戦いはクレバーに
あの状況で、安心するのは余りにも迂闊がすぎる。
神父が近づいてきて逃げるくらいなら、そもそもあの遠距離攻撃……魔刃作成を利用して神父を攻撃して足止めしたっていいわけだ。
それに。
「足音もさせずに近づいてくるような奴は信用できねえよなあ!?」
『やめろ、あんまり騒ぐんじゃない』
『お断りだ!』
面倒な人格が目覚めたようだ。流石に意味無く殺しをするような人格じゃないといいが……殺人鬼からコピーしたような人格だからなあ。
なんにしろ、こいつの言ってる事は正しい。
この殺人鬼は正体を現して近づいてくる時に足音がしなかった。
とはいえ、勿論リスクはある。ただの神父であるという可能性。
ただ、そうだとしても神父なら治癒の祝福が出来てもおかしくない。回復魔法が使えるなら悪くはないと思ったのだ。
実際のところは大当たり。
忍び足や気配遮断といった暗殺向けの能力が盛り沢山。なんなら周囲に出てた霧さえこの偽神父のスキルだった。
「そんな。私は本物の神父で」
「じゃあなんだあ!? 神父様が人殺しだったってのかよ! 世も末だぜ!」
身体のコントロールは第二人格に完全に奪われている。
自分自身が勝手に喋るという感覚。
神父は溜息を一つ吐くと、魔力で出来た刃を右手に構えた。
「本当に神父なんですが、まあいいです。元々顔を見られたからには、と思ってたんで」
心臓一点狙い。
能力の複製により高まった身体能力はそれをあっさりと躱す。
こちらも魔刃も生成し、握り込む。いや勝手に握り込んでいる。
「見られたくねえのはこっちも同じだ!」
短剣ほどの長さの刃が神父の修道服を切り裂く。
こいつは回避の方が得意なのか、と判断する。なぜなら向こうの攻撃は複製した能力で回避できて、複製した能力で反撃したら服にしか当たっていない。
しかも俺とこいつはどちらも回復魔法が使えるわけで、ふむ。
……泳がすか。
『余計な事は言うなよ。でもしっかり挑発しろ』
『ワケわかんねえ。とりあえずお返ししないと気が済まねえけど』
それでいい。時間はこちらの味方だ。
繰り返される攻撃と回避の応酬の中で、第二人格は声を張り上げる。
「どうしたどうしたぁ! ヤれるのは不意打ちだけかよ!」
「さっきまで素人だったはず……それとも演技でしたか?」
「どうだろうなあ!? しかし本当は足音消して近づけるのにも関わらず、わざわざ足音立てて近づいて恐怖を煽るとはなあ! まったくいい趣味してるぜ!」
近接攻撃で互角であることを悟ると、殺人神父は戦法を切り替えてきた。
距離を取り、霧の中に紛れると魔刃を生成。投擲を繰り返す。
「ちまちまちまちま、うざってえ!」
「……いちいち大声出さないで貰えます?」
防ぎきれない遠距離攻撃を、しかし回復魔法で癒す。
腹が立つのはお互い様。
なぜなら。
「こっちだ!」
「この霧はなんだ!?」
「たしか殺人鬼が出る日はいつも霧が出てたな……! おーい! 誰かいるかー!?」
身体のコントロールを取り戻して声を出す。
「助けてください! 神父です! 神父に襲われてます!」
「くっ、この……!」
夜とはいえでかい声だしゃ人だって来る。なにせここは宿に近いのだから。
そしてとっておき。霧操作を発動。
これで周囲を覆っていた霧を、今までとは逆に散らす方向で発動する。
そうすれば。
「アーレンス……!?」
大声を聞きつけてやってきた人々に、神父の本性が曝け出させることが出来るという訳だ。
魔刃を投擲しようとする神父の姿が助けに来た人々の衆目に晒される。
「こ、これは……! いや、もういいです。貴方達も皆殺しです」
投擲しようとしていた魔刃を構え直すと、俺ではない対象に向けて突進。刃を突き立てる。
「まず一人」
あまりにも鮮やかな一撃。周囲に走る動揺。
「さて、次は」
神父が振り向く。
次の獲物を探す為に。
しかし。
「がっ……!」
そこを、気配を遮断し忍び足で近づいた俺が首に向けて魔刃一閃。
迸る鮮血が、致命傷を表していた。
しかし油断をしないのが大事。なにせ回復魔法を持っている相手なのだから。
心臓を一突き。これで、終わりだ。
◆
その後、やってきた見回りの兵士に事情を説明。
他の人々の目の前で一人を鮮やかに殺していた為、アーレンスと呼ばれていた神父が犯人であると推測され、俺は正当防衛で無罪放免。
