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第1章 天魔大戦


## 1


千年の時が満ちた。


天界の最高峰、光輝の玉座に座すアルテミスは、純白の翼を大きく広げて立ち上がった。玉座を取り囲む雲海が黄金に輝き、その光は神の怒りを映して激しく明滅している。天界の大気そのものが、主の感情に呼応して震えていた。


「ベルゼバル」


その名を口にしただけで、天界の七つの層すべてが震動した。無数の天使たちが膝をつき、恐れ慄きながら主の言葉を待つ。セラフィムから最下級の天使まで、誰もが息を殺して見守っていた。


「千年前の誓いを果たす時が来た。魔界の王よ、我が聖なる刃の前に膝を屈し、この世界に真の平和をもたらそう」


アルテミスの右手に、眩い光の剣が出現する。それは【聖光剣エクスカリヴス】──純粋な善意と正義で鍛えられた神の武器だった。一振りで悪しき者の魂を浄化し、触れただけで罪を悔い改めさせる力を宿している。剣身には古代神文字で「愛と赦し」という言葉が刻まれていた。


「全天使軍団、待機せよ。この戦いは神たる我一人で足りる」


アルテミスの声に、慈愛と同時に揺るがぬ決意があった。彼は心から全ての存在を愛していた。だからこそ、その愛を脅かす存在──魔王ベルゼバルを排除しなければならない。愛ゆえの戦い。それが神の正義だった。


大天使ミカエルが進み出る。「主よ、我らもともに戦わせてください」


「いや」アルテミスは首を振った。「これは運命の戦い。神と魔王、光と闇の最終決着だ。他の者が介入すべきではない」


天使たちは沈黙で答えた。主の意志は絶対だった。


## 2


一方、魔界の奥底に築かれた漆黒の玉座の間では、ベルゼバルが不敵な笑みを浮かべていた。角の生えた頭部を王座の背もたれに預け、爪の先で玉座の肘掛けを軽やかに叩いている。


カツ、カツ、カツ。


その規則正しい音が、地獄の業火が燃え盛る音にも似て不吉に響く。玉座の間を満たす瘴気が、主の感情に合わせて渦を巻いた。


「千年か。随分と待たせてくれたじゃないか、アルテミス」


ベルゼバルの声は低く、それでいて場にいる全ての悪魔の魂に直接響いた。古参の悪魔から新参の小鬼まで、皆が主君の次の言葉を固唾を呑んで見守る。魔界の大気が、期待と恐怖で震えていた。


「聞けよ、我が軍勢。あの偽善者が再び我々の前に立ちはだかろうとしている。だが今度こそ、この手で奴の首を刎ね、その偽りの光を永遠に闇に葬ってやろう」


魔王の左手に、血のような赤い炎が踊る。それは【魔剣デストルクション】の雛形──憎悪と野心、そして現実を見据える冷徹さを結晶化させた魔王の武器だった。刃には「力こそ正義」という魔界古語が血文字で刻まれている。


ベルゼバルは心の底から現実主義者だった。理想論で世界は変わらない。弱肉強食こそが自然の摂理であり、強者が弱者を守るのは効率的な支配のためでしかない。アルテミスの偽善的な愛など、現実の前では無力だと信じていた。


「悪魔どもよ、下がっていろ。神殺しの栄誉は、この魔王ベルゼバル一人のものだ」


四大悪魔の一人、グリモアが膝をついた。「魔王よ、我らもお供を」


「必要ない」ベルゼバルの眼が冷たく光る。「効率を考えろ。多数で囲めば勝てるかもしれんが、それでは真の勝利とは言えん。神を超えるのは、魔王たる俺一人でなければ意味がない」


悪魔たちは主君の論理に黙って従った。魔界では、力と論理がすべてだった。


## 3


決戦の場は、三界の境界に位置する「無の平原」と呼ばれる荒野だった。そこは天界の光も魔界の闇も届かぬ中立の地。千年前の戦いでも、この場所が選ばれていた。


見渡す限りの荒涼とした大地。空は灰色に曇り、風は冷たく乾いている。生命の気配は一切なく、ただ沈黙だけが支配していた。


アルテミスは天界から真っ直ぐに舞い降りる。六枚の純白の翼が風を切り、その美しさは見る者の心を浄化するほどだった。足が地面に触れると、乾いた大地に可憐な花が咲き、清らかな水が湧き出した。神の存在そのものが、この荒野に生命をもたらしていく。


