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1-83 セルフィン公国

朝ごはんを食べて、さあ、いよいよ出発だ!


と思ったんだけどね、舗装道路はここまでなの。後は、僕が作らないとならない。イチイチ止まってチマチマ作っていたら、いつセルフィンに着くかわからないから、コーチの御者席に座らせてもらって、コーチの歩みは止めず、僕の見える範囲で道路を作りながら進む。


でもさ、見える範囲が短いの。なんとなく、1kmくらいしか見えない気がする。後は、地平線っていうか……それにさ、僕の場合は今ある道路につなげるようにして道路を真っすぐ延ばせばいいけどさ、小さな雑草がまばらに生えている小岩山ばかりの荒れ地なのに、どうやって方向を判断するんだろうね?


『はい、救い主様』


『ああ、アイちゃん。今は東に向かっているでしょ? この世界の人はどうやって方向が分かるの?』


『はい、日が昇る方向と日が沈む方向を把握し、この何の変哲もない岩の丘を見分けて目印にしているようでございます』


『太陽か~ そりゃそうだろうけどさ、太陽だと時期によって位置が変わっちゃわない?』


『この星は自転軸に傾きが無く、太陽の周りを円形に公転しているので、それぞれの地点での太陽の方向は、常に一定でございますので』


『あ、そうか。だから季節も無いんだったね。それとさあ、僕が見える範囲が短い気がするんだよね。もっと何キロも先が見えると思っていたんだけど』


『この星は、小さい星ですので』


『あ、地球より小さいから地平線も近いってことなの?』


『左様でございます。星の大きさは地球と比べると、何十分の一ほどでございます』


『ふーん、じゃ、仕方ないか……もっと遠くまで一気に道路が敷けるといいんだけどね』


『救い主様なら可能かと存じますが』


『え? そうなの?』


『はい。お好きなだけの長さで思いのままに可能でございます』


「そっか~ いやー、便利~ んじゃ、お言葉に甘えて~ ピカピカッとね」




***




「あらミチイル、道路を作らなくてもいいの?」


「うん。もう作って来た。と言っても10km分くらいだけどね。いっぺんにしてもいいけど、万が一人がいるとも限らないし、10kmなら一時間で進むからね、それくらいずつ作るよ」


「でも、ミチイルがいると、色々便利ね~」


「ほんとだね~」


「それと、この糸、仕舞っておいてくれないかしら。邪魔になってきたわ」


「わかった~」


「もう少し揺れが少なければ、もっと楽で、縫物もできるのだけれど……」


「晒ふきん魔法くらいなら大丈夫じゃない? 繊細な制御が必要な魔法でもないし」


「そうね。でも、大きな布が作れないじゃない。このコーチの面積には限りがあるんですもの」


「ああ、そうか。僕以外は目で見える範囲が最大だもんね。ついさっきまで僕もだったけどさ」


「ほんとうにミチイルは奇跡が上手ね」


「奇跡に上手下手があるものなのかなあ。魔法には、あるんだもんね。僕はピンとこないんだけど」


「ええ、あるわよ。調理魔法だと違いが分かりにくいのかも知れないわね。服飾系だと、下手をすれば布がヨレヨレだったり、布目が一定じゃ無かったり、出来上がりに差が出るわね」


「ほー、それって魔力とか慣れとかもあるだろうけど、やっぱりイメージの差なのかも知れない。イメージがはっきりすればするほど、結果もはっきりするんだよね。訓練とか練習とかさ、それをするってことは、イメージもはっきりしていくって事なのかもね~」


「よくわからないけれど、努力と練習はかかせないわ。もちろんお祈りもだけれどね」


「セルフィンの人達は、大丈夫かなあ。すぐに魔法は使えなくてもさ、真摯に祈ってくれれば、そのうち色々解決するんじゃないかとは思うんだけど……」


「それは大丈夫じゃないかしら。お姉様もいることだし、セルフィン大公家では、お姉様に逆らう人は居ないらしいわよ」


「逆になんかこわい」


「ふふ、お姉様は女傑と言われているしね、夫の大公も大人しい方だと聞いているから、お姉様が考える通りにできると思うわ。ミチイルは何も心配しないで、今まで通り好きにやっちゃって!」


「ハハ うん~」




***




セルフィンの公都が見えてきたので、コーチを停車。人がたくさん集まっているよ。アタシーノよりも公都は活気があるのかな~


っていうか、みんなこっちを見てる……気がする。まだ1kmくらい先だから、ギリギリ見える程度だけど……とりあえず、人払いしてもらわないと、道路の続きが敷設できないよね。


