています。やめてもらえませんか。出来たら外に追いやったモンスター達もダンジョンの中に戻してもらえると嬉しいのですが」
そう言うと、吸血鬼の王は笑った。
「なぜ私がそんな事をしなければならない? ふふ、力の伴わない暴力娘かと思えば脳内お花畑のような会話もする。人間というのはよく分からないものだね」
「……私を逃がしてくれますか?」
「さっきまではそのつもりだったよ。だがね」
吸血鬼が立ち上がる。
「そろそろ腹が減った。生まれて初めての吸血を試してみたい気分だよ」
一歩足を踏み込む。ただそれだけで瞬足を生み出し、私の後ろに。
そうして首筋に噛み付こうとしたところで、私の影にその動きは阻まれた。
「そ、そ、そ……それじゃあさ! 抵抗するしかないよね……! こわいけどさぁ!」
この状況で逆転するにはなにをするべきか分からない私じゃない。
『全部は見せてないよな? 第二人格』
『おうよ。【魔刃作成】【短剣技術】あとちょっと【投擲】くらいか。まあ【投擲】は気付かれてるかわからねえ』
『な、なんの話ですか……?』
『なら行けるかね。あいつの発言と能力で大体勝ち目も見えてきた』
『あの……』
『あー! うるせえ第三人格! 俺様はなあ! お前みたいななよなよしたやつが嫌いなんだ!』
『ひえええええ……』
こほん。場の雰囲気を取り戻すように空咳ひとつ。
吸血鬼由来の怪力から繰り出される強烈な蹴りが、背後を取っていた吸血鬼の王を襲った。
「この力は……!?」
「ちょっと無理矢理戦いのステージに上がらせて貰っただけですわ。と、いうわけで」
スキルリストを見る。いやーバケモンだねこりゃ。
「複製完了。――吸血鬼モッド、導入。
よ、よろしくね……ベースモッド」