「来たか、堕天の王よ」


神の声に応じるように、地平線の向こうから黒い影が立ち上がった。ベルゼバルは地面を蹴って跳躍し、魔界の瘴気を纏いながら宙に浮く。蝙蝠のような漆黒の翼を広げ、その姿は威圧感に満ちていた。魔王の存在により、咲いたばかりの花々が枯れ、湧き出た水が淀んでいく。


「相変わらず偉そうな口を利くじゃないか、偽善者」


二人は百メートルほどの距離を置いて向かい合った。その中間地点では、神聖な力と邪悪な力がぶつかり合い、空気が歪んで見える。現実と非現実の境界線が、ゆらゆらと揺れていた。


「偽善だと?」アルテミスの眉が僅かに顰められた。「我は全ての存在を愛し、導こうとしているに過ぎぬ。たとえ貴様らであろうとも、本来なら愛すべき我が子らなのだ」


「愛だと?笑わせるな」ベルゼバルが嘲笑を浮かべる。「お前の愛とやらは、自分の価値観に従わぬ者を排除することか。我々魔族を滅ぼそうとするのも、その愛の表現だというのか?」


「貴様らが存在する限り、人間は苦しみ続ける。彼らを救うためには、苦痛の根源たる貴様らを取り除くしかない。それを止めるのが神たる我の責務だ」


「責務?それとも支配欲か?」ベルゼバルの声に皮肉が込められる。「現実を見ろ、アルテミス。お前が人間を『導く』と称してやっていることは、結局のところ自分の価値観の押し付けだ。自由意志を奪って家畜のように管理することが愛だというのか?」


「貴様に何が分かる!」アルテミスの声に怒りが滲む。「我は彼らの幸せを願っているのだ!」


「幸せ?お前が勝手に決めた幸せの形にか?」


言葉の応酬が続く中、両者の周囲には膨大な魔力が蓄積されていく。アルテミスの背後では光の輪が七重に展開し、ベルゼバルの足元では魔法陣が血の色に染まって浮かび上がった。


もはや言葉は不要だった。千年の積怨が、今ここで決着をつけようとしていた。


## 4


「言葉はもう十分だ」


アルテミスが光の剣を天に向けて掲げる。瞬間、曇天を貫いて一筋の光柱が降り注いだ。それは神域からの加護を示す聖なる徴だった。天界の七層すべてから力が流れ込み、神の身体を光で包んでいく。


「《天罰の光剣》!」


神は剣を水平に振るう。光の刃が放たれ、音速を超えて魔王に向かう。その軌跡上の空気が浄化され、一瞬だけ天界のような清浄な空間が生まれた。刃には神の慈愛と正義が込められ、触れれば魂の奥底まで浄化される威力を持っていた。


だが、ベルゼバルは動じない。右手を前に突き出し、不敵に笑う。


「甘いんだよ、お前の攻撃は。愛だの慈悲だの、そんな甘ったるいものに真の力があるものか」


「《地獄の業火》!」


魔王の掌から、赤黒い炎の奔流が噴出した。それは憎悪と現実主義が生み出した純粋な破壊力──光の刃と正面から激突し、激しい爆発を起こす。衝撃波が周囲数キロに渡って大地を抉り、岩を粉砕した。


「やるじゃないか」ベルゼバルが舌なめずりをする。「だが、まだまだ序の口だ。本当の絶望を教えてやろう」


魔王は両手を頭上で組み、巨大な魔力の塊を形成し始める。それは漆黒の太陽のように不吉な光を放ち、周囲の空間を歪ませた。現実を捻じ曲げる力が、大気を震わせていく。


「《魔界王の大呪縛》!」


空中に巨大な魔法陣が展開される。その直径は一キロメートルにも及び、古代魔界語で書かれた呪文が血のように赤く輝いた。陣の中心からは無数の鎖が伸び、アルテミスを絡め取ろうとした。鎖の一本一本に魔王の意志が込められ、触れただけで魂を縛り上げる力を持っていた。


