怒り
ごつごつとした岩肌の洞窟系ダンジョン。
遠くまで足音の響きそうなこの迷宮で、俺は忍び足のスキルを発動させながら歩いていた。
スキルってのは便利なもので、そこまで意識していなくても発動させようと思えば発動できる。
だから俺は一人でもちょっと気を抜きながら、第二人格と話をしていた。
『しかし、あんな低層でゴブリンにやられたと思わしき霊がいるのおかしくないか?』
『あー? 知らねえよ。単なる実力不足だろ。お前だってコピー能力なかったら殺されてたんじゃね』
『そりゃ俺は元々地球の人間だからなあ。こっちの世界の人はゴブリンの脅威とか分かってる筈だと思うんだよ』
『だから知らねって。気になるなら霊視使って聞いてみろよ』
そこまでじゃないんだよなあ。というかこいつ。
『……ダンジョン飽きてるだろ』
『雑魚としか会ってねえからなあ』
そうなのだ。この辺の奴らは全部モンスターが弱い。第二人格が喜びそうな相手はいない。
なので戦うつもりもなく、適当に気配を断って戦闘を避けている。
たまに冒険者も見かけるが、こっちも大したことない。全員【弱者の見極め】によって雑魚判定。
ちなみになんでこの第二人格が適当なモンスターを狩ろうとしないのか。
こいつは別に弱いものいじめが好きな訳ではない。
ただ弱いやつに煽られるとむかつくというだけだ。
で、モンスターも冒険者もこっちを見つけられてすらいない。なのでゴブリンに煽られてカチンと来るなんてこともなし。
『二階層にでもいこうぜー?』
『地図がないから無理。初心者講習で貰った地図は一階層だけだから』
『迷わない程度に! モンスターチラ見するだけ!』
一階層の宝箱に入ってる品物の価値を見てからだなあ。
それで地図を買って、それから二階層。それくらいの安定が欲しい感じだ。
とはいえ一階層の宝なんてポップしたのを偶然手早く見つけるでもしないとすぐ取られるだろうしな。
なにせ人が多いから。
ダンジョンはもっと広いからそこまで冒険者を見かける事もないのだが。
『ボス部屋まで! ボス部屋までならいいだろ!?』
こいつが言っているボス部屋というやつは各階層の終点にあるエリアで、ここを通り抜けないと次の階層にはいけないようになっている。
『断る。そこまで行ったら次は二階層って駄々こねるだろ』
『でもよお、こうやって雑魚避けていつまでも宝箱のポップを調べるくらいなら、ボスエリア攻略して宝箱取った方がいいだろ』
『む』
そう、ボスエリアを攻略すると確定で宝箱が出る。しかも絶対にその宝箱に罠はないらしい。
とはいえ、第一階層の宝箱に罠があるなんて話は聞かないので同じことなのだが……
『シンプルに時間効率悪いだろ、現状。だったらボスエリア周回でもした方がいいんじゃねえの』
一理あるか。周回するかはともかく、一回行くくらいだったらな。
ボスっていっても一階層のボスなんてたかが知れてるし。
少なくとも殺人神父よりは弱いだろ。むしろこれで殺人神父のが弱かったらあれだけスキルあってこんなもんなんですか!? ってなる。
『じゃあとりあえず一回向かうだけ向かってみるか』
『そうこなくっちゃなあ! 俺、お前の話の分かるところ好きだぜ』
『俺はお前の時々脳筋じゃなくなって理論で攻めてくるところ嫌いだよ』
というわけで地図を見ながら第一階層のボスエリアまでやってきた俺達。
しかし。
『あー、先客だ。とりあえず待つか』
『ツイてねえなあ……』
別に誰かがいるとボスエリアに入れないから待ってる訳では無い。
シンプルに別パーティと一緒だと攻略後の宝の分配で揉めるという話だからそれを避けるためだ。
ここから見てる感じだと男3、女2のパーティが今。大き目のゴブリン……ホブゴブリンと杖を持ったゴブリンメイジ、狼とスライム多数を相手に戦っている。
あ、終わった。
結構数がいたが、冒険者側の方が強かった。そこまで時間がかかる事も無く。
しかし俺の弱者の見極めはそんな冒険者すら弱い判定を下していた。
これなら宝はいただきだな。
ただ、人数差もあって時間はかかるかもしれない。
そして冒険者達は部屋の中央に湧いた宝箱の中身を取り出すと、第二階層へと向かっていった。
するとボス部屋にはモンスター達が再び湧いてくる。
俺は意気揚々とボス部屋へと向かっていった。
魔刃作成を使いゴブリンの首を狩り、スライムの核を突き、狼の脳天を切り裂く。そうして順調に数を減らしていった、その時だった。
「お、ボス部屋のモンスターが少ないぜ! ラッキー!」
「ちょっとアルフ!」
なんと、他の冒険者が乱入して来たのだ。これには俺も困惑。
嬉しそうにゴブリンを切り裂いた少年、それを後ろから見ている少女。
俺は戦闘の手を止め、二人組の冒険者に近づく。
「あの、私が先にボス部屋にいたのですが」
「うお!? なんだお前どこから出てきた!?」
「ですから、先に私が……」
そう言いかけると、少年は怒り出した。
「宝の横取りかよ! お前が戦っていたわけないだろ! ちゃんと中の様子は見てから入った!」
なるほど、この少年が言うには俺が見えなかった、と。
