児戯にも等しい
〈魔剣士杯〉当日――
「いいか、モッド? ルールは簡単。武器も魔法もなんでもあり。殺したら反則負け。降参か審判の判断で試合が終了する」
全身鎧の男ゴルドが予選会場の一つである、ここ東コロシアムで改めてルールの説明をしてくれた。
ちなみにアルフとヘイムは西コロシアム。別の予選会場だ。
「リングアウトはどうなりますか?」
「ああ、実質無いと思っていい。一応観客席まで吹っ飛ばされたら場外負けという扱いにはなるが……この広さだ。まずありえん」
確かに言うだけの事はある。今や予選にしか使われていないという会場なのに、大した広さだ。
予選といえば。
「予選は何回あるんですか?」
「どこの会場も四回だそうだ。今日は予選だけだが一応スタミナには気を付けてくれ」
「任せときな! おもしれえもん見せてやれるぜ!」
などと突然の第二人格の発現にゴルドはドン引きしていた。
『さーて、てめえら! この予選、普通に戦っちゃつまんねえよなあ!?』
『何か縛りでも設けるのかしら?』
『いや、そうじゃねえ。戦える回数が四回。俺らの人格も四人。だから――それぞれ一回、【魔導の極み】を使って面白い事をしてもらう』
そんな無茶振りをしてきた。
『え、僕も戦うの? いやだなあ』
『意外だ。てっきり全部俺がやる! っていうもんかと』
『それも考えたんだけどよお。【魔導の極み】があまりにも万能すぎて逆にいい使い方が思いつかねえ。魔力でばーん! ってするだけじゃつまらねえし圧力強すぎて殺しかねねえからな。
そこで、お前らもなんか見せろ! アイディアを出し合うんだよ』
うえぇ……なんて言ってる第三人格とは裏腹に、あっさりとした様子なのは第四人格だ。
『アタシはいいけどね。美しく勝つところをティアラにも見せたいわ』
そう、ティアラは私の応援に来てくれている。明日の本戦も来るそうだ。予選で負けるとは微塵も思っていない。というかあの子、受付嬢の仕事は?
いや実力者の監視が本来の仕事なのか……? そのために眼鏡つけてるんだろうし。
『戦うの怖いからやだなあ』
『私もちょっと……魔導の極みの使い方思いついてなくて』
という事で意見は二対二。こういう時、口が回るのが第二人格というやつだ。
『第三人格、お前よお……』
『は、はい!』
『びびると俺を差し置いて出てくるよなあ』
『ごめんなさい! でもそれが今何の関係が……責任取れって……?』
『いやちげえ。お前、びびってつい魔法ぶっ放す可能性考えた事あるか?』
なるほど、そういう手で来たか。
『え……?』
『俺が殴り合う。お前がびびって出てくる。その時につい魔法で反撃して、慣れてないお前が勢い余って相手を殺しちまう。怖くねえか?』
『こ、怖い!』
『だからな? こういう殺し合いじゃない場所で魔法に慣れておきましょうってわけだ』
『な、なるほど……僕やるよ!』
これで三対一。だがこちらは主人格様だからな?
『で、主人格。お前は最後でいいわ。もう第四人格、第三人格、俺、お前。その順番でいこう。
なんも思いつかなきゃ他の奴の真似でもいい。でも出来たらなんか考える。そのくらいの気楽さでいい。なんなら俺達三人の中で一番使いやすいと思った魔法を判定してくれてもいい。それでどうだ?』
まあ、そのくらいならとつい言ってしまうくらいの譲歩だ。
こいつはなんでその理性が普段働かない……?