だが神は冷静に光の障壁を展開し、鎖を寄せ付けない。


「浅知恵よ」


アルテミスは両手を胸の前で合わせ、静かに祈りを捧げる。その姿は戦場にいることを忘れさせるほど神々しかった。すると、天界から新たな力が流れ込んできた。神の身体が眩い光に包まれ、その輝きは見る者の目を眩ませるほどだった。


「《聖域展開》!」


瞬時に、半径一キロの範囲が神聖な力に満たされる。魔王の鎖は光に触れると蒸発し、魔法陣も消滅した。地面には十字の光が刻まれ、その範囲内では一切の邪悪が存在できなくなる。


「ちっ」ベルゼバルが舌打ちする。「相変わらず面倒な能力だ」


## 5


「本気を出すか」


ベルゼバルの表情が険しくなる。今度は遊びではない。魔王は自身の角から血を一滴絞り出し、それを地面に垂らした。すると、大地が裂け、そこから魔界の軍勢が湧き出てくる。


「おい、約束が違うじゃないか」アルテミスが眉を顰める。


「約束?」ベルゼバルが哄笑する。「現実を見ろ、偽善者。お前の聖域展開で俺一人では分が悪い。なら戦力を補うのは当然の判断だ。これが現実主義というものよ」


数千の悪魔が戦場を埋め尽くした。それぞれが獰猛な牙と爪を持ち、主君の勝利のためなら命を惜しまぬ狂戦士たちだった。角の大きさで階級が分かれ、最下級の小鬼から上級悪魔まで、完璧な軍事組織を形成している。


だが、アルテミスは慌てない。天を仰ぎ、静かに呟く。


「ならば、こちらも愛する子らを呼ぼう」


天界の門が開かれ、無数の天使が舞い降りてくる。彼らは皆、純白の翼と光の武器を持ち、整然とした隊列を組んだ。セラフィム、ケルビム、ドミニオン──天使の階級制度に従って完璧に統制された神の軍勢だった。


「《天使軍団、神罰の陣》!」


天使たちが一斉に武器を構える。光の矢、聖なる槍、浄化の魔法が次々と放たれ、悪魔の軍勢と激突した。


戦場は一瞬で阿鼻叫喚の地獄と化す。天使と悪魔が入り乱れ、光と闇の魔法が飛び交う中、アルテミスとベルゼバルは再び一対一で向かい合った。


「やはり貴様は信用ならぬ」アルテミスの声に怒りがこもる。


「信用?」ベルゼバルが魔剣を抜き放つ。「最初から必要ない。あるのは勝利への執念だけだ。手段を選ぶのは弱者の発想よ」


魔剣デストルクションが完全な形で顕現する。刀身は血のように赤く、触れただけで魂を切り裂く呪いが込められていた。


アルテミスも聖光剣エクスカリヴスを構える。二つの伝説的な武器が相対した瞬間、周囲の空間が歪んだ。


## 6


本格的な殺し合いが始まった。


アルテミスは光の剣を縦横に振るい、一撃一撃に魔王の息の根を止める意志を込めた。剣技は洗練の極みに達しており、無駄な動きは一切ない。神の愛が生み出した完璧な技の数々──《聖十字斬》、《光輪回転撃》、《天使の舞踏》。


対するベルゼバルは、魔剣を片手で軽やかに操る。その剣筋は予測不可能で、時には物理の法則を無視した軌道を描いた。現実主義が生んだ実戦特化の技──《血煙突き》、《影縫い》、《絶望の太刀筋》。


ガキィン!


