第1話 復讐の幕開け①
この世界は不条理と理不尽で出来ている。
生まれた環境、身体的特徴、権力。
そしてこの世界のあり方を証明する何よりも大きな存在。
それがジョブとスキル。
人は生まれながらにどう生きるかを神に決められる。
そして定められたジョブに関連したスキルのみ会得する機会が与えられ――他のジョブのスキルを手に入れる可能性は皆無だ。
ジョブの優劣はこのスキルの希少性や価値、そして同一のジョブを備えた者の母数によって定められる。
――木こり。
それは最低ランクEのジョブ。魔物が蔓延るこの世界であまりに凡庸で、自衛すらままならない『脇役』に与えられる使命だった。
***
「ヒ……ッ、ヒィッ」
路地裏で尻餅をついた男が悲鳴をあげる。
彼の視線の先には男の恐怖の対象があった。
それはゆっくりと歩みを進める。
切り落とされた腕がつま先に当たり、それを蹴ってどかす。
血の滴る斧を片手に握りしめ、濁った瞳で冷ややかに男を睨む。
雲から顔を覗かせた月明かりが襲撃者の姿を照らす。
黒い髪に黒い瞳。怯えている男をよりも若い――齢十六の青年。
「な、なんなんだよお前……っ! なんでオレを狙うんだよォッ!」
男は腕を失った肩を押さえながら斧使いへ吼える。
斧使いは歩みを止めることなく自身の武器である斧を手で弄ぶ。
「わからないだろうな。お前たちにとっては些細なことだった。そしてお前たちは――俺の顔を覚えられない」
「……っ! まさかお前、Eランク――」
男が言いかけた直後。瞬きの間に斧使いが眼前まで男との距離を詰める。
目で追えない速度。男が彼の接近に気付いた時には既に、斧が大きく振り上げられていた。
「う、うそだ。嘘だ嘘だ嘘だうそだうそだうそだうそだうそだぁぁぁッ! あ、ありえない! だってその身の熟し……Eランクがそんな動きできるわけがッ、Aランクのオレが、負けるワケが――」
刹那、閃光が走る。
それから数秒空いて、彼の頭部が首から滑り落ちた。
頭部を失い、首から鮮血を噴き出した胴体が倒れ伏す。
それを見下ろした斧使いは、斧に付着した血を振り払うと死体から背を向けた。
(次だ)
再び陰った月の下、斧使いの姿は朧げになる。
路地裏を出る。仄かな街灯の灯りが彼の影を強くした。
(いつか必ず――この国を滅ぼしてみせる)
そう誓う彼の瞳は鋭く光っていた。
***
木々に囲まれた小さな村。それがジャックの帰る場所だ。
ジョブ《木こり》である彼は毎日仲間の木こりと共に村を囲む森で伐採に勤しむ。
日が暮れ始めた頃。荷物を纏めて移動する仲間たちの最後尾を歩くジャックへ、同じ木こりの少女、アンが話し掛ける。
「つっかれたねぇ」
「うん」
髪と同じ茶色を持つ瞳を細めてアンは笑う。
彼女とは家が隣同士の幼馴染。歳も近く、ジャックと仲が良かった。
「毎日同じことばっかで飽きちゃうね〜」
「木を切ることが木こりの仕事だからね。同じ作業の繰り返しも仕方ないよ」
「一人抜け出してもバレなそうだけどね。皆んな私たちの顔なんて覚えられないんだから」
「いや、皆んなが気づくでしょ」
「そーそー」
一つ前を歩いていた大柄な男が振り返り、ジャックとアンに歩く速度を合わせる。
「Eランクのジョブには共通のパッシブスキル《セイム・フェイス》がある声でDランク以上はオレたちの顔を覚えられねぇ。けど、Eランク同士はそうじゃねーだろ?」
「……つくづく、物語の脇役のようなスキルだよね。本当に」
男の言葉に頷きを返しながらジャックは息を吐く。
パッシブスキル《セイム・フェイス》が発動するのはDランク以上の相手がEランクから目を離している間。
顔を見ている間はきちんとその顔を認識できる。しかしそれを記憶することができない為、時間を空けてから再びEランクの顔を見れば『確かに言われてみればこんな顔だったかもしれない』程度の感情しか抱けないのだ。
とはいえこのパッシブスキルは同じランクのジョブを持つ者には全く効果がなく、木こりの仲間達はそれぞれの顔をきちんと見分けることができる。
だからこそ「抜け出せばバレるぞ」とジャックと大男はアンを嗜めるのだった。
「そう悲観すんなよ。何も差別されてるわけでもねぇし、声や服装で判別つけてくれる奴だっているだろ……っと、悪ぃな、二人がイチャイチャしてる時に」
「なっ、い、イチャイチャなんてしてないよ!」
「え、してないの?」
「アン……!」
てっきり一緒に否定してくれるものと思っていたジャックはわざとらしく首を傾けるアンの様子に頭を抱える。
アンは悪戯っぽく笑うも、すぐに顔を逸らす。
「……私は、全然いいんだけどな。そーゆー雰囲気になっても」
「……っえ」
「ひゅう! お似合いだなお前ら。ならお邪魔虫は退散するぜ〜」
「え、あっ、ちょ……っ!」
そそくさと前の列へ戻っていく男を見送りながら、ジャックは顔をあからめる。
ふと顔を逸らしてもじもじしているアンを見ると、彼女の耳が赤くなっていることに気付いた。
ジャックは居た堪れない気持ちになりながらアンの手に触れ、静かに握る。
アンもまた、驚きを見せながらもその手を握り返した。
横目で視線を交わす二人は何も言えないまま、なんでもない風を装って歩みを進めるのだった。