『わかった。もうそれでいいよ』
『よーし決まり! んじゃそれぞれ魔法の使い方考えといてくれよな!』
この、ぼくのかんがえたさいきょうのまほう発表会が何を引き起こすのか。この時の私には知る由もなかった……
◆
予選第一回戦。相手は雑魚。
ごめん弱者の見極めがそう言ってるから……ええと、皮鎧を着た軽装の剣士が二人。身体が育ったアルフみたいなのが二人って感じ。
対するは女好きでナルシストの第四人格、そしてゴルド。
ちなみに事前の打ち合わせでこんな話になった。
「いいかモッド。我々は急造のコンビだ。チームワークなど期待できん――が、お互い質で劣るような冒険者ではないはずだ。困ってるようなら助ける、くらいの緩い協力関係を維持しながら、圧殺しよう」
もちろん受け入れた。なにしろこっちは元々ゴルドを計算に入れてなかったくらいだ。
というわけで戦闘開始がコールされた。
同時に大量の魔弾……魔力を固めただけの無属性攻撃。野球ボールくらいの大きさ。
これが敵二人の周囲に半球状のドームを描くように展開された。その数は百くらいだろうか? もっとかも。
これが全方位から開幕襲い掛かります。
鬼だと思うけど、これで終わらないのが第四人格の目指すところらしい。
身構えた雑魚二人。そこに突然、水球が顔を覆う。
驚いている暇などない。なぜならそこに、魔弾が全方位から叩きこまれていくのだから。
呼吸などできない。なんなら腹や背中、足などを狙って衝撃が来る。
しかし呻く事すらできず、ごぼごぼという酸素を欲する音があまりにも無残だった。
そしてドーム状の弾幕が尽きようか、というところで再び半球状に待機する無数の魔弾。つまり、おかわり。それは地獄はまだまだ続くという事。
ここで審判が試合を止めた。圧勝。
『お前、あれ美しいか!? タコ殴りじゃねえか!』
『あら文句ある? 素早く、無傷で、圧倒。美しいじゃない』
『こわいよお……』
もう一人文句をつける人間がいた。ゴルドだ。
「君はあまり相手との実力差が分からないタイプの人間かな? スタミナを温存しろと言われたら魔力も温存するものだと理解できると思うのだが」
「あら? あれってそんなに魔力を使うものだったかしら」
「また喋り方が変わった……というかあれだけ魔法を放てるだけで超一流だよ……」
戦ってないはずなのにめちゃくちゃ疲れたと言わんばかりのゴルドの発言で気付いてしまった。我々は一人としてまともな魔法使いの戦い方を知らない、と。
しかしもうどうしようもないのだ。それぞれが思う限りの殺さない魔法を、それぞれやっていくしかない。
第二回戦。雑魚。具体的には金属鎧に身を固めた、かなり弱くしたゴルドと、杖持ちの一般的そうな魔法使いのコンビ。
対するは臆病で腹黒い第三人格とゴルド。
戦闘開始の鐘がなる。最初に起こったのは……警戒。
初戦のインパクトが強すぎたのか、あの拷問魔法が来る、という前提だったようだ。よくお前ら棄権しなかったよ勇者だお前らは。雑魚だけど。
こないと分かって魔力が尽きたと判断したのか、早期決着を狙いに私に狙いをつけてくる。回復されてあの第四人格の魔法使われたら嫌だもんな。分かるよ。
しかし、これはコンビ戦。ゴルドは私を庇い前に出て、鎧の戦士同士の戦いが始まる。
そう思った瞬間、雑魚の方の金属鎧の速度が上昇した。羽のように軽いというのはこういう事を言うのだろう。
相手が上手だったのか、ゴルドの失策か。それは分からない。
ただ分かっている事はゴルドの横をすり抜けて雑魚戦士がこちらに剣を振り上げて来ているということ。
「う、うわあー!」
戦闘に慣れていないそぶりで頭を抱えてしゃがみ込む。
そんな私に向けて非情にも振り下ろされた一撃は、しかし攻撃として通らなかった。
剣が折れた。
「分かっててもやっぱ怖いなあ、これ。その身に土を宿す。エンチャント土属性。防御は完璧。あとは……」
鎧の戦士が倒れ込む。そして中空から土の塊が落ちてきて、武器を失い倒れた男が飲み込まれる。
「重力魔法。で、土魔法。これで一人。もう一人は……あ、降参した」
前衛を失ったらそうもなるか。という事でちょっと危なっかしいところもあったが無事勝利。土塊の中から勇敢に戦った戦士が掘り起こされる。
『なんなのお前ら? 呼吸奪わないと気が済まないの?』
とは第二人格の言である。
「すまない、油断していたつもりは無かったが後衛である君を危ない目に合わせてしまった」
「だ、大丈夫です! ゴルドさんも頑張ってくれてたと思います!」
「お、おお。たまにまともになるんだよな……」
ゴルドさんはそう言って私との会話を打ち切って次の試合に備え始める。
次はいよいよ好戦的でたまにIQが上がる第二人格の番だ。魔法の使い方に困っているといっていたが、どんな発想を見せてくれるのか。
次の雑魚は短剣使いで防具らしい防具を着けていない、いかにも速度特化というローグ。そして剣と盾を持った一般的な剣士の様相を見せた戦士然とした女。
――試合が、始まる。
開幕と同時に両腕を前に突き出し、指先から火球の十連打。近接しようとしてきた短剣使いを牽制する。
巻き起こる砂埃の中で、第二人格は炎で弓を作り、やはり炎で矢を生み出して番えると、女剣士に向けて放った。
この一撃は盾で防がれるが、盾の一部を破損させた。
遠距離攻撃に専念する私を狙うのは、炎の十連打を避けたローグだ。
高速で接近する一本の刃に対するは揺らめく炎の弓。再び構える余裕などなく。
ならばこのまま抵抗も出来ずやられるかといえば、違う。
炎は形を変え、持ち方を変えると分離して双剣へと変わる。
打ち合いに持ち込むのか? 炎を握って? 物質的な強さは炎には無い。炎と鋼で鍔迫り合いなどできはしない。
はずなのに。
一本の火炎の刃は鋼の刃と確かに力比べをしていた。
そしてもう一本の火炎が武器としての形を失い。単なる炎となって短剣使いの男を焼く。これで一人リタイア。
ゴルドが氷を剣と盾に纏わせた女騎士と斬り合いをしている。女は魔剣士だったらしい。どうにも盾の破壊は無駄だったか。
ならば、もう一度。
残った短剣は火力を増し、燃え盛ると一本の太刀となった。
「おらああああああ!!!」
大声を出した。これも策略の内。こちらに意識を向けさせる事に意味がある。
そして突撃して距離を詰めると、女騎士は炎の大きさに慌てたのか氷を纏った盾で防ごうとする。
しかし、その高熱は盾をも焼き切る。今度はさっきのような小細工無しの高火力の炎による一撃だ。
袈裟斬りにされた盾を捨てると、両手で氷の剣を持ち二対一の状況に備える。
第二人格はそれを見て炎の形を変える。
一本の槍にすると、長いリーチを活かして牽制に努める。
その隙をゴルドが狙う。たまらずバックステップで距離を離す。
しかし、そこで魔剣士が見たのは、明らかに当たらない位置で槍を突き刺す姿勢を見せる私の姿。
槍の形をしているだけで、実際は炎の魔法。ならばリーチは自由自在……!