光と闇の刃がぶつかり合う度に、雷鳴のような音が響く。火花が散り、その一つ一つが小さな爆発を起こした。両者の技量は互角。千年の時を経て、どちらも更なる高みに達していた。


「《聖光十字斬》!」


アルテミスが十字の軌跡を描いて剣を振るう。光の十字が魔王を追い、触れれば魂ごと浄化する必殺の技だった。神の慈愛が具現化された、美しくも恐ろしい攻撃。


だが、ベルゼバルは空中で身を翻し、華麗に回避する。


「《暗黒螺旋刃》!」


魔王が回転しながら突進し、螺旋状の闇の刃を放つ。それは神の肩を掠め、純白の衣を切り裂いた。


「初めて血を見たぞ、神よ」


ベルゼバルが勝利を確信したように笑う。しかし、アルテミスの傷は瞬時に光によって癒され、何事もなかったかのように復元された。


「神を舐めるな」


今度はアルテミスが攻勢に転じる。光の剣が無数に分裂し、全方向からベルゼバルを襲った。《千光剣舞》──天界に伝わる最高峰の剣技の一つ。魔王は魔剣を高速で振るい、それらを迎撃するが、数発が身体を貫く。


黒い血が滴り落ちるが、それもまた瞬時に再生された。


「互いに不死身か」ベルゼバルが舌打ちする。「なら、もっと根本的な方法で決着をつけよう」


戦いは新たな段階に入ろうとしていた。


## 7


魔王が大きく息を吸い込み、全身の魔力を一点に集中させ始める。危険を察知したアルテミスも、天界の全ての力を自分に降ろそうとした。


「これが最後だ、アルテミス」ベルゼバルの声に、千年の怨念が込められる。「お前の偽善的な愛など、現実の前では無力だということを証明してやる」


「ベルゼバル...」アルテミスの目に悲しみが浮かぶ。「なぜ我々は戦わねばならぬのか。同じ創造主に作られた存在同士ではないか」


「綺麗事を言うな!」魔王が咆哮する。「お前たち神族が我々を堕天使として追放したのを忘れたのか!我々に選択の余地があったとでも思うのか!」


過去への怨念が、現在の憎悪を燃え上がらせる。二人の間に、千年前の記憶が蘇った。


天界大戦──創造主の意志を巡る解釈の違いから始まった内戦。アルテミスは秩序と愛を重んじ、ベルゼバルは自由と現実を求めた。そして敗北したベルゼバルたちは、魔界へと追放された。


「あの時のことは...」


「今更何を言っても遅い!」


ベルゼバルの全身から、魔界の業火が竜巻のように立ち上がる。それは天をも焼き尽くす威力を持ち、触れたもの全てを灰燼に帰す絶対的な破壊力だった。


「《魔界王最終奥義・業火滅天》!」


一方、アルテミスの身体からは、創世の光が放射される。それは新たな世界を創造するほどの純粋な創造力を秘め、触れたもの全てを完全なる善に変換する力を持っていた。


「《神聖王最終奥義・聖光創世》!」


破壊と創造。憎悪と愛。現実と理想。


相反する二つの究極奥義が正面から激突した瞬間、世界が停止した。


## 8


音が消え、色彩が失われ、時間さえも止まったかのような静寂が訪れる。


そして次の瞬間──想像を絶する大爆発が起こった。


光と闇が渦を巻き、現実と非現実の境界が曖昧になる。空間が歪み、時が逆流し、因果律そのものが混乱した。三界の境界線が揺らぎ、一瞬だけ全ての世界が一つになったかのようだった。


その混沌の中心で、アルテミスとベルゼバルの魂が触れ合った。


魂と魂の接触は、一瞬の出来事だった。


だが、その一瞬は永遠にも似て長く感じられた。神と魔王の本質が触れ合い、互いの深奥を垣間見る。


アルテミスは見た──ベルゼバルの心の奥底に潜む、絶望と孤独を。全ての存在から恐れられ、憎まれることの辛さを。それでもなお、己の信念を貫こうとする意志の強さを。そして何より、かつて天界にいた頃の、純粋で理想に燃えていた姿を。


ベルゼバルもまた見た──アルテミスの魂の深部にある、完璧であらねばならないというプレッシャーを。全ての期待を背負い、一度たりとも弱音を吐けない孤独を。それでも慈愛を失わない心の美しさを。そして、魔族を追放した時の、深い悲しみと罪悪感を。