気配隠しながら戦っていたとはいえ、本当に見えないもんかね。
「そう言われましてもね」
「じゃあその手持ちの武器はなんだ! 綺麗なもんじゃねえか! 戦ってたら汚れの一つくらいつくはずだ!」
なるほど、このアリバイ作りの短剣を見ればその言い分にもなるか。
だからといって魔刃作成を教えるつもりもなし。
「アルフ……魔法使ってるのかもしれないじゃない」
「は? ヘイムよく考えてみろ。そしたらもっと大きな音がして、それこそ中にいるの気付くだろ」
控えめそうな少女がこちらを援護してくれるが、それも効果無し。
だからといってなー、こんなところでいつまでも争うのもなあ。
まだ残っていたホブゴブリンがアルフと呼ばれた少年にこん棒で殴りつけてくる。少年はそれを手持ちの剣で受け止めて鍔迫り合いの形に。
そこを狙ってゴブリンメイジがファイヤーボールの魔法をこちらに放つ。俺は軽業のスキルでその場を離れるが、少年には直撃したかもしれない。
砂埃が晴れると、そこには少年とホブゴブリンを包み込む半球型の障壁があった。
「ナイスシールド、ヘイム!」
両手杖を持ったフードの少女が、障壁の魔法を使ったらしい。
「あとはこいつを……あ!?」
棍棒と殴り合いをしていた剣が、根本から折れてしまった。
あれでは戦えまい。
「アルフ、安い武器買うから……」
「そんな事言ってる場合かよ! 一旦引くぞ!」
そう言って逃げようとする少年に、しかし俺は足元を狙って短剣を投げつけていた。
「おいおい、この俺様にいちゃもんつけといてそのまま帰れると思ってねえよなあ!?」
そう、喧嘩を売られたと判断した第二人格によるものである。
「は? ……おいおい、そんな事言ってる場合かよ! やめろよ! ヘイム! 回復!」
治癒の力を使おうとした少女に一気に距離を詰めて蹴り飛ばす。
吹き飛ばされ、壁に激突する。
「悪いけどよお、敵の味方は敵なんだわ。嬢ちゃんに恨みはねえが、こいつに味方するってんなら容赦はしねえ」
「うう……」
「やめろ! ヘイムに手を出すな!」
「手を出すな? 余計な手出ししたのはてめえの方だろ! ああ!?」
少年は信じられないという顔でこちらを見る。
「いや、仮に。仮にそうだったとしてもさ。普通モンスターの前で人間同士で争ってる場合じゃないのは分かるだろ……」
「ムカツキ度合いでいえばお前のが上。だからお前がしっかりと二度としませんって言うまではターゲットはお前。お分かり?」
軽業。ゴブリンメイジが再び火球を放ってきたのだ。
俺はひらりと避けたが、今度は障壁を貼ってくれる相手がいない。少年にファイヤーボールが直撃する。
倒れ込む少年。キレる俺。
「俺はこいつと話してるんだよ! 引っ込んでろ!」
体術スキルで一気に距離を詰め、メイジの脳天にハイキック。
しかしそんな事をしていると少女の方に危機が迫っていた。
ホブゴブリンが近づいていく、武器は持っていない、代わりに、腰蓑を外している。弱っている繁殖相手を見つけたら狙わずにはいられない。ゴブリンの本能である。
ホブゴブリンがヘイムと呼ばれた少女のローブを引き裂く。
「や、やだやだ! やめて!」
「やめ……ろ……」
凌辱されそうになっている少女を、倒れ伏している少年が助けようと立ち上がろうとする。
しかし、俺はその足を払っていた。
そしてその背中に腰を降ろし、髪を引っ張って顔だけを持ち上げる。
少女がローブの下に着込んでいた服がホブゴブリンの両腕によって引き裂かれ、下着があらわに。
「よーく見てろよー? これが俺に喧嘩を売るって事だ。
可哀そうになあ。関係ないのにあんな目に会って」
そうして、下着さえもずり降ろされそうになる少女を見ている少年と俺。
「やだ! やだあ! 助けて! 助けて!」
後悔しかない、そんな顔で陳謝する少年。
「俺が……悪かったです……ヘイムを、あの子を助けてください」
「いやだね。こんな面白い見世物を途中で――」
殴られた。俺が。
俺に。
「やりすぎだわぼけがあああああああああああ!!!」
頬が痛い。だがこれは反省を促すために必要な事だ。
許せねえ。
俺は少年に座った体勢のまま、ホブゴブリンに短剣を投擲。後ろから脳天に突き刺さり即死した。
身体の操作権は主人格である俺に戻っている。
第二人格の怒りより、俺の怒りの方が強い。
だから俺が身体を動かせる。
椅子にしていた少年から退くと、まずは少年に治癒魔法。続いて急いで少女に近寄り、こちらにも治癒魔法。
そして、モンスターをすべて倒した事により部屋の中央に宝箱が。
ずかずかと近寄り、その中身を確認する。
それは一つの指輪だった。
「こんなものの為に喧嘩して! 一人の少女の純潔より大事だってのかよ! 馬鹿じゃねえのか!
お前のプライドがそんなに大事か!? いたいけな少年少女にトラウマ植え付けてまで守りたいものなのかよ!」
俺の怒りは留まるところを知らない。
「うんざりだ! お前にも! 人格複製にも! 俺はもう絶対にコピー能力なんて使わない!」
そう言うと、俺はダンジョンから肩を怒らせながら出ていった。
その間、第二人格は何も喋らなかった。