伸びる炎が氷を纏った剣ごと騎士を焼き、勝負あり。
『マルチフレイムウェポン……ってところだな』
『あの短剣との鍔迫り合いは【魔刃作成】で中に魔刃を仕込んだんだな』
『おうよ。別に他のスキルと組み合わせちゃいけねえルールなんてねえんだ……で、お前は? なんか浮かんだかよ』
『うーん、まあやってみる』
脳内会話を繰り広げていると、ゴルドが話しかけてきた。
「モッド、君は前衛も出来たのか……! サポートもなかなか堂に入ったものだった。君は強いな!」
上機嫌なその男は、しかし声を潜めて言う。
「次で四回戦だが……どうやらここの予選会場には優勝候補がいるらしい。恐らく最後の予選はその男とのものになるだろう」
そりゃ戦い進めれば強い相手になるよなあ。
もしかして、第二人格に担がれたか?
まあ、他の人格の戦い方を見て思いついたこともあるし、それを試すくらいのつもりでいこう。
「リータ! リータ! リータ!」
観客の声援が聞こえる。予選にも関わらず見に来るくらいのファン達がいるのだろう。
「……やはりか。魔剣士リータと補助魔導士スチュアート。勝ち上がってきたみたいだな、今回の優勝候補が」
「はっ! 勝つのは俺達だ! そうだろ?」
第二人格が勝手に煽る。やめてくれないかな。
「だな。ふふ、君と共に戦うのがこんなに心強いとは思わなかった……さて、いこうか」
◆
「それでは東コロシアム最終予選、リータ選手&スチュアート選手。対するはゴルド選手、モッド選手。位置について――はじめ!」
私は右手で人差し指を相手に、親指を空に向け、銃の形を作る。
そこから発射されるのは風の弾丸。バフ使いだという女、スチュアートに射撃を加える。
しかし、それは射線に入ってきたリータに防がれる。
続いて腕を大きく振る。風の斬撃が飛ぶ。リータが剣で受ける。魔力の流れを感じてみれば、武器の強度を強化する魔法を使っているように感じる。ただ、それが見た目で分かり辛いところが嫌らしい。そして風の魔法の速度についてくるのはバフか。やはり補助使いは先に倒さないと駄目なようだ。
しかし、相手はそれをさせないように立ち回るのが当然だ。
私は腕を振り、風の斬撃を生み出す。二度、三度。十回。二十回。
それだけ攻撃を受けていれば、さすがに足も止まる。そこでゴルドがスチュアートに向かっていく。しかし鎧のせいで鈍足な彼の行動は、リータの蹴りによって妨害される。
だが――私から意識を逸らしたな?
風のエンチャントによる瞬足。一瞬でスチュアートに近づくと、その顔周辺の風を完全に無風。真空にした。
気絶するスチュアートに激昂するリータ。こちらに近づく男に軽くなる重力魔法をかけると、強風を吹かせる。
吹き飛んでいく魔剣士は観客席に飛び込んでいきリングアウト。失格だ。
『やるじゃねえか! 大したもんだぜ!』
『みんなの魔法を参考にしただけだから』
というかね、あのリータって男は【弱者の見極め】発動対象だったから……なんだったら<弱い>扱いだったから……
そして俺達は予選を通過し、本戦への出場を決めた。
本戦はずっと第二人格が出ずっぱりで、まあ誰も文句は無いからいいんだが――そのまま優勝してしまった。
そりゃ優勝候補が見極めの結果、弱い扱いされるような大会じゃそうもなる。
さあ、ティアラとの旅についてこれからの事を本格的に考えなくては。
ちなみにアルフとヘイムは予選二回戦負けだってさ。