『なぜ...』


『なぜ、こんなことに...』


二つの魂が共鳴し、理解し合った瞬間、異変が起こった。


混乱した魔力が予期せぬ現象を引き起こす。魂の接触が、単なる理解を超えて物理的な変化をもたらしたのだ。


光と闇が渦巻く中で、二人の魂が入れ替わり始める。


それは偶然ではなかった。千年の憎悪と理解、愛と絶望、創造と破壊──相反する感情が一点で交差した時、奇跡が起こったのだ。


## 9


大爆発が収まった時、戦場には深い静寂が戻っていた。


天使と悪魔の軍勢は、あまりの衝撃に気を失い、戦場の端で倒れ伏していた。中央のクレーターは直径五百メートルにも及び、その中心では二つの人影が倒れている。


一つは純白の衣を纏った美しい姿──神アルテミス。

もう一つは漆黒の外套に身を包んだ威圧的な姿──魔王ベルゼバル。


外見上は、何も変わっていないように見えた。


だが、その内に宿る魂は...


「うっ...」


先に目を覚ましたのは、神の身体をした者だった。ゆっくりと上体を起こし、頭を押さえる。


「何だ、この妙な感覚は...」


その声は確かにアルテミスのものだった。しかし、口調に微妙な違いがある。より低く、より現実的で、どこか皮肉めいた響きが含まれていた。


続いて、魔王の身体をした者も目を覚ます。


「ああ...頭が痛い」


こちらの声はベルゼバルのものだが、やはり口調が異なる。より柔らかく、より慈愛に満ち、どこか困惑した響きが混じっていた。


二人はほぼ同時に立ち上がり、互いを見つめ合った。


鏡を見ているような奇妙な感覚。自分ではない身体、自分ではない姿。それでいて、意識は確かに自分のものだった。


そして、同時に悟った。


「まさか...」


「そんな...」


神の身体に宿っているのは、魔王ベルゼバルの魂。

魔王の身体に宿っているのは、神アルテミスの魂。


千年に一度の天魔大戦は、誰も予想しなかった結末を迎えたのだった。


## 10


「これは...一体どういうことだ」


ベルゼバルの魂を宿したアルテミスの身体が、自分の手を見つめながら呟く。その手は確かに神々しく美しく、触れれば傷を癒やす力を宿している。だが、その中に流れているのは間違いなく魔王の魂だった。


「信じられない...」


一方、アルテミスの魂を宿したベルゼバルの身体は、恐る恐る自分の角に触れた。鋭く尖った角は確かに魔王のものだが、それに触れる感覚は完全にアルテミスのものだった。


二人は暫く、現実を受け入れることができずにいた。


だが、遠くから天使と悪魔たちの呻き声が聞こえてくると、現実に引き戻される。


「互いに本来の性格で行動するしかないな」


ベルゼバル(神の身体)が冷静に状況を分析する。現実主義者らしく、素早く状況を受け入れていた。


「そうですね...無理に演技をしても、いずれボロが出てしまうでしょう」


アルテミス(魔王の身体)が困惑しながら同意する。自分の声があまりにも低く響くことに戸惑いを隠せない。


「とりあえず、それぞれの陣営に戻ろう。そして正直に自分らしく振る舞う」


「それが最良の策ですね」


二人は顔を見合わせ、複雑な表情を浮かべた。


千年の宿敵同士が、今度は互いの身体で自分らしく生きなければならない。それがどのような混乱を招くか、この時はまだ分かっていなかった。


天使たちが意識を取り戻し始める中、ベルゼバル(神の身体)は自然な口調で言った。


「今回の戦いは予想外の結末だったな、ベルゼバル。だが現実的に考えて、この状況をどう解決するかが問題だ」


アルテミス(魔王の身体)も、自分らしい慈愛に満ちた口調で応じる。


「そうですね、アルテミス。お互いの部下たちが混乱しないよう、慎重に対処しなければなりません」


天使たちがゆっくりと起き上がり始める。彼らは主の姿を見て安堵したが、その口調の微妙な変化にはまだ気づいていない。

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