「ミチイル様、少々お時間をいただけませんでしょうか。国の者と話をつけて参りたいと存じます」


「うん、僕たちはここでしばらく休憩しているから、気をつけてね、伯母上」


「ありがとう存じます」


「あれ? お祖父さまも伯母上についていくみたいね」


「何か話し合わないといけない事があるのではなくて? ま、任せておきましょう」


「うん。さて、茶箱テーブルに茶箱椅子でも出して、お茶でも飲もう、母上」


「ええ、いいわね。みんなの分もお願いね」


「もちろん。ピッカリンコ~」


「わたしがお茶を用意するわ。ミチイルはお菓子よ、お菓子!」


「はいはい。今日はね、マドレーヌだよ」


「んまあ! それはこの前、食べ損ねたケーキじゃない!」


「うん。作ったけど、僕独りで食べるものどうかと思ってね、仕舞っておいたの。まあ、味はパウンドケーキとほとんど同じだけど」


「でも、パウンドケーキよりも、見た目がさらにエレガントでスマートじゃない! 縁のギザギザがおしゃれだわ!」


「そうかもね~ じゃ、いただきまーす」


「 ん! このケーキは、今まで食べてきた、どのケーキよりもバターの風味がすごいわ~」


「うん。バターをわざと少し焦がしてね、それを使うの。バターがとっても濃厚な風味になるんだよ」


「なんか所々に茶色い点々があるけど、これがそう?」


「うん。今回のはプレーンのマドレーヌだけど、これもバリエーションがたくさんあるんだよ」


「まあ、楽しみね。それに、このマドレーヌは、とてもお紅茶に合うわ。しっかりした食感にしっとりとしたくちどけで」


「うん。そういえば、丸だけとか四角だけとかの焼き菓子ばかりで、こういう装飾めいた感じのは、出してなかったかも」


「ええ、わたしは初めてみるわよ」


「うん……この世界は、装飾っていうのが無いからねえ。本当は家具とか道具とか、こういう食器とかにもね、飾りを掘ったり模様をつけたりして、もっと豪華に華麗にしたりするんだけど」


「装飾……模様……豪華……華麗……装飾……」


「あ、あれ? 母上?」


「ミチイル様、大変失礼を致しました。民は散り去るように致しましたので、どうぞ、ミチイル様のお好きな様に遊ばしてくださいませ。ミチイル様を遮る者など、このセルフィンには一人たりとも居りません。わたくしが、命に代えましても必ずやミチイ」


「あ、伯母上、ちょうどお茶してたの。伯母上も、お茶を飲んでお菓子を食べて~ あ、お祖父さま~ こっちこっち!」


「模様……豪華……華麗……装飾……」




***




西から延ばしてきた道路は、セルフィン川に着く前に南下させて、ようやくセルフィン公都についた。このまま真南へ道路を延ばし、中央エデンの森林地帯手前まで延ばすつもりだけど、とりあえずね、セルフィンにアタシーノ公国の大使館を建てよう。これを建てないと、僕たち寝るところがないからね。


場所は、公都市街地の南側に設置予定の畑から、街道を挟んだ西側一帯。ここはアタシーノ公国用地とさせてもらおう。


「お祖父さま~ ここにお祖父さまの屋敷をね、大使館として建てようと思うの。でね、僕の別邸と同じ作りでいい?」


「おお! ミチイル! ついに、ついにわしにも部屋がもらえるんかの! わし、ずっと待っておったんじゃ! グフグフッ」


「ハハ じゃ、同じ作りの建物を建てるね。ここでお祖父さまとジェームズと暮らしてくれる? セルフィンの農業指導が終わるまで」


「ミチイル様、私の事までお気遣いくださり、誠にありがとうございます」


「ううん、いつもお祖父さまのお世話をありがとう、ジェームズ。じゃ、みんな、ちょっと街道の向こう側に行っててね」


ピッカリンコ デデーン


「そして、アタシーノ公国民の宿泊所と牛関係施設も建てちゃおう」


ピッカリンコ デデン


「そして、倉庫兼物流センターもね」


ピッカリンコ デン


「よし。それでね伯母上。ここにセルフィンから使用人を適当に配置してもらえる?」


「かしこまりました。そのように手配致します」


「んじゃ、お願いね~ では、今日は旅の疲れもあると思うから、それぞれゆっくり休んでね。業務は明日から開始します!」




***




――ミチイルは、世界への第一歩を踏み出した




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