そりゃ殺人事件は連続してたらしいからね。今日この街に来たばかりの俺が犯人として疑われる筈も無く。
しかも……しっかり複製元を始末できたわけだ。
『おーこわいこわい。俺も乱暴だって自覚はあるけどよぉ。お前が一番やべえぜ』
『余計なお世話だ。見ただけで相手の能力を複製する、なんてバレたら強者は近づかない』
『お前はそれでもよかったんじゃねえの? 強え奴が近づかねえなら安心だろ?』
でもそれは意識が無い間に排除されるリスクがなあ。
枕は高くして眠りたい。
『ま、いいけどな。俺は戦えるなら満足だ。喧嘩売ってきたやつぼこれりゃ充分!』
『お前の言うぼこるってどのくらいなんだ? 殺すまでいくか?』
『いやいや、ちょっと二度と逆らいませんくらいの言質取れりゃ充分よ』
こいつは爺さんの言うような殺人鬼の人格ではなかったらしい。
とりあえず一安心、といったところか。
「モッドさーん! うちでパン食べてかないかい?」
「あれがモッドさん!? ありがとうねー! おかげで安心して外出できるわ!」
俺は街に出ると、ちょっと声をかけられるくらいの知名度になっていた。
そう、連続殺人犯を倒したからだ。
女性にばかり被害が偏っていたから、女性人気が上がった。
それでいて俺は爆乳メカクレ美少女。見た目だけでもう男性人気は高い。
昨日街に来たばかりの俺は、単なる素人同然のルーキー扱いから、ちょっと一目置かれるくらいの立場になっている。
しかも連続殺人犯を討伐した事により、ギルドである程度の報酬金まで貰ってしまったのだ。
問題があるとすれば……
「へっ、何が。あんな女がなんだってんだ」
待て、止まれ。
「ああ!? 今の俺に言ったのかぁ!?」
第二人格は喧嘩っ早く、ちょっと煽られただけで殴りかかりにいくのだ。
その激情たるや。
一瞬で沸騰するので止める暇もなく身体の操作権を奪われる。
さすがに魔刃作成まではしないが、暗殺者の身体能力で殴る、蹴る。
「ちょ、ま、うぼぇ!」
ギルド内で普通に喧嘩する乱暴者。それもまた、俺の評価だった。
「二度と俺をなめんじゃねえぞ! わかったか!」
「す、すいませ……!」
「わかったかって聞いてんだよ!」
そう言って拳を振り上げると、チンピラ風の男は腰が完全に引けて首を横に振る。
「すいません! もうしません! 舐めないです!」
「よーし! それならいい!」
ここまでやって、やっと身体のコントロールが戻る。
「じゃあ治すので……本当、次はないと思ってください」
「はい?」
なので俺は治癒魔法を使い、喧嘩の相手を治してやる。
こんなことが多々あるので俺は情緒不安定だと思われているわけだ。
「あ、モッドさん。今いいですか?」
受付嬢が話しかけてくる。喧嘩が終わるのを待っていたらしい。
「はい。どうかしましたか?」
「アーレンスさんの調査が終了しましたので、一応報告を、と」
あの殺人神父は元々他国の人間で、前の代の神父が連れてきた人間らしい。
今ではめっきり穏やかで有名な名物神父だったらしいが、元いた国で何をやっていたのかは不明。あまりにも不明がすぎるので裏社会の世界の人間だったのでは、との事だ。
回復魔法が使えるのは神に仕える人間のみらしく、神への信仰は本物だったのでは、と推測される。
それがどんなきっかけで殺人衝動に目覚めたのかは不明。もしくは他国で行っていた殺人行為が、何かのきっかけで再び目覚めてしまったのか。
結局のところ、元々は他国の人間だった事しか分からなかった。
あと回復魔法が貴重だということ。別に俺は神に仕えてるわけではないが……あの異世界転移させてきた爺さんも神なら、一応神の使徒という事にはなるのか?
「分かりました。ありがとうございます」
俺はにっこりと微笑み、受付嬢にお辞儀をした。
本当、第二人格がやばいので普段は出来る限り丁寧にしようと思っている。
そして、収穫といえばこの暗殺向けスキルの複製だが。
アーレンスは結構上位の実力者だったらしく、これだけのスキルがあれば割と上澄みの方なんじゃないかと思われる。
だから俺はもうスキルの複製はしない。そのつもりで行こうと思う。
『いやいや俺よ。もっと色んなやつコピーしてもっと強くなろうぜ?』
『断る。俺は最低限普通に暮らせれば満足なんだ。安全第一』
『頼むって! やっぱ男は強くなきゃよ! なあ!』
うるせー! 今は女だよ